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17 原著論文 大相撲の巡業におけるビジネスモデルの変容 * 武藤泰明 Change of Business Model of Local Tour of Grand Sumo Yasuaki MUTO * Abstract The Nihon Sumo Kyokai has been making local tours in addition to holding its regular tournaments. Until 2001, the tours were sponsored by companies and operated by the Kyokai itself. In 2002, the Kyokai lost the sponsors and it became difficult to maintain the business model of the tour. So, from 2003, the Kyokai decided to change the business model and began to sell each event of the tour to local promoters. In this paper the background and purposes of the change of the business model are examined, and the influence of this change is considered. As the result of the change, the Kyokai became free from the financial risk of the tour. But at the same time, the number of events of the tour decreased because the number of local promoters who had ability to take the financial risk of the event was not enough. The Kyokai has a philosophy of trying to popularize sumo, and local tours are one of the means to attain it. But it seems there is a trade-off between this philosophy and financial risk of local tours. If the Kyokai wants to hedge the risk, the number of events of the local tours will decrease, so the Kyokai will not be able to attain the philosophy. If the Kyokai has a strong will to attain the philosophy and to hold more events, its financial risk will become larger. Key words:grand Sumo, Local Tour, Business Model 1. 緒言大相撲は日本を代表するプロスポーツの一つだが, そのマネジメントは, これまであまり研究対象として取り上げられていない. この理由としては, 経営情報開示が比較的少なかったこともあるが, ビジネスモデルに一見変化がないことも一因ではないかと思われる. たしかに本場所は年 6 回, ほとんど大きな変更もなく開催されている. しかし, 大相撲を催行する ( 財 ) 日本相撲協会 ( 以下では 相撲協会 あるいは 協会 と略記する ) の重要な活動の一つである地方巡業には, 最近大きなビジネスモデルの変更があった. それは自主開催から 売り興行 への変更である. 本研究は, この変更が 何を背景とするのか 何を目的とするのか 巡業活動にどのような影響を与えたのかという観点からの検討を行い, あわせて, 今後どのような影響を与えると予想されるのかを展望することを目的とする. 原稿受付 2008 年 8 月 20 日 2008 年 7 月日本スポーツ産業学会第 17 回大会 ( 札幌大学 ) にて発表 * 早稲田大学 202-0021 東京都西東京市東伏見 3-4-1 * Waseda University, 3-4-1, Higashifushimi, Nishitokyo, Tokyo, Japan (202-0021)

18 2. 資料と方法資料としては, 協会の各年度の事業報告書および収支計算書 ( 平成 9 年度 ~ 18 年度. なお協会の事業年度は暦年である ) を用いる. 研究方法は, 収支計算書による財務分析が主なものであるが, これと, 事業報告書に記載されている地方巡業の記録とを照らし合わせることによって, 財務上の成果とビジネスモデル変更との関係を明らかにする. なお, このテーマについての先行研究はないものと思われる ( 注 1). 本稿が大相撲のマネジメントに関する研究の活発化に資すものとなれば幸いである. 3. 巡業におけるビジネスモデルの変容 3.1 巡業収入の大幅な減少とその理由 ( 1 ) 巡業収入の減少相撲協会は, 国技である相撲の普及を目的とする公益法人であり, 主たる事業活動は力士の育成であるが, その活動は財務上 本場所事業, 巡業事業, 貸館事業, 広報事業, 診療所事業, 海外公演事業 に区分して収入が計上されている. この中で最も収入規模が大きいのは本場所事業である. 平成 18 年度には約 88 億円の本場所事業収入があり, これは総事業収入 ( 約 97 億円 ) の 90% 以上を占めている. 本場所事業に次いで収入規模が大きいのは広報事業 (337 百万円 ), 以下, 貸館事業 (296 百万円 ), 巡業事業 (239 百万円 ) である. 本場所事業と比較すると, いずれも収入規模が小さい. しかし, 平成 9 年度の決算書では, 事業収入総額 137 億円のうち, 最も収入額が大きい事業は本場所事業収入の 102 億円であるが, これに巡業収入の 30 億円が続く. 各年度の事業収入の推移は表 1のとおりである. この期間において, 最も事業収入が低下しているのは巡業事業であり,9 年度から 18 年度に,30 億円から 2 億円余まで収入が減少しているのである. したがって, 事業収入の減少総額の約 70% は, 巡業事業によるものである. 金額だけを見るなら, 協会の巡業事業は, ほとんどなくなりかけていると言ってもよいような状態に思える. ( 2 ) 収入減少の理由では, この収入減少は何に拠るものなのか. 表 2は, 平成 9 年以降の巡業事業の日数と収支を, 事業報告書から転載したものである. まず巡業日数に着目するなら, 平成 13 年度までは毎年 60 日以上の興行が開催されていたのに対して,14 年度には 28 日に急減している. 最も日数が少ないのは 17 年度の 13 日である. したがって, 巡業収入の減少は, 一つには, 巡業日数の減少によるものであると言える. しかし, 平成 17 年度の巡業日数 (13 日 ) は, 平成 9 年度の 66 日の 5 分の 1 であるのに対して, 17 年度の巡業収入は,9 年度の 20 分の 1 以下である. このことは, 巡業収入の減少が, 巡業日数の減少以外の要因によってももたらされて 表 1 相撲協会の事業別事業収入の推移

19 表 2 巡業日数と収支の推移 表 3 平成 13~15 年度の主な巡業経費の比較 いることを示している. 同表では 1 日あたりの巡業収入を示している. これからわかるのは,9 年度から 14 年度までと,15 年度以降とでは, 収入額が大きく異なっているという点である.13 年度までの 1 日あたり巡業収入は,9 年度以降趨勢的に低下し,13 年度には 3000 万円強となった. これが 14 年度には 2400 万円強とさらに低下するが, 15 年度以降は 1000 万円前後なのである. また総巡業経費および 1 日あたり巡業経費も, 収入と同様に低下している. ( 3 ) 協賛契約の解除とコストダウン平成 14 年度報告書によれば ( 注 2), 同年度に巡業収入が急減した理由は 巡業実施日数の減および 電通との協賛契約解除に伴う協賛金収入の減による ( 注 3). 協賛収入は 13 年度が 4 億 9000 万円余,10 ~ 12 年度が毎年 5 億 5600 万円,9 年度は 8 億 4000 万円であった. ここで, 協賛金収入を除いた収入と収支を計算してみると, 表 2 最下段のとおり平成 9 ~ 13 年は毎年赤字である. もちろん, この期間の支出計画は協賛金収入を前提として策定されているはずなので, 巡業事業は 構造赤字が協賛金によって補填されている というわけではない. 実態としては, 協賛金収入を前提として, イベント会社への業務委託が行われていた. このコスト構造が維持されていたのだとすれば, 平成 14 年度の巡業事業は協賛金がなくなったことにより, 赤字になったはずである. しかし実際には黒字を計上している. これは, 経費を削減したことによる. 表 3は, 平成 13 ~ 15 年度の巡業経費 ( 給料手当, 賞与, 退職金, 法定福利費, 福利厚生費を除く ) の中で, 平成 13 年度において費用が大きい項目について比較したものである. 費用は巡業日数や巡業地数で変動する. 平成 14 年度の巡業日数, 巡業地数は, 前年度を 100 とす

20 るといずれも約 46 であった. したがって, この割合より費用が低下していれば, コストダウンが実現されたと評価することができる. 結果としては, どの項目も 46 を下回っている. とくに業務委託費, 印刷費, 館使用料において, コストダウンがなされていることがわかる. コストダウンの額がとくに大きいのは業務委託費であり,13 年度の 2 億 8 千万円が 14 年度には 84 百万円となっている. 協会はイベント会社との 13 年度までの業務委託を 14 年度には更新しなかった. これにより,14 年度に業務委託費の大幅な削減が実施されている. 3.2 売り興行 へのビジネスモデルの変更 ( 1 ) ビジネスモデルの変更とその背景このように, 平成 14 年度の巡業事業は協賛金収入がなくなったことに対処するため, コストダウンを実施することにより黒字 ( 約 3000 万円 ) を実現したのだが,15 年度からは巡業事業の方式が変わることになる. すなわち, 売り興行への変更 である ( 注 4). 14 年度までの興行は, 協会が実施主体として行っていたものである. したがって, 入場券収入などが主催者としての収入に計上されている. そのかわり, 経費の支払い主体も協会である. したがって,1 日あたりの巡業収入は, 協賛金を除外しても高額である. これに対して, 15 年度以降は 1 日あたりの巡業収入は激減する. 最高は 18 年度の 1137 万円であり, 最低の 15 年度は 1000 万円を下回っている.15 年度以降の 1 日あたりの巡業収入は,14 年度以前に比べて半額以下になったということである. 支出も低下している. 平成 15 年度の巡業は, 13 年度に比べて日数が 59%, 巡業地数は 69% に低下しているのだが, 主要な経費の低下は極めて大きい. 手数料, 館使用料はゼロになっている. このことが示しているのは, 巡業について, 協会は主催することをやめ, 巡業という興行を売ることによって, 収入と費用を興行の 購入者 に委ねたということである. もちろんこれ に伴い, 収支だけでなく, 興行に伴う多様な活動も購入者に委ねられている. マネジメントの用語を使うなら, アウトソーシングを行ったということができるだろう. すなわち, 協会は平成 13 年度から 15 年度にかけて,2 回のビジネスモデル転換を行っている. そしてその結果として, 同じ期間に, 毎年異なる 3 つのビジネスモデルを経験したことになる. 具体的には以下の通りである. 平成 13 年 ( 以前 ): ビジネスモデル 1 - 協賛金収入を前提とする自主興行平成 14 年 : ビジネスモデル 2 - 協賛金収入を前提としない自主興行平成 15 年 ( 以降 ): ビジネスモデル 3 - 売り興行ビジネスモデル 2 は, 平成 14 年度だけしか実施されていない. これは実施してうまくいかなかったわけではなく, ビジネスモデル 1 から 3 への過渡的な形態として, 予め認識されていたものである. 報道によれば経緯は以下のとおりである. 日本相撲協会は三十一日, 東京 両国国技館で理事会を開き, 収支の悪化で形態の見直しを進めている巡業を, 二〇〇三年から売り興行に戻すことを決めた. 売り興行は各地の興行主に, 興行を一括して売却する方法で, 一九九四年まで行われていた. 大相撲人気の高まりで, 九五年からは相撲協会がイベント会社とともに自主興行にしていた. ことしいっぱいはこの方法を続け, イベント会社との契約が切れる来年は, 同協会だけによる自主興行として行う. 相撲協会は当初は二〇〇三年以降も完全な自主興行を目指していたが, 採算が合わないため断念した.( 日本経済新聞 2001 年 6 月 1 日朝刊,41 面 ) 採算が合わない との判断の意味は, 以下から理解することができる.

21 現在, イベント会社に一部委託する形態になっている運営方式も見直し, 協会が独自で取り仕切ることを模索する. ただ, 煩雑な業務をすべて協会で担うことは, ( 協会の陣容から見ても ) 現実には無理だろう との声もあり, 今後, 詳細を再検討する考えだ.( 日本経済新聞 2001 年 5 月 8 日朝刊,37 面 ) すなわち, 協賛金なし, イベント会社への業務委託は従来どおり というビジネスモデルでは赤字になる危険が大きい. これに対して 協賛金なし, イベント会社への業務委託なし というビジネスモデル ( ビジネスモデル 2 である ) では, 協会が自ら巡業にかかわる多様な業務を実施しなければならない. 協会の人的資源からしてこれは困難だと認識されたことが, 平成 15 年以降のビジネスモデル 3 の選択の理由である. ( 2 ) 売り興行のメリットとデメリットではこのアウトソーシングあるいはビジネスモデル転換は, 協会にとってどのようなメリットがあったのか. おそらく最大のメリットは, 財務リスクの低下である. 13 年度までのビジネスモデル 1 とは, 予め巡業日数を決めておき, これに対する協賛社を募集するというものである. 巡業日数が先に決められているのは, 協賛社にとってのスポンサー メリットを確定するためである. この方式の場合, 巡業費用は巡業日数が決まっているため, 固定的であるといえる. これに対して巡業収入は, 限界的には協賛社がどれだけ集められるかによって決まるので, 変動的である. 収入が変動し, 費用が固定的であれば財務リスクは大きい. これに対して売り興行であれば, 巡業地ごとに収入は予め確定することができ, 支出の予測可能性も高まるので, 適切な価格で興行を売れば, 財務リスクは低下することになる. もちろん, 予想をはるかに上回る入場者がある等に伴う収支の上振れのメリットは巡業の購入者にも たらされ, 協会はこれを享受することはできなくなるが, 巡業収支の安定という観点からのメリットは大きいといえるだろう. デメリットとして想定されるのは興行地数及び日数の減少である. 協会がアウトソーシングを実現したということは, アウトソーサー, すなわち興行の購入者が存在するということである. 巡業は従来から勧進元と呼ばれる地元の巡業招聘者の大きな協力によって成立してきたが, 協会が巡業の興行権を売り, 興行に伴うリスクを低下させたということは, このリスクが興行の購入者である勧進元に転嫁されたことを意味している. したがって, 勧進元のリスク, およびマネジメント負担は大きくなる. この結果として, これまで勧進元になっていた主体の中で, 勧進元を継続することが困難な主体が増えたということが想定できるのである. なお, 地方巡業について, 平成 13 年度までと同様の自主興行方式が採用されたのは平成 7 年度であり, それ以前は勧進元による興行, 協会にとっては売り興行であった. 中島 1) によれば, 自主興行への変更は, いわゆる若貴人気によって, 巡業の収入増が見込めたためである ( 注 5). 収入増は観客の増加と協賛金によってもたらされる. 協賛金は広告代理店が獲得する. また巡業の運営はイベント会社の役割である. すなわち, 協会は自らの経営資源 ( 巡業の運営や協賛金獲得のための営業活動を担当する人員など ) を拡充することなく, 自主興行を実施することができたのだといえるだろう. この点については, 否定的な評価も肯定的な評価も可能であるように思われる. 経営資源の拡充が実現されなかったことについては, 否定的な評価があり得るだろう. しかし一方で, 巡業収入が相撲人気によって変動するという予見の下では, 人気が高い期間はアウトソーシングによって事業規模を拡大し, 将来の人気低下を考慮して経営資源の拡充を行わないという選択も合理的なものである. 協会が何を予見したのかは定かではないが, 事実としては, 経営資源の拡充は行われていな

22 い. すなわち, 自主興行の期間においても, 協会はリスクを負わない施策を選択し, 売り興行への円滑な移行を実現しているのである. 3.3 管理会計の観点から見た巡業の財務特性ところで, 一般的には事業は活動量が減少すると採算が悪化する. この理由は, コストには固定費と変動費とがあり, 固定費は活動量にかかわらず支出されるので, 活動量が減少しても固定費部分の削減ができないためである. しかし, 売り興行方式の巡業は, 巡業日数 ( すなわち活動量 ) が減少しても採算が悪化しない. この理由は, 力士の報酬のうち, 固定費部分を巡業事業が負担していないためである. 力士が巡業に参加することに伴う手当は支払われているが, 給料は力士が巡業に参加したかどうか, あるいは巡業の回数によって変わらない. 手当以外の経費についても, 協会が巡業で負担するのは変動費, 限界費用なので, 巡業の活動量に応じて増減する. さらに言えば, 自主興行方式においても, 巡業事業が力士の固定費を負担していないという点は同じである. 力士の固定費は, 本場所事業収入によって負担されている. これが意味するのは, 巡業が, 協会が事業報告書で採用している管理会計の方式の下では, 自主興行方式でも売り興行方式でも, そもそもリスクの低い事業なのだということである. 協会は公益法人であり, 国技である相撲の普及を主たる目的としている. この目的に照らせば, 地方巡業は, 本場所が開催されない地域において相撲競技を公開するものとして, 意義の大きい活動である. 新弟子の獲得という観点からも有意義だと言えるだろう. そして協会は, 上記の管理会計方式の下では, このような意義を持つ活動を, あまり財務リスクなく実施することができるのである. またしたがって, 巡業を売り興行方式にしたことは, もともと財務リスクの低い活動のリスクをさらに低くしたものと評価することができる. ここで留意しておかなければならないのは, 管理会計の方式には絶対的なものはないという 点である. たとえば, 力士の給料や賞与, あるいは福利厚生費などを, 力士の活動日数等に応じて巡業事業が負担するという方式がある. 事実, 協会が公表している収支計算書における事業別収支ではこのような方式が採用されている. この方式では, 現在の巡業は管理会計上赤字になっている. すなわち, 現在の売り興行方式の巡業が黒字でかつリスクが少ないのは, そういう活動であると位置づけたいと考えている協会の意思によるものなのだということができる. 言い方を変えるなら, 協会は, 相撲の普及のために不可欠な活動であると考える巡業を, 黒字であると認識したいと考えるが故に, 現行の事業報告書に示された管理会計方式を採用しているのである. 4. 結論と考察協会は巡業について, 財務リスクの顕在化を回避するために, 自主興行方式をとりやめ, 売り興行方式を採用した. これに伴い, 協会のリスク負担は所期の目的どおりに解消されたが, このリスクは勧進元に転嫁され, 興行日数の減少に帰結している. 巡業は協会の理念を実現する手段なので, ここに生じているのは, リスクと理念とのトレードオフ という問題であるということができるだろう. 巡業が新弟子の開拓に奏功しているとするなら, これは リスクと将来の成長とのトレードオフ の問題でもある. また, 巡業を相撲普及と新弟子開拓のための先行投資と考えるなら, 巡業事業はコスト部門でよく ( 赤字でもよく ), 投資の回収は本場所事業等で実現されるというビジネスモデルになり得る. このビジネスモデルにおいては, 巡業の赤字は理念とのトレードオフ関係にはならない. 換言すれば, 巡業事業の収支を問題視したことによって, トレードオフ問題が生まれているのである. いずれにせよ, 財務リスクを問題視し, これを回避したことによって, 協会はそれまで享受していた 巡業日数 = 理念の実現 という成果を失ったとみることができる. また現在協会が事業報告書において採用して

23 いる管理会計方式は, 巡業が力士の固定費を負担していないという点において, 巡業事業の拡大を支持するものであるといえる. 固定費を負担する方式であれば, 巡業はそもそも赤字だからである. しかし, 巡業が売り興行方式となったことによって, この管理会計方式に基づく巡業収支は, 巡業日数によらず黒字となった. すなわち, 巡業日数の増加を支持するためのものであったはずの管理会計方式が, 巡業日数の減少をも支持しているのである. 現在の管理会計方式は, 巡業日数の減少を, 少なくとも財務的には問題視しない. 協会は, 巡業の従前の方式について, 財務リスクを認識した. そして, 放置すれば財務上の損失が確実だったために, 巡業の方式を変更した. しかし現在の売り興行では, 財務上のリスクを認識することはない. 管理会計方式が黒字を保証しているためである. 財務リスクの回避によってあらたに生じているのは, 上述の理念上のリスクである. しかしこのリスクは, 認識し適応行動を採ることが難しい. 財務リスクなら, たとえば黒字か赤字かという, 外形的かつ単純な指標でその顕在化を認識することができる. しかし, 理念上のリスクの指標になるであろう巡業日数については, 減少を認識することはできるが, たとえば何日未満ならリスクが顕在化しているのかについては, 外形的な基準はなく, 経営上の判断や意思によるものである. その意味では, 巡業のビジ ネスモデルを変更したことによって, 協会は理念上のリスクの認識と適応という, 難易度の高い経営課題を抱えることになったということができるのである. ( 注 1) 厳密に言えば先行 研究 ではないが, 中島 1) は, 研究者によるものであり, 信頼性の高い解説書である. 巡業についても一部言及されている. ( 注 2) 相撲協会平成 14 年度事業報告書, p.33. ( 注 3) 巡業の協賛金は 電通から協会に支払われているが, 電通は広告代理店であり, 協会に対する協賛社ではない. 協賛社は別にあり, これらの支払う協賛金が電通を介して協会に支払われている. ( 注 4) 相撲協会平成 15 年度事業報告書,p.32. ( 注 5) 中島 (2003),p.162. 参考文献 資料 1 ) 中島隆信 ; 大相撲の経済学, 東洋経済新報社, 2003. 2 ) 相撲巡業改革企業協賛を廃止運営の民間委託も縮小, 日本経済新聞,2001 年 5 月 8 日朝刊, p.37. 3 ) 相撲協会 2003 年巡業から売り興行に戻す, 日本経済新聞,2001 年 6 月 1 日朝刊,p.41. 4 ) 日本相撲協会 ; 事業報告書 ( 平成 9 年度 ~ 18 年度 ). 5 ) 日本相撲協会 ; 収支計算書 ( 平成 9 年度 ~ 18 年度 ).