日本産科婦人科内視鏡学会雑誌Vol.28 No.2; , 2012.

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日産婦内視鏡学会 第 28 巻第 2 号 2012 December 症例報告 卵巣チョコレート嚢胞の経過観察中にイレウスを頻回に発症した 回盲部子宮内膜症の一例 北里研究所病院婦人科 1) 2) 新百合ヶ丘総合病院産婦人科 杉本到 1) 2) 浅田弘法 A case of ileocecal endometriosis accompanied by frequent episodes of intestinal obstruction associated with menstruation during observation for ovarian endometriomas Itaru Sugimoto 1), Hironori Asada 2) Department of Gynecology, Kitasato Institute Hospital 1), Department of Obstetrics and Gynecology, Shin-yurigaoka General Hospital 2) Abstract We report a case of ileocecal endometriosis accompanied by frequent episodes of intestinal obstruction associated with menstruation during observation for ovarian endometriomas. The clinical diagnosis was confirmed on endoscopic surgery. The patient was 40-year-old woman, gravid 0, para 0. She initially presented at the emergency department of our hospital because of dysmenorrhea. Ovarian endometriomas were detected at initial examination, and either surgery or drug therapy was recommended, but the patient declined treatment and was observed. Thereafter, frequent episodes of intestinal obstruction occurred, coinciding with monthly menstruation during follow-up. Diagnostic endoscopic surgery was performed after receiving informed consent from the patient. Strong adhesions were found in the ileocecum and were regarded to be the cause of the obstructions. The ileocecum was resected along with the ovarian endometriomas. Pathological examination confirmed that these adhesions had been caused by ileocecal endometriosis. Endometriosis is a frequent cause of dysmenorrhea, and the majority of cases are diagnosed and treated by gynecologists. However, when endometriosis involves portions of the small intestine such as the ileocecum, such as in our patient, internists are often initially consulted for symptoms of intestinal obstruction, and surgical treatment requires collaboration with a general surgeon. This case highlights the need for multi-departmental cooperation in the diagnosis and treatment of ileocecal endometriosis. Key Words: ileocecal endometriosis, intestinal obstruction, ovarian endometriomas 緒言 子宮内膜症は子宮内膜組織が子宮外に認められる病態の総称であり 婦人科領域では月経痛や慢性骨盤痛 不妊症などの原因として問題となる この子宮内膜症が腸管に及んだものを腸管内膜症といい 全子宮内膜症患者の7~37% に存在すると報告されているが 本疾患はS 状結腸から直腸に好発し 月経時の下血などで発見されることが 多く 回盲部に発生することは比較的稀である 今回我々は 卵巣チョコレート嚢胞の経過観察中に月経に随伴するイレウスを頻回に発症し 内視鏡手術により確定診断し得た回盲部子宮内膜症の一例を経験したので報告する 症例と経過 症例は40 歳女性 未婚 0 回経妊 0 回経産で 月経困難症を主訴に当院救急外来を受診した 初 598

診時 経腟超音波所見にて両側付属器領域に右 7 cm 左 5cm 大の嚢胞性腫瘤を認めた この腫瘤は MRIではT1 強調像にて高信号を示し脂肪抑制にて信号抑制を受けず T2 強調像では低信号を示したため 両側卵巣チョコレート嚢胞と考えられた ( 図 1-2) また明らかな悪性所見は認められなかった 腫瘍マーカーはCA125 ; 50.0 IU/ml CA199 ; 33.0 IU/ml とCA125のみ軽度高値であった また既往歴として25 歳頃に卵巣チョコレート嚢胞の診断を受けたことがあったが その後は経過観察されていなかった 卵巣嚢腫が両側にあることや嚢腫のサイズより考え 手術治療あるいはジエノゲストや低用量ピル GnRHaな どのホルモン治療を勧めたが 患者本人が治療を望まなかったため経過観察することとした その後嚢腫サイズや腫瘍マーカー値には変化を認めなかったが 初診より約 1 年後に腹痛 嘔吐にて当院救急外来を受診 腹部レントゲンにて小腸を中心とした腸管拡張像とニボーを認め ( 図 3) イレウスの診断にて当院内科入院となった 機械性イレウスが疑われ イレウス管を挿入し小腸造影を行うもイレウスの起点となるような明らかな腸管の異常は認められなかった 腹部 CTでも小腸の拡張や壁の肥厚といった腸閉塞の所見は認められたが 異物や悪性腫瘍の存在は否定的であり また閉塞部位ははっきりとしなかった ( 図 4) 初発時期が月経開始に一致しており腸管内 599

膜症によるイレウスも疑われたが その後 5 日程度でイレウス症状は軽快したためイレウス管を抜去 食事開始してもイレウス症状の再燃は認められなかったため 軽快退院となった しかしその3ヶ月後にも月経開始に一致して腹痛 嘔吐といった同様の症状が認められ 当院救急外来を受診 前回と同様に腹部レントゲンにて腸管拡張像とニボーを認め イレウスの診断にて当院内科に再入院となった 今回の入院では経鼻胃管の挿入のみにて症状の軽快がみられたため4 日間での退院となったが 短期間に同様の症状を繰り返しており またどちらも月経開始に一致して症状がおこっていたため 腸管内膜症によるイレウスも考慮に入れ 卵巣チョコレート嚢胞の治療に加え 明らかな腸閉塞の原因があれば腸管切除する可能性もインフォームドコンセントした上で腹腔鏡手術を施行する方針とした 手術および病理所見と術後経過 手術は経腟的に子宮マニピュレーターを子宮内腔に装着後 オープン法にて臍底部に直径 12mm のトロッカーを留置 CO2による気腹後に左右下腹部とその中間部に直径 5mmのトロッカーを留置し4 孔式で手術を開始した 腹腔内所見としては 両側卵巣は腫大して子宮後面および広間膜と強固に癒着しており ダグラス窩は一部閉鎖していた ( 図 5) その他子宮前面などには明らかな内膜症の所見は無く r-asrmスコアは60 点で臨床進行期はⅣ 期であった 続いて鏡視下に腸管を観察したところ回盲部が癒着してとぐろ状になっており イレウスの原因となっている可能性が考えられたが この部位と骨盤内膜症に明らかな連続性は認められなかった ( 図 6) まず卵巣と周 囲との癒着を剥離した後 両側卵巣チョコレート嚢胞切除術を行った 次に外科医師と相談の上 鏡視下に回盲部を授動した後 右下腹部に約 5 cmの皮切を加え回盲部を体腔外に誘導し観察したところ 回盲部より約 5cmと7cmの部位に強固な癒着による狭窄を認めた またその口側 15cmの部位にも漿膜面に5mm 大の白色結節が数個存在し腸管のひきつれをおこしており 子宮内膜症の存在が疑われたが その他の腸管には異常所見を認めなかった 癒着の程度よりイレウスの根治には回盲部切除が必要と判断し 外科医師の協力のもと これらの部位を含み約 30cmの回盲部切除を行った ( 図 7) 小腸と大腸の吻合は内径 24mmのサーキュラーステープラーを用いて行い 大腸側はリニアステープラーで閉鎖した 総手術時間は3 時間 56 分であった 切除標本の肉眼的所見では漿膜面には強固な癒着を認めたが 粘膜面には明らかな所見を認めなかった 病理組織標本では 回腸の主に固有筋層内 一部では漿膜外や粘膜下層内にも異型のない子宮内膜組織片 600

の進入が顕著に認められた 内膜腺周囲には間質成分も伴っており子宮内膜症の所見と考えられた ( 図 8) 術後経過に特記すべきことはなく 患者は術後 10 日目に軽快退院した 考察 子宮内膜症は 生殖年齢婦人の5-15% に発症し 1) 月経痛や慢性骨盤痛だけでなく不妊症などの原因となり 初経年齢の低年齢化や初産年齢の高齢化などに伴い近年増加傾向にあり問題となっている この子宮内膜症が腸管に及んだものを腸管内膜症といい 全子宮内膜症患者の7~37% に存在すると報告されている 2-3) また好発部位は解剖学的に子宮に近い腸管とされており S 状結腸から直腸に発生するものが全体で約 70% を占め 小腸に発生することは稀で約 7% と報告されている 4) 本疾患は 初期には無症状であるが進行すると骨盤痛や下血 便秘 排便痛などを認めることが多いとされ 特に小腸に発症した場合は腸閉塞症状をきたすことが多く 月経周期と同期して増悪と軽快を繰り返すことが特徴といわれている 5) また病態発生としては 卵管移植説 ( 月経血が経卵管的に腹腔内に流入し体腔内に移植するもの ) や体腔上皮化生説 ( 胎生期の体腔上皮が化生するもの ) 転移性移植説( リンパ管経由で移植するもの ) など諸説あるが いまだ統一された見解はない 6-7) 本疾患の特徴としては まず術前診断が困難であることが挙げられる 文献による報告では 術前から腸管子宮内膜症と診断されていたものは全症例の37% 程度に過ぎず 大腸癌を含めた大腸腫瘍と診断されることも少なくない 8) 本疾患は病変が腸管の粘膜面にないことが多く 内視鏡下で の生検による内膜症病巣の検出率が10% 未満であることや 前述したように初期には無症状であることが術前診断を困難にさせる理由となっていると推察される 9) 本症例でも摘出標本の病理組織所見では子宮内膜症組織の進入は粘膜下層内にとどまっており 腸閉塞時には内視鏡検査は行っていなかったが たとえ内視鏡検査を行っていたとしても内膜症病巣の検出は困難であったと思われる またCTやMRI 等の画像診断でも 病変の主体が漿膜や筋層であることから術前診断は困難とされているが 注腸検査では月経周期による所見の変化が特異的であると言われている 6) ことから考えると CTやMRIを月経時期に行うなどの工夫が必要であったと思われる 次に本疾患の特徴としては 月経に随伴する腸閉塞を認めることが挙げられる 松隈らは本疾患の症状発症時期の約 47% が月経に一致していたと報告している 10) が これは腸管に癒着による狭窄などの器質的な変化があり それが月経時に腸管筋層内に浸潤した内膜症組織での出血や炎症性浮腫などにより増悪するためと考えられる 実際の臨床の場では 腸閉塞症状を訴えられる患者は婦人科でなく内科など他科を受診されることが多く 他科で子宮内膜症による腸閉塞の診断をするのは困難と思われるが 本症例では婦人科で両側卵巣チョコレート嚢胞にて経過観察されていたため 腸管内膜症による腸閉塞を推定することはさほど困難でなかったと思われる しかし基礎疾患がない場合でも繰り返す腸閉塞 特に月経に随伴する腸閉塞をみた場合には本疾患を疑う必要があると思われた さて本疾患の治療には大きく分けると手術治療とホルモン治療とがある 一般的に組織学的に子宮内膜症と診断された腸管内膜症で症状が軽度の症例では ジエノゲストや低用量ピル GnRHa などのホルモン治療が第一選択になると思われるが 実際には本疾患の約 70% の症例に対して手術治療が選択されているとの報告がある 8) これは前述の如く術前診断が困難であるということだけではなく 発症した時にはすでに重症化していることが多いのも理由の一つではないかと推察される また卵巣子宮内膜症にも悪性化が0.7-1.0% 程度に認められるのと同様に 腸管内膜症を含めた卵巣以外に発症した子宮内膜症にも悪性化が報告されており 11-12) こういった事実も手術治療を選択する理由の一つとなっている可能性がある また手術を選択した場合でも 術後数年以内の再発 601

が30-40% あったとの報告もあり 13) 術後には薬物治療の適応も考慮した慎重な経過観察が必要であると思われる 本症例では術後薬物療法を施行せずに約 9ヶ月が経過しているが 現在までの所卵巣チョコレート嚢胞およびイレウスの再発は認めていない 12)Mauricio SA et al. : Bowel endometriosis ; A benign disease? Rev Assoc Med Bras 2009 ; 55 : 611-616 13)Minelli L et al. : Laparoscopic colorectal resection for bowel endometriosis ; feasibility, complications, and clinical outcome. Arch Surg 2009 ; 144 : 234-239 結語 卵巣チョコレート嚢胞の経過観察中に月経に随伴するイレウスを頻回に発症した回盲部子宮内膜症の一例を経験した 本症例では患者は腸閉塞症状を認めた際に当院内科受診し入院となったが 内科医師より婦人科に依頼があり腸管内膜症を疑うことができた また手術時には前もって外科医師と相談し 術前より患者に腸管切除の可能性をインフォームドコンセントすることが可能であり 実際に手術時には協力していただいた このように腸管内膜症は様々な診療科の協力体制がなくては治療し得ない疾患であると考えられた 文献 1)Olive DL et al. : Endometriosis. N Engl J Med 1993 ; 328 : 1759-1769 2)Yantiss RK et al. : Endometriosis of the intestinal tract ; a study of 44 cases of a disease that may cause diverse challenges in clinical and pathologic evaluation. Am J Surg Pathol 2001; 25 : 445-454 3)Jubanvic KJ et al. : Extrapelvic endometriosis. Obstet Gynecol Clin North Am Jun 1997 ; 24 : 411-440 4) 青柳信嘉他 : 腸閉塞をきたした回腸子宮内膜症の1 例. 日臨外会誌 2004 ; 65 : 1855-1859 5) 廣田千治他 : 回盲部子宮内膜症の1 例. 胃と腸 1998 ; 33 : 1375-1380 6) 清水誠治他 : 腸管子宮内膜症. 胃と腸 2005 ; 40 : 661-664 7)Sampson JA. : Peritoneal endometriosis due to menstrual dissemination of endometrial tissue into the peritoneal cavity. Am J Obstet Gynecol 1927 ; 14 ; 422-469 8) 桐井宏和他 : 両側気胸を併発した腸管内膜症の1 例 - 腸管子宮内膜症本邦報告例 90 例の検討を含めて -. 日消誌 1999 ; 96 : 38-44 9) 牛尾恭輔 : 回盲部子宮内膜症の診断. 胃と腸 1998 ; 33 : 1397-1399 10) 松隈則人他 : 腸管子宮内膜症の2 例 - 本邦報告例 78 例の検討を含めて-.Gastroenterol Endsc 1989 ; 37 : 1577-1584 11)Heaps JM et al. : Malignant neoplasma arising in endometriosis. Obstet Gynecol 1990 ; 75 : 1023-1028 602