上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 71. 間葉系細胞へ分化する能力を有するグリオーマ細胞の characterization と組織内局在 岩下寿秀 Key words: グリオーマ, 間葉系細胞,side population * 愛知医科大学医学部病理学講座 緒言腫瘍組織はヘテロな細胞集団であり,at random に増殖していると考えられてきたが, 最近の研究結果から腫瘍組織にも正常の組織と同様のヒエラルキーが存在する可能性が示唆されている. しかし, ヒエラルキー上位および下位にある腫瘍細胞の組織内における局在やその性格について分かっていないことが多い. そこで, 神経系悪性腫瘍である悪性グリオーマにグリア系細胞へ分化する方向にコミットした腫瘍細胞と分化の方向性が決定されていない未分化な腫瘍細胞の 2 種類が混在しているものと考え, その 2 種類の細胞の性格を決定することとそれらの相互関連について検討した. 方法 1. グリア系細胞への分化誘導ラットグリオーマ C6 細胞に camp (cyclic AMP) を加えると GFAP (glial fibrillary acidic protein) を発現するグリア系細胞へ分化する. 抗体が FACS(fluorescence activated cell sorting) に利用可能な 65 種類の細胞表面マーカーに対するプライマーを作製し,RT-PCR (Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction) を行い,cAMP を加えた分化する前後の細胞表面マーカーの RNA 量を比較した. 2. 免疫染色と FACS 一次抗体として抗 CD81 抗体, 抗 CD31 抗体, 抗 GFAP 抗体および抗 alpha SMA (alpha smooth muscle actin) 抗体を使用した. 二次抗体として Alexa 546 または Alexa 488 conjugated anti rabbit IgG,Alexa 546 または Alexa 488 conjugated anti mouse IgG を使用した.FACS では PE conjugated anti mouse IgG を使用した. 3. マイクロアレイ解析 CD81 陰性および陽性グリオーマ細胞から採取した RNA をビオチンラベルし, 約 27,000 probe sets が載っている Filgen 社製のマイクロアレイにハイブリダイズさせた. 統計処理には Filgen 社製の software を使用した. 4. Side population (SP) 解析 DNA 結合色素である Hoechst 33342 で CD81 陰性および陽性グリオーマ細胞を染色し, フローサイトメーターで縦軸に 424/440nm 横軸に 640/695nm を plot した二次元展開を行い, 通常の G0/G1 よりもさらに暗い部分である SP を観察した. 5. 間葉系細胞への分化誘導 (a) Smooth muscle or myofibroblast differentiation CD81 陰性および陽性グリオーマ細胞を TGF (transforming growth factor)-β 1(10ng/ml) 存在下で 3 日間培養し, 抗 alpha SMA 抗体にて免疫染色を行った. (b) Osteoblast differentiation * 現所属 : 浜松医科大学病理学第二講座 1
CD81 陰性および陽性グリオーマ細胞を dexamethasone (0.1μM),ascorbic acid (0.2mM),beta-glycerophosphate (10mM) 存在下にて 2 週間培養し,BCIP/NBT (5-bromo,4-chloro,3-indolylphosphate/nitro blue tetrazolium chloride) 溶液を加えて,alkaline phosphatase (ALP) 陽性細胞を顕微鏡下で確認した. 結果ヌードマウス皮下にラットグリオーマ C6 細胞の腫瘍を作製し, 抗 GFAP 抗体で免疫染色をすると, 血管の周囲に存在するグリオーマ細胞は GFAP が陰性の未分化な腫瘍細胞であると考えられ, 血管から遠い場所にあるグリオーマ細胞は GFAP が陽性のグリア系細胞にコミットした腫瘍細胞であると考えられた ( 図 1).GFAP の発現と相関する細胞表面マーカーを検索したところ, グリオーマ C6 培養細胞が camp によってグリア系細胞に分化する際,CD81 が有意に増加することがわかった. 抗 CD81 抗体を用いて免疫染色を行うと, 血管の周囲に存在するグリオーマ細胞が CD81 と GFAP が共に陰性であったが, 血管から遠い場所にあるグリオーマ細胞が CD81 と GFAP は共に陽性であった ( 図 2). 図 1. C6 グリオーマ皮下腫瘍における GFAP の組織内局在. C6 グリオーマ細胞 (50 万個 ) をヌードマウス皮下に移植して形成された腫瘍を 2 週間後摘出し,4% paraformaldehyde にて固定し, 凍結切片を作製した. 抗 GFAP 抗体 ( 赤 ) および血管内皮細胞に特異的な抗 CD31 抗体 ( 緑 ) によって免疫染色を行うと血管周囲の腫瘍細胞は GFAP を発現せず, 血管から遠い場所の腫瘍細胞は GFAP を発現している. 図 2. C6 グリオーマ皮下腫瘍における GFAP と CD81 の組織内局在. C6 グリオーマ皮下腫瘍を GFAP 抗体 ( 赤 ) および抗 CD81 抗体 ( 緑 ) によって免疫染色を行った.GFAP 陽性の大 部分の細胞は CD81 を共に発現するので黄色に染色されている. 2
ヌードマウス皮下腫瘍から FACS によって分取された CD81 陽性グリオーマ細胞を培養すると CD81 陰性グリオーマ細胞が生み出されたことから,CD81 陽性グリオーマ細胞が陰性グリオーマ細胞よりもヒエラルキーの上位に存在することが推測された. そこで,CD81 陰性および CD81 陽性グリオーマ細胞の遺伝子プロファイル ( マイクロアレイ解析 ) を行うと,CD81 陰性グリオーマ細胞ではⅠ 型 collagen, Ⅲ 型 collagen, Fibrillin-1 等の間葉系細胞に発現する遺伝子や P-glycoprotein が upregulation していた. 一方,CD81 陽性グリオーマ細胞では CNPase (2',3'-Cyclic Nucleotide 3'-Phosphodiesterase) や Proteolipid protein 等のオリゴデンドログリアに発現する遺伝子等が up-regulation していた.CD81 陰性グリオーマ細胞に P-glycoprotein が強く発現していたことから,SP analysis ( 血液幹細胞や筋幹細胞をはじめ, いろいろな組織の幹細胞が SP に存在する ) を行うと,CD81 陰性グリオーマ細胞の多くの細胞が SP に存在し,CD81 陽性グリオーマ細胞は non-sp に存在した ( 図 3). しかし,non-SP である CD81 陽性グリオーマ細胞の方が有意に高い腫瘍形成能および浸潤能を有していた. 図 3. CD81 陰性および陽性グリオーマ細胞の SP 解析. DNA 結合色素である Hoechst 33342 で CD81 陰性および陽性グリオーマ細胞を染色し, 縦軸に 424/440nm 横軸に 640/695nm を plot した二次元展開を行い, 通常の G0/G1 よりもさらに暗い部分である SP を観察した. P- glycoprotein の阻害剤である verapamil によって SP にある細胞は Hoechst 33342 を細胞内から排泄できず,Hoechst 33342 を細胞内に蓄積させ non-sp に移動する. CD81 陰性および陽性グリオーマ細胞を TGF beta 1 で刺激すると,CD81 陰性グリオーマ細胞のみに alpha SMA 陽性の smooth muscle または myofibroblast に分化した細胞が見られた ( 図 4). また, 骨芽細胞へ分化を誘導する培養条件下で は CD81 陰性グリオーマ細胞のみに ALP 陽性細胞の骨芽細胞様細胞が認められた ( 図 5). 3
図 4. CD81 陽性または CD81 陰性グリオーマ培養細胞の TGF-β1 による間葉系細胞への分化. TGF (transforming growth factor)-β 1(10ng/ml) 存在下で 3 日間培養し, 抗 alpha smooth muscle actin (alpha SMA) 抗体を用いて免疫染色を行った.CD81 陰性グリオーマ細胞のみに alpha SMA 陽性の smooth muscle または myofibroblast に分化した細胞が認められる. 図 5. CD81 陽性または CD81 陰性グリオーマ培養細胞の骨芽細胞様細胞への分化. CD81 陰性および陽性グリオーマ細胞を Dexamethasone (0.1μM), Ascorbic acid (0.2mM), betaglycerophosphate (10mM) 存在下にて 2 週間培養し,NBT/BCIP を加えて alkaline phosphatase (ALP) 陽性細胞を顕微鏡下で観察した.CD81 陰性グリオーマ細胞のみに ALP 陽性の骨芽細胞様細胞が認められる. 4
以上の結果から, 間葉系細胞に分化する能力を有する CD81 陰性グリオーマ細胞は CD81 陽性グリオーマ細胞から生じ, 血管の周囲に局在し,P-glycoprotein を発現する抗がん剤耐性の SP に相当する細胞であることが明らかになった. 考察 (1) ヒトに発生するグリオーマ症例の一部において間葉系細胞への分化が観察され, それに対して gliosarcoma という疾患概念が導入されたが, グリオーマの間葉系細胞への分化のメカニズムは現在のところ不明である. 我々の研究はグリオーマの間葉系細胞への分化のメカニズムを解明する端緒になるものと考えられる. (2)SP にある腫瘍細胞ががん幹細胞であると主張する論文が発表されている 1, 2). しかし, この研究で SP にある CD81 陰性グリオーマ細胞が non-sp にある CD81 陽性グリオーマ細胞より腫瘍形成能と浸潤能が低かったことは,SP にある細胞が必ずしもがん幹細胞の性格を持つとは限らないことを示している. 本研究の共同研究者は, 愛知医科大学医学部病理学講座の佐賀信介教授, 黒川景講師である. 文献 1) Kondo, T., Setoguchi, T. & Taga, T. : Persistence of a small subpopuplation of cancer stem-like cells in the C6 glioma cell line. Proc. Natl. Acad. Sci., 101 : 781-786, 2004. 2) Harris, M., Yang, H., Low, B., Mukherjee, J., Guha, A., Bronson, R., Shultz, L., Israel, M. & Yun, K. : Cancer stem cells are enriched in the side population cells in a mouse model of glioma. Cancer Res., 68 : 10051-10059, 2008. 5