糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

Similar documents
接歯や粘膜上皮に付着できない菌も組織定着が可能です ( 図 2) 口腔ケアが低下し異菌種間の凝集を仲介する細菌種の Fusobacterium や Actinomyces などが増えると プラーク量は一気に増加します ( 図 2) 徐々にプラーク内の嫌気度が増し 歯周病原菌 Porphyromona

Microsoft Word - ダイジェスト(A4改


説明書

咀嚼能力と死亡リスクの関係も調べられていて 噛めない食品が 1 品目増えるとそれ だけ死亡しやすくなります 歯が 1 本減ると寿命は 2.8% 低下し 2 本だと 5.6% 5 本では 14% 寿命が減ります 噛むことは生きることであることがわかります 抜くも地獄 抜かぬも地獄 歯周病が悪化して抜歯

1 保健事業実施計画策定の背景 北海道の後期高齢者医療は 被保険者数が増加し 医療費についても増大している 全国的にも少子高齢化の進展 社会保障費の増大が見込まれる このような現状から 一層 被保険者の健康増進に資する保健事業の実施が重要となっており 国においても 保健事業実施計画 ( データヘルス

歯や口腔の健康について

インスリンが十分に働かない ってどういうこと 糖尿病になると インスリンが十分に働かなくなり 血糖をうまく細胞に取り込めなくなります それには 2つの仕組みがあります ( 図2 インスリンが十分に働かない ) ①インスリン分泌不足 ②インスリン抵抗性 インスリン 鍵 が不足していて 糖が細胞の イン

2011年度版アンチエイジング01.ppt

口腔内細菌コントロールによる感染予防

Microsoft Word - 1 糖尿病とは.doc

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

手術や薬品などを用いて 人工的に胎児とその付属物を母体外に排出することです 実施が認められるのは 1 妊娠の継続又は分娩が 身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害する恐れがあるもの 2 暴行もしくは脅迫によって妊娠の場合母体保護法により母体保護法指定医だけが施行できます 妊娠 22 週 0

通常の市中肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌に加えて 誤嚥を考慮して口腔内連鎖球菌 嫌気性菌や腸管内のグラム陰性桿菌を考慮する必要があります また 緑膿菌や MRSA などの耐性菌も高齢者肺炎の患者ではしばしば検出されるため これらの菌をカバーするために広域の抗菌薬による治療が選択されるこ

ただ太っているだけではメタボリックシンドロームとは呼びません 脂肪細胞はアディポネクチンなどの善玉因子と TNF-αや IL-6 などという悪玉因子を分泌します 内臓肥満になる と 内臓の脂肪細胞から悪玉因子がたくさんでてきてしまい インスリン抵抗性につながり高血糖をもたらします さらに脂質異常症

日本の糖尿病患者数は増え続けています (%) 糖 尿 25 病 倍 890 万人 患者数増加率 万人 690 万人 1620 万人 880 万人 2050 万人 1100 万人 糖尿病の 可能性が 否定できない人 680 万人 740 万人



第4章:施策と目標 2:生活習慣病の発症予防と重症化予防の徹底(3)糖尿病(4)COPD

スライド 1

肝臓の細胞が壊れるる感染があります 肝B 型慢性肝疾患とは? B 型慢性肝疾患は B 型肝炎ウイルスの感染が原因で起こる肝臓の病気です B 型肝炎ウイルスに感染すると ウイルスは肝臓の細胞で増殖します 増殖したウイルスを排除しようと体の免疫機能が働きますが ウイルスだけを狙うことができず 感染した肝

<4D F736F F F696E74202D208CFB8D6F C FC92F994C52E >

< 糖尿病療養指導体制の整備状況 > 療養指導士のいる医療機関の割合は増加しつつある 図 1 療養指導士のいる医療機関の割合の変化 平成 20 年度 8.9% 平成 28 年度 11.1% 本糖尿病療養指導士を配置しているところは 33 医療機関 (11.1%) で 平成 20 年に実施した同調査

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

1

高齢化率が上昇する中 認定看護師は患者への直接的な看護だけでなく看護職への指導 看護体制づくりなどのさまざまな場面におけるキーパーソンとして 今後もさらなる活躍が期待されます 高齢者の生活を支える主な分野と所属状況は 以下の通りです 脳卒中リハビリテーション看護認定看護師 脳卒中発症直後から 患者の

《印刷用》ためしてガッテン:糖尿病が完治する!? すい臓を復活させる薬

■● 糖尿病

歯科中間報告(案)概要

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

名称未設定-2

感染予防の為の 口腔ケアー

標準的な健診・保健指導の在り方に関する検討会

<4D F736F F D F4390B38CE3816A90528DB88C8B89CA2E646F63>

PowerPoint プレゼンテーション

第2次「健康くるめ21」計画

2011 年 11 月 2 日放送 NHCAP の概念 長崎大学病院院長 河野茂 はじめに NHCAP という言葉を 初めて聴いたかたもいらっしゃると思いますが これは Nursing and HealthCare Associated Pneumonia の略で 日本語では 医療 介護関連肺炎 と

37 4

ROCKY NOTE 食物アレルギー ( ) 症例目を追加記載 食物アレルギー関連の 2 例をもとに考察 1 例目 30 代男性 アレルギーについて調べてほしいというこ

インプラント周囲炎を惹起してから 1 ヶ月毎に 4 ヶ月間 放射線学的周囲骨レベル probing depth clinical attachment level modified gingival index を測定した 実験 2: インプラント周囲炎の進行状況の評価結紮線によってインプラント周囲

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

研究成果報告書

共済だより.indd

1 基本健康診査基本健康診査は 青年期 壮年期から受診者自身が自分の健康に関心を持ち 健康づくりに取り組むきっかけとなることを目的に実施しています 心臓病や脳卒中等の生活習慣病を予防するために糖尿病 高血圧 高脂血症 高尿酸血症 内臓脂肪症候群などの基礎疾患の早期発見 生活習慣改善指導 受診指導を実

図1 口腔機能の管理による在院日数に対する削減効果 図2 周術期口腔機能管理計画策定料の算定状況 心疾患を基礎に持つ患者には感染性心内膜炎に 周術期口腔機能管理で何をするのか 注意が必要です 感染性心内膜炎リスク患者で あればスケーリング時にも抗生剤の予防投与が くち は最初の消化器官と言われるよう


消化器病市民向け

計画改訂の趣旨 社会構造が大きく変化し 少子高齢化が進む中 生活環境の改善や医療の進歩などにより 平均寿命が延びている一方で 肥満や糖尿病などの生活習慣病が増加しており 健康づくりや疾病予防の重要性はますます高まっています 子どもから高齢者まで すべての県民が 健やかな生活をおくるために ヘルスプロ

SpO2と血液ガス

PowerPoint プレゼンテーション

生活福祉研レポートの雛形

わが国における糖尿病と合併症発症の病態と実態糖尿病では 高血糖状態が慢性的に継続するため 細小血管が障害され 腎臓 網膜 神経などの臓器に障害が起こります 糖尿病性の腎症 網膜症 神経障害の3つを 糖尿病の三大合併症といいます 糖尿病腎症は進行すると腎不全に至り 透析を余儀なくされますが 糖尿病腎症

3 睡眠時間について 平日の就寝時刻は学年が進むほど午後 1 時以降が多くなっていた ( 図 5) 中学生で は寝る時刻が遅くなり 睡眠時間が 7 時間未満の生徒が.7 であった ( 図 7) 図 5 平日の就寝時刻 ( 平成 1 年度 ) 図 中学生の就寝時刻の推移 図 7 1 日の睡眠時間 親子

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

ン投与を組み合わせた膵島移植手術法を新たに樹立しました 移植後の膵島に十分な栄養血管が構築されるまでの間 移植膵島をしっかりと休めることで 生着率が改善することが明らかとなりました ( 図 1) この新規の膵島移植手術法は 極めてシンプルかつ現実的な治療法であり 臨床現場での今後の普及が期待されます

CQ1: 急性痛風性関節炎の発作 ( 痛風発作 ) に対して第一番目に使用されるお薬 ( 第一選択薬と言います ) としてコルヒチン ステロイド NSAIDs( 消炎鎮痛剤 ) があります しかし どれが最適かについては明らかではないので 検討することが必要と考えられます そこで 急性痛風性関節炎の

Microsoft Word - ③中牟田誠先生.docx

せきがはら10月号.ec6

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル


新しい介護食品 の考え方 平成 26 年 3 月 介護食品のあり方に関する検討会議 定義に関するワーキングチーム 平成 25 年 2 月より 介護関係者や学識経験者等による これからの介護食品をめぐる論点整理の会 ( 以下 論点整理の会 という ) を立ち上げ 同年 7 月に論点が取りまとめられた

_鶴見区10月号_1頁.ai

2006 PKDFCJ

スライド 1

10050 WS2-3 ワークショップ P-129 一般演題ポスター症例 ( 感染症 ) P-050 一般演題ポスター症例 ( 合併症 )9 11 月 28 日 ( 土 ) 18:40~19:10 6 分ポスター会場 2F 桜 P-251 一般演題ポスター療

抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

<4D F736F F F696E74202D E8BA689EF89EF88F58E968BC68F8A92F188C48E9197BF>

PowerPoint プレゼンテーション

5_使用上の注意(37薬効)Web作業用.indd

Microsoft Word - 02-頭紙.doc

Microsoft Word _脂質異常症リリースドラフトv11_SHv2 final.docx


後などに慢性の下痢をおこしているケースでは ランブル鞭毛虫や赤痢アメーバなどの原虫が原因になっていることが多いようです 二番目に海外渡航者にリスクのある感染症は 蚊が媒介するデング熱やマラリアなどの疾患で この種の感染症は滞在する地域によりリスクが異なります たとえば デング熱は東南アジアや中南米で

News Release 報道関係各位 2015 年 6 月 22 日 アストラゼネカ株式会社 40 代 ~70 代の経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんと 2 型糖尿病治療に従事する医師の意識調査結果 経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんは目標血糖値が達成できていなくても 6 割が治療

平成26年患者調査 新旧対照表(案)

2017 年 3 月臨時増刊号 [No.165] 平成 28 年のトピックス 1 新たに報告された HIV 感染者 AIDS 患者を合わせた数は 464 件で 前年から 29 件増加した HIV 感染者は前年から 3 件 AIDS 患者は前年から 26 件増加した ( 図 -1) 2 HIV 感染者

ラン君 10 歳 5 2. 口腔ケアの道具 6 原因不明の歯肉炎で食事が摂れなくなった 軟らかいタイプのキャットフードに変えて食べることができるようになり 体調も戻ってきました 粘膜ケアの道具 7 残存歯のブラッシングをするための道具 8 2

糖尿病がどんな病気なのか 病気を予防するためにどんな生活が望ましいかについて解説します また 検診が受けられるお近くの医療機関を検索できます 健康診断の結果などをご用意ください 検査結果をご入力いただくことで 指摘された異常をチェックしたり 理解を深めたりすることができます 病気と診断され これから

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

標準的な健診・保健指導の在り方に関する検討会

系統看護学講座 クイックリファレンス 2012年 母性看護学

は減少しています 膠原病による肺病変のなかで 関節リウマチに合併する気道病変としての細気管支炎も DPB と類似した病像を呈するため 鑑別疾患として加えておく必要があります また稀ではありますが 造血幹細胞移植後などに併発する移植後閉塞性細気管支炎も重要な疾患として知っておくといいかと思います 慢性

pdf_c

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

虎ノ門医学セミナー

山梨県生活習慣病実態調査の状況 1 調査目的平成 20 年 4 月に施行される医療制度改革において生活習慣病対策が一つの大きな柱となっている このため 糖尿病等生活習慣病の有病者 予備群の減少を図るために健康増進計画を見直し メタボリックシンドロームの概念を導入した 糖尿病等生活習慣病の有病者や予備

PowerPoint プレゼンテーション

第 88 回日本感染症学会学術講演会第 62 回日本化学療法学会総会合同学会採択演題一覧 ( 一般演題ポスター ) 登録番号 発表形式 セッション名 日にち 時間 部屋名 NO. 発表順 一般演題 ( ポスター ) 尿路 骨盤 性器感染症 1 6 月 18 日 14:10-14:50 ア

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

Interview 02 vol. 15 vol

< F2D906C8CFB93AE91D48A77322E6A7464>

Microsoft Word - 3.No._別紙.docx

リハビリテーションを受けること 以下 リハビリ 理想 病院でも自宅でも 自分が納得できる 期間や時間のリハビリを受けたい 現実: 現実: リ ビリが受けられる期間や時間は制度で リハビリが受けられる期間や時間は制度で 決 決められています いつ どこで どのように いつ どこで どのように リハビリ

「手術看護を知り術前・術後の看護につなげる」

Microsoft Word - (セット案とれ)【閣議後会見用】取組ペーパー

サーバリックス の効果について 1 サーバリックス の接種対象者は 10 歳以上の女性です 2 サーバリックス は 臨床試験により 15~25 歳の女性に対する HPV 16 型と 18 型の感染や 前がん病変の発症を予防する効果が確認されています 10~15 歳の女児および

Microsoft Word 施策の推進方策(Ⅰ-1-2健康寿命の延伸_

はじめに 障がいをお持ちの方は 様々な障害やその特徴のために 健常者の方よりも口腔ケアが難しかったり 偏った嗜好やこだわりのため むし歯や歯周病が重症化しやすい傾向にあります また いざ歯科受診が必要だ! という時には 治療が困難になり 通院さえもできなくなる というケースも多くみられます 現在 む

よる感染症は これまでは多くの有効な抗菌薬がありましたが ESBL 産生菌による場合はカルバペネム系薬でないと治療困難という状況になっています CLSI 標準法さて このような薬剤耐性菌を患者検体から検出するには 微生物検査という臨床検査が不可欠です 微生物検査は 患者検体から感染症の原因となる起炎

.h.L g1 (Page 1)

Transcription:

2018 年 4 月 18 日放送 口腔内細菌と全身感染症 九州大学大学院歯周病学分野教授西村英紀はじめに本日は 口腔内細菌による感染症のお話をします 口腔内の感染症の代表は虫歯と歯周病です 虫歯菌は歯の表面で増殖し酸を産生することで歯を溶かす病気ですが 全身感染症との関連で大事なのは歯周病です なぜなら虫歯が歯の表面の感染であるのに対し 歯周病は生体内部への感染を惹き起こす恐れがあるからです 歯周病の進行歯周病は歯と歯茎の間に介在する狭くて浅い歯肉溝と呼ばれる溝に歯周病細菌が感染 増殖することで引き起こされる病気です 細菌の増殖に伴い 生体では感染に対する反応としての炎症が惹起されます 初期には炎症が歯肉に限局しているので歯肉炎と呼ばれます 健康な歯周組織と歯肉炎の関係は可逆性の変化で 適切な清掃で菌を除去すると元の健康な歯周組織が復元できます ところが この状態が持続すると 感染は歯と歯を支える骨の間に介在する膜状の軟組織を破壊し 深部に波及します 本来 歯も歯を支える骨も堅い組織ですが この膜状の組織は噛む力を吸収して骨を強い力から守るクッションのような役割のある柔らかい組織であるため 感染で最も破壊されやすい組織となります 歯と歯を支える組織の間の溝は 組織破壊に伴って深くなりポケットと呼ばれるようになります こうなるとポケット内部で菌はさらに増殖し炎症が拡大し 歯を支える骨を溶

かすようになります 歯の支えがなくなるため 歯はぐらつくこともあります ポケット内で歯周病細菌が増殖し白血球がこれを食べて膿となって蓄積するので歯ぐきの腫れも時として見られるようになります また歯周病細菌は強烈なにおいを発生するため口臭も悪化します この状態は 歯肉炎と区別して歯周炎と呼ばれます 一般に歯肉炎から歯周炎に進行した場合 その変化は不可逆性であり治療によって完全に元の状態を復元することは困難とされています したがってここまで進行すると今度は 疾患の更なる重症化を防ぐことが治療の目標になります 歯周病をおこす菌は複数種知られていますが すべてグラム陰性嫌気性菌と呼ばれる菌です この菌は極端に酸素を嫌う菌です 本来口の中は酸素が豊富にあるので歯周病細菌は苦しいはずですが 歯周病が悪化してポケットが深くなればなるほど内部の酸素濃度が下がるため 歯周病菌はより増殖しやすくなります したがって 歯周病治療の基本は深いポケットを浅くしてやって 酸素の濃度をもう一度 口の中と同じになるよう高くしてやることです そうなると酸素を嫌う菌は苦しくなって増殖が抑えられます これにより炎症も消退します もう一つの歯周病の特徴は 虫歯が子供から大人まですべての年代で見られるのに対して 歯周病は成人期以降に重症化するという点です とりわけ 働き盛りの年代で肥満や 糖尿病 あるいは喫煙やストレスといった要因で重症化します このことから 歯周病は感染症でありながら生活習慣病としての要素も併せ持つ疾患と言えます 歯周病の重症化と全身への影響近年 こうして重症化した歯周病を放置しておくと種々の弊害が全身に現れることが明らかになってきました 特に歯周病はかなり末期になるまで症状が現れにくい沈黙の病気であり さらに働き盛りの人に多いため定期的なチェックを怠りがちになります このような世代で歯周病は重症化しやすいと考えられます 歯周病が重症化すると ポケット内で歯周病細菌が増殖します 一方 生体ではこの菌の感染に対して処理しようとして炎症が引き起こされます 感染も炎症も生体に波及すると考えられています ここでは 歯周病細菌による感染と炎症を分けて考えてみましょう 炎症反応と糖尿病 歯周病が重症化するとポケット内で細菌が増殖するため 生体はこの細菌を処理しよ

うとして炎症をおこします 炎症とは本来生体を守る反応の一種です ところがこの炎症が必要以上に起こってしまうと全身に波及して弊害が生み出されることがわかってきました 特に昔に比べ過剰に栄養が蓄積していると考えられる肥満や糖尿病などの働き盛りの年代に多い生活習慣病を抱えておられる方では 炎症が全身に波及しやすいとされています このような方では本来肝臓から産生される炎症マーカーが上昇します つまり 歯周病による炎症反応は肝臓周囲に何らかの形で影響を及ぼしていると考えられます 近年 歯周病による炎症反応は糖尿病を悪化させると考えられるようになりました 前に述べたように歯周病は 糖尿病や肥満の方で悪化しやすいのでこうして重症化した歯周病がさらに糖尿病の悪化に関与するとすれば大変重大な影響です 歯周病による炎症がどのようにして糖尿病を悪化させるのかについてもよく研究されています 歯周病による炎症の拡大は血糖を下げる重要なホルモンとして知られるインスリンの働きを悪くすると考えられるようになりました つまり 歯周病が重症化すると 食後に上昇した血糖を栄養として使うために細胞に取り込む指令を出すホルモンであるインスリンの働きを阻害するため 栄養分の細胞への取り込みが阻害され 結果的に血糖が高いままになり糖尿病が悪化すると考えられています 逆の言い方をすると こうして重症化した歯周病をきちんと治療すると炎症が消退しインスリンがよく効くようになって 食後摂取した栄養分が効果的に血中から細胞に取り込まれ 糖尿病が改善することがわかってきました 歯周病治療と炎症マーカー私たちもこの現象を確認しております 広島県歯科医師会 広島県糖尿病対策本部と行った共同研究の一例を紹介します 糖尿病の方で重度の歯周病を合併しなおかつ 炎症が全身に波及し肝臓由来の炎症マーカーが上昇した患者さんに歯周病の治療をするだけで炎症マーカーが劇的に低下し 糖尿病のコントロールの指標であるヘモグロビン

A1c が改善することを確認しています ヘモグロビン A1c が平均 0.4% 最大で 1% 程度改善することがわかりました 一方 同じように炎症マーカーが上昇している方でも 歯科受診されなかった方は 炎症マーカーが高いままでヘモグロビン A1c の改善も確認されませんでした つまり 歯周治療が奏功したと考えられます このように炎症が全身に波及しやすい肥満や糖尿病の方では 歯周病治療で血糖が改善するケースがあるため定期的な歯科チェックが重要です 歯周病は沈黙の病気であるため たとえ痛くなくとも是非 1 年に一回は歯科を定期受診して チェックしていただいてください 歯周病と肺炎一方 高齢化が進むと時として逆に低栄養の状態になります 特に寝たきりの高齢者などでは低栄養の状態に陥りやすいと言われます 低栄養の状態になると体を守る力が落ちてくるので炎症はあまり起きません 炎症は体を守る仕組みなのでこれが起きないということは 逆に菌がより増殖してくることになります したがって栄養状態が低下すると感染症にかかりやすくなります 口腔内の菌が波及しやすいのが気道を経由して感染するいわゆる肺炎です つまり誤嚥性肺炎のリスクが上昇すると考えられます 高齢化とともに肺炎が増えたため 近年肺炎はがん 心疾患に次いで死因の第 3 位にまで上昇しました 誤嚥性肺炎を予防する上で 口腔ケアは必須です 特に要介護の方は自身での口腔清掃が困難です このような方では介助者が口腔内の清掃を支援することが望まれます 今後 高齢化がさらに進めば 口腔ケアの重要性はいっそう増します

おわりに本日は 口腔内の感染症である歯周病の影響を主として細菌感染と炎症の波及の立場から 糖尿病と肺炎を例にとって説明しました 歯周病による影響は 肺炎や糖尿病に限らず他の疾患でも見られます 口腔細菌による感染の波及は 細菌性心内膜炎として古くから報告されています 特に生体内に人工血管などの人工物が埋入されている方は その表面に菌が付着した場合 人工物のため生体の排除機構が働きません そのような方では付着した菌が増殖して周囲組織に影響を及ぼします 人工呼吸器のチューブやカテーテルなども同様です 一方 炎症は糖尿病のみならず 動脈硬化の進行にも影響を及ぼします 炎症は血管の病気も促進すると言われています さらに 妊婦さんが重度の歯周病に罹患すると 早産をおこしやすく結果的に低体重で生まれるリスクが高くなることも報告されています このように歯周病による影響はいろんなところで現れるため 全身の健康のためにも歯周病を予防 治療することが重要です