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楽譜基礎

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本時では, 鑑賞する際に着目する [ 共通事項 ] を4つ示し, 強弱 を必ず手がかりとすることに加え, 音色 リズム 旋律 のいずれかを生徒自らが選択し着目することとした そうすることで, 個々の生徒のレベルに応じた学習となり, 努力を要する 状況と判断した生徒にも無理のない学習活動となると考える

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(2) 授業との関連 共通事項 の各項目の中から音色 リズム 旋律 強弱を中心に, それらの働きが生み出す特質や雰囲気を感受しながら場面を想像する学習をする 自の思い浮かべた場面は音楽のどのようなところから想像したのかを言葉で説明したり友達の考えと比較したりしながら, よさや美しさを味わう学習によっ

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日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.12, 267-276 (2011) レクイエム 再考 ガブリエル フォーレの レクイエム を中心に 小林敬子日本大学大学院総合社会情報研究科 Gabriel Fauré s Requiem : The Requiem Revisited KOBAYASHI Keiko Nihon University, Graduate School of Social and Cultural Studies Originating in medieval Gregorian Chants, the requiem has been transformed cross-culturally, especially in the 20 th and 21 st centuries. Gabriel Fauré s Requiem (1887-90) seems to mark a turning point in the transformation of the requiem into a modern, secular form: a shift in focus from death and Dies Irae (Day of Wrath) of late Romanticism to comforting the living as well as the dead. In this essay, I would like to sketch the history of the requiem, examine the characteristics of Fauré s Requiem, and discuss the significance of and the need for the requiem in our time after the catastrophic events of 9.11 and 3.11. Fauré s Requiem shows us how music can console both the souls of the victims and the souls of those left behind. 1. はじめに レクイエム は 元来 カトリック教会の 死者のためのミサ で歌われる聖歌であった ミサの冒頭 Requiem aeternam ( 永遠の安息を ) と歌い始められるからである ミサで歌われる聖歌の順序は イントロイトゥス ( 永遠の安息をかれらに与えたまえ ) キリエ( 主よ憐れみたまえ ) リベラ メ( 解き放ちたまえ ) ディエス イレ( 怒りの日 ) ドミネ イエズ ( 主なるイエス キリスト ) サンクトゥス ( 聖なるかな ) アニュス デイ( 神の子羊 ) ルックス エテルナ ( 永遠の光 ) である ( 金澤 キリスト教と音楽 156-60) 中世においてはグレゴリオ聖歌の聖歌隊が 死者のためのミサ を歌うことが常であったが 15 世紀以降 その一部をポリフォニーなどによって作曲し 組曲風にまとめた楽曲を レクイエム と呼ぶようになった 楽曲としての レクイエム の誕生から今日まで 600 年以上の歴史があるが はじめは王侯貴族の死を弔う音楽として書かれていた しかし 時代を下るに従い 普通の人々の不条理な死を悼むものに変 化した また ミサの音楽として生まれたものではあるが 人々の不安や恐怖 あるいは安らぎといった心情を表現するものとなり 宗教的意味合いが薄れていった 特に 19 世紀に入ってからはその傾向が顕著になる 19 世紀後半 後期ロマン派の時代に至っては 激しく自己主張の強い レクイエム が注目を集めていた しかし フォーレの レクイエム (1890) は 均衡を保ち 感情の激しい高ぶりがなく 優美で 包容力があり 聴衆に慰めをもたらすものである 後期ロマン派の レクイエム 作品群にあって 独特の位置を占めていたと言える ガブリエル フォーレ (Gabriel Urbain Fauré 1845-1924) は 19 世紀末から 20 世紀初めにかけて活躍したフランスの作曲家である 歌曲 管弦楽曲 ピアノ曲と多岐に渡って作曲を行っているが 宗教曲 レクイエム は 死 を真摯に見つめ 愛する人の死に際して 心から祈り 神との対話をなすものである フォーレは 9 歳より 宗教音楽学校に寄宿生として入学し 20 歳で卒業するまで そこで生活してい

小林敬子 る 彼の作品には グレゴリオ聖歌 1 や教会旋法 2 に基づく音楽の影響がみられるが それは 彼のこうした音楽的成育歴と関係がある また 彼自身の言葉から 後期ロマン派の作曲家との 死生観 の違いも見受けられる 彼が 死 をどうとらえ それが彼の音楽にどう関わっていったのか 18 世紀以降の レクイエム の変遷を辿り フォーレの位置を検証していく必要がある 本稿では フォーレの レクイエム を教会旋法との関係において検証して その音楽的特徴を確認し これが レクイエム の脱宗教化に向けての もう一つの転換点となったことを明らかにする それは 現代における レクイエム の意義を考えることでもある 2. レクイエム 変遷史井上太郎 レクイエムの歴史 を中心的資料として レクイエムの変遷を 1) 誰を弔うのか そして 2) 怒りの日 と 死 のとらえ方の違いが 音楽的傾向の違い にどのように反映されているのか 二つの観点から述べていきたい ルネサンス時代からバロック時代にかけて レクイエム は亡くなった王侯貴族を弔うものであった しかし 17 世紀の終わりには 黒死病で亡くなった人々を弔うものへと変化している 3 支配者個人から普通の人々へという変化は市民階級が力を持ってきたことに関係する 18 世紀から 19 世紀にかけては 古典派からロマン派への移行があった 古典派の時代には フランス革命が起こり 革命の犠牲者への追悼も始まっている 19 世紀に入ると 個人の感情や自由な表現を尊重する時代となるが レクイエム も教会での宗教音楽としてではなく コンサートのために作曲され 人々の悲しみを表現するものとなった 弔いが宗教的あるいは社会的儀式から内面化に向かったもとも言えよう 20 世紀には 2 度の世界大戦や革命の犠牲者を悼み 不条理な死に抗議する レクイエム が多数書かれた ベンジャミン ブリテン (Benjamin Britten 1913-1976) の 戦争レクイエム (1962) は ラテン語のミサ典礼書 の言葉と戦争の犠牲となった若 い兵士たちの苦しみを描くウィルフレッド オーウェン (Wilfred Owen 1893-1918) の詩を交互に配置している ブリテンは宗教曲の形式を踏襲しつつも オーウェンの詩によって 戦争の悲惨を訴え 批判している ただ 20 世紀にあっても必ずしも戦争批判の レクイエム ばかりではない フォーレの後継とも言えるフランスのモーリス デュリュフレ (Maurice Duruflé 1902-1986) の レクイエム (1947) は 安らかで グレゴリオ聖歌の影響を受けた静かな作品である 21 世紀に入っても イギリスのジョン ラッター (John Rutter 1945-) の レクイエム (1985) のように優しさに溢れる作品もある また アメリカからは新しい動きも出てきた ジョン アダムズ (John Adams 1947-) は 2001 年 9 月 11 日の同時多発テロの犠牲者のために On the Transmigration of Souls( 魂の転生 ) も作曲している ただ この曲に関しては レクイエム とか 追悼 という言葉は避けたいとアダムズはインタビューで答えている この作品には こうした言葉が安易に示しているような慣習的な作法がないからだと述べている むしろ メモリー スペース と呼び 一人になって自分の考えや気持と向き合う場と位置づけている 4 以上 時代や弔う対象の変化によって レクイエム が変容を遂げてきたことを概説したが 次に 怒りの日 と 死 のとらえ方の違い そして その音楽的表現について述べていく 組曲としての レクイエム には 怒りの日 と呼ばれる曲が編入されている 以下 金澤の解説である 怒りの日 はグレゴリオ聖歌の中の 1 曲である チェラーノのトマス (c.1200-1255) の作品と言われている 怒りの日 は続唱と呼ばれる曲の一つである 続唱はセクエンツィア (sequentia) といい アレルヤ唱の終わりで歌われるものから発展したもので アレルヤ唱に続いて歌われたため 続唱と言われるようになった 続唱は 12 世紀にかけて流行し 本来アレルヤ唱は歌われない死者のためのミサにおいても歌われるようになった ( キリスト教音楽の歴史 63-65) 268

レクイエム 再考 ここに 1 番と 2 番の歌詞とその日本語訳を載せるが 原詩は 20 番まで続く長いものであり その内容は旧約聖書の ヨハネの黙示録 や新約聖書の様々な部分からとられたものである Dies Irae Dies irae, dies illa, Solvet saeclum in favilla: Teste David cum Sibylla Quantus tremor est futures, Quando judex est venturus, 怒りの日 怒りの日なり その日こそ この世は灰燼に帰さん ダヴィドとシビッラが証せしごとく 人々の恐怖はいかばかりならん 審き手が来たりて すべてを厳しく糾したもうが故に!( 井上 25-34) 最後の審判 における神の怒りの激しさへの恐怖 恐れながらも 必死に救いを求める人々の姿がそこにある それは劇的であり 作曲家の想像を膨らませる 怒りの日 の旋律は ベルリオーズの 幻想交響曲 の第 5 楽章の一部分に使われていたり ラフマニノフの パガニーニの主題による変奏曲 にも一部使われていることにより 人々によく知られている 怒りの日 は単純な旋律で 作曲家には使いやすいのだが その取り扱いにより レクイエム の全体像が変わってくる 神の怒りに打たれて 地獄に落ち 絶望の死を迎えるか 死 を安らぎととらえるかの違いがその根底にある 竹野一雄は 終末論に関する教義と文学におけるその現れ で西洋の 死 のとらえ方の変化を概観している まず 旧約聖書によれば 死 はアダムとエヴァの不従順の結果としてこの世界にもたらされたものであり 神に対する違反の罰として考えられている 一方 新約聖書は 死 は神の怒りの表現であるが イエスは 罪の中で死んでいた人たちを生まれ 変わらせられるとしている したがって キリスト教の神のめぐみを拒否する人々は再生の機会を逸することになる 中世は 死 にとりつかれていた時代である 1491 年にキャクストンは 死に方 の本を出したが その後 200 年間にわたり 死に方 の重要な伝統となった 16 世紀には フランシス ベイコンが 死 を宗教から切り離した この考え方が 18 世紀の理性的有神論へとつながる 16 17 世紀にはジョン ダンやミルトンらの詩人が 死 についての教えを詩作に反映した 19 世紀にはトマス ハーディが ダーバヴィルのテス (1891) で 死 自体は何の意味もない生の終わりであるとしたが 20 世紀にはこ うした唯物的考え方が先鋭化する 霊性の喪失 神を見出すことができないという絶望が背景にある しかし C S ルイスの 奇跡論 では 死はサタンの勝利 同時に人間に対する神の治癒 罪からの購いの手段 サタンに対する神の武器との考え方も見られる (30-32) フォーレの時代 特に直前の後期ロマン派の時代には レクイエム における 怒りの日 をおおがかりに作曲することが定着していた 5 しかし フォーレの音楽は密やかでデリケートな作風であり 大音響 劇的という表現は一番似つかわしくないものである 時代の流れに反して 彼がどのように 死 をとらえ レクイエム として表現しようとしているのか 私の レクイエム は死に対する恐怖感を表現したものではないと言われており 中にはこの曲を死の子守唄と呼んだ人もいた しかし 私には死はそのように感じられるのでありそれは苦しみというよりもむしろ永遠の至福と喜びに満ちた解放感にほかならない グノーの音楽が人間的に優しさに傾きすぎていると非難されても 彼の本性がそのような感性を導いたのであり そこには固有の宗教的感動が形作られている 芸術家には自己の本性を容認することが許されていないのだろうか 私の レクイエム について言うならばおそらく本能的に慣習から逃れようと試みたのであり 長い間 画一的な葬儀のオルガン伴奏をつ 269

小林敬子 とめた結果がここに現れている 私はうんざりして何かほかのことをしたかったのだ ( ネクトゥー ガブリエル フォーレ 83) 6 芸術家には自己の本性を容認することは許されていないのであろうか との部分にはフォーレの個人の主体性重視 言い換えれば人間中心の考え方が表れている 彼は カトリック教会の典礼音楽から少しでも距離を置いた立場で作品を作ると その作品まで異端視されることも知っていた ( ネクトゥー 評伝フォーレ 178) しかし 彼は自分の感性に忠実な音楽を作りたかった 芸術家は たとえ 批判を受けても 常に自分の感覚に正直に向き合っていくものである 1904 年に ときのローマ教皇ピウス十世は 教会音楽に関する 教書 を出したが その内容は 教会音楽は世俗的な音楽の影響から脱して ルネッサンス期のグレゴリオ聖歌に基づくポリフォニー音楽に回帰するようにとのことであった それに関して フォーレはこのように答えている 教書 によっても今までの習慣は何も変わらないでしょう ( 中略 ) 真に宗教的なスタイルとそうでないものの間に境界線を引くことは困難だからです -そのようなことは各人の判断にゆだねられることなのです ( ネクトゥー 評伝フォーレ 178) さらに 1922 年 4 月 6 日の妻への手紙では次のように述べている 最近の手紙の中で あなたは天地創造には深く感服しているものの 被創造物である人間に対しては侮蔑的な態度を示していたようですが 本当にそうなのでしょうか 宇宙とは秩序そのものであり 人間界は無秩序なものですが その責任は人間にあるというのでしょうか 調和のとれているように見えるこの地上にわれわれは放り出されたのであり そしてそこで生まれてから死ぬまでよろめいたり つまずいたりし続けなければならないのです 肉体的にも精神的にも苦しみながら ( この状 況を説明するために原罪という観念が生み出されました ) われわれの苦悩を一つずつ明らかにしてゆくとやがてすべてから解き放たれてゆきます インドの人たちの言う涅槃 解脱 ということであり また私たちの言う レクイエム エテルナム のことなのです ( ネクトゥー 評伝フォーレ 180-81) フォーレは 人間界の苦悩からの解放 が レクイエム エテルナム ( 永遠の安息 ) であるとしている 生 それ自体は苦しみの連続ではあるが 人間に責任は無く 無力な存在であるがゆえに憐れみを必要とする 彼の音楽の優しさは 死者ばかりではなく 生きている人間へも向けられているのである フォーレの 死 のとらえ方と その表現としての レクイエム を考えてきたが 他の作曲家はどうなのか モーツァルト ベルリオーズ ヴェルディについても考察したい モーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) は古典派の代表的な作曲家である モーツァルトにとって 死 は おびえ であり 神への許しを乞う ことである モーツァルトは 1791 年秋 病床につきながら レクイエム を書き始めて 作曲途中で亡くなっている 7 死 はモーツァルトにとってすぐそばに迫っていたのであり 涙の日 を聞くと 切実に神に救いを求めているように感じられる 怒りの日 も フォルテの合唱で始まり 激しい神の怒りへの恐れを感じさせるが ヴェルディやベルリオーズの持つおどろおどろしさはない ただ 厳しい神の審判を恐れているようである 劇的ではあるが大袈裟ではない 後期ロマン派の作曲家ベルリオーズ (Louis=Hector Berlioz 1803-1869) にとって 死 は 神の怒りへの恐怖 人間の存在を脅かされることへの恐怖 である 彼は生涯に渡って シェイクスピア劇に傾倒していた ( 小畑 ベルリオーズ 7) 彼の作品は演劇性が強いが これは後期ロマン派の作曲家たちに共通する特徴である 彼らは 特に文学と詩 演劇などとの結びつきを深め 標題音楽として曲を作った ベルリオーズの レクイエム (1837) は 180 人を超えるオーケストラと 200 人近 270

レクイエム 再考 い合唱団という大規模な編成で演奏される 特に 怒りの日 はこの曲の演奏時間の半分を占める 巨大な レクイエム であり 神への恐れを派手に表現したものである アイーダ リゴレット などのオペラで知られるヴェルディ (Giuseppe Verdi 1813-1901) の レクイエム (1874) にはベルリオーズと同じ特徴がある ヴェルディにとっても 死 は 神の審判を恐れる ことであり おののく人々の姿がここにもある 120 人の合唱と大規模なオーケストラの 怒りの日 は大音響で演奏される 3. フォーレの音楽的背景と レクイエム の分析 検証ジャン = ミシェル ネクトゥーの 評伝フォーレ を中心に彼の生涯をまとめる 1845 年 フォーレは 南フランスのパミエで生まれたが 父がモンゴジの師範学校の校長に任命され 一家は 1849 年にモンゴジに転居した 家屋の裏側には礼拝堂があり フォーレは幼い時に そこで何時間もリード オルガンを弾いていた 彼は 9 歳で ルイ ニデルメイエール (Louis Niedermeyer 1802-1861) が 1853 年にパリに創設した古典宗教音楽学校に寄宿生として入学した この学校はオルガニストと礼拝堂楽長の育成のための学校であり ソルフェージュ 和声 ピアノ オルガンの実技および一般教育も行われていた ピアノの師はサン = サーンス (Camille Saint-Saëns 1802-1861) であり 彼は この学校ではカリキュラムから除外されていた同時代の音楽家たち フランツ リスト (Franz Liszt 1811-1886) ロベルト シューマン (Robert Schumann 1810-1856) リヒャルト ワーグナー (Richard Wagner 1813-1883) などの作品を紹介した フォーレは 20 歳で卒業したが この学校ではポリフォニー音楽 8 と教会旋法を中心に学んでいたので 彼の音楽もそれに強く影響されている 彼の レクイエム の特徴の一つは 柔らかい旋律と和声の移り変わりにある 旋律は教会旋法を取り入れながら 和声は近代の機能和声に基づいている 9 ただ 異名同音 10 による転調 11 が多く しかも巧みなため 調性 12 が曖昧に感じられるが 常に基本の調の周囲を巡り 最終的には基本の調に落ち着いている 旋律は部分的に教会旋法を使いながら 伴奏やオーケストレーション 13 は調性に基づいている 使われている和音は三度 (Ⅲ) と六度 (Ⅵ) が多く 柔らかさを演出している 一度 (Ⅰ) 四度(Ⅳ) 五度 (Ⅴ) といった主要三和音は個性がはっきりしている 一般的に 一度 (Ⅰ) は主和音と呼ばれ 調の基礎となる和音である ほとんどの曲はこの和音で終わる 四度 (Ⅳ) の和音は下属音と呼ばれ 曲に変化を与える 五度 (Ⅴ) の和音は属和音と呼ばれ 曲に緊張感をもたらす役割がある しかし フォーレの レクイエム の場合 彼が多用した三度 (Ⅲ) 六度 (Ⅵ) のような和音は 性格がはっきりとせず 緊張感や終止感をもたらすものではない また 終止形も四度 (Ⅳ) 五度 (Ⅴ) 一度 (Ⅰ) という完全終止は少なく その面でも 14 柔らかさを出している また 旋法とからめて導音を回避する傾向にあり くっきりとした調性を避けている 転調については ある和音の第三音を半音上下させていることが多い たとえば 長調の場合 Ⅲの和音は短三和音になるが その第三音を半音上げることにより 長三和音となる 短調の場合はその逆である このように第三音を上げたり下げたりさせることで より転調が容易になる 以下 各曲を精察する 第 1 曲 Introït et Kyrie イントロイトゥスとキリエニ短調 4 分の 4 拍子 は 初めの暗く重く祈りを唱える部分と中間部の優しいソプラノの旋律が対照的である 冒頭にアクセントのついたフォルティッシモのニの音 レ のユニゾンで始まり 即座にピアニシモとなる 1 小節目から ニ短調の主和音 レファラ の和音で 4 部合唱で Requiem aeternam と厳かに歌いだす 再び フォルティッシモで ハ のユニゾンが続く ニ短調のⅤの和音 ( ただし 第 3 音が半音下がってドとなっているが ) ラドミの和音 ピアニッシモで合唱が dona eis, Domine と続く しかし 7 小節目の 変ロシ をきっかけに Ⅵの和音 シ レファ で合唱がクレッシェンドして et lux perpetua luce at luce at 271

小林敬子 luce at eis と徐々に弱くなる この始めの et lux perpetua のⅥの和音は へ長調のⅣの和音とも置き換えられる luce at は変ホ長調のⅠであり 最後の eis は変ト長調のⅠから始まり 3 拍目は レファラ ド である これは レファソ シ とも置き換えられ ソ はラの導音となり ニ短調のドッペルドミナント 15 の役割を果たし そして再び luce at eis でニ短調のⅤの和音となり 柔らかく始まりのニ短調へと戻っていく 次にこの曲の旋律を考えてみたい Requiem aeternam とはじめにテノールが柔らかく歌いだすが ここではプロトゥスと呼ばれるレミファソラシドレと音の並ぶ レの旋法 が使われている これは短調に似ているが 導音がないところが短調とは違う 導音がない教会旋法を使うことにより 調性があいまいになる しかし 27 小節のオルガン伴奏の 3 拍目には 旋律的短音階を使っている 42 小節からは ソプラノが天使の歌声のように tedecet hymnus, Deus in Sion と始まる ここの旋律は変ロ長調であり 旋法ではない 最初の暗い祈りの部分があってこそ この天使の歌声が生きてくるのである イントロイトゥスにおいては 旋律は部分的に旋法が使われるが 全体を通して使われているものではない しかし 部分的であっても 旋法が使われることにより 調性の印象がぼやけて柔らかいものと感じられる 第 2 曲 Offertoire オフェルトリウムロ短調 4 分の 4 拍子 はピアニッシモで静かに神への呼びかけから始まる 3 度の音程でアルトとテノールが模倣しあい 弦楽器がざわめきながら和音が少しずつ変化していく 15 小節目から始めの呼びかけより長 2 度高く 同じ旋律が模倣される 同じ形で 3 回に分けて少しずつ盛り上げたのち バリトンのソロへのつなぎとして 3 部の合唱で 彼らを黄泉に落とさず 闇に逃げたもうことなかれ と祈りを捧げる Hostias からバリトンのソロの memoriam facimus でひと段落するが その直後の伴奏は イントロイトゥスの tedecet hymnus, Deus in Sion の部分の旋律の変形である 続いてバリトンが fac eas, fac eas Domine と同じ旋律をなぞる またピアニッシモで始めの神への呼びかけに戻るが 今 回は 4 声での動きとなり明るくロ長調に転じてうねるように進み アーメンと終わる 第 3 曲 Sanctus サンクトゥス 4 分の 3 拍子変ホ長調 では ハープとビオラの分散和音に乗って ソプラノが Sanctus とピアニッシモで歌い始める ハープの澄んだ響きは 聞く人の心を落ち着かせる ソプラノを追いかけるようにテノールとバスが同じ旋律を歌う その間 オルガンが変ホ長調の主和音をずっと響かせ続けている この主和音を響かせることにより 曲に安定をもたらすのである その主和音の上に様々な和音が変化するが 常に主和音に回帰するので 静かな安定感がある 主和音が続いていくが 11 小節目にレ の音が加わる ミ ソ シ レ は変イ長調のⅤ7 の和音であり 転調を予測させる しかし オルガンの 13 小節目にミ ミとなり 半音上がることにより ド ミ ソ シ と変化して予測を覆しながら進行する バスがソ ラ となり ソプラノがファにくることにより 変ホ長調のⅤの和音となり またスムースにもとの調に戻る このあたりの一時的な転調はフォーレの得意とするところである バイオリンがなめらかにうねりのある旋律を弾く ゆったりと舟にゆられているようである うねりが続く中 20 小節目でレファラの短三和音となり ニ長調を経てまた 27 小節目から変ホ長調に戻る 歌の旋律に旋法は使わず 変ホ長調で終始する Gloria まではセンプレ ドルチェであるが Hosanna in excelsis を二度繰り返しながら急速に強くなり フォルティッシモで力強く呼びかけ 徐々に静まり 最後に Sanctus と全員合唱で静かに消えていく 5~7 9~11 小節のバイオリンの旋律は 1 曲目 イントロイトゥスとキリエの 42~45 小節のソプラノの tedecet hymnus, Deus in Sion の部分を 3 拍子にして 半分に縮めたものである 対 旋律 16 として使われている 第 4 曲 Pie Jesu ピエ イエズ 4 分の 4 拍子変ロ長調 は 38 小節の短い曲であるが この純粋な響きは 均衡 平安 ひそやかさといった フォーレの作品の特徴を十分すぎるほど表現している 変ロ長調の主和音をオルガンが静かに奏する上をソプラノが静かに歌いだす 1972 年録音のミシェル コ 272

レクイエム 再考 ルボ指揮 ベルン交響楽団演奏の CD では アラン クレマンという少年がボーイ ソプラノで独唱している この部分は少年によって歌われることが多いが フォーレが在籍していた当時のマドレーヌ大聖堂に於いては 合唱団に女性が加わることが禁じられていた為 作曲家にとっては少年の声を用いることが唯一の解決策であった しかし フォーレは 主に テレーズ ロジェという女性歌手に歌わせていた ただ 女声のビブラートはこの曲には向かないと筆者は思う 17 ひっそりとした祈りに大げさな表現はいらない 少年の天使のような歌声が一番しっくりくる この旋律は単純であり なんの変哲もないが 一度聴いたら忘れられない 伴奏はオルガンとひそやかな弦楽合奏であるが 木管楽器もビオラと同じ旋律を奏する 第 5 曲 Agnus Dei アニュス デイへ長調 4 分の 3 拍子 は弦楽器の旋律で始まる オルガンとバイオリン ビオラがユニゾンでうねるように上昇し 聞き手の心を高揚させる 7 小節目からテノールが柔らかく Agnus Dei と対旋律を歌いだす 同じ旋律を繰り返しながら 16 小節目でイ短調に転調する 18 小節目でファゴットとホルンと弦楽器が全員で 重々しく入る この アニュス デイ の意味は 神の子羊 すなわち 人々の罪を贖ったイエス キリストである 18 小節から 29 小節まで 転調を繰り返しながら 徐々に落ち着きはじめ 30 小節で冒頭の部分が再現する 41 小節から 46 小節の部分は次の変化への準備期間であり ソプラノの C の音を中心に 47 小節から変イ長調に変わり ピアニッシモで全員の合唱となる 男声は 4 部に分かれて全体で 6 部の合唱であるが 1 小節ごとに微妙に変化していき 少しずつ盛り上がり 70 小節からは 5 小節間に渡り フォルティッシモで合奏が緊張を増し 1 小節の空白の後 tutti で D の音を演奏する 大変緊張感に満ちた場面である 次の 76 小節からは 第 1 曲イントロイトゥスの冒頭部分が厳かに再現される 第 1 曲イントロイトゥスにおいては 次のキリエにつながるが アニュス デイでは luce at eis の eis の部分で アニュス デイの冒頭の部分に戻る この変化は見事で ある 暗く閉ざされた中から 一挙に暖かい慈愛の光に満ちた空間に戻されるようである ここはニ短調からニ長調へと同主調 18 への転調である ヘ長調に始まり ニ長調で終わる 変則的ではあるが 違和感はない 第 6 曲 Libera Me リベラ メニ短調 2 分の 2 拍子 はチェロとコントラバスのピツィカートでリズムを刻む 2 小節の前奏の後 バリトンがソロで Libera me と歌い出す 弦楽器のリズムを刻む動きは 35 小節間続く その間 バリトンのソロがずっと続く この胸を打つ旋律は一度聴いたら忘れられない 35 小節の途中から 弦楽器が震えるように上昇する 続いて 全員合唱で tremens, tremens とピアニッシモで入る tremens とは恐れおののくという意味であり 上昇形の弦楽合奏が震えるような音を出していたのは この歌詞との関連である そして 52 小節目で突然 ホルンがユニゾンで A の音を連続して演奏する 最後の審判のラッパであり 神の怒りを表す 54 小節目から突如 怒りの日 が挿入される テンポが速くなり 拍子も 4 分の 6 拍子に変わる このように フォーレの レクイエム の中で 怒りの日 は独立しておらず リベラ メ の中で一部登場するだけである Requiem aeternam, dona eis Domine と和声が緊張を高め et lux perpetua から落ち着きはじめ 旋律は下降形に入り luce at eis でさらに落ち着き 84 小節目に冒頭のリズムが再び現れる 拍子も 2 分の 2 拍子に戻る バスとアルトが luce at eis と唱え終わると ユニゾンで全パートが Libera me, Domine と歌いだす ここの部分は実に感動的である 始めの部分がただ出てきただけなのに なぜこれほどまでに 心打たれてしまうのか ユニゾンが奏功しているものと思われる ユニゾンとは全員が同じ旋律を歌うことであるが そこには人間が気持ちを一つにして 神に許しを願う意味が込められている そして 最後まで 冒頭のリズムを続けながら 落ち着いていき 再びバリトンがソロで独唱し それを全員で唱えるように復誦して静かに曲は終わる 第 7 曲 In Paradisum イン パラディスムニ長調 4 分の 3 拍子 は 天国にて という意味であ 273

小林敬子 るが 日本の 野辺の送り を彷彿させる アルペジオで優しく弦楽器の伴奏が入り その上をソプラノが静かに流れていく 第 6 曲の リベラ メ と対照的に平安な旋律であり 明るく安らかなニ長調で演奏され 神により天国に安心して導かれていく姿を表す Jerusalem とソプラノが歌い始めたところからピアニッシモで合唱が入る Jerusalem と 4 回歌い終わり おさまったところで ハープのアルペジオが弦楽器と同調する 少しずつ転調して aeternam に向かって静かな高揚を示したのち 静かに曲は終わりに向かう ピアニッシモからピアニッシッシモへと静まり 合唱 全合奏とも消え入るように終わる 以上 各曲を精察してきたが 全曲を通して すがすがしさ 暖かさに包まれた曲であり 聴いているとなんとも慰められる ニ短調に始まり ニ長調で終わるが 暗く悲しみに沈んだ気持ちが 神への祈りを通して浄化され 天国へと導かれていく様子を感じさせつつ 晴れ晴れと終結に向かう フォーレは両親の死後 この レクイエム を書いたのだが 両親の魂の幸せを願っているように感じられる 4. 結論フォーレの レクイエム は美しい このような平安で癒しに満ちたレクイエムは フォーレ以降 フランスの作曲家モーリス デュリュフレやイギリスのジョン ラッターに継承されていることは既に述べた 現代音楽の レクイエム には一般的に言って 近代以降の戦争に対抗するように 激情 無力感 焦燥感 絶望と悲惨を表現する作品が多い 一方で 静かな明るさに満ちた レクイエム を望む人々も多いと思われる フォーレの作品の音楽的特徴は 異名同音を多用した和声の変化による転調の巧みさと 教会旋法と機能和声の自然な共存にある フォーレは中世の宗教音楽を学び そのエッセンスを身につけたうえで 独自の感性のもとに 巧みな作曲技術で聞く人にその技巧を感じさせない作曲を行なった 完璧な調性感覚のもとに 導音を半音下げることで その働きを回避し 調性を曖昧にして ひなびた柔らかさを演出する フォーレの レクイエム はキリスト教文化を超えて 聴く者の気持ちを安らげ 慰めを与えてくれると同時に煩悩を取り去ってくれる ちなみに日本に於ける演奏会で フォーレの作品の中でひときわ多く演奏されるのはこの レクイエム である 2009 年 4 月から 2010 年 9 月では 10 回の演奏会が開かれているが 演奏者は少年少女合唱団を含むアマチュアが多い ( レクイエム 演奏会情報) 特別な宗教曲であり キリスト教信者も決して多くない日本で好まれているのは 比較的宗教性が薄く 控えめで上品な曲の美しさに人々が心を惹かれるからであろう 日本人の作曲家による レクイエム も多数書かれているが その多くは広島 長崎の原爆犠牲者の死を悼むことと 世界唯一の被爆国として その悲惨な状況を記憶に留めることを意図したものである 聴いていて辛くなる作品も多いのだが 日本的な魂の慰めを表現した傑作もある 林光 (1931-) は原民喜の鬼気迫る詩に曲をつけ 合唱曲 原爆小景 (1958/2001) として発表している 仏教の読経を感じさせる部分もあり 特に最終曲 永遠のみどり の最後の和音の晴れやかさは祈りが天空に広がっていくようである また 團伊玖磨は 交響曲第六番 HIROSHIMA (1985) に於いて 日本の笛や鐘の音を響かせ 絶望のなかにも希望を見出しうるような作品としている こうした日本の 鎮魂曲 の伝統を踏まえ 2011 月 3 月 11 日に起こった東日本大震災以降の日本に於いて 多数の犠牲者の魂を慰め また残された人々の心を癒す作品とはどうあるべきなのか フォーレの レクイエム を 今 この日本で再考することの意味がここにある 参考資料 ( 楽譜 ) Fauré, Gabriel. Requiem op.48. London: Eulenburg, 1978. 萩原英彦校訂 監修 フォーレ レクイエム 女性合唱版 カワイ出版 2007 年 ( 文献 ) 淺香淳監修作曲家別名曲解説ライブラリー 24 ヴ 274

レクイエム 再考 ェルディ / プッチーニ 音楽之友社 1995 年 編 新音楽辞典楽語 音楽之友社 1982 年 編 新音楽辞典人名 音楽之友社 1982 年 編 名曲解説全集第 23 巻声楽曲 Ⅲ 音楽之友社 1981 年井上太郎 レクイエムの歴史死と音楽との対話 平凡社 1999 年ヴァロワ ジャン ド グレゴリオ聖歌 水嶋良雄訳白水社 2007 年小畑恒夫 作曲家人と作品ヴェルディ 草思社 1992 年小畑恒夫 評伝ヴェルディ 音楽之友社 2004 年金澤正剛 キリスト教音楽の歴史初代教会から J S バッハまで 日本キリスト教団出版局 2005 年 キリスト教と音楽 音楽之友社 2008 年属啓成 モーツァルト Ⅱ 声楽篇 音楽之友社 1982 年佐藤芳子 ウィルフレッド オウエン研究 ( 第 1 巻 ) オウエン戦争詩篇訳 注および伝記 近代文藝社 1993 年ジャンケレヴイッチ ウラディミール 音楽から沈黙へフォーレ言葉では言い表し得ないもの 大谷千正 小林緑訳 2006 年竹野一雄 終末論に関する教義と文学におけるその現れ 日本キリスト教文学会 キリスト教文学研究 第 18 号ネクトゥー ジャン = ミシェル 評伝フォーレ明暗の響き 大谷千正監訳新評論 2008 年 新装版ガブリエル フォーレ 大谷千正監訳新評論 2008 年 サン=サーンスとフォーレ往復書簡集 1862-1920 大谷千正監訳新評論 2008 年フォーレ = フレミエ フィリップ フォーレ その人と芸術 藤原裕訳音楽之友社 1972 年水嶋良雄 グレゴリオ聖歌 音楽之友社 1999 年 ( 録音 ) Adams, John. On The Transmigration of Souls. Cond. Maazel,Lorin. NewYork Philharmonic, Nonesuch, 2002. Berlioz, Hector. Requiem op.5. Cond.Inbal, Eliahu. Radio-Sinfonie-Orchester, Frankfurt, Denon, 1988. Brahms, Johanness. Requiem Allemand, Cond. Klemperer, Otto. The Philharmonia Orchestra, EMI, 1961. Britten, Benjamin. War Requiem op.66. Cond. Britten, Benjamin. London Symphony, London, 1963. Canto Gregoriano, Cond. De La Cuesta, Ismael Fernandez EMI, 1973. Choralschola der Wiener Hofburgkapelle Gregorian Chant. Philips,1983. P. Hubert Dopf S. J. Fauré, Gabriel. Requiem, Cond. Corboz, Michel. Orchestre Symphonique de Berne. Erato, 1972. 林光 原爆小景完結版 指揮林光東京混声合唱団 fontec 1958/2001. Mozart, Wolfgang Amadeus. Requiem in D minor. Cond. Karajan, Herbert Von. Berlin Philharmonic Orchestra, Polydor, 1961. Verdi, Giuseppe. Messa Da Requiem, Cond. Muti, Riccardo. Orchestra e Coro del Teatro alla Scala, 1987. ( ウェブサイト ) フォーレ作曲 レクイエム 演奏会情報 http://www-gregorio.jp/faure.html.2010.9.28 Adams, John. Interview with John Adams about On the Transmigration of Souls Sept. 2002. http://www.earbox.com/w-transmigration.html.2011.0 2.23 1 カトリック教会のローマ典礼聖歌として 中世以降継承されている代表的聖歌 ( 楽語 192) 2 中世から 16 世紀までのヨーロッパ音楽の音組織 ( 楽語 171) 3 スペインの作曲家 ジョアン セレロールス (1618-1680) の レクイエム は個人の葬儀のためでなく 黒死病の犠牲となった一般大衆を弔うものとして書かれているとみられる ( 井上 110) 4 ドクター アトミック ジョン アダムスが作曲し ピーター セラーズが台本を書き 2005 年に 275

小林敬子 初演されたオペラ 核開発に関わった人間たちの困惑 苦悩などをオペラ化している 5 ジャン=バティスト リュリの ディエス イレー 以降 大音響で大がかりな楽曲として定着していた ( ネクトゥー 評伝フォーレ 198-99) 6 ギッド ミュジカル 誌(1888 年 8 月 9 日 16 日 ) に掲載されたカミーユ ブノワの記事の中では 異教徒的 とされていて それに対してなされたフォーレの反論 7 モーツァルトの レクイエム は彼の死後 弟子によって完成された ( 井上 159) 8 多声音楽 複数の声部を持つ音楽のこと ( 楽語 537) 9 8 9 世紀の調性的音楽の和声でバッハ ハイドン モーツァルト ベートーベンなどの音楽にあっては 楽曲はほとんど長調または短調に限られる ある主音を中心として安定している ( 楽語 624) 10 嬰ト ( ソ ) と変イ ( ラ ) が平均律では同音であるということ ( 同上 34) 11 曲の途中で その曲の調が変化すること ( 同上 388) 12 長短 2 種の音階に基づく機能和声による調性のこと ( 同上 148) 13 管弦楽法 ある楽想あるいは楽曲を管弦楽化する方法 ( 同上 367) 14 長音階及び短音階の第 7 度をいう ( 同上 395) 15 ある調の属音に対して属音関係を持つ音のこと ( 同上 395) 16 一つの旋律に対立して独立的に動く他の旋律 ( 同上 335) 17 フォーレは独唱者選びには頭を痛めていた ( ネクトゥー 評伝フォーレ 196-97) 18 主音 属音 下属音の 3 つが共通の長短調 ( 楽語 396) (Received:December 31,2011) (Issued in internet Edition:February 8,2012) 276