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吊り輪動作再獲得に難渋した男子体操選手 - 肩甲骨周囲筋機能不全の一症例 - 長﨑進 1), 福島秀晃 1), 三浦雄一郎 1) 2), 森原徹 1) 伏見岡本病院リハビリテーション科 2) 京都府立医科大学大学院医学研究科運動器機能再生外科学 ( 整形外科 ) キーワード : 男子体操選手 吊り輪 動作筋電図 肩甲骨周囲筋 要旨 男子体操選手における肩関節脱臼術後の吊り輪競技復帰に向けたリハビリテーションを検証した. 検証作業として倒立 懸垂動作及び吊り輪動作における肩甲骨周囲筋群 ( 僧帽筋各線維 前鋸筋 ) の動作筋電図を施行した. 得られた筋電図波形から倒立と懸垂動作課題において健側との比較を行った. 対象者は懸垂及び吊り輪動作において患側の肩甲骨挙上 内転筋 ( 僧帽筋上部 中部線維 ) と下制筋 ( 僧帽筋下部線維 前鋸筋 ) の筋活動に漸増 漸減パターンが認められなかった. リハビリテーションとして肩甲骨挙上 内転筋と下制筋の筋活動に漸増 漸減パターンを再獲得する目的として, 重錘を持たせた側臥位での肩関節外転 - 内転運動を行った. 運動療法後, 吊り輪動作が可能となり, 運動療法前 後における吊り輪動作の筋活動パターンに改善を認めた. 体操競技復帰を目指したリハビリテーションでは筋力強化に加えて肩甲骨周囲筋の円滑な筋活動パターンの再獲得を行う運動療法が必要である. スポーツパフォーマンス研究, 9, 5001-511,2017 年, 受付日 : 2016 年 10 月 18 日, 受理日 : 2017 年 11 月 10 日責任著者 : 長﨑進伏見岡本病院京都府京都市伏見区京町 9-50 nagasakisusumu0110@yahoo.co.jp * * * * Rehabilitation for dysfunction of the muscles surrounding the scapula: Male gymnast with difficulty in regaining the movements needed for still rings exercises Susumu Nagasaki 1) Hideaki Fukushima 1) Yuichiro Miura 1) Toru Morihara 2) 1)Fushimi Okamoto Hospital 2) Graduate School, Kyoto Prefectural University of Medicine Key words:male gymnast, still rings, motion electromyogram, muscles surrounding the scapula 501

Abstract The present study describes the rehabilitation of a male gymnast who aimed at returning to still rings events after surgery for a dislocated shoulder. Examination of the gymnast included motion electromyogram of the muscles surrounding his scapula (the trapezius and serratus anterior muscles) during the movements involved in hanging handstands and still rings exercises. The wave forms obtained from the electromyograms on the affected side were compared with those from the unaffected side. No pattern of gradual increase or decrease was observed for his adductor muscles (the upper and middle fibers of the trapezius muscle) or abductor muscles (the lower fibers of the trapezius and serratus anterior muscles) during hang and still rings movements. He then did exercises in order to regain the pattern of gradual increase or decrease of the adductor and abductor muscles, such as abductor and adductor motions of the shoulder joint while holding a weight in a lateral position. After doing this exercise, the gymnast became able to perform the still rings exercises. When his performance before and after the rehabilitation exercises was compared, an improvement in the motion pattern of his muscles during the still rings movements was found. These results suggest that the rehabilitation of gymnasts who aim to return to the still rings after an operation for a dislocated shoulder may require them to regain a smooth pattern of motion of the muscles surrounding the scapula, in addition to strengthening those muscles. 502

Ⅰ. 問題提起体操選手の外傷について,Carli et al.(2012) は世界大会に参加する男子体操選手の肩関節 MR 画像を検討した結果, 全例において SLAP 損傷 前下方関節唇損傷 腱板の部分あるいは完全断裂の所見を認め, これを Gymnast s shoulder と報告している.Mizuno et al.(2011) は吊り輪や平行棒での競技における肘関節伸展, 肩関節外転 90 での体幹支持によって上腕二頭筋短頭腱断裂を認めた症例を報告している. このように体操選手には上肢関節障害が多いことが知られている. 体操競技に要求される上肢機能には体重コントロールを伴う支持機能と懸垂機能があり ( 岡田ほか,2006), 複数の関節からなる運動連鎖が必要である. 諸家ら (Mihata et al.,2008; 岡田 脇元,2003) によると上肢の運動連鎖の破綻が関節障害に関連するとされており, 上肢の運動連鎖を要する体操競技では障害部位だけでなく, 隣接する関節の運動機能にも着目する必要性がある. しかし, 体操競技の肩関節障害と運動機能との関連性について経験的側面の報告が多く, 客観的なデータを提示した報告はほとんどない. そのため体操競技に復帰するためには症例ごとに体操競技に必要な運動機能に関する客観的評価を積み重ね, 問題点を抽出することが重要である. Ⅱ. 本事例の研究目的著者らは, 男子体操競技において右肩関節脱臼後の関節唇損傷により吊り輪動作再獲得が困難であり, 競技復帰に難渋した症例を経験した. 本研究の目的は, 肩関節障害後の男子体操選手の肩甲骨周囲筋群の筋機能を評価し, 吊り輪競技復帰に向けた効果的な運動療法を呈示することである. Ⅲ. 方法 1. 症例紹介男子高校生 1 名 ( 年齢 16 歳, 身長 154cm, 体重 50kg), 体操競技歴は 10 年であった. 個人タイトルに関し特記すべき実績は無いが, 当高校の体操部は全国大会 ( インターハイ 国体 ) にて団体 5~6 位の入賞実績がある. 平成 25 年 4 月に右肩関節後方脱臼に伴う関節唇損傷を受傷し, 同年 7 月に関節鏡視下関節唇修復術を施行した. 2. 説明と同意 対象者及び同校体操部には予め本研究の趣旨と内容について説明し, 研究参加への同意を得ると ともにデータの発表について了承を得た. 3. 経過リハビリテーションでは肩関節の可動域練習と肩関節 肩甲骨周囲筋の筋力強化の処方がなされた. 術後 2 ヵ月で肩関節可動域は改善し, 肩関節と肩甲骨周囲筋群の筋力は徒手筋力検査 (Mannual muscle test:mmt) で 5(Normal) に改善した. 競技復帰に向けたトレーニングとして, 倒立動作と懸垂動作を実施した. 倒立動作では体操競技の基本肢位である 白樺のポーズ ( 図 1) を確認しながら行い, 懸垂動作では肋木を利用した. 倒立動作の 白樺のポーズ は可能であったが, 肋木を利用した懸垂動作では, 肩甲骨運動に左右非対称を認 503

めた. その後, 主治医より体操競技の許可が得られ, 男子競技種目 ( 床, あん馬, 吊り輪, 跳馬, 平行棒, 鉄棒 ) のうち, 吊り輪競技のみ不可能との訴えがあった. 日常生活やその他の種目では肩関節に問題がないにもかかわらず吊り輪動作が困難であったこと, セラピストが本動作をイメージできなかったため, 当高校の体操部に協力して頂き, 対象者の吊り輪動作の筋電図評価を実施した. 図 1 倒立動作 ( 白樺のポーズ ) 肢位 a: 前額面 b: 矢状面 4. 表面筋電図評価表面筋電計は Myosystem1200 及び Clinical DTS( 共に Noraxon 社製 ) を使用した.Myosystem1200 は 8 チャンネルの有線の筋電図,Clinical DTS は 4 チャンネルのワイヤレス筋電図である. 電極は銀 塩化銀型ディスポーサブル電極 (Blue Sensor M,Ambu 社製 ) を用いた. 導出方法は双極導出法とし, 電極間距離は 20 mmとした. 筋電図波形の解析にはマイオリサーチ (Myoresearch XP,MR3 Myomuscle 共に Noraxon 社製 ) を用いた. 筋電図周波数帯域は 10~500Hz として, 筋活動電位をパーソナルコンピューターにサンプリング周波数 1000Hz にて取り込んだ. 測定課題は1 倒立動作,2 肋木を利用した懸垂動作,3 吊り輪動作とした.1 及び2に関しては Myosystem1200 を使用し健側 ( 左 ) と患側 ( 右 ) との比較,3に関しては Clinical DTS を使用した.1 及び 2は動作遂行可能であったことから健側と患側の比較としたが,3は動作自体が困難なため健側と患側の比較ができなかった. そのため現状把握と機能障害との関係性を見出すことを目的とした. 被験筋は僧帽筋上部 中部 下部と前鋸筋 ( 下部線維 ) の 4 筋とし, 各筋の電極貼付位置は Exstrom et al. (2005) の方法に準じた. 3の吊り輪動作は, 上肢最大挙上位から吊り輪を持った状態で下肢を前後にスイングし, 体幹を回転して倒立肢位で静止する動作とした. 本動作は吊り輪競技における基本的な動作であり, 吊り輪競技のあらゆる技の基本肢位 ( 開始肢位 ) となる. 対象者は下肢のスイング後, 体幹を回転させ, 倒立することが困難であった. 本動作を a) 体幹懸垂期,b) スイング期 ( 前半 後半 ),c) 倒立期の 3 つのフェイズに細分化 ( 図 2) し, 対象者の各フェイズにおける筋活動を分析した. 504

図 2 吊り輪動作課題対象者の吊り輪動作を a) 体幹懸垂期, b) スイング期 ( 前半 後半 ), c) 倒立期の3つのフェイズに細分化した. Ⅳ. 表面筋電図結果 1 倒立動作倒立動作は問題なく, 長時間保持も可能であった. 白樺のポーズ では僧帽筋上部 中部と前鋸筋に持続的な筋活動を確認できた ( 図 3). 図 3 倒立動作の筋電図パターン 上段 4 筋は患側, 下段 4 筋は健側の肩甲骨周囲筋である.a: 上肢支持 b: 移行期前半, c: 移行期後半,d: 倒立保持体幹動揺はなく安定しており, 患側の波形も一定していた. 2 肋木を利用した懸垂動作肋木を利用した懸垂動作では健側と比較し, 患側では肩甲骨の過剰な外転 上方回旋運動が観察 ( 図 4a) された. 筋電図学的な特徴として患側は健側と比較して懸垂開始時に僧帽筋下部 前鋸筋の筋活動が増加していた. これらの活動は懸垂の後半に至る過程においても確認された ( 図 5a). 505

図 4 懸垂動作における肩甲骨運動 a: 治療前,b: 治療後治療前 : 右側 ( 患側 ) の肩甲骨は左側 ( 健側 ) と比較して外転 上方回旋位を呈していた ( 印 ) 治療後 : 治療前に比べ治療後は患側の肩甲骨の外転 上方回旋が軽減した. 図 5 懸垂動作の筋電図パターン a は治療前の懸垂動作時の筋電図パターンであり : 上段 4 筋は患側, 下段 4 筋は健側である bは治療後の患側の筋電図パターンである c は懸垂動作時の静止画像であり 各筋電図パターンの数字と一致している 初回時の患側において懸垂開始時 (1~2) と懸垂終了時 (8~9) に僧帽筋下部と前鋸筋の筋活動が増加していた (*). 治療後は健側同様にこれらの筋活動は減少した. 3 吊り輪動作吊り輪動作では下肢を前後にスイングさせるも, 倒立肢位には至らず, スイングを繰り返すのみであった ( 体幹懸垂期からスイング期後半のみ ). 肩甲骨周囲筋の4 筋は同時収縮するパターンであった ( 図 6a 静止画,6b 動画 ). 506

図 6a 対象者の運動治療法前における吊り輪動作の筋電図パターン a: 体幹懸垂期,b: スイング期後半下肢を前後に振るのみであり 倒立に至っていない. 筋電図パターンの特徴としてスイング期後半で全ての筋が同時に活動する傾向にあった. Ⅴ. 表面筋電図結果に対する考察肋木を利用した懸垂動作では, 肩関節は下方に牽引される. 健側では下垂時にすべての肩甲骨周囲筋の筋活動は認めなかった. しかし患側では関節唇修復手術 ( 関節鏡視下バンカート修復術 ) を行っており, 関節内靭帯などの軟部組織への牽引負荷に対して, 防御反応として僧帽筋下部 前鋸筋の筋活動を認めたと考えた. 吊り輪動作では, 体幹懸垂期からスイング期前半に僧帽筋下部線維と前鋸筋の筋活動を認めたが, スイング期後半の体幹を回転させていく際, 上肢最大挙上位から肩関節には過度な水平伸展方向へのストレスが生じることとなる. この過度な水平伸展ストレスは, 肩関節の前下方関節包 ( 修復部 ) へのストレスが生じると考えられる. その結果, 防御反応として, 僧帽筋下部線維と前鋸筋の筋活動の漸増に加え, 僧帽筋上部 中部線維の筋活動も増大していたと考えた. Ⅵ. 対象者に対するリハビリテーションアプローチとその効果上肢最大挙上位から肩関節が牽引され, 前下方関節包へのストレスが生じても, 僧帽筋下部と前鋸筋による肩甲骨下制筋の活動を漸増から漸減していく運動療法として側臥位で外転 内転反復運動を実施した. 更に肩関節前下方関節包へのストレスを考慮して重錘を持たせた. 肩甲骨挙上 内転筋である僧帽筋上部と中部, 肩甲骨下制筋である僧帽筋下部と前鋸筋の協調した漸増 漸減筋活動パターンが得られることを期待し, 実施した ( 図 7a 静止画,7b 動画 ). 先ずは 1kg の重錘負荷から開始し,1 回 10 往復とし,1 日に 2 回行わせた. 動作の円滑性に準じて負荷量を漸増させ, 最終的には健側と同レベルである 5kg の重錘を持たせ, 運動が可能になるまで 2 週間実施した. 507

図 7a 静止画側臥位での外転 - 内転反復運動の筋電図パターン側臥位にて重錘を把持しての外転運動時の筋電図パターンである. a: 外転 0 位 b: 外転 90 位 c: 最大外転挙上位 d: 最大外転挙上位からの内転運動時僧帽筋上部 中部と僧帽筋下部 前鋸筋の切り替わりを認める. 最大外転位では重錘負荷によって肩関節には牽引負荷がかかりやすい時期である. そこから内転させる時に僧帽筋下部と前鋸筋の筋活動が増加することが確認された (*). また, その後僧帽筋下部と前鋸筋の活動が漸減することが d で確認された. その結果, 肋木を利用した懸垂動作では肩甲骨の非対称性が軽減した ( 図 4b). 動作開始時に認めた僧帽筋下部 前鋸筋の筋活動が減少した ( 図 5b).2 週間後には吊り輪動作が可能になったとの報告があり, 当高校の体操部に再度協力して頂き再評価を行った. その結果, 体幹懸垂期からスイング期後半にかけて増加していた僧帽筋下部 前鋸筋の筋活動は漸減し, 肩甲骨挙上 内転筋である僧帽筋上部 中部の筋活動は漸増した ( 図 8a 静止画,8b 動画 ). 図 8a 静止画対象者の運動療法後における吊り輪動作の筋電図パターン a: 体幹懸垂期 b: スイング期 c: 倒立期運動療法後では倒立期まで遂行可能であった. 僧帽筋下部 前鋸筋と僧帽筋上部 中部の筋活動の切り替わりが確認された. ( は僧帽筋上部と中部, は僧帽筋下部と前鋸筋の筋活動のタイミングのずれを示す.) 508

Ⅶ. 考察本研究では, 肩関節障害後の男子体操選手における1 倒立動作,2 懸垂動作,3 吊り輪動作の 3 つの動作観察と肩甲骨周囲筋の筋活動を筋電図学的に評価し, 肩甲骨周囲筋の筋機能障害を検証した. 体操選手の倒立肢位は, 一般者と異なり脊柱の彎曲が抑制され, 肩甲骨の挙上と前方突出運動を行い, 肩甲骨関節窩を床面に対し水平に近づけることで体幹を押し上げる. これは 白樺のポーズ として体操競技の基本肢位とされている. 岡田ほか (2003) はこの肢位の再獲得が障害の再発予防につながると報告している. 対象者では, この体幹支持機能を反映する1 倒立動作の姿勢が良好であり, 筋活動パターンの非対称性も認めなかった. 一方, 懸垂機能を反映する2 懸垂動作では, 健側と比較して患側の僧帽筋下部と前鋸筋の筋活動が動作開始時から顕著に認められ, 肩甲骨運動の非対称性が明確であった.2 懸垂動作の動作筋電図結果から, 対象者は肩関節への牽引に対し, 健側のように靭帯などの軟部組織に依存できず, 肩甲骨下制筋の筋活動を増加させ, 無意識に保護していたと考えられる. この作用は3 吊り輪動作においても同様であり, 体幹懸垂期からスイング期後半に肩関節が牽引され更に過度な水平伸展に伴う肩関節前下方関節包修復部へのストレスに対し恐怖心が生じ, 防御としての機能が優先されたことで選択的な筋活動を発揮できなくなったと考えた. 結果として肩甲骨下制筋と挙上 内転筋の筋活動がスイング期後半において同期してしまい, 倒立期へ到達することが困難であったと考えた. Caraffa et al.(1996) は肩関節障害を認めない体操選手を対象に平行棒と吊り輪動作中の大胸筋 上腕二頭筋 上腕三頭筋 三角筋 僧帽筋 広背筋に関する動作筋電図を測定し, 吊り輪動作中, 体幹懸垂の直前では全対象筋の筋活動は低かったと報告した. したがって体幹懸垂期では肩関節周囲筋の筋活動は低下し, 肩関節 肩甲骨周囲の軟部組織が牽引されるため, 肩関節障害を引き起こす可能性があると考察している. 対象者では懸垂と吊り輪動作 ( 体幹懸垂期からスイング期後半 ) の両動作において僧帽筋下部と前鋸筋の筋活動が増加していた. これは,Caraffa et al.(1996) が述べる体幹懸垂期において肩関節障害の危険性を回避する為の防御的な筋活動であり, 対象者の肩関節牽引及び過度な水平伸展に対する無意識的な反応であると考えた. その結果, 吊り輪動作に必要な肩甲骨周囲筋の運動機能不全に至ったと推察される. 体操競技におけるトレーニングは様々紹介されているが ( 岡田 脇元,2003; 岡田ほか,2006; Bernasconi et al.,2009;aronen,1985), 個々の上肢運動機能や改善の程度に応じて段階的にトレーニングを進めていくことが重要である. 対象者では側臥位での肩関節外転 - 内転反復運動 ( 鈴木ほか,2009) を選択した. 肩甲骨挙上 内転筋の筋活動は, 外転 90 未満では抗重力筋として漸増し, 外転 90 以上では従重力活動として筋活動は漸減した. 肩甲骨下制筋では外転 90 以上において従重力方向へ誘導される肩甲骨を制動するために筋活動は漸増する. この運動を利用することで肩甲骨周囲筋に漸増 漸減の筋活動パターンを学習させることが可能であった. また, 肩関節外転が増加するに伴い重錘の影響で肩関節牽引の作用が加わる. 最も牽引効果が高いと考える最大外転位から肩関節を内転させることで牽引に対する防御ではなく, 本来の肩甲骨内転, 下制として作用させることも期待できる. 対象者には側臥位における外転 - 内転運動に負荷量を漸増させることで肩甲骨周囲筋群の協調性を再獲得できたと考えられる. 体操競技復帰を目指したトレーニング方法は様々あるが, 肩甲 509

骨周囲筋群の機能を改善できるかについて充分に検討されていない. 本研究では肩関節障害後の男子体操選手 1 例を対象に動作筋電図を用いることで懸垂機能における肩甲骨周囲筋の機能不全を検証した. しかし, 肩関節障害の状態は一様ではないため, 障害後の体操選手の機能障害が本研究結果と全て一致するとは限らない. 体操競技復帰を担っていく医療現場において, 懸垂機能障害が明らかである場合, 筋力強化, 特に閉鎖性の等尺性筋力強化に加えて懸垂機能を考慮した筋活動パターンの再獲得が必要である. 吊り輪競技は静的姿勢保持から動的な関節運動へと円滑な関節運動を展開し, 芸術性を表現しなければならない. 当高校体操部の肩関節に障害の無い健常者 ( 年齢 17 歳, 身長 162cm, 体重 52kg, 体操競技歴 8 年 ) に協力して頂き, 対象者と同様の吊り輪動作課題における筋電図評価を実施した ( 図 9a 静止画,9b 動画 ). 対象者の運動療法後と健常者を比較すると肩甲骨下制筋の中でも筋活動に タイミングのずれ が観察された ( 図 8a 静止画, 印 ). この現象はスイング期後半から倒立期での肩甲骨挙上筋にも認めた. 競技の可否だけでなく, 芸術性に関わる 静から動 または 動から静 への展開も, より一層パフォーマンスを向上させるためには必要であるかもしれない. 図 9a 静止画健常者の吊り輪動作の筋電図パターン a: 体幹懸垂期 b: スイング期 ( 後半 ) c: 倒立期体幹懸垂期から倒立期において僧帽筋下部 前鋸筋と僧帽筋上部 中部の筋活動の切り替わりが明確であった. Ⅷ. 結論肩関節脱臼術後, 肩甲骨周囲筋機能不全に陥った男子体操選手の倒立動作, 懸垂動作, 吊り輪動作における肩甲骨周囲筋群の筋機能を動作筋電図において検証した. 体操選手の肩甲骨機能として吊り輪での筋活動バランス ( 肩甲骨挙上 内転筋と下制筋 ) が必要であった. 肩関節障害後に生じた肩甲骨機能障害を客観的に呈示することの重要性と競技復帰を目指すための運動療法として側臥位での肩関節外転 - 内転運動は肩甲骨挙上 内転筋と下制筋の協調性を再獲得する有効な運動療法であると考える. 510

Ⅸ. 引用文献 Aronen JG(1985) Problems of the upper extremity in gymnastics.clin Sports Med. Jan;4(1):61-71. Bernasconi SM,Tordi NR,Parratte BM,Rouillon JD(2009) Can shoulder muscle coordination during the support scale at ring height be replicated during training exercises in gymnastics? J Strength Cond Res.Nov;23(8):2381-8. Caraffa A,Cerulli G,Rizzo A,Buompadre V,Appoggetti S,Fortuna M(1996) An arthroscopic and electromyographic study of painful shoulders in elite gymnasts. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc;4(1):39-42. De Carli A,Mossa L,Larciprete M,Ferretti M,Argento G,Ferretti A(2012) The gymnast's shoulder MRI and clinical findings.j Sports Med Phys Fitness.Feb;52(1): 71-9. Ekstrom RA,Soderberg GL,Donatelli RA (2005) Normalization procedures using maximum voluntary isometric contractions for the serratus anterior and trapezius muscles during surface EMG analysis.j Electromyogr Kinesiol.Aug;15(4):418-28. Mihata T,Safran MR,McGarry MH,Abe M,Lee TQ (2008) Elbow valgus laxity may result in an overestimation of apparent shoulder external rotation during physical examination.am J Sports Med.36(5):978-82. Mizuno S,Ikegami H,Nakamura T,Satoh K,Okazaki M,Toyama Y(2011) Complete rupture through the short head of the biceps muscle belly: a case report.j Shoulder Elbow Surg.Oct;20(7):e14-7. 岡田亨, 脇元幸一 (2003) 特集 / 上肢のスポーツ障害リハビリテーション実践マニュアル各論 - 2( 種目別 ) 体操,MB Med Reha No33:67-76. 岡田亨, 澤野靖之, 関口貴博, 室井聖史 (2006) アスリートのための理学療法体操選手の障害と理学療法 PT ジャーナル第 40 巻 6 号 :439-447. 鈴木俊明, 三浦雄一郎, 森原徹, 渡邊裕文 (2009) Physical Therapy for Shoulder Disorders - 肩関節疾患と理学療法 -. 初版 ( 有 ) アイペック.pp203-250 511