デジタルビデオカメラを用いた二次元的指標による膝前十字靱帯損傷リスクの検討 馬場周 < 要約 > 女性の drop vertical jump(dvj) 中の膝外反角度およびモーメントの増加は膝前十字靱帯損傷リスクとされている. 二次元的指標の一つである膝関節足関節距離比率 ( 膝足比率 ) は, 三次元動作解析による (3D) 膝外反角度およびモーメントとの間に相関関係があるとされているが, 片脚ごとの計測はできない. 下腿側方傾斜角は膝足比率と同等の意味を有し, 片脚ごとの計測が可能である. 本研究の目的は DVJ 中の 3D 膝外反角度およびモーメントと二次元的指標との関係性を検討することとした. 対象は健常女性 12 名とし, 動作課題には DVJ を用い,3D 膝外反角度およびモーメントを算出した. また, デジタルビデオカメラによる前額面像から二次元的指標を算出した. 結果は,3D 膝外反角度は大腿軸と下腿軸のなす角度および膝足比率との間に有意な正の相関を認め, 下腿側方傾斜角との間に正の相関傾向を認めた. 下腿側方傾斜角も有効な二次元的指標の一つとして用いられる可能性を示唆した. Ⅰ. はじめに膝前十字靱帯 ( 以下,ACL) 損傷は, 長期的なスポーツ競技からの離脱, 変形性膝関節症発症リスクの増加, 経済的負担を要することなどから重篤な外傷であるとされている 1) 2).ACL 損傷の約 70% が非接触型損傷とされ, 他者との直接の接触がない着地動作やカッティング動作で生じる 3). カッティングやジャンプ動作を含むスポーツ種目において, 女性アスリートは, 男性アスリートと比較し, 約 2~6 倍の非接触型 ACL 損傷発生率を有していると言われており, 女性アスリートにおける ACL 損傷発生予防の重要性が認識されている 4). Hewett ら 5) は女性アスリートを対象とした前向き調査によって 30cm 台から着地後直ちに最大垂直跳びを行う drop vertical jump( 以下 DVJ) 時の最大膝関節外反角度 ( 以下, 膝外反角度 ) および最大膝関節外反モーメント ( 以下, 膝外反モーメント ) が ACL 損傷を予測することを報告している.DVJ 時の膝外反角度および膝外反モーメントの増加は女性アスリートにおける ACL 損傷リスクの一つであることが示唆されている. ACL 損傷リスクとの関連が認められた,DVJ 時の膝外反角度および膝外反モーメントは, 三次元動作解析装置と床反力計を使用して計測される. 三次元動作解析による関節運動の計測は, 精度の高さから広く行われている一方で, 高価な機器や, 専門的知識を持つ検査者, 時間など多くのものを必要とするため, 実際のスポーツ現場で用いるのは困難であ る. 大規模な ACL 損傷リスクのスクリーニングや予防トレーニングの効果の判定には, より簡便な動作解析方法の検討が必要である. より簡便な動作解析方法として, デジタルビデオカメラを用いて撮影した前額面像から, 二次元的な指標による評価が行われている. 永野ら 6) は, デジタルビデオカメラを用いて, 連続ジャンプ着地時の大腿軸と下腿軸のなす角度 ( 以下,FPPA) を算出し, 三次元動作解析による ( 以下,3D) 膝外反角度との間に有意な中等度の正の相関関係があることを報告した. また,Mizner ら 7) は, 両膝関節間距離を両足関節間距離で除した膝関節足関節距離比率 ( 以下, 膝足比率 ) と 3D 膝外反角度および 3D 膝外反モーメントとの間に有意な中等度の正の相関関係があり, さらに FPPA よりも強い正の相関関係があることを報告した. このように二次元的指標を用いて, 3D 膝外反角度や 3D 膝外反モーメントとの関係性を検討した報告は多く行われており, その中でも膝足比率は, 3D 膝外反角度や 3D 膝外反モーメントとの関係性が強い事が示唆されている. 女性における非接触型 ACL 損傷は非利き足側の受傷が有意に多いことや, 女性は着地動作時に膝外反角度の左右差が大きいことが報告されている 8)9). しかし, 膝足比率は両脚を用いた評価であるため片脚ごとの計測を行うことはできず, 片脚ごとの膝外反角度計測の必要性が示唆されている. そこで, 前額面上における下腿軸と床への垂直線とのなす角 ( 以下, 下腿側方傾斜角 ) は, 下腿の側方傾斜に伴
い膝関節間距離が変化することから, 膝足比率と同 等の意味を有し, 片脚で計測可能な指標であるため, 3D 膝外反角度および 3D 膝外反モーメントを検出 するために有用な二次元的指標の一つになるのでは ないかと考える. 本研究の目的は,DVJ における 3D 膝外反角度お よび 3D 膝外反モーメントと FPPA, 膝足比率およ び下腿側方傾斜角との関係性を検討することとした. 仮説は 3D 膝外反角度および 3D 膝外反モーメント と各二次元的指標との間に有意な相関を認め, さらに下腿側方傾斜角は膝足比率と同等の正の相関を認めることとした. Ⅱ. 対象と方法 1. 対象健常女性 12 名 ( 年齢 21.1±1.0 歳, 身長 158.0 ±7.2cm, 体重 53.9±5.7kg) を対象とした. 除外基準は ACL 損傷の既往または過去 6 カ月以内の下肢および体幹の整形外科的既往を有する者とした. なお, 対象には事前に研究の背景や目的, 考えられる危険性などを説明し, 十分に理解を得てから, 参加に同意が得られた者を対象とした. また, 本研究は本学保健科学研究院の倫理委員会の承認を得て行った. 2. 方法計測は三次元動作解析装置 EvaRT4.4(Motion Analysis 社製 ) を用いて, 赤外線カメラ 6 台 ( Hawk, Motion Analysis 社製,200Hz), 反射マーカー 39 個, 床反力計 2 枚 ( Type9286,kistler 社製,1000Hz), デジタルビデオカメラ 1 台 ( DCR-TRV900 NTSC, SONY 社製,30Hz) を用いて記録した. 赤外線反射マーカーは骨盤および下肢の骨指標, 右下肢の大腿, 下腿などに合計 39 個貼付した ( 図 1). 動作課題は Hewett らが前向き調査時に行った動作課題と同じく,30cm 台から着地後直ちに最大垂直跳びを行う DVJ とした ( 図 2). 三次元動作解析には SIMM6.0.2(MusculoGraphics 社製 ) を用いて各試行における 3D 膝外反角度および 3D 膝外反モーメントを算出した.3D 膝外反角度は静的立位姿勢時の角度を中間位とした. 3D 膝外反モーメントは外的モーメントとし, 各被験者の身長および体重で標準化した.3D 膝外反角度および膝外反モーメントは共に外反方向を負と定義した. 二次元的指標の算出には,Image J(National Institute of Health) を用いた. デジタルビデオカメラより, 最大膝屈曲時の静止画像を取得し, 解析に用いた ( 図 3).FPPA は大腿骨外側上顆と大腿骨内側上顆との中点 ( 以下, 膝関節中点 ) と ASIS とを結んだ軸と, 外果と内果の中点 ( 以下, 足関節中点 ) と膝関節中点を結んだ軸とのなす角度とした. 膝足比率は両側の膝関節中点を結んだ距離を両側の足関節中点を結んだ距離で除した値とした. 下腿側方傾斜角は膝関節中点と足関節中点を結んだ軸と床面に対する垂直線とのなす角度とした.FPPA および下腿側方傾斜角は静的立位姿勢時の膝関節角度を中間位とし標準化した.FPPA および下腿側方傾斜角は外反方向を負と定義し, また膝足比率は値が小さいほど外反を示すと定義した. 図 1 マーカー貼付位置 マーカーは骨盤および下肢の骨指標, 右下肢の大腿, 下腿などに 合計 39 個貼付した. 3. 統計学的解析級内相関係数 ( intraclass correlation coefficients;icc) を用いて検者内信頼性 (2,1) と検者間信頼性 (2,1)95% 信頼区間 (Confidence interval;ci) を検討した.Pearson の積率相関係数を用いて, 最大膝屈曲時における 3D 膝外反角度および 3D 膝外反モーメントと各二次元的指標との相関関係を検討した.PASW Statics 18.0(SPSS Inc.) を用い, 有意水準は 5% 未満とした. なお, 各被験者データは成功 3 試行の平均値を用いた.
図 2 Drop vertical jump(dvj) 30cm 台から着地後直ちに最大垂直跳びを行う. 図 3 各二次元的指標の測定方法 FPPA および下腿側方傾斜角は赤く塗られた角度を計測. 膝足比率は両膝関節距離を両足関節距離で除し算出. Ⅲ. 結果各二次元的指標の検者内信頼性, 検者間信頼性はともに高い信頼性を示した (ICC>0.954,P<0.05, 95%CI:0.748~0.994). 表 1,2 に全被験者の各データの平均値を示す. 3D 膝外反角度と FPPA(R = 0.61,P = 0.035) および膝足比率 (R = 0.67,P = 0.017) との間に有意な正の相関を認めた ( 図 4,5).3D 膝外反角度と下腿側方傾斜角 (R = 0.56,P = 0.057) との間に正の相関傾向を認めた ( 図 6).3D 膝外反モーメントと二次元的指標の間に有意な相関は認めなかった. 表 1 三次元動作解析による膝外反角度, 膝外反モーメントの平均値平均値 ±SD 膝外反角度 ( ) -2.2±5.1 膝外反モーメント (Nm/(m*kg)) -0.1±0.1 表 2 各二次元的指標の平均値平均値 ±SD FPPA( ) -10.5±9.3 膝足比率 0.7±0.1 下腿側方傾斜角 ( ) -4.7±6.4
図 4 FPPA と膝外反角度の関係 横軸は膝外反角度, 縦軸は FPPA を示し, 有意な正の相関を認めた. 図 5 膝足比率と膝外反角度の関係 横軸は膝外反角度, 縦軸は膝足比率を示し, 有意な正の相関を認めた. 図 6 下腿側方傾斜角と膝外反角度の関係 横軸は膝外反角度, 縦軸は下腿側方傾斜角を示し, 正の相関傾向 を認めた. Ⅳ. 考察 本研究結果は,DVJ における 3D 膝外反角度と FPPA との間に有意な正の相関関係を認めた. また, 3D 膝外反角度と膝足比率との間に,FPPA よりも 強い有意な正の相関関係を認め,Mizner ら 7) の先行 研究を支持する結果を示した.3D 膝外反角度と下 腿側方傾斜角との間に正の相関関係の傾向を認め, 下腿側方傾斜角も 3D 膝外反角度を検出するための二次元的指標の一つとして用いられる可能性が示唆された. 本研究結果より, 全ての二次元的指標が 3D 膝外反角度との間に関係性が認められ, 特に膝足比率は最も相関係数が高かったものの, 膝足比率の使用には注意を要すると考えられる. 膝足比率は両脚を用いた評価であるため, 着地時の下肢関節運動に左右 差がある対象において, 対側下肢の影響により膝外反角度が過小または過大に評価されてしまう可能性がある.FPPA および下腿側方傾斜角を用いた計測においては, 両下肢の膝外反角度を片脚ごとに評価することが可能である. 本研究では,3D 膝外反モーメントと各二次元的指標との関係は, どの指標においても有意な相関関係を認めなかった.3D 膝外反モーメントは膝外反角度以外の多くの要素が複合することにより決定されるため, デジタルビデオカメラを用いた前額面像による二次元的指標のみからの検出が困難であるかもしれない. 二次元的指標と 3D 膝外反角度との関係の検討に関する報告は多数見られる 10)11) が, 二次元的指標と 3D 膝外反モーメントとの関係を検討し 7) た報告は少数であることも, 二次元的指標を用いた 3D 膝外反モーメントの検討の困難さを示唆している. 今後, より簡便で汎用性の高い ACL 損傷リスクのスクリーニングツールの検討において, デジタルビデオカメラを用いた前額面像による二次元的指標に加えて, 他の指標を用いて複合的に検討していく必要があると考える. 二次元的指標による DVJ 時の膝外反角度の評価は純粋な膝関節の外反運動を現しているのではなく, 下肢の複合的な運動の影響が関与していると考えられる. 永野らは二次元的指標における 3D 膝外反角度の評価は下肢関節の水平面運動の影響を受ける可能性がある事を示唆しており 6), 今後は下肢関節水平面運動を考慮した二次元的指標の検討も必要になると考えられる.
謝辞 本稿を終えるにあたり, ご指導いただきました諸先生方, 本学保健科学院大学院生方, ならびに被験者を快諾していただきました本学学生の皆様に深く感謝いたします. 引用文献 1) Jomha NM,et al. : Long-term osteoarthritic changes in anterior cruciate ligament reconstructed knees. Clin. Orthop. 358 : 188-193, 1999. 2) Novak PJ,et al. : Cost containment : a charge comparison of anterior cruciate ligament reconstruction. Arthroscopy. 12(2) : 160-164, 1996. 3) Boden BP, et al. : Mechanisms of anterior cruciate ligament injury. Orthopedics. 23 : 573-578, 2000. 4) Agel J et al. : Anterior cruciate ligament injury in National Collegiate Athletic Assosiation basketball and soccer: a 13-year review. Am. J. Sports. Med. 33 : 524-530, 2005. 5) Hewett TE, et al. : Biomechanical measures of neuromuscular control and valgus loading of the knee predict anterior cruciate ligament injury risk in female athletes: a prospective study. Am. J. Sports. Med. 33 : 492 501, 2005. 6) Nagano Y, et al. : Statistical modelling of knee valgus during a continuous jump test. Sports. Biomech. 7 : 342-350, 2008. 7) Mizner RL et al. : Comparison of Two dimensional Measurement Techniques for Predicting Knee Angle and Moment during a Drop Vertical Jump. Clin. J. Sport. Med. 22(3) : 221-227, 2012. 8) Brophy R et al. : Gender influences: the role of leg dominance in ACL injury among soccer players. British. Journal. Of. Sports. medicine. 44(10) : 694-697, 2010. 9) Ford KR, et al. : Valgus knee motion during landing in high school female and male basketball players. Med. Sci. Sports. Exer. 35 : 1745-1750, 2003. 10) Mclean SG, et al. :Evaluation of a two dimensional analysis method as a screening and evaluation tool for anterior cruciate ligament injury. British journal of sports medicine. 39(6) : 355-362, 2005. 11) Stensrud S, et al. : Correlation between two-dimensional video analysis and subjective assessment in evaluating knee control among elite female team handball players. British journal of sports medicine. 45(7) : 589-595, 2011. ( 指導教員 : 山中正紀 )