MARKALモデルによる2050年の水素エネルギーの導入量の推計

Similar documents
Microsoft Word p00705j01.doc

23 年のエネルギーミックス 一次エネルギー供給構成 発電構成 6 原油換算百万 kl 億 kwh % 24% 再生可能 ( 含水力 ) 原子力 % 1% ,666 9,88 1,65 17% 程度の省エネ 再生可能 22~24

平成 21 年度資源エネルギー関連概算要求について 21 年度概算要求の考え方 1. 資源 エネルギー政策の重要性の加速度的高まり 2. 歳出 歳入一体改革の推進 予算の効率化と重点化の徹底 エネルギー安全保障の強化 資源の安定供給確保 低炭素社会の実現 Cool Earth -1-

) まとめ シート 複数の電源に共通する条件等を設定します 設定する条件は 以下の 6 つです. 割引率 - 0% % % 5% から選択. 為替レート - 任意の円 / ドルの為替レートを入力. 燃料価格上昇率 ( シナリオ ) - 現行政策シナリオ 新政策シナリオを選択 4. CO 価格見通し

( 出所 ) 中国自動車工業協会公表資料等より作成現在 中国で販売されている電気自動車のほとんどは民族系メーカーによる国産車である 15 年に販売された電気自動車のうち 約 6 割が乗用車で 約 4 割弱がバスであった 乗用車の中で 整備重量が1,kg 以下の小型車が9 割近くを占めた 14 年 8

電解水素製造の経済性 再エネからの水素製造 - 余剰電力の特定 - 再エネの水素製造への利用方法 エネルギー貯蔵としての再エネ水素 まとめ Copyright 215, IEEJ, All rights reserved 2

Microsoft PowerPoint _04_槌屋.ppt [互換モード]

扉〜目次

資料1:地球温暖化対策基本法案(環境大臣案の概要)

RIETI Highlight Vol.66

UIプロジェクトX

PowerPoint プレゼンテーション

Microsoft PowerPoint - Itoh_IEEJ(150410)_rev

次世代エネルギーシステムの提言 2011 年 9 月 16 日 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター Copyright (C) 2011 The Japan Research Institute, Limited. All Rights Reserved.[tv1.0]

Microsoft Word p00163j01HP原稿_final.doc

<4D F736F F F696E74202D203033A28AC28BAB96E291E882C6B4C8D9B7DEB05F89FC92E894C55F88F38DFC B8CDD8AB B83685D>

<4D F736F F F696E74202D E9197BF A A C5816A CE97CD82CC90A28A458E738FEA2E B8CDD8AB B83685D>

第1章

Microsoft Word 後藤佑介.doc

中国国内需給動向と中露石油ガス貿易

日本市場における 2020/2030 年に向けた太陽光発電導入量予測 のポイント 2020 年までの短 中期の太陽光発電システム導入量を予測 FIT 制度や電力事業をめぐる動き等を高精度に分析して導入量予測を提示しました 2030 年までの長期の太陽光発電システム導入量を予測省エネルギー スマート社

熱効率( 既存の発電技術 コンバインドサイクル発電 今後の技術開発 1700 級 ( 約 57%) %)(送電端 HV 級 ( 約 50%) 1500 級 ( 約 52%

内の他の国を見てみよう 他の国の発電の特徴は何だろうか ロシアでは火力発電が カナダでは水力発電が フランスでは原子力発電が多い それぞれの国の特徴を簡単に説明 いったいどうして日本では火力発電がさかんなのだろうか 水力発電の特徴は何だろうか 水力発電所はどこに位置しているだろうか ダムを作り 水を

海外における電力自由化動向

スライド 1

<4D F736F F F696E74202D A C5817A81798E9197BF A C838B834D815B C68C6F8DCF89658BBF82C982C282A282C481798DC58F498BA68B A E >

目次 1. 策定の趣旨 2 2. 水素利活用による効果 3 3. 能代市で水素エネルギーに取り組む意義 5 4. 基本方針 7 5. 水素利活用に向けた取り組みの方向性 8 6. のしろ水素プロジェクト 10 1

スライド 1

参考 :SWITCH モデルの概要 SW ITCH モデル は既存の発電所 系統 需要データを基にして 各地域における将来の自然エネルギーの普及 ( 設備容量 ) をシミュレーションし 発電コストや CO 排出量などを計算するモデルです このモデルでは さらに需要と気象の時間変動データから 自然エネ

アジア/世界エネルギーアウトルック 2013

Microsoft PowerPoint - NIES

Microsoft PowerPoint - WNA世界の原子力2016 [互換モード]

緒論 : 電気事業者による地球温暖化対策への考え方 産業界における地球温暖化対策については 事業実態を把握している事業者自身が 技術動向その他の経営判断の要素を総合的に勘案して 費用対効果の高い対策を自ら立案 実施する自主的取り組みが最も有効であると考えており 電気事業者としても 平成 28 年 2

参考資料 1 約束草案関連資料 中央環境審議会地球環境部会 2020 年以降の地球温暖化対策検討小委員会 産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会約束草案検討ワーキンググループ合同会合事務局 平成 27 年 4 月 30 日

2 政策体系における政策目的の位置付け 3 達成目標及び測定指標 1. 地球温暖化対策の推進 1-2 国内における温室効果ガスの排出抑制 租税特別措置等により達成しようとする目標 2030 年の電源構成における再生可能エネルギーの割合を 22~24% とする 租税特別措置等による達成目標に係る測定指

<4D F736F F D E9197BF A82C682E882DC82C682DF88C42E646F6378>

地球温暖化対策のための税の効果について 1. 平成 20 年 11 月中央環境審議会グリーン税制専門委員会 環境税等のグリーン税制に係るこれまでの議論の整理 より 税収を温暖化対策の費用に充てる 又は温暖化対策に係る減税に活用する場合 CO 2 削減に関し大きな効果が見込める ( 前略 ) 環境利用

資料 2 接続可能量 (2017 年度算定値 ) の算定について 平成 29 年 9 月資源エネルギー庁

Microsoft Word _out_h_NO_Carbon Capture Storage Snohvit Sargas.doc

報告書の主な内容 2012 年度冬季の電力需給の結果分析 2012 年度冬季電力需給の事前想定と実績とを比較 検証 2013 年度夏季の電力需給の見通し 需要面と供給面の精査を行い 各電力会社の需給バランスについて安定供給が可能であるかを検証 電力需給検証小委員会としての要請 2013 年度夏季の電

( 太陽光 風力については 1/2~5/6 の間で設定 中小水力 地熱 バイオマスについては 1/3~2/3 の間で設定 )) 7 適用又は延長期間 2 年間 ( 平成 31 年度末まで ) 8 必要性等 1 政策目的及びその根拠 租税特別措置等により実現しようとする政策目的 長期エネルギー需給見通

北杜市新エネルギービジョン

公開用_ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の定義と評価方法(150629)

室効果ガス排出に影響をもたらします 蓋然性が高く 客観的かつ整合的な分析に基づい て 経済影響 ( コスト負担を含む ) および温室効果ガス排出削減等と エネルギーミックスの相互関係を冷静に把握した上で 意思決定を行うことが大切です 分析手法と主要な前提条件 分析方法 : エネルギーミックス エネル

これは 平成 27 年 12 月現在の清掃一組の清掃工場等の施設配置図です 建替え中の杉並清掃工場を除く 20 工場でごみ焼却による熱エネルギーを利用した発電を行っています 施設全体の焼却能力の規模としては 1 日当たり 11,700 トンとなります また 全工場の発電能力規模の合計は約 28 万キ

日本のエネルギー・環境戦略

第 3 章隠岐の島町のエネルギー需要構造 1 エネルギーの消費量の状況 ここでは 隠岐の島町におけるエネルギー消費量を調査します なお 算出方法は資料編第 5 章に詳しく述べます (1) 調査対象 町内のエネルギー消費量は 電気 ガス 燃料油 ( ガソリン 軽油 灯油 重油 ) 新エ ネルギー (

お知らせ

番号文書項目現行改定案 ( 仮 ) 1 モニタリン 別表 : 各種係 グ 算定規程 ( 排出削 数 ( 単位発熱量 排出係数 年度 排出係数 (kg-co2/kwh) 全電源 限界電源 平成 21 年度 年度 排出係数 (kg-co2/kwh) 全電源 限界電源 平成 21 年度 -

平成 28 年度エネルギー消費統計における製造業 ( 石油等消費動態統計対象事業所を除く ) のエネルギー消費量を部門別にみると 製造部門で消費されるエネルギーは 1,234PJ ( 構成比 90.7%) で 残りの 127PJ( 構成比 9.3%) は管理部門で消費されています 平成 28 年度エ

第 2 章各論 1. フェーズ 1( 水素利用の飛躍的拡大 ) 1.2. 運輸分野における水素の利活用 FCV は 水素ステーションから車載タンクに充填された水素と 空気中の酸素の電気化学反応によって発生する電気を使ってモーターを駆動させる自動車であり 一般ユーザーが初めて水素を直接取り扱うことにな

事例2_自動車用材料

PowerPoint プレゼンテーション

スライド 1

平成20年度税制改正(地方税)要望事項

水素の 利用 輸送 貯蔵 製造2030 年頃 2040 年頃庭用海外 水素 燃料電池戦略ロードマップ概要 (2) ~ 全分野一覧 ~ 海外の未利用エネルキ ー ( 副生水素 原油随伴カ ス 褐炭等 ) 水素の製造 輸送 貯蔵の本格化現状ナフサや天然カ ス等フェーズ3: トータルでのCO2フリー水素供

平成 30 年度地方税制改正 ( 税負担軽減措置等 ) 要望事項 ( 新設 拡充 延長 その他 ) No 8 府省庁名環境省 対象税目個人住民税法人住民税事業税不動産取得税固定資産税事業所税その他 ( ) 要望項目名 要望内容 ( 概要 ) 再生可能エネルギー発電設備に係る課税標準の特例措置の延長

図 1 AEO2008 及び前回発表における1980~2030 年の米国液体燃料供給 消費及び純輸入 ( 百万バレル / 日 ) 前回発表 消費 純輸入 前回発表 生産 3.AEO2008 基準ケースの統計及び分析 (1) 石油価格 EIAの世界的石油価格は前年より高い数値となっているが 現在の記録

<4D F736F F D A A92B78AFA C838B834D815B8EF98B8B8CA992CA82B E82AF8D9E82DC82B581468C6F8E598FC8834E838C A2E646F6378>

試算の概要 (1) 電源別の発電コスト推計方法には モデルプラントによる方法と有価証券報告書による方法がある 有価証券報告書による方法では 償却の済んだ発電設備のコストを評価できないなどの方法上の問題がある このため 日本においては特に水力発電についてコストを大幅に過小評価することとなる 一方で 実

<4D F736F F F696E74202D E9197BF A FEE95F192F18B9F82D682CC91CE899E2E >

御意見の内容 御意見に対する電力 ガス取引監視等委員会事務局の考え方ることは可能です このような訴求は 小売電気事業者が行うことを想定したものですが 消費者においても そのような訴求を行っている小売電気事業者から電気の小売供給を受け 自らが実質的に再生可能エネルギーに由来する電気を消費していることを

エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律の制定の背景及び概要 ( 平成 22 年 11 月 ) 資源エネルギー庁総合政策課編

ポーランド インフラマップ ( エネルギー分野 ) 2014 年 3 月 ジェトロ ワルシャワ事務所

PowerPoint プレゼンテーション

PowerPoint プレゼンテーション

Microsoft PowerPoint - 00.表紙.ppt [互換モード]

平成22年3月期 決算概要

別添 4 レファレンスアプローチと部門別アプローチの比較とエネルギー収支 A4.2. CO 2 排出量の差異について 1990~2012 年度における CO 2 排出量の差異の変動幅は -1.92%(2002 年度 )~1.96%(2008 年度 ) となっている なお エネルギーとして利用された廃

第2回アジア科学技術フォーラム

目次 1. 奈良市域の温室効果ガス排出量 温室効果ガス排出量の推移 年度 2010 年度の温室効果ガス排出状況 部門別温室効果ガス排出状況 温室効果ガス排出量の増減要因 産業部門 民生家庭部門

Microsoft Word - みやぎ水素エネルギー利活用推進ビジョン

Microsoft PowerPoint - WS案 ppt [互換モード]

FIT/ 非 FIT 認定設備が併存する場合の逆潮流の扱いに関する検討状況 現在 一需要家内に FIT 認定設備と非 FIT 認定設備が併存する場合には FIT 制度に基づく買取量 ( 逆潮流量 ) を正確に計量するため 非 FIT 認定設備からの逆潮流は禁止されている (FIT 法施行規則第 5

Microsoft Word - ISEP_TohokuRebirthPlan doc


untitled

問題意識 民生部門 ( 業務部門と家庭部門 ) の温室効果ガス排出量削減が喫緊の課題 民生部門対策が進まなければ 他部門の対策強化や 海外からの排出クレジット取得に頼らざるを得ない 民生部門対策において IT の重要性が増大 ( 利用拡大に伴う排出量増加と省エネポテンシャル ) IT を有効に活用し

1. はじめに 1 需要曲線の考え方については 第 8 回検討会 (2/1) 第 9 回検討会 (3/5) において 事務局案を提示してご議論いただいている 本日は これまでの議論を踏まえて 需要曲線の設計に必要となる考え方について整理を行う 具体的には 需要曲線の設計にあたり 目標調達量 目標調達

今回の調査の背景と狙いについて当社では国のエネルギー基本計画の中で ZEH 普及に関する方針が明記された 200 年より 実 邸のエネルギー収支を調査し 結果から見えてくる課題を解決することが ZEH の拡大につなが ると考え PV 搭載住宅のエネルギー収支実邸調査 を実施してきました 205 年

参考資料2.国環研試算(その1)


バイオマス比率をめぐる現状 課題と対応の方向性 1 FIT 認定を受けたバイオマス発電設備については 毎の総売電量のうち そのにおける各区分のバイオマス燃料の投入比率 ( バイオマス比率 ) を乗じた分が FIT による売電量となっている 現状 各区分のバイオマス比率については FIT 入札の落札案

特集 IPCC 第 5 次評価報告書 (AR5) 第 3 作業部会 (WG3) 報告書について RITE Today 2015 IPCC 第 5 次評価報告書 (AR5) 第 3 作業部会 (WG3) 報告書について システム研究グループリーダー秋元圭吾 1. はじめに 気候変動に関する政府間パネル

Trung Tâm Phát Triển Sáng Tạo Xanh

資料2-1 課税段階について

目 次 Ⅰ. 今後の電力需給見通しと燃料について Ⅱ. 原油 重油を巡る状況について Ⅲ.LNGを巡る状況について IV. 石炭を巡る状況について V. 電力の燃料調達について ( まとめ ) 2

電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法改正に関する意見書

A.3 排出削減量の算定方法 A.3.1 排出削減量 ER EM BL EM PJ ( 式 1) 定義単位 数値 4 ER 排出削減量 1 kgco2/ 年 0 t<1 年 年 t<2.5 年 年 <t EM BL ベースライン排出量 2 kgco2/

2007年12月10日 初稿

温暖化問題と原子力発電

会社概要

<4D F736F F F696E74202D C5817A936497CD8EA BB8CE382CC89CE97CD94AD A8E912E >

(3) インドネシアインドネシアの電力供給は 石炭が 5 割 コンバインドサイクル 2 割 ディーゼル 1 割 水力 1 割 その他 1 割となっている 2015 年の総発電設備容量は PLN 3 が約 8 割 IPP が 2 割弱を 残り数 % を自家発電事業者 (PPU) が占めている 同国で

平成 22 年度エネルギー消費統計結果概要 経済産業省資源エネルギー庁平成 24 年 4 月 エネルギー種別に見ると 最終エネルギー消費総量の 37.5% が燃料 54.8% が電力 7.4% が熱となっています 調査の対象となった非製造業 製造業 ( 石油等消費動態統計対象事業所を除く ) 業務部

IPCC 第 5 次評価報告書に向けた将来シナリオの検討日本からの貢献とその意義環境研究総合推進費 A 1103 統合評価モデルを用いた世界の温暖化対策を考慮したわが国の温暖化政策の効果と影響 藤森真一郎 国立環境研究所 社会環境システム研究センター 環境研究総合推進費戦略的研究プロジェクト一般公開


新車販売台数のシェア 分析の前提条件 燃費 [km/l] 燃料種別新車販売台数のシェアは 自動車産業戦略 の平成 42 年度のシェアに向かって線形に変化し 技術開発等により乗用車販売平均燃費も改善すると仮定 2 この仮定を踏まえつつ 平成 27 年度燃費基準と平成 32 年度燃費基準の

輸入バイオマス燃料の状況 2019 年 10 月 株式会社 FT カーボン 目 次 1. 概要 PKS PKS の輸入動向 年の PKS の輸入動向 PKS の輸入単価 木質ペレット

Transcription:

IEEJ 2013 年 5 月掲載禁無断転載 EDMC エネルギートレンド MARKAL モデルによる 2050 年の水素エネルギーの導入量の推計 - 低炭素社会に向けた位置づけ - 計量分析ユニット川上恭章 1. はじめに 2011 年 3 月に生じた東日本大震災および福島第一原子力発電所事故は 日本のエネルギー政策に大きな影響を与えた 前年の 2010 年に公表された エネルギー基本計画 1) においては 新規の原子力発電所の建設を進め 2030 年に発電における原子力の比率を約 50% まで高めることが目指されたが 福島事故を受けて抜本的な見直しが図られることとなった 現段階で日本のエネルギー政策がどのようなものとなるかは不明な点が多い 一方で 地球環境問題は依然として国際的に重要な問題であり続けている 超長期の温室効果ガス排出削減目標として議論されてきた 2050 年に現状から 80% 削減する という目標の達成には 震災後の削減目標の再設定に議論の余地があるものの 電源の大部分をゼロ エミッション化しなければならないことは確かである 2) このような中で 燃焼時に二酸化炭素 (CO 2 ) を発生しない水素の新しい利用形態である コンバインド サイクルを用いた水素の直接燃焼による発電 ( 水素発電 ) が注目されている これは 大規模な電力供給が可能であるうえ 水素の製造時に CO 2 を排出しない限り ゼロ エミッション電源として位置づけることが可能であるという特長を有する 製造時に CO 2 を排出しない水素 の供給方法としては 海外のエネルギー生産国で低品位炭等から水素を製造し日本に輸送 製造過程で発生する CO 2 は二酸化炭素回収 貯留 (CCS) 技術により回収貯留する という方法が注目されている 3) 本試算では 水素の供給や利用に伴うコストを十分に考慮しながら 将来にわたる利用可能性の評価を行う 水素の供給法としては輸入水素を 利用形態としては燃料電池自動車 定置式燃料電池および水素発電の三種類をそれぞれ想定し エネルギーシステム分析モデルである MARKAL(MARKet ALlocation) モデルを用いて試算した結果を示す 2.MARKAL モデルの概要 MARKAL モデルは 所与の経済 技術シナリオおよび制約条件のもとで 最小費用での構築 運営が可能な将来のエネルギーシステムを推計する線形計画モデルである 同モデルにおける最適化対象である目的関数は総システムコストであり 各技術の設備コスト 燃料コストおよび運用管理コスト等の総和として定義される MARKAL モデルは実際のエネルギーシステムを模した構造を持っており エネルギー供給技術およびエネルギー需要技術により構成される エネルギー供給技術は 一次エネルギーの採掘および最終エネルギーへの転換を行うことで エネルギー需要技術に対して最終エネルギーを提供する エネルギー需要技術は 最終エネルギーを消費することで エネルギーサービスを提供する 各エネルギー技術の導入量および稼動量は 総システムコスト最小化計算の結果として求 1

まる その結果を積み上げることで エネルギー需給構造 CO 2 排出量 総システムコスト 等が推計される 3. 前提条件人口 実質 GDP 等のマクロ経済指標および化石燃料国際価格の見通しについては 当所 アジア/ 世界エネルギーアウトルック 2012 4) に準拠した 人口は 2010 年の 1 億 2,800 万人から 2050 年には 9,700 万人まで減少する 人口減少に伴い 実質 GDP の成長率は 2010 年 ~2020 年の年平均 0.8% から 以降 2040 年 ~2050 年の 0.5% まで徐々に低減する 原油 LNG 石炭の各化石燃料国際価格(2011 年実質 輸入 CIF 価格 ) は それぞれ 2011 年の 109 ドル / バレル 762 ドル / トン 138 ドル / トンから 2050 年にはそれぞれ 130 ドル / バレル 721 ドル / トン 148 ドル / トンに変化する LNG の価格低下は これまでの原油リンクでの輸入価格が世界的に見て高い傾向にあること 今後北米産のシェールガス由来の LNG が輸入されること等により原油との相対価格が低下するとの想定に基づく 輸入水素の価格については 文献 3) に従い CCS コストを含めた輸入 CIF 価格 (2011 年実質 ) を 0.33 ドル /Nm 3 と設定した これらの想定を用いて MARKAL モデルへの入力データとなるエネルギーサービス需要 ( 産業需要 民生需要 輸送需要 ) をマクロ経済モデル 5) を利用して推計した CO 2 分析において特に重要となる発電技術に関しては 発電コストおよび発電効率を コスト等検証委員会 の想定 6) に準じて設定した ( 表 1) このうち 再生可能エネルギーの発電コストは同委員会の試算上限値と下限値の平均値を用いた 原子力発電については 規制基準に適合した原子炉の稼動開始が順次なされ 45 年程度の寿命で閉鎖されるものとした 加えて 現在建設中の原子炉および新規に建設される原子炉の稼動により 2035 年以降 25GW 程度の発電設備容量が維持されるものと想定した 再生可能エネルギーの導入見通しについては エネルギー 環境会議 7) における 2030 年に再生可能エネルギー発電が全発電量の 25% を占めるシナリオに準じて想定を行った 2030 年以降も 2050 年まで導入量が順調に拡大するものと想定した なお 定置式燃料電池のうち 化石燃料の改質により水素を供給するもの ( 以後 見なし水素 ) の導入量については 文献 8) の中間導入ケースに準じて設定した CCS のコストについては 地球環境産業技術研究機構 (RITE) による試算例 9) をもとに設定した この試算は石炭火力発電を対象としており LNG 火力発電については炭素捕集量あたりのコストが上記試算例と同等になるように設定した 水素発電については 導入開始可能年を 2030 年とし その建設コストは LNG 火力発電と同等 (12 万円 /kw) 発電効率は 57%(HHV 2030 年の LNG 火力想定と同等 ) とした 2

表 1 発電技術の想定 設備利用率 発電効率 初期投資費用 固定運用管理コスト (%) (HHV, %) ( ドル /kw) ( ドル /kw/ 年 ) 石炭火力 70 42-48 2,556-3,194 94-116 LNG 火力 70 51-57 1,333 51 石油火力 50 39 2,111 74 原子力発電 80-3,889 206 水力発電 45-9,444 97 太陽光発電 12-2,261-5,000 73-123 風力発電 20-2,928-3,056 113-118 地熱発電 80-8,889 361 水素発電 70 57 1,333 51 ガス改質燃料電池 70 37 5,556-88,889 27-828 水素の供給 輸送 分配等にかかるインフラのコストとしては 水素輸入時の荷揚げコストを文献 3) の値から 定置式燃料電池利用のための需要地までのパイプライン建設およ 10) び維持管理のコストを 大手ガス会社の有価証券報告書等からそれぞれ想定した なお 為替レートは 90 円 / ドルで将来にわたり固定 割引率は 3% とした 4. 分析結果以下の三つのケースを想定し 日本のエネルギー需給構造および水素導入量に関する分析を実施した 三ケースとは CO 2 排出量に上限制約が無いケース ( 以降 Case0 ) CO 2 制約 ( 2050 年に 90 年比 65% 減 ) を設定し水素導入を想定するケース ( 以降 Case1 ) Case1 と同様の CO 2 制約を設定し水素導入を想定しないケース ( 以降 Case2 ) である CCS の導入量上限は 2050 年の Case0 での火力発電の 1 割程度 ( 年間 2,450 万 t CO 2 程度 ) と設定した Case 0~Case 2 における一次エネルギー供給は図 1 の通りである CO 2 制約を設定しない Case 0 においても一次エネルギー消費は 2050 年にかけて減少し 38% 減の 306Mtoe となる このケースでは低廉な石炭への依存度が 2050 年に 36% と 2010 年から継続的に上昇し 他のケースに比べて顕著に高いことが特徴的である 水素はこのケースでは導入されない CO 2 制約を設定した Case 1 および Case 2 では 2050 年の一次エネルギー消費量は Case 0 に比べて 10% および 13% の減少となる ここでは天然ガスのシェアが 2010 年から上昇している一方で 石油および石炭のシェアは大きく低下している 即ち CO 2 制約を満たすために 省エネルギーと燃料代替の双方が行われる Case 1 では 2030 年以降徐々に水素が導入され始め 2050 年には 21Mtoe(816 億 Nm 3 ) の水素が導入されている これは全量が発電部門におけるものである 3

Mtoe 500 400 300 200 100 0 Case 0 Case 1 Case 2 Case 0 Case 1 Case 2 2010 2030 2050 石油石炭天然ガス原子力水力他再生可能水素 図 1 一次エネルギー供給の推移 各ケースにおける最終エネルギー消費は図 2 の通りである 2010 年の 325Mtoe に対し 2050 年には Case 0 Case 1 および Case 2 でそれぞれ 39% 減 45% 減および 47% 減となる 2010 年から 2050 年にかけて石油製品等の化石燃料がかなり減少しているのに比べ 電力消費量は大きくは減少していない このため最終エネルギー消費における電化率は 2010 年の 27% から 2050 年に Case 0 で 40% Case 1 で 44% Case 3 で 42% と上昇している 最終消費部門における水素導入量は無視できるほど小さく Case 1 においても燃料電池自動車はほとんど導入されない これは主に燃料電池車の車体価格が高いことによる 本試算では燃料電池自動車の車体価格を 2050 年に 33,000 ドル / 台 (2011 年実質価格 ) と想定しているが この価格が 2050 年に 70% まで低下した場合 運輸部門で 67 億 Nm 3 の水素が導入されるとの結果を得た Mtoe 350 300 250 200 150 100 50 0 Case 0 Case 1 Case 2 Case 0 Case 1 Case 2 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% 2010 2030 2050 電力 都市ガス LPG 石油製品 石炭製品 その他 水素 電化率 ( 右軸 ) 図 2 最終エネルギー消費の推移 4

各ケースにおける電源構成は図 3 の通りである 全てのケースにおいて 固定的に導入量を設定している原子力および再生可能エネルギーの発電量はほぼ等しく 残りの火力発電の内訳が異なる CO 2 制約のないケースでは石炭火力の発電量が増加し そのシェアは 2010 年の 24% から 2050 年に 39% まで増加する これに対し CO 2 制約のある Case 1 および Case 2 では石炭火力の発電量は 2050 年にゼロとなり 代って LNG 火力発電 (CCS あり なし ) が導入されている また Case 1 では水素が導入される TWh 1,200 1,000 800 600 400 200 0 Case 0 Case 1 Case 2 Case 0 Case 1 Case 2 2010 2030 2050 石炭火力 石炭 _CCS 石油火力 ガス火力 ガス _CCS 原子力 水力 他再生可能 水素 図 3 発電量構成の推移 Case 1 における水素発電の発電量は 2050 年に発電量全体の 16% となる 151TWh である 一方 定置式燃料電池 ( 燃料として水素を直接供給するもの 以後直接水素 ) は導入されない これは 水素発電と定置式燃料電池 ( 直接水素 ) の発電設備容量あたりの価格差を反映するものであると考えられる もっとも 大規模天然ガス火力発電に比べて規模の経済性の面で劣る定置式燃料電池 ( 見なし水素 ) が政策的支援のもとで既に普及を始めているように 総合的なエネルギー利用効率の観点や分散型電源としての価値の観点から 条件次第では将来の大量普及の可能性もある なお 本試算における定置式燃料電池 ( 見なし水素 ) の発電量は 2050 年に発電量全体の 5% となる 51TWh である 5. まとめ本研究では 海外からの輸入水素 (CO 2 フリー ) の利用を想定し 2050 年までの日本のエネルギー需給の中での現実的な導入可能性について評価した 2050 年に野心的な CO 2 削減目標を設定しない場合には コスト最小化の観点からは水素の導入は見込み難い一方で 1990 年比で 65% の野心的な削減目標を想定し かつ CCS の導入量に制約があった場合には水素発電を中心に数百億 Nm 3 規模の水素の大量導入が行われる 5

本試算においては 標準的な条件のもとでは LNG_CCS の方が水素発電に比較してコスト競争力が優れているため 当該 CCS の導入量制約がない場合にはコスト最小化の上からは CCS が選択される しかし 実際にはその選択は CCS のコストのほかに LNG の輸入価格と CO 2 フリー水素の輸入価格との関係によって左右される 途上国でのエネルギー需要の急増に伴う化石燃料価格高騰のリスクや 日本国内の火力発電所に対する CCS の導入可能量の不確定性を考慮すれば エネルギー セキュリティの面と CO 2 の削減達成のための手段の確保の面の両面で 水素の利用は重要な選択肢となる 水素の導入は将来のエネルギー選択のオプションの一つとして エネルギーコストの極度の上昇のリスクを回避するための手段 ( バックストップ ) としての役割を持ち得る それは 2050 年 もしくはそれ以上の長期の視野をもって初めて正しく位置づけられるものである その中で我々は供給面 輸送面 需要面全てにおいて 整合的に研究開発を進める必要がある エネルギー政策の将来が従来になく見通し難しい現在 常に将来の不確実性を見据えつつ 冷静な眼をもって将来への戦略を考える姿勢が必要であろう 参考文献 1) エネルギー基本計画 2010 年 6 月閣議決定 2) 日本エネルギー経済研究所 中期目標検討委員会 ( 第 6 回 ) 提出資料 2009 年 3 月 27 日 3) 新エネルギー 産業技術総合開発機構 国際連携クリーンコール技術開発プロジェクトクリーンコール技術に関する基盤的国際共同研究低品位炭起源の炭素フリー燃料による将来エネルギーシステム ( 水素チェーンモデル ) の実現可能性に関する調査研究平成 22~23 年度成果報告書 (2012) 4) 日本エネルギー経済研究所 アジア / 世界エネルギーアウトルック 2012 (2012) 5) 栁澤他 わが国の長期エネルギー需給展望 : 環境制約と変化するエネルギー市場の下での 2030 年までの見通し エネルギー 資源 29(6), pp.13-17, (2008) 6) コスト等検証委員会 コスト等検証委員会報告書 (2011) 7) エネルギー 環境会議 再生可能エネルギー関連資料 (2012) http://www.npu.go.jp/sentakushi/pdf/saiseikanou_kanrenshiryou.pdf 8) 松尾他 2050 年の低炭素社会に向けた水素エネルギーの位置づけと導入見通し (2013) http://eneken.ieej.or.jp/data/4854.pdf 9) 地球環境産業技術研究機構 二酸化炭素地中貯留技術研究開発成果報告書 (2006) 10) 各社 有価証券報告書 EDI-NET 提出書類 http://info.edinet-fsa.go.jp/ お問い合わせ :report@tky.ieej.or.jp 6