報道機関各位 2015 年 11 月 16 日 本学附属生命医学研究所 小早川研究員ら 恐怖を引き起こす 匂い を開発し 恐怖の制御メカニズムと制御細胞を発見 学校法人関西医科大学 概要 1928年創立の私立医科大学 学校法人 関西医科大学 大阪府枚方市 理事長 山下敏夫 学 長 友田幸一 以下 本学 附属生命医学研究所 小早川高研究員 山中智子研究員らのチー ムは 恐怖情報の統合制御を担う細胞をマウス脳内の恐怖中枢において初めて発見しました ま た ここで発見した細胞に対する研究から 先天的な恐怖情報は後天的な恐怖応答を抑制する という事実が判明 この細胞は扁桃体 脳領域の一部 内のセロトニン2A受容体が機能する場 所にあり 先天的及び後天的な恐怖情報を統合して先天的な恐怖応答を後天的なものより優先さ せるという 階層的な制御を担っていることが分かりました なお この研究成果は ネイチャー サイエンス と並んで世界三大科学誌として知られ る 米国 セル 誌で11月19日に発表されます (オンライン上では 11月12日 日本時間13 日午前) 発表論文 著者 Tomoko Isosaka, Tomohiko Matsuo, Takashi Yamaguchi, Kazuo Funabiki, Shigetada Nakanishi, Reiko Kobayakawa, Ko Kobayakawa 論文題目 Htr2a-expressing cells in the central amygdala control the hierarchy between innate and learned fear 扁桃体中心核セロトニン2A受容体による先天的と後天的な恐怖の階層性制御 論文雑誌 Cell 11 月 19 日号 1
発見の要旨 恐怖は行動を支配する強力な情動で ヒトや動物の正常な行動に加え精神疾患の症状に影響を 与えます これまで 脳がどのようにして恐怖情報を処理しているのかはよくわかっていません でした 関西医科大学の伊早坂智子 小早川高研究員らのチームは恐怖情報の統合制御を担う細 胞をマウスの脳内の恐怖中枢で初めて発見しました ここで発見した細胞によって 先天的な恐 怖情報は後天的な恐怖応答を抑制するという予想外の事実が明らかになりました この細胞は扁桃体と呼ばれる脳領域にあるセロトニン 2A 受容体が機能する細胞で 先天的と 後天的な恐怖情報を統合して 先天的な恐怖応答を後天的な恐怖応答より優先させるという階層 的な制御を担っていることが明らかになりました 先天的と後天的な恐怖応答はこの細胞によっ て逆方向へ制御されます 従って 後天的な恐怖を緩和する薬剤の投与が 意図に反して先天的 な恐怖を増強してしまう可能性があることが明らかになりました 今後は 精神疾患の原因を先 天的と後天的な側面に分解して診断し 適切な薬剤を投与するという新たな治療戦略が必要にな ることが示唆されます この成果は 世界3大科学誌セル ネイチャー サイエンスとして知ら れる 米国セル誌で 11 月 19 日に発表されます 2
研究の意義 1. マウスの先天的な恐怖情動を強力に誘発する 恐怖臭 が 開発された 恐怖臭は 恐怖情動の解明から強力な忌避剤の 開発まで広範に応用できる 2. 恐怖情動の新たな原則 恐怖の階層制御ルール を解明した このルールはヒトや動物の恐怖情動の理解と精神疾患の 治療法開発に新視点を与える 研究の背景 恐怖は行動に影響を与える強力な情動です 例えば 高いつり橋が風で揺れて足がすくんで動 けなくなった 子供のころ噛まれた記憶が忘れられず犬に近づけないなどのように さまざまな 場面で恐怖は行動を支配します また 恐怖はうつ 強迫性障害 恐怖症 心的外傷後ストレス 障害 PTSD などの精神疾患の発症や症状にも影響を与えると考えられています さらには 未来の生活に対して漠然とした恐怖を感じているような状況では 生活を豊かにする積極的な行 動や 社会を発展させる大胆なチャレンジに取り組むことも困難に感じるかもしれません この ように恐怖は日常的な行動から精神疾患までに影響を与えています 従って 脳が恐怖情報を処 理するメカニズムの解明は ヒトや動物の行動を支配する未知の原理の理解に加え 精神疾患の 診断や治療法を開発する上でも重要な意味を持ちます 恐怖情動は大きく分けて 先天的恐怖と後天的恐怖の2種類に分類できます 先天的恐怖とは ヒトや動物の生存を脅かす危険を避けるために進化の過程で獲得された情動です 高いところか ら転落することや 猛獣に襲われることは全ての個体にとって共通した危険です このような危 険な対象に対して恐怖を感じる能力を遺伝子に持つことは種の繁栄に有利に働くと思われます 一方で ある個体がある場所で危険な経験をすれば その場所に対して後天的に恐怖を感じるよ うになることがあります つまり 先天的恐怖は種全体に共有された恐怖であり 後天的恐怖は 特定の個体だけが持つ恐怖であると言えます 多くの野生動物は常に生存を脅かす危険と隣り合わせで生活しています 従って 恐怖を感じ るような危険な環境でも生き抜くために餌を求めて行動を続ける必要があります ヒトであって 3
も戦場や災害現場などに立たされれば同じように危険に囲まれて生き抜かざるを得なくなりま す もし 先天的と後天的な恐怖情報が同時に存在する場面でそれらの優先順位を決定しなけれ ばならないとしたら どのようにするのでしょうか 悩んでしまって 行動できなくなるのでし ょうか 私たちは このような究極の選択の場面で脳がどのように情報処理をして行動を選択す るのかという未解明の問題に 解剖学 分子生物学 生理学 行動学などの方法を駆使して挑戦 しました その結果 恐怖を司る細胞を脳の恐怖中枢で発見し さらに この細胞がどのように 行動を制御するのかを解明することにも成功しました 研究の結果 1 極めて強力な先天的恐怖を誘発する匂い分子の発見 マウスは天敵である肉食動物の匂いに対して先天的な恐怖を示すことを私たちは解明してき ました マウスがどの程度の恐怖を感じているのかはすくみ時間を指標に計測できます これま で知られていた天敵に由来する匂い分子では弱い恐怖しか引き起こせませんでしたが 私たちは 後天的な条件に匹敵する強力な先天的恐怖を誘発する匂い分子 恐怖臭 の開発に初めて成功し ました この成功によりこれまで困難であった先天的な恐怖の制御メカニズムを解明することが 可能になりました なお 後天的な恐怖はあらかじめ弱い電気ショックと関連学習させたスパイ スの匂いを嗅がせることで誘発しました 2 先天的恐怖が後天的恐怖を抑制することを発見 2つに分かれた通路の先端に餌が置いてあります 片側の通路には先天的恐怖の匂い もう一 方の通路には後天的恐怖の匂いが置いてあります しばらく絶食したマウスは餌を食べるために いずれかの通路に入らなければなりません どちらを選択するのでしょうか この実験を行うと マウスは先天的な恐怖の匂いを避けて 後天的な恐怖の匂いがある通路に入って餌を食べること が分かりました 次に 先天的と後天的な恐怖の匂いを連続してマウスに嗅がせる実験をしました 興味深いこ とに 先天的恐怖の匂いを後天的恐怖の匂いに先立って嗅がせると 後天的な恐怖行動が抑制さ れることが分かりました しかし 逆に後天的恐怖の匂いを先天的恐怖の匂いに先立って嗅がせ ても 先天的な恐怖行動には影響がありませんでした これらの結果を総合すると 先天的と後天的な恐怖情報が同時に存在すると 先天的恐怖が優 4
先されること また 先天的恐怖の刺激は後天的恐怖の行動を抑制することが分かりました つ まり 先天的と後天的な恐怖は階層的かつ拮抗的に制御されるということになります 3 先天的と後天的な恐怖の拮抗的で階層的な制御を司る細胞 分子を発見 先天的と後天的な恐怖反応が拮抗的な関係にあるという現象は ある種の分子の作用で説明で きるのでしょうか 多くの場合 このような未知の現象を担う分子を同定することは容易ではあ りません 私たちは 精神状態に影響を及ぼす作用を持つ様々な種類の向精神薬を投与した条件 で 先天的と後天的な恐怖応答への影響を解析しました その結果 リスペリドンという統合失 調症などの治療薬を投与すると後天的恐怖は緩和されるのですが 先天的恐怖は逆に増強される ことが分かりました リスペリドンの分子標的のひとつはセロトニン2A 受容体です 次に 先天的と後天的な恐怖の制御に関与する脳領域の探索を 全脳活性化マッピング法とい う技術を用いて行いました この技術ではある行動をしているマウスの全脳領域の神経活動を神 経活動マーカー遺伝子を指標にして解析できます この解析の結果 偏桃体の中心核と呼ばれる 領域が先天的と後天的な恐怖情報の統合に関与する候補領域の一つとなることが分かりました 続いて 扁桃体中心核のセロトニン2A 受容体陽性細胞が先天的と後天的な恐怖の制御に関与し ていることを以下の方法で確認しました 5 ある種類の遺伝子操作マウスを活用することで 扁桃体中心核のセロトニン2A 受容体陽性細 胞だけの神経活動の観察や操作をすることができるようになります この遺伝子操作マウスを使 って以下の一連の実験を行いました 麻酔や拘束をしない 自由に行動できる条件で脳の深部にある扁桃体の神経活動を観察するた めに 光ファイバーの束で作成した内視鏡を使いました この内視鏡は柔らかいためにマウスの 行動を妨げません 先天的な恐怖の匂いをかがせると 扁桃体中心核のセロトニン2A 受容体陽 性細胞の神経活動が低下しました 一方で 後天的な恐怖の匂いをかがせてもこのような変化は 認められませんでした 薬理遺伝学と光遺伝学の技術を活用して扁桃体中心核のセロトニン2A 受容体陽性細胞の神 経活動を人為的に制御した影響を調べました これらの方法で扁桃体中心核のセロトニン2A 受 容体陽性細胞の活動を人為的に抑制すると 後天的な恐怖行動が抑制されるとともに 先天的な 恐怖行動が増強されました
また 扁桃体中心核のセロトニン2A 受容体陽性細胞の活動を人為的に上昇させた条件では 通常のマウスでは観察された 先天的な恐怖刺激による後天的な恐怖応答の抑制が起こらず 逆 に 後天的な恐怖応答の増強が観察されました 以上の結果から 私たちは 扁桃体中心核のセロトニン2A 受容体陽性細胞は先天的と後天的 な恐怖の階層性の制御を司っていると結論付けました 研究組織 学校法人 関西医科大学 附属生命医学研究所 小早川高 研究責任者 小早川令子 山中智子 学校法人 関西医科大学 573-1010 大阪府枚方市新町 2 丁目 5 番 1 号 総務部広報課 同附属生命医学研究所 6 担当 小早川 高研究員 E-MAIL skobayak@me.com