Microsoft Word - 感染症と予防接種について(A-2麻疹).doc

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〒102―8232

p.p.2 # エンテロウイルス感染症 ( 特に 6 型 11 型 25 型 ) 顔面に皮疹をきたす 肝炎様徴候と血小板減少というのは合致しない # パルボウイルス B19 手足口病 顔面の皮疹はきたすが 今回の皮疹の出現パターンとは合致しない # 風疹 血球減少は一般的に見られる また 肝酵素上昇

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日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール

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Microsoft Word - 改正: 参考資料.doc

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02別添:日本脳炎ワクチン接種に関するQ&A[H28.3月版]

報告風しん

ロタウイルスワクチンは初回接種を1 価で始めた場合は 1 価の2 回接種 5 価で始めた場合は 5 価の3 回接種 となります 母子感染予防の場合のスケジュール案を示す 母子感染予防以外の目的で受ける場合は 4 週間の間隔をあけて2 回接種し 1 回目 の接種から20~24 週あけて3 回目を接種生

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第51回日本小児感染症学会総会・学術集会 採択結果演題一覧

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Microsoft Word - 【要旨】_かぜ症候群の原因ウイルス

日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール 014 年 10 月 1 日版日本小児科学会 乳児期幼児期学童期 / 思春期 ワクチン 種類 直後 6 週 以上 インフルエンザ菌 b 型 ( ヒブ )

<B 型肝炎 (HBV)> ~ 平成 28 年 10 月 1 日から定期の予防接種になりました ~ このワクチンは B 型肝炎ウイルス (HBV) の感染を予防するためのワクチンです 乳幼児感染すると一過性感染あるいは持続性感染 ( キャリア ) を起こします そのうち約 10~15 パーセントは

報告は 523 人 (14. 5) で前週比 9 と減少した 例年同時期の定点あたり平均値 * (16. ) の約 9 割である 日南 (37. 3) 小林(26. 3) 保健所からの報告が多く 年齢別では 1 歳から 4 歳が全体 の約 4 割を占めた 発生状況 ( 宮崎県 ) 定

横浜市感染症発生状況 ( 平成 30 年 ) ( : 第 50 週に診断された感染症 ) 二類感染症 ( 結核を除く ) 月別届出状況 該当なし 三類感染症月別届出状況 1 月 2 月 3 月 4 月 5 月 6 月 7 月 8 月 9 月 10 月 11 月 12 月計 細菌性赤痢

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Microsoft Word - WIDR201839

スライド 1

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事務連絡 令和元年 6 月 21 日 ( 公社 ) 岡山県医師会 ( 一社 ) 岡山県病院協会 御中 岡山県保健福祉部健康推進課 手足口病に関する注意喚起について このことについて 厚生労働省健康局結核感染症課から別添のとおり事務連絡が ありましたので 御了知いただくとともに 貴会員への周知をお願い

顎下腺 舌下腺 ) の腫脹と疼痛で発症し そのほか倦怠感や食欲低下などを訴えます 潜伏期間は一般的に 16~18 日で 唾液腺腫脹の 7 日前から腫脹後 8 日後まで唾液にウイルスが排泄され 分離できます これらの症状を認めない不顕性感染も約 30% に認めます 合併症は 表 1 に示すように 無菌

2017 年 3 月臨時増刊号 [No.165] 平成 28 年のトピックス 1 新たに報告された HIV 感染者 AIDS 患者を合わせた数は 464 件で 前年から 29 件増加した HIV 感染者は前年から 3 件 AIDS 患者は前年から 26 件増加した ( 図 -1) 2 HIV 感染者

Microsoft Word - 感染症と予防接種について doc

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

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別紙 1 新型インフルエンザ (1) 定義新型インフルエンザウイルスの感染による感染症である (2) 臨床的特徴咳 鼻汁又は咽頭痛等の気道の炎症に伴う症状に加えて 高熱 (38 以上 ) 熱感 全身倦怠感などがみられる また 消化器症状 ( 下痢 嘔吐 ) を伴うこともある なお 国際的連携のもとに

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今週前週今週前週 2/18~2/24 インフルエンザ ヘルパンギーナ 4 4 RS ウイルス感染症 流行性耳下腺炎 ( おたふくかぜ ) 7 4 咽頭結膜熱 急性出血性結膜炎 0 0 A 群溶血性レンサ球菌咽頭炎 流行性角結膜炎 ( はやり目

とが知られています 神経合併症としては水痘脳炎 (1/50,000) 急性小脳失調症 (1/4,000) などがあり さらにインフルエンザ同様 ライ症候群への関与も指摘されています さらに 母体が妊娠 20 週までの初期に水痘に罹患しますと 生まれた子供の約 2% が 皮膚瘢痕 骨と筋肉の低形成 白

H30_業務の概要18.予防接種

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Microsoft Word - 緊急風疹情報2019年第20週.docx

Microsoft Word - 最終_緊急風疹情報2019年第10週.docx

参考資料 5 MR の接種勧奨の取り組みについて MR1 期 (1 歳 ~2 歳未満 ) 1 歳となる月の前月末に予診票及びお知らせを発送 1.6 歳児健診時 個別チェックによりお知らせ配布 ( 通年 ) 2 歳となる前々月に未接種者に案内を発送 ( 別紙 1) MR2 期 ( 小学校に入学する前年

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rubella190828

第1 入間市の概要

70 例程度 デング熱は最近増加傾向ではあるものの 例程度で推移しています それでは実際に日本人渡航者が帰国後に診断される疾患はどのようなものが多いのでしょうか 私がこれまでに報告したデータによれば日本人渡航者 345 名のうち頻度が高かった疾患は感染性腸炎を中心とした消化器疾患が

定点報告疾患 ( 定点当たり報告数の上位 3 疾患の発生状況 ) (1) インフルエンザ 第 51 週のインフルエンザの報告数は 1025 人で, 前週より 633 人多く, 定点当たりの報告数は であった 年齢別では,10~14 歳 (240 人 ),7 歳 (94 人 ),8 歳 (

2019 年 7 月 4 日 ( 木 ) 愛知県保健医療局健康医務部健康対策課感染症グループ担当内田 久野内線 ダイヤルイン 手足口病警報を発令します!! 愛知県では 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 に基づき 県内の小児科を標榜する

も 医療関連施設という集団の中での免疫の度合いを高めることを基本的な目標として 書かれています 医療関係者に対するワクチン接種の考え方 この後は 医療関係者に対するワクチン接種の基本的な考え方について ワクチン毎 に分けて述べていこうと思います 1)B 型肝炎ワクチンまず B 型肝炎ワクチンについて

2. 定期接種ンの 接種方法等について ( 表 2) ンの 種類 1 歳未満 生 BCG MR 麻疹風疹 接種回数接種方法接種回数 1 回上腕外側のほぼ中央部に菅針を用いて2か所に圧刺 ( 経皮接種 ) 1 期は1 歳以上 2 歳未満 2 期は5 歳以上 7 歳未満で小学校入学前の 1 年間 ( 年

第14巻第27号[宮崎県第27週(7/2~7/8)全国第26週(6/25~7/1)]               平成24年7月12日

麻しん 2

PowerPoint プレゼンテーション

スライド 1

9 予防接種

蚊を介した感染経路以外にも 性交渉によって男性から女性 男性から男性に感染したと思われる症例も報告されていますが 症例の大半は蚊の刺咬による感染例であり 性交渉による感染例は全体のうちの一部であると考えられています しかし 回復から 2 ヵ月経過した患者の精液からもジカウイルスが検出されたという報告


Ⅰ 第 30 週の発生動向 (2017/7/24~2017/7/30) 1. 手足口病については むつ保健所管内で警報が発令されました 東地方 + 青森市保健所管内 弘前保健所管内 上十三保健所管内で警報が継続しています 三戸地方 + 八戸市保健所管内では 定点当たり報告数の増加が続いており 警報レ

ヘモフィルスインフルエンザ菌b型(Hib)ワクチン<医療従事者用>

インフルエンザ(成人)

Microsoft Word - ①【修正】B型肝炎 ワクチンにおける副反応の報告基準について

2012 年 11 月 21 日放送 変貌する侵襲性溶血性レンサ球菌感染症 北里大学北里生命科学研究所特任教授生方公子はじめに b 溶血性レンサ球菌は 咽頭 / 扁桃炎や膿痂疹などの局所感染症から 髄膜炎や劇症型感染症などの全身性感染症まで 幅広い感染症を引き起こす細菌です わが国では 急速な少子

後などに慢性の下痢をおこしているケースでは ランブル鞭毛虫や赤痢アメーバなどの原虫が原因になっていることが多いようです 二番目に海外渡航者にリスクのある感染症は 蚊が媒介するデング熱やマラリアなどの疾患で この種の感染症は滞在する地域によりリスクが異なります たとえば デング熱は東南アジアや中南米で

48小児感染_一般演題リスト160909

健康た?よりNo107_健康た?より

DPT, MR等混合ワクチンの推進に関する要望書

サーバリックス の効果について 1 サーバリックス の接種対象者は 10 歳以上の女性です 2 サーバリックス は 臨床試験により 15~25 歳の女性に対する HPV 16 型と 18 型の感染や 前がん病変の発症を予防する効果が確認されています 10~15 歳の女児および

ヒブ ( インフルエンザ菌 b 型 ) 対象者 : 生後 2ヶ月から5 歳未満までのお子さん標準的な接種開始期間は 生後 2ヶ月から7ヶ月未満です 生後 2ヶ月を過ぎたら 早目に接種しましょう 接種方法 : 接種開始時の年齢により接種方法が異なります 接種開始が生後 2ヶ月から7ヶ月未満の場合 (

1

の合併症を起こしたことが分かりました そのなかで一番多かったのは肺炎です 合併症を起こした子どもの約半数が肺炎になりました また 発病者の40% 以上が入院し 9 人の子ども達が脳炎になり いまだに後遺症で苦しんでいる子どももいます 2007 年度の麻しん流行においては 子どもたちよりも10 代 2

コンコンと連続して咳き込んだ後 ヒューヒューという笛を吹くような音を立てて急いで息を吸うような 特有な咳発作が特徴で 本は長期にわたって続く 生後 3ヶ月未満の乳児では呼吸ができなくなることがある発作 ( 無呼吸発作 ) 脳症などの合併症も起こりやすく 命にかかわることがある 1 年を通じて存在する

耐性菌届出基準

2017 年 2 月 1 日放送 ウイルス性肺炎の現状と治療戦略 国立病院機構沖縄病院統括診療部長比嘉太はじめに肺炎は実地臨床でよく遭遇するコモンディジーズの一つであると同時に 死亡率も高い重要な疾患です 肺炎の原因となる病原体は数多くあり 極めて多様な病態を呈します ウイルス感染症の診断法の進歩に

日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュールの主な変更点 2014 年 1 月 12 日 1)13 価結合型肺炎球菌ワクチンの追加接種についての記載を訂正 追加しました 2)B 型肝炎母子感染予防のためのワクチン接種時期が 生後 か月 から 生直後 1 6 か月 に変更と なりました (

Microsoft Word - tebiki_51-60.doc

Microsoft PowerPoint _三重県研修会 - 配布用.pptx

Microsoft PowerPoint - 51w 梅毒

3 睡眠時間について 平日の就寝時刻は学年が進むほど午後 1 時以降が多くなっていた ( 図 5) 中学生で は寝る時刻が遅くなり 睡眠時間が 7 時間未満の生徒が.7 であった ( 図 7) 図 5 平日の就寝時刻 ( 平成 1 年度 ) 図 中学生の就寝時刻の推移 図 7 1 日の睡眠時間 親子

syuho_43.xls

症化することからハイリスクとされています VZV は細胞親和性が強く cell-to-cell にウイルスが感染するため ウイルス増殖の抑制には液性免疫よりも細胞性免疫が重要であります このため 特に細胞性免疫機能の低下した宿主においては極めて重篤となり 致死的な経過をたどることが少なくありません


第14巻第27号[宮崎県第27週(7/2~7/8)全国第26週(6/25~7/1)]               平成24年7月12日

子宮頸がん予防ワクチン及びヒブ・小児用肺炎球菌ワクチンの接種助成事業スタート

割合が10% 前後となっています 新生児期以降は 4-5ヶ月頃から頻度が増加します ( 図 1) 原因菌に関しては 本邦ではインフルエンザ菌が原因となる頻度がもっとも高く 50% 以上を占めています 次いで肺炎球菌が20~30% と多く インフルエンザ菌と肺炎球菌で 原因菌の80% 近くを占めていま

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

第14巻第27号[宮崎県第27週(7/2~7/8)全国第26週(6/25~7/1)]               平成24年7月12日

緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa グラム陰性桿菌 ブドウ糖非発酵 緑色色素産生 水まわりなど生活環境中に広く常在 腸内に常在する人も30%くらい ペニシリンやセファゾリンなどの第一世代セフェム 薬に自然耐性 テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質など の抗菌薬にも耐性を示す傾

A 群溶血性レンサ球菌咽頭炎 第 50 週の報告数は 前週より 39 人減少して 132 人となり 定点当たりの報告数は 3.00 でした 地区別にみると 壱岐地区 上五島地区以外から報告があがっており 県南地区 (8.20) 佐世保地区 (4.67) 県央地区 (4.67) の定点当たり報告数は

感染症情報22週(週報)

2014 年 10 月 30 日放送 第 30 回日本臨床皮膚科医会② My favorite signs 9 ざらざらの皮膚 全身性溶血連鎖球菌感染症の皮膚症状 たじり皮膚科医院 院長 田尻 明彦 はじめに 全身性溶血連鎖球菌感染症は A 群β溶連菌が口蓋扁桃や皮膚に感染することにより 全 身にい

第 12 回こども急性疾患学公開講座 よくわかる突発性発疹症 その症状と対応 ~ 発熱受診患者解析結果を交えて ~ 神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野 長坂美和子

次の人は 医師が健康状態や体質に基づいて 接種の適否を判断します 心臓や血管 腎臓 肝臓 血液の障害や発育の障害などの基礎疾患がある人 他のワクチンの接種を受けて 2 日以内に発熱があった人や全身性の発疹などアレルギーが疑われる症状が出たことがある人 過去にけいれんをおこしたことがある人 過去に免疫

Ⅲ 全把握対象疾患 結核 ( 二類全把握対象疾患 ): 東地方 人 三戸地方 人 上十三 人 (8 年計 : 人 ) 腸管出血性大腸菌感染症 ( 三類全把握対象疾患 ): 弘前 人 (8 年計 :5 人 ) アメーバ赤痢 ( 五類全把握対象疾患 ): 八戸市 人 (8 年計 : 人 ) カルバペネム

<593A5C30388AEB8B408AC7979D837D836A B5C8CC295CA8AEB8B408AC7979D837D836A B5C378AB490F58FC796688E7E91CE8DF4837D836A B5C FE18ED243817A8AB490F596688E7E91CE8DF4837D836A B816989FC92F994C5816A2E786C7

院内感染対策マニュアル

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Vol. 32 Suppl.II,2017 麻疹 風疹 水痘 流行性耳下腺炎 ( ムンプス ) に関する Q&A の公開にあたって 日本環境感染学会では 平成 21 年 5 月に 院内感染対策としてのワクチンガイドライン第 1 版 を 平成 26 年 9 月に 医療関係者のためのワクチンガイドライン

生ワクチン 不活化ワクチン ジフテリア 百日咳 破傷風 不活化ポリオ混合ワクチン の接種から20~24 週あけて3 回目を接種 別の種類のワクチンを接種する場合は 中 27 日 ( いわゆる4 週間 ) 以上あけて受けます 別の種類のワクチンを接種する場合は 中 6 日 ( いわゆる1 週間 ) 以

インフルエンザ、鳥インフルエンザと新型インフルエンザの違い

Transcription:

麻疹 ( はしか ): 麻疹の概要 麻疹は はしか とも呼ばれ パラミクソウイルス科に属する麻疹ウイルスの感染によって起こる急性熱性発疹性の感染症です 麻疹ウイルスは人のみに感染するウイルスであり 感染発症した人から人へと感染していきます 感染力は極めて強く 麻疹に対して免疫がない人が麻疹ウイルスに感染すると 90% 以上が発病し 不顕性感染は殆どないことも特徴の 1 つです 江戸時代までの日本では麻疹は 命定め の病として怖れられていました 現在ではビタミン A が不足すると麻疹の重症化を招きやすいことが知られており 発展途上国ではその死亡率が 10~30% に達する場合があると言われています 我が国においても麻疹は最近まで度々大きな流行を繰り返していましたが ワクチンの接種率の向上や多くの関係者の努力により 国内の麻疹の発症者数は大きく減少しました そして 2015 年 3 月 27 日 WHO 西太平洋事務局 (WPRO) は過去 3 年間にわたって日本国内には土着の麻疹ウイルスは存在していないとして我が国が 麻疹の排除状態にある ことを認定しました 麻疹の疫学 かつて麻疹は世界中で流行がみられていました まだ世界中に麻疹ワクチンが普及していなかった 1980 年頃までは 年間約 260 万人もの人が麻疹によって命を落としていました その後ワクチンの世界的な普及により 麻疹による年間死亡者数は大きく減少して 2000 年には 544,200 人に 2013 年には 14,5700 人となっています 現在麻疹患者が多く発生しているのはワクチンの接種率が低い発展途上国であり 死亡例の大半は 5 歳未満の乳幼児です 日本は欧米等の先進国と較べて麻疹の対策は遅れ 1990 年台に入ってもしばしば麻疹の大きな流行が発生し 2001 年の年間の推定罹患者数は約 286,000 人とされています その後 1 歳早期での麻疹含有ワクチン接種率の向上に向けた取り組みや 2 回接種制度の導入等の取り組みがなされ 国内の麻疹罹患者数は大きく減少しました 2008 年以降 麻疹の発生動向はそれまでの定点医療機関からの報告によっていたものが全医療機関からに変わりました 2008 年の麻疹の年間報告数は 11,012 人でしたが 2012 年 2013 年 2014 年はそれぞれ 238 人 229 人 462 人となっています 2014 年の麻疹報告数の増加は 2013 年末からみられたフィリピンを中心としたアジア諸国からの麻疹輸入例の増加に起因するものであり 2014 年第 18 週 ( ゴールデンウイーク ) 頃より報告数は減少し 2015 年 4 月までの報告数は過去 7 年間で最低の報告数となっています ( 図 ) 年齢群別にみると 2008 年度から 5 年間の時限措置で実施された中学 1 年生 ( 第 3 期 ) と高校 3 年生相当年齢の者 ( 第 4 期 ) への MR ワクチン接種が功を奏したため 10 代の患者数は激減し 同時に 10 歳未満の患者数も減少しました 20 歳以上の割合は

2008 年 33% 2009 年 36% 2010 年 37% 2011 年 48% 2012 年 58% 2013 年 70% 2014 年 47% でした 図. 麻疹累積報告数の年次別週別推移 (2009 年 ~2015 年第 17 週 ) 麻疹の症状 麻疹ウイルスの感染後 10~12 日間の潜伏期の後に発熱や咳などの症状で発症します 38 前後の発熱が 2~4 日間続き 倦怠感 咳 鼻みず くしゃみなどの上気道炎症状と結膜炎症状 ( 結膜充血 眼脂など ) が現れて次第に増強していきます 乳幼児では下痢 腹痛等の消化器症状を伴うことも少なくありません この病初期の段階を カタル期 ( または前駆期 ) と呼んでいます コプリック斑はこの病初期の段階に出現する ( コプリック斑が出現するのは全身の発疹が出現する 1~2 日前 ) 麻疹に特徴的な頬粘膜 ( 口のなかの頬の裏側 ) にやや隆起した 1mm 程度の小さな白色の小さな斑点です コプリック斑を見つけることによって 全身に発疹が出現する前に臨床的に麻疹と診断することが可能です カタル期を過ぎると一旦解熱傾向となり 半日程度経過した後に高熱 ( 多くは 39 以上 ) をきたすようになると同時に体表面に発疹が出現してきます 発疹は耳介後部 頚部 前額部から出始め 翌日には顔面 体幹部 上腕におよび 2 日後には四肢末端にまで至ります 発疹ははじめ鮮紅色扁平ですが まもなく皮膚面より隆起し 融合して不整形斑状 ( 斑丘疹 ) となります 指圧によって退色し 一部には健常皮膚が残っています 次いで暗赤色となり 出現順序に従って退色していきます この時期には高熱が続き 上気道炎や結膜炎の症状がより一層強くなります この病態を示す

時期を 発疹期 と呼びます 発疹出現から 3~4 日間続いた高熱は軽減して解熱傾向となり 上気道炎や結膜炎症状も軽減し 発疹は黒ずんだ色素沈着へと移行し 合併症等で重篤化していなければ発症後 7~10 日後に回復していきます この期間を 回復期 と呼びます しかし 麻疹を発症した場合はリンパ球機能などの免疫力が低下するため しばらくは他の感染症に罹ると重症になりやすく また体力等が戻って来るには結局 1 か月位を要することが珍しくありません また 麻疹は発熱が 1 週間継続し 他の症状も強いため たとえ合併症をきたさなくても入院を要することが少なくありません 完全に回復するまでには時間を要すること また下記にあげるような合併症をきたす場合があること等を考慮すると 麻疹は未だに罹患した場合は重症な感染症であるといえます 麻疹の合併症 麻疹にはさまざまな合併症がみられ 全体では 30% にも達するとされます その約半数が肺炎で 頻度は低いものの脳炎の合併例もあり 特にこの二つの合併症は麻疹による二大死因となり 注意が必要です 麻疹の合併症には以下にあげるものがあります ア ) 肺炎 : 麻疹の合併症で最も多いのは肺炎です 麻疹の肺炎には ウイルス性肺炎 細菌性肺炎 巨細胞性肺炎 の 3 種類があります ウイルス性肺炎 : ウイルスの増殖にともなう免疫反応 炎症反応によって起こる肺炎であり 病初期に認められることが多いです 細菌性肺炎 : 細菌の二次感染による肺炎です 発疹期を過ぎても解熱しない場合に考慮すべきもので 原因菌としては 一般的な呼吸器感染症起炎菌である肺炎球菌 インフルエンザ菌 化膿レンサ球菌 黄色ブドウ球菌などが多くみられます 抗菌薬投与による治療が必要です 巨細胞性肺炎 : 細胞性免疫不全の状態の時に麻疹を発症した場合にみられる肺炎です 肺で麻疹ウイルスが持続感染した結果生じるもので 予後不良であり 死亡例も多いです 発症は急性または亜急性で 発疹は出現しないことが多くあります イ ) 中耳炎 : 細菌の二次感染により生じ 麻疹患者の約 5 ~15% にみられ 肺炎と並 んで頻度の多い合併症です 乳幼児では症状を訴えないため 中耳からの膿性耳漏で 発見されることがあり 注意が必要です ウ ) クループ症候群 : クループ症候群の原因である喉頭炎および喉頭気管支炎は乳幼 児の麻疹の合併症として多くみられるもののひとつです 麻疹ウイルスによる炎症 と細菌の二次感染による場合があります 吸気性呼吸困難が強い場合には 気管内

挿管による呼吸管理が必要になる場合があります エ ) 脳炎 : 麻疹を発症した 1,000 例に 0.5~1 例の割合で脳炎を合併します 発生頻度は高くはありませんが 肺炎とともに麻疹発症者の主要な 2 大死因の 1 つとされており 要注意です 発疹出現後 2~6 日頃に発症することが多く 麻疹そのものの症状の重症度と脳炎発症には相関は認められません 脳炎発症患者の約 60% は完全に回復しますが 20~40% に中枢神経系の後遺症 ( 精神発達遅滞 痙攣 行動異常 神経聾 片麻痺 対麻痺 ) を残し 致死率は約 15% です オ ) 亜急性硬化性全脳炎 (SSPE): 麻疹に罹患して治癒した後 7~10 年後に発症する中枢神経疾患であり M 蛋白が変異した麻疹ウイルスの中枢神経系への持続感染によって発症するといわれています 発症の頻度は麻疹罹患者 10 万例に 1 人と極めて低いですが 知能障害 運動障害が徐々に進行し ミオクローヌスなどの錐体 錐体外路症状を示し 発症から平均 6~9 カ月で死の転帰をとる 進行性の予後不良疾患です この疾患の本態は未だに不明であり 有効な治療方法はありません 麻疹の感染経路 麻疹は麻疹ウイルスが人から人へ感染していく感染症であり 他の生物は媒介しません 人から人への感染経路としては空気 ( 飛沫核 ) 感染の他に 飛沫感染 接触感染もあります 麻疹は空気感染によって拡がる代表的な感染症であり その感染力は強く 1 人の発症者から 12~14 人に感染させるといわれています 麻疹発症者が周囲の人に感染させることが可能な期間 ( 感染可能期間 ) は 発熱等の症状が出現する 1 日前から発疹出現後 4~5 日目くらいまでです 学校保健安全法施行規則では 麻疹に罹患した場合は解熱後 3 日間を経過するまで出席停止とされています 麻疹の予防 麻疹は空気 ( 飛沫核 ) 感染する感染症です 麻疹ウイルスの直径は 100~250nm であり 飛沫核の状態で空中を浮遊し それを吸い込むことで感染しますので マスクを装着しても感染を防ぐことは困難です 麻疹の感染発症を防ぐ唯一の予防手段は 予めワクチンを接種して麻疹に対する免疫を獲得しておくことです 修飾麻疹について 麻疹に対する免疫は持っているけれども 不十分な人が麻疹ウイルスに感染した場合 軽症で非典型的な麻疹を発症することがあります このような場合を 修飾麻疹 と呼んでいます 例えば 潜伏期が延長する 高熱が出ない 発熱期間が短い コプリック斑が出現しない 発疹が手足だけで全身には出ない 発疹は急速に出現するけ

れども融合しない などです 感染力は弱いものの周囲の人への感染源になるので注意が必要です 通常合併症は少なく 経過も短いため 風疹など他の発熱発疹性疾患と誤診されることもあります 以前は母体由来の移行抗体が残存している乳児や ヒトガンマグロブリン製剤を投与された後に見られていました 最近では 麻疹ワクチン既接種者が その後長期間麻疹ウイルスに曝露せず ブースター効果 ( 免疫増強効果 ) が得られないままに体内での麻疹抗体が減衰して麻疹に罹患する場合 このような人を secondary vaccine failure(svf) と呼びます が多く見られるようになっています 麻疹に対するワクチンについて 日本では 麻疹ウイルスに弱毒生ワクチンである麻しんワクチンの定期接種は 1978 年に始まりました 1989 年には麻しんおたふくかぜ風しん混合ワクチン (MMR ワクチン ) を麻疹の定期接種の際に使用してもよいことになりましたが おたふくかぜワクチン株に起因する無菌性髄膜炎の多発により 1993 年に MMR ワクチンの日本国内での接種は中止となりました 2006 年 4 月から麻しん風しん混合ワクチン (MR ワクチン ) が定期接種に導入され 同年 6 月からは 2 回の定期接種 (1 歳時の第 1 期および小学校入学前 1 年間の第 2 期 ) が始まりました MR ワクチンは弱毒生麻疹ウイルスと弱毒生風疹ウイルスを別々に培養細胞で増殖させ 得られたウイルス液に安定剤を加えて混合し 凍結乾燥させたワクチンです MR ワクチン接種後の副反応として主なものは発熱と発疹ですが 第 2 期以降ではその割合は大きく減少しています かつての麻しんワクチンと風しんワクチン接種後の重篤な副反応としては急性散在性脊髄脳炎 (ADEM) や脳炎 脳症が 100 万 ~150 万人に 1 人以下 急性血小板減少性紫斑病 (100 万人に 1 人程度 ) が知られており MMR ワクチンの接種後にもごく稀に生ずる可能性があります 我が国では 2007 年にまだワクチンを接種していない人や 1 回接種している 10~20 歳代の人を中心とした麻疹の全国的な流行がみられました 同年 12 月 28 日に 麻しんに関する特定感染症予防接種指針 が厚生労働大臣から告示され 5 年間の期限での中学 1 年生 高校 3 年生相当年齢の者を対象とした 2 回目の麻しん含有ワクチンの接種機械の提供や 2006 年から開始された第 1 期 第 2 期のワクチン接種率向上に向けた取り組み等が全国的に実施されました そして前述したように 2015 年 3 月に漸く我が国は WPRO によって我が国は 麻疹の排除状態にある ことが認定されました

参照 : 1Measles Fact sheet. WHO ホームページ : http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs286/en/ 2 国立感染症研究所ホームページ :http://www.nih.go.jp/niid/ja/from-idsc.html 3 感染症 予防接種ナビ :http://kansensho.jp/pc/ 4 岡部信彦, 多屋馨子 : 予防接種に関する Q&A 集. 一般社団法人日本ワクチン産業協会,2014 年 5Control of Communicable Diseases Manual 19 th Edition. An official report of the American Public Health Association: 2008 6Communicable Disease Control and Health Protection Handbook the 3 rd Edition. Hawker J. MD., Begg N. MD., et al: Blackwell Publishing Ltd. 2012