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論文アルカリイオン濃度に基づくコンクリートの炭酸化による ph 遷移に関する解析的研究 佐々木崇 * 島袋出 * 大下英吉 * 要旨 : コンクリートの中性化を解析的に予測するにあたり, 従来, 中性化による細孔溶液の ph 遷移は単に水酸化カルシウムと炭酸による反応のみで評価されてきたが, 細孔溶液の ph に影響を及ぼす細孔溶液中のアルカリイオン濃度について検討を加える必要がある 本研究では, 分析化学的手法に基づき細孔溶液中の各種イオン平衡を考慮した ph 遷移の算出, および中性化メカニズムに関する検討を行った キーワード : 細孔溶液, 中性化, アルカリ,pH, 溶解平衡. はじめに近年, コンクリート構造物の早期劣化が大きな問題でありその代表事例が中性化現象である 現在, コンクリートの中性化に関しては実験的および解析的手法により多くの研究が行われている 実験的研究としては, 長期的な自然暴露試験や促進試験などによる中性化深さの予測に関する研究が盛んに行われ, 中性化期間と中性化深さの関係を求めた中性化速度式として浜 ) 田 岸谷式や依田式 ) などが提案されている 一方, 解析的研究は, 各方面で盛んに行われており, セメント水和物の中でも水酸化カルシウムの中性化についてはその典型である 従来, この種の研究は, セメント水和物である水酸化カルシウムが存在すると, 細孔溶液中で ph 以上の高アルカリ性環境が保持されており, この溶液に二酸化炭素が溶解すると高アルカリである水酸化カルシウムと弱酸である炭酸の中和反応が起きることによって ph が低下するというものであった すなわち, 上述した従来の理論は, 単に水酸化カルシウム水溶液に炭酸が溶解したときの中和反応であり, 高アルカリ性を示すセメント水和物である水酸化アルカリを考慮にいれた中性化を表したものではない 小林等は, セメント中のアルカリ成分は細 孔溶液の ph を決定し, 細孔溶液の ph 変動をもたらすとともに中性化速度にも影響を及ぼすと指摘している ) このことを加味すると, 従来の理論では, コンクリートの ph に直接関与するセメント中のアルカリイオン濃度が異なるときの炭酸化深さおよび炭酸化収縮に関する定量的評価が不可能であり, 分析化学的手法に基づき細孔溶液中のアルカリイオン濃度を考慮にいれたコンクリートの ph 予測の構築を行う必要があると考えられる 本研究では, セメント中のアルカリイオン濃度を考慮にいれた炭酸化による細孔溶液の ph 遷移に関する詳細なモデルの構築を目的として, 細孔溶液中の各イオンに対するプロトン収支の法則を基に任意の炭酸濃度下における細孔溶液の ph 遷移に関する数値解析を行い, 分析化学を踏まえたコンクリートの中性化メカニズムに関する検討を行った. 細孔溶液中のイオン平衡. 水酸化カルシウム存在下でのイオン平衡石田等 4) は, 細孔溶液中における化学種の溶解平衡に水, 二酸化炭素から溶解した炭酸, 中性化反応で生じた炭酸カルシウム, 水和反応で生じた水酸化カルシウムの溶解のみを考慮して * 中央大学理工学部土木工学科 ( 正会員 ) * 中央大学理工学部土木工学科 ( 正会員 ) * 中央大学助教授理工学部土木工学科工博 ( 正会員 )

ROH R OH - 材令 ( 日 ) Ca 濃度 ( 当量 /L) Na Na OH - 7.8.846.696.54.44 8.6.65.47..88 9.74.544.79.8.8 8.4.4.5.56.54 いるが, 本研究では図 -に示すように, 細孔溶液の ph を決定する上で重要な要因である水酸化アルカリも考慮する モデル構築までの流れは, 各化学種とそれに平衡する水の物質収支則, プロトン収支則, 質量作用の法則の定式化をし, これらを用いて方程式を立てる 6) ことで細孔溶液の ph および各化学種の平衡濃度が同定されるわけである () 二酸化炭素の溶解二酸化炭素は溶液中では以下のような状態で表すことができる H CO H O HCO H O () H HCO - H - CO Ca - CO Ca OH - Ca(OH) (s) CO (g) HCO H O CO HO () 水はプロトンを得ることも失うこともできるので, 両プロトン性物質となり溶液中で以下のような状態で表される H CO H O H O OH () このとき, 炭酸と水での溶解平衡における物質収支式, は, それぞれ次のように表せる H CO HCO - CaCO (s) 図 - 各化学種のイオン平衡の模式図 表 - 細孔溶液分析結果 ( 開放供試体 ) 5) 物質収支式 [ ] [ ] [ ] H CO HCO C CO (4) [ H ] [ HCO ] [ CO ] [ OH ] (5) C : 溶存二酸化炭素濃度 [mol/l] また, 質量作用の法則により, 式 (), 式 (), 式 ( ) における熱力学的平衡定数は次式のように表される [ HCO ] [ H O ] a [ H CO] (6) [ CO ] [ ] H O [ HCO ] [ H ] [ ] a (7) w OH (8) 表 -は高圧抽出試験で得られたコンクリートの細孔溶液の組成を示したものである 5) 同表において, 細孔溶液の各イオン濃度が希薄であることから各イオンの活量係数 γがに近づくため熱力学的平衡定数は濃度平衡定数と近似的に一致する したがって, それぞれの濃度平衡定数を次のように与えた 6) 7 a 4.7, 4 a 4.79, w. (5 ) () 炭酸カルシウムの再溶解炭酸カルシウムの溶解平衡は, 次のように表すことができる CaCO Ca CO (9) H O H O OH ここで生じた CO が加水分解を受けることから物質収支式, は次のように表される 物質収支式 S [ H CO ] [ HCO ] [ CO ] [ Ca ] () [ H CO ] [ HCO ] [ CO ] [ OH ] () S : 炭酸カルシウムの溶解度 [mol/l] また, 質量作用の法則により, 式 (9) における熱力学的溶解度積は次式のように表される ( ) [ ] [ ] CaCO Ca sp CO () ここで, 細孔溶液のイオン濃度が希薄であり熱力学的溶解度積と濃度溶解度積が近似的に一

致することから, 炭酸カルシウムの濃度溶解度積を次のように与えた 6) 9 ( CaCO ) 4.7 (5 ) () 水酸化カルシウムの溶解水酸化カルシウムの溶解平衡は, 次のように表すことができる Ca ( OH ) Ca ( OH ) H O H O 物質収支式 [ ] OH () S Ca (4) [ H ] [ Ca ] [ OH ] (5) S : 水酸化カルシウムの溶解度 [mol/l] また, 質量作用の法則により, 式 () における熱力学的溶解度積は次式のように表される ( ( ) ) [ ] [ ] sp Ca OH Ca OH (6) 炭酸カルシウムと同様に濃度溶解度積を次のように与えた 6) 6 sp ( Ca( OH ) ) 5.5 (5 ) (4) 水酸化ナトリウムの溶解水酸化ナトリウムは, 溶液中では以下のような状態で表すことができる NaOH Na OH (7) H O H O OH 細孔溶液のイオン濃度が希薄であることから, 水酸化ナトリウムが完全解離するとみなし, 物質収支式, を次のように表す 物質収支式 [ NaOH] [ Na ] [ ] C Na (8) [ ] [ H ] [ OH ] Na (9) C : 水酸化ナトリウムの濃度 [mol/l] (5) 水酸化カリウムの溶解水酸化カリウムは, 溶液中では, 水酸化ナトリウムと同様に以下のような状態で表すことができる OH H O H O 物質収支式 OH OH [ OH] [ ] [ ] () C () 炭酸成分の存在比..8.6.4. [ ] [ H ] [ OH ] () C : 水酸化カリウムの濃度 [mol/l] なお, H O は水和プロトンであり H aq ある いは H ( H O) n と表すこともあるが物質収支式, において簡略化して H で表記した (6) 炭酸の解離分率個々の炭酸イオン濃度に対する炭酸成分全ての総濃度の割合を表す解離分率 αを求める 細孔溶液中の炭酸における物質収支式, すなわち二酸化炭素の溶解および炭酸カルシウムからの再溶解から生じるイオン郡に対して物質収支式を適用すると次のようになる [ ] [ ] [ ] H CO HCO C S CO () 式 (6), 式 (7), 式 () より, 炭酸, 重炭酸イオン, 炭酸イオンについてそれぞれ解くと 次式のように示される ここで, [ H CO ] α ( C ) S [ HCO ] ( C S ) [ CO ] α ( C ) α α α α (4) S H CO 4 6 8 4 ph [ H ] [ H ] a[ H ] a a a[ H ] [ H ] [ H ] a HCO - a a CO - 図 - ph と炭酸成分の存在比の関係 [ H ] a[ H ] a a 式 (4) より得られる ph と各炭酸成分の存在比を表したものを図 -に示しておく a a

(7) 炭酸カルシウムおよび水酸化カルシウムの溶解度炭酸カルシウム, 水酸化カルシウムの各溶解度 S, S は, 式 (), 式 (6) に示す溶解度積の関係から求めることができるが, その際, 溶解度に及ぼす効果である共通イオン効果を考える必要がある すなわち, 炭酸カルシウムでは, 炭酸カルシウムからイオン解離するイオンだけではなく共通イオンである水酸化カルシウムからイオン解離するカルシウムイオン, 二酸化炭素からイオン解離する炭酸イオンによっても炭酸カルシウムがより沈殿することを考慮しなければならない また, 水酸化カルシウムにおいても同様である このことから, 式 (), 式 (6) は以下の関係となり, 式 (5), 式 (6) を解くことにより各溶解度 S および S が求まる ( CaCO ) ( S S ) ( C ) sp α (5) S ( Ca( OH ) ) ( S S ) [ OH ] sp (6) (8) 細孔溶液全体の上述の ()~(5) 項における, 五つの物質の細孔溶液での全体のは各系の寄与を加えることで以下のように表される [ H ] [ Na ] [ ] [ Ca ] [ H CO ] [ HCO ] [ OH ] [ HCO ] [ CO ] (7) 最終的に, 各系において示した物質収支式, および平衡定数の式を式 (7) に導入することで次式が得られる [ H ] C C S S / [ w H ] α C α C α S α (8). 水酸化カルシウム消失後のイオン平衡 固相に存在する水酸化カルシウムの消失後における各化学種の溶解平衡は, 前節における化学種に水酸化カルシウムの寄与を除くことで得られる 炭酸カルシウムの溶解度 S を式 () に示す溶解度積の関係から求める際に, 共通イオン効果を考慮することで次のように表される ( CaCO ) [ Ca ] [ CO ] sp S α ( C S ) (9) 水酸化カルシウム消失後の細孔溶液でのイオン 平衡に関する全体のは, 各系の寄与を加えることで以下のように表される [ ] [ Na ] [ ] [ H CO] [ HCO ] [ OH ] [ HCO ] [ CO ] H () 最終的に, 各系において示した物質収支式, および平衡定数の式を式 () に導入することで次式が得られる [ H ] C C α S α / [ w H ] αc α C S () 溶液中の全ての化学種を考慮に入れた溶液のプロトン濃度は, 式 (8), 式 () に前節 (6) 項, (7) 項で算出した炭酸の解離分率, 炭酸カルシウムおよび水酸化カルシウムの溶解度を導入し, 任意の二酸化炭素の濃度およびアルカリ濃度を与えて解くことにより算出される そして, 細孔溶液の ph, 細孔溶液中における各化学種の平衡濃度が, 算出されたプロトン濃度により, 求められるわけである. 水酸化カルシウム存在下での中性化メカニズム. 従来の手法による中性化従来, 中性化による細孔溶液の ph 遷移は, セメント硬化体の中で最も高アルカリである水酸化カルシウムと二酸化炭素に由来する炭酸イオンおよび重炭酸イオンとの反応によるもののみで評価されているため水酸化カルシウムの減少を ph 遷移と関連付けていた これに対して, 本構築モデルに基づく ph 遷移を次項に示す. 本構築モデルによる中性化メカニズム () 本モデルによる ph 遷移図 -は, 式 (8) において得られるイオン平衡式を用いて任意の二酸化炭素濃度下における ph 遷移を数値解析により予測したものである なお, 本構築モデルにおけるアルカリ濃度は, 小林等の研究 5) における R O. 5 %, および R O.4 % の実験結果を用いた 固相に水酸化カルシウムが存在するとき, 二酸化炭素濃度が増加しても細孔溶液の ph は常

Ca(OH) の溶解度 (mol/l) ph 4 R O.4 % R O.5 % 9.4.8..6. 二酸化炭素濃度 (mol/l)..6..8 図 - Ca(OH) 存在下での ph と二酸化炭素濃度の関係.4 R O.4 % R O.5 %.4.8..6. 二酸化炭素濃度 (mol/l) 図 -4 二酸化炭素濃度と Ca(OH) の溶解度の関係 に一定値をとる この算出された ph 値は, 二酸化炭素が溶解する前の細孔溶液のアルカリと平衡状態にある水酸基イオン濃度から算出される ph 値と同じ値となる このことから, アルカリイオン濃度を考慮に入れた中性化のメカニズムを以下のように説明することができる 細孔溶液の組成は, 一例として表 -に示すように, アルカリイオンとそれに平衡状態にある水酸基イオンによって占められており, カルシウムイオンはごくわずかしか存在しないため細孔溶液の ph はアルカリイオンと平衡状態にある水酸基イオンの濃度に依存すると考えてよい このような組成を持つ細孔溶液に炭酸が溶解すると, まず, Na, と炭酸イオンが反応し炭酸アルカリ, 重炭酸アルカリを生成するが, それらは強電解質であることおよび細孔溶液が希薄であることにより完全解離する その後, Ca と炭酸イオンが反応することとなる この際, 生成された炭酸カルシウムは難溶性である ため沈殿し, それに伴い, 固相に存在する水酸化カルシウムが徐々に細孔溶液に溶解する この過程を繰り返すことにより炭酸カルシウムが細孔内に沈殿して中性化が進行していく したがって, 中性化がある程度進行しても, 細孔溶液内のアルカリイオンの濃度とそれと平衡状態にある水酸基イオンの濃度は大きく変化しない また, 細孔溶液中の ph はアルカリイオンと平衡状態にある水酸基イオンの濃度に依存しているため, 細孔溶液の ph は大きく変化しない 細孔溶液中のアルカリイオン濃度の違いにより中性化の進行度合いが変化するという実験事実があるが, この詳細な説明については以下の項で行うこととする () アルカリイオン濃度に依存した水酸化カルシウムの溶解度図 -4は, 任意の二酸化炭素濃度下における水酸化カルシウムの溶解度を数値解析により予測したものである アルカリ分が高い程, 水酸化カルシウムの溶解度が高くなることを示している このことから細孔溶液中における水酸化カルシウムの溶解度の違いによる, 中性化のメカニズムを以下のように説明することができる 炭酸カルシウムは, 二酸化炭素を含む水には溶解度の高い重炭酸カルシウムを生じて溶けることから 7), 細孔溶液の炭酸カルシウムの溶解度は ph と密接な関係がある このことは, 図 -に示したように, 炭酸は ph によって存在分布が異なり, カルシウム塩においては ph が高い状態では炭酸カルシウムとして,pH が中性付近では重炭酸カルシウムとして存在する比率が高くなることからもわかる したがって, アルカリ分が高いと炭酸カルシウムの溶解度が減少し, これに伴い固相に存在する水酸化カルシウムの溶解度が増加するため中性化が促進されると考えられる また, アルカリ分が低いと炭酸カルシウムの溶解度が増加し, これに伴い水酸化カルシウムの溶解度が減少するため中性化の進行が遅れると考えられる

ph 4 8 6 4 R O.4 % R O.5 %.4.8..6. 二酸化炭素濃度 (mol/l) 図 -5 Ca(OH) 消失後の ph と二酸化炭素濃度の関係 4. 水酸化カルシウム消失後の中性化メカニズム図 -5は, 任意の二酸化炭素濃度下における ph 遷移を式 () において得られるイオン平衡式を用いて数値解析により予測したものである 水酸化カルシウムが消失すると, 二酸化炭素濃度の増加に伴い細孔溶液の ph は低下することから, 水酸化カルシウム消失後の中性化のメカニズムを以下のように説明することができる 固相に存在する水酸化カルシウムが消失した時点で炭酸が細孔溶液に溶解すると, 溶解した炭酸イオンは Na, と中和反応し ph が低下する. 節で記述したように, 従来, 中性化とは一般に炭酸と水酸化カルシウムの中和反応により ph が大きく変動されると言われているが, 水酸化アルカリを含む実際の細孔溶液では, 炭酸と水酸化アルカリの中和反応により ph が大きく変動するという中性化のメカニズムが示された また高アルカリである方が低アルカリに比べ ph 変化の勾配が緩やかである このことは, アルカリイオン濃度が高い方が中和反応に多くの時間を費やすということを示している 以上のような 章,4 章で示した傾向は, 小林等が指摘した実験結果に基づく考察 ) と一致している 5. まとめ本研究では, 細孔溶液中の各イオンに対するプロトン収支の法則を基に任意の炭酸濃度下における細孔溶液の ph 遷移に関する数値解析を 行い, 分析化学を踏まえたコンクリートの中性化メカニズムに関する検討を行った 以下に本研究により得られた結果をまとめる () 実現象を含む分析化学的手法によってアルカリイオン濃度を含む任意の炭酸濃度下における細孔溶液の ph 遷移に関する方程式の構築を行った () 構築された方程式から, 水酸化カルシウムが固相に存在するとき細孔溶液のアルカリ分が高い程, 水酸化カルシウムの溶解度が高く, 中性化が促進されることからコンクリートの炭酸化速度を考慮する際に, アルカリイオン濃度を取り扱う必要性が明らかとなった () 水酸化アルカリを含む実際の細孔溶液では, 炭酸と水酸化アルカリの中和反応により ph が大きく変動し, 水酸化カルシウムが固相に存在するときには,pH は変動しないという中性化のメカニズムが示された 参考文献 ) 岸谷孝一 : 鉄筋コンクリートの耐久性, 鹿島建設技術研究所出版部,96. ) 依田彰彦 : 高炉セメントコンクリートの中性化, セメント コンクリート,No.49, 98. ) 小林一輔, 宇野祐一 : コンクリートの炭酸化のメカニズム, コンクリート工学論文集, Vol.,No,pp.7-49,99. 4) 石田哲也, 前川宏一 : 物質移動則と化学平衡論に基づく空隙水の ph 評価モデル, 土木学会論文集,Vol.47,No.648,pp.-5,.5 5) 小林一輔, 瀬野康弘ほか : 反応性骨材を用いたモルタル細孔溶液の組成 (), 生産研究, Vol.4,No.6,pp.4-46,988.6 6) Freiser,H. and Fernando,Q. 共著, 藤永太一郎, 関戸栄一共訳 : イオン平衡 - 分析化学における-, 化学同人,967.8 7) Trudgill,S.:Limestone Geomorphlogy,Longman Group Ltd,pp.-,985