ミヤザキ宮﨑 ユウゾウ略歴雄三 2003 年 3 月東京大学大学院理学系研究科地球惑星科 共同研究者 Pingqing Fu ( 北海道大学低温科学研究所 外国人特別研究員地球化学 ) 学専攻 博士課程修了 ( 理学博士 ) 2003 年 4 月 日本学術振興会特別研究員 (PD) 2003 年 1

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ミヤザキ宮﨑 ユウゾウ略歴雄三 23 年 3 月東京大学大学院理学系研究科地球惑星科 共同研究者 Pingqing Fu ( 北海道大学低温科学研究所 外国人特別研究員地球化学 ) 学専攻 博士課程修了 ( 理学博士 ) 23 年 4 月 日本学術振興会特別研究員 (PD) 23 年 12 月 東京大学先端科学技術研究センター 地球大気環境科学分野 助手 ( 助教 ) 27 年 11 月 北海道大学低温科学研究所 助教 北方森林生態系における植生起源有機エアロゾル生成の観測研究 A field study on the formation of biological organic aerosols in a boreal forest To investigate the seasonal changes in biogenic water-soluble organic carbon (WSOC)aerosols in a boreal forest, aerosol samples were collected continuously in the canopy of a deciduous forest in northern Japan during 29 21. Stable carbon isotope ratios of WSOC (δ 13 CWSOC) in aerosols exhibited a distinct seasonal cycle, with lower values from June through September ( 25.5±.5 ). This cycle follows the net CO2 exchange between the forest ecosystem and the atmosphere, indicating that δ 13 CWSOC likely reflects the biological activity at the forest site. WSOC concentrations showed the highest values in early summer and autumn. Positive matrix factorization (PMF)analysis indicated that the factor in which biogenic secondary organic aerosols (BSOAs)dominated accounted for % of the highest concentrations of WSOC, where BSOAs mostly consisted of α-/β-pinene SOA. In addition, primary biological aerosol particles (PBAPs)made similar contributions ( 57%)to the WSOC near the canopy floor in early summer. This finding indicates that the production of both primary and secondary WSOC aerosols is important during the growing season in a deciduous forest. The methanesulfonic acid (MSA)maximum was also found in early summer and had a distinct vertical gradient with larger concentrations near the canopy floor. Together with the similar vertical gradients found for WSOC and δ 13 CWSOC as well as the α-/β-pinene SOA tracers, our results indicate that the forest floor, including ground vegetation and soil, acts as a significant source of the WSOC within a forest canopy at the study site. 159

1. はじめに 対流圏エアロゾル ( 大気中の浮遊粒子 ) は太陽光を散乱 吸収する効果に加えて 雲凝結核として雲粒の形成に寄与するなど 地球の放射収支や降水過程に大きな影響を与える エアロゾル質量の大きな割合を占める有機成分は 大気中に直接放出 ( 一次生成 ) されるものと 揮発性有機化合物 (VOC) の光化学反応等により低揮発性の物質へと変化し生成 ( 二次生成 ) されるものがある 二次生成される有機エアロゾルは極性の官能基を持ち ( 水溶性 ) 無機塩と同程度に高い雲粒の生成能を持つことが示唆されている 有機エアロゾルの重要な生成源である森林生態系では 植物による光合成とVOC の放出 及び有機エアロゾル生成は密接に関連している 生態系を起源とする有機エアロゾルについては二次生成物 (Biogenic secondary organic aerosol, BSOA) 以外に直接放出されるエアロゾル (Primary biological aerosol particles, PBAPs) が寄与すると考えられる しかしながら 森林生態系における有機エアロゾルの放出源や生成に至る過程 ( 例えば一次生成と二次生成の寄与割合 ) や生成制御要因については観測研究例が少なく 理解が不十分である 本研究では有機エアロゾルの中でも雲凝結核として機能する上で重要な水溶性有機炭素 (Watersoluble organic carbon, WSOC) に着目し その季節変動や高度分布から 森林内における WSOC エアロゾルの起源および各起源のWSOC への寄与割合とその変動要因を明らかにすることを目的とした 2. エアロゾルサンプリングと化学分析 エアロゾル試料の取得は森林総合研究所 北海道支所演習林 (42º59 N, 141º23 E, 海抜高度 182m) 内の観測タワーにて行った 本演習林の主要構成種はシラカンバ ミズナラなどの落葉広葉樹であるが 周囲には常緑針葉樹も存在する 林床植生はササで 地表面を広く覆っている 森林内のキャノピー平均高度は約 2mである (Nakai et al., 23) ハイボリュームエアサンプラーを用いて ( 流量 : 約 m 3 h 1 ) エアロゾル全量を事前に加熱した石英繊維フィルター上に取得した 各エアロゾル試料はタワーの 2 高度 [ 2m (29 年 6 月 21 年 12 月 ) 及び 15m (21 年 6 月 21 年 12 月 )] において 約 1 週間ごとに取得した 図 1に観測場所と観測点での風向 ( 風速. 5 m s 1 以上 ) を示す 夏季から秋季 ( 5 月 -1 月 ) での支配的な風向は南から南西より ( 森林地帯からの観測点へ向かう風向 ) を示し 風速データの 68% は.5ms 1 より小さかった したがって この時期のエアロゾルの大半は森林地帯の影響を受けていると考えられる 対照的に冬季から春季 ( 1 1 月 - 4 月 ) にかけては北西よりの ( 海洋や都市域方面から観測点に向かう ) 風が多く観測され 風速データの 64% は.5ms 1 より大きかった したがって この時期は森林以外にも海洋や都市域の影響も受けていると考えられる 取得したフィルター試料の一部を M i l l i - Q 水で抽出し 液体フィルターで不溶成分を除去した後 溶存炭素量を全有機炭素計 (TOC-Vcsh, 島津 )(Miyazaki et al., 211) で測定することで WSOC 濃度を決定した また本研究では WSOCの起源情報を調べる手段として WSOCの安定炭素同位体比 ( δ 13 CWSOC) を測定した まず 無機炭素を除去するためにフィルターの一部を ph2に調整し 純窒素気流で約 2 時間乾燥させた後 WSOC 濃度決定のプロセスと同様に純水抽出した 抽 16

出した溶存サンプルを濃縮後 元素分析計 (NA 15, Carlo Erba) オンライン同位体質量分析計 (Finnigan MAT Delta Plus, Thermo Finnigan) でδ 13 CWSOCを測定した さらに植物起源のトレーサーも測定した α-/β- ピネン由来のBSOAトレーサーとして 3 -メチル - 1, 2, 3 - ブタントリカルボン酸 ( 3 - M B T C A ) 3 - ヒドリキシグルタル酸 ( 3 - H G A ) ピン酸 ピノン酸を イソプレン B S OAトレーサーとして 2-メチルエリスリトール及び 2-メチルスレイトールを測定した さらに P BA Psのトレーサーとしてスクロース及びトレハロース ( グルコースの結合による二糖類 ) を同定した 上記の化合物はトリメチルシリル (TMS) 化した後 ガスクロマトグラフ (HP GC689N, Hewlett-Packard)/ 質量分析計 (5973 MSD, Agilent) を用いて測定した (Fu et al., 29) 無機物については Milli- Q 水で抽出後 イオンクロマトグラフを用いて測定した さらに 森林生態系の生物活動とエアロゾル炭素との関係を調べるため 純生態系 CO2 交換量 (NEE) を算出した NEEの算出についての詳細は Nakai et al.(23) に述べられている 46 Latitude ( o N) 44 42 138 1 142 144 Longitude ( o E) N N NW NE NW NE W E W E (%) (%) SW SE SW SE S Winter-Spring S Summer-Autumn 図 1. 観測点の位置と冬 - 春 (11 月 4 月 ) と夏 秋 (5 月 -1 月 ) の観測点における 風向頻度分布 ( 風速が.5ms -1 より大きいデータのみ ) 161

3. 結果と考察 3.1 WSOC 濃度とδ 13 CWSOCの時間変動図 2に主要なパラメターの時系列を示す WSOC 濃度は初夏 (5 月 6 月 :2.9±1.5μgCm 3 ) と秋 ( 9 月 1 月 :1.7±.6μgCm 3 ) にピークを示した δ 13 CWSOCは12 月 4 月に高い比を示し 6 月 9 月に低い比を示す明瞭な季節変化を示した 夏季の δ 13 CWSOCの平均比は 25.6±.7 であり これは生物起源トレーサーの標準化合物 ( ピノン酸やスクロース ) の値や C3 植物起源の値 ( 25 から 27 )(Kirillova et al., 21) と類似した値であった この結果から 初夏から秋において C3 植物の寄与がWSOCの支配的な起源であることが示唆された 上に述べたδ 13 CWSOCの季節変化の特徴から WSOCが最も高濃度を示した時期は本観測サイトにおける森林植生の成長期に相当することを確認した 光合成に伴う森林生態系による上層大気からの CO2の取り込みは 5 月に大きくなり ( 負の N E E 値に対応 ) 6 月下旬から7 月にかけて最大となった δ 13 CWSOCの季節変化はこのような N EEの変動と類似していることが明らかになった (r 2 =.44) この時系列の類似性は 本観測点において δ 13 CWSOCが森林生態活動に伴う CO2の取り込みと密接に関係していることを意味する このことから本研究で観測されたエアロゾルは群落レベルでの空間代表性を示していると考えられる MSA (ng m -3 ) 13 C WSOC ( ) WSOC (µgc m -3 ) 4 (a) WSOC 4 3 3 2 2 1 1 (b) 13 C WSOC.3-21 -22-23 -24-25 -26-27 -28 1 5.2.1 -.1 -.2 (c) MSA 1 5 NEE (mgco 2 m -2 s -1 ) Temperature ( o C) 3 (d) Temp. Rainfall 2 1-1 6/1 7/1 8/1 9/1 1/1 11/112/1 1/1 2/1 3/1 4/1 5/1 6/1 7/1 8/1 9/1 1/1 11/1 12/ 1 Date (29) Date (21) 3 2 1 Rainfall (mm) 図 2.( a )W S O C ( b ) δ 13 C WSOC と NEE (c)msa 及び (d) 気温と降水量の時系列 負の NEE 値は森林生態系による上層大気からの CO2 の取り込みを示す 162

3.2 Positive matrix factorization (PMF) 法による WSOC 放出源の推定観測されたWSOC への起源寄与とその季節変動を明らかにするため トレーサー化合物の測定結果を用いて 因子分析の一つである positive matrix factorization(pmf) 法 (Paatero and Tapper, 1994) による計算を行った PMFによる計算結果として 5つの最適解となる因子を抽出した ( 図 3 ) 因子 1 は 2 - メチルエリスリトール ( 8 6 % ) と 2 - メチルスレイトール ( 8 7 % ) が支配的であるため イソプレン SOA-WSOC と定義した 同様に因子 2は3-HGA(49%) ピン酸(38%) 3-MBTCA (34%) の寄与が大きいため α-/β- ピネン SOA-WSOC と定義した 因子 3はスクロース (89%) が支配的で 因子 4はトレハロース (57%) が支配的であった 近年 糖類は胞子や花粉 菌類のような PBAPsのトレーサーとして有用であることが提案されている ( 例えば Medeiros et al., 26) この中でスクロースは一次放出された花粉由来のトレーサーとなる糖類である (Pacini, 2) また トレハロースは真菌代謝物や土壌微生物に対する菌類のストレス防疫関連物質として知られ 生物が活性な土壌表面からの放出物のトレーサーとして提案されている (Rogge et al., 27) 因子 3と因子 4については 放出源を特定することは困難だが これらの糖類が PBA Psからの寄与であると仮定し (Graham et al., 23) 2つの因子を各々 スクロース -WSOC と トレハロース -WSOC と定義した 因子 5はNa + と人為起源トレーサー ( 例えばホパン ) の寄与が大きく 観測点の風上から輸送された海塩粒子と人為起源エアロゾルの混合によると解釈できる Fraction of species apportioned to factor (%) 8 6 2 8 6 2 8 6 2 8 6 2 8 Factor 5 6 (Sea salt + Anthropogenic) 2 Pinic acid Pinonic acid 3-HGA 2-methylerythritol 2-methylthreitol WSOC Trehalose Sucrose 3-MBTCA Na + MSA Levoglucosan Factor 1 (Isoprene SOA rich) Factor 2 ( -/ -pinene SOA rich) Cl - Factor 3 (Sucrose rich) Factor 4 (Trehalose rich) Ca 2+ Mg 2+ 2- nssso 4 - NO 3 Hopanes + NH 4 図 3. PMF 法によって計算した WSOC の放出源に関する 5 つの因子 163

図 4にPMF 法で計算した各季節における各因子の WSOCへの寄与を示す 初夏には因子 2(α-/β- ピネン SOA) がWSOCの36% を占めた一方 因子 1( イソプレン SOA) は4% の寄与であった 因子 2は秋にも WSOCへの主要な寄与 (35%) を示した 因子 3は初夏に WSOCの35% を占めるが秋には顕著ではなかった 因子 3はスクロースが支配的な割合を占めることから 花粉がこの時期のWS O C 濃度に大きく寄与することを示唆した トレハロースが支配的な因子 4は初夏と秋に各々 WSOCの24% と5% を占めた これは初夏から秋において土壌等が WSOCに寄与していることを示唆する 特に秋のWSOC 濃度増大は 落葉等 (Nakai et al., 23) に伴う微生物等の起源が WSOC 濃度に寄与していることを示唆している 因子 3と因子 4が共にPBA Psに起因しているとすると PBA Psは2つの時期における WSOCピーク濃度のそれぞれ 57% と5% を占める 以上をまとめると本観測サイトにおいて 植生の成長期にあたる初夏の WSOCピークには 主に α-/β- ピネンの酸化に伴うSOA 生成と森林生態系からの一次放出が同程度寄与していることが示唆された 一方 イソプレン -SOA( 因子 1) は盛夏 (7 月 -8 月 ) にピークを示すなど α-/β- ピネン SOAとは異なる季節性を示し この時期のWS O Cの% を占めた この季節性は主に光合成が最も活発になる盛夏にイソプレン放出が最大となる (Aaltonen et al., 211) ことに起因すると考えられる PMF 解析から 盛夏のWSOC には生物起源 SOA 生成 (46% がイソプレン SOA 54% がα-/β- ピネン SOA) が支配的に寄与することが示唆された 7 月のδ 13 CWSOC 比はC3 植物の寄与が大きいことを示唆し 光化学場も活性であるにもかかわらず WSOC 濃度は相対的に低い これは 7 月の降水量 (>2 mm month 1 ) が比較的多かったため ( 図 2 d ) 湿性沈着によるエアロゾルの除去量が大きかったことに起因すると考えられる 3 WSOC (µgc m -3 ) 2 1 F5 F4 F3 F2 F1 Winter -Spring Early summer Midsummer Autumn Winter 図 4. PMF 法による各因子の季節毎の WSOC への寄与 白丸は WSOC 濃度の実測平均値 3.3 森林内におけるメタンスルホン酸 (MSA) の起源に関しての考察時系列に関する上記以外の特徴的な結果として メタンスルホン酸 (MSA) 濃度が5 月から 7 月にかけて最大となる明瞭な季節変動を示したことが挙げられる ( 図 2c) 観測された MSA 濃度 (9 95 ng m 3 ) は過去の研究で報告されている海洋エアロゾル中の濃度範囲 ( 1 1 ng m 3 )(Ayers 164

and Gras, 1991) と同程度である MSAは硫化ジメチル (DMS) 等の酸化により生成されるが これまで主に海洋大気において観測されてきた しかしながら陸上における MSAの測定例は少ない 本研究で観測された夏季における MSA 濃度増大の原因として 海洋からの輸送の寄与か 陸上生態に由来する DMS 等の酸化 (Lamb et al., 1987) によるものが考えられる 後者については実際にキャノピー内の落葉樹や針葉樹 及び軟土壌などから硫黄ガス (DMS H2S CS2) が放出される ( 例えばAndreae et al., 199) ことが過去の研究で報告されている 本研究では 夏季と秋季において MSAは有意な鉛直勾配を示し ( 図 5a) 下層でより高濃度を示した この鉛直濃度勾配は MSAの上向きフラックスを示唆し 同様の鉛直勾配は夏季と秋季のWSOC 濃度にも見られた ( 図 5b) 一方 M S Aは海洋起源のトレーサーである Na + とは負の相関を示し 林床付近でのMSA 濃度増大は森林植生の寄与を示す δ 13 CWSOC( 相対的に低い比 ) と対応した ( 図 5c) さらに風向のデータ ( 図 1) からも 夏季と秋季のエアロゾルの大半は森林地帯の影響を受けていることを示唆している これらの結果から 夏季の MSA 濃度増大には林床付近に由来する DMSの酸化生成による寄与が大きいと考えられる (a) (b) (c) (d) 15 15 15 15 Altitude (m) 1 5 Summer 1 Autumn Winter 5 1 5 1 5 5 1 2-26 -24-22 5 1 MSA (ng m -3 ) WSOC (µgc m -3 ) 13 C WSOC ( ) 3-hydroxyglutaric acid (ng m -3 ) 図 5. 夏季 (21 年 6 月 8 月 ) 秋季 (21 年 9 月 11 月 ) 及び冬季 (21 年 12 月 ) における ( a )M S A ( b )W S O C ( c )δ 13 CWSOC 及び (d)3- ヒドロキシグルタル酸 (HGA) の鉛直分布 3.4 林床付近におけるWSOC 生成上で述べた負の鉛直濃度勾配は 夏季と秋季の α-/β- ピネンSOAトレーサー ( 例えば図 5dの 3-HGA) にも同様に見られた 最近 Aaltonen et al.(211) が北方林での林床付近において 生物由来 VOC( 主としてモノテルペン類 ) 放出も初夏と秋にピークを示すことを報告している 彼らは この生物由来 VOC 放出の季節変化は落葉の種類や量 土壌微生物活動などに起因するとして 林床がVOCの重要な放出源であると指摘している さらに本研究で MSAはα-/β- ピネン SOAトレーサーである 3 - H G A( r 2 =.5) や3-MBTCA(r 2 =.55) と有意な相関を示した これらの結果は 夏季と秋季における林床付近がWSOCの重要な発生源であることを示唆している ここで 森林内とその上層大気との交換によっても同様の鉛直濃度勾配が形成されることが考えられる しかしながら δ 13 CWSOCの鉛直勾配は有意ではなく ( 図 5c) 大気の鉛直構造が安定する夜間のみに取得したいくつかのサンプルについても WSOCは有意な鉛直勾配を示した これらの観測事実は林床付近の発生源が WSOC 生成に重要であることを支持している 165

3.5 冬季におけるWSOCの起源についての考察 PMFの結果から 冬季の WSOCには海塩粒子と人為起源の混合因子が主に寄与 ( 56 83%) した 12 月から 4 月にかけての δ 13 CWSOC( 21.9±.7 ) は海洋起源エアロゾルにおける δ 13 C( 2 to 22 )(Miyazaki et al., 211) とほぼ同程度の比であり PMFの結果と整合的である さらにこの時期は風向データからも空気塊の多くは風上の海上の影響を受けていることを支持している ( 図 1) これらの結果から 本研究で観測された冬季の WSOCには海洋起源の寄与が大きいと考えられる 4. まとめ 本研究では29 年から21 年に落葉広葉樹林内で取得したエアロゾルサンプルを用いて森林生態系における WSOCの起源と季節変化を議論した エアロゾル中の δ 13 CWSOCは6 月から 9 月にかけて減少する明瞭な季節変化を示した 夏季と秋季のδ 13 CWSOCは これまで報告されている C3 植物起源の比の範囲内にあり C3 植物からの寄与が WSOCの支配的な起源であることが示唆された δ 13 CWSOCの季節変化は森林生態系による大気 C O 2の取り込み量に類似しており δ 13 CWSOCは森林サイトにおける植生活動を反映していると考えられる WSOC 濃度は初夏と秋にピークを示した PMFによる計算から BSOA( 大半がα-/β- ピネン SOA) が支配的な因子 ( %) とPBAPsが支配的な因子 ( 57%) が初夏の林床付近における WSOC 濃度に同程度の寄与を示すことが明らかになった この結果は森林植生の成長期が落葉広葉樹林内における WSOCの一次放出と二次生成の両方に重要であることを示唆している また PMF 解析の結果から 盛夏に植生由来のSOA 生成がWSOCの支配的な起源であることが示唆された メタンスルホン酸濃度も初夏に最大となり 林床付近で平均濃度が高くなる明瞭な鉛直勾配を示した W S O Cや δ 13 CWSOC α-/β-ピネン SOAトレーサーの同様な鉛直勾配と相関から 地表付近の植生や土壌を含む林床が森林キャノピー内における WSOCの生成源として重要であることが示唆された 今後は 林床付近における WSOC 生成について詳細なメカニズムの解明や 他の森林植生における本研究手法の適用 有機エアロゾルと CO2 フラックスとの定量的な関係とその変動支配要因の解明を目指した研究を継続していく予定である 謝 辞 本研究を遂行するにあたり 財団法人アサヒビール学術振興財団より助成金を賜りました ここ に深く感謝申し上げます 引用文献 Aaltonen, H., Pumpanen, J., Pihlatie, M., Hakola, H., Hellén, H., Kulmala, L., Vesala, T., Bäck, J.: Boreal pine forest floor biogenic volatile organic compound emissions peak in early summer and autumn, Agr. Forest Meteorol., 151, 682 691, 211. 166

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