上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014) 182. 白血病幹細胞根絶を目指した新規免疫遺伝子治療の開発研究 安川正貴 Key words: 白血病, 免疫遺伝子治療, T 細胞レセプター,WT1 * 愛媛大学大学院医学系研究科生体統御内科学分野 緒言最近, 悪性腫瘍に対する様々な細胞免疫療法が開発されているが, これまでの臨床試験の結果は必ずしも満足できるものではなく, 更なる創意工夫が必要である. 抗腫瘍免疫応答はさまざまな免疫担当細胞によって担われているが, がん特異的細胞傷害性 T 細胞 (CTL) がその中心的役割を演じている. 予め ex vivo で大量のがん特異的 CTL を培養し, その体内移入による adoptive immunotherapy(ctl 養子免疫療法 ) に大きな期待が寄せられているが, がん特異的 CTL の大量培養は容易ではない.CTL はその細胞表面に発現されている T 細胞レセプター (TCR) によって標的細胞を特異的に認識する. 従って, がん特異的 CTL クローンから TCR 遺伝子を単離し, 遺伝子導入することによってがん特異的 CTL を大量に作製することが可能である. 他方, がん幹細胞の概念が確立されるにつれて, 治療成績向上にはがん幹細胞を標的とすることが重要であることが明らかとなった. このような背景のもと, 本研究では, 白血病幹細胞に高発現されている標的分子特異的 TCR 遺伝子導入人工 CTL の抗白血病効果を検証し, その臨床試験に結び付けることを計画した. 方法 1. 白血病特異的 CTL クローンの樹立と TCR 遺伝子発現ベクターの構築我々のグループで樹立されていた白血病幹細胞に強く発現されていることが知られている WT1 と Aurora-A kinase に特異的 CTL クローンから TCR 遺伝子を単離し, タカラバイオ株式会社と共同開発した内在性 TCR 発現抑制新規レトロウイルスベクターを構築した ( 図 1) 1,2). * 現所属 : 愛媛大学大学院医学系研究科血液 免疫 感染症内科学講座 1
図 1 内在性 TCR 発現を抑制するレトロウイルス発現ベクター. 内在性 TCR 遺伝子発現を抑制し 発現させたい TCR のみを選択的に発現できる新規レトロウイルスベクター を用いることで 発現効率が高まるとともに 危険な自己反応性のミスペアリング TCR の発現を抑制できる 2 人工 CTL の抗白血病幹細胞効果の検証 まず TCR 遺伝子導入による HLA 拘束性抗原特異性の獲得を テトラマー解析ならびに 51Cr 放出細胞傷害試験で 確認した 3 新鮮分離ヒト白血病細胞移植 NOG マウスの作製と化学療法後の微少残存白血病幹細胞の定量的測定 患者から直接分離したヒト急性白血病細胞を NOG マウスに移植して ヒト化白血病マウスを作製した HLA 一致 ヒト白血病細胞移植 NOG マウスに大量化学療法実施後 コントロール T 細胞または人工 CTL を毎週1回経静脈的に 投与した 約2 3ヶ月後にそれぞれのマウス骨髄に残存しているヒト白血病細胞をフローサイトメトリーで定量的 に測定した さらに その骨髄細胞を別の放射線照射 NOG マウスに移植し ヒト白血病細胞の生着が認められるか否 かの検討を行い 抗白血病幹細胞効果を検証した なお 末梢血や骨髄採取に関しては 提供者の同意を得た後に実施した 検体採取については 病名を告知した患者 からのみ 十分なインフォームド コンセントのもとに行った 患者からの採血を伴う研究に関しては 当大学臨床研 究倫理委員会にて承認を得た また ウイルスベクター使用についても当大学遺伝子組換え実験安全委員会の承認を得 た 動物実験は 当大学総合科学研究支援センターの施設において 動物実験指針に適合して実施した 2
結果 1.WT1 特異的 TCR 遺伝子導入 T 細胞の機能解析 WT1 特異的 HLA-A24 拘束性 CTL クローン由来 TCR 遺伝子導入 T 細胞は, 親株の CTL クローン同様,WT1 特異的 HLA-A24 拘束性細胞傷害性を獲得した. また, 白血病細胞を HLA-A24 拘束性に殺傷した ( 図 2) 1). 図 2. WT1 特異的 TCR 導入 CTL のヒト白血病細胞に対する細胞傷害活性. WT1 特異的 HLA-A24 拘束性 CTL クローン由来 TCR を末梢血 CD8 陽性 T 細胞に遺伝子導入した.WT1- TCR 遺伝子導入 T 細胞は, 親株 CTL と同様,HLA-A24 拘束性に白血病細胞を特異的に殺傷した. 2. ヒト白血病細胞移植 NOG マウスにおける抗白血病効果 HLA-A24 陽性白血病患者骨髄から分離した白血病細胞を NOG マウスに移植した.2~3ヶ月後, 骨髄にヒト白血病細胞が生着し増殖していることを確認した. このマウスに大量化学療法を施行したが全く効果が認められなかった. しかし, このヒト化白血病マウスに WT1 特異的 TCR 遺伝子導入 CTL を経静脈的に投与したところ, 骨髄の白血病細胞が著明に減少した ( 図 3). 3
図 3 WT1 特異的 CTL 輸注による化学療法抵抗性白血病に対する抗腫瘍効果 患者骨髄から分離した化学療法抵抗性白血病細胞を NOG マウスに移植した 生着後 大量化学療法を行ったが 全く効果を認めなかった その後 WT1 特異的 CTL を輸注したところ 骨髄中の白血病細胞が著明に減少し た 他方 このヒト化白血病マウスに大量 Ara-C を投与したところ 骨髄白血病細胞が著明に減少したが わずかなが ら残存していた この細胞を別の NOG マウスに移植したところ 生着が確認されたことから 大量化学療法のみでは 白血病幹細胞の排除は困難であることが明らかとなった ところが 大量 Ara-C 投与後に WT1 特異的 TCR 遺伝子導 入 CTL を経静脈的に投与したところ 骨髄のヒト白血病細胞は完全に消失し 別のマウスに移植しても生着は認めら れなかった 図4 4
図 4 WT1 特異的 CTL 輸注による化学療法抵抗性白血病幹細胞完全排除 ヒト化白血病マウスに大量化学療法を施行したところ 骨髄白血病細胞が著明に減少したが わずかながら残存 していた この残存細胞を別の NOG マウスに移植したところ 生着が確認された 他方 大量 Ara-C 投与後に WT1 特異的 TCR 遺伝子導入 CTL を経静脈的に投与したところ 骨髄のヒト白血病細胞は完全に消失し 別の マウスに移植しても生着は認められなかった 他方 正常造血幹細胞へは全く細胞傷害性を示さないことも確認できた 図5 5
図 5 WT1 特異的 CTL の正常造血幹細胞への安全性 WT1 特異的 CTL またはコントロール T 細胞と正常造血幹細胞を in vitro で十分な時間接触させた後 NOG マ ウスに移植した どちらも 十分な正常造血細胞の増殖と分化が認められたことから WT1 特異的 CTL は正 常造血幹細胞には影響を与えないことが示された このことから 大量化学療法後に WT1-TCR 遺伝子導入 CTL を輸注することで化学療法抵抗性白血病を治癒に結び 付けられる可能性が示された さらに WT1 同様に白血病細胞に高発現している Aurora-A kinase 特異的 CTL クローンからも同様に TCR 遺伝子 を単離し レトロウイルス発現ベクターを構築した WT1 特異的 TCR 遺伝子導入人工 CTL 同様に Aurora-A kinase 特異的 TCR 遺伝子導入人工 CTL 輸注によって 抗白血病効果が得られることが ヒト化白血病マウスモデルで証明 できた 図6 2) 6
図 6 Aurora-A kinase 特異的 TCR 遺伝子導入 CTL の抗白血病効果 Aurora-A kinase 特異的 TCR 遺伝子改変 CTL またはコントロール T 細胞をヒト白血病細胞移植 NOG マウス に輸注した Aurora-A kinase 特異的 TCR 遺伝子改変 CTL 輸注群では 白血病の増殖が完全に抑制された 考 察 これまでの基礎研究ならびに造血幹細胞移植療法における臨床的研究などから 白血病を治癒に導くためには 化学 療法による毒性効果のみでは不十分であり 免疫監視機構が重要であることが明らかにされている 他方 がん幹細胞 の概念が確立され 白血病の治癒には白血病幹細胞を標的とした治療法の開発が必要であることが明らかにされつつあ る 本研究では ヒト化マウスを用いた実験系を中心として 遺伝子改変人工細胞傷害性T細胞 CTL を作製し その抗白血病幹細胞効果を検証した その結果 大量化学療法後に WT1-TCR 遺伝子改変T細胞を輸注することで化 学療法抵抗性白血病幹細胞を完全に排除できる可能性が強く示唆された 1-4) これらの研究成果を基に 現在他施設共 同で WT1 特異的T細胞レセプター遺伝子導入リンパ球輸注遺伝子治療臨床研究が進行中である 他方 TCR 遺伝子改変 T 細胞に加え chimeric antigen receptor CAR 遺伝子改変 T 細胞の臨床試験も進んでお り 驚異的な抗腫瘍効果が発表されている 5) さらには CTLA-4 や PD-1/PD-L1 などの免疫チェックポイント制御に よるがん免疫療法も大きな進歩を示している 今後 化学療法にこれらの免疫療法を組み合わせることで 治療抵抗性 白血病の治療成績が著しく改善されることが大いに期待できる 共同研究者 本研究の共同研究者は 愛媛大学医学部附属病院の藤原 弘講師と理化学研究所免疫アレルギー科学総合研究センター 石川文彦グループディレクターである 終わりに 本研究を支援していただきました上原記念生命科学財団に厚くお礼 申し上げます 文 献 1 Miyazaki, Y., Fujiwara, H., Asai, H., Ochi, F., Ochi, T., Azuma, T., Ishida, T., Okamoto, S., Mineno, J., Kuzushima, K., Shiku, H. & Yasukawa M. : Development of a novel redirected T cell-based adoptive 7
8 immunotherapy targeting human telomerase reverse transcriptase for adult T-cell leukemia. Blood, 121 : 4894-4901, 2013. 2) Asai, H., Fujiwara, H., An, J., Ochi, T., Miyazaki, Y., Nagai, K., Okamoto, S., Mineno, J., Kuzushima, K., Shiku, H., Inoue, H. & Yasukawa, M. : Co-introduced functional CCR2 potentiates in vivo anti-lung cancer functionality mediated by T cells double gene-modified to express WT1-specific T-cell receptor. PLoS One, 8 : e56820, 2013. 3) Iwami, K., Natsume, A., Ohno, M., Ikeda, H., Mineno, J., Nukaya, I., Okamoto, S., Fujiwara, H., Yasukawa, M., Shiku, H. & Wakabayashi, T. : Adoptive transfer of genetically modified Wilms' tumor 1-specific T cells in a novel malignant skull base meningioma model. Neuro. Oncol., 15 : 747-758, 2013. 4) Asai, H., Fujiwara, H., Kitazawa, S., Kobayashi, N., Ochi, T., Miyazaki, Y., Ochi, F., Akatsuka, Y., Okamoto, S., Mineno, J., Kuzushima, K., Ikeda, H., Shiku, H. & Yasukawa, M. : Adoptive transfer of genetically engineered WT1-specific cytotoxic T lymphocytes does not induce renal injury. J. Hematol. Oncol., 7 : 3, 2014. 5) Ochi, F., Fujiwara, H., Tanimoto, K., Asai, H., Miyazaki, Y., Okamoto, S., Mineno, J., Kuzushima, K., Shiku, H., Barrett, J., Ishii, E. & Yasukawa, M. : Gene-modified human α/β-t cells expressing a chimeric CD16- CD3ζ receptor as adoptively transferable effector cells for anticancer monoclonal antibody therapy. Cancer Immunol. Res., 2 : 249-262, 2014.