卵製品の品質 機能向上を目的としたプロテオミクスによるバイオマーカー探索 宮城大学食産業学部 准教授石川伸一 緒言農産物や水産物 畜産物は自然が生み出す食素材である そのため 同種の農産物を生産していても産地や生育した時の天候によって 個体差が生まれる 畜産物の中でも特に鶏卵は 採卵鶏に給餌する飼料中のカロテノイド色素の種類や含有量に影響されて卵黄の色が決まり 品種によって茶色や青色の殻の鶏卵が存在する また 夏季になると暑さによる体調不良から餌の摂取量が減り 殻が薄くなり 老齢の鶏だと卵白の盛り上がりがなくさらさらした卵白になることが知られている このように鶏卵の違い つまり 原材料のばらつきがあることで同じ卵製品を製造した場合でも その品質や機能に影響を及ぼす 鶏卵や卵食品は ビタミン C 以外のビタミンが全て含まれ 鉄やカルシウムなどのミネラルも豊富に含まれている その成分から完全栄養食品といわれるほど 栄養価が高い食品である また 栄養価が高くておいしいだけではなく 生体調節機能を有する食品として その重要性がますます増加している 鶏卵は 保持する機能により加工特性が幅広いことから 近年では 特に人の健康に役立つ卵食品が 生活習慣病や老化を予防する観点から強く求められている このような卵食品のさらなる高品質化 高機能化のためには 原材料間のばらつきや鶏卵の加工 貯蔵により変化する成分を網羅的に把握しておくことが大切である そのため 食品としての基礎的な知見を集積することが求められるが これらに関するデータは非常に少ないのが現状である 1990 年 米国でヒトゲノム計画が発足し 人間の遺伝子のすべての塩基配列を解析するプロジェクトが始まった 2003 年には全ゲノム解析が終了し ヒトゲノムは 28 億 3 千万塩基で 約 3 万 2 千の遺伝子からなることが判明した これにより ある時点での細胞 組織の中に含まれる全遺伝子を意味する genome を 網羅的に解析するという意味である omics が語尾についた genomics( ゲノミクス ) という学問が生まれた ここから派生していき ポストゲノムに着目したある時点での細胞 組織の中に含まれる全タンパク質を意味する proteome を網羅的に解析するプロテオーム解析 つまり proteomics( プロテオミクス ) が誕生した プロテオーム解析作業のフローとしては まず タンパク質サンプルを電荷を維持したまま溶解性を保った状態で分離できるように イオン強度の低い変性溶液に溶解する そして 二次元電気泳動を行い ゲル上でタンパク質を分離させた画像を得る この画像よりタンパク質のスポットの位置や量を数値に換算し 質量分析装置にかけるためにタンパク質を切り出して脱色しペプチドに消化する そして 質量分析を行い 過去のデータベースよりサンプルに含まれるタンパク質の同定を行う このようにプロテオーム解析では 二次元電気泳動や質量分析からタンパク質変動の指標となる マーカー の探索が可能である そのために重要な作業となるのが 複雑に絡み合ったタンパク質複合体を質的 量的な関係を維持し 再現性を持った状態で分離することである これを可能にする方法の一例として ポリアクリルアミドゲルを用いた二次元電気泳動法 (2D-PAGE) が挙げられる 2D-PAGE とは タンパク質が固有する等電点 (pi) と分子量の違い (SDS-PAGE) により 一枚のゲル上でタンパク質を分離する方法である これにより 細胞内全タンパク質を数千にも及ぶスポットに分離することができる また この 2D-PAGE をさらに発展させた 蛍光二次元電気泳動法 (2D-DIGE) が近年の研究で用いられるようになってきた 2D-DIGE のフローとしては 異なるタンパク質サンプルをそれぞれ異なる蛍光色素で標識し 混合した後で同一のゲルで 2D-PAGE を行う 電気泳動後のゲルをレーザースキャナーでスキャンすることによって 一枚のゲルから複数のタンパク質サンプルの二次元電気泳動画像を得ることができる 2D-DIGE では複数のタンパク質サンプルを同一のゲルで泳動することでゲル間のばらつきを解消することが特徴である 年々プロテオーム解析の果たす役割は大きくなっており さらに 質量分析機器の発達や超高感度の蛍光染色色素の開発など プロテオーム解析を支える技術は飛躍的に発展し続けており これまで検出されなかった微量タンパク質の同定やそれらの構造 機能解析が急速に可能となっている 従来 医学や薬学分野で利用されていたプロテオーム解析を食品産業分野に利用することで 食品 73
の品質向上 新規機能性食品の開発 食の安全性の確保等への利用が期待されている ここ数年 各種食品タンパク質のプロテオーム解析が急激に行われはじめ 従来の分析方法では検出できなかった微量成分の分離 同定が行われている 医学 薬学のプロテオミクス研究が 国内外を問わず 大規模かつ戦略的に展開されているのに対し 食品のプロテオミクス研究は その応用の範囲や期待が大きいにも関わらず いまだ取り組みが限定的である 鶏卵卵白タンパク質の微量成分を含む網羅的解析の報告などがいくつかあるのみである 1-3) これらの背景から 本研究の目的は 卵製品の品質 機能に影響を及ぼす原材料のばらつきや加工 貯蔵による成分変化を把握するために 鶏卵の ⅰ) 品種および ⅱ) 貯蔵によるタンパク質の違い 変化を網羅的手法である プロテオミクス を用いて解析し 変動する マーカー を探索することである 具体的には 2D-DIGE を用いて ⅰ) 品種間によるタンパク質の違いを見つけるために 1 一般的な産卵鶏ジュリアの鶏卵白とチリ原産の品種であるアローカナの鶏卵白を比較および 2 一般的な産卵鶏ジュリアの鶏卵白とブランド卵の品種である名古屋コーチンの鶏卵白を比較する また ⅱ) 貯蔵による変化を見つけるために 2D-DIGE を用いて産卵後 0 日目の鶏卵白と産卵後 7 日目の鶏卵白を比較する 方法 実験用試料大学内施設で飼育している産卵鶏 (57 週齢の白色ジュリア ) が産んだ鶏卵を実験に用いた これと比較するための品種別の産卵鶏として 株式会社エッグ ワンより購入したアローカナと名古屋コーチンの鶏卵を実験に用いた また 有限会社エコーファームより購入した産卵鶏 ( 白色ジュリア ) が産んだ採卵直後の鶏卵を産卵後 0 日目として実験に用いた 鶏卵を恒温機内に静置し 40 一定の湿度の条件下で貯蔵した 実験の開始 7 日後にインキュベーターから鶏卵を取りだし これを産卵後 7 日目の鶏卵とした 試料の調製卵の殻を洗浄後 割卵しビーカーに卵黄と卵白をそれぞれ取り分けた 卵白中の水様卵白と濃厚卵白を均質化するために 水切りネットを用いて 卵白を濾す作業を 2 回 さらに 篩とゴムべらを用いて卵白を濾す作業を 2 回行った 濾した卵白をビーカーに入れ スターラーで約 2 時間ゆっくりと攪拌した 攪拌後に生じる白い繊維状の高分子タンパク質であるオボムチンを取り除いた後 卵白を遠心分離を行い オボムチンを沈殿させた (5000G, 4, 10min) 遠心後 卵白の上清を試料に用いた 卵白タンパク質抽出は ReadyPrep Protein Extraction Kit(Total Protein)(Bio rad 社 ) を 卵白タンパク質の定量は RC-DC プロテインアッセイキット (Bio rad 社 ) を用いて行い 牛血清アルブミン (BSA) をスタンダードとして用いた 卵白タンパク質に CyDye DIGE Floors Cy3 Cy5(GE Healthcare 社 ) を用い 蛍光標識を行った ⅰ) ジュリア卵白タンパク質は Cy3 アローカナと名古屋コーチンには Cy5 を使用し ⅱ) 産卵後 0 日目卵白タンパク質は Cy3 産卵後 7 日目卵白タンパク質には Cy5 を使用した 標識後 サンプルにはそれぞれ 10mM リジンを加え 反応を中止させた 蛍光二次元電気泳動二次元電気泳動の一次元目 ( 等電点電気泳動 ) として ph3 10 11cm Immobilized ph gradient ストリップ (IPG ストリップ Biorad 社 ) を用いた 2 種類の試料を混合した蛍光標識済み卵白タンパク質サンプルに膨潤バッファー (Biorad 社 ) を加え サンプルを 10 倍以上に希釈した 膨潤卵白タンパク質サンプルをフォーカシングトレイのレーンにアプライし IPG ストリップの上からミネラルオイルを重層後 フォーカシングトレイを IEF セル本体 (Biorad 社 ) にセットし 遮光条件下で等電点電気泳動の条件 ( 膨潤 :12h Step1:250V, 15min, Linear Step2:8000V, 1h, Linear Step3:8000V, 20-35000Vh, Rapid Step4:500V, 24h, Rapid) を設定したのち 電気泳動を行った 等電点電気泳動後 二次元目として SDS-PAGE を行った ストリップ 1 本につき 膨潤トレイ 1 レーンに平衡化バッファー Ⅰ(Biorad 社 ) を入れたのち フォーカシングトレイから IPG ストリップを取り出した 20 分間の平衡化の間に 平衡化バッファー Ⅱ(Biorad 社 ) に 2.5%(w/v) となるようにヨードアセトアミドを加え溶解させた 平衡化 Ⅰ の作業と同様に 10 分間振とうした IPG ストリップをローメルトアガロースゲルで密着させ 遮光下で SDS-PAGE(200V 定電圧 1h) を行った タンパク質スポットの検出はルミノ イメージアナライザー LAS-3000( 富士写真フィルム株式会社 ) を用いて スポットの解析には Multi Gauge Ver3.0( 富士写真フィルム株式会社 ) のソフトウェアを用いて行った 74
結果 ⅰ) 品種間の違いジュリア卵白タンパク質には Cy3 を標識により スポットが緑色の電気泳動図となり アローカナ卵白タンパク質と名古屋コーチン卵白タンパク質には Cy5 を標識により 赤色の泳動図となる 2 枚の泳動図を重ね合わせることで品種間の違いについて比較検討した 画像を重ね合わせ黄色を呈しているスポットは ジュリア卵白タンパク質とアローカナ 名古屋コーチン卵白タンパク質が両方とも存在するスポットとなる 緑色を呈しているスポットはジュリア卵白タンパク質だけが存在するスポットである 赤色を呈しているスポットはアローカナ 名古屋コーチン卵白タンパク質が存在するスポットである ジュリア卵白タンパク質とアローカナ卵白タンパク質で比較検討した ジュリア卵白タンパク質の泳動図は図 1 アローカナ卵白タンパク質の泳動図は図 2 ジュリア卵白タンパク質とアローカナ卵白タンパク質の泳動図を重ね合わせて比較した結果は 図 3 のとなった また ジュリア卵白タンパク質と名古屋コーチン卵白タンパク質で比較検討した ジュリア卵白タンパク質の泳動図は図 4 名古屋コーチン卵白タンパク質の泳動図は図 5 ジュリア卵白タンパク質と名古屋コーチン卵白タンパク質の泳動図を重ね合わせて比較した結果 図 6 のとおりになった ⅱ) 貯蔵による変化産卵後 0 日目卵白タンパク質には Cy3 を標識により緑色の泳動図となり 産卵後 7 日目卵白タンパク質には Cy5 を標識により赤色の泳動図となる 2 枚の泳動図を重ね合わせることで 貯蔵による卵白タンパク質の変化について比較検討した 画像を重ね合わせ黄色を呈しているスポットは 産卵後 0 日目卵白タンパク質と産卵後 7 日目卵白タンパク質が両方とも存在するスポットである 産卵後 0 日目卵白タンパク質と産卵後 7 日目卵白タンパク質で比較検討した 産卵後 0 日目卵白タンパク質の泳動図は図 7 産卵後 7 日目卵白タンパク質の泳動図は図 8 産卵後 0 日目卵白タンパク質と産卵後 7 日目卵白タンパク質の泳動図を重ね合わせて比較した結果は図 9 となった 考察 ⅰ) 品種間の違いジュリア卵白とアローカナ卵白 ジュリア卵白と名古屋コーチン卵白を比較した結果 メジャースポットは黄色を呈しており 今回は違いを見つけることは出来なかった これまで同じ卵製品を作製した結果 品質に違いがみられた事例があり ジュリアと同じ産卵鶏である白色レグホーンと名古屋コーチンそれぞれの卵白でスポンジケーキを作製し 名古屋コーチンのほうが気泡力が高くふんわりとした大きいケーキをつくることができたという報告がある 卵白の気泡力は 液中の ph が等電点の付近に達した時が最も高い よって ケーキのふくらみ方の違いは 各鶏卵種の等電点の違いによる可能性も考えられる また 卵白タンパク質ごとに気泡力が異なり グロブリン > オボトランスフェリン > オボムコイド > オボアルブミン > リゾチームの順に気泡力が大きいことが報告されている 今後 卵白中の各タンパク質の量的観点からも検討が必要である ⅱ) 貯蔵による変化産卵後 0 日目卵白タンパク質泳動図と産卵後 7 日目卵白タンパク質泳動図を比較した結果 メジャーなスポットは全て黄色を呈していた 微量スポットを解析するために 白黒で表示した泳動図をそれぞれ比較した ( 図 10) その結果 7 日間の貯蔵の過程で等電点 6.0-6.5 分子量約 35-40kDa 付近で新たにスポットが出現することを確認できた プロテオーム解析による鶏卵成分の経時的変化に関する研究の報告でも同じ位置にスポットが確認されており このスポットをトリプシン消化後 LC/MS/MS を用いて同定を行った結果 オボトランスフェリンの部分分解物であることが明らかとなっている 4) 今回出現したスポットもオボトランスフェリンと等電点が同じであることから この部分分解物であると推測される しかし 等電点が同じだけではオボトランスフェリンの部分分解物であると断定できない よって 質量分析を用いてこのスポットの同定を行う必要がある 今回は主にメジャースポットのタンパク質に着目し 鶏卵卵白の ⅰ) 品種および ⅱ) 貯蔵によるタンパク質変動のプロテオーム解析を行った ⅰ)ⅱ) ともに メジャースポットの違いを見つけることは出来なかったが ⅱ) では等電点 6.0-6.5 分子量約 35-40kDa 付近で オボトランスフェリンの部分分解物と示唆される微量タンパク質が確認できた メジャースポットだけではなく 微量タンパク質のスポットがより明確になれば サンプル間の違いを発見できる可能性がある 今後実験を行う際に卵白中に含まれる微量タンパク質を分離するためにも 試料調製のタンパク質抽出段階で 卵白中のタンパク質を完全に溶解し 凝集をさせないこと 75
が必要になる また 発現量の多いタンパク質であるオボアルブミンの影響により 他の量的に少ないタンパク質がマスキングされ 結果的にゲル上で分離 検出できるスポット数が制限されていると考えられる 試料調製の時点でアルブミンを除去することで 発現量の低い微量タンパク質を検出することができると考えられる 泳動図のスポットの分離能を高め 微量タンパク質にも着目した新たなマーカーの探索を行うことが今後の研究課題である 要約鶏卵原料のばらつき 貯蔵による成分の変化を調べるために 鶏卵卵白中のタンパク質の ⅰ) 品種間の違いおよび ⅱ) 貯蔵による変化を蛍光二次元電気泳動 (2D-DIGE:2-Dimensional Difference Gel Electrophoresis) 法を用いて解析を行った 産卵当日に採卵した白色ジュリア種の生卵白から卵白タンパク質を抽出し 定量後 蛍光色素である Cy3( 蛍光波長 580nm) を用いて標識した ⅰ) 品種間の違いの比較としてアローカナ種および名古屋コーチン種の卵白タンパク質 ⅱ) 貯蔵による変化の比較として 40 で 7 日間貯蔵した卵白タンパク質試料をそれぞれ蛍光色素である Cy5( 蛍光波長 670nm) を用いて標識した その後 実験条件ごとに 2D-DIGE を行い 蛍光波長ごとにレーザースキャンした画像を重ね合わせ 比較解析を行った その結果 ⅰ) 鶏卵の品種間ではメジャータンパク質の大きな違いはないことが示唆された また ⅱ) 産卵後 0 日目と産卵後 7 日目間では タンパク質のメジャースポットに大きな違いは見られなかったが 貯蔵によって等電点 6.0-6.5 分子量約 35-40kDa 付近で新しいスポットが出現した 今後は 微量タンパク質にも着目した解析を行い 新たなマーカーの探索を行うことが研究課題である これにより明らかにされたマーカーを用いることで 食品の品質評価や安全性評価の開発 品質向上技術への活用 さらに 新規機能性食品の開発などに大きく寄与することができると考えられる 文献 1.Guérin-Dubiard C, Pasco M, Mollé D, Désert C, Croguennec T, Nau F, (2006), Proteomic analysis of hen egg white. J Aɡric Food Cʰem, 54(11), 3901-3910. 2.Omana DA, Liang Y, Kav NN, Wu J, (2011), Proteomic analysis of egg white proteins during storage. Proteomics, 11(1), 144-153. 3.Wang J, Liang Y, Omana DA, Kav NN, Wu J, (2012), Proteomics analysis of egg white proteins from different egg varieties. J Aɡric Food Cʰem, 60(1), 272-282. 4. 石川伸一, (2008), プロテオーム解析による鶏卵成分の経時的変化に関する研究, 平成 22 年度財団法人旗影会助成研究報告書. 図 1. ジュリア卵白タンパク質の泳動図 図 2. アローカナ卵白タンパク質の泳動図 76
図 3. ジュリア卵白タンパク質とアローカナ卵白タンパク質の比較 図 4. ジュリア卵白タンパク質の泳動図 図 5. 名古屋コーチン卵白タンパク質の泳動図 図 6. ジュリア卵白タンパク質と名古屋コーチン卵白タンパク質の比較 77
図 7 産卵後 0 日目卵白タンパク質の泳動図 図 8 産卵後 7 日目卵白タンパク質の泳動図 図 9 産卵後 0 日目卵白タンパク質と産卵後 7 日目卵白タンパク質の比較 図 10 オボトランスフェリンの部分分解物の出現 左 産卵後 0 日目 右 産卵後 7 日目 78