本研究成果は 平成 28 年 8 月 19 日 ( 米国東部時間 ) に米国化学会誌 Journal of the American Chemical Society のオンライン速報版で公開されました 研究の背景と経緯 超伝導現象はゼロ抵抗や完全反磁性 ( 注 2) を示す科学の観点から重要な物理

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体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

平成 30 年 8 月 6 日 報道機関各位 東京工業大学 東北大学 日本工業大学 高出力な全固体電池で超高速充放電を実現全固体電池の実用化に向けて大きな一歩 要点 5V 程度の高電圧を発生する全固体電池で極めて低い界面抵抗を実現 14 ma/cm 2 の高い電流密度での超高速充放電が可能に 界面形

配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

マスコミへの訃報送信における注意事項

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機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

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平成 27 年 12 月 11 日 報道機関各位 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR) 東北大学大学院理学研究科東北大学学際科学フロンティア研究所 電子 正孔対が作る原子層半導体の作製に成功 - グラフェンを超える電子デバイス応用へ道 - 概要 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (

平成 28 年 12 月 1 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院工学研究科 マンガンケイ化物系熱電変換材料で従来比約 2 倍の出力因子を実現 300~700 の未利用熱エネルギー有効利用に期待 概要 東北大学大学院工学研究科の宮﨑讓 ( 応用物理学専攻教授 ) 濱田陽紀 ( 同専攻博士前期

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

2 成果の内容本研究では 相関電子系において 非平衡性を利用した新たな超伝導増強の可能性を提示することを目指しました 本研究グループは 銅酸化物群に対する最も単純な理論模型での電子ダイナミクスについて 電子間相互作用の効果を精度よく取り込める数値計算手法を開発し それを用いた数値シミュレーションを実

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

がら この巨大な熱電効果の起源は分かっておらず 熱電性能のさらなる向上に向けた設計指針 は得られていませんでした 今回 本研究グループは FeSb2 の超高純度単結晶を育成し その 結晶サイズを大きくすることで 実際に熱電効果が巨大化すること またその起源が結晶格子の振動 ( フォノン 注 2) と

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スピン流を用いて磁気の揺らぎを高感度に検出することに成功 スピン流を用いた高感度磁気センサへ道 1. 発表者 : 新見康洋 ( 大阪大学大学院理学研究科准教授 研究当時 : 東京大学物性研究所助教 ) 木俣基 ( 東京大学物性研究所助教 ) 大森康智 ( 東京大学新領域創成科学研究科物理学専攻博士課

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平成**年*月**日

4. 発表内容 : 超伝導とは 低温で電子がクーパー対と呼ばれる対状態を形成することで金属の電気抵抗がゼロになる現象です これを室温で実現することができれば エネルギー損失のない送電や蓄電が可能になる等 工業的な応用の観点からも重要視され これまで盛んに研究されてきました 超伝導発現のメカニズム す

平成 30 年 1 月 5 日 報道機関各位 東北大学大学院工学研究科 低温で利用可能な弾性熱量効果を確認 フロンガスを用いない地球環境にやさしい低温用固体冷却素子 としての応用が期待 発表のポイント 従来材料では 210K が最低温度であった超弾性注 1 に付随する冷却効果 ( 弾性熱量効果注 2

報道機関各位 平成 28 年 8 月 23 日 東京工業大学東京大学 電気分極の回転による圧電特性の向上を確認 圧電メカニズムを実験で解明 非鉛材料の開発に道 概要 東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の北條元助教 東正樹教授 清水啓佑大学院生 東京大学大学院工学系研究科の幾原雄一教

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熱電材料として注目されるコバルト酸化物 早稲田大学理工学部 寺崎一郎 遷移金属酸化物は機能の宝庫ある物質が注目される理由は, その物質が面白い性質を持っているか, あるいは役に立つ機能を持っているかのどちらかであろう ところが, ある種のコバルト酸化物は面白くて役に立つ 面白くて役に立つ酸化物の代表

互作用によって強磁性が誘起されるとともに 半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます しかし 実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で II-VI 族である (Cd,Mn)Te において極低温 (

論文の内容の要旨

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発電単価 [JPY/kWh] 差が大きい ピークシフトによる経済的価値が大きい Time 0 時 23 時 30 分 発電単価 [JPY/kWh] 差が小さい ピークシフトしても経済的価値

う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

超高速 超指向性 完全無散逸の 3 拍子がそろった 理想スピン流の創発と制御 ~ 弱い トポロジカル絶縁体の世界初の実証に成功 ~ 1. 発表のポイント : 理論予想以後実証できずにいた 弱い トポロジカル絶縁体 ( 注 1) 状態の直接観察に世界で初めて成功した 従来の 強い トポロジカル絶縁体で

氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

鉱物と類似の構造を持つ白雲母の鉱物表面に挟まれた塩化ナトリウム (NaCl) 水溶液が 厚さ 1 ナノメートル ( 水分子約 3 個分の厚み ) 以下まで圧縮されても著しい潤滑性を示すことを実験的に明らかにしてきました しかし そのメカニズムについては解明されておらず 世界的にも存在が珍しいクリープ

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( 全体 ) 年 1 月 8 日,2017/1/8 戸田昭彦 ( 参考 1G) 温度計の種類 1 次温度計 : 熱力学温度そのものの測定が可能な温度計 どれも熱エネルギー k B T を

4. 発表内容 : 1 研究の背景グラフェン ( 注 6) やトポロジカル物質と呼ばれる新規なマテリアルでは 質量がゼロの特殊な電子によってその物性が記述されることが知られています 質量がゼロの電子 ( ゼロ質量電子 ) とは 光速の千分の一程度の速度で動く固体中の電子が 一定の条件下で 有効的に

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

研究の背景有機薄膜太陽電池は フレキシブル 低コストで環境に優しいことから 次世代太陽電池として着目されています 最近では エネルギー変換効率が % を超える報告もあり 実用化が期待されています 有機薄膜太陽電池デバイスの内部では 図 に示すように (I) 励起子の生成 (II) 分子界面での電荷生

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記者発表資料

平成22年11月15日

ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

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「セメントを金属に変身させることに成功」

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成 ( 研究代表者 : 川﨑雅司 ) の事業の一環として行われました 共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関物性研究グループ研修生安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 東京大学大学院工学系研究科博士課程 2 年 ) 研

研究の背景 強い光の照射によって 物質が元の光とは異なる色で光ったり 弱い光が増幅されたりする現象は 非線形光学効果と呼ばれます 第二高調波発生などの波長変換 ( 図 1a) やレーザーの原理として知られる誘導放出 ( 図 1b) はその代表的例です 近年のレーザー技術の進歩は アト秒 (1 アト秒

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銅酸化物高温超伝導体の フェルミ面を二分する性質と 超伝導に対する上純物効果

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記 者 発 表(予 定)

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共同研究グループ 理化学研究所創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子ナノ磁性研究チーム 研究員 近藤浩太 ( こんどうこうた ) 客員研究員 福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー 大谷義近 ( おおた

酸化グラフェンのバンドギャップをその場で自在に制御

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本成果は 以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 戦略的創造研究推進事業総括実施型研究 (ERATO) 研究プロジェクト : 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括 : 伊丹健一郎 ( 名古屋大学大学院理学研究科 / トランスフォーマティブ生命分子研究所拠点長 / 教授 ) 研究期間

新規材料による高温超伝導基盤技術 研究代表者 平成 20 年度実績報告 高野義彦 物質 材料研究機構 グループリーダー FeSe 系超伝導体の機構解明と新物質探索 1. 研究実施の概要 鉄系超伝導体の中でもっともシンプルな結晶構造をもつ FeSe 系超伝導体に着目し 試料合成 結晶構造解析 超伝導物

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Chapter 1

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Transcription:

平成 28 年 8 月 22 日 報道機関各位 東北大学大学院理学研究科東京大学大学院理学系研究科東京工業大学 ビスマス単原子シートの超伝導体化に成功 - 新たな超伝導体発見手法として期待 - 概要 東北大学大学院理学研究科の福村知昭教授 清良輔大学院生 ( 東北大学大学院理学研究科 東京大学大学院理学系研究科 ) らは ビスマス層状酸化物の新超伝導体を発見しました 原子層のブロックが積み重なった構造をもつ層状化合物では 銅酸化物や鉄系化合物に見られる高温超伝導 ( 注 1) のような特異な物性が期待されることから 層状化合物の新しい超伝導体の探索がさかんに行われています 新しい超伝導体の発見は 新たな現象や別の新超伝導体の発見につながる可能性があります 本研究グループは これまで超伝導を示さないと考えられていたビスマス層状酸化物を超伝導化することに成功しました この物質は 単原子の厚さのビスマスのシートと絶縁体酸化物ブロック層からなる構造をもち ビスマスの単原子シートが超伝導状態になっていると考えられます 通常の化学組成では超伝導は発現しませんが 酸素を過剰に導入してビスマスの単原子シートの間隔を拡げることで 超伝導が発現します 今回の成果により 同様の手法で他の層状化合物を超伝導体化することへの活用が期待されます また 原子番号が大きくスピン軌道相互作用の大きいビスマスが超伝導を示すことから 量子コンピューターに活用できる特異な超伝導状態の発現の可能性があります 本研究は 東京大学大学院理学系研究科化学専攻の長谷川哲也教授 東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の川路均教授と共同で行ったもので JST の戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) 元素戦略を基軸とする物質 材料の革新的機能の創出 研究領域 ( 研究総括 : 玉尾皓平理化学研究所研究顧問 / グローバル研究クラスタ長 ) の助成を受けています

本研究成果は 平成 28 年 8 月 19 日 ( 米国東部時間 ) に米国化学会誌 Journal of the American Chemical Society のオンライン速報版で公開されました 研究の背景と経緯 超伝導現象はゼロ抵抗や完全反磁性 ( 注 2) を示す科学の観点から重要な物理現象ですが 電力不要の送電線 リニアモーターカーに用いられる磁気浮上技術 電力貯蔵など産業応用やエネルギー問題にも活用可能な現象です 後者の目的のためには できるだけ室温に近い高温まで超伝導状態を保つことができる高温超伝導体 ( 注 3) が必要です 1987 年に銅酸化物の高温超伝導が発見され 多くの高温超伝導体が発見されましたが ここ 25 年の間 常圧における超伝導の転移温度の最高値は更新されておらず マイナス 150 度程度という非常に低い温度にとどまっています これは 高温超伝導体の物質設計法が確立されていないのが原因です したがって 新しい超伝導体の探索を継続的に行っていき 高温超伝導体の設計指針を構築することが重要です 金属のアルミや鉛は低温で超伝導を示します 一方 複数の元素から構成される遷移金属化合物の場合 ある化学的手法を施すことによって初めて超伝導が発現する場合があります たとえば La 2 CuO 4 は絶縁体ですが 一定量の La を Sr で置換すると 正孔 ( 注 4) キャリアがドープされることによって超伝導体に変化します また HfNCl は非超伝導体ですが そのへき開面に相当する位置に有機分子を挿入すると 結晶格子が大きく伸ばされて超伝導体に変化します このような 元素の置換によるキャリアのドープや 分子の挿入による結晶格子の大きな伸張は 超伝導体を得る化学的手法として しばしば用いられてきました ビスマス化合物は熱電材料 ( 注 5) やトポロジカル絶縁体 ( 注 6) といったエネルギー変換 省エネルギー材料としてさかんに研究されています 一方 超伝導を示すビスマス化合物はそれほどありません ただし 最近発見された高温超伝導を示す鉄系化合物と類似した結晶構造をもつビスマス層状化合物が多いことから 超伝導体の探索も行われてきました これらのビスマス層状化合物は 単原子の厚さのビスマス正方格子とブロック層の積層構造になっています これらの化合物では超伝導もいくつか報告されていますが 不純物析出相の超伝導の可能性もあり ビスマス正方格子が超伝導状態になっている確かな証拠はありませんでした さらに 本研究対象のビスマス層状化合物 Y 2 O 2 Bi については 超伝導体でないという見解がとられていました 研究の内容 本研究で用いた材料は Y 2 O 2 Bi というビスマス層状酸化物で 2011 年に東京工業大学のグループから報告されました 図 1 のように この材料は 高温超伝導体として知られる鉄系化合物 BaFe 2 As 2 と同じ結晶構造です ただし BaFe 2 As 2 では Fe 2 As 2 ブロック層が超伝導を担っていますが Y 2 O 2 Bi では Bi 単原子シートが超伝導を担っています これらの二つの材料は同じ結晶構造ですが 超伝導を担う場所が互い違いになっています Y 2 O 2 Bi は それまで電気伝導性は示すものの 超伝導体と考えられていませんでした 2014 年に 本研究グループの東大 東北大の研究チームが この材料のエピタキシャル薄膜成長に世界で初めて成功しましたが その過程で ゼロ抵抗は示さないものの 極低温

で抵抗が急にわずかだけ減少する現象を見出しました 今回 Y 2 O 2 Bi の酸素をより過剰になる組成で合成したところ ゼロ抵抗と完全反磁性を示す超伝導の観測に成功しました 東工大のグループが開発した極低温の比熱測定装置により 超伝導の相転移を実証できました その後の分析により ビスマス単原子シートの間の間隔 (c 軸の結晶の単位長の半分に相当 ) がわずかに拡がっていることがわかりました ( 図 2) 酸素を導入することで 酸素がビスマス単原子シートと YO ブロック層の間のわずかな隙間に入り込んで c 軸方向に結晶が伸びることが 超伝導が発現する機構と考えられます ( 図 3) c 軸方向の結晶の伸び率は HfNCl のようなへき開面に大きな有機分子を挿入して超伝導が発現する場合に比べて非常に小さいですが ( 図 2) その伸び率に対する超伝導転移温度の上昇率は Y 2 O 2 Bi のほうが非常に大きいことがわかります このような特異な挙動は ビスマス単原子シートに発現する超伝導の性質に起因する可能性があります 今後の展開 層状化合物の結晶構造の隙間に原子を挿入して結晶の単位長を精密に調節する という手法はこれまでの超伝導体化のための化学手法とは異なっており 今回の手法を用いることによりビスマス化合物以外にも新たな超伝導体が見つかる可能性があります ビスマス化合物は 量子コンピューターにも活用できると期待されているトポロジカル超伝導体化も試みられていますが 今回の Y 2 O 2 Bi は新しいタイプのビスマス化合物超伝導体であるため 特異な超伝導状態をもつかどうかも今後調べていく必要があります 参考図 図 1 本研究で扱った Y 2 O 2 Bi( 右 ) と高温超伝導体 BaFe 2 As 2 ( 右 ) の結晶構造 BaFe 2 As 2 では FeAs ブロック層が超伝導を担っていますが Y 2 O 2 Bi では Bi 単原子シートが超 伝導を担っています

図 2 Y 2 O 2 Bi の超伝導転移温度の変化左図 : ビスマス単原子シート間の間隔に対する超伝導転移温度の変化 シート間隔が一定以上の値になると超伝導が発現します 右図 : さまざまな層状化合物における c 軸方向の結晶の伸び率に対する超伝導転移温度の変化率 HfNCl 等に比べて Y 2 O 2 Bi は小さな結晶の伸び率で大きな超伝導転移温度の変化率を示します 挿入図は結晶の伸び率の小さい領域の拡大図 図 3 考えられる超伝導の発現機構酸素が ビスマス単原子シートと YO ブロック層の間の隙間に入り込み c 軸方向に結晶が伸びることで 超伝導が発現すると考えられます 用語解説 注 1) 超伝導金属 合金 化合物などの温度を下げていくと ある種の物質で電気抵抗がゼロ ( ゼロ抵抗 ) になり 完全反磁性を示す現象 超伝導転移温度よりも低い温度で超伝導状態になる

注 2) 完全反磁性温度を下げていき 常伝導状態から超伝導状態に変化したとき 試料内部を通っていた磁力線が外部にはじきだされてしまう現象 超伝導体のもつ基本的な性質である マイスナー効果とも呼ばれる http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2013/pr20130130/pr20130130.html - f_1 注 3) 高温超伝導体 一般に 絶対温度約 25 K( 約マイナス 250 度 ) 以上の超伝導転移温度を持つ超伝導体 た とえば 銅酸化物や鉄系超伝導体が知られている 注 4) 正孔 電子と反対の符号の電荷 ( 正電荷 ) をもつ粒子 電子と同じく材料の中を流れる電流の源 である 注 5) 熱電材料 材料に温度勾配があると起電力が生じる熱電効果が大きい材料 排熱を発電に利用するこ とができるため 大きな熱電効果をもつ材料の探索がさかんである 注 6) トポロジカル絶縁体物質の内部は絶縁体であるが 表面は電気伝導性を示す材料 次世代の低消費エレクトロニクス材料として期待されている 超伝導を示すトポロジカル絶縁体はトポロジカル超伝導体と呼ばれる 論文情報 論文タイトル : Two Dimensional Superconductivity Emerged at Monatomic Bi 2 Square Net in Layered Y 2 O 2 Bi via Oxygen Incorporation ( 酸素導入によって発現した層状化合物 Y 2 O 2 Bi における単原子層 Bi 2 正方格子の 2 次元超伝導 ) 論文著者 :Ryosuke Sei, Suguru Kitani, Tomoteru Fukumura, Hitoshi Kawaji, and Tetsuya Hasegawa DOI:10.1021/jacs.6b05275 URL:http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.6b05275

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