発達障害のアセスメントは機関によって多種多様で, 評価者の主観的判断によるものである. 診断は, 経験豊富な精神科医の判断に委ねられ確認項目も多岐にわたる. 誰でもが同じ定量的な判断が得られるような補助的検査法が必要とされている. 図 1 発達障害との関係図 図 2 各市における発達障害診断率 3

Similar documents
表紙.indd

DSM A A A 1 1 A A p A A A A A 15 64

™…{,

, PDD ASD p.,.,..,..,.,..,.,..,.,.,.,, 146

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

(a) (b) 2 2 (Bosch, IR Illuminator 850 nm, UFLED30-8BD) ( 7[m] 6[m]) 3 (PointGrey Research Inc.Grasshopper2 M/C) Hz (a) (b

IPSJ SIG Technical Report Vol.2014-HCI-160 No.8 Vol.2014-UBI-44 No /10/14 1,a) 1,b) 1,c) 1,d) 1. [1] HMD 1 Kyoto Institute of Technology a) kyok

<4D F736F F D204E AB38ED2976C90E096BE A8C9F8DB88A B7982D1928D88D38E968D >

(fnirs: Functional Near-Infrared Spectroscopy) [3] fnirs (oxyhb) Bulling [4] Kunze [5] [6] 2. 2 [7] [8] fnirs 3. 1 fnirs fnirs fnirs 1

IPSJ SIG Technical Report Vol.2015-CVIM-196 No /3/6 1,a) 1,b) 1,c) U,,,, The Camera Position Alignment on a Gimbal Head for Fixed Viewpoint Swi

Microsoft Word - cjs63B9_ docx

3 2 2 (1) (2) (3) (4) 4 4 AdaBoost 2. [11] Onishi&Yoda [8] Iwashita&Stoica [5] 4 [3] 3. 3 (1) (2) (3)

....._...i2006.N.x.j.ren

本文/宮川充司先生

1(a) (b),(c) - [5], [6] Itti [12] [13] gaze eyeball head 2: [time] [7] Stahl [8], [9] Fang [1], [11] 3 -

Kumamoto University Center for Multimedia and Information Technologies Lab. 熊本大学アプリケーション実験 ~ 実環境における無線 LAN 受信電波強度を用いた位置推定手法の検討 ~ InKIAI 宮崎県美郷

早期教育の効果に関する調査(II)-親子の意識と学習状況の分析を中心に-

:... a

Gaze Head Eye (a) deg (b) 45 deg (c) 9 deg 1: - 1(b) - [5], [6] [7] Stahl [8], [9] Fang [1], [11] Itti [12] Itti [13] [7] Fang [1],


総合職_入省案内_P3-4_プロローグ_160329

要望番号 ;Ⅱ-183 未承認薬 適応外薬の要望 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 要望者学会 ( 該当する ( 学会名 ; 日本感染症学会 ) ものにチェックする ) 患者団体 ( 患者団体名 ; ) 個人 ( 氏名 ; ) 優先順位 1 位 ( 全 8 要望中 ) 要望する医薬品

シトリン欠損症説明簡単患者用

Fig. 2 Signal plane divided into cell of DWT Fig. 1 Schematic diagram for the monitoring system

, , & 18

2 251 Barrera, 1986; Barrera, e.g., Gottlieb, 1985 Wethington & Kessler 1986 r Cohen & Wills,

214 Journal of Autism and Developmental Disorders Mother Infant Unit MIU

”Лï‡Æ™²“¸_‚æ4“ƒ__‘dflÅPDF‘‚‡«‘o‡µ.pdf

pp [ 研究報告 ] 発達障害が疑われる学生の現状と課題 要 約 6 キーワード : Ⅰ はじめに 1, インクルーシブ教育と傾向

名称未設定-3


ren

ROSE リポジトリいばらき ( 茨城大学学術情報リポジトリ ) Title 対人不安傾向が会話時の注視パターンに及ぼす影響 Author(s) 竹蓋, 春奈 ; 平山, 太市 ; 勝二, 博亮 Citation 茨城大学教育学部紀要. 教育科学, 64: Issue Date 20

HMD VR VR HMD VR HMD VR Eye-Gaze Interface on HMD for Virtual Reality Hiromu MIYASHITA Masaki HAYASHI Kenichi OKADA Faculty of Science and Technology,

Exploring the Art of Vocabulary Learning Strategies: A Closer Look at Japanese EFL University Students A Dissertation Submitted t

0 21 カラー反射率 slope aspect 図 2.9: 復元結果例 2.4 画像生成技術としての計算フォトグラフィ 3 次元情報を復元することにより, 画像生成 ( レンダリング ) に応用することが可能である. 近年, コンピュータにより, カメラで直接得られない画像を生成する技術分野が生

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

免疫学的検査 >> 5E. 感染症 ( 非ウイルス ) 関連検査 >> 5E301. 検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 イ ヘパリンナトリウム ( 緑 ) 血液 5 ml 全血 検体ラベル ( 単項目オー

201609発達・教育臨床論コース

2016 年 12 月 7 日放送 HTLV-1 母子感染予防に関する最近の話題 富山大学産科婦人科教授齋藤滋はじめにヒト T リンパ向性ウイルスⅠ 型 (Human T-lymphotropic virus type 1) いわゆる HTLV-1 は T リンパ球に感染するレトロウイルスで 感染者

精神医学研究 教育と精神医療を繋ぐ 双方向の対話 10:00 11:00 特別講演 3 司会 尾崎 紀夫 JSL3 名古屋大学大学院医学系研究科精神医学 親と子どもの心療学分野 AMED のミッション 情報共有と分散統合 末松 誠 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 11:10 12:10 特別講

, , & 18

青焼 1章[15-52].indd

Holcombe Sidman & Tailby ABC A B B C B AA C

workshop.indd

表3_学会報告記録.indd


ダンゴムシの 交替性転向反応に 関する研究 3A15 今野直輝

21 e-learning Development of Real-time Learner Detection System for e-learning

Microsoft Word - tohokuuniv-press _02.docx

PowerPoint プレゼンテーション


Microsoft PowerPoint - R-stat-intro_04.ppt [互換モード]

1. 多変量解析の基本的な概念 1. 多変量解析の基本的な概念 1.1 多変量解析の目的 人間のデータは多変量データが多いので多変量解析が有用 特性概括評価特性概括評価 症 例 主 治 医 の 主 観 症 例 主 治 医 の 主 観 単変量解析 客観的規準のある要約多変量解析 要約値 客観的規準のな

その人工知能は本当に信頼できるのか? 人工知能の性能を正確に評価する方法を開発 概要人工知能 (AI) によるビッグデータ解析は 医療現場や市場分析など社会のさまざまな分野での活用が進み 今後さらなる普及が予想されています また 創薬研究などで分子モデルの有効性を予測する場合にも AI は主要な検証

教職教育センター紀要 9号☆/表紙(9)

15K01849 研究成果報告書

インターリーブADCでのタイミングスキュー影響のデジタル補正技術

画像類似度測定の初歩的な手法の検証

Yogo

2. CABAC CABAC CABAC 1 1 CABAC Figure 1 Overview of CABAC 2 DCT 2 0/ /1 CABAC [3] 3. 2 値化部 コンテキスト計算部 2 値算術符号化部 CABAC CABAC

Coding theorems for correlated sources with cooperative information

胎児計測と胎児発育曲線について : 妊娠中の超音波検査には大きく分けて 5 種類の検査があります 1. 妊娠初期の超音波検査 : 妊娠初期に ( 異所性妊娠や流産ではない ) 正常な妊娠であることを診断し 分娩予定日を決定するための検査です 2. 胎児計測 : 妊娠中期から後期に胎児の発育が正常であ

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

資料1-1 HTLV-1母子感染対策事業における妊婦健康診査とフォローアップ等の状況について

SICE東北支部研究集会資料(2017年)

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

診療のガイドライン産科編2014(A4)/fujgs2014‐114(大扉)

258 5) GPS 1 GPS 6) GPS DP 7) 8) 10) GPS GPS ) GPS Global Positioning System

連続講座 断層映像法の基礎第 34 回 : 篠原 広行 他 放射状に 線を照射し 対面に検出器の列を置いておき 一度に 1 つの角度データを取得する 後は全体を 1 回転しながら次々と角度データを取得することで計測を終了する この計測で得られる投影はとなる ここで l はファンビームのファンに沿った

★索引.indb

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

Microsoft Word - lec_student-chp3_1-representative

研究成果報告書(基金分)

Microsoft PowerPoint - 参考資料

Taro13-ADHDガイドブック最終

娠中の母親に卵や牛乳などを食べないようにする群と制限しない群とで前向きに比較するランダム化比較試験が行われました その結果 食物制限をした群としなかった群では生まれてきた児の食物アレルゲン感作もアトピー性皮膚炎の発症率にも差はないという結果でした 授乳中の母親に食物制限をした場合も同様で 制限しなか

コンピュータグラフィックス第6回

Editor-in-chief Vice-Editors-in-chief Standing Editors Editorial Board Koichi MIYOSHI Keiko NISHINO Shunichi FURUKAWA Hiromitsu MUTA Kiyoshi YAMAYA Ed

始前に出生したお子さんについては できるだけ早く 1 回目の接種を開始できるように 指導をお願いします スムーズに定期接種を進めるために定期接種といっても 予防接種をスムーズに進めるためには 保護者の理解が不可欠です しかし B 型肝炎ワクチンの接種効果は一生を左右する重要なものですが 逆にすぐに効

様々なミクロ計量モデル†

研究計画書


Core Ethics Vol. -

040402.ユニットテスト

PREFACE This report contains data on degrees awarded at Jackson State University by academic discipline, educational level and gender for the years. A

平成24年5月17日

Microsoft Word - Malleable Attentional Resources Theory.doc

系統看護学講座 クイックリファレンス 2012年 母性看護学


172

hyoushi


がん患者の終末期ケアにおける通所リハビリテーションの役割 介護保険によるがん終末期ケアの可能性

IPSJ SIG Technical Report Vol.2014-CE-126 No /10/11 1,a) Kinect Support System for Romaji Learning through Exercise Abstract: Educatio

Microsoft Word - 卒業論文.doc

Microsoft Word - 第14回定例会_平田様_final .doc

5temp+.indd

PowerPoint プレゼンテーション

Transcription:

定型発達群と自閉症群を明敏に判定する客観的アセスメントツールの開発 研究代表者鳥居一平愛知工業大学情報科学部教授 1 はじめに 近年, コミュニケーションと社会性の発達障害である自閉症は嘗ての 10 倍の頻度で発生している. また, 全国の公立小中学校で発達障害により通級指導を受けている児童 生徒が 9 万人を越え,1993 年から 20 年間に 7.4 倍に増加している. 本研究では, 近年急激に増加している自閉症スペクトラムを有する子供の診断のための客観性指標の開発を目的とした. 既に私が開発した残像を用いた瞬き判定の技術 ( 特許第 5871290 号 ) を基に, 眼部のピクセル重心を用いた視線動向の画素数変化量 ( 数値 ) を求め, パスートによる被写体追従の場合, 自閉症の被験者は視線が追えず外れてしまう. その外れた画素数量を測定し, 自閉症群と正常な定型型発達群との差異を明らかにし, 客観的指標を確立した. さらに, 分布を密度関数, および ROC 曲線により 2 次元座標でデータを分析すると, 自閉症と非自閉症の境界線上にある被験者の差異も明らかになった. 特別な機器を使用しなくとも,PC のフロントカメラを用いて, 残像による眼球運動を捕らえるこの検査技法が, はっきりと容易に検出できることが明らかになった. これは, 自閉症の診断する児童精神科医師の補助的なアセスメントの指標となることができる. また, 自閉症者の教育現場における学習効果や治療効果を評価することもできる. 2 研究の概要 自閉症スペクトラム障害は発達障害の 1 つであり, 診断基準の変化の影響もあり, 急速に増加している. 自閉症スペクトルと学習障害などの他の発達障害とを区別することも困難である. アメリカ疾病予防管理センター (CDC) は,2010 年時点で, アメリカに住む子供の 68 人に 1 人が自閉症スペクトラム障害 (ASD) と診断された.CDC が 2012 年に発表した 2008 年時点の数値と比べて約 30% も高い. このときの調査では,88 人に 1 人の子供が ASD だとされた. 自閉症や ASD の急増した原因は, 自閉症に関する意識が確実に高まっており. 家族が早い段階で診断を行うことも発見の可能性を高めている. 自閉症発症の原因は明確に発表されておらず, 効果的な治癒または予防措置は確立されていない [1][2][3][4]. 日本では, 少年の約 10%, 小学校の女子の約 5 5% が発達障害を有するとされている. 2003 年に発達障害者支援法が制定され,2006 年に障害児への特別支援教育が開始された [5][6]. また行政も積極的に調査研究活動を行っている. このような背景から, 簡易で安価で数値として判定し, 誰もが診断を行うことができる障害を客観的かつ定量的に判断するための診断ツールが求められている. その発症の根本的なメカニズムはいまだに明確にされてないが,1993 年厚生労働省が Unicef と WHO の母乳哺育推進運動を後援した以降発達障害の診断数が増え始め, さらに 2007 年, 厚生労働省が完全母乳とカンガルーケアを推奨すると, 発達障害が急増し, これらが大きな要因であるとの報告がある [7][8][9]( 図 1). 完全母乳に拘ることで, 栄養不足による重症黄疸 ( 高ビリルビン血症 ), 低血糖症, 脱水 ( 高ナトリウム血症性脱水 ) と, カンガルーケア ( 早期母子接触 ) による, 急激な体温の低下による低体温症が早期新生児の脳に障害を残す危険性が指摘されている. 多数の小児神経患者の診療の中で, 新生児の低体温や低血糖に対する予防対策を行っている医療機関では, 障害児の発生件数が少ないと報告されている. 経産婦であっても出産直後の母乳はでない. 母乳育児のためのユニセフと WHO の共同声明には, 母親が分娩後,30 分以内に母乳を飲ませられるように援助すること. 医学的な必要がないのに母乳以外のもの, 水分, 糖水, 人工乳を与えないこと. 母子同室にする. 赤ちゃんと母親が一日中 24 時間, 一緒にいられるようにすること. これらの方針を全ての医療に関わっている人に, 常に知らせること時に, 遺伝等が原因であれば, 地域での発症率に差が出ることはないが 京都市, 横浜市, 名古屋市, 北九州市, 広島市 における発達障害の診断率が著しく高い ( 図 2). 2007 年 4 月, 学校教育法の改正で通級制の弾力化が行われ,2016 年 4 月障害者差別解消法が施行され, 法体制や行政の枠組みも整備され, 障害児者の早期発見や適切な対応のために正確に判別できる手法が求められてきた. 1

発達障害のアセスメントは機関によって多種多様で, 評価者の主観的判断によるものである. 診断は, 経験豊富な精神科医の判断に委ねられ確認項目も多岐にわたる. 誰でもが同じ定量的な判断が得られるような補助的検査法が必要とされている. 図 1 発達障害との関係図 図 2 各市における発達障害診断率 3 研究のプロセス これまでの研究では, 残像を用いた瞬き判定手法を開発した. これを用いて, ピクセル重心の画素数変化量を用いた, 視線方向異常の測定を行う. 視線方向異常を測定するプログラムのプロセスは次の通りである. (1) 撮影したフレームの画像から, 被験者の眼部を抽出する (OpenCV Haar-like 検出器を用いる ) (2) 切り抜いた眼部から, 残像と呼ばれる瞬き 視線方向検出の比較画像を作成する (3) 切り抜いた眼部から, 座標を生成する. (4) 残像と, 黒目の位置からピクセル重心を生成する. (5)10 秒間の動画を視聴させ, 視聴している間のピクセル重心の座標変化を記録する. (6) カメラから 30-40fps の制度で画像を処理し, ピクセル重心の平均変化量を数値変換する. このプロセスで得られた数値をグラフに表し, 定型発達群と自閉症群を, 確率密度関数を用いて比較する. さらに, 比較したデータにより識別境界を求め, さらに ROC 曲線を使いこの判定手法の信頼性を示す. この方法により, 定型発達群と自閉症者を, 明確に早期判断できる客観指標を開発した. 4 システムの概要 画素数変化量の面積の違いは, 連続するフレームの残像と現フレームとの差分を測定することにより生じる. この方法により, 眼球運動の変化を数値で検出することができた. 健常者と自閉症者の眼球運動の差異を比較し, 分析する. 図 3 は, 目の開閉を判断するための状態を示す図である. なお, すべての処理はリアルタイムで行われる. 残像手法は, 眼部の黒色ピクセルの位置を記憶し, ある一定時間黒色ピクセルが動かなかった点を基準に使用する新たな手法である. これを用いれば, 素早い瞬き, 弱い瞬きにも柔和に対応できる. 残像は, 前述した通り眼部の黒色ピクセルの位置を記録する. すべてのピクセルは,Burn-in value と呼ばれる変数の箱を持っている. 黒と判定された箇所には Burn-in value に 5 を加算し,1 を減算する. また, 黒でないと判定されたピクセルには 1 を減算する.( 値はすべて 0 以上の整数である.)Burn-in value が 50 を超えたピクセルは, 残像としてまばたき判定に使用する. 図 4 に, 残像手法の概図を示す. 2

図 3 眼部の開閉状態 図 4 残像手法の概図 視線方向検出には, 黒目の円検出や楕円検出を用いたものがある. だが, 健常者においても, 大きく眼を見開かないと黒目の検出は行えない. 眼が半開きの状態のことが多い肢体不自由者にはこれらの手法は適さない ( 図 7). 図 5 通常時の黒目の状態 そこで, 前述した残像を用いた瞬き検出を利用して, 使用者の視線方向を検出する新たな機能を開発した. まず, 残像の黒目のピクセルを取得し, 視線方向検出の基準を作成する. この重心が, 現在のフレームで左右どちらに動いたかを残像と比較し, 視線方向の検出に利用する. ここで, ピクセル重心の定義から視線方向検出までの一連の流れについて解説する. 重心を定義するには, まず, 取得した眼部領域を二値化する. 一般的に重心は, 周囲の 1 次モーメントが 0 である, つまり重みが釣り合う点のことを指すため, これにより重心を求める ( 図 10). 図 6 眼部ピクセル重心の定義 ピクセル重心は瞳の中心を正確に捉えることは難しい. しかし, 円検出や楕円検出と比較して処理速度が非常に早い. また, 視線を側方に向けて, 黒目の形が崩れてしまった場合にも, 正確に重心を捉えることができる.( 図 11) 3

図 7 側方視におけるピクセル重心 ピクセル重心を定義した後に, 黒目の移動検出を行う. 任意のフレーム fx 時点での重心 ( 残像の重心 図 12 上 ) と,fx+n 時点の重心 ( 現在のフレームの重心 図 12 下 ) を比較し, 一定以上の差があった場合に, 黒目が移動したと判定される. 図 8 視線移動検出 視線移動検出を用いて眼球振動を検出し 1 分間の平均変化量を求めることで 定型発達群と自閉症群を判断する ( 図 9). 図 9 視線移動の平均変化量の検出 4

5 ピクセル数の変動異常を用いた自閉症児判定への臨床応用 大阪大学の研究チームでは, サッケードの眼球運動を Tobii を使って測定することによって,ADHD の子供の眼球異常を調べる研究を行っている [10][11][12][13]. その診断は, 対象物を注視する時間の比較 [14][15][16] に基づいて行われているが, 結果には結びついていない. 臨床実験では自閉症の児童にサッケードとパスートを組み合わせた円の動画を視聴させた. 自閉症の評価指標として使用するために, 確率密度関数で PC の正面カメラから判断した目のデータを比較分析する方法を構築した. 分析対象は, 小学生 37 名, 小学生 15 名, 中学生 10 名, 高等学校 6 名, 高校普通 5 名である. 眼球運動のフレーム間の変化量平均を定型発達群の眼球運動データと比較し, 分析した. この分析方法の信頼性は,ROC 曲線と箱ひげ図を用いて測定した. 被験者の目が残像の軌道からはみ出した量を測定し, 左右の眼の変化量の平均を示す. 図 10 は, 各群の眼球運動の分散の度合いを示す散布図である. 散布図の点は, 定型発達群では中心線に集中しているが, 自閉症群の場合は分散している. 図 10 眼球運動の分散度 定型発達群の被験者は, 目でターゲットを追従することができるが, 自閉症群の場合はターゲットを追従できていないことを示している. 自閉症群の検出データは, 定型発達群の児童 成人のデータと比較しても独立性を保っていることが分かる. 定型発達群のデータと, この実験によって得られたデータを確率密度関数で比較することで, 識別境界を決定する. 図 11 は, 確率密度関数による定型発達群と自閉症群, 指示に従うことのできない群の関係を示している. 赤い線は指示に従うことのできないグループ, 青い線は定型発達群, 緑色の線は自閉症群である. この図においても, 各群が独立性を保っていることが分かる. 図 11 確率密度関数を用いた識別境界の設定 この結果から, 指示に従わない群と定型発達群との間の識別境界は 240 となった. 自閉症群と定型発達群との境界は 460 である. 5

図 12 は箱ひげ図に 3 つのグループの平均変化量を適用したチャートである. 自発性グループでは, 下位四分位点が 300 以内であり, 上位四分位数が 400 以内である場合, 下四分位は 550 であり, 上四分位は 1100 であり, データは広く分散する. 一方, 指示に従えない群の下位四分位数は 170 であり, 上位四分位数は 192 である. 分散は共に非常に小さい. このグラフのデータも特有のものであることがわかる. 図 12 箱ひげ図を用いたデータの独立性の確認 この研究の検出技術は, 自閉症児を正常な発達障害児から分離するのに有効である ( 図 12). これらの結果に基づいて,PEM(Pursuit Eye Movement) における被験者の眼球運動を正確に測定する新しいシステムが開発された. 一定間隔で注視点が表示される映像 ( ギャップなし映像 ) を見せて なるべく早く注視点を見るように指示する 次に 一定間隔で注視点が表示され 注視点が消失し 再び表示される映像 ( ギャップあり映像 ) を見せる 定型発達群は 再び注視点が表示される際に 眼部のサッケード運動が通常より速くなるが 自閉症群は速くならなかった さらに 反応時間 ( 反応潜時 ) を年齢別に比較してみると ギャップのありなしのいずれにおいても 反応の遅延がみられた 自閉症スペクトラムの児童では, 脳内の眼球運動制御機構のうちで随意性に注視活動を保持したり, パスート運動を起こしたりする経路または機能に何らかの異常があることが示唆された. 同時に脳血流との関連を調べ, 健常児は常に一定の血流の増加が確認できるが, 自閉症スペクトラム障害児の場合, 複雑で速い動きにはついて行けず, 視線がはずれ興味を失ったことで急激に脳血流が低下していることがわかる ( 図 13). これまでに自閉症スペクトラムにおいてギャップ効果の異常を明らかに示した研究は無く 臨床応用への期待とともに脳内の神経基盤における病態解明にも役立つものと思われる また多くの発達障害では その治療法が未だ確立しておらず 適切なケアもなされないままである. 外見的にはなかなか判断されにくい疾病に対して 周囲の理解を促す意味においても こういった生体計測による客観的かつ定量的な診断 評価手法の開発が社会に与える影響は大きく 今後さらに重要性が高まるものと思われる 今後対象年齢をさらに広げ 成人や乳幼児にも適用できる診断ツールへの応用や 薬物 行動療法の有効性判定に利用可能な生体指標の確立に繋げることが期待される 図 13 定型発達群と自閉症群における脳血流と眼球運動の関連性 6

表 1 は陽性 陰性を判定する確率を示した真偽値表である. 定型発達群を判定できる確率は 99% であり, 偽陽性率 ( 定型発達群であるが, 自閉症群と判定される確率 ) は 1% である. また, 自閉症群を判定できる正確に確率は 96% であり, 偽陰性率 ( 自閉症群であるが, 定型発達群と判定される確率 ) は 4% に満たない. 表 1 判定の真偽値表 次に,ROC 曲線 [17] [18] を用いて結果の信頼性を測定する. 正常な開発者と自閉症者を区別できる信頼性は 98.77% です ( 図 14). ROC では,2 つの密度関数のヒープがほとんどない場合は左上に移動し, 決定表層線のパフォーマンスが高いことを示します. その結界,ROC 曲線によって囲まれた AUC( 曲線の下の面積 ) は 0.9877 であった.AUC は, その値が 1 に近ければ近いほど, 信頼性が高い. この機器が誤った判定をするのはわずか 2% 未満である. 本研究の自閉症群判定方法は, 非常に有用であると考えられる. 図 14 ROC 曲線を用いた信頼度測定 6 おわりに 本研究では, 眼部のピクセル重心を用いた視線動向の画素数変化量基に, 自閉症スペクトラムの医師による主観的診断に補助的役割とした客観指標を確立することを目的とした.PC のフロントカメラを使用して, 高精度な画像処理手法を開発し, 自閉症群と正常な定型発達群を判断する客観的指標を確立した. この測定手法は, 被験者を制限する必要がなく,15 秒間のデータ取得で行われる. この測定は, 行動観察を行わずに ASD の可能性を示す点でもユニークで, 児童の障害を発見し, 適切な対応 教育のためにとても有用である. 今後, さらに精度を向上し, 誰でも手軽に, 数値として判定できるアセスメントツールとして広く活用されることを願う. 7

参考文献 1. Kitazawa, S. Where tactile stimuli are ordered in time. "Probabilistic mechanisms of learn-ing and development in sensorimotor systems" ESF-EMBO symposia on Three-Dimensional Sensory and Motor Space", San Feliu de Guixols, Spain (2005, October). 2. Kitazawa, S.: Reversal of subjective temporal order due to sensory and motor integrations. Attention and Performance XXII. Sensorimotor foundations of higher cognition., 2006.7.2-8, Chateau de Pizay, France. 3. Kitazawa, S.: Reversal of subjective temporal order due to eye and hand movements. ESF-EMBO symposia on Three-Dimensional Sensory and Motor Space", 2007.10.10, SantFeliu de Guixols, Spain. 4. Kitazawa S. & Nishida S. Adaptive anomalies in conscious time perception. Tutorial workshop in the 12th Annual Meeting of the Association for the Scientific Study of Con-sciousness. Taipei, Taiwan. 2008. 5. Ministry of Health, Labour and Welfare: Guidelines about person of development child with a disability support and the assessment, 2013.3. 6. Guidelines about person of development child with a disability support and the assessment, 2012. 7. N. Takahashi, Symptomatic Hypoglycemia in a Breastfed Neonate The Journal of the Japan Pediatric Society 110(6), 789-793, 2006. 8. S. Watabe, Kangaroo mother care and Skin-to-Skin Journal of Japan Society of Perinatal and Neonatal Medicine, 47(4), 731-735, 2011. 9. S. Kubota, The delivery room in japan is too cold The journal of the Japanese Society for Breastfeeding Research, vol.3, pp.70-74, 2009. 10. T. Nakano, K. Tanaka, Y. Endo, Y. Yamane, T. Yamamoto, Y. Nakano, et al. Atypical gaze patterns in children and adults with autism spectrum disorders dissociated from de-velopmental changes in gaze behaviour. Proc R Soc B. 2010 May 19; 277(1696):2935-43. 11. S. Kitazawa. Eye Tracking Research. http://www.tobii.com/global/analysis/marketing/japanesemarketingmaterial/customercases_j P/Tobii_CustomerCase_Clinical_application_and_eye_tracking_gaze_tracking_in_autism.pdf 12. T. Nakano, H. Ota, N. Kato, S. Kitazawa, Deficit in visual temporal integration in autism spectrum disorders. Proc R Soc B. 2010 Apr 7;277(1684):1027-30. 13. S. Kitazawa : Towards the understanding and treatment of autism. In : Ota order, Hitoshi Aonuma, editor. Series Mobiligence Volume 4 social adjustment - expression mechanism and dysfunction-, Ohmsha, Ltd., 2010. p. 213-54. 14. Y. Kimura, H. Kobayashi : Clinical Study on movement education application of autistic children - approach to enhance the Motor Imitation -. The 25th Japan Special Education Society Papers, 446-447. 15. R. Iwanaga, C. Kawasaki : For sensorimotor disorder of high- functioning autism children, Children of the spirit and nerve 36(4), 27-332. 16. S.Fukuda, M.Okamoto, K.Kato, E.Murata, T.Yamamoto, I.Mohri, M.Taniike. A percep-tion of the others' gaze for children with Pervasive Developmental Disorders.Human De-velopmental Research 2011.Vol.25,135-148 17. H. Kawashima, N. Hayashi, N.Ohno, Y. Matsuura, S.Sanada : Comparative Study of Pa-tient Identifications for Conventional and Portable Chest Radiographs Utilizing ROC Analysis, Japanese Society of Radiological Technology, 71(8), 663-669, 2015. 18. E. Kitashoji, N. Koizumi, L. Talitha Lea V., D. Usuda, T. Edith S., G. Winston S., M. Kojiro, P. Christopher M., D. Efren M., V. Jose B., M. Ohnishi, M. Suzuki, K. Ariyoshi : Diagnostic Accuracy of Recombinant Immunoglobulin-like Protein A-Based IgM ELISA for the Early Diagnosis of Leptospirosis in the Philippines, Public Library of Science, PLOS Neglected Tropical Diseases 9(6), e0003879, 2015-06-25. 8

発表資料 題名掲載誌 学会名等発表年月 Measurement of Pixel Number Variation Abnormality in Pursuit Eye Movement of Children with Autism Development of Objective Index to Determikne Autism by Eyeball Movements Development of Assessment Tool for Children with Autism Measurement of Ocular Movement Abnormality in Pursuit Eye Movement (PEM) of Autism Spectrum Children with Disability Development of Assessment Tool Judging Autism by Ocular Movement Measurement Journal of Neurology and Experimental Neuroscience (JNEN) IAP Journal of Computer ICMLSC 2017 ACIS CSII 2016 HCI International 2016 2017 年 5 月 2017 年 1 月 2017 年 1 月 2016 年 12 月 2016 年 6 月 9