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発 表 の 流 れ 1 事 業 概 要 2 評 価 票 の 記 載 内 容 について 3 指 標 について 4 事 業 内 容 について 5 提 案 のまとめ 2

Transcription:

シ γ ポジウム 97 めのものとして, そのような洞察から, 倫理学上のいわゆる目的論的立場と義務論的立 場の交錯を如何に解き明していくかについての考察が, 改めて問題として提出されたの である. その意味で, このシンポジウムは決して完結したものであったとはいえないであろう. しかしおよそすぐれた対話 討論がそうであったように, このシンポジウムもまた, 哲 学的思索がそれ自身として成立するその場の意味を問う, 一つの真実の初まりをもち得 たことを, 学会としてよろこびとしたいのである. 提題 アリストテレス倫理学の両義性と トマス アクイナスにおけるその受容と変容 一一アリストテレスの 賢慮 (rþpó 叫 σ1") J と 倫理的徳 ( 8I1ca! àpεmi) J トマスの 倫理的徳 (virtutes mo rales) J と 神学的徳 (virtutes theologicae) J 一一 加藤信朗 I アリストテνスの名は倫理学の領域で 体系的な思索を残した最初のひととして記憶さ れる. アリストテレス倫理学の含む問題性としてその両義性, または, その三義性が指 摘されうる. 倫理学が一つの学問的知識であることには異論がないであろう. しかし, 倫理学が何の知識であるのか, また, 倫理学の知識は何を目ざしているのかという点に ついて, 次の二つ, または, 三つのことが考えられる. (1) 倫理学とは 普いひとであるとは何であるのか, あるいは, 何によってであるの か の知識である ( 現に善いひとであることに人間にとっての最終目的, つまり, 幸 福があるという点についても異論はないと信ずる. したがって, 倫理学は幸福が何で あるかの知識である ). (2) 倫理学は 善いひとになるために, ひとは何をなすべきか の指針を各人にあた える知識である. (3) 倫理学は ひとを善いひとにするために, 政治家は何をなすべきか の指針を政 治家にあたえる知識である.

98 中世思想研究 30 号 (1) は倫理学の原理部門であり, (2) はその応用部円である. この二つは互に関連をもつ が, 事柄としては区別されるべきであり, この区別が倫理学の知識としての性格を明確 にしうる. しかし, アリストテレスの倫理学の思索のなかでは, この区分は必ずしもい つも明確には保たれず, 一方は他方へとたえず ずれ動く. そこにアリストテレス倫理学 の両義性がある. (3) も広い意味では, 倫理学の応用部門である. しかし, これが今日の意味で倫理学の領域と言えるのか不分明である. むしろ, 教育学の領域, あるいは, 社会教育学という意味を含む意味での社会政策学, 広義の政治学の領域である. ところが, アリストテレスでは, 倫理学が政治学に属すると規定されていることによって, (1)(2) の問題領域が (3) の問題領域に移し置かれ, そこで考察されることがあり, これが (1)(2) と (3) の問題領域の分節を不分明にしている. そこにアリストテレス倫理学の三義性がある. 一一これらの問題点はすべて, (i) アリストテレスの思考世界において, 存在は必然 (à 山 rtraîoν) と許容 (èljòôxóμενω= 可能 ) の二基本様相に分節されること, Ui) これに 応じて, 存在にかかわる理性の働きもそれぞれの様相にかかわることによって観想理性 と実践理性の二つに分節されること, ωついで, 許容様相のかかわる実践理性の働きは 何をなすか という, 行為を導くま日の働きであるとみなされること, 制さらに, 行為は個別にかかわるものとして規定されることにかかわりがあると考えられる. ここから, アリストテレス倫理学の構成において, 次の問題が生じている. (a) 人聞がそれによってもっとも幸福である, したがって, それによってこそ現に善いひとであると言える完全性は 観想 (8ε 曲 pía)jである. このことからすれば, 観想 も 行為される善 (πραk'ròν 占 ra8óν)j のーっと考えられるべきであろう. ところが, 行為は個別にかかわると規定されることによって, 観想は実践理性の範域からはずされ ることになる ( 観想は普遍にかかわる ). (b) 個別の行為を導く実践知は当然, 行為の目的 (= 人間的善 ) の知を含むと考えら れる. ところが, 実践理性の働きは目的よりは, 目的を実現するための手段にかかわる とされる. r 賢慮 (tþpóν 守 σes)j が選択されるべき個別の行為の知であるとされるのは このゆえである. 目的を与えるのはすでに形成されている人柄 ( 初旬 ) である. それゆ え, どのような人柄を形成すべきか, さらにそのような人柄を形成するために何をな すべきかということが倫理学的知識の関心事となる. ところが, 為すべき個別の行為を 規定するのは賢慮 の働きであり, それは人柄によって与えられる目的にしたがって働く

ジシポジウム 99 - とすれば, ここには一つの循環がある. この循環は事柄そのものに含まれる循環で あるというよりは, 上述の三つの問題相の混在を一因として生ずる循環のように思われ る. E アリストテレスの倫理学書においてこれらの問題相がもっ布置をつぶさに眺め, 事柄 そのものの実相に迫ろうとするのはここでの課題ではない. さしあたりここでは, 冒頭 に述べたアリストテレス倫理学の両義性, ないし, 三義性が西欧の倫理学思索の伝承史 において, 倫理学の学としての自存性を暗くすることが時としてあったとしづ事実に留 意しておけばよい ( 拙稿 倫理学とは何か J(IT' 日本倫理学論集 23.!1 日本倫理学会編, 慶 応通信刊, 1988 年 10 月刊行予定, 参照 ). そして, 十三世紀, トマス アクイナスによってアリストテレス倫理学が大幅に受容された時, それがどのように受容され, どのような変容を蒙ったかの基本線に目を向ければよい. そして, そのことが西欧の倫理学思索の伝承史上, いかなる意味をもつか, したがって, それは現代における倫理学の構築において, 肯定的, または, 否定的のいかなる意義をもちうるかに目を注げばよい. (1) トマス アクイナスにおいて, 倫理学が政治学から区別されるべき独立の学問領域をなしたのは自明である. それは, 何よりも, 人間の目ざすべき最終日的が至福 (bea titudo) であると規定され, 至福に至るためにひとはいかなるものであるべきであり, 何をなすべきであるかの考察に倫理学は向うと規定されることによってすでに達成されていることである. 至福は団体的に社会のうちに実現されるのではなく, 一人一人の個 において達成されるものだからである. それゆえ, 人聞の共同体のうちに実現されるべ き公共善 (bonum commune) が何であり, それがし かなる社会制度によって実現され うるかの考察に向う政治学, ないし, 政治哲学の考察がありうるとしても, それはすで に倫理学とは, 原理的に区別されているからである ( 第 E ー 2 部 47 問第 12 項参照 ). ア リストテレスにおいてやや殴味さを残す最高善の問題は, それゆえ, トマスにおいては s もはや, 透明になっているというべきである. こうして倫理学の自立性はすでに達成さ れているのである. (2) アリストテレスの倫理学において, 倫理学の学問 (= 知の探究 ) としての明確性を 暗くしているように見える観想と実践の二分 ( それは普遍と個の別, 必然と許容の別と

100 中世思想 研究 30 号いうアリストテレス哲学固有の二分肢に応ずる ) と, それに何らか起因すると思える倫理的諸徳 ( ザ &JCat 占 psτ 日 í) と賢慮 (<þpó 叫 σ,,.) との関連の循環という点に目を注いで見ょう. たしかに, トマスもアリストテレスの体系を全体として受容していることによって, これらの諸点の論述においてアリストテレスの述べ方をそのまま踏襲しているところは随所に見られる. しかし, 底層に目を注ぐとき, そこには或る基本的な変容が起っていることも否めない. というのは. [j' 神学大全 第 E ー 1 部第 65 問 諸徳の結合について (De Connexione Virtutum)J の第一項 倫理的諸徳は相互に結合されているか においては, 倫理的諸 待 (virtutes morales) と賢慮 (prudentia) は互いに一方が他方を欠いてはありえない という仕方で互いに結び合わされているとされ, いわば, アリストテレス説を援用した 形で諸徳 の結合が説かれているが, 同問第二項 倫理的諸徳は愛徳なしにありうるか (Utrum virtutes morales possint esse sine caritate) Jでは, 無条件な意味での終極目 的に関係づ けられたかぎりでの善を実現するものとしては, それらは愛徳 (caritas) を欠 いてはありえないということが断定されている. なぜなら, 無条件な意味での終極目的 に人間がただしく秩序づけられることのうちに賢慮の充全な意味は達成されるが, この こと, つまり, 無条件な意味での終極目的に人間がただしく秩序づけられるのは愛徳に よってだけだからである. つまり, 愛徳を欠いては, 充全な意味での賢慮はなく, また, この充全な意味で の賢慮を欠いては本来の ;意 味でのいかなる徳もありえないのである. 人間にとって自然的と, 超自然 的の二つの意味の終極目的があるのではない. 無条件な 意味での終極目的ではない目的は限局された範囲だけでの目的であり, これを達成し うる習性が徳と呼ばれることが, かりに, あるとしても, それは本来の意味での 徳 (virtus) J の名には値しない. したがって, トマスでは, 神学的徳の一つである愛徳の うちに諸徳の結合, 一一あるいは, あえて言えば. r 諸徳のー性 (Unity of Virtues) ーーが実現されているのであり, 愛徳が賢慮 を通じて諸徳を統括している. 一一ここに は, もはや L かなる循環の影も止めない. このことに応じ, ここから由来することとして付言しうることは, ここには. r 諸徳 のー性 に関する, さらに明確な一つの視野も開かれていることである. 第 JI-1 部第 61 問の 枢要徳について (De Virtutibus Cardinalibus) J の第 2 項 枢要徳は四つで あるか (Utrum sint quattuor virtutes cardinales) Jでは r 思慮 (prudentia)j r 正

シンポジウム 101 義 (iustitia)j r 節制 (temperantia) J r 勇気 (fortitudo)j の四徳が枢要徳としてあげら れるが, これらが四つであることの理由が徳の成立根拠への反省を通じて, これらの四 つの徳を人間における理性的秩序の現実態を構成する諸相とみなすことによって体系的 に論述されている. いま, この論述の詳細には立ち入らないが, この論述のうちには 諸徳のー性 (Unity of Virtues) J に関する透徹した視点が与えられていると言わなけ ればならない. 一一 ー性 (unitas) J とはここで 単一性 (simplicitas)j のことでは なく, さまざまな要素を内含する統体のー性であるのは断るまでもないと信ずる. ここでトマスの道徳哲学の思索が ニコマコス倫理学 の思考枠を突き抜けてプラト γ の 国家 篇の思考の境域にまで達しているのを認めうるだろう ( 第 II-1 部でのトマ スの引用が重要なところで, しばしば, Ii' ニコマコス倫理学 ではなく, 当時 De Bona Fortuna" と呼ばれた エウデモス倫理学 によっていることも留意されておいてよい. ニコマコス倫理学 は明らかに 国家 篇を意識した上で, イデア論批判という意向 によって目論まれているが, トマスにとって, このアリストテレスのプラトン批判はも う実質上は機能しない. それは徳の現実態が魂における理性的秩序の現実態であるかぎ り, 魂における存在への関わりが何であり, それがいかにしてありうるかという, 魂の構造論に裏打ちされた 国家 篇の徳論の視座がそこに回復されていなければならないからである. そして, トマスにおいて, これを可能にしているのはいうまでもなくキリスト教の自己把握である. 最後に, 今日におげる倫理学の成立という観点に定位して顧るとき, トマスにおける道徳哲学思索のこの頂点は, はたして, 魂の能力 (potentia) の完成としての徳論とい うアリストテレスの思考枠組に収まりえたのかという問題が残る. それは 神学大 全 第 I 部で展開される 存在の位階 の論に裏打ちされることによって補われうると 説明されたとしても, はたして, ことはそれで 終っているのかという問題は残るであ ろう.