束の地カナンに入ることが許されなかった 9 死を前にして ヨシュアを後継者に任命し 120 歳でモアブのネボ山で死んだ 10 モーセという人は 地上のだれにもまさって非常に謙遜であった ( 民数記 12:3) 11 自分を しもべとして神の家全体のために忠実でした ( ヘフ ル 3:5) 新約聖書に

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2. アウトライン (1) 過去の回顧 (1~4 章 ) (2) 律法の解説 (5~26 章 ) (3) 未来の展望 (27~30 章 ) (4) 指導者の交代 (31~34 章 ) 3. 結論 (1) 律法の本質 (2) イスラエルの将来 (3) 申命記とイエスの教え 申命記を通して イエスの教え

2017 年 8 月 13 日 ( 日 ) 14 日 ( 月 ) 7 回 第 2 の警告 (2) 第 2 の警告 (2) ヘブル 4:1~13 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし 2 彼らは 迫害と誤

2013 年 3 月 10 日 ( 日 ) 11 日 ( 月 ) 51 回目 Ⅵ-054 山上の垂訓 山上の垂訓 054 マタ 5:1~2 ルカ 6:17~19 1. はじめに (1) 呼び名について 1マタ 5:1~8:1 は 通常 山上の垂訓 ( 説教 ) と呼ばれる 2しかし この名称は 説教

神学総合演習・聖霊降臨後最終主日                  2005/11/16

2017 年 10 月 8 日 ( 日 ) 9 日 ( 月 ) 15 回さらにすぐれた契約 さらにすぐれた契約 ヘブル 8:1~13 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし (2) ユダヤ教の 3 つの柱

Microsoft Word - ◎中高科

2011 年 07 月 17 日 ( 日 ) 18 日 ( 月 )29 ローマ人への手紙 8:12~17 聖化の力 ( 聖霊 )(3) 養子の霊 1. はじめに (1) 聖化 に関する 8 回目の学びである 最終回 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は ク

2014 年 10 月 7 日 ( 火 ) 60 分で分かる創世記 60 分で分かる創世記 1. はじめに (1) 60 分で分かる〇〇 のシリーズを開始する 11 節 1 節の解説も重要であるが 鳥瞰図的な理解も必要である 2その場合重要なのは センス オブ プロポーション である (2) 創世記

2 イエスの戒めを守るなら イエスの愛に留まることになる (2) その教えを話した理由は 弟子たちが喜びに満たされるためである 1イエスは 自分が経験している喜びを弟子たちに与えようとしている 2イエスの喜びは 父なる神への従順 ( 喜ばせること ) によって生まれる 3ヘブ 12:2 Heb 12

2011年度 牧羊者 第Ⅳ巻

一 第一次民族的カナン復帰路程 イスラエル人の増加を恐れたパロ ( エジプト王 ) は イスラエル人の男児をすべて殺すよう命じた 我が子を殺せない母の1 人が 赤ん坊をナイル川のほとりに置いた すると エジプト王女がその子を拾い モーセと名付けて自分の養子にしてしまった

牧会の祈り

3 仲介者としての祭司たちが存在していた (2) 新約時代の状態 1すべての信者が まことの聖所に入ることができる * 天の聖所で 神の臨在の前に出ることができる 2これは 万人祭司の教えである 3 訳文の比較 こういうわけですから 兄弟たち 私たちは イエスの血によって 大胆にまことの聖所に入るこ

2011 年 06 月 26 日 ( 日 ) 27 日 ( 月 )26 ローマ人への手紙 7:14~25 律法からの解放 (3) ロマ書 7 章クリスチャン 1. はじめに (1) 聖化 に関する 5 回目の学びである 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は

2018 年 5 月 27 日 ( 日 ) 28 日 ( 月 ) 14 回 ペテロの第 2 のメッセージ (2) ペテロの第 2 のメッセージ (2) 使徒 3:17~26 1. はじめに (1) ペンテコステの日に教会が誕生した 1ペテロの第 1 回目のメッセージにより 3,000 人ほどの人たち

2010 年 4 月 18 日 ( 日 ) 19 日 ( 月 ) ハーベストフォーラム東京出エジプト記 19 出エジ 19 出エジプト記 14 章 15 節 ~15 章 21 節 紅海を渡る 1. 文脈の確認 (1) イスラエルの民は 430 年後にエジプトを脱出した (2) エジプト脱出の記録は

Heb 11:23 信仰によって モーセは生まれてから 両親によって三か月の間隠されていました 彼らはその子の美しいのを見たからです 彼らは王の命令をも恐れませんでした (1) この節は モーセの信仰ではなく モーセの両親の信仰を記録している 1 彼らは その子の美しいのを見た * ギリシア語で ア

* ダニエル書 3 捕囚期後 (3) * ハガイ書 * ゼカリヤ書 * マラキ書 (5) 預言者たちが語ったメッセージの要約 1 神の主権と聖なるご性質 2 契約の民イスラエルの不従順の罪 3 悔い改めへの招き 4 迫り来る神の裁きと捕囚 5イスラエルの民を攻撃する周辺国への裁き 6 捕囚からのレム

07/06/17  礼拝メッセージ  近藤修司 牧師

2017 年 7 月 2 日 ( 日 ) 3 日 ( 月 ) 1 回 ヘブル人への手紙のテーマ ヘブル人への手紙のテーマ ヘブル 1:1~3 1. はじめに (1) 著者 1いくつかの名が上げられてきた * パウロ * ルカ ( パウロがヘブル語で書いたものを ルカがギリシア語に翻訳した ) * バ

創世記5 創世記2章4節b~25

は歯が痛くなるとズキンズキンとして何をしていても繰り返し襲って来る痛みに悩まされますが そのように 絶えず痛みがある と言わずにいられないような痛みを感じ続けていた 一体それはどんな悲しみ 痛みだったのでしょうか それが同胞ユダヤ人の不信仰に関することでした パウロがどんなに同胞 同国人のことを思っ

(1) 神殿の聖所と至聖所を分ける幕である 1 長さが約 18 メートル 厚さが約 10 センチ 2この幕の内側に入れたのは 大祭司だけである それも年に一度だけ 3 大祭司 アロンの家系 ケハテ氏族 レビ族 イスラエルの民 全人類 (2) この幕が 上から下まで真っ二つに裂けた 1 神の御手がこれ

2017 年 7 月 16 日 ( 日 ) 17 日 ( 月 ) 3 回 御使いに勝る御子 (2) 御使いに勝る御子 (2) ヘブル 2:1~9 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし 2 彼らは 迫害と

2 奇跡 3 父 4 聖書 4. メッセージのゴール (1) イエスを誰だと言うか (2) イエスを信じる者の幸いとは何か このメッセージは イエスの業と主張について考えようとするものである Ⅰ. イエスと父は一体である (19~29 節 ) 1. 行動において まことに まことに あなたがたに告げ

* ユダヤ人の歴史家ヨセフスもまた同じような書き方をしている 5 テオピロは ルカの執筆活動を支援するパトロンであった可能性が高い 6 もしそうなら テオピロはローマ人クリスチャンであったと思われる (2)1~2 節は ルカの福音書の要約である 1 前の書 というのは ルカの福音書 のことである 2

(2) ロマ 7:1~6 の要約 1 律法の大原則 * 律法は 人に対して権限を持つ * 律法は 死んだ人には権限を持たない 2 結婚関係の例話 * 夫が生きている間は 結婚の律法によって制約されている * それを破れば 姦淫の女と呼ばれる * 夫が死ねば 結婚の律法から解放される * 再婚しても

た 義認 の祝福を述べたものでしょうか しかしこの 1 節は 2 節の頭に なぜなら という言葉があるように 2 節と密接に関連しています ですから 2 節を見て行くことによって 1 節の意味を確かめることができます 2 節が述べていることは何でしょうか それは罪と死の原理からの解放です 私たちが

2013 年 3 月 24 日 ( 日 ) 25 日 ( 月 ) 52 回目 Ⅵ-054 八福の教え 八福の教え 054 マタ 5:3~12 ルカ 6:20~26 1. はじめに (1) 文脈の重要性 1 文脈を無視して 山上の垂訓のある言葉を取り出すことが余りにも多い 2イエスは 神の国の福音をも

2012 年 1 月 22 日 ( 日 ) 23 日 ( 月 )54 ローマ人への手紙 15:4~13 希望から希望へ 1. はじめに (1) 文脈の確認 11~8 章が教理 29~11 章がイスラエルの救い 312~16 章が適用 (2)14:1~15:13 は 雑多な問題を扱っている 1 超道徳

聖書 : ピリピ 3:1~3 説教題 : 神の御霊による礼拝 日時 :2017 年 2 月 26 日 ( 朝拝 ) ピリピ人への手紙第 3 章に入ります この手紙は全部で 4 章からなっていますので 今日から後半部に入ることになります パウロは 最後に 私の兄弟たち と始めます この手紙はまだ半分ま

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牧会の祈り

2008 年 7 月 13 日 ( 日 ) 14 日 ( 月 ) ハーベストフォーラム東京創世記 6 創世記 6 創世記 2 章 4 節 b~25 エデンの園に置かれた人 イントロ : 1. 前回の復習 : ここまでで創造の 7 日間について学んだ (1) カオスからの創造であった (2) 神は 6

としたこと それに対してイエスは 今は 止めないでほしい 正しい ことをすべて行うのは 我々にふさわしいことです ( マタイ 3 15) と 言って ヨハネから洗礼をお受けになったと伝えています しかしマルコ福音書は そういうことは何も伝えていません イエス は ユダヤの全地方から集まって来た大勢の

に知恵と英知と知識とあらゆる仕事において 神の霊を満たした (2~3 節 ) (1) ユダ部族のフル その子ウリ その子ベツァルエル 1フルとはモーセの手を両側から支えた 2 人のうちのひとり ( 出 17 章 ) 2フルの孫がベツァルエルである (2) 神の霊を満たした 1 知恵 (wisdom)

6ユダヤ人は 人種的 宗教的理由によって サマリヤ人を軽蔑した * ユダヤの格言 私の目が サマリヤ人を見ることがないように 7サマリヤ人も ユダヤ人を軽蔑し 敵対した * ユダヤ人がエルサレムから下ることは許したが 上ることは許さなかった 8 現代もサマリヤ人の子孫たちが存在している ( 千名以下

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創世記5 創世記2章4節b~25

イエスさまの公的な活動は 2 年から 3 年と言われます その短い時間の中で人々に与えた影響は 考えられないほど大きいものでした ここに今日 わたしたちが集まって礼拝しているのも そのせいです けれどもその 2 年ないし 3 年のイエスさまの活動はずっと順調であったわけではありません イエスを愛し慕

1:14 ことばは人となって 私たちの間に住まわれた 私たちはこの方の栄光を見た 父のみもとから来られた ひとり子としての栄光である この方は恵みとまことに満ちておられた 今日はこの後 神が人となってくださったことについて考えたいと思いますが まずこの聖句にある 住まわ れた について ご一緒に考え

2010 年 2 月 21 日 ( 日 ) 22 日 ( 月 ) ハーベストフォーラム東京出エジプト記 13 出エジ 13 出エジプト記 9 章 13 節 ~10 章 29 節 最後の 3 つの災い 1. 文脈の確認 (1) エジプトに主からの 10 の災いが下る (2)10 の災いの記述は 考え抜

このメッセージは メシアの義とパリサイ人の義について学ぼうとするものである Ⅰ. 真の信仰者の特徴 (5:13~16) 1. 地の塩 (13 節 ) あなたがたは 地の塩です もし塩が塩けをなくしたら 何によって塩けをつけるのでしょう もう何の役にも立たず 外に捨てられて 人々に踏みつけられるだけで

2012 年 7 月 1 日 ( 日 ) 2 日 ( 月 ) 17 回目 Ⅴ-020~021 バプテスマのヨハネの登場 バプテスマのヨハネの登場 ルカ 3:1~2 マコ 1:2~6 1. はじめに (1) 文脈の確認 1バプテスマのヨハネの誕生 2イエスの誕生 3イエスの幼少期 (2) 今日の箇所は

ヨハネの手紙講解 神のあかし ヨハネの手紙第一 5:1~21 1. 油注がれた者 新改訳改訂第 3 版 Ⅰヨハネ 5:1 イエスがキリストであると信じる者はだれでも 神によって生まれたのです 生んでくださった方を愛する者はだれでも その方によって生まれた者をも愛します イエスがキリストであると信じる

2019 年 7 月 28 日 ( 日 ) 29 日 ( 月 ) 70 回 12 人の弟子たちの救い 12 人の弟子たちの救い 使徒 19:1~7 1. はじめに (1) 第三次伝道旅行が始まった 1 使 18:23~21:17( 紀元 53 年の春から 56 年の春 ) 2パウロは ひとりで出かけ


一 マリヤへの恵みある教会に 何かというと 恵まれた女よ おめでとう と言う人がいました 女性のための聖書のクラスで 誰かが正しい答えを言ったら 恵まれた女よ おめでとう 感謝なことの証しをしたら 恵まれた女よ おめでとう 誰かが牧師に祈ってもらっている姿を見たら 恵まれた女よ おめでとう 彼女はい

2011 年 10 月 16 日 ( 日 ) 17 日 ( 月 )42 ローマ人への手紙 11:25~36 拒否の解決 (3) イスラエルの救い 1. はじめに (1)10 月 13 日 ( 木 ) の日没から仮庵の祭りが始まった 1 第 7 の月の 15 日 満月 2 満月を眺めながら イスラエル

お話 文芸思潮

このメッセージは ヨセフとキリストに起こったことは私たちにも起こることを学ぼうとする ものである Ⅰ. 第 1のステップ正直な性格 (2 節 ) 1. ヨセフは 17 歳 (1) ビルハの子ら ( ダン ナフタリ ) (2) ジルパの子ら ( ガド アシェル ) (3) ヤコブは レアの子ら ( ル

晩まであなたの裁きを待って並んでいるのか モーセは答えました 民は神に 問うためにわたしの所に来るのです わたしはそれぞれの間を裁き また 神の掟と指示を知らせるのです エテロは申しました あなたのやり方はよくない あなた自身も あなたを訪ねて来る民も きっと疲れ果ててしまうだろう このやり方ではあ

このメッセージは 父なる神について考えようとするものである Ⅰ. 聖書が使用する比喩的言葉 1. 神という言葉について (1) ヘブル語でエロヒム ( エル ) ギリシア語でセオス 1 普通名詞 神々を指す言葉である 2 日本語の神も 多くの神々を指す言葉である 3 聖書の神は どういう神かを示す必

神学総合演習・聖霊降臨後最終主日                  2005/11/16

な声で私に呼びかけるのが聞こえたあの初めの声が言った ここに上れ この後 必ず起こる事をあなたに示そう (1) ヨハネは 7 つの教会への手紙の啓示を聞いた後 天の御座の幻を見た 1 その後 私は見た とは 時間の流れを示す言葉である (2) 招きの言葉がかかった 1 一つの開いた門があった * ヨ

* ペリシテ人の古代都市ガザは 前 93 年に破壊され 前 57 年に再建された * この道路は ガザの遺跡を通過し 新ガザに至る荒野の道である 5 ピリポは その命令に従順に従った 2.27b~28 節 Act 8:27b すると そこに エチオピヤ人の女王カンダケの高官で 女王の財産全部を管理し

Joshua Chapter 3-4 “God’s people move forward by FAITH

出エジプト記 25 章 主の語られる聖所 1A 幕屋のための奉納物 1-9 2A 聖所の祭具 B 至聖所 C 契約の箱 C 宥めの蓋 B 聖所 C パンの机 C 燭台 本文 出エジプト記 25 章を開いて

2008 年 7 月 27 日 ( 日 ) 28 日 ( 月 ) ハーベストフォーラム東京創世記 8 創世記 8 創世記 3 章 14 節 ~24 節 アダム契約 イントロ : 1. 前回までの復習 (1) 創世記には 11 の区分 ( トルドット ) がある (2) 第 1のトルドットには 人類の

B2 神はどのようなお方か 1Chro.29:10-12 Dt.10:12-13 Ps.95:1-7 B3 イエス キリストはどのようなお方か John.14:8-10 Mk.6:31-56 John.10:30-33 Heb.2: John.4:2-3 2John.7-10 B4 三位

夢を超えたもの_Culture A.indd

牧会の祈り

比喩:その他

2012 年 1 月 15 日 ( 日 ) 16 日 ( 月 )53 ローマ人への手紙 14:13~15:3 キリスト者の自由 1. はじめに (1) 文脈の確認 11~8 章が教理 29~11 章がイスラエルの救い 312~16 章が適用 (2)12 章は 基本的には教会内の行動についての勧めであ

1 それは キリストにのみ適用される御名である (2) 旧約聖書では 御使いたちは 神の子たち と呼ばれた Job 38:7 そのとき 明けの星々が共に喜び歌い / 神の子たちはみな喜び叫んだ 1 新約聖書では 信者が 神の子たち と呼ばれる ( ヨハ 11:52) 2しかし 御子 ( ヒュイオス

(2) ダビデの最後の言葉 (23:1~7) サムエル記第二を通して ダビデの生涯の意味について考える Ⅰ. 権威ある座に上るダビデ (1~10 章 ) 1. サウルとヨナタンの死 (1:1~27) (1) 主によって開かれた扉 1 試練の中にありながら ダビデはすべての状況を主に委ねていた 2 彼

Rev 7:1 この後 私は見た 四人の御使いが地の四隅に立って 地の四方の風を堅く押さえ 地にも海にもどんな木にも 吹きつけないようにしていた (1) この後 私は見た 1 物事の時間的流れではなく ヨハネが見た幻の順番を示している 2この幻は 神の裁きが迫っていることを示唆している 3 地の四方

Taro .01元旦礼拝

牧会の祈り

2 A. その正体この獣について その正体 いったいだれのことなのかを見ていきましょう 黙示録 16:13を見てください また 私は竜の口と 獣の口と にせ預言者の口とから かえるのような汚れた霊どもが三つ出て来るのを見た 竜の口 獣の口 にせ預言者の口 と書かれています すでに 私たちは竜はサタン

Heb 11:7 信仰によって ノアは まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき 恐れかしこんで その家族の救いのために箱舟を造り その箱舟によって 世の罪を定め 信仰による義を相続する者となりました (1) ノアは 神から警告を受けた 1 創 6:17 Gen 6:17 わたしは今 いの

2017 年 2 月 21 日 ( 火 ) 60 分でわかる旧約聖書 (24) エレミヤ書 60 分でわかる旧約聖書 (24) エレミヤ書 1. はじめに (1) 預言者たちの中でのエレミヤの位置づけ 1 預言書を書いた預言者 (the writing prophet) * 王国が南北に分裂して以降

2012 年 2 月 26 日 ( 日 ) 27 日 ( 月 )59 ローマ人への手紙総まとめ 総まとめ 1. はじめに (1) 執筆の意図 1 使徒としての使命 * 所々 かなり大胆に書いた (15:15) 2 使徒としての奉仕の原則 * 他人の土台の上に建てない (15:20) * これまで ロ

神殿とは 神の住まいです 自分の中に神が住まわれたということが救いであり このよ うにしてイエス様とつながっているから イエス キリストを知ることができるようになる のです 神とのつながりを断ち切ることはできない わたしは彼らに永遠のいのちを与えます 彼らは決して滅びることがなく また だれ もわた

第二に 聖さを得るために 私たちはすべての人との平和を追い求めなければなりません 私たちの思いの内にある敵対心や闘争心などを放っておかず 平和的に生きるように努めなければなりません へブル書の著者は このことについて 非常に厳しく警告しています 私たちが神の聖さにあずかる者とならない限り 主を見るこ

カインの性格

裁きます けれども 実は自分たち自身も その基準には到達できていないのです これが偽善の始まりです 律法主義に陥ると 相手をこき下ろし けれども こき下ろしている基準に自分自身が満ちていないことが起こります 高らかに主張している人ほど 実はその教えを行なっていないという問題が起こるのです パウロは

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主に仕えるために救われた

2017 年 6 月 11 日 ( 日 ) 12 日 ( 月 ) 39 回 新しいエルサレムの特徴 ( 後半 ) 新しいエルサレムの特徴 ( 後半 ) 黙 22:1~5 1. はじめに (1) 旧約聖書の預言のハイライトは メシア的王国である 1 黙示 20 章は メシア的王国が千年で終わることを啓

  聖 書 へブル12:11,12 (第41講)

(1) イゼベル 彼にとっては ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった それどころか彼は シドン人の王エテバアルの娘イゼベルを妻にめとり 行ってバアルに仕え それを拝んだ (1 列 16:31) 1オムリの子アハブは イゼベルと結婚し バアル礼拝をイスラエルに導入した 2 預言者

大阪インターナショナルチャーチ アリステア・マッケナ師 2015/4/12

よと言っておられます あなたが思っているような安定した生活を送ることはできない 心地よい生活ではない 狐や空の鳥以下の生活であると なぜイエス様ともあろう大先生の生活がこういうものなのでしょう その答えは一言で言えば 私たちのため ということです マルコの福音書 10 章 45 節 : 人の子も 仕

に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか (1) ここで場面は 地から天に移行する 1 大患難時代を通して継続している状況の描写である (2) ヨハネは キリストに対する信仰のゆえに殉教の死を遂げた人々の幻を見た 1 彼らは 祭壇の下にいた 2 旧約時代のいけにえの血が祭壇の土台に注がれたこと

今日 復活日の聖書日課には三人のマリアが出て来ました 日曜日の朝早く イエスの墓に行った二人のマリア マグダラのマリアともうひとりのマリア さらにもうひとりのマリアがその前に登場していました 旧約聖書 出エジプト記第 15 章 20 節です アロンの姉である女預言者ミリアムが小太鼓を手に取ると 他の

ヘブル人への手紙1章

                 

テモテへの手紙第一 5 章 節 指導の任への尊敬 1A 二重の尊敬 A 監督者への監査 B 公正な裁き B 慎重な按手 B 透明性 本文 テモテへの手紙第一 5 章を開いてください 17 節から読んでいきます 私たちは

2 1. 神の 恵み によって 誇れる人 1) ギデオン ギデオンという人は勇士として知られていますが 元々はそうではありませんでした むしろ彼は臆病者でありました 彼はミデアン人の襲撃を恐れ 酒ぶねの中で 隠れるようにして小麦を打っていました 士師記 6 章 6:14 すると 主は彼に向かって仰せ

牧会の祈り

あなたへの 聖書メッセージ ヨハネの福音書 3 章 16 節 ヨハネの福音書 3 章 16 節 神は 実に そのひとり子をお与えになったほどに 世を愛された それは御子を信じる者が ひとりとして滅びることなく 永遠のいのちを持つためである この ヨハネ 3 章 16 節のみことばは 聖書 66 巻の

マタイ 25 章 14 節 各自に任された財産 1A 神より与えられている財産 1B 創造の源 2B 信仰の量り 2A 清算の時 1B 永遠の報い 2B 報酬の時 3A 求められていること 1B 心のはかりごと 2B 自分の行程 3B 小さな事への忠実 4B 信じる事 本文 マタイによる福音書 25

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sermon

조용기목사님 설교-일본어 번역

1 説 教 聖日礼拝 北浜チャーチ 黒田 禎一郎 2017 年 6 月 4 日 ( 日 ) 主 題 : すべてを感謝しましょう! テキスト :1コロサイ人への手紙 3 章 17 節 はじめに たった一度しかない人生 私たちはどのように生きているでしょうか? 生き方を知っている人は幸いです しかし 多

24:24 それで わたしたちの仲間が数人 墓に行って見ますと 果して女たちが言ったとおりで イエスは見当りませんでした 24:25 そこでイエスが言われた ああ 愚かで心のにぶいため 預言者たちが説いたすべての事を信じられない者たちよ 24:26 キリストは必ず これらの苦難を受けて その栄光に入

Ⅱ. 信仰生活の再建 : エズラの指導 (7~10 章 ) 1. エルサレムに到着するエズラ (7~8 章 ) 2. 民の罪を告白するエズラ (9 章 ) 3. 国を清めるエズラ (10 章 ) 結論 : 私たちへの適用 1. 悔い改めの力 2. みことばの力 エズラ記を通して リバイバルの原則につ

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申命記をどのように適用すればよいか 福島 勲 申命記は神の人モーセの説教です ただモーセのというのではなく 120 歳になった預言者モーセの言葉です そこには 40 年間の荒野の訓練を通過した者の学びがあります 創世記から民数記までの四書にまさるとも劣らない御言葉に満ち満ちています 主イエスは この申命記から最も多くの御言葉を引用されました 世界中の多くの憲法はこの申命記をモデルにしたと言われます この書には天地万物の創造主 真の神に対する知識 経験があります どのように神を礼拝し神に仕えるべきかが語られています 神の慈愛 聖さ 公正さ 人に対する思いやりを見ることが出来ます しかし 申命記の主の命令とおきては素晴らしいが 私には手が届かない 飾っておくことは出来ても 私には実行するすべがない と感じる人も多いのではないでしょうか どのように適用すればよいのでしょうか 素晴らしい神の人 モーセまず モーセという人について考えてみました モーセはどういう人でしょう? 1モーセとは 引き出す者 を意味します 彼は イスラエルの民をエジプトから導き出した指導者であり 預言者です 2レビ人の両親から生まれたが エジプトの王パロによる男子の赤子殺害命令のため ナイル川の葦の茂みに置かれた すぐにパロの娘に拾い上げられ 王女の息子としてエジプトの最高の学問を身につけて成長した 3 40 歳になった頃 同胞を奴隷の苦しみから救おうと志したが 同国人に受け入れられず またパロの手を逃れて ミデヤンの地に行った そこで祭司の娘と結婚し 男の子を2 人もうけた 4 80 歳になった時 神はモーセをイスラエルの指導者として召し出された 5 神はモーセを通してエジプトに 10 の災害を与え イスラエルの民をエジプトの苦役から救い出された 6シナイ山で十戒を中心とする律法を神から受け それをイスラエルの民に与えた 7 出エジプト後 1-2 年目にカデシュ バルネアで民の指導者たちが犯した罪と 同調してつぶやいた悪い会衆の罪のため 民全体と共に荒野を 40 年間さまよう旅を余儀なくされた 8メリバで罪を犯したため ヨシュアとカレブを除くすべての成人男子とともに 約

束の地カナンに入ることが許されなかった 9 死を前にして ヨシュアを後継者に任命し 120 歳でモアブのネボ山で死んだ 10 モーセという人は 地上のだれにもまさって非常に謙遜であった ( 民数記 12:3) 11 自分を しもべとして神の家全体のために忠実でした ( ヘフ ル 3:5) 新約聖書においては 四福音書をはじめ 使徒の働き ローマ書 コリント書 テモテ書 ヘブル書 ユダ書 黙示録 と 88 個所でモーセの名が出てきます もしモーセという人が存在しなかったとしたら 旧約聖書の根幹をなす最初の五冊 ( 創世記 出エジプト記 レビ記 民数記 申命記 ) はなかったのです 付随する他の歴史書や預言書なども生まれなかったかもしれません モーセを通して聖書が生まれたと言っても過言ではないでしょう 人をあまり高くあげるのは好みませんが しかし 確かにモーセはそのような人物であったことは事実です 素晴らしい神の人 モーセです モーセの懇願の祈り 40 年間の荒野の試練を終えて 120 歳になったモーセは 約束の地 良き地カナンに入ることを心待ちにしていました それは これまでの苦労すべて忘れることができるほどのことでしょう モーセは 主に期待して祈りました 私は そのとき 主に懇願して言った 神 主よ あなたの偉大さと あなたの力強い御手とを あなたはこのしもべに示し始められました あなたのわざ あなたの力あるわざのようなことのできる神が 天 あるいは地にあるでしょうか どうか 私に 渡って行って ヨルダンの向こうにある良い地 あの良い山地 およびレバノンを見させてください (3:23-25) モーセは 主の力強い御手のわざがしもべである自分を通して示されたことを訴え そのみわざの完結とも言える約束の地への入国を懇願したのです それまでのモーセの業績を考えたら 主はその願いを受け入れてくださってもよいように思います その懇願の祈りに対する答えはどうだったでしょうか しかし主は あなたがたのために私を怒り 私の願いを聞き入れてくださらなかった そして主は私に言われた もう十分だ このことについては もう二度とわたしに言ってはならない ピスガの頂に登って 目を上げて西 北 南 東を見よ あなたのその目でよく見よ あなたはこのヨルダンを渡ることができないからだ (3:26-27) なんということでしょう 残念ながらモーセの願いは聞き入れられませんでした なぜでしょうか 神様はメリバでの問題を指摘されました

モーセが約束の地に入れない理由 ところが会衆のためには水がなかったので 彼らは集まってモーセとアロンとに逆らった 民はモーセと争って言った ああ 私たちの兄弟たちが主の前で死んだとき 私たちも死んでいたのなら なぜ あなたがたは主の集会をこの荒野に引き入れて 私たちと 私たちの家畜をここで死なせようとするのか なぜ あなたがたは私たちをエジプトから上らせて この悪い所に引き入れたのか ここは穀物も いちじくも ぶどうも ざくろも育つような所ではない そのうえ 飲み水さえない モーセとアロンは集会の前から去り 会見の天幕の入口に行ってひれ伏した すると主の栄光が彼らに現われた 主はモーセに告げて仰せられた 杖を取れ あなたとあなたの兄弟アロンは 会衆を集めよ あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば 岩は水を出す あなたは 彼らのために岩から水を出し 会衆とその家畜に飲ませよ そこでモーセは 主が彼に命じられたとおりに 主の前から杖を取った そしてモーセとアロンは岩の前に集会を召集して 彼らに言った 逆らう者たちよ さあ 聞け この岩から私たちがあなたがたのために水を出さなければならないのか モーセは手を上げ 彼の杖で岩を二度打った すると たくさんの水がわき出たので 会衆もその家畜も飲んだ しかし 主はモーセとアロンに言われた あなたがたはわたしを信ぜず わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった それゆえ あなたがたは この集会を わたしが彼らに与えた地に導き入れることはできない これがメリバの水 イスラエル人が主と争ったことによるもので 主がこれによってご自身を 聖なる者として示されたのである ( 民数記 20:2-13) モーセは岩を打つ必要はありませんでした いや打つべきではなかったのです ただ岩に命じるだけでよかったのです 主の御言葉は 岩に命じれば 岩は水を出す と言われたのですから 岩を打つことは神の御言葉に対する不信です なんと 二度までも打ってしまったのです モーセは 神様 ホレブの岩の時は 岩を打つように命じられたではありませんか ( 出 17 章 ) と言うことができたと考えるかもしれません しかし 一度ならず 二度までも打っては弁解はできません これは モーセとアロンが主の言葉に背いて神の聖さを表わさなかったということです 新しい世代は約束の地に入れる 反逆の民を 40 年間も忍耐深く導き続けた神の人モーセの たった一度の衝動的な憤 りから出た行為に対する神様の扱いは厳しすぎるように思われます もとはと言えば

イスラエルの民が原因で起こったこと たった一度の失敗だけで約束の地カナンに入れないとするのは 神様 いささか厳しすぎるじゃありませんか と言いたくなります しかし 主は あなたがたのことで私を怒り 私はヨルダンを渡れず またあなたの神 主が相続地としてあなたに与えようとしておられる良い地にはいることができないと誓われた 私は この地で 死ななければならない 私はヨルダンを渡ることができない しかしあなたがたは渡って あの良い地を所有しようとしている (4:2 1-22) ここで気になるのは ヨシュアとカレブは別としても 反逆の民イスラエルの新しい世代は良い地に入れるということです 新しい世代の民とは言っても 本質的には変わっていない人々です 私は あなたの逆らいと あなたがうなじのこわい者であることを知っている ( 申命記 31:27) そんな彼らが入れて なんでモーセが入れないのでしょう なんて不合理な と考えてしまいます 二つの絵図モーセを含め旧約時代の人 事物 出来事の一つ一つは新約時代の影であるとヘブル書の記者は語っています 律法には 後に来るすばらしいものの影はあっても その実物はない ( ヘフ ル 10:1) 決してモーセが滅んでしまったと言うのではありません 彼は生きています ( マタイ 17:3) 私が言いたいのは 神の御子キリストの登場によって モーセの務めは終わる ということです これがヘブル書 3 章 4 章であるとも言えるでしょう ここに 神から律法を受けて民に与えたモーセが約束の地に入れないという絵図を 見ます また主イエスの影であるヨシュアが新しい世代の民を約束の地に導き入れる という絵図を見ます これら二つの絵図は何を意味するのでしょうか ここには新約の福音を見ることができるのではないでしょうか 律法はモーセによって与えられ 恵みとまこととはイエス キリストによって実現した ( ヨハネ 1:17) とあるからです 律法の行ないによって義と認められる人はだれひとりいません ( カ ラテヤ 2:26) 行ないの立派さによって神の国に入れるという人は一人もおりません たった一度の違反であっても違反者であることに違いはないのです それが律法の罪定めです

素晴らしい福音 : 罪人も神の国に入れる モーセのような立派な人は良い地に入れられるが 悪人はだめ! と私は考えます しかし 聖書はそう語っていないのです 主は ニコデモに向かって語られました イエスは答えて言われた まことに まことに あなたに告げます 人は 新しく生まれなければ 神の国を見ることはできません イエスは答えられた まことに まことに あなたに告げます 人は 水と御霊によって生まれなければ 神の国にはいることができません 肉によって生まれた者は肉です 御霊によって生まれた者は霊です モーセが荒野で蛇を上げたように 人の子もまた上げられなければなりません それは 信じる者がみな 人の子にあって永遠のいのちを持つためです ( ヨハネ 3:3-15) イスラエルの指導者 ニコデモは素晴らしい人物です しかし 主イエスは ニコデモのような善良な人物であっても そのままでは神の国には入れないと言われるのです また逆に 邪悪な反逆の民であれば神の国には絶対入れないというのでもありません どんな罪人であっても 新しい世代によって代表される 新しく御霊によって生まれる なら神の国に入れる と主イエスは言われます これは福音です ここに福音の神髄があります 新約聖書はこれをトップニュースとして語っているのです 特にパウロは声を大にして叫んでいるのです これこそ見逃してはならない福音です イスラエルの民同様 生まれながらどうし ようもない心の持ち主である私でも神の国に入れていただけるというのです なぜ入れていただけるのでしょうか キリストが私のような者のためにも死んでくださったからです いのちを与えるために復活されたからです 聖霊によって新しいいのちが信じる私に与えられたからです 神の国は 100 % 新しいいのちの問題です 古い命は全く通用しません 幼いながらも 新しいいのちを得た私の歩みも いのちの御霊によります ( ローマ 8:2-4) 古い命を奮起させて 自力で 律法に従おうとする道ではありません 新しい いのちによって律法を全うさせていただくのです なんと素晴らしい福音でしょう