磁気でイオンを輸送する新原理のトランジスタを開発

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体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

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互作用によって強磁性が誘起されるとともに 半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます しかし 実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で II-VI 族である (Cd,Mn)Te において極低温 (

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平成 30 年 8 月 6 日 報道機関各位 東京工業大学 東北大学 日本工業大学 高出力な全固体電池で超高速充放電を実現全固体電池の実用化に向けて大きな一歩 要点 5V 程度の高電圧を発生する全固体電池で極めて低い界面抵抗を実現 14 ma/cm 2 の高い電流密度での超高速充放電が可能に 界面形

フォルハルト法 NH SCN の標準液または KSCN の標準液を用い,Ag または Hg を直接沈殿滴定する方法 および Cl, Br, I, CN, 試料溶液に Fe SCN, S 2 を指示薬として加える 例 : Cl の逆滴定による定量 などを逆滴定する方法をいう Fe を加えた試料液に硝酸

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非磁性原子を置換することで磁性・誘電特性の制御に成功

1. 背景強相関電子系は 多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団です 強相関電子系で現れる電荷整列状態では 電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質であっても クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い 格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を示し

ポイント 太陽電池用の高性能な酸化チタン極薄膜の詳細な構造が解明できていなかったため 高性能化への指針が不十分であった 非常に微小な領域が観察できる顕微鏡と化学的な結合の状態を調査可能な解析手法を組み合わせることにより 太陽電池応用に有望な酸化チタンの詳細構造を明らかにした 詳細な構造の解明により

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氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

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ロナ放電を発生させました これによって 環状シロキサンが分解してプラスに帯電した SiO 2 ナノ微粒子となり 対向する電極側に堆積して SiO 2 フィルムが形成されるという コロナ放電堆積法 を開発しました 多くの化学気相堆積法 (CVD) によるフィルム作製法には 真空 ガス装置が必要とされて

図 2 腐食モニタリング手法の体系 設備の腐食現象を直接測定する手法において 現在実用化されている腐食現象は 減肉 と 割れ である 減肉 では 設備の肉厚測定で評価する手法が主流である 割れ は 現状では進展の定量化が実現されていない 設備の腐食現象を間接測定する手法において 現在実用化されている

教師の持つ指導ポイント 評価規準 中国地方の送電線網の図を利用し, 発電所からの電力を消費地に届けていることを示す その際, 送電の途中では, 電線の抵抗のために電線が発熱して電気エネルギーが損失することを, 本単元の内容をもとに考察させる ( 自然事象への関心 意欲 態度 ) エネルギーは変換の際

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電気化学第 1 回講義平成 23 年 4 月 12 日 ( 火 ) 担当教員 : 杉本渉 ( 材料化学工学課程 ) 今回の講義内容 教科書の対応箇所 キーワード 理解度チェック 今回の講義で理解できなかったところがあれば記入してください 参考書 講義と密接に関連, 参考になる 電気化学の歴史, 体系

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コバルトとパラジウムから成る薄膜界面にて磁化を膜垂直方向に揃える界面電子軌道の形が明らかに -スピン軌道工学に道 1. 発表者 : 岡林潤 ( 東京大学大学院理学系研究科附属スペクトル化学研究センター准教授 ) 三浦良雄 ( 物質材料研究機構磁性 スピントロニクス材料研究拠点独立研究者 ) 宗片比呂

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記 者 発 表(予 定)

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同時発表 : 筑波研究学園都市記者会 ( 資料配布 ) 文部科学記者会 ( 資料配布 ) 科学記者会 ( 資料配布 ) 磁気でイオンを輸送する新原理のトランジスタを開発 ~ 電圧をかけずに動作する電気化学デバイス実現へ前進 ~ 配布日時 : 平成 29 年 9 月 7 日 14 時国立研究開発法人物質 材料研究機構 (NIMS) 概要 1.NIMS は 電圧でなく磁気でイオンを輸送するという 従来と全く異なる原理で動作するトランジスタの開発に成功しました ( 図 1) 動作させるのに電圧を印加する必要がないため 省エネルギーで新しい機能を持った情報通信デバイスなどの開発につながると期待されます 2. 電気エネルギーと化学エネルギーを変換する電気化学デバイスは 電池やキャパシタ センサーなどとして実用化され 我々の生活の中で幅広く利用されています これらのデバイスは 電解質 (1) 中のイオンを移動させることで動作しますが イオンの駆動には電圧を印加する必要があるため 電力源が確保できない環境では利用しづらいという問題があります 3. そこで NIMS の研究グループは 磁性イオン液体 (2) (1- ブチル -3- メチルイミダゾリウムテトラクロロフェラート ) に注目しました 磁性イオン液体は これまで 液体の磁石 として研究されていましたが 電荷を持ったイオンとしての性質は注目されていませんでした 研究グループは 磁性イオン液体を 磁石をつかってイオン輸送が可能な液体としてとらえ これを電解質として用いた電気二重層トランジスタ (3) を作製しました ( 図 1) 磁場をかけると 電解質中の磁性イオンが移動して 電極間の抵抗が変化する ことが分かり 磁場のみでトランジスタとして動作させることに成功しました 図 1. 外部磁場を印加して 電解質内の磁性イオン ( 塩化鉄イオン ) を輸送させることによってダイヤモンドの電気抵抗を 制御する 4. 今回 電磁石を用いて磁場をかけましたが これを永久磁石に置きかえることができれば 省エネルギー情報通信デバイスなどへの展開が期待できます 今後 本成果を基に情報通信デバイスへの応用を進めるとともに 電池やキャパシタなどトランジスタ以外の電気化学デバイスについても 外部電源に依存しない制御を目指した研究を進める予定です 5. 本研究は 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の土屋敬志主任研究員 寺部一弥グループリーダー 機能性材料研究拠点の井村将隆主任研究員 技術開発 共用部門の小出康夫部門長によって行われました 6. 本研究成果は Nature Publishing Group が発行する Scientific Reports 誌のオンライン版にて 2017 年 9 月 5 日 ( 日本時間 ) に掲載されます

研究の背景我々の身の回りにある様々な生活機器の動作には 電池 キャパシタ センサーに代表される電気化学デバイスが不可欠となっており より快適な生活を実現するため電気化学デバイスの高性能化が求められています そこで イオン伝導性が高く安定な電解質材料や 反応活性の高い電極材料等の研究開発が精力的に進められてきました しかし これら長らく続けられてきた従来手法に基づく高性能化には限界が懸念され 革新的な新技術の重要性が高まっています 電気化学デバイスの特徴は電圧印加で生じるイオン輸送を利用し 電極界面で起こる電気化学反応や電気二重層を制御することにあります この特徴は電力源が豊富な現代社会において非常に便利である一方で 電力源の確保が困難な状況においては 電気化学デバイスの動作方法が著しく制限されるという側面があります そこで もし電圧印加によるイオン輸送に拠らない電気化学デバイスが出来れば 既成の枠組みに捉われない全く新しい環境 エネルギー技術や情報通信技術の創発につながる可能性があります 研究内容と成果本研究グループは 電圧をかけずに動作する電気化学デバイスを開発するために 磁場中でのイオン輸送を利用して電気化学反応や電気二重層 (4) の電荷量を制御するための新規法の開発を目指しました 開回路電圧 (5) を観察するための電池は 金電極を対向させて配置してその間に 1- ブチル -3- メチルイミダゾリウムテトラクロロフェラート ( 以下 磁性イオン液体 ) と純水を含む液体電解質を満たし 外部からネオジム磁石 (480 mt) を用いて磁場を印加可能な構造をしています ( 図 2 左 ) 磁性イオン液体に含まれる塩化鉄イオン (FeCl 4- ) は常磁性 (6) 的な特徴を示し磁気力により輸送されることが知られています この電池において ネオジム磁石を用いて磁場を印加すると塩化鉄イオンが引き寄せられることで Au 電極間に濃度差に対応する起電力が生じ 約 130 mv 程度までゆっくり上昇する挙動が観察されました ( 図 2 右 ) 引き続いて磁場を取り除くと 濃度差が解消され起電力が消失しました 図 2. 磁気力によるイオン輸送に伴う開回路電圧を測定する電池 ( 左 ) と磁場印加による開回路電圧変化 ( 右 ) 次に 液体電解質中の磁性イオン液体の濃度を変化させて同様の実験を行なったところ 純粋な磁性イオン液体では起電力は観察されないものの 純水を加えた場合にのみ起電力を生じることがわかりました ( 図 3) これは電極周辺の電解質の濃度差によって起電力を生じていることを示しています 電圧印加によってイオン輸送が起こる場合 陽イオンと陰イオンは逆の方向に輸送されますが 今回のように磁気力によってイオン輸送が起こる場合 磁気力で輸送される磁性イオンが局所的に形成する電界によって 逆符号の非磁性イオンも磁性イオンと同じ方向に輸送されることになります このため 純粋な磁性イオン液体では濃度差を生じにくく イオンに比べて電界による輸送が生じにくい中性分子の水を含む場合に濃度差を生じ起電力が観察されると考えられます 2

図 3. 液体電解質中の磁性イオン液体の濃度に対する開回路電圧の依存性 近年 高いキャリア移動度 (7) から注目されている水素終端ダイヤモンド (8) と磁性イオン液体とを組み合わせて電気二重層トランジスタを作製しました ( 図 4 左 ) 電磁石を用いてこのトランジスタへの印加磁場を徐々に変化させると 水素終端ダイヤモンド表面を通過するドレイン電流が変化することがわかりました ( 図 4 右 ) これは水素終端表面近傍に存在する二次元ホールガス (2DHG) (9) の濃度が隣接する電気二重層の変調に伴って変化していることを示しており 電圧を印加する代わりに磁場を印加することによっても電気二重層トランジスタを駆動させることが出来ることがわかりました 磁場は遠隔から印加出来るため 通常のトランジスタに不可欠なゲート電極の設置が不要であり より単純で自由なデバイス設計が可能になります ただし 通常の電圧印加型の電気二重層トランジスタと比較するとドレイン電流の変化が非常に小さく 高性能化に向けて改良していく必要があります 図 4. 磁気力によって動作する水素終端ダイヤモンドを用いた電気二重層トランジスタ ( 左 ) と印加磁場を徐々に変化させた際に観察されたドレイン電流の変化 ( 右 ) 今後の展開本研究グループが開発した磁気力によるイオン輸送を利用して電気二重層トランジスタを含む電気化学デバイスを動作させるという新しい技術を用いることにより 従来の電圧駆動型の電気化学デバイスでは得ることが出来なかった革新的な技術 ( 例えば磁石で充電可能な二次電池 磁石で切り替え可能なスマ 3

ートウィンドウ (10) 等 ) の開発につながることが期待されます 今後 本成果を基に情報通信デバイスへの応用を進めるとともに 新しい環境 エネルギー技術の創発を目指した研究を進める予定です 掲載論文題目 :Magnetic Control of Magneto-Electrochemical Cell and Electric Double Layer Transistor. 著者 :Takashi Tsuchiya, Masataka Imura, Yasuo Koide, and Kazuya Terabe 雑誌 :Scientific Reports 掲載日時 :2017 年 9 月 5 日 ( 日本時間 ) オンライン掲載 DOI:10.1038/s41598-017-11114-2 用語解説 (1) 電解質溶媒中に溶解した際に 陽イオンと陰イオンに電離する物質 (2) 磁性イオン液体磁気力によってイオンが移動する液体 (3) 電気二重層トランジスタ半導体 導体と電解質との界面に存在する電気二重層を利用して半導体 導体中の電子キャリア濃度を変調する電気化学デバイス 通常 半導体中に流れる電流を測定するためのソース ドレイン電極に加えて 電圧を印加してイオンを移動させ電気二重層を変調するためのゲート電極を備えている (4) 電気二重層 2 つの異なる物質の接する界面に正負の荷電粒子が対向して層状に並んだもの 電解質と半導体 導体の界面では 電気二重層の形成により半導体 導体に電子やホールが注入される (5) 開回路電圧電流を印加していない状態での端子間の電圧 (6) 常磁性外部磁場がない時には磁化を持たず 外部磁場を印加するとその方向に弱く磁化する磁性 (7) キャリア移動度電子 及びホールの移動しやすさ (8) 水素終端ダイヤモンドダイヤモンドの最表面の炭素原子が水素で終端されたもの (9) 二次元ホールガス半導体中で二次元状 ( シート状 ) にホールが分布する状態 (10) スマートウィンドウ光の透過率を制御することが出来る窓 透明酸化物へのイオンの挿入 脱挿入を利用して電子キャリア濃度を制御することで動作する 4

本件に関するお問い合わせ先 ( 研究内容に関すること ) 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点ナノシステム分野ナノイオニクスデバイスグループグループリーダー寺部一弥 ( てらべかずや ) TEL: 029-860-4383 E-mail: TERABE.Kazuya@nims.go.jp 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点ナノシステム分野ナノイオニクスデバイスグループ主任研究員土屋敬志 ( つちやたかし ) TEL: 029-860-4563 E-mail: TSUCHIYA.Takashi @nims.go.jp ( 報道 広報に関すること ) 国立研究開発法人物質 材料研究機構経営企画部門広報室 305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1 TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017 E-mail: pressrelease@ml.nims.go.jp 5