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自然災害科学 J.JSNDS 33-3221-232(2014) 新潟焼山における火山噴出物の古地磁気研究と噴火史の検討 酒井英男 * 手塚大貴 * ** *** 早津賢二 藤田正治 StudyofPaleomagnetism anderuptionhistory atmt.yakeyamainnigata,japan HideoSAKAI *,HirokiTEZUKA *, KenjiHAYATSU ** andmasaharufujita *** Abstract Precise dating ofthe products ofvolcanic eruptions is crucialforconducting researchandmitigationofvolcanicdisasters,andanefectivemethodotherthan 14 C datingisrequired.inthisstudy,weappliedthegeomagneticdatingmethod(hirooka, 1971)toinvestigatetheeruptionhistoryofMt.YakeyamainNigataPrefecture,Japan. Mt.Yakeyama,one ofjapan smany active volcanoes,hascaused severalvolcanic hazardsinrecordedhistory. Volcanic products thatwere believed to have erupted in the14th and18th centuriesyielded geomagneticagesthatwereconsistentwith previously reported ages (Hayatsu,2008).On the otherhand,volcanic productsthatwere formerly asigned datesfrom the9th to10th century yielded geomagnetic datesofthe13th century. Furthermore,a volcanic productfrom the Bouboudake stratum, whose age was hithertounknown,yieldedageomagneticdatefrom aroundthe14thcentury. Theseresultsshow thatthepaleomagneticmethodisefectivefordeterminingthe ageofvolcanicproductsand/orreexaminingformerlyestimatedagesobtainedbyother methodssuchas 14 C andstratigraphicdating. ByexaminingthevolcanicproductsatMt.Yakeyamausingtheagesestimatedin this study,we can determine thatthe volcanic products from the13th and14th centurieshavealargedistribution,suggestinghighvolcanicactivityatmt.yakeyama inthe13thand14thcenturies. キーワード : 新潟焼山, 火山噴出物, 残留磁化, 年代推定, 噴火史 Keywords: Mt.Yakeyama,volcanicproducts,remanentmagnetization,dating,eruptionhistory * ** 富山大学理学部 FacultyofScience,UniversityofToyama 妙高火山研究所 MyokoVolcanoResearchLaboratory *** 京都大学防災研究所 DisasterPreventionResearchInstitute,KyotoUniversity 本報告に対する討論は平成 27 年 5 月末日まで受け付ける 221

222 酒井 手塚 早津 藤田 : 新潟焼山における火山噴出物の古地磁気研究と噴火史の検討 1. はじめに活火山での災害の調査や対策において, 過去の噴火の情報は必要であり, 火山噴出物の年代と分布の同定が重要な課題となる 歴史時代の火山噴火の年代研究では, 噴出物に挟在した炭化物を試料とする 14 C 年代法が汎用されている ただこの方法は, 炭化物が無いと適用できず, また噴火で焼けた ( と考えられる ) 間接的年代であることにも留意が必要とされた その為, 14 C 年代法とは独立な火山噴出物の年代推定法が望まれていた その方法の一つとして, 火山噴出物が獲得した残留磁化を用いて地磁気変動との対比から年代を推定する方法が考えられる これは噴出物そのものを用いる年代法である 歴史時代に噴火した火山で地磁気年代研究を行うには, 対比できる地磁気変動が求まっている必要がある その為, 研究が可能な国は非常に少ない中で, 日本では Hirooka(1971) による過去 2000 年間の詳細な地磁気変動が得られており, 年代研究が可能となっている そして遺跡では試料条件が良い場合は数 10 年の精度で年代推定が実施されている 従来, 国内の火山で, 噴出物の地磁気年代研究が系統的に行われた例はあまり無い その中で, 味喜 (1999) は桜島の歴史時代の火山噴出物での地磁気年代研究を報告している 酒井他 (1993,2004) では, 岐阜県 長野県境の焼岳において紀元前後に噴火した中尾火砕流の研究を行った 同起源の堆積物は土砂災害の重要な対象となり, 京都大学防災研究所が1960 年代から調査 観測を継続している ( 芦田 澤田,1989; 堤他,2013 など ) 磁化研究では火砕流堆積物の年代と定置形態が求まり, 砂防学にも有用な情報が得られた ( 酒井他,2004) 本稿では, 新潟県南部の新潟焼山 ( 図 1, 以下では焼山と称する ) の火山噴出物について, 地磁気年代を研究した結果を報告する 焼山は, 糸魚川 - 静岡構造線の東側, 妙高火山群の北端部に位置する活動的火山である 早津 (1985,1994, 2008) による詳細な火山地質の研究が行われてお り, 歴史時代に火砕流 溶岩流の噴出を幾度も生じ, 日本海に達する火砕流が発生したことも判明した 早津 (2008) では, 火山層序を編む方法 -4 地質年代学による方法 において焼山の年代推定の重要性を以下の様に述べている 妙高火山群の活動史の研究における最も困難な課題の一つは, 焼山の山体上部を構成する複数の溶岩流の年代と層位関係の決定である 分布が狭く厚い溶岩流の層位関係の検討は, 非常に難しい K-Ar 年代は, 焼山の様に新しい火山には適用できず, 14 C 年代は, 測定試料の発見が絶望的であり, 可能性があるのは古地磁気 ( 地磁気年代学 ) の方法である 今後, 広い測定対象での, 精度の高い測定法が開発されることを期待したい 本研究では, こうした要望に応えるために, 火山での地磁気年代法の有用性の確認も含めて, 焼山において, 層序等による年代が示されていた火山噴出物について磁化研究を実施した 平成 25 年より自治体や研究機関からなる新潟焼山火山防災協議会が発足しており, 焼山の火山活動の研究が望まれている 本稿では, 近年の火山活動からも重要視されている焼山の火山活動史について, 新たに得られた知見を報告する 2. 残留磁化と地磁気の記録 岩石や堆積物には重量数 % の鉄の酸化鉱物が含まれ, 特に磁鉄鉱や赤鉄鉱等の鉱物は永久磁石と 図 1 新潟焼山および節 2.1 に示す上越市延命寺遺跡の位置

自然災害科学 J.JSNDS 33-3(2014) 223 なる強磁性の物性を有する そして火山噴出物に含まれる磁性鉱物は, 噴火時の高温からの冷却過程で地磁気方向に帯磁し, その集合として, 火山噴出物は当時の地磁気を記憶した熱残留磁化を獲得している 熱残留磁化は安定で数千年後も残り, それを読みとることで過去の地磁気を復元できる 残留磁化 ( 以下では磁化と略す ) と地磁気は, 図 2の様に, 方向を示す偏角と伏角および強度の3 成分で表現される 地磁気は地球中心部の流体域の運動で生じており, 時代と共に変化している Hirooka(1971) は, 国内の多数の遺跡での焼土の磁化を研究し, 過去 2000 年間における詳細な地磁気変動を求めた 偏角と伏角の同期間の変動に 20 度以上の複雑な変化があったことも判明した そして, 得られた地磁気変動を標準に, 年代不明の試料の磁化を求めて対比することにより年代推定も可能となった これを考古地磁気 ( あるいは地磁気 ) 年代推定法と称している Hirooka (1971) による地磁気変動は主に近畿地方を中心とした西南日本の試料で研究されている 本研究では, この変動を用いて焼山 (36.92 N, 138.03 E) の火山噴出物の年代を研究するが, 対照する地磁気変動の基準点 ( 京都 :35 N, 135.9 E) とは離れている 地表での地磁気は, 場所により違い, 特に緯度による伏角変化は大きい 赤道付近では伏角は浅く, 極では ±90 まで深くなる 焼山と京都の現在の伏角の違いは約 2 ある 本研究ではこの地域による地磁気差を考慮し, 磁化を地磁気変動と対比するにあたり, 標準 の京都の地磁気変動から仮想磁極 (VGP) を求め, 焼山の地磁気変動に変換して利用することにした 図 3に示す過去 2000 年間の偏角と伏角の図は, Hirooka(1971) の Fig.13,14 をもとに上記の変換を行い加筆した図である ( 手塚,1998) この変換により, 伏角は Hirooka(1971) の値より数度深くなった また, 地磁気強度も変動しているが (Sakai& Hirooka,1986), 本研究では磁化方向だけ扱う為, 図 3の偏角と伏角の変動を年代推定に利用する 2.1 残留磁化による年代推定の例地磁気年代推定の例として, 新潟県上越市に所在する奈良時代の延命寺遺跡 ( 図 1) で行った研究を紹介する ( 酒井他,2008) 同遺構では天平 8 年の木簡が出土しており, 遺構は8 世紀中葉以前の短期間に機能したと考えられていた 図 4に示す焼土面において, 焼土を容量 10cc の定方位試料として採取した そして磁化測定を行って得た複数試料の磁化を平均し, 遺構の磁化方向を求めた結果, 図 3の地磁気変動との対比から, 奈良時代として A.D.730 年頃の年代が推定された この年代は考古学的にも妥当であった 図 2 地磁気と残留磁化偏角 伏角と強度 図 3 地磁気の過去 2000 年間における変動偏角 伏角は,Hirooka(1971) の図を元に焼山地域の値に変えて加筆した ( 手塚, 1998)

224 酒井 手塚 早津 藤田 : 新潟焼山における火山噴出物の古地磁気研究と噴火史の検討 図 4 上越市延命寺遺跡における焼土の採取状況と磁化測定の結果 試料数 12 表 1 延命寺遺跡の磁化測定結果 偏角 -10.4 3. 研究試料と方法 伏角 57.2 誤差角 (α95) 1.7 磁化強度 (Am 2 /kg) 2.85x10-1 3.1 調査地の概要焼山 ( 標高 2400.3m) は, 糸魚川 - 静岡構造線の東側において, 南北につながる妙高火山群の北端部に位置し, 同火山群で唯一噴火記録を有する活動的火山である ( 早津,1985,1995,2008) 火山活動の開始は約 3000 年前と若いが, 歴史時代に火砕流や溶岩流の噴出を繰り返している そして古代 中世には, 日本海に達する火砕流や6km を越 える溶岩の流出を引き起こした 近年も,1949 年,1974 年,1983 年に小規模な水蒸気噴火を発生させており,1997 年には異常噴気と山頂付近での火山灰が報告されている ( 伊藤他,2000) 火山体は, 溶岩流 火砕流 降下火砕物等の噴出物と崩壊堆積物で構成される 噴出物は, 標高約 2000m に達する新第三系中新統の難波山層を基盤とし, 比高 400m の溶岩円頂丘を中心に北へ約 20km 続いて分布する 岩石は角閃石斑晶を含む珪長質安山岩 ~デイサイトから構成される 早津 (2008) は, 活動形態, 腐植土, 古文書及び降下火山灰層の対比から, 焼山の活動期を表 1 の5 期間に区分している 日本における地磁気年代推定法は, 紀元後の期間に適用可能なので, 調査は表 1の第 3 期 ~ 第 5 期の火山噴出物を対象とし, 表 2に星印を記す地層で行った 以下では, 早津 (1985,1994,2008) をもとに火山活動史と地質概要を述べる (1) 第 3 期の活動焼山の最大規模の火砕流である早川火砕流が生じ, 続く前山溶岩流の噴出時期である 早津 (1985,2008) では, 早川火砕流の噴出時期は, 多数の 14 C 年代, 早川火砕流と同時期の降下テフラである YK-KGc の多数の 14 C 年代および同テフラと考古遺物との層位関係から, 約 1000 年 時代 近代 近世 中世 古代 先史時代 活動史区分 第 5 期 第 4 期 第 3 期 第 2 期 第 1 期 表 2 新潟焼山の火山活動史と本研究の対象 基本層序 新期火砕堆積物 地層名 大谷火砕流堆積物 Ⅱ 焼山溶岩流 大谷火砕流堆積物 Ⅰ 前山溶岩流 早川火砕流堆積物? 前川土石流堆積物 テフラ層など 笹倉段丘礫層 YK-KGa YK-KGb 火打川原湖成層 YK-KGc YK-KGd YK-KGe 一の倉溶岩流の形成は第 3 期, 坊々抱溶岩流の形成は不明とされている早津 (2008) の図 Ⅲ-55 に加筆した星印の層序試料を研究対象とした 備考 噴気活動 水蒸気爆発 水蒸爆発 硫黄噴出火砕流の噴出 溶岩ドームの形成火砕流の噴出 八龍池の形成焼山最大の溶岩流の流出 焼山最大の火砕流の噴出 マグマ噴火 焼山の誕生 { 1974 年 1962-3 年 1949 年 1852 年 1773 年 1361 年 年代 887 年 989 年? 約 2,000 年 ~2,500 年前 約 3,000 年前

自然災害科学 J.JSNDS 33-3(2014) 225 前の平安時代としている 前山溶岩流は, 早川溶岩流の上位に時間間隙の証拠を挟まず重なっており, 早川火砕流とほぼ同時期の噴出物と考えられる また約 1000 年前の平安時代に対応する焼山の噴火記録として887 年と989 年の2つの記録が知られている 以上から, 早川火砕流 前山溶岩流の噴出時期は,887 年および989 年のどちらか ( または両方 ) の記録に対応する可能性が高いとされた 一の倉溶岩流は, 早川火砕流堆積物の上位に位置し岩質が類似するので第 3 期に属する可能性が高い 坊々抱岩溶岩流については, 早津 (1985) では層準不明ながら第 3 期に含まれる可能性が示されたが, 早津 (2008) では不明とされている 3.3 熱消磁とザイダーベルト図実験室において, 採取した岩石から直径約 25mm, 長さ20mm の円柱試料を作成し, 最初に, 全試料の自然残留磁化 (NRM:natural remanentmagnetization) を測定した 測定では, 富山大学 磁気シールド室の超伝導磁力計 (2G 社 760R) を使用した 試料の磁化には, 冷却過程で獲得される熱起源の磁化 ( 初生磁化 ) だけでなく, その後で諸種の要因による二次磁化が付着していることが多い そこで研究に用いる初生磁化を抽出するため, 試料を無磁場中で加熱冷却する熱消磁を行った 具 (2) 第 4 期の活動第 4 期の活動は, 焼山溶岩流の流出による溶岩円頂丘形成に特徴づけられ, 大谷火砕流堆積物 Ⅰ も, 伴って噴出したとされる 含まれる炭化木片から,630-680y.B.P. の 14 C 年代が報告されており, また A.D.1361 年の噴火記録が残っている (3) 第 5 期の活動第 4 期後の現在までの活動期である この時期には大谷火砕流堆積物 Ⅱの火砕流が発生しており, 古文書では1773 年の噴火によるとの記録が残っている 3.2 研究試料本研究の試料は, 北側山麓の大谷火砕流堆積物 Ⅰ,Ⅱ, 前山溶岩流, 一の倉溶岩流, 早川火砕流堆積物, 山頂付近の焼山溶岩流, 坊々抱岩溶岩流より採取した 図 5には, 早津 (2008) の図 Ⅲ-18 の地質図を引用し, 試料採集地点を星印で示している 調査は, 主に模式露頭の溶岩流と火砕流の角礫を対象とし, 各層準では複数の離れた露頭から複数個の試料を採取した 各試料はこぶし大の大きさで, 現地の磁北と水平の基準マークを付けた定方位試料としている 図 5 早津 (2008) の地質図 ( 図 Ⅲ-18) を加筆, 本研究の試料採集地点を星印で示す

226 酒井 手塚 早津 藤田 : 新潟焼山における火山噴出物の古地磁気研究と噴火史の検討 体的には, 加熱温度を段階的に上げて, 各温度で二次磁化を調べて消磁する熱消磁実験を, 最高 670 までの幾つかの温度で行った 熱消磁の結果はザイダーベルト図 (Zijderveld, 1967) で解析した これは図 6の様に, 三次元の磁化ベクトルの終点を水平面投影 ( 水平成分 ) と鉛直面投影 ( 鉛直成分 ) に分解して, 磁化方向と大きさを平面図に表現する方法である 水平面投影では, 横軸に磁化の南北成分を, 縦軸には東西成分を取って黒丸で示し, また鉛直面投影では, 横軸には同じ南北成分を, 縦軸には上下成分を取って白抜き丸で表現する この様に磁化を鉛直 水平成分に分解して平面図に投影し, 次に水平面投影の面を90 回転させて鉛直平面と重ね合わせることで, 磁化ベクトルを二次元に表すことができる 磁化が一成分からなる場合は, 消磁温度を上げ ても磁化は, 方向を変えずに減少し, 各温度での磁化データは図の原点に向かう直線上にプロットされる しかし二次磁化が大きい場合は, プロットは複雑になる 研究では, 消磁結果のザイダーベルト図のプロットに主成分分析法 (Kirshvink, 1980) を適用して信頼できる磁化方向を求めた 各サイトの消磁結果において, 不安定な磁化の試料を除いて, 信頼度の高い試料の磁化を求めた そしてフィッシャー統計 (Fisher,1953) により, サイト毎の磁化平均と信頼度パラメータ (95% 信頼角 α95 と精度係数 K) を求めて, 地磁気変動との対比により年代を検討した 4. 磁化の研究結果以下には, 各サイトの状況と実験結果を述べる 各サイトでは, 熱消磁後の磁化方向のシュミットネット投影と, ザイダーベルト図での消磁結果を示している 図 6 熱消磁の結果を示すザイダーベルト図の概念図 ( 左 ) と結果の例 ( 右 ) 4.1 早川火砕流堆積物山頂火口より距離約 9km の焼山温泉裏の比高約 30m の露頭から, 火砕流堆積物中の角礫 ( 本質岩塊 ) を採取した 露頭は2 層のユニットからなるが, 炭化木が認められる上部層 ( 図 7 左 ) から 10 試料を採取した 右図の様に, 熱消磁の結果, 高温までの安定な磁化が,7 試料から得られ, 磁化方向は中図の様に集中した 図 7 左 : 早川火砕流堆積物と含まれていた炭化木中 : 熱消磁後の磁化方向 ( シュミットネット投影 ) 右 : ザイダーベルト図での熱消磁の結果例

自然災害科学 J.JSNDS 33-3(2014) 227 4.2 前山溶岩流試料は, 火打山川沿いと溶岩台の2サイトから 7 個を採取した 熱消磁では,100 の消磁段階で安定な磁化が得られ, 両サイトの4 試料の磁化方向はほぼ一致した ( 図 8) 4.3 一の倉溶岩流焼山川涸れ沢沿いの2つの溶岩流末端崖の露頭から試料を3 個採取した 熱消磁では100 以上の温度で安定な磁化が得られた ( 図 9) 4.4 坊々抱岩溶岩流模式露頭の周辺には巨大な岩塊が密集しており, 研究試料は, 複数の岩塊から6 個を採取した 熱消磁では,100 以上の温度で3 試料から安定な磁化を得た ( 図 10) 図 8 左 : 前山溶岩流の熱消磁後の磁化方向右 : 熱消磁のザイダーベルト図の例 4.5 焼山溶岩流山頂付近に分布する焼山溶岩流では, 中央火口内の火口壁 ( 図 11 左 ) において噴気による変質影響が少ない場所を選び,6 試料を採取した 中図と右図に示す様に, 熱消磁では4 試料より220 以上の温度で安定な磁化が得られ, 磁化方向は集中した 図 9 左 : 一の倉溶岩流の熱消磁後の磁化方向右 : 熱消磁のザイダーベルト図の例 図 10 左 : 坊々抱岩溶岩流の熱消磁後の磁化方向右 : 熱消磁のザイダーベルト図の例 図 11 左 : 焼山溶岩流の露頭中 : 熱消磁後の磁化方向右 : 熱消磁の例のザイダーベルト図

228 酒井 手塚 早津 藤田 : 新潟焼山における火山噴出物の古地磁気研究と噴火史の検討 4.6 大谷火砕流堆積物大谷火砕流堆積物 Ⅰの試料は, 北側山麓の山頂火口より約 4km の道路切割り ( 層厚約 1m) において, 角礫 10 個を採取した ( 図 12 左上 ) 大谷火砕流堆積物 Ⅱの試料は, 北側斜面の山頂火口より約 1km 地点の焼山川最上流部の沢 ( 図 12 左下 ) から7 個を採取した 層厚は20m を超えていた 熱消磁の結果, 火砕流堆積物 Ⅰの7 試料と火砕流堆積物 Ⅱの5 試料から,500 以下の温度範囲で安定な磁化を得た ( 図 12 の中図および右図 ) 図 13 には, 表に示した各サイトの磁化方向と誤差角 (α95) を地磁気変動 (Hirooka,1971 を加筆 ) と対比している 地磁気変動については, 第 2 節で示した様に, 焼山と京都との緯度差等の影響を補正している 各サイトの年代は, 早津 (1985,1994,2008) を参考にした 第 3 期の火山噴出物については, 3.1 節で示した様に, 14 C 年代とも調和する古文書の887 年と989 年の噴火記録を用いて, その間の年代として磁化方向を示した 第 4 期と第 5 期の研 5. 考察 5.1 磁化方向と地磁気変動との比較前節で示した様に, 各サイトの試料について熱消磁で安定な磁化を求め, 平均磁化を算出した 表 3には, 磁化方向と信頼度パラメータ (α95 角と k) をまとめている 多くのサイトでは, 磁化方向の誤差角 α95 は5 以下であったが, 一の倉溶岩流ではα95 は11 と, 他のサイトに比べて磁化の集中度は低かった 大谷火砕流 Ⅱ 大谷火砕流 Ⅰ 焼山溶岩流 坊々抱岩溶岩流 一の倉溶岩流 前山溶岩流 早川火砕流 表 3 残留磁化の測定結果 試料数 ( 個 ) 5 7 4 3 3 4 7 偏角の平均 ( ) 1.6 9.8 12.8 16.7 4.2 15.5 3.5 伏角の平均 α95 ( ) ( ) 51.1 50.4 50.2 52.3 3.4 3.9 4.0 63.4 11.4 58.8 58.9 k 510 238 516 3.5 1268 4.1 4.6 118 510 171 図 12 左 : 大谷火砕流堆積物 Ⅰ Ⅱ の試料採取露頭中 : 熱消磁後の磁化方向右 : 熱消磁の例のザイダーベルト図

自然災害科学 J.JSNDS 33-3(2014) 229 究試料についても, 噴火記録のある1361 年と1773 年をそれぞれの年代として磁化方向を示した 坊々抱岩溶岩流の年代は, 不明とされているので, 図には載せていない 5.2 各サイトの年代図 13 をみると, 第 5 期 (18 世紀 ) の大谷火砕流堆積物 Ⅱおよび, 第 4 期 (14 世紀 ) の大谷火砕流堆積物 Ⅰと焼山溶岩流の磁化方向は, 地磁気変動と良く合っている これは, 早津 (1985,2008) で示された層序や年代と磁化年代が調和的であることを示している 一方, 第 3 期の一の倉溶岩流, 前山溶岩流, 早川火砕流堆積物の磁化方向は,9-10 世紀の地磁気からは離れており, むしろ13 世紀頃の地磁気と対応した 最近, 早川他 (2011) は, 早川火砕流堆積物について1235 年前後の 14 C 年代を報告しており, 本研究で得られた磁化の年代は, この年代に調和する結果であった 磁化方向と地磁気変動との対比をもとに, 各サイトの年代を改めて検討した結果を図 14 に示す 第 3 期の早川火砕流については, 早川他 (2011) による 14 C 年代の1235 年頃にプロットした 前山溶岩流と一の倉溶岩流は早川火砕流の上位に位置 する ( 早津,2008) ので若干新しい時代とした 両溶岩流の磁化方向は早川火砕流の磁化より東偏しているが, この傾向は, 地磁気変動との対比において両溶岩流の年代がより新しい年代との見解と調和的である 年代が不明とされていた坊々抱岩溶岩流については, 磁化方向 ( 偏角と伏角 ) は,14 世紀初め頃の地磁気変動との対応が可能であり, この年代でのデータ ( 図 14) としてプロットした 表 4には, 表 2の火山活動史表に, 本研究で推定した年代を加筆して示している 従来,8,9 世紀の年代が推定されていた火山噴出物では, 磁化研究から13-14 世紀の形成と考えられた また年代が不明であった坊々抱岩溶岩流も, 焼山溶岩流や大谷火砕流堆積物 Ⅱと同様な磁化方向を示しており,13,14 世紀に形成された可能性が高い 以上の様に, 歴史時代の火山噴出物について, 層序学や古文書等の従来研究による年代の検討や年代推定が難しい対象の研究に, 地磁気年代法は有用であることが示された また本研究で得た火山噴出物の年代のまとめ ( 図 14 や表 4) から, 焼山において13-14 世紀に多くの地層が形成されていることが示された これ 図 13 各サイトの磁化方向と地磁気変動 (Hirooka,1971 を加筆 ) との比較

230 酒井 手塚 早津 藤田 : 新潟焼山における火山噴出物の古地磁気研究と噴火史の検討 図 14 各サイトの磁化と地磁気変動との対比による年代案,A.D.1235 年は早川他 (2011) を参照した 時代活動史区分 近代 近世 中世 古代 先史時代 第 5 期 第 4 期 第 3 期 第 2 期 第 1 期 表 4 新潟焼山の火山活動史 地層名基本層序テフラ層など 備考 年代 噴気活動 新期火砕堆積物 1974 年笹倉段丘礫層水蒸気爆発 1962-3 年 { 1949 年 水蒸爆発 硫黄噴出 1852 年 大谷火砕流堆積物 Ⅱ YK-KGa 火砕流の噴出 1773 年 焼山溶岩流 YK-KGb 溶岩ドームの形成 大谷火砕流堆積物 Ⅰ 火砕流の噴出 1361 年 火打川原湖成層 八龍池の形成 前山溶岩流 焼山最大の溶岩流の流出 887 年 989 年? 早川火砕流堆積物 YK-KGc 焼山最大の火砕流の噴出? 前川土石流堆積物 YK-KGd YK-KGe マグマ噴火 焼山の誕生 早津 (2008) を基に加筆した表 2 の右欄に, 本研究での推定結果を加えている 約 2,000 年 ~2,500 年前 約 3,000 年前 本研究の推定 18 世紀 大谷火砕流堆積物 Ⅱ 焼山溶岩流 14 世紀 大谷火砕流堆積物 Ⅰ 坊々抱岩溶岩流 前山溶岩流 13 世紀 一ノ倉溶岩流 早川火砕流堆積物 より,13-14 世紀に焼岳では活発な火山活動があったことが推測される 早津 (2008) で示されている様に, 第 3 期の火山噴出物は, 考古学調査により平安時代の遺構で見つかっており, その 14 C 年代 ( 約 1000 年前 ) からも焼山では平安時代に火山活動があった可能性は高い その為, 今後, 本研究の調査地と共に他の地域での第 3 期火山噴出物の年代を研究し, 焼山の平安時代の火山活動について更に検討する必 要がある 地磁気年代研究については,Hirooka(1971) による地磁気永年変動曲線の提唱後も研究は行われ, データが蓄積されてきた そして, 地磁気変動の地域による違い ( 地域差 ) を調べると, 時代によって異なり, かなり大きい地域差が存在する時代もあるとわかってきた 東美濃 瀬戸地域を中心とする東海地方では, 詳細な多くの考古地磁気データを基に永年変化が求められ ( 広岡 藤澤,

自然災害科学 J.JSNDS 33-3(2014) 231 2002), 同地域での年代推定に利用されている 現在, 考古地磁気の研究結果のデータベース化も進められており, 新たな地磁気永年変動曲線の作成も検討されている 検討が進んだ際には, 本研究の年代も見直すことができると考える また地磁気年代研究では, 地磁気強度の変動を用いる方法もある 地磁気方向の研究に比べて複雑な実験となり時間もかかるが, 年代推定の信頼性を上げるには有用であり, 本研究の対象も含めて, 地磁気強度による研究の実施も予定している 焼山は豪雪地帯に位置するので, 特に融雪期の噴火では, 噴出物が融雪泥流を生じて非常に大きな被害が起きると推定されている ( 堤他,2013) 本研究で示唆された13-14 世紀の大きな火山活動も含めて, 焼山の歴史時代の噴火状況を正確に把握することはハザードマップの作成においても重要な情報となると考える 6. まとめ新潟焼山では, 早津 (1985,1994,2008) による地質学研究から詳細な火山活動史が求められていた そのうちの紀元後の活動で生じた火山噴出物について磁化を研究し,Hirooka(1971) の地磁気方向の変動との比較により年代を推定した 従来の火山活動史との対比を行った結果, 以下の知見を得た (1) 第 5 期活動期に噴出した大谷火砕流堆積物 Ⅱ では18 世紀頃の地磁気年代が得られ, 古文書による1773 年頃の噴火年代と良く合った また第 4 期活動期の焼山溶岩流と大谷火砕流堆積物 Ⅰ の磁化方向は, 地磁気変動との対比では14 世紀頃が妥当と得られ, この年代は, 噴火記録 (A.D.1361 年 ) と矛盾は無かった 以上の様に, 第 4 期と第 5 期の火山噴出物の地磁気年代は早津 (1985,1994,2008) の層序を支持する結果であった (2) 坊々抱岩溶岩流については, 層位学的に上下関係が判明しておらず, 早津 (1985) では岩質の類似から第 3 期 (9 世紀,10 世紀 ) に属する可能性が示唆され, 早津 (2008) では時期不明とされていた 本研究で得られた磁化方向は14 世紀の地磁気に近い方向を示したことから, 坊々抱岩溶岩流の形成は, 第 4 期の可能性が考えられた (3) 早川火砕流堆積物, 前山溶岩流と一の倉溶岩流は,9-10 世紀の形成とされていた ( 早津 1985,1994,2008) が, 磁化方向は, 同時代の地磁気方向とは離れ,13 世紀頃の地磁気に近い結果であった 早川他 (2011) は早川火砕流堆積物について, 14 C 年代の研究から A.D.1235 年前後の年代を提示しており, 地磁気年代は, この年代と調和した 本研究で得た火山噴出物の年代のまとめから, 焼山では,13-14 世紀に多くの地層が形成されていることが示され, これにより,13-14 世紀頃の焼山に活発な火山活動があったことが推測された ただ早津 (2008) で示されている様に, 第 3 期の火山噴出物が平安時代の遺構で見つかっており, 焼山では平安時代にも火山活動があった可能性は高い その為, 本研究の調査地と共に他の地域での第 3 期火山噴出物の年代を研究し, 平安時代の火山活動について更に検討する必要がある 地磁気年代推定の信頼性を上げるため, 今後, 地磁気強度による研究の実施も予定している 豪雪地帯に位置する焼山では, 融雪期に噴火が起きた場合, 融雪泥流による甚大な被害の発生も予想されている ( 堤他,2013) 13-14 世紀に示唆された大規模な火山活動も含めて, 焼山の歴史時代の噴火状況の把握はハザードマップの作成においても重要である 本研究では, 新潟焼山火山において, 層位学的方法では決定できない火山噴出物の噴出時期について磁化研究から重要な情報を得ることができた 今後, 他の火山においても, 地磁気年代研究を積極的に行っていくことが望まれる謝辞研究の一部において社団法人北陸建設弘済会 北陸地域の活性化に関する研究助成事業 の研究

232 酒井 手塚 早津 藤田 : 新潟焼山における火山噴出物の古地磁気研究と噴火史の検討 助成 ( 堤大三代表 ) を用いた 研究を進めるにあたり, 富山大学名誉教授の広岡公夫先生にご助言を頂いた 参考文献芦田和男 沢田豊明 : 山地流域における出水と土砂流出 (18), 京都大学防災研究所年報, 第 32 号 B- 2,pp.471-486,1989. Fisher,R.A.:Dispersiononasphere,Proc.R.Soc. London,Vol.217A,pp.295-305,1953. 早川由紀夫 藤根久 伊藤茂 LomtatizeZaur 尾嵜大真 小林紘一 中村賢太郎 黒沼保子 宮島宏 竹之内耕: 新潟焼山早川火砕流噴火の炭素 14 ウイグルマッチング年代, 地学雑誌,Vol.120, pp.536-546,2011. 早津賢二 : 妙高火山群 -その地質と活動史-, 第一法規出版,344p.,1985. 早津貿二 : 新潟焼山火山の活動と年代, 地学雑誌, Vol.103,pp.149-165,1994. 早津賢二 : 妙高火山群 - 多世代火山のライフヒストリー, 実業公報社,424p.,2008. Hirooka,K.:Archaeomagnetic study for the past 2000 years in Southwest Japan, Mem, Fac. Sci.,Kyoto Univ.,Ser Geol.Mineral.,Vol.38, pp.167-207,1971. 広岡公夫 藤澤良祐 : 東海地方の地磁気永年変化曲線, 考古学と自然科学,45,pp.29-54,2002. 伊藤英之 早津賢二 鈴木浩二 : 新潟焼山 1997~1998 年の小規模噴火活動, 火山,Vol.45,pp.181-186,2000. Kirshvink,J.L.:Theleast-squarelineandplaneand the analysis ofpaleomagnetic data,geophys. J.R.Astron.Soc.,Vol.62,pp.699-718,1980. 味喜大介 : 古地磁気方位 強度測定による桜島の溶岩流の年代推定, 火山,Vol.44,pp.111-122, 1999. Sakai,H.andK.Hirooka:Archaeointensitydeterminationsfrom westernjapan,j.geomag.geoelectr., Vol.38,pp.1323-1329,1986. 酒井英男 豊本正成 平井徹 畚野匤 沢田豊明 藤井昭二 : 岩石磁気学の手法による焼岳火山噴出物の分類, 富山県地学研究論集,Vol.10, pp.33-42,1993. 酒井英男 澤田豊明 畚野匡 井口隆 : 磁気物性を用いた火山堆積物の定置温度の推定と分類, 防災科学技術研究所研究報告, 第 65 号,pp.163-171,2004. 酒井英男 山本豊 菅頭明日香 岸田徹 : 新潟県上越市延命寺遺跡の焼土遺構 (SX1905) の考古地磁気研究, 新潟県埋蔵文化財調査報告書第 201 集, 新潟県教育委員会,pp.107-113,2008. 手塚大貴 : 富山大学修士論文, 第四紀火山堆積物の岩石磁気 古地磁気,68p,1998. 堤大三 酒井英男 藤田正治 宮田秀介 上石勲 : 融雪型火山泥流の発生機構解明とその防災への適応に関する事業報告書, 社団法人北陸建設弘済会北陸地域づくり研究所,2013. 堤大三 野中理伸 水山高久 志田正雄 市田児太朗 宮田秀介 藤田正治 : 山地流域における定量的な掃流砂量計測, 京都大学防災研究所年報第 56 号 B,pp.465-470,2013. Zijderveld,J.D.A.:A.C.demagnetization ofrocks: Analysisofresults,Methodin Paleomagnetism (Colinson,D.W.andCreer,K.M.eds.),Elsevier, New York,254-286,1967 ( 投稿受理 : 平成 26 年 1 月 27 日訂正稿受理 : 平成 26 年 6 月 24 日 )