論 文 非伝統的商標と著名商標の関係 - エルメス バーキン事件 1 を契機に - Nontraditional Trademarks and Well-known Trademarks - A Issue raised by the Hermes Birkin Bag Case - 大友信秀 *

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非伝統的商標と著名商標の関係 - エルメス バーキン事件 1 を契機に - Nontraditional Trademarks and Well-known Trademarks - A Issue raised by the Hermes Birkin Bag Case - 大友信秀 * Nobuhide OTOMO 抄録非伝統的商標の保護範囲につき, 立体商標の侵害事件であるエルメス バーキン事件を例に分析し, 著名商標の保護の規律のあり方を検討する はじめに 2015 年から立体商標以外の非伝統的商標にも保護が認められるようになり, 出願に対する審査結果が特許庁により公表された 2 2014 年には, ホンダ スーパーカブに立体商標が認められるなど, 非伝統的商標への注目が続いている 3 しかしながら, 非伝統的商標に関しては, 審査における識別力の証明に関する問題, 登録後の保護範囲の問題につき, 未だ確定していないことも多い 本稿では, これまでの審査状況を概観し, 非伝統的商標である立体商標の侵害が問題となったエルメス バーキン事件を素材に, 識別力の問題から非伝統的商標であると同時に著名商標でもある商標の保護範囲の問題をじる 1. 非伝統的商標保護の要請 (1) 非伝統的商標保護の導入 1997 年より, 立体商標の登録が認められるよう になり 4, それまでの字, 図形もしくはその結合 による商標という伝統的な商標に加え非伝統的商 標が保護されるようになった このことは, 実務 上の要請やそのような商標に保護を認める国際的 趨勢が影響しており, このことにより, 工業所有 権の保護に関するパリ条約に定められているテル ケル商標の保護 (6 条の 5B) との整合性の問題も 解消することとなった 5 立体商標の保護は, 知的 所有権の貿易関連の側面に関する協定 (TRIPs 協 定 ) との関係でも導入が必要とされていたが, 音 や香り等のその他の非伝統的商標については,15 条 (1) により, 保護対象から除外することが加盟 国に認められている このような条約上義務づけられていない非伝統 的商標のうち, 動き商標, ホログラム商標, * 金沢大学法学系教授 Professor, Faculty of Law, Kanazawa University 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3 35

位置商標, 色彩のみからなる商標, 音商標 の保護が認められることとなり, 平成 26 年商標法改正により,2015 年 4 月 1 日から出願が認められた 6 このように新たに非伝統的商標の保護が認められるようになったのも, 立体商標同様, 社会的ニーズの増加という実務上の要請と欧米を中心とする諸外国ですでにそのような種類の商標の保護が認められるようになっていたことを背景としていた 7 なお, 今回の改正では, におい, 味, 触感, トレードドレス については商標保護の対象に加えられなかったが, 今後の実務状況の変化等により迅速に対応できる措置もとられた 8 (2) 立体商標の審査 登録状況立体商標については,2014 年にホンダのスーパーカブに登録が認められ 9, 同時期にショウワノートのジャポニカ学習帳 ( の字を抜いた表表紙及び裏表紙のレイアウト ) に立体商標としての登録が認められたことがプレスリリースされ 10 注目されるようになったが, すでに不二家のペコちゃん 11 などのキャラクター 12 やコカ コーラ 13 などの飲料容器 14 という著名な立体形状に対する商標登録が認められてきた ペコちゃんのようなキャラクターと異なり商品の包装や容器は, 通常, 字商標やロゴ等を付して流通している このため, そのような字やロゴを除いても自他識別力を持つかどうかを, 包装や容器の使用歴によっては直接証明できない この点につき, 使用による識別力に関するアンケート結果を重視する判決が続き, 実務上の対応策が示されてきた 15 (3) 立体商標の登録要件と具体的な審査方法上述した商品の包装や容器のように字商標やロゴ等が付された立体形状に対して, 従前は, 登 録査定を認めない審決及び判決が続いた 16 その ような流れを変えたのが, 知的財産高等裁判所 ( 以 下, 知財高裁という ) の MAGLITE 判決であり 17, 18 これを普遍化させた知財高裁の Coca-Clola 判決 であった ( いずれも裁判長は飯村敏明判事であ る ) これらの判決により, 字商標との併用が 一律に登録を認めないとの結果につながることが 否定された 19 その後, 商品の形状が 3 条 1 項 3 号にそもそも該当しないとする判決 20 も現れたが, その後,Coca-Cola 判決を踏襲する実務が定着した 21 また, 立体商標の識別力を具体的に検討する方 法として, 立体商標を観察する場合に, 最も消費 者に訴えかける一方向から見た側面の外観を基準 とするとの考え方も示されている 22 人の目では 一方向からしか見ることができず立体全体を一度 に把握することはできないため, 特徴的な一つの 側面の類似によっても, 立体商標の識別力の有無 を判断できるとするものであり, 後述の侵害事件 に対するエルメス バーキン判決における類否の 判断でもこの考え方が採用された (4) 平成 26 年改正による非伝統的商標の審 23 査 登録状況 2015 年 10 月 27 日, 平成 26 年改正により認め られることとなった新しい商標の審査結果が特許 庁により公表された 24 同公表時点で, 新しく認 められた商標に対して 1000 件を超える出願がな されており,43 の出願に登録査定が下された ( 内 訳は, 音が 21, 動きが 16, 位置が 5, ホログラム が 1 となっている ) このうち, 音の商標については, 音に歌詞もし くは言葉が付随しているものが登録査定になって おり, 音単独のもので登録査定になったものはな い 大幸製薬によるラッパの音の商標出願に対し ては, 第三者による刊行物等提出書が提出されて 36 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3

おり, 登録査定は下されていない 25 動き商標では, 東レによる光の線が数字に変わ り, 数字が nanoalloy TECHNOLOGY という字に変わるという動きを表したもの 26, 小林製 薬による男性の腹部が輪切りになり,CT 画像の ような画像に変化していくもの 27, 三洋物産によ るパチンコ 海物語 で使用されている魚群 ( 魚 群自体は, 図形商標として登録されている 28 ) の 動きを表したもの 29, ワコールによる花のつぼみ のような画像が同社のロゴ ( 既に図形商標として 登録されている 30 ) に変化する動きを表したもの 31, 菊正宗酒造による, 一升瓶を包んだ風呂敷がほど けて中から一升瓶が現れるというもの 32 等が登録 査定になっている 位置商標については, ドクターシーラボによる 赤色のリボンの位置に対する商標 33, エドウイン のジーンズの後ポケットの左上方に付された EDWIN という字が記載された赤い長方形のタ ブの位置に対する商標 34, セイコーマートの店舗の 35 窓及び壁面上部の帯状図形部分に対する商標等 がある ホログラム商標は, ほとんどが金融業から出願 されているが, そのうち三井住友カードの出願に 対して登録査定がなされた 36 色彩商標については,400 件以上の出願があり ながら登録査定が下されたものは 1 件もなかった (5) 新しい商標の審査上の問題及び今後の課題これら新しい商標に共通する問題として, 登録 商標と使用商標の同一性を自らどのように確保す るのか, そして, 侵害判断の場面での同一性もし くは類似性をどのように判断するのかということ が上げられる また, たとえば, 動画の商標につ いて言えば, 小林製薬による動き商標は非常に詳 細であるため, これを商標として使用する場合に, 同じ動画をどのように使用し続けるのか注目される また, 三洋物産の魚群の動きは, どの程度類似すれば侵害とされるのかにより, 保護範囲が大きく変わるため, 今後の侵害例が待たれる 菊正宗酒造の動き商標は出願書類上, 風呂敷がほどけた後に現れる一升瓶に菊正宗のラベルが貼られており, 他者が別のラベルを貼った一升瓶を使用した場合, ワイン等の他の種類のアルコール飲料が使用された場合, ノンアルコール飲料の場合等の保護範囲の確定も議になるだろう 非伝統的商標全体に関わる問題としては, 他者による登録商標の使用が商標的使用ではないとされることはないのかも, 今後の実務で注目されることになるだろう たとえば, いまだに登録査定のない色の商標に関しては, 色彩の自由使用の確保の要請及び取得後の類似範囲の厳格な限定の要請から慎重な審査がなされているものと考えられる 一般的には, 競争市場において赤色と青色が重要視されており 37, これらの色の使用継続に成功した者が商標としてその色自体を独占できることになれば, 市場において強力な顧客誘因力を独占することとなる 後続の市場参入者にも一定の競争環境が残されていることは不可欠であり, このような点からも, 色の限定及び指定商品もしくは指定役務の限定が他の商標に比べ厳格に求められることとなろう また, そのような審査時の判断が侵害判断の場面でも考慮され, 商標的使用該当性もしくは類似性の判断に影響を与えることも予想される 2. 非伝統的商標と識別力 審査及び登録査定の状況を概観すると, 音の商標の場合には, 言語的要素が入っているもの, それ以外の商標の場合はすでに図形商標等で登録済 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3 37

みのロゴ等を含むものへの登録査定は認められていることがわかる このように, 今回の登録査定は, 識別力を認めやすいものに対して認められており, 識別力に対する独立した証明が必要となる出願に対する判断はこれから明らかになる これまでに, 立体商標で確立されてきたように, アンケート等により, 使用による識別力の獲得を示していくことが求められる場合もあるだろう その際, 機能や美的要素の関係から, 識別力を否定することがあり得るかも今後の関心の対象となる 後述するように, 侵害事件での保護範囲確定に密接に関わる問題であり, 実務の確立に慎重さが求められよう 38 3. エルメス バーキン事件 ( 立体商標 ) 著名なブランドであるエルメスが自社のハンドバックの立体形状に対して取得した商標 39 の侵害に対する判決が下された 40 同事件は, 立体商標の侵害訴訟として初めてのものであり, 保護範囲の確定方法を示すものとして注目された 41 同事件により, 立体商標の保護範囲の問題が侵害時の保護範囲の確定のみではなく審査時の識別力の判断とも関係することが明らかになった 非伝統的商標を既存の商標法にどのように位置づけるのかという問題を検討する上で参考になる点が多いため, 以下に本件を紹介する (1) 事案の概要 1 請求原因原告エルメスは, バーキン の名称で世界的に広く知られるハンドバッグの形状に立体商標を有している 被告は, 香港発ユニークブランド GINGERBAG( ジンジャーバッグ ) 公式販売店としバーキンの特徴的な部分を構成する蓋部やベルト等につき, 質感を表現した写真を貼付し, バ ーキンと類似する形態の被告各商品を輸入しインターネット上で販売していた 42 原告は, 被告による原告の商標権の侵害及び不正競争防止法 2 条 1 項 1 号,2 号に該当する不正競争行為を理由に差止め及び損害賠償を求めて訴えを提起した 2 商標権侵害について東京地裁 ( 以下, 裁判所という ) は, 立体商標と他の標章との類否判断においても通常の基準が妥当することを確認した上で 43, 平面標章を含む被告標章と立体商標である原告商標の類否判断方法を示した その方法は, 立体商標の 一又は二以上の特定の方向 ( 所定方向 ) を想定し, 所定方向からこれを見たときに看者の視覚に映る姿の特徴によって商品又は役務の出所を識別することができるものとすることが通常 であることを前提に 所定方向から見たときに視覚に映る姿が特定の平面商標と同一又は近似する場合には, 原則として, 当該立体商標と当該平面商標との間に外観類似の関係があるというべき とするものである このように立体商標と平面商標の類否判断では 所定方向 からの視覚イメージが極めて重要であるため, 所定方向 の特定が類否判断を左右することになる 裁判所は, この 所定方向 の決定は, 当該立体商標の構成態様に基づき, 個別的, 客観的に判断されるべき事柄である とし, 本件における所定方向については, 装飾が施された正面部であるとした 44 被告標章との類否においては, 正面部の共通する視覚的特徴を確認し, 他方, その他の方向から観察した場合に, 原告標章においては立体的に表現された蓋部等が被告標章では立体的でないが, これら上部及び側面部は所定方向に該当しないため所定方向から観察した外観の類否判断に影響を 38 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3

与えないとした 被告は, 被告各商品につき, そのデザインは写真として似ているかもしれないが, 素材や価格などで明確に区別できる と主張していたが, 裁判所は, 外観が類似しているとの 判断を覆すに足る事実は何ら認めることができないし, 商品の出所の誤認混同をきたすおそれがないものとも認められない とした 3 不正競争防止法上の責任 (ⅰ)2 条 1 項 2 号 ( 著名表示 ) 裁判所は, 原告による販売, 広告宣伝活動を通じ, 原告標章が 原告の出所標識として著名なものとして, 独立して自他商品識別力を獲得した ことを認め, 被告標章の正面が原告標章と同一の特徴を備えており, 全体的形状が原告標章と類似するため, 被告は原告標章を自己の商品等表示としてこれを使用したということができる とした (ⅱ)2 条 1 項 1 号 ( 周知表示 ) 裁判所は,2 条 1 項 2 号の判断において著名性を認めたことから周知性は十分に満たしていることを前提に, そのように著名な原告標章と被告標章が類似することから誤認混同のおそれを認めた 4 損害額等被告が被告商品による利益額等を訴訟前に詳細に原告に伝えていたことから, 商標法 38 条 2 項 ( 被告利益額による損害額の推定規定 ) による損害額 65 万 8400 円が認められた また, 原告商品が 1 個 100 万円程度の価格を維持しているのに比べ 1 万 5 千円から 2 万円程度の被告商品は 著しく粗悪な商品 であると認定し, これにより原告商品にかかる信用を毀損した損害額が 150 万円をくだらないとした 認められた損害賠償額合計は弁護 士費用 20 万円を加えた 235 万 8400 円である (2) 判決をどう評価するか本件エルメス事件の被告は, 原告の求めに応じ, 訴訟前に, 被告商品の販売数や販売価格に加え輸 入時のインボイスも送信している これは, 原告 が被告に対して内容証明郵便を送付する際に, 被 告商品の販売中止に加え, 被告商品の販売期間, 販売数量及び販売価格等の開示を求めたことによ るものと考えられる 被告はこれに対して正直に対応したために, 訴 訟上極めて重要な事実を訴訟前に原告に開示する こととなった このような姿勢からは, 被告が被 告商品の輸入 販売に際して, 購入者に原告商品 であるとの誤認混同を生じさせる意思がなかった ことが窺える 本件において, 被告の過失の認定 や損害額, とりわけ信用毀損に基づくものに関し てこのような点が考慮されたかは判決からは明ら かではない 本件被告は, 商標的使用についても争った形跡 がなく, 本件を立体商標の侵害判断の先例とする には各点が十分に扱われていないため注意が必 要である 4. 商標法 3 条 2 項 ( 使用による特別顕著性 ) 商標は, 自己の商品もしくは役務を表示するも のとして使用に先立ち登録することで他者を排し て独占的に使用することが可能になる しかしな がら, 商標はその使用に先立って登録させること でその後の独占的使用を確保するものであるため, 出願時の商標には使用により獲得される信用がそ の時点で化体しているわけではない 審査におい ても求められるのは, 使用時に他者の商標と区別 できることという程度の自他識別力が原則となる 45 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3 39

これに対して, 立体商標は商品の形状が使用されることにより, 形状そのものを超え, 自他商品識別力を獲得した場合に認められるものである 46 立体商標は, 本来的には自他商品識別力を持たない標章が長期間の使用によりその力を獲得したことから登録を認められる特別な商標である したがって, 立体商標はその登録時から全国的な著名性を有しており, 著名商標が直面する問題はそのまま立体商標の問題となる 5. 著名商標の保護と商標法の役割 不正競争防止法では,2 条 1 項 2 号により, 著名な商品等表示は混同が生じない場合でも他人の利用を禁止することにより保護されることになっている これに対して, 商標法では登録商標と同一もしくはこれに類似する標章の利用が混同を生じさせることからその使用は禁止されることになる つまり, 登録商標に類似する標章の利用は混同を推定させることになる しかし, 逆に言えば, 本来, 混同が生じないことが明らかな場合にまで類似する標章の使用を禁止する必要はないことにもなる 立体商標は使用により著名になっているからこそ登録が認められるものである このため, 混同が生じない場合にも他者の同一もしくは類似の標章の使用により生じる希釈化や汚染からの保護への期待も大きいと考えられるが, 商標法の枠内では, 著名商標に対してすでに用意されている防護標章制度等を超えて, 混同が生じないことが明らかな場合にまで保護を認めることはできない したがって, 本件判決のように, 被告が主張した素材や価格の違いを軽視したまま行った外観の類似性判断を前提に商品の出所の誤認混同をきたすおそれがないとする判断は, 類似性判断が出所の誤認混同の可能性判断を省略させており, この 点で商標法の役割を踏み越えていると言わざるを 得ない 他方で, 商標は著名になればなるほど, その細 部にまで需要者が認識することとなり, 些細な差 異についても気づくことになる その結果, 商標 が著名であればあるほど混同を生じさせる可能性 が減少することとなる このジレンマを解決する ために, 類似性, 混同, 商標的使用という要件の いずれを機能させることが著名商標と非著名商標 に共通して適用される商標法のあり方として適当 かを検討する必要がある 6. 立体商標と商標的使用 ( 商品等表示との関係 ) 立体商標には, ペコちゃんのように, キャラク ターを立体化したものも存在する このようなキ ャラクターを使用することは, それが著作権等の 知的財産権の対象になっていない場合, 原則自由 である これらキャラクターが立体商標として登 録を認められるのは, キャラクターを使用する他 人の行為が自己の商品や役務の出所を誤認させる 行為となるからである すなわち, 立体商標の侵 害は, 侵害者が自己の商品や役務に対して商標的 使用をしている場合に限られるのである 著作権の対象になっているキャラクターに対し て商標を取得し, これを長年にわたって使用して いれば, 当然, 自他商品識別力を獲得することに なる このことにより著作権の保護期間が切れた 後にもキャラクターの使用を独占することができ ることになれば, 著作権法の趣旨を没却すること になる ( このことは意匠法との関係にも同様に当 てはまる ) そのためには, キャラクターの使用 が商標的使用でない場合には, 商標権侵害を認め ないことが必要になる 本件を改めて眺めてみる と, 本件原告立体商標の対象であるバーキンはハ 40 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3

ンドバックであることから通常は著作物と認められないものであり,1984 年の販売から 30 年以上経過しているため意匠法及びそれを補完する役割を担う不正競争防止法 2 条 1 項 3 号の保護も及ばないことになる 47 本件判決は, 原告商標と被告標章の類否判断から誤認混同の可能性を認め, 被告行為が商標的使用に該当するかどうかは全く判断しておらず, このことは不正競争防止法の判断においても同様である 48 このように, 本件判決によれば, 立体商標は, 他人がその商標と類似する標章を使用した場合, その目的や態様を問わず, したがって出所の誤認 混同が生じていない場合であっても侵害が認められる強力な権利であることになってしまう 7. 立体商標の類否判断 本件判決は, 立体商標の類否判断は, 一又は二以上の特定の方向 ( 所定方向 ) から見た特徴を比較することによって行うとした 49 本件被告商品は原告商品に対して素材に大きな違いがあるものの, 写真のように素材感が明瞭でないものと比較すれば類似性を認め易いものであった しかしながら, バーキンのパロディ商品には, 台湾の BANANE TAIPEI 50 が製造 販売していた商品のように平面で構成されたキャンバス生地にバーキンに類似する横方向から見たデザインをプリントしたものもある 51 このようなバッグは形状において明らかにバーキンとは異なるが, 正面一方向から見た場合にはそこに見えるデザインは類似しているとされるだろう このような商品をエルメスが自ら製造 販売することも全くあり得ないわけではないが, 第三者がエルメスではないことを明示して製造 販売する場合には, 消費者がこれをエルメスもしくはエルメスと関係のある者が扱っ ていると考えることは想像しにくい かえって本 件被告商品を購入していた消費者に見られるよう に, エルメスの商品でないことを認識した上で購 入している場合が多いと考えられる ただし, こ のような第三者による商品形態の使用を放置すれ ば, 商品形態自体が商標としての機能を有してい る以上, 希釈化 ( ダイリューション ) や汚染 ( ポ リューション ) による商標価値の減少を招くこと につながる したがって, 商標権者がこれらブラ ンドに関わる利益を保護したいとする要請への法 的対応は用意されるべきであるが, これら著名商 標に必要な保護は現行法では不正競争防止法 2 条 1 項 2 号等に期待されている 本件のように, 商 標法において, 著名商標の保護を図るためには, これまでの解釈及び制度設計に大きな修正が迫ら れることになるのではないだろうか 非伝統的商 標の登録が認められるようになった今こそ, この 問題を議する好機であると言えよう 8. 保護範囲を画するのは審査か侵害訴訟か? 登録主義の下で商標が一旦登録されると, これ に類似する標章の利用は出所の誤認混同を強く推 定させることになる 本件のように侵害裁判所に おいて具体的な出所の誤認混同についての検討が 行われないのであれば, 審査段階でそのことを予 測してより緻密な著名性及び該当事業領域におけ る競争排除的要素について検討することが必要と されるのではないだろうか もちろん, 後者につ いては特許庁の審査官の本来的役割ではないが, 本件判決のような判断が今後も続くのであれば, 現状の立体商標制度が商標制度の役割を大きく変 更することにもなりかねない また, これらの問 題は, 音や香り等の新しいタイプの商標において はさらに問題となることが予想される 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3 41

おわりに 以上のような非伝統的商標への審査及び侵害訴訟における対応の確立のためには, 商標法における著名商標の位置づけと関連させた理の確立が求められる このような問題を解決するためには, 実務に任せるのみではなく, 研究者を含む専門家による速やかな議が期待される 10 11 商標登録第 5639776 号 (2014 年 12 月 27 日登録 ) 商標登録第 4157614 号 (1998 年 6 月 19 日登録 ) ( 付記 ) 本稿は,JSPS 科研費 25285034 の助成を受け たものである 注 ) 1 東京地判平成 26 年 5 月 21 日最高裁 HP 2 http://www.meti.go.jp/press/2015/10/20151027004/201510 27004.pdf 参照 3 田村祐一 知財実務の動き 新しいタイプの商標の審査運用と課題 年報知的財産法 2015-2016,9 頁 (2015), Focus 新しい商標 各社はどう動いたか Business Law Journal 96 号 20 頁 (2016), 佐藤俊司 新しいタイプの商標の出願 審査状況について ジュリ 1488 号 29 頁 (2016) 4 平成 6 年法律第 68 号 5 特許庁 平成 8 年改正工業所有権法の解説 ( 発明協会,1996 年 )159 頁 6 2015 年 4 月 25 日に成立した特許法等の一部を改正する法律 ( 平成 26 年 5 月 14 日法律第 36 号 ) により, 色彩や音の商標が認められることとなった ( 商標法 2 条 1 項,3 項, 4 項 2 号 ) 7 商標制度の見直しに係る検討課題について ( 第 19 回商標制度章委員会資料 )1,3-4 頁 at http://www.jpo.go.j p/shiryou/toushin/shingikai/pdf/t_mark20/08sankou2.pdf 参照 8 今回の改正により, 商標法 2 条 1 項柱書における商標の定義が 人の知覚によって認識することができるもののうち, 字, 図形, 記号, 立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合, 音その他政令で定めるもの となり, 保護対象が政令委任により拡大できるようになった 9 商標登録第 5674666 号 (2014 年 6 月 6 日登録 ) 12 その他にも, ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダース像 ( 商標登録第 4153602 号,4170866 号 ) や早稲田大学の大隈重信像 ( 商標登録第 4164983 号 ) も立体商標として登録されている 13 商標登録第 5225619 号 (2009 年 4 月 24 日登録 ) 14 商標登録第 5384525 号 (2011 年 1 月 21 日登録 ) 15 知財高判平成 22 年 11 月 16 日判時 2113 号 135 頁 [ 第 2 次ヤクルト ], 平成 23 年 5 月 31 日拒絶査定不服審決 [ バーキン ] 審判番号 2010-11402, 平成 26 年 3 月 27 日拒絶査定不服審決 [ スーパーカブ ] 審判番号 2013 9036 等参照 また, 使用による識別力を証明するアンケートの役割については, 第 2 次ヤクルト事件を分析した, 山田威一 42 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3

郎 立体商標の識別力とアンケート調査 第 2 次ヤクルト立体商標事件 知財管理 61 巻 6 号 837 頁 (2011) 参照 16 東京高判平成 12 年 12 月 21 日判時 1746 号 129 頁 [Pegeil 筆記具 ], 東京高判平成 13 年 7 月 17 日判時 1769 号 98 頁 [ 第 1 次ヤクルト ], 東京高判平成 14 年 7 月 18 日最高裁 HP [Ferragamoかばん金具], 東京高判平成 15 年 8 月 29 日最高裁 HP[SUNTORY 角型ウィスキー瓶 ], 知財高判平成 18 年 11 月 29 日判時 1950 号 3 頁 [ ひよ子 ] 参照 17 知財高判平成 19 年 6 月 27 日判時 1984 号 3 頁 18 知財高判平成 20 年 5 月 29 日判時 2006 号 36 頁 19 同判決で問題となった商標法 3 条 2 項該当性の判断基準, ならびに同法 3 条 1 項 3 号と4 条 1 項 18 号の2の関係について, 田村善之 劉曉倩 立体商標の登録要件について ( その1),( その2)( 完 ) 知財管理 58 巻 10 号 1267 頁, 同 11 号 1393 頁 (2008) が詳細な分析を行っている 20 知財高判平成 20 年 6 月 30 日判時 2056 号 133 頁 [GuyLianシーシェルバー ] 21 知財高判平成 23 年 4 月 21 日判時 2114 号 19 頁 [L EAU D ISSEY], 知財高判平成 23 年 4 月 21 日判時 2114 号 9 頁 [JEAN PAUL GAULTIER CLASSIQUE ], 知財高判平成 23 年 6 月 29 日判時 2122 号 33 頁 [Yチェア] 等参照 22 東京高判平成 13 年 1 月 31 日最高裁 HP[ タコ商標 ] 23 新しいタイプの商標の審査運用については, 田村祐一, 前掲注 3,9 頁が詳しい また, 新しいタイプの商標の登録に関する特許庁の公表を受けて, 新しい商標に関するコメントが示されている 佐藤俊司, 前掲注 3, 青木博通 登録査定 拒絶理由を踏まえた傾向と対策 Business Law Journal 96 号 20 頁 (2016), 櫻田賢 商標実務への影響をどう見るか 同 29 頁, 友利昴 私たちは何を求めて 新しいタイプの商標 を出願登録したのか? 同 31 頁参照 24 前掲注 2 参照 25 同ラッパの音が旧陸軍に使用されていることが公序良俗に反すること等を理由にしている 26 商標登録第 5816758 号,5816759 号,5816760 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 27 商標登録第 5804303 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 28 商標登録第 5786846 号 (2015 年 8 月 21 日登録 ) 29 商標登録第 5805758 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 30 商標登録第 4799043 号 (2004 年 9 月 3 日登録 ) 31 商標登録第 5804316 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 32 商標登録第 5804568 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 33 商標登録第 5804314 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 34 商標登録第 5807881 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 35 商標登録第 5805761 号, 第 5805762 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 36 商標登録第 5804315 号 (2015 年 11 月 6 日登録 ) 37 清涼飲料水市場におけるコカ コーラとペプシ ( 前者は赤色, 後者は赤色に加え青色を自社イメージ色として使用している ) やPC 周辺機器市場におけるバッファローとエレコム ( 前者は赤色, 後者は青色を自社イメージカラーとして使用している ) の例からも理解できるだろう 38 識別性の問題は, 類似性の判断とも密接に関わる 非伝統的商標の識別性と類似性の問題について, 審査の 39 40 41 42 観点からじたものとして, 土肥一史 新商標の識別性と類似性 中山古希記念集 はばたき-21 世紀の知的財産法 ( 弘堂,2015)779 頁参照 商標登録第 5438059 号 (2011 年 9 月 9 日登録 ) 前掲注 1, 東京地判平成 26 年 5 月 21 日 大友信秀 Has Hermès got the AIGIS?( エルメスはイージスを手に入れたのか?)~ 立体商標は 商標的使用 概念を無効化するか?~ ( ウエストロー ジャパン 判例コラム第 29 号 )at http://www.westlawjapan.c om/column-law/2014/140714/(2014 年 7 月 14 日掲載 ), 泉克幸 判批 新 判例解説 Watch 知的財産法 No.98(TK Cローライブラリ,2015 年 8 月 7 日 )at https://lex.lawlibra ry.jp/commentary/pdf/z18817009-00-110981255_tkc.pdf 等参照 本件被告商品が表示されたネット上のサイト画像 ( 現在はすでに削除されている ) 43 商標と標章の類否は, 対比される標章が同一又は類似の商品 役務に使用された場合に, 商品 役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが, それには, そのような商品 役務に使用された標章がその外観, 観念, 称呼等によって取引者, 需要者に与える印象, 記憶, 連想等を総合して全体的に考察すべく, しかもその商品 役務の取引の実情を明らかにし得る限り, その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである そして, 商標と標章の外観, 観念又は称呼の類似は, その商標を使用した商品 役務につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず, したがって, これら 3 点のうち類似する点があるとしても, 他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって, 何ら商品 役務の出所の誤認混同をきたすおそれの認め難いものについては, これを類似の標章と解することはできないというべきである ( 最高裁昭和 39 年 ( 行ツ ) 第 110 号同 43 年 2 月 27 日第三小法廷判決 民集 22 巻 2 号 399 頁, 最高裁平成 6 年 ( オ ) 第 1102 号同 9 年 3 月 11 日第三小法廷判決 民集 51 巻 3 号 1055 頁参照 ) 44 正面部には, その対面側に相当する背面部とは異なり, 装飾的要素を備えた蓋部, ベルト, 固定具が表示 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3 43

されており, ハンドルを持って携帯した際に携帯者側に向かって隠れる背面部とは異なって外部に向き, 他者の注意を惹くものであるから, この正面部は, 少なくとも所定方向の一つに該当するものと解される 45 商標法 3 条 1 項 46 商標法 3 条 2 項, 商標審査便覧 立体商標の識別力の審査に関する運用について 参照 47 意匠法 21 条, 不正競争防止法 19 条 1 項 5 号イ参照 48 被告各商品の形態である被告標章は, その全体的形状は 原告標章と類似するものというべきであるから, 被告は原告標章を自己の商品等表示としてこれを使用したものということができる ( 不競法 2 条 1 項 3 号 ) なお, 商標法における 商標的使用 と不正競争防止法における 商品等表示としての使用 を総合的に考察するものとして, 青木博通 知的財産権としてのブランドとデザイン ( 有斐閣,2007)227 頁 ( 商標権侵害の基準 商標的使用態様 ) 参照 49 立体商標の審査段階でこのような方法を採用するとした判決はすでにあったが ( 前掲注 22[ タコ商標 ]), 侵害事件でも同様な判断が示された 50 BANANE TAIPEI のロゴはエルメスを意識したものであり, 商品を含め, パロディを意識していることが窺われる Hermès のロゴ BANANE TAIPEI ホームページより http://www.bananetaipei.com/pages/about-us 51 BANANE TAIPEI のホームページで紹介されていた同社商品であるが現在は販売 宣伝されていない なお, ロサンゼルスの Thursday Friday も同様の商品を製造 販売していたが, 訴訟外で解決されたため詳細は不明である 44 特許研究 PATENT STUDIES No.61 2016/3