日本の大学入学者選抜 2010.06.19 天野郁夫 はじめに 問題の基本的な構造 世界的に入学者選抜が重要な問題に 入学者選抜問題の基本的な構造 ( アーティキュレーション ) 大学の選抜 (Selection) 学生の選択 (Choice) 公共的問題 臨教審答申 (1984) 大学入学者選抜制度の改革は わが国の社会にとって重要 な公共的問題である 配分 (Allocation) の問題 知的能力 ( 学力 ) の高さ あるいは Excellence という指標 質 公平 平等 効率 4つの E の問題質 Excellence 公平 Equity 平等 Equality 効率 Efficiency マス ユニバーサル化のディレンマ 多様性と独自性 1. 日本の入学者選抜の独自性 入学試験への高い依存度 歴史的経緯の産物 基本は中等学校の卒業資格 国立セクターの限られた規模
私立セクターの生成と発展 2 国際的な評価 日本は国際的にどう見えているか 入学試験は 社会的出生 (OECD 日本の教育政策 1971) 日本は学歴主義の社会 生物的出生 のあとに 社会的出生 が起こる 入学試験に合格することはうまれかわることである (249) 日本の青年やその家族にはかり知れない社会的圧力をおよぼし 大学進学前に学ぶ学校 大学それ自体 そして一般社会に対して 重大なゆがみをもたらしている (90) OECD 報告書の改革案 1. 高校内申書の活用 2. 全国学力テスト ( 大学 高校の合同組織が文部省の協力のもとに 複数の組織により三 四種類作成されること ) 3. 進学適性テスト ( 能力開発研究所テストが失敗 民間受験企業の信頼性が高い 現在の民間企業の一部を テスト業務を行う新しい公共企業体の設立発展の過程で吸収していくことも (100) 大学入試の功罪( 相互に見た日米教育の課題 1987) アメリカ側の報告書 大学入学試験は大多数の日本の高校生の将来と日常生活に影響を与えている 日本ではどの大学に進学するかが その人の将来の地位と職業を大きく決定してしまう 有名企業に就職する為の大学間の序列 があり この序列のトップにいる大学を卒業しないと 公務員や大企業のサラリーマンとしての高い地位を得ることは不可能 (219) 否定的な側面ばかりが強調されるが 大学入学試験は日本の教育制度全体に対し何らかの積極的な貢献も行っていることも忘れてはならない 入学試験のおかげで大学前教育の全般にわたって 知的水準が強化され 生徒の学力も育っているのである この入学試験制度が本質的に生徒の適性ではなく 知識の度合いを測るものであるから 日本の青少年は実に多様な領域において多くの知識を有している 入学試験の準備にはたゆまぬ努力と勤勉さが必要である このようにして日本の子供たちは 比較的年少の頃にから 社会人となり大人となっていくにつれて役立つものを学んでしまう 大学受験の準備のために周囲のものも犠牲を強いられるが 同時に子供と両親の間に 共通の目的意識を植え付けることにも役立つ (235)
昔ながらの選別機能(OECD 日本の大学改革 2009) 数字の上から言えば日本の高等教育は マス 段階のシステムであるが 文化的にはあらゆる エリート モデルの特徴を保持しているといえる したがって 国公立 私立を問わず有名大学に入学するには熾烈な競争を経なければならない いわゆる トップ レベルの大学の入試勉強をさせるための ありとあらゆる私的な教育の機会が用意されている このため大学には今でも 昔ながらの学生の選別機能が期待されている 日本社会が人材を自給自足し かつ企業主導であるうちは 此の選別過程はかなりうまく機能する しかし経済がグローバル化し 競争が激しくなると この機能にも調整が必要になってくる (36) 学生の出身高等教育機関がどれくらい有名か あるいは入学試験がどのくらい難しいかということを極端に重視する雇用の様式は 今後も変わらないだろう したがって 日本の大学入試は熾烈であり続けるし 入学後の学生には学習への意欲が生まれないままであるだろう (86) 入学者選抜の日本的特質 1 大学入学試験中心の入学者選抜システム 2 進学機会における需給バランス ( 供給不足 ) 3 国公立 私立の2セクターと入学者選抜のバイナリーシステム 4 マス 段階にあるにも関らず エリート モデルの特徴を保持 5 大学間の序列構造 6 卒業後の雇用機会の階層構造 ( 新卒一括採用と終身雇用 年功序列 ) 7 社会的地位の決定要因としての出身校 8 努力と勤勉さの源泉 初中等教育の質の高さ もう一つの重要な特徴 3. エリートからマス ユニバーサルへ マス化 ユニバーサル化がもたらすもの トロウの発展段階論と入学者選抜 ( 高学歴社会の大学 1976) 入学者の選抜の方法と原理は 高等教育と社会構造が最も密接な関係を持つ 重 要な問題点である (90) 入学者選抜のエリート段階 程度の差こそあれきびしい能力主義原則に立って 入学の 有資格者 だけを入れ るという 単純な原理 (87) 進学機会は一握りの大学進学準備校によって事実上
独占 優秀さと社会的不平等 マス段階の入学者選抜改善努力は はじめは選抜と選抜基準の能力主義化 やがて 大学進学資格を与える中等学校やコースの増加 による平等化 不平等を取り除く努力が 中等教育の構造の修正 とりわけ総合制への移行 ないしは少なくとも大学進学につながる教育コースの拡大 公平性と平等化 ユニバーサル段階への移行平等主義の圧力 高等教育における選抜原理そのものに挑戦 大学への無選抜入学 ( オープンアクセス ) や 大学と同等の入学資格を必要としない高等教育機関の一層の拡充を要求 質と効率という課題 4. 改革への試み マス化への日本的対応( 四六答申 1971) 入学者選抜制度 の改善 1 高校の調査書を選抜の基礎資料に 2 広域的な共通テストの開発 個人の学習の到達度を弁別するというよりは 高等教育を受けるに必要な基礎的な能力 適正を検出するためのもの 3 選抜方法の改革は 大学と高等学校の自主的な協力によって着実に 4 私立大学にとっては財政上の問題とも深い関係にあるので その面に対する適切な配慮なしには問題は解決しないことに注意 (165) 5 大学が専門分野の必要に応じて 特定能力のテスト 6これらを総合して判断 大学入学試験 からの脱皮へ 改革の実現 共通テスト制度の発足( 共通第一次学力試験 1979) 国立大学の入学試験の一部共同化 一次 二次 ( 一次で学習の到達度 二次で独自の工夫 ) 5 教科 7 科目から5 教科 5 科目へ アラカルトへ そして再び5 教科 7 科目へ受験機会の複数化へ A B グループ分けから前期 後期日程へ 後期日程の廃止二次試験の多様化へ ( 入試科目の多様化 ) 個性化 多様化へ ( 臨時教育審議会第一次答申 1984) 偏差値偏重の受験競争の弊害を是正するために 各大学はそれぞれ自由にして個性
的な入学者選抜を行うよう入試改革に取り組むことを要請する また 現行の国公立大学共通一次試験に代えて 新しく国公私立を通じて各大学が自由に利用できる 共通テスト を創設する この共通テストの実施のため 国公私立の各大学が対等の立場において利用でき 高等学校関係者が参画し得るよう 大学入試センターの設置形態や機能について検討し その改革を進める 共通テストは良質の試験問題を確保し それにより高等学校教育の内容を尊重し 高等学校レベルにおける生徒の着実な学習の到達度を生かすとともに 各大学での多様で個性的な選抜の実現に資することを目的とするものである 共通テストを利用するか否か 利用するとしてもどのような利用方法をとるかは 国公私立を通じた各大学の自主的な判断にゆだねることとする 大学入試センター試験への移行(1990) 共通一次試験からセンター試験へ私立大学の利用 短期大学の利用基本的な理念 性格の変化 大学入学試験の共同化ではない共通テストでもない利用の如何 利用の方法は自由 アラカルトしかし試験そのものの技術的な性格は不変到達度をはかる学力テストか 入学者の選抜手段か学力偏差値の資料提供大学 学部間の序列構造の裏付け 自由な利用で 多様で個性的な選抜の実現? 5. 行き過ぎた多様化 選抜の自由と選抜の多様化 選抜方法選抜手段選抜単位選抜人数選抜時期選抜対象 選択の自由と多様性 ユニバーサル化の中の多様化 個性化 ユニバーサル化の先達 アメリカ クーリングアウト機能をビルトインした高等教育システム
自由と多様性が日本にもたらしたもの 6. 改革への課題 選抜の自由の制限 高等教育システムの構造改革 日本の高等教育システム 4 年制大学への収斂 入り口でのクーリングアウト機能への依存 入試センター試験 受験の義務付け 入試センター試験の複数化 高校の教育課程の再構築 高校での履修科目指定 ( リクワイアメント ) の導入 専門職業教育の大学院段階への移行 企業の人事 採用政策の転換 高大接続テスト を超えて 高校段階での学力を客観的に把握する方法の一つとして 高校の指導改善や大学の初年次教育 大学入試などに高校 大学が任意に活用できる学力検査 ( 高大接続テスト ( 仮称 ) ) に関し 高校 大学の関係者が十分に協議 研究するように促す ( 学士教育課程の構築に向けて 答申 2008)