子ども虐待の発見と支援 Ⅰ. 子ども虐待の気づき 増沢高 ( 子どもの虹情報研修センター ) 1. 見えやすい問題と見えにくい問題 1 日常を共にする中で見えやすい問題 2 職員の目の届かない場での問題で 見えにくい 3 その子の内的な問題で 見えにくく 理解が難しい 1 暴力 パニック学力の遅れ学校不適応基本的生活習慣の遅れ 歪み 2 万引きなどの非行いじめ被虐待体験性的被害支配 - 被支配 3 過去の被虐待体験内的葛藤過去や周囲をどのように捉えているか家族像 自己像 気づける力: それぞれの問題や課題について 過去の事例 研究報告 理論等から理解を深めること 関心を持って学んでいる援助者が気付きやすい 子どもも訴えやすい 但し 過敏になりすぎないこと 2. 事実を把握するということ 事実確認は必要問題から逃げない 避けない ごまかさない特に行政的対応 法的対応とのリンクが必要となった時には極めて重要事実確認とその子の全体像を理解し 向き合うこととは別 一方で事実確認は非常に困難秘密裏であること 1
客観的現実と主観的現実記憶のゆがみ誘導性 留意点と検討点周囲の職員が確認のために担当にプレッシャーをかけない腕づくの聞き取りや誘導性に注意を払うこと直接養育や教育に当たる担当とは別のものが事実確認を行うことの有効性 事実確認のための手法として( 性的被害者に対して ) アメリカの司法面接 (Forensic Interview) 開発の背景にあるマクマーティンプレスクール事件立件率は 10% に満たない Ⅱ 児童虐待対応の 3 つのレベル 1 発生予防 ( 第 1レベル ) (1) 子育て支援の強化 育児不安 孤立化の防止 養育者へのサポート: 社会全体の課題 ( パートナー 地域 行政 企業等 ) (2) ハイリスクの家庭や親への支援 早期発見と支援 リスクアセスメントの充実 地域や行政のサポートの充実 (4) 子育て 教育 乳児に関わる体験と情動を育む教育 2 早期介入 保護 ( 第 2レベル ) (1) 発見の場 : 地域住民 医療機関 保健機関 保育園 幼稚園 学校など 児童福祉法第 25 条に定められた要保護児童の通告の義務 虐待防止法第 6 条 (19 年改正 ): 児童虐待を受けた児童を発見した者は 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は (2) 調査 介入 : 市町村 児相 市町村の虐待相談対応件数:4 万 5901 件 ( 平成 18 年度 ) 児相の虐待相談対応件数:4 万 639 件 ( 平成 19 年度 ) 立ち入り調査件数:238 件 ( 平成 18 年度 ) (3) 保護 : 児相 警察 家庭裁判所など 一時保護件数:10,221 件 死亡事例:H18 年は 100 例 (126 人 ) 3 割が 0 歳児 3 被虐待児とその親への援助 ( 第 3 レベル ) 2
- 在宅による援助 ( 約 9 割 ) と親子分離による援助 ( 約 1 割 )- (1) 在宅による援助 子どもを守る地域ネットワーク の強化( 要保護児童対策地域協議会の機能充実 ) 援助機関として児相 市町村ども家庭支援課 保健センター 医療機関 学校 保育園 各種相談機関等母子生活支援施設 ( 児童福祉施設 ) (2) 親子分離による援助 援助の場として児童福祉施設 : 乳児院 児童養護施設 児童自立支援施設 情緒障害児短期治療施設児童養護施設の入所率 :91.7%(18 年 10 月現在 ) 児童養護施設への新規入所児童のうち 被虐待体験のある児童 :62.1%(16 年度 ) 里親医療機関 家庭裁判所の審判による分離児童福祉法 28 条事件の申し立て件数 :185 件 ( 平成 18 年度 ) Ⅲ. 被虐待児の抱えた問題 明確な所見は 児童虐待は攻撃性と不安から抑うつまでの多様な心理的問題と関連がある (Robert Lisa,2002) 心理的虐待を受けた子どもたちに認められた問題のリストを作ると それはまるで児童精神医学の教科書の目次のようである (Glaser,2002 小野,2007) 1. 精神疾患との関係 反応性愛着障害( 抑制型 脱抑制型 ) 注意欠陥多動性障害(ADHD) 外傷後ストレス障害(PTSD) 解離性障害( 解離性とん走 解離性健忘 解離性同一性障害 離人症性障害 ) 素行障害( 盗み 嘘 反社会的行動 ) 反抗挑戦性障害 気分障害( うつ ) 摂食障害( 拒食症 過食症 ) 不安障害( 全般性不安障害 社会不安障害 パニック障害 強迫性障害 ) 物質関連障害( アルコール依存 薬物依存 ) パーソナリティ障害 2. 領域別の諸問題ア ) 対人関係関係性の構築困難 両極に動く関係性 深まらなさ 頼れなさ 不信と恐怖イ ) 衝動コントロール待てない 粗暴性 易刺激性ウ ) 社会的スキル基本的生活習慣が身についていない 常識的感覚の通じなさ 皆と同じようにできない 3
エ ) 自己像認証されない存在 自己肯定感のなさ 劣等感オ ) 感情未分化 麻痺 不快感が優勢 不適切な感情表現カ ) 逸脱行動盗み 徘徊 性化行動 いじめ 性的加害キ ) 知的能力ボーダーライン 下位項目のばらつき 学力の低さ Ⅳ. 被虐待体験がもたらすもの 1 初期の心的発達課題獲得の阻害 (1) 基盤となる発達課題が未確立基盤となる発達課題 ( 発達は山を積み上げていくがごとくの過程 ) 1: 安心感 信頼感の獲得 (0-1,2 歳 ) 守ってくれる存在の確信 : 愛着形成 (Bowlby 1982) 世界への安心と信頼 : 基本的信頼感 (Erikson 1964) 分離固体化過程 ( 分化期 練習期 再接近期 )(Mahler,1975) 2: しつけとセルフコントロール (1,2 歳 3,4 歳 ) 衝動の制御 両価性への耐性 : 自律性 (Erikson 1964) (2) 心的基盤の脆弱性のあらわれとして不信感 恐怖感 自己否定感 被害感 衝動コントロールの悪さ 激しい依存欲求と攻撃する傾向 萎縮 生活習慣とそれに伴う感覚の未確立 まとまりがわるく場あたり的 時間感覚の欠如 悩みを抱えられない etc 2. 身体的発達への影響 (1) 身体的問題 低身長 低体重( 諏訪 1995 藤永ら 1987 増沢 2001) 体温の乱れなど( 増沢 2001) 皮膚の荒れ 姿勢の悪さ 不器用さ (2) 脳科学上の問題 ( 田村 2006 友野 2006) 虐待を受けた子どもの脳に生理学的異常が認められるという知見 いくつかの仮説( あくまでも仮説にすぎない段階である ) 脳の回復について (3) 発達障害との関連 被虐待児に 発達障害の診断基準を満たす場合が多い( 杉山 2005) 発達障害が児童虐待を誘発する 児童虐待が発達障害児様の症状形成に関与する 4
3. 知的な遅れ 情短施設の被虐待男児の 4.6% 女児の 10% に知的遅れあり ( 滝川ら 2002) 児童福祉施設での知的ボーダー以下の子どもたち 学力が遅れた子どもたちの増加 援助経過における IQ の顕著な向上事例 ( 藤永ら 1987 増沢 2001) 4 PTSD(Post Traumatic Stress Disorder: 心的外傷後ストレス障害 ) (1) 日常化したトラウマ的体験 単発性 PTSD と複雑性 PTSD(Herman,1992) 複雑性 PTSD は人格そのものに影響を与える (Herman,1992) DSNOS: 他に特定されない極度のストレス障害 (Kolk,1996) (2) 日常化したトラウマ的体験を凌駕するトラウマ体験 深刻な外傷体験 + 受け止めてくれる対象のなさ殺されそうになった 自殺の第 1 発見者であった 親が殺傷される場面の目撃 突然の親の行方不明 etc 子ども時代の外傷体験: トランスダクテイブな思考による歪んだ捉え ( 岡野 1995) 自ら作ったストーリーに 一人ぼっちで怯え続けるという地獄 具体的な症状再体験性 フラッシュバック 回避傾向 強迫 悪夢 睡眠障害 集中困難 etc (4) 性的被害 = 重度の PTSD 5 過酷な環境を生き抜く過程で身につけてしまったもの (1) 解離体験に伴う感情 感覚 意識が統合を失い その一部が抜け落ちた状態 (2) 生きるためのスキルとしての問題行動嘘 盗み 徘徊 表情への過敏さ 攻撃 etc (3) 暴力への親和性支配服従の人間関係 日常的暴力の目撃 DVの目撃 (4) 性的刺激への親和性性行為の目撃 アダルトビデオ インターネット (5) 歪んだ世界観 Ⅴ. 援助の実際 第 1 段階 : 安心感 信頼感から始まる育ち直りをいかに支えるか (1) 安心 安全感の抱ける環境を築く 一貫した生活のリズム 予測可能な営み 眠れること のびのびと遊べること 食事がおいしいこと 不適切な刺激の排除 5
安心して頼れる 導き手となる大人の存在 大人と一緒にいて穏やかに過ごせる関わりを大切にする 自傷 他害 盗みなどの問題行動に対する現実的対応 家族への支援 関係の修正 家族との良い時間の積み重ね (2) 治療機関の利用と協働安全で 安心できる場であること : 治療構造の設定から考える生活の場での治療教育的アプローチスモールステップ 第 2 段階 : 振り返りの過程 ( 思春期 ) (1) 援助の第 2 ラウンド自分自身や家族と自分との関係などを振り返ることによる戸惑い 混乱 絶望感自己否定感 価値のない存在 未来への展望のもて無さ 自暴自棄家族関係の揺れぐらつく治療関係 (2) 実存を支える治療 生きていていいんだ 存在する価値のある人間なんだ という認証を与える努力 未来に楽しみを抱けるような活動や関わりの工夫 よき家族への思い出 良いイメージの欠片を大切にし 紡ぐこと 援助者が希望を捨てないこと (3) 過去を収めること 被害感ばかりで 恨み 妬み続けても未来は切り開けない 自分や家族への赦し: 過去志向から未来志向にベクトルが移ること 第 3 段階 : 将来に向け 生きる力を強化する過程 (1) 地域での生活に向けて自分を強化する 様々な活動に挑戦し自信を深めること 自立に向けた知識 社会的スキル 職業技能等の習得 (2) 居場所の確保思春期 青年期の子どもたちの居場所の開拓フォローできる体制の構築 6