産総研プレス発表資料

Similar documents

練習問題

木村の有機化学小ネタ セルロース系再生繊維 再生繊維セルロースなど天然高分子物質を化学的処理により溶解後, 細孔から押し出し ( 紡糸 という), 再凝固させて繊維としたもの セルロース系の再生繊維には, ビスコースレーヨン, 銅アンモニア

PowerPoint プレゼンテーション

jhs-science1_05-02ans

木村の理論化学小ネタ 熱化学方程式と反応熱の分類発熱反応と吸熱反応化学反応は, 反応の前後の物質のエネルギーが異なるため, エネルギーの出入りを伴い, それが, 熱 光 電気などのエネルギーの形で現れる とくに, 化学変化と熱エネルギーの関

品目 1 四アルキル鉛及びこれを含有する製剤 (1) 酸化隔離法多量の次亜塩素酸塩水溶液を加えて分解させたのち 消石灰 ソーダ灰等を加えて処理し 沈殿濾過し更にセメントを加えて固化し 溶出試験を行い 溶出量が判定基準以下であることを確認して埋立処分する (2) 燃焼隔離法アフターバーナー及びスクラバ

酢酸エチルの合成

官能基の酸化レベルと官能基相互変換 還元 酸化 炭化水素 アルコール アルデヒド, ケトン カルボン酸 炭酸 H R R' H H R' R OH H R' R OR'' H R' R Br H R' R NH 2 H R' R SR' R" O R R' RO OR R R' アセタール RS S

例 2: 組成 Aを有するピアノ線用 Fe 系合金 ピアノ線用 という記載がピアノ線に用いるのに特に適した 高張力を付与するための微細層状組織を有するという意味に解釈される場合がある このような場合は 審査官は 請求項に係る発明を このような組織を有する Fe 系合金 と認定する したがって 組成

31608 要旨 ルミノール発光 3513 後藤唯花 3612 熊﨑なつみ 3617 新野彩乃 3619 鈴木梨那 私たちは ルミノール反応で起こる化学発光が強い光で長時間続く条件について興味をもち 研究を行った まず触媒の濃度に着目し 1~9% の値で実験を行ったところ触媒濃度が低いほど強い光で長

記 者 発 表(予 定)

PowerPoint プレゼンテーション

2014 年度大学入試センター試験解説 化学 Ⅰ 第 1 問物質の構成 1 問 1 a 1 g に含まれる分子 ( 分子量 M) の数は, アボガドロ定数を N A /mol とすると M N A 個 と表すことができる よって, 分子量 M が最も小さい分子の分子数が最も多い 分 子量は, 1 H

化学 1( 応用生物 生命健康科 現代教育学部 ) ( 解答番号 1 ~ 29 ) Ⅰ 化学結合に関する ⑴~⑶ の文章を読み, 下の問い ( 問 1~5) に答えよ ⑴ 塩化ナトリウム中では, ナトリウムイオン Na + と塩化物イオン Cl - が静電気的な引力で結び ついている このような陽イ

第3類危険物の物質別詳細 練習問題

品目 1 エチルパラニトロフェニルチオノベンゼンホスホネイト ( 別名 EPN) 及びこれを含有する製剤エチルパラニトロフェニルチオノベンゼンホスホネイト (EPN) (1) 燃焼法 ( ア ) 木粉 ( おが屑 ) 等に吸収させてアフターバーナー及びスクラバーを具備した焼却炉で焼却する ( イ )

ポリエーテル系非イオン界面活性剤

FdData理科3年

<4D F736F F F696E74202D A E90B6979D89C8816B91E63195AA96EC816C82DC82C682DF8D758DC03189BB8A7795CF89BB82C68CB48E AA8E E9197BF2E >

Sustainability Report 2007

< 研究の背景と経緯 > 互いに鏡に写した関係にある鏡像異性体 ( 図 1) は 化学的な性質は似ていますが 医薬品として利用する場合 両者の効き目が全く異なることが知られています 一方の鏡像異性体が優れた効果を示し 他方が重篤な副作用を起こすリスクもあるため 有用な鏡像異性体だけを選択的に化学合成

Microsoft PowerPoint - D.酸塩基(2)

Microsoft Word - 化学系演習 aG.docx

Taro-bussitu_T1

エポキシ樹脂の耐熱性・誘電特性を改良するポリアリレート樹脂低分子量タイプ「ユニファイナー Vシリーズ」の開発について

n_csr_H1_H4_fix.ai

(Microsoft PowerPoint - \201\232\203|\203X\203^\201[)

<4D F736F F D2089BB8A778AEE E631358D E5F89BB8AD28CB3>

Microsoft Word - basic_15.doc

フォルハルト法 NH SCN の標準液または KSCN の標準液を用い,Ag または Hg を直接沈殿滴定する方法 および Cl, Br, I, CN, 試料溶液に Fe SCN, S 2 を指示薬として加える 例 : Cl の逆滴定による定量 などを逆滴定する方法をいう Fe を加えた試料液に硝酸

前ページの反応から ビタミン C はヨウ素によって酸化され ヨウ素はビタミン C によって還元された と説明できます あるいはビタミン C は還元剤として働き ヨウ素は酸化剤として働いた ともいう事ができます 定量法 ある物質の量や濃度を知りたいとき いくつかの定量法を使って調べることができます こ

Taro-化学3 酸塩基 最新版

PowerPoint プレゼンテーション

高 1 化学冬期課題試験 1 月 11 日 ( 水 ) 実施 [1] 以下の問題に答えよ 1)200g 溶液中に溶質が20g 溶けている この溶液の質量 % はいくらか ( 整数 ) 2)200g 溶媒中に溶質が20g 溶けている この溶液の質量 % はいくらか ( 有効数字 2 桁 ) 3) 同じ

Word Pro - matome_7_酸と塩基.lwp

1 編 / 生物の特徴 1 章 / 生物の共通性 1 生物の共通性 教科書 p.8 ~ 11 1 生物の特徴 (p.8 ~ 9) 1 地球上のすべての生物には, 次のような共通の特徴がある 生物は,a( 生物は,b( 生物は,c( ) で囲まれた細胞からなっている ) を遺伝情報として用いている )

<4D F736F F F696E74202D20819A835A A81798E9197BF A826F E096BE8E9197BF2E >

ハーフェクトハリア_H1-H4_ _cs2.ai

ポイント 藻類由来のバイオマス燃料による化石燃料の代替を目標として設立 機能性食品等の高付加価値製品の製造販売により事業基盤を確立 藻類由来のバイオマス燃料のコスト競争力強化に向けて 国内の藻類産業の規模拡大と技術開発に取り組む 藻バイオテクノロジーズ株式会社 所在地 茨城県つくば市千現 2-1-6

必要があれば, 次の数値を使いなさい 原子量 O= 標準状態で mol の気体が占める体積. L 問題文中の体積の単位記号 L は, リットルを表す Ⅰ 次の問いに答えなさい 問 飲料水の容器であるペットボトルに使われているプラスチックを, 次の中から つ選び, 番号をマークしなさい ポリエチレン

<4D F736F F D A C5817A8E59918D8CA B8BBB89BB8A778D488BC B8BBB F A2E646F63>

<4D F736F F D2093C58C8088C38B4C A F94708AFC96405F2E646F63>

2004 年度センター化学 ⅠB p1 第 1 問問 1 a 水素結合 X HLY X,Y= F,O,N ( ) この形をもつ分子は 5 NH 3 である 1 5 b 昇華性の物質 ドライアイス CO 2, ヨウ素 I 2, ナフタレン 2 3 c 総電子数 = ( 原子番号 ) d CH 4 :6

2017 年 1 月 18 日 植物由来プラスチック 合成繊維を対象に含む商品類型における 認定基準の部分的な改定について 公益財団法人日本環境協会 エコマーク事務局 1. 改定の概要エコマークでは 植物由来プラスチック 合成繊維に関して 2014 年から調査を行い 2015 年 4 月に エコマー

Microsoft Word - バイオマスプラ・ポジティブリスト作成基準(正)

<4D F736F F D2095BD90AC E93788D4C88E689C88A778BB389C88BB388E78A778CA48B868C6F94EF95F18D908F912E646F6378>

リスクコミュニケーションのための化学物質ファクトシート 2012年版

平成 29 年度大学院博士前期課程入学試験問題 生物工学 I 基礎生物化学 生物化学工学から 1 科目選択ただし 内部受験生は生物化学工学を必ず選択すること 解答には 問題ごとに1 枚の解答用紙を使用しなさい 余った解答用紙にも受験番号を記載しなさい 試験終了時に回収します 受験番号

3. 原理 (a) 化学発光 化学発光は, 簡単にいうと 化学反応により分子が励起されて励起状態となり, そこから基底状態にもどる際に光を放つ現象 である. 化学反応において基底状態の分子が起こす反応は熱反応であるため光の放出は見られないが, 化学発光においては基底状態の分子が反応して, 光エネルギ

2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3


チャレンシ<3099>生こ<3099>みタ<3099>イエット2013.indd

2019 年度大学入試センター試験解説 化学 第 1 問問 1 a 塩化カリウムは, カリウムイオン K + と塩化物イオン Cl - のイオン結合のみを含む物質であり, 共有結合を含まない ( 答 ) 1 1 b 黒鉛の結晶中では, 各炭素原子の 4 つの価電子のうち 3 つが隣り合う他の原子との

B. モル濃度 速度定数と化学反応の速さ 1.1 段階反応 ( 単純反応 ): + I HI を例に H ヨウ化水素 HI が生成する速さ は,H と I のモル濃度をそれぞれ [ ], [ I ] [ H ] [ I ] に比例することが, 実験により, わかっている したがって, 比例定数を k

PEC News 2004_3....PDF00

Microsoft Word - H29統合版.doc

CHEMISTRY: ART, SCIENCE, FUN THEORETICAL EXAMINATION ANSWER SHEETS JULY 20, 2007 MOSCOW, RUSSIA Official version team of Japan.

ポイント Ø 化学変換が困難なカルボン酸を高効率でアルコールに変換するレニウム触媒を開発した Ø カルボン酸の炭素の数を増やすこともできる触媒法で 多種多様な炭素骨格を持つアルコールの計画的な合成を可能にする Ø 天然に豊富なカルボン酸を原料とするクリーンな物質生産で 炭素循環型社会の実現に貢献する

Microsoft PowerPoint - 数学教室2.pptx

Microsoft PowerPoint - 薬学会2009新技術2シラノール基.ppt

12.熱力・バイオ14.pptx

Gifu University Faculty of Engineering

Microsoft Word - 酸塩基

< 開発の社会的背景 > 化石燃料の枯渇に伴うエネルギー問題 大量のエネルギー消費による環境汚染問題を解決するため 燃焼後に水しか出ない水素がクリーンエネルギー源として期待されています 常温では気体である水素は その効率的な貯蔵 輸送技術の開発が大きな課題となってきました 常温 10 気圧程度の条件

東洋インキグループの環境データ(2011〜2017年)

FdText理科1年

化学変化をにおいの変化で実感する実験 ( バラのにおいからレモンのにおいへの変化 ) 化学変化におけるにおいは 好ましくないものも多い このため 生徒は 化学反応 =イヤな臭い というイメージを持ってしまう そこで 化学変化をよいにおいの変化としてとらえさせる実験を考えた クスノキの精油成分の一つで

60 秒でわかるプレスリリース 2007 年 1 月 18 日 独立行政法人理化学研究所 植物の形を自由に小さくする新しい酵素を発見 - 植物生長ホルモンの作用を止め ミニ植物を作る - 種無しブドウ と聞いて植物成長ホルモンの ジベレリン を思い浮かべるあなたは知識人といって良いでしょう このジベ

els05.pdf

Fr. CO 2 [kg-co 2e ] CO 2 [kg] [L] [kg] CO 2 [kg-co 2e] E E E

スライド 0

ドリル No.6 Class No. Name 6.1 タンパク質と核酸を構成するおもな元素について述べ, 比較しなさい 6.2 糖質と脂質を構成するおもな元素について, 比較しなさい 6.3 リン (P) の生体内での役割について述べなさい 6.4 生物には, 表 1 に記した微量元素の他に, ど

新技術説明会 様式例

PRESS RELEASE 2019/4/11 バイオプラスチック原料を大量合成する技術を開発 ~ 環境調和型触媒反応プロセスによる, 再生可能資源を活用したバイオ化学品製造技術 ~ ポイント 高濃度基質溶液を利用した生産性の高いバイオプラスチック原料の合成法を確立 固体触媒を利用した, 反応ステッ

有機化合物の反応9(2018)講義用.ppt

平成 2 9 年 3 月 2 8 日 公立大学法人首都大学東京科学技術振興機構 (JST) 高機能な導電性ポリマーの精密合成法を開発 ~ 有機エレクトロニクスの発展に貢献する光機能材料の開発に期待 ~ ポイント π( パイ ) 共役ポリマーの特性制御には 末端に特定の官能基を導入することが重要だが

 

平成27年度 前期日程 化学 解答例

53nenkaiTemplate


第 11 回化学概論 酸化と還元 P63 酸化還元反応 酸化数 酸化剤 還元剤 金属のイオン化傾向 酸化される = 酸素と化合する = 水素を奪われる = 電子を失う = 酸化数が増加する 還元される = 水素と化合する = 酸素を奪われる = 電子を得る = 酸化数が減少する 銅の酸化酸化銅の還元

< F2D B4C8ED294AD955C8E9197BF C>

武蔵 狭山台工業団地周辺大気 環境調査結果について 埼玉県環境科学国際センター 化学物質担当 1

新規な金属抽出剤

Microsoft Word - 01.doc

参考 < これまでの合同会合における検討経緯 > 1 第 1 回合同会合 ( 平成 15 年 1 月 21 日 ) 了承事項 1 平成 14 年末に都道府県及びインターネットを通じて行った調査で情報提供のあった資材のうち 食酢 重曹 及び 天敵 ( 使用される場所の周辺で採取されたもの ) の 3

高価な金属錯体触媒の革新的再利用技術を確立~医薬品などの製造コストを低減~

<4D F736F F D DC58F4994C5816A8C9A8DDE E9197BF88EA8EAE2E646F6378>

細胞の構造

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

生食用鮮魚介類等の加工時における殺菌料等の使用について 平成 25 年 3 月食品安全部 1. 経緯食品への添加物の使用については 食品衛生法第 11 条第 1 項に基づく 食品 添加物等の規格基準 ( 昭和 34 年厚生省告示第 370 号 以下 規格基準 という ) の第 2 添加物の部において

Microsoft Word - 化学系演習 aG.docx

北杜市新エネルギービジョン

FdData理科3年

CERT化学2013前期_問題

研究報告61通し.indd

PowerPoint プレゼンテーション

研究報告58巻通し.indd

< イオン 電離練習問題 > No. 1 次のイオンの名称を書きなさい (1) H + ( ) (2) Na + ( ) (3) K + ( ) (4) Mg 2+ ( ) (5) Cu 2+ ( ) (6) Zn 2+ ( ) (7) NH4 + ( ) (8) Cl - ( ) (9) OH -

Transcription:

テルペンを安全かつ高効率にエポキシ化する技術を開発 - 環境負荷の少ない過酸化水素を用いた酸化技術 - 平成 24 年 5 月 29 日 独立行政法人産業技術総合研究所 荒川化学工業株式会社 ポイント 再生可能な植物資源である松やにの成分 ( テルペン ) を酸化して化学品原料を製造 新たな酸化触媒の開発と生成したエポキシドの加水分解を防ぐ添加剤の発見により実現 非可食性植物資源からの高性能な各種電子材料の原料製造を期待 概要 独立行政法人産業技術総合研究所 理事長野間口有 ( 以下 産総研 という ) 環境化学技術研究部門 研究部門長柳下宏 精密有機反応制御第 3 グループ今喜裕研究員および企画本部佐藤一彦総括企画主幹らは 荒川化学工業株式会社 代表取締役末村長弘 ( 以下 荒川化学 という ) と共同で 過酸化水素を利用した酸化技術によって 松やに成分であるテルペンから 高効率にテルペンオキシドを製造する新しい製造法を開発した 今回用いた過酸化水素は酸化反応後の副生物が水だけであり クリーンな酸化剤として知られている また 有機溶剤を使用しないため 今回開発した製造法は安全で環境負荷の少ない製造法といえる テルペンオキシドは不安定なため これまで選択的に合成することが難しかったが 過酸化水素による酸化反応の触媒を新たに開発したこととテルペンオキシドの分解を防ぐ添加剤を発見したことが突破口となって クリーンかつ簡便な製造法の確立に至った 生成したテルペンオキシドは 高性能な電子材料の原料としての用途が期待される 現在 荒川化学で年産数トンスケールでの製造工程の確立を進めており 事業化を検討中である 今回開発した触媒の詳細は 2012 年 6 月 12~13 日に東京都千代田区で開催される第 1 回 JACI/GSC シンポジウムにて発表する は 用語の説明 参照 環境にやさしいテルペンのエポキシ化法 - 1 -

開発の社会的背景 最近 化学産業では環境にやさしい化学品の製造法が注目されている 特に 松やになど石油以外の原料から機能性化学品を製造する技術が期待されている 松やには 蒸留すると低沸点成分のテルペンと高沸点成分のロジンに分けられる ロジンはインキ用樹脂や粘着付与剤など さまざまな用途に使われている 一方 テルペンは石油に比べて取扱量が少ないが 石油と異なって複雑な環状の構造を持っており 将来の高性能電子材料原料として期待されている しかし 機能化 高付加価値化させた製品は少なかった これまでテルペンオキシドの開発が進まなかった理由として テルペンオキシドを安定的かつ高効率に製造する技術がなかったことが挙げられる 従来 実用的な製造技術としては過酢酸法が主流であった しかし 過酢酸法は爆発性が高く 反応後に酢酸が排出され かつ環境に負荷のかかる有機溶媒を大量に使用するという問題があり 過酢酸以外の酸化剤を用いる安全で低環境負荷の製造技術が求められていた 研究の経緯 産総研は 種々の電子材料原料製造時に排出される廃棄物を極小化するプロセスの開発を目指している 特に主要な反応様式の一つである酸化技術に関しては 過酸化水素を酸化剤に用いるプロセスを開発してきた 過酸化水素は反応後の副生物が水だけであり クリーンな酸化剤として知られている 今回 さらに ハロゲンを含む化合物を一切使わず さらに有機溶媒も不要なプロセスとしてクリーンな過酸化水素酸化技術を確立した 荒川化学は 松やにの入手から化学製品製造までを一貫して行うメーカーであり ロジンケミカル技術を用いた世界的な市場規模をもつ テルペンに関しても入手から蒸留 保存の取り扱いまでのノウハウをもっている 今回 両者の技術を組み合わせて 過酸化水素を利用した酸化技術によって テルペンから高効率にテルペンオキシドを製造する新しい製造法を開発した なお 本研究開発は 経済産業省 ( 平成 20 年度 ) および独立行政法人新エネルギー 産業技術総合開発機構 (NEDO)( 平成 21~23 年度 ) の委託事業 グリーン サスティナブルケミカルプロセス基盤技術開発 / 革新的酸化プロセス基盤技術開発プロジェクト ( プロジェクトリーダー島田広道 ) の一部として行ったものである 研究の内容 今回の技術は加水分解しやすい化合物に対し 室温でも高い反応性を示す新規触媒とエポキシドを保護する添加剤とを組み合わせる方法を考案したことがキーポイントとなった この技術を用いることで 松やにを蒸留して得られるテルペンから加水分解性の高いテルペンオキシドが高効率に得られる テルペンの主成分であるα ピネンを過酸化水素酸化技術によりエポキシ化する方法はこれまで多数報告されている しかし反応効率を高めるために 高価なレニウムを触媒に用いたり 有機溶媒を大量に使用するなど コスト面や環境負荷の観点から問題があった α ピネンは 酸化 ( エポキシ化 ) されて生成するα-ピネンオキシドが テルペンオキシドの中でも極めて加水分解しやすいため エポキシ化が極めて難しいテルペンの一つである α ピネンの実用的なエポキシ化法を実現するためには触媒に安価なタングステンを用い 有機溶媒を使用せず高効率にα ピネンオキシドを製造できる新たな製造法を開発しなければならない ところが 一般に有機 - 2 -

溶媒がない状態でα ピネンを過酸化水素によって酸化すると 共存する酸性の水によって 生成したα ピネンオキシドが加水分解してしまう (α ピネンオキシドの収率 0% 選択率 0%) このため 過酸化水素を用いる高効率なα ピネンのエポキシ化法の技術開発は停滞を余儀なくされていた 今回 産総研はα ピネンオキシドを加水分解から保護する添加剤を開発し 新たに開発した三元系触媒と組み合わせることでα ピネンオキシドの高効率製造技術を確立した 三元系触媒については さまざまな組み合わせを検討し タングステン酸ナトリウム メチルトリオクチルアンモニウム硫酸水素塩 フェニルホスホン酸の組み合わせからなる触媒が最適とわかった また 添加剤としては硫酸ナトリウムが最適であった この技術によって室温で速やかにエポキシ化反応が進行し α ピネンオキシドが収率 89% 選択率 100% と極めて高効率に得られた 図 1に今回開発したα ピネンのエポキシ化法の概略を示す 図 1 今回開発した過酸化水素を用いる α ピネンのエポキシ化反応 新たに開発した触媒と添加剤を組み合わせた技術はα ピネンだけではなく種々のテルペンのエポキシ化反応にも有効で それぞれのテルペンに対応するテルペンオキシドを高効率かつ高選択的に合成することができる しかも生成したテルペンオキシドは加水分解せずエポキシ構造を保持したままの生成物として取り出せる この技術の開発により簡便にテルペンオキシドのラインナップを製造することができる 図 2 にこの技術による種々のテルペンのエポキシ化反応の結果を示す 図 2 種々のテルペンのエポキシ化反応の結果 - 3 -

今後の予定 今後 触媒技術をさらに改良し 反応に伴う発熱や加水分解機構のさらなる検討と装置の改良を行う 荒川化学では 1 品種あたり年産数トンスケールの製造工程を確立し 事業化することを検討している また 産総研では開発した触媒技術をベースにテルペンだけでなく加水分解を受けやすいあらゆる有機化合物に適用できるレベルの触媒開発を開始する 用語の説明 過酸化水素主に水溶液の形で殺菌剤や漂白剤として利用される無色透明の液体 2.5-3.5% 水溶液に添加剤を加えたものは消毒薬オキシドールとして知られている 今回開発した技術では主に 30% 過酸化水素水溶液を使用している 酸化 鉄が錆びる 紙や木が燃える 摂取した食物が体内でエネルギーに変わる などに代表される最も身近な化学反応 今回開発した技術では 過酸化水素を用いて対象とする化合物を酸化させる テルペン テルペンオキシド一般には植物や昆虫 菌類などによって作り出される化合物 今回のプレス発表資料では松やにを蒸留して得られる主に炭素数 10 個からなる低沸点成分の総称として使用している 今回開発した技術の適用例として下図に示す構造のものを反応に使用した 炭素 炭素 2 重結合 ( 下図にて赤色の部分 ) を持つ また テルペンオキシドとはテルペンの炭素 炭素 2 重結合をエポキシ化した化合物 環状の 化合物にエポキシが組み合わさった特異な構造から 高性能な電子材料原料として今後発展する ことが期待され 化学産業界で注目されている - 4 -

触媒 三元系触媒特定の化学反応の反応速度を速める物質で 自身は反応の前後で変化しないものをいう 1 回あたりの使用量が少なく何度も再使用できることからクリーンなプロセスに適している 過酸化水素による酸化反応では 三元系触媒という 機能の異なる 3 種類の触媒を組み合わせた触媒を使用する その内訳は タングステン触媒 アンモニウム塩 ホスホン酸である 最近の研究ではタングステン触媒は直接的に過酸化水素によるエポキシ化の促進 アンモニウム塩は触媒の輸送 ホスホン酸はタングステン触媒活性化のサポートという役割を担っていると考えられている これらの 3 成分の割合を最適化しないとエポキシ化反応が進行しない 今回開発した触媒では タングステン触媒としてタングステン酸ナトリウム アンモニウム塩としてメチルトリオクチルアンモニウム硫酸水素塩 ホスホン酸としてフェニルホスホン酸を用いた ロジン天然樹脂 常温では黄色から褐色の透明性のあるガラス様の固体 松やにを蒸留して得られる 主な用途に印刷インキ 塗料 接着剤 滑り止め ( 野球のロジンバッグ バイオリンなどの弦楽器の弓への塗布 ) はんだ用フラックス 医薬品 チューインガムベース 香料などがあげられる 加水分解 化合物と水が反応し 主に水が付加することによって構造が変化 ( 分解 ) すること α ピネン松やにを蒸留して得られるテルペンの主成分 下図に示すように炭素数 10 個からなる 2 つの環が組み合わさった環状化合物 そのエポキシ化生成物 (α ピネンオキシド) は高機能電子材料の原料として期待されている エポキシ化 エポキシド炭素 炭素二重結合から 炭素 2 個と酸素 1 個から成る三角形型の構造へと変換する酸化反応の一つ 得られた生成物はエポキシドと呼ばれ 各種電子材料の原料として現在幅広く使用されている - 5 -

タングステン酸ナトリウム この研究では 過酸化水素によるエポキシ化を直接的に促進するタングステン触媒である メチルトリオクチルアンモニウム硫酸水素塩 この研究では 過酸化水素水 ( 水相 ) とテルペン ( 油相 ) の間を行き来し 触媒 ( タングステ ン酸ナトリウム ) を輸送する フェニルホスホン酸 この研究では 触媒 ( タングステン酸ナトリウム ) の働きをさらに促進させる 本案件に関する問い合わせは 下記フォームよりお願いします https://www.arakawachem.co.jp/jp/inquiry/ - 6 -