筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の細胞死を引き起こすメカニズムを更に解明 - 活性化カルパインが核膜孔複合体構成因子を切断し 核 - 細胞質輸送を障害 - 1. 発表者 : 郭伸 ( 国際医療福祉大学臨床医学研究センター特任教授 / 東京大学大学院医学系研究科客員研究員 ) 山下雄也 ( 東京大学大

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 2 月 4 日 独立行政法人理化学研究所 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の進行に二つのグリア細胞が関与することを発見 - 神経難病の一つである ALS の治療法の開発につながる新知見 - 原因不明の神経難病 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は 全身の筋

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サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

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学位論文の要約

発症する X 連鎖 α サラセミア / 精神遅滞症候群のアミノレブリン酸による治療法の開発 ( 研究開発代表者 : 和田敬仁 ) 及び文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行わ れました 研究概要図 1. 背景注 ATR-X 症候群 (X 連鎖 α サラセミア知的障がい症候群 ) 1 は X 染

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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生物時計の安定性の秘密を解明

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

の制限が多い基準になっています 改訂版 El Escorial Airlie House 診断基準で ALS 確実, ALS 可能性高し, もしくは ALS 可能性高し検査陽性 に合致する症例を対象とします 1 参加者の選択基準 ( 適格基準 ) 1. 書面による本人または代諾者の同意が得られている

統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

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No.16-35

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

た遺伝子を切断し修復時に微小なエラーを生じさせて機能を破壊するノックアウトと 外部か ら任意の配列を挿入して事前設計した通りの機能を与えるノックインに大別される 外来遺伝 子をもった動物の作成や遺伝子治療には後者の技術が必要である しかし 動物胚への遺伝子ノックインには マイクロインジェクション法

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

平成24年7月x日

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プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

報道解禁日 : 日本時間 2017 年 2 月 14 日午後 7 時 15 日朝刊 PRESS RELEASE 2017 年 2 月 10 日理化学研究所大阪市立大学 炎症から脳神経を保護するグリア細胞 - 中枢神経疾患の予防 治療法の開発に期待 - 要旨理化学研究所 ( 理研 ) ライフサイエンス

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

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られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

平成 29 年 8 月 4 日 マウス関節軟骨における Hyaluronidase-2 の発現抑制は変形性関節症を進行させる 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 : 門松健治 ) 整形外科学 ( 担当教授石黒直樹 ) の樋口善俊 ( ひぐちよしとし ) 医員 西田佳弘 ( にしだよしひろ )

発達期小脳において 脳由来神経栄養因子 (BDNF) はシナプスを積極的に弱め除去する 刈り込み因子 としてはたらく 1. 発表者 : 狩野方伸 ( 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻神経生理学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 生後発達期の小脳において 不要な神経結合 ( シナプス )

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別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2018 年 10 月 4 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 アルツハイマー病の新規病態と遺伝子治療法の発見 新規の超早期病態分子を標的にした治療法開発にむけて ポイント アルツハイマー病の超早期において SRRM

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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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論文の内容の要旨

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

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創薬に繋がる V-ATPase の構造 機能の解明 Towards structure-based design of novel inhibitors for V-ATPase 京都大学医学研究科 / 理化学研究所 SSBC 村田武士 < 要旨 > V-ATPase は 真核生物の空胞系膜に存在す

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法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

界では年間約 2700 万人が敗血症を発症し その多くを発展途上国の乳幼児が占めています 抗菌薬などの発症早期の治療法の進歩が見られるものの 先進国でも高齢者が発症後数ヶ月の 間に新たな感染症にかかって亡くなる例が多いことが知られています 発症早期には 全身に広がった感染によって炎症反応が過剰になり

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

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本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

受精に関わる精子融合因子 IZUMO1 と卵子受容体 JUNO の認識機構を解明 1. 発表者 : 大戸梅治 ( 東京大学大学院薬学系研究科准教授 ) 石田英子 ( 東京大学大学院薬学系研究科特任研究員 ) 清水敏之 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 井上直和 ( 福島県立医科大学医学部附属生

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

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報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

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筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の細胞死を引き起こすメカニズムを更に解明 - 活性化カルパインが核膜孔複合体構成因子を切断し 核 - 細胞質輸送を障害 - 1. 発表者 : 郭伸 ( 国際医療福祉大学臨床医学研究センター特任教授 / 東京大学大学院医学系研究科客員研究員 ) 山下雄也 ( 東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻神経病理学分野特任研究員 ) 2. 発表のポイント : 死に至る難病であり 有効な治療法がなかった筋萎縮性側索硬化症 (ALS 注 1) の発 症原因の一部を明らかにし 細胞死に繋がるカスケードを解明した 核膜孔複合体構成因子がタンパク分解酵素カルパインにより分解され 機能しなくなる ことで 核と細胞質輸送が障害され 細胞死を引き起こすメカニズム ( 図 1) を明らかに した 治療法のない死に至る神経難病である ALS の病因メカニズムを更に解明し 特異的治療 法の標的となる候補分子の可能性を広げた 3. 発表概要 : 国際医療福祉大学臨床医学研究センター郭伸特任教授 ( 東京大学大学院医学系研究科客 員研究員 ) 東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻神経病理学分野山下雄也特任 研究員らの研究グループは 東京医科大学相澤仁志教授との共同研究で カルパイン ( 注 2) というカルシウム依存性プロテアーゼの活性化が核膜孔複合体 (NPC 注 3) の構成因 子であるヌクレオポリンを異常に切断し 核 - 細胞質輸送を障害することが筋萎縮性側索硬化 症 (ALS) の原因メカニズムであることを 分子生物学的手法により世界に先駆けて明らか にしました 本研究グループは ALS の病因解明研究を進めるなかで 異常なカルシウム透過性 AMPA 受容体 ( 注 4) が発現していることが病因に関わる疾患特異的分子異常であり 細胞内カルシ ウム濃度の異常な上昇がカルパインの活性化を通じて ALS 運動ニューロンに特異的に観られ る TDP-43 病理を引き起こすことを既に明らかにしていました 今回 カルパインの活性化が NPC の構成因子であるヌクレオポリンを異常に切断することで 核 - 細胞質輸送を障害する ことを解明しました この障害は運動ニューロンでの必要な遺伝子発現を抑えるので 細胞の 生理活動が阻害され細胞死に陥ることが考えられます ALS 患者の大多数を占める孤発性 ALS の病因を説明するメカニズムである点に研究の特色 があり 治療へ向け一歩前進したといえます また最近一部の家族性 ALS の病因にも核 - 細 胞質輸送障害が生じていることが報告され 共通のカスケードが関係していることから一部の 家族性 ALS をも含めた治療法開発につながる可能性のある成果です 以上の成果は Scientific Reports (2017 年 1 月 3 日オンライン版 ) に掲載されまし た なお 本研究は一般財団法人日本 ALS 協会の ALS 研究奨励金 および公益信託 生命の彩 ALS 研究助成基金 日本学術振興会 (JSPS) の科研費の支援を受けて行われました

4. 発表内容 : 研究の背景 本研究グループは これまでの研究の積み重ねにより ALS では神経伝達に関わるグルタミン酸受容体の一種である AMPA 受容体の異常が運動ニューロン死の原因であることを突き 止めていました [1] 具体的には AMPA 受容体のカルシウム透過性を規定するサブユニット である GluA2 に本来生ずべき RNA 編集 ( 転写後の一塩基置換 注 5) が起こらず 未編集 型 GluA2( 注 6) が発現するためカルシウム透過性が異常に高い AMPA 受容体が運動ニュー ロンに発現していること 加えて GluA2 が未編集となるのは RNA 編集酵素である ADAR2 ( 注 7) 酵素の発現低下のためであることを確かめていました [2] さらに ADAR2 のコン ディショナルノックアウトマウス (AR2 マウス 注 8) の解析から ADAR2 酵素の発現低 下は 異常なカルシウム透過性 AMPA 受容体の発現を通じて運動ニューロン死を引き起こす 直接の原因であること [3] 孤発性 ALS の運動ニューロンで特異的に起きる TDP-43 の局在異 常 (TDP-43 病理 注 9) の原因であること [4] を証明し その疾患特異性からこの分子異常 が孤発性 ALS に病因的意義を持つことを示してきました ALS には有効な治療法がなく 死に至る難病であるため 根本的な治療法が切望されていますが 運動ニューロンが細胞死に至るカスケードは これまでほとんど未解明でした 本 発表は ADAR2 発現低下が引き起こす未編集型 GluA2 を介したカルシウム透過性の増加に より カルパインが活性化し ヌクレオポリンを異常に切断し 核 - 細胞質輸送を障害するカ スケードを明らかにしたもので 運動ニューロンの遺伝子発現に大きな影響を及ぼす分子異 常であることから病因理解を一歩進める成果です 研究内容 本研究グループが開発した孤発性 ALS の病態を示す AR2 マウスをすでに開発しており このマウスを用いて 運動ニューロンが変性 脱落するカスケードの検討を行いました す でにこのマウスモデルの行動変化が現れる以前から運動ニューロンの核に異常が現れること を見出していたので マウスモデルを用いて核近傍に起きる変化を探索していました 核と 細胞質輸送に重要である NPC の形態異常を見出し NPC の構成因子であるヌクレオポリンが存在する核膜に形態異常や喪失を見出しました この異常はカルシウム依存性のプロテア ーゼであるカルパインの異常な活性化によりヌクレオポリンが切断されることで引き起こさ れることを明らかにし さらに核 - 細胞質輸送因子も障害されていることをマウスモデルさ らには ALS 患者剖検組織でも見出しました NPC の障害された運動ニューロンでは必要な 遺伝子発現が低下していることも示されたことから これらの障害を通じて 細胞の正常な 生理活動が阻害され細胞死に陥ることが示唆されました 社会的意義 今後の予定 本研究グループが解明してきた孤発性 ALS の運動ニューロンの細胞死カスケードの更に下 流を解明することに成功しました この変化は これまで開発してきた治療法 ( アデノ随伴ウ イルス AAV を用いた ADAR2 の遺伝子治療 ( 注 10)[5] AMPA 受容体アンタゴニストであ るペランパネルによる薬剤療法 ( 注 11)[6]) が標的とした分子異常から引き起こされる変化ですので これらの治療法により正常化することが示唆されます また NPC の変化は孤発 性 ALS のみならず一部の家族性 ALS でも報告されているので 我々の開発している治療法が 幅広く ALS 患者に適用できる可能性があります さらに NPC の異常は ALS 以外の神経 変性疾患にも報告されているので 神経変性疾患の分子病態を解明する上で重要な発見です

し 連続したカルシウム流入により引き起こされる細胞死のカスケードを明らかにした点でも ALS 以外の疾患や基礎的な研究の理解を進める大きな成果であると考えられます 今後は 明らかになった分子異常を標的とした治療研究を進めるとともに 分子カスケードの上流下流を更に検索していく予定です [1] Nature 2004; Journal of Neuroscience 2010 [2] Neurobiology of the Disease 2012 [3] Journal of Neuroscience 2010 [4] Nature Communications 2012 [5] EMBO Molecular Medicine 2013 [6] Scientific Reports 2016 5. 発表雑誌 : 雑誌名 : Scientific Reports (2017 年 1 月 3 日オンライン版 ) 論文タイトル :Calpain-dependent disruption of nucleo-cytoplasmic transport in ALS motor neurons. 著者 :Takenari Yamashita, Hitoshi Aizawa, Sayaka Teramoto, Megumi Akamatsu and Shin Kwak DOI 番号 :10.1038/srep39994 アブストラクト URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28045133 6. 問い合わせ先 : 国際医療福祉大学臨床医学研究センター特任教授 / 東京大学大学院医学系研究科客員研究員郭伸 ( かくしん ) 電話 /Fax:03-5841-3566 e-mail:izumi@m.u-tokyo.ac.jp 7. 用語解説 : ( 注 1) 筋萎縮性側索硬化症 (Amyotrophic Lateral Sclerosis;ALS): 運動ニューロン ( 大脳皮質運動野の上位運動ニューロンと脳幹脳神経核や脊髄前角の下位運動 ニューロン ) が変性 脱落することで起こる進行性の筋力低下や筋萎縮を特徴とする神経変性 疾患である 主に中高年に発症し 有効な治療法はなく数年の内に呼吸筋麻痺により死に至る 神経難病で 大多数は遺伝性のない孤発性 ALS である 本研究では孤発性 ALS を対象として いる ( 注 2) カルパイン : 細胞に広く発現しているカルシウムにより活性化するタンパク分解酵素で 様々なアイソフォーム ( 構造は異なるが同じ機能をもつタンパク質 ) がある ニューロンではカルパイン I 及びカルパイン II が発現している カルパインの適度な活性化は細胞の生理的機能にとり必須だが 過剰な活性化は細胞死の原因となる ( 注 3) 核膜孔複合体 (Nuclear Pore Complex;NPC): NPC は核膜を貫通する構造体で その構成成分は約 30 種類の Nucleoporin(NUP) タンパクであり RNA やタンパク質が核と細胞質の間で輸送される通路である 核内 細胞質内の分子反応は異なるので核膜が分子の拡散を制限しているが 分子によっては選択的に核 細胞質間

で輸送されることも必要なので この機能が障害されると細胞機能に支障が出ること などが 知られている ( 注 4)AMPA 受容体 : ヒト 哺乳類の脳 脊髄で興奮性神経伝達を司る神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体のサブタイプの一つで イオンチャネルの開閉を通して神経の興奮を制御している ほとんどのニューロンが AMPA 受容体を発現し その大多数はカルシウムイオンを透過しない 孤発性 ALS では異常にカルシウム透過性が亢進した AMPA 受容体が発現している ( 注 5)RNA 編集 ( 転写後の一塩基置換 ): 遺伝子の DNA が RNA に転写されたあと RNA 塩基に変化が起こることを総称して RNA 編集と呼び この場合はアデノシンがイノシンに変換する脱アミノ基の反応 (A-I 置換 ) を指す ( 注 6) 未編集型 GluA2: RNA 上のイノシンは翻訳時にグアノシンと認識されるので ゲノム上のグルタミン (Q) コドン (CAG) が RNA 上で CIG に置換されアルギニン (R) コドン (CGG) として翻訳されるためにタンパクレベルでアミノ酸置換が起こる GluA2 の Q/R 部位はイオンチャネルポアの内腔に面しており 陽性電荷の R はカルシウムイオンの流入を妨げるが中性電荷の Q は妨げないので GluA2 は RNA 編集によりカルシウムを制御する特性を獲得する AMPA 受容体は大多数 GluA2 を含み GluA2 は全て編集型なので GluA2 を含む AMPA 受容体はカルシウム非透過性である ( 注 7)ADAR2: Adenosine deaminase acting on RNA 2 二重鎖 RNA のアデノシンに働く脱アミノ基酵素 で GluA2 Q/R 部位の A-I 置換を特異的に触媒する この酵素がないと未編集型 GluA2 が発現し AMPA 受容体はカルシウム透過性になる ( 注 8) コンディショナルノックアウトマウス (AR2 マウス ): ADAR2 遺伝子の活性基部分を二個の Flox 配列ではさみ 運動ニューロン特異的に発現させた Cre により ADAR2 を運動ニューロンでノックアウトした ( 二個の Flox で挟まれた遺伝子部分は切り取られるため ) マウスで 運動ニューロンでは未編集型 GluA2 が発現し ゆるやかな運動ニューロン死による進行性運動麻痺を呈する 孤発性 ALS の表現型を再現する唯一の分子病態モデルマウスである [7] ( 注 9) 孤発性 ALS の運動ニューロンで特異的に起きる TDP-43 の局在異常 (TAR DNA binding protein of 43 kda;tdp-43 ): TDP-43 は RNA 結合タンパクで ALS の運動ニューロンに異常な物質の集積により形成され る構造体 ( 封入体 ) の構成要素であることが 2006 年に明らかにされた [8] 孤発性 ALS の大 多数の症例やある種の家族性 ALS ではこの封入体と同時に正常な局在部位である核から TDP-43 の喪失が運動ニューロンに観察されるため (TDP-43 病理 ) これは ALS の病理学的 指標になっている ADAR2 の発現低下は カルシウム透過性 AMPA 受容体の異常な発現 カルシウム依存性プロテアーゼであるカルパインの活性化により TDP-43 病理の原因となるた

め [9] 運動ニューロンで TDP-43 病理が消失し TDP-43 の正常な核内局在を取り戻すことは 治療効果の指標になる ( 注 10) アデノ随伴ウイルス AAV を用いた ADAR2 の遺伝子治療 : アデノ随伴ウイルス (AAV) ベクター アデノ随伴ウイルス (adeno-associated virus) は AAV と略称される病原性を持たない線状一本鎖の DNA ウイルス DNA 組換え技術により 目的 ( 治療 ) 遺伝子を AAV ゲノムの両端に存在するヘアピン構造の間に挿入して 特定の細胞や組織で目的タンパク質を発現させるベクターとして利用されている 国内外の遺伝子治療 の臨床研究に使用され いったん組織や細胞に導入されれば 最低でも 5 年間以上は安定的 に発現する ウイルスベクターも物理的な安定性が高い ( 注 11)AMPA 受容体アンタゴニストであるペランパネルによる薬剤療法 : フィコンパ ( 一般名 : ペランパネル水和物 ) 抗てんかん剤( エーザイ株式会社 ) てんかん発作は 神経伝達物質であるグルタミン酸により誘発されることが報告されており ペランパネルはグルタミン酸によるシナプス後 AMPA 受容体の活性化を阻害し 神経の過興奮を抑制する高選択 非競合 AMPA 受容体拮抗剤である http://www.eisai.co.jp/news/news201635pdf.pdf [7] Hideyama et al., J Neurosci 2010 [8] Arai et al, BBRC 2006; Neumann et al, Science 2006 [9] Yamashita et al, Nat Commun 2012 8. 添付資料 : 図 1: ALS 運動ニューロンで起こる核膜孔複合体を介した細胞死カスケード 孤発性 ALS の病態を示すモデルマウスの脊髄運動ニューロンでは 活性化されたカルパインが核膜孔複合体 (NPC) の構成因子 (Nucleoporin) を切断し 核 - 細胞質輸送を障害する その障害により細胞の遺伝子発現が抑えられ 生理機能が阻害され細胞死に陥ることが示唆される

図の入手方法 ホームページ : http://square.umin.ac.jp/teamkwak/ URL: http://square.umin.ac.jp/teamkwak/yama/internal.html より Internal only から 報道関係者の方へ (2016 年 12 月分 ) をご覧ください ID: teamkwak Password: ALS2016