Untitled

Similar documents
Untitled

検査項目情報 水痘. 帯状ヘルペスウイルス抗体 IgG [EIA] [ 髄液 ] varicella-zoster virus, viral antibody IgG 連絡先 : 3764 基本情報 ( 標準コード (JLAC10) ) 基本情報 ( 診療報酬 ) 標準コード (JLAC10) 5F

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク ) 血液 6 ml 血清 I 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 茶色 )

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

あり 一人の感染者が周囲の免疫のないヒトに感染させる数である基本再生産数は 10 流行を抑制するための集団免疫率は 90% 以上です 水痘の潜伏期間は通常 14~16 日間です 水痘ワクチンの定期接種が行われている米国では 1 回定期接種を行っていた 1996 年から 2004 年までの間に 水痘患

Untitled

八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

スライド 1

ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

-119-

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

研究成果報告書

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

Microsoft PowerPoint - 資料6-1_高橋委員(公開用修正).pptx

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

Microsoft Word - 【最終】リリース様式別紙2_河岡エボラ _2 - ak-1-1-2

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

九州大学病院の遺伝子治療臨床研究実施計画(慢性重症虚血肢(閉塞

2013 年 1 月 10 日放送 第 111 回日本皮膚科学会総会 10 教育講演 45-4 HSV 感染症 Up date( 性器ヘルペスを中心として ) 愛知医科大学皮膚科 教授渡辺大輔 はじめに単純ヘルペスウイルス (herpes simplex virus:hsv) は 皮膚 粘膜に初感染

STAP現象の検証の実施について

PowerPoint プレゼンテーション

1. 背景生殖細胞は 哺乳類の体を構成する細胞の中で 次世代へと受け継がれ 新たな個体をつくり出すことが可能な唯一の細胞です 生殖細胞系列の分化過程や 生殖細胞に特徴的なDNAのメチル化を含むエピゲノム情報 8 の再構成注メカニズムを解明することは 不妊の原因究明や世代を経たエピゲノム情報の伝達メカ

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

新技術説明会 様式例

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

症化することからハイリスクとされています VZV は細胞親和性が強く cell-to-cell にウイルスが感染するため ウイルス増殖の抑制には液性免疫よりも細胞性免疫が重要であります このため 特に細胞性免疫機能の低下した宿主においては極めて重篤となり 致死的な経過をたどることが少なくありません

Untitled

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

長期/島本1

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

第 88 回日本感染症学会学術講演会第 62 回日本化学療法学会総会合同学会採択演題一覧 ( 一般演題ポスター ) 登録番号 発表形式 セッション名 日にち 時間 部屋名 NO. 発表順 一般演題 ( ポスター ) 尿路 骨盤 性器感染症 1 6 月 18 日 14:10-14:50 ア

DVDを見た後で、次の問いに答えてください

能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

Untitled

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

学位論文の要約

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

日産婦誌58巻9号研修コーナー

るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

2017 年 2 月 1 日放送 ウイルス性肺炎の現状と治療戦略 国立病院機構沖縄病院統括診療部長比嘉太はじめに肺炎は実地臨床でよく遭遇するコモンディジーズの一つであると同時に 死亡率も高い重要な疾患です 肺炎の原因となる病原体は数多くあり 極めて多様な病態を呈します ウイルス感染症の診断法の進歩に

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

Shodoshima Research of Herpes Zoster Epidemiology 1 帯状疱疹とは 初感染のあと神経節に潜伏感染していた水痘帯状疱疹ウイルス (VZV) が再活性化することにより生じる疾患 高齢者 免疫機能の低下した時に発症し易い 後根神経節

<4D F736F F D F D F095AA89F082CC82B582AD82DD202E646F63>

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.


目次 ( 用語の定義 ) 背景 ガイドラインの対象 がん治療用ウイルスの選択 初期段階での確認事項 ウイルス選択の理由 腫瘍選択性 ウイルスの分子変異の確認 規格 製造

研究の背景 B 型肝炎ウイルスの持続感染者は日本国内で 万人と推定されています また, B 型肝炎ウイルスの持続感染は, 肝硬変, 肝がんへと進行していくことが懸念されます このウイルスは細胞へ感染後,cccDNA と呼ばれる環状二本鎖 DNA( 5) を作ります 感染細胞ではこの

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

<4D F736F F D E396F28AEE94D598418C67CCABB0D7D A8E5290BC8E8182A982E790588E8182DC82C E342E3134>

CiRA ニュースリリース News Release 2014 年 11 月 20 日京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 京都大学細胞 物質システム統合拠点 (icems) 科学技術振興機構 (JST) ips 細胞を使った遺伝子修復に成功 デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復

水痘(プラクティス)

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

【発出】ICH見解「腫瘍溶解性ウイルス」について

妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]

研究成果報告書

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of ot

ハイリスク患者 免疫抑制者における播種性水痘 悪性腫瘍患者の死亡率は 7-17% 成人 妊婦 新生児 肺臓炎 年齢による水痘の頻度と死亡率 0~4 5~14 15~44 45~64 >65 頻度 ( 対人口

Research 2 Vol.81, No.12013

とが知られています 神経合併症としては水痘脳炎 (1/50,000) 急性小脳失調症 (1/4,000) などがあり さらにインフルエンザ同様 ライ症候群への関与も指摘されています さらに 母体が妊娠 20 週までの初期に水痘に罹患しますと 生まれた子供の約 2% が 皮膚瘢痕 骨と筋肉の低形成 白

Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

<4D F736F F F696E74202D2097D58FB08E8E8CB1838F815B834E F197D58FB E96D8816A66696E616C CF68A4A2E >

医薬品タンパク質は 安全性の面からヒト型が常識です ではなぜ 肌につける化粧品用コラーゲンは ヒト型でなくても良いのでしょうか? アレルギーは皮膚から 最近の学説では 皮膚から侵入したアレルゲンが 食物アレルギー アトピー性皮膚炎 喘息 アレルギー性鼻炎などのアレルギー症状を引き起こすきっかけになる

立命館21_松本先生.indd



立命館20_服部先生.indd




立命館16_坂下.indd



立命館人間科学研究No.10



立命館21_川端先生.indd

立命館14_前田.indd

Transcription:

上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 112. 水痘帯状疱疹ウイルス感染機構の解明 定岡知彦 Key words: 水痘帯状疱疹ウイルス, 感染性ウイルス粒子産生 神戸大学大学院医学研究科感染症センター臨床ウイルス学 緒言水痘帯状疱疹ウイルス (varicella-zoster virus: VZV) は, ヒトに感染して初感染においては全身性に水痘を発症し, 脊髄後根神経節に潜伏した後, 様々な要因により再活性化し, 帯状疱疹としての新たな病原性を示す. in vitro の実験系において VZV 感受性細胞は非常に限られており, 溶解感染実験で用いられるのに充分なウイルス粒子産生量を得られるのは, ヒト胎児肺細胞由来の MRC-5 細胞, HEL 細胞, あるいはヒトメラノーマ由来の MeWo 細胞が散見されるに過ぎない. 他のヘルペスウイルスにおいては, in vitro での実験系において培養上清中に充分な感染能力を有するウイルス粒子産生が認められ, その感染拡大様式は培養上清中に存在するウイルス粒子による経路 (cell free 経路 ) と, 細胞表面に発現したウイルス由来の糖タンパク, あるいは細胞間隙に存在するウイルス粒子上のウイルス糖タンパクにより媒介される細胞間伝播 (cell-tocell 経路 ) に大別される. VZV 感染においては培養上清中にウイルス粒子の放出は認められるものの放出されたウイルス粒子に感染性はほぼ認められず, その感染拡大様式は細胞間伝播経路に依存している. しかしながら, VZV 感染細胞破砕により得られた cell free ウイルス粒子は感染性を保持しており, またヒト-ヒトの感染拡大においては接触感染あるいは飛沫感染による伝播形式を取る事よりその感染拡大において cell free 感染が介在する事は論を待たない. 本研究においては, VZV 感染においてすべてのヘルペスウイルスに保存されるウイルス粒子構成タンパクである ORF49 タンパクが, in vitro における cell free 感染に寄与する感染性ウイルス粒子産生に機能しており, また充分な cell-to-cell 経路での感染拡大にも寄与する事を明らかにしたので報告する. 方法および結果 1.ORF49M1L ウイルスの作製と trans-complementation 系の確立当研究室において確立している VZV-BAC (bacterial artificial chromosome) 遺伝子改変系を用いて, ORF49 遺伝子における翻訳開始アミノ酸をコードする ATG (methionine: M) を CTG (leucine: L) に変異 (M1L) させ, VZV- BACORF49M1L ゲノムを大腸菌内において作製した. 作製した VZV-BACORF49M1L ゲノムを VZV 感受性細胞である MeWo 細胞に遺伝子導入したが, ウイルス粒子の再構築は起こらなかった. そこで ORF49 タンパクを恒常的に発現する MeWo 細胞 (MeWoORF49 細胞 ) を作製し, この細胞に VZV-BACORF49M1L ゲノムを導入する事で, ORF49 変異ウイルスである VZVORF49M1L ウイルスを得た. MeWoORF49 細胞は MeWo 細胞とは異なり ( 図 1A), 野生体 VZV 感染 MeWo 細胞と同程度に ORF49 タンパクを発現しており ( 図 1B, C), trans な ORF49 タンパクの供給を行える事が明らかとなった. また VZV- BACORF49M1L ウイルスはウイルス感染の指標として用いた糖タンパクである glycoprotein E (ge) は発現していたが, ORF49 タンパクを全く発現していなかった ( 図 1D). 1

図 1 VZV 感染と ORF49 タンパクの発現. 非感染 MeWo 細胞 (A), 非感染 MeWoORF49 細胞 (B), 野生体 VZV 感染 MeWo 細胞 (C), VZVORF49M1L 感 染 MeWo 細胞 (D) を, VZV 感染の指標である glycoprotein E (green), ORF49 タンパク (red), ウイルス粒子形 成の場である trans-golgi network 由来のマーカーである TGN46 (blue) で染色した. 核は cyan で表している. Scale は各図中に示している. VZVORF49M1L ウイルスは MeWo 細胞において感染拡大が可能であったが, 野生体 VZV に比べて, 1/2 程度その感染は減 弱していた. この感染の減弱は trans な ORF49 タンパクの供給により回復し, MeWoORF49 細胞において VZVORF49M1L ウイルスは, 野生体 VZV と同程度の感染拡大を示した (図 2). すなわち, ORF49 タンパクが VZV の in vitro における cellto-cell 経路に依存した感染拡大に機能していることが明らかとなった. 2

図 2. VZV 感染と VZVORF49M1L 感染におけるウイルス増殖の比較. 各ウイルスを, MeWo 細胞あるいは MeWoORF49 細胞で増殖後 (Propagated cell), cell free ウイルスを調製し, MeWo 細胞あるいは MeWoORF49 細胞に感染させ (Titrated cell), 感染 5 日後に形成される plaque size を測定した. Error bar: SEM, *: p < 0.05 (Student s t-test). 2.ORF49 タンパクの感染性粒子産生における機能我々は VZV 感染において, ORF49 タンパクと同様にすべてのヘルペスウイルスにおいて保存される糖タンパクである glycoprotein M (gm) の成熟が, VZV 感染に特徴的な多核巨細胞形成を通した cell-to-cell 経路に依存した感染拡大に機能していることを明らかにしている 2). すなわち, 未成熟 gm のみを発現する VZV 感染では, 多核巨細胞の形成がまったく認められず, cellto-cell 経路に依存した感染が VZVORF49M1L ウイルスと同様に減弱していた. しかし, VZVORF49M1L ウイルス感染 MeWo 細胞においては, 多核巨細胞の明らかな形成が認められ, gm とは異なる様式で ORF49 タンパクが感染拡大に機能している事が示唆された. そこで, MeWo 細胞と MeWoORF49 細胞での VZVORF49M1L ウイルス感染の相違について検討した. ORF49 タンパクはウイルス粒子構成因子であり, MeWoORF49 細胞で感染拡大した VZVORF49M1L ウイルスはそのウイルス粒子上に ORF49 タンパクを保持するが, MeWo 細胞で感染拡大した VZVORF49M1L ウイルスはウイルス粒子上に ORF49 タンパクを保持しない ( 図 3). 3

図 3 VZVORF49M1L 感染細胞からのウイルス粒子の精製と ORF49 タンパクのウイルス粒子への取込み. 非感染 MeWo 細胞, 非感染 MeWoORF49 細胞, 野生体 VZV 感染 MeWo 細胞, および VZVORF49M1L 感染 MeWo 細胞での ORF49 タンパクの発現とともに, ORF49 タンパルのウイルス粒子への取込みを, western blotting に て検出した. このウイルス粒子上に ORF49 タンパクを保持する VZVORF49M1L ウイルスと保持しない VZVORF49M1L ウイルスを, それ ぞれ MeWo 細胞あるいは MeWoORF49 細胞に感染させ, その感染拡大様式と感染性ウイルス粒子産生について検討した. ORF49 タンパクのウイルス粒子上での有無に関わらず, VZVORF49M1L ウイルスは MeWo 細胞において同程度減弱した感 染を示し, この感染の減弱は MeWoORF49 細胞において同様に回復した (図 2). しかしながら, MeWo 細胞から得られたウイ ルス粒子の感染性は, MeWoORF49 細胞から得られたウイルス粒子に比べ 10 倍程度減弱しており (図 4), このことにより, ORF49 タンパクが VZV 感染において, 感染性ウイルス粒子の産生に機能している事が明らかとなった. 図 4 VZV 感染と VZVORF49M1L 感染における感染性ウイルス粒子産生の比較. 各ウイルスを, MeWo 細胞あるいは MeWoORF49 細胞で増殖後 (Propagated cell), cell free ウイルスを調製し, MeWo 細胞あるいは MeWoORF49 細胞に感染させ (Titrated cell), 感染力価を測定した. 4

考察 本研究により, すべてのヘルペスウイルスに保存される ORF49 遺伝子の VZV 感染における機能が明らかとなった. すなわち, ORF49 遺伝子産物が感染性ウイルス粒子産生に機能しており, cell-to-cell 経路においては ORF49 欠損により 1/2 程度, cell free 経路においては 1/10 程度感染が減弱した. このことは, in vitro での cell-to-cell 経路に依存した VZV の感染様式にお いては, ORF49 タンパクの機能により産生される感染性ウイルス粒子が寄与する感染拡大様式とともに, 感染細胞表面あるいは ウイルス粒子表面に発現する糖タンパクに介在される多核巨細胞形成を伴う感染拡大様式が, 充分な感染拡大に必要である事 を示唆する. VZV 感染において, 宿主への感染後の個体内での感染拡大に伴う病原性発揮では, ORF49 タンパクの寄与はそれほど大きく ないことが本結果より推測され, 治療用の ORF49 タンパクを標的とした新規抗ウイルス薬の開発は困難に感じられる. また本邦 において開発された VZV ウイルスに対するワクチンは非常に効果的であり, 安全性においても高いことは周知の事実である. し かしながら, 近年の移植医療やがん患者の増加による免疫抑制患者の増加を鑑みた時, VZV ワクチンを接種した健常人からの 免疫抑制患者への感染伝播は脅威となる. このような状況において, ORF49 に変異を導入した VZV ワクチンの開発により, 健 常人生体内での充分なウイルス複製にともなう免疫誘導による発症予防とともに, 個体間での感染拡大に寄与する感染性ウイル ス粒子産生の減弱による感染拡大の防止が可能となり, 今後の新規 VZV ワクチン開発に寄与できると考えられる. 共同研究者 本研究の共同研究者は, 神戸大学大学院医学研究科臨床ウイルス学分野の森康子である. 文献 1) Sadaoka, T., Yoshii, H., Imazawa, T., Yamanishi, K. & Mori, Y : Deletion in open reading frame 49 of varicella-zoster virus reduces virus growth in human malignant melanoma cells but not in human embryonic fibroblasts. J. Virol., 81 : 12654-12665, 2007. 2) Sadaoka, T., Yanagi, T., Yamanishi, K. & Mori, Y. : Characterization of the Varicella-Zoster Virus ORF50 Gene, which encodes glycoprotein M. J. Virol., 84 : 3488-3502, 2010. 5