4 ベトナムの今後の課題と法整備支援 25 いて 知的財産権のエンフォースメントに関するベトナムの今後の課題と法整備支援につ (1) 知的財産制度整備のためのインセンティブ 発展途上国にとって 知的財産制度整備へのインセンティブとしては (1) 国際協定及び条約への加盟 2007 年 1 月 11 日 WTO 加盟 TRIPs 協定 ( 但し 途上国にとっては 見返りとなる利益との抱き合わせにより導入されたという側面があり ) (2) 外資呼び込みのための投資環境の整備 ( 特に外資系企業がベトナムを市場として捉えるようになった場合 そのような企業にとっては 同国でのブランド戦略を含めた知的財産保護は重要となる ) (3) フリーライドを防止することで 知的財産を創作しようとする者の減少を防ぎ 長期的には社会経済の発展を促すという点が挙げられると思われる しかしながら 上記 (3) による利益享受をベトナムの個人及び企業自らが実感できず 上記 (1)(2) の外圧だけだとすると たとえ制度ができたとしても知的財産権侵害の現状を改善することは困難と考える 新たな知的財産の創作に向けられたインセンティブを高めることが知的財産制度の趣旨 目的であると考えた場合 知的財産制度がベトナム国内で自律的に発展していくためには ベトナム国民がその創造力を発揮し新たな創作に向けたインセンティブを持つことができるような政策が必要になってくる また 特にベトナムの産業の中でブランドを築き上げていくことができる強みをもった分野の事業者のニーズを分析した上で そのような事業者にとってブランド保護に向けたインセンティブが高まるような政策を具体的に考えていく必要がある 現在のところベトナムは 科学技術の分野については発展途上であり 特許に関する申請も外国人 ( 法人 ) の割合が大きく 特許制度の必要性を国民が真に理解することは容易ではないようにも思える しかしながら 市場経済で競り勝つため 商品やサービスの質を向上させ 消費者に対して宣伝広告をすることで 企業の信用やブランドを築き上げていくことが必要であることは その理解は容易であり 現に商標登録については ベトナム人 ( 法人を含む ) からの申請数が比較的に多い また 工業意匠の登録に関してもベトナム人 ( 法人を含む ) からの申請数が比較的に多いが 外観に関するもので特許等に比べ高度な技術が要求されず それが取引の需要を増大させる機能があることについても一般的にも理解しやすいからであると思われる 従って まずはフリーライド防止による利益享受をベトナム人 ( 法人を含む ) が実感 25 本原稿は ベトナム知的財産権フォーラム における石那田隆之氏の報告に基づくものである 40
しやすい商標及び工業意匠権に関して資源を集中して関係各機関や国民に対して 知的財産保護のインセンティブを高めるための広報や啓蒙活動をしていくことが ベトナム国民の理解を深めるためには効率的であると考える ただ 効果的な広報や啓蒙活動の具体的手法が問題となるが 本邦研修等の場を利用して 日本の特許庁等の各機関の取り組みやその実際の効果や問題点等をリサーチした上で 効果的な手法があればベトナムでも積極的に取り入れて頂き 日本からは当該活動を資金面で支援していく必要があると思われる また 上記啓蒙活動については 日系企業にとっても利益となることから 日本政府の関係機関 (JETRO や JICA を含む ) と日系企業が共同でベトナム政府やその関連機関の具体的活動 ( 例えば 真贋判別セミナー等 ) を支援していくことも有益と思われる (2) 知的財産制度 WTO 加盟のために早急に法制度を整備したという側面があると思われ 今後 知的財産制度の立法趣旨を十分に理解した上で 必要な利益衡量をしながら自国に適合したまた経済社会の発展に適応した知的財産制度の細部を整備し そしてそのような制度を運用する人材を育成する必要がある そのためには JICA の法整備支援を積極的に活用することが効果的であると考える なお 私見ではあるが 日本が目指すべき法整備支援とは 支援しようとする相手国の法令に相当する日本法の立法趣旨をその沿革を含めて分析し 相手国の現行法令及び国家が志向する政策と比較検討した上で 普遍的 ( 少なくとも両国にとって共通する ) と考えられる価値を導き出し その価値について相手国と共通認識を得ると同時に 相手国の当該法令を取り巻く社会的実態を調査した上で 相手国の起草担当者及び関連機関と一緒になって 相手国の社会的実態に即した価値の実現方法を検討していく一連の作業であると考える 現時点のベトナムの現状から 侵害件数が比較的多い商標や著作権等といった分野に資源を集中して関係各機関 ( 裁判所を含む ) の人員の能力強化を図るべきである この点 日本からの支援として 例えば本邦研修における日本の学者や実務家によって作成された資料を編集する等してテキストの作成及びその発刊 ( インターネットでの公開を含む ) を支援する等といった方法も有効と考える また 知的財産権に関するベトナム国内の研究者やその研究成果である専門的文献を増やすためにはベトナムの政府関係者 法学者及び裁判官が日本の知的財産制度を研究できるよう その留学の支援 またその研究成果をベトナムで公表できる機会やシステムの支援も有効と考える また 法制度に関する今後の検討をした方が良いと考えられる課題として以下の点が挙げられる (i) 営業秘密として保護されるための要件として ベトナム知的財産法第 84 条は 1 取得しやすい常識的な知識でないこと 2 営業上に利用することにより そ 41
の秘密を保有又は利用していない者より競争上有利となること 3 その秘密が露見しないか又は入手されにくいようにするために 保有者により必要な手段で保護されていること を挙げており 3の要件は日本の不正競争防止法上の 秘密管理性 と同様のものと考えられる 但し この秘密管理性について 詳細な法規範文書は存在しないようである ベトナムにおいて 後述するとおり統治構造の特色から裁判所が法解釈を通じて上記要件を具体化した規範を定立することは困難と考えられるため 法規範文書においてこれを具体化した方が良いと考えられる その場合 日本において 秘密管理性につき 一般的に1 当該情報に対するアクセスを制限すること ( アクセスできる者の特定 それ以外の者がアクセスできないように物理的又は制度的制約 ) 2アクセスを許す場合にもアクセスした者に それが秘密であることを認識できるような手段を講じること ( 部外秘の記載等 ) 3 アクセスした者に対して事後の秘密保持を義務づけることが必要と考えられていることは参考になるし さらに 詳細なものとして 日本の経済産業省の 営業秘密管理指針 の内容が ベトナム側に情報提供されれば有益と考える (ii) 日本において 知的財産権侵害に基づく逸失利益損害について その算定を容易にするための特許法第 102 条の第 1 項に侵害者の譲渡数量に権利者の利益額を乗じた額をもって損害として推定する方法 第 2 項に侵害者の利益額をもって損害額と推定する方法 第 3 項に権利者が受けるべき実施料相当額をもって損害を算定する方法を規定する これに対し ベトナム知的財産法第 204 条 1 項も 原告の逸失利益が物理的総損害に含まれていない場合は 被告が侵害行為によって得た利益との合計額を損害として算定できるようであり 前述した日本の特許法第 102 条第 2 項と同様の規定は置いているように思われる 但し 今後 逸失利益の算定の困難性は 日本とベトナムは共通する問題であり 司法手続の利用を促すという観点では 日本の特許法第 102 条 1 項が定められるに至った経緯等についても参考にしながら ベトナム側でその導入を議論することも有益と考える (iii) ライセンス契約の内容につき譲受人 ( ライセンシー ) に対して不当な権利を制限する事項の禁止条項については 契約自由の原則 知的財産権保護の強化の要請と公正且つ自由な競争の確保の要請との利益衡量の結果であり その調和を図るためにどこまで規制した方がよいかについては 十分な議論をした方がよいと思われる その際 日本における公正取引委員会の 知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針 の内容が ベトナム側に情報提供されれば有益と考える 例えば ベトナム知的財産法第 144 条第 1 項 (a). ライセンシーによる改良の禁止 ライセンサーに対するライセンシーによる改良の無償ライセンスの付与 工業 42
所有権譲渡の強制 を挙げ これを禁止している しかしながら 工業所有権譲渡の強制の中でも 例えば ライセンシーが開発した改良技術が ライセンス技術なしには利用できないものである場合に 当該改良技術に係る権利を相当な対価でライセンサーに譲渡する義務を課す行為については 円滑な技術取引を促進する上で必要と認められる場合があり また ライセンシーの研究開発意欲を損なうとまでは認められないとも考えられる また 改良技術の無償ライセンスの付与については 当該ライセンスが非独占的ライセンス付与であれば ライセンシー自ら開発した改良技術を自由に利用できるのであり その事業活動を拘束する程度は少なく ライセンシーの研究開発意欲を損なうおそれもないとも考えられる また ライセンサーとライセンシーがその信頼関係のもと相互に改良技術を無償で使用できるという環境がなければ ライセンサーが積極的に技術移転をすることに躊躇を感じるということも考えられ 双方の技術発展のために上記のような環境は必要であるとも考えられる どのような制度にするかはベトナムの政策判断であるが その判断に至る過程で どのような社会にしたいかについて まずその政策理念を明確にし その場合に調和を図るべき利益を検討し 利害関係者の意見を参考しながら 各利益の調整を図って 最終的な制度決定をするということが重要と思われる そして 他国の法制度を参考にする場合は そのような制度選択に至った背景的事情や利益衡量の仕方を検討した方が 自国に適した法制度を自らの政策判断でつくりあげることができると思われる (iv) 不正競争について 意匠登録はなされていないが商品形態の完全な模倣の禁止や 不正競争のうち刑事罰の導入した方が適切なものがないかについても 検討した方が良いと思われる (3) 司法救済の発展 現在のところ 知的財産のエンフォースメントは市場管理局等といった行政機関による行政処分が中心であるが 今後 市場経済の発展に伴い司法判断の比重を高めざるを得ないものと考えられる 但し 社会主義国における統治組織構造の特徴 ( 民主集中原則 :Democratic centralism というすべての国家権力を人民の代表者である国会が掌握し 三権分立 :Separation of powers という Check and Balance ではなく 三権分業 : Coordination of powers という各機関が相互に協調しながら職務と任務を分担という権力分配制度を採用する ) から 法律の最終的な解釈権限についても国会常務委員会が有する等 日本や英米等と比較すると司法の地位及び権力が相対的に低い また 詳細な法規範文書がなければ裁判所が法解釈を行って判断するということが困難な状況にある 今後 専門的技術的判断に適し 当事者のための秘密保持を重視した司法手続の整 43
備 法律実務家 ( 裁判官 弁護士 ) の法解釈能力を発展させるための環境の整備が必要である そのためには 少なくとも知的財産侵害訴訟に関する判決内容を公開する等して ベトナム国内における裁判官 弁護士 学者等が知的侵害の有無の判断の仕方及び損害論に関して議論を深める必要があると思われる また ベトナム裁判所の判決において 条文解釈が展開されていることはあまり期待できないため 上記議論の参考として 日本の知的財産権訴訟に関する判例や学説等を紹介することも効果的であると考える その場合 日本の裁判官 弁護士及び検察官が長期専門家として派遣されて現在も進行中である JICA の法 司法制度改革プロジェクトを積極的に活用することが有効であると考える また JICA 自体も 各プロジェクトを総合的に検討した上で 効果的な支援を実現するために各プロジェクトが情報を共有し合い協力できるような体制を整備すべきである (4) 行政 司法手続の透明性 公平性 ベトナムでは 行政 司法手続の透明性 公平性 ( 例えば 当事者以外の弁護士 一般人が判決内容を知ることは事実上困難等 ) に対する不信があり 特に汚職に対する対策が極めて重要である この点は 税金徴収制度の未発達 公務員の給料があまりにも低すぎるという構造的な要因があり その解決は困難ではあるが 税金徴収制度 ( 源泉徴収の徹底等 ) 及び関連制度 ( 例えば 相続税に関しては戸籍法 不動産に関連する税金については不動産登記法等 ) の発達 手続の透明性の確保 表現の自由 ( マスコミによる報道の自由 ) の確保が必要と思われる また 日本の ODA の正当性という観点から 相手国における表現の自由の保障がどの程度確保されているかは特に重要と考える 44