1 年金, 社会保障 公共経済学 第 9 回別所俊一郎

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参考 平成 27 年 11 月 政府税制調査会 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理 において示された個人所得課税についての考え方 4 平成 28 年 11 月 14 日 政府税制調査会から 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告 が公表され 前記 1 の 配偶

社会保障の定義 公的責任によるセーフティネット ( 安全網 ) の提供 1 生活を脅かす事故 ( 疾病 負傷 死亡 老齢 失業等 ) によって国民に生活上の困難が生じた場合に 2 国民に健やかで安心できる生活を保障することを目的として 3 公的責任で 4 国民に対し生活を支える給付を支給する政策 制

社会保障国民会議提出資料 2

< 参考資料 目次 > 1. 平成 16 年年金制度改正における給付と負担の見直し 1 2. 財政再計算と実績の比較 ( 収支差引残 ) 3 3. 実質的な運用利回り ( 厚生年金 ) の財政再計算と実績の比較 4 4. 厚生年金被保険者数の推移 5 5. 厚生年金保険の適用状況の推移 6 6. 基

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2. 改正の趣旨 背景税制面では 配偶者のパート収入が103 万円を超えても世帯の手取りが逆転しないよう控除額を段階的に減少させる 配偶者特別控除 の導入により 103 万円の壁 は解消されている 他方 企業の配偶者手当の支給基準の援用や心理的な壁として 103 万円の壁 が作用し パート収入を10

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社会保障 税一体改革大綱(平成24 年2月17 日閣議決定)社会保障 税一体改革における年金制度改革と残された課題 < 一体改革で成立した法律 > 年金機能強化法 ( 平成 24 年 8 月 10 日成立 ) 基礎年金国庫負担 2 分の1の恒久化 : 平成 26 年 4 月 ~ 受給資格期間の短縮

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保険料方式の基礎年金の問題

2.3.2 公的年金制度の財源と支出 1年間の年金給付費はいくらなのか 公的年金制度の財源には保険料のほかに 積立金の運用収入や税金などがある 1年間でどれだけの金額が年金制度に使われているのでしょうか 以下の図 に 公的年金制度の財源と給付費を示します 財源については 保険料による

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各国の年金制度 ( ノルウェー ) ノルウェーの年金制度 坂本純一 ( 野村総合研究所金融 ITイノベーション研究部主席研究員 ) 1. 制度の特色 2009 年に成立した年金改正法により, 現在のノルウェーの年金制度は過渡期にある 旧制度は定額部分と報酬比例部分からなる給付体系であったが, 201

2004 年の制度改革案の審議中に国会議員の未納問題が話題になり 公的年金の実態は国民の誰もが注目するものになった そもそも公的年金 国民年金は日本の福祉政策の中で最も大きなもののひとつであり 国民皆保険というように国民すべてが加入の義務を負う 国民すべてが働ける間は保険料を納め 老後になると年金を

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つのシナリオにおける社会保障給付費の超長期見通し ( マクロ ) (GDP 比 %) 年金 医療 介護の社会保障給付費合計 現行制度に即して社会保障給付の将来を推計 生産性 ( 実質賃金 ) 人口の規模や構成によって将来像 (1 人当たりや GDP 比 ) が違ってくる

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2 給付と負担における世代間の大きな格差給付と負担を比較すると 後の世代ほど負担がより重くなっており 世代間の不公平感が高まっている 3 職業や世帯形態による制度の違い負担面での一元化が行われておらず ( 注 3) また 被用者の扶養配偶者 (3 号被保険者 ) の取扱いは 女性の就業意欲を妨げる要

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2 社会保障 2.1 社会保障 2.2 医療保険 2.3 年金保険 2.4 介護保険 2.5 労災保険 2.6 雇用保険 医療保険は社会保険を構成する1つです 医療保険制度の仕組みや給付について説明していきます 医療保険制度 医療保険制度は すべての国民に医療を提供することを目的とした制

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日本再興戦略 改訂 2015 平成 27 年 6 月 30 日に閣議決定された 日本再興戦略 改訂 2015 においては 企業が確定給付企業年金を実施しやすい環境を整備するため 確定給付企業年金の制度改善について検討することとされている - 日本再興戦略 改訂 2015( 平成 27 年 6 月 3

社会保障論点のまとめ

14 日本 ( 社人研推計 ) 日本 ( 国連推計 ) 韓国中国イタリアドイツ英国フランススウェーデン 米国 図 1. 1 主要国の高齢化率の推移と将来推計 ( 国立社会保障 人口問題研究所 資料による ) 高齢者を支える

経済政策基礎論   第3章 社会政策論の基礎

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課税の長期的な効果

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問 2 次の文中のの部分を選択肢の中の適切な語句で埋め 完全な文章とせよ なお 本問は平成 28 年厚生労働白書を参照している A とは 地域の事情に応じて高齢者が 可能な限り 住み慣れた地域で B に応じ自立した日常生活を営むことができるよう 医療 介護 介護予防 C 及び自立した日常生活の支援が

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要 旨 政府の社会保障国民会議は 2008 年 5 月 19 日の雇用 年金分科会で 公的年金制度に関する定量的なシミュレーションを公表した 主たる注目点は 基礎年金の財源を全額税方式とした場合の必要財源の規模と消費税率換算のシミュレーションである 基礎年金の税方式化を行うにあたっては 制度移行前の

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このジニ係数は 所得等の格差を示すときに用いられる指標であり 所得等が完全に平等に分配されている場合に比べて どれだけ分配が偏っているかを数値で示す ジニ係数は 0~1の値をとり 0 に近づくほど格差が小さく 1に近づくほど格差が大きいことを表す したがって 年間収入のジニ係数が上昇しているというこ

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年金と経済 Vol. 28 No. 4 スロバキアの年金制度 廣瀬賢一 (ILO 中東欧地域事務所社会保障専門官 ) 1. 制度の特色スロバキア共和国は,1993 年のチェコスロバキアの分割独立以来, 市場経済への移行を積極的に推し進めており,2004 年にEU 加盟,2009 年にはユーロ通貨圏に

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するから 平均的な高齢者の総資産が6000 万円あるとしても ほとんど資産のない高齢者も多く存在する そうした貧しい高齢者への公的年給支給は 当然 公平性の観点から正当化される しかし 同時に 裕福な高齢者が増えていることも事実である 裕福な高齢者に相対的に貧しい勤労世代から年金という形で所得を再分

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2. 年金額改定の仕組み 年金額はその実質的な価値を維持するため 毎年度 物価や賃金の変動率に応じて改定される 具体的には 既に年金を受給している 既裁定者 は物価変動率に応じて改定され 年金を受給し始める 新規裁定者 は名目手取り賃金変動率に応じて改定される ( 図表 2 上 ) また 現在は 少

いずれも 賃金上昇率により保険料負担額や年金給付額を65 歳時点の価格に換算し 年金給付総額を保険料負担総額で除した 給付負担倍率 の試算結果である なお 厚生年金保険料は労使折半であるが 以下では 全ての試算で負担額に事業主負担は含んでいない 図表 年財政検証の経済前提 将来の経済状

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社会保障給付の規模 伸びと経済との関係 (2) 年金 平成 16 年年金制度改革において 少子化 高齢化の進展や平均寿命の伸び等に応じて給付水準を調整する マクロ経済スライド の導入により年金給付額の伸びはの伸びとほぼ同程度に収まる ( ) マクロ経済スライド の導入により年金給付額の伸びは 1.6

図 3 世界の GDP 成長率の実績と見通し ( 出所 ) Capital in the 21st century by Thomas Piketty ホームページ 図 4 世界の資本所得比率の実績と見通し ( 出所 ) Capital in the 21st century by Thomas P

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タイトル

平成 24 年度国民健康保険税税率改定案 1 医療保険分 ( 基礎課税額 ) 現行 改定 増減 伸率 所得割額 4.30 % 4.63 % % 資産割額 % 9.80 % % 税率等 均等割額 17,100 円 18,000 円 900 円 5.3%

年金の成り立ち(歴史)

団塊世代の引退行動が マクロ経済に及ぼす影響

第 9 回社会保障審議会年金部会平成 2 0 年 6 月 1 9 日 資料 1-4 現行制度の仕組み 趣旨 国民年金保険料の免除制度について 現行制度においては 保険料を納付することが経済的に困難な被保険者のために 被保険者からの申請に基づいて 社会保険庁長官が承認したときに保険料の納付義務を免除す

平成25年4月から9月までの年金額は

Transcription:

1 年金, 社会保障 http://www.econ.hit-u.ac.jp/~bessho/lecture/07/pubeco_s.html 公共経済学 第 9 回別所俊一郎

なぜ社会保障が必要なのか? 2 [ 憲法 ] の規定 第 25 条 1 すべて国民は [ 健康 ] で [ 文化的 ] な最低限度の生活を営む権利を有する 第 25 条 2 国は すべての生活部面について 社会福祉 社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない 市場の失敗 が存在するために, 政府の介入がなければ [ 健康 ] で [ 文化的 ] な最低限度の生活 が営めなくなってしまう人たちが存在する 助け合い の精神は, イマジネーションの問題

うまい 社会保障のデザイン 3 利用可能な資源は有限 : たとえば税収. [ 不確実性 ]: さまざまなレベル. たとえば急死 長生 病気 事故 失業. [ 情報の非対称性 ]: たとえば, 自助努力 を政府は観察できない

社会保障の分類 : 財源 4 [ 社会保険 ] 保険の技術を用いる :[ 保険料 ] を受け取って給付 財源は [ 保険料 ] が中心 : 全てが保険料とは限らない 給付に [ 資産要件 ] や所得要件を含まない [ 社会扶助 ] 保険を技術を ( 明示的には ) 用いない. 財源は 国費 が中心 : 当該年度の税収を用いる 給付に [ 資産要件 ] や所得要件を含む

社会保障の分類 : 給付 5 給付形態 [ 現物給付 ](in kind): 財やサービスをそのまま給付. 医療や福祉 [ 現金給付 ](in cash): 金銭による給付. 年金など 給付対象 : 普遍的 / 選別的 多かれ少なかれ [ 選別 ] 的なものがほとんど.

社会保障の分類 現金給付 現物給付 社会保険 年金保険 失業保険 労災保険 医療保険 介護保険 社会扶助 公的扶助 家族手当 生活保護 ( 教育扶助など ) OECD の定義では, 高齢 遺族 傷害 業務災害 傷病 保健 家族 積極的労働政策 失業 住宅 生活保護の 9 つに分類される 日本で 社会保障 というばあいには 年金 医療 福祉 の 3 つに分類することが多い. 以下のグラフでは 医療 : 医療保険 老人保健の医療給付 生活保護の医療扶助 労災保険の医療給付 結核 精神その他の公費負担医療 保健所等が行う公衆衛生サービスに係る費用 年金 : 厚生年金 国民年金等の公的年金 恩給及び労災保険の年金給付等 福祉その他 : 社会福祉サービスや介護対策に係る費用 生活保護の医療扶助以外の各種扶助 児童手当等の各種手当 医療保険の傷病手当金 労災保険の休業補償給付 雇用保険の失業給付が含まれる 6

7 社会保障費の内訳 ( 対国民所得比 )

保険の原理 8 保険 (insurance) とは 将来のリスクに対処する仕組みのひとつ. リスクの実現に応じて金銭等の受渡しを行う契約. あらかじめ [ 保険料 ] をプールし, リスクの実現に応じて [ 保険金 ] をそこから支払う. 賭け の一種とも言えないこともない. リスクのプール (pool), シェア (share) 同じようなリスクに直面しているグループ ( リスクの実現値はもちろん異なる ) で保険を形成し, リスク実現後の所得分布などを均等化させることを グループでリスクをプールする メンバー間でリスクをシェアする という. ビジネスとしては, 事前に保険料を徴収して事後に保険金を支払う主体があり, 明示的にはメンバーが認識されない.

基本的な用語 9 保険者 保険者 保険料 リスクの実現 保険金 被保険者 被保険者

保険料の決定 10 支払ってもよい保険料の額の決定要因 リスクの分布 保険金の額 リスク回避度 支払ってもよい保険料が高くなるのは, リスクが分散しているとき 保険金が高いとき リスクを回避する傾向が強いとき保険者の予算制約 保険者は, 支払わなければならない保険金 (+ 手数料 ) をカバーできるだけの保険料を事前に徴収しておかなければならない 支払わなければならない保険金は, 被保険者 ( 加入者 ) を十分に多く確保しておけば, 事前の段階であるていど計算できる ( 大数の法則 ). リスクが加入者間でばらばらである リスクの分布が前もってわかっている, といった条件が必要. 保険者はリスクを回避する傾向が加入者よりも小さい必要 リスクを転嫁 (transfer) する, という.

[ 大数の法則 ] 11 コイン投げの例 表が出たら 1 万円払い, 裏が出たら払わないという契約 このとき, 保険者が支払わなければならない保険金は 相手が 1 人なら 1/2 の確率で 1 万円,1/2 の確率で 0 円. 相手が 2 人なら,1/4 で 2 万円,1/2 で 1 万円,1/4 で 0 円. 相手が 3 人なら,1/8 で 3 万円,3/8 で 2 万円,3/8 で 1 万円,1/8 で 0 円. 人数が増えるほど, 極端な保険金支払が発生する確率は小さくなり, 期待値 (0.5 万円 ) 人数 の支払でおさまる確率は高まる 十分人数が大きければ, 期待値 (0.5 万円 ) 分だけの保険料を徴収しておけば保険金を賄うことができる可能性が高まる. 注意事項 : 保険に向かないリスク 多くの加入者に一度に発生するようなリスク ( 地震など ) 発生したときの保険金支払いが巨額すぎるリスク ( 地震など ) 加入者が明らかにコントロールできるリスク ( 所得 自殺など ) リスクの分布が前もって明確でない不確実性

厚生経済学の基本定理と社会保障 12 厚生経済学の基本定理 第 1 定理 : 完全競争経済はパレート最適な資源配分を達成する 第 2 定理 : 任意のパレート最適な資源配分は完全競争経済で実現可能 実際には, 全ての 財 サービスに対する保険なぞ存在しない 能力に対する保険, 生まれた環境についての保険など. 保険が存在しそうでも, しばしば民間の保険は成立しない 高い取引費用, 社会的リスク 情報の非対称性 : モラル ハザード, アドバース セレクション ここで 民間保険 とは, 加入非加入が任意の保険のことをいう. 所得再分配の目的も含める必要性から政府が介入することも. 社会保障は, 極めて広い意味で言えば, 必要だが成立し得ない民間保険を補完するためのもの.

[ 取引費用 ],[ 社会的リスク ] 13 高い [ 取引費用 ] 民間保険の期待収益の低さは管理費用にも 低い水準の一律の保険なら取引費用は少ないはず 社会的リスク,[ マクロリスク ] [ インフレ ], 戦争など, 多くの人に影響するリスク 民間企業では分散できない 政府は [ 徴税 ] と [ 公債 ] によって分散できる 公式な理由にはならないことが多い

情報の非対称性 14 契約を取り交わす双方で, 自分は知っているのに相手は知らない という情報があること. 観察可能 (observable) でない : 相手が自分がやっていることを見えない 実証可能 (verifiable) でない : 相手が自分がやっていることを見えるが, それを第三者に立証できない まったく観察不可能ではなく, ある程度のことはわかる こともある. その場合, 観察可能なしるしのことをシグナル (signal) と呼ぶ. 情報の非対称性が存在するとき, 契約を実行する際に, 観察可能でない / 実証可能でないことから, 片方の言うなりになってしまう 事後的に相手の言いなりになってしまうことがわかっていれば ( 情報の非対称性が発生することが分かっていれば ), それを織り込んだ契約形態になったり, そもそも契約自体が成立しなくなったりしてしまう. その典型的な例がモラルハザードとアドバースセレクション

[ モラルハザード ] 15 情報の非対称性に乗じて,[ 事後的 ] に [ 行動 ] が変化してしまうこと. 倫理の欠如 という意味はない 情報の非対称性 によって 事後的に が本来の定義だが, より広い意味でも用いられている. 保険の文脈で 危険回避のための手段や仕組みを整備することにより かえって人々の注意が散漫になり 危険や事故の発生確率が高まること を指したのが原義. 実際の事故確率 (physical hazard) との対比で用いられた. モラルハザードが発生する場合, 保険金支払いが当初の見込みよりも [ 増えて ] しまうから, 保険会社の経営が成立しなくなってしまう.

[ 逆選択 ] 16 情報の非対称性のために,[ 事前的 ] に, 契約が結ばれなくなること. さらには,[ 市場が成立しなくなる ] こと. 悪貨は良貨を駆逐する ( グレシャムの法則 ) 悪いものと良いものが同時に市場に出回り, それらの区別がなされないために同一の価格がつくと, 良いものは市場に出回らなくなってしまい, 市場には悪いものばかり残ってしまう. それが繰り返されているうちに, ついには市場に出るものがなくなってしまうこと. モラルハザードが 事後的な 情報の非対称性に着目しているのに対し, 逆選択は 事前的な 情報の非対称性に由来 モラルハザードが 行動 の情報の非対称性に由来するのに対し, 逆選択は 品質 の情報の非対称性に由来.

強制保険としての社会保障 17 典型的な 市場の失敗 (market failure) モラルハザードや逆選択の結果, 民間での保険市場が成り立たなくても, それは保険がなくてもよいということではない 保険への [ 強制加入 ] は解決策のひとつ 公的年金 / 公的健康保険 / 公的介護保険 原理的に民間保険が成り立ち得ないケース 明確なリスクが定義できない 保険金請求の立証ができない 福祉 / 生活保護 社会保障の 保険料 は, 必ずしも 社会保険料 ではない 社会保険料は一種の目的税 保険の 規模 はまた別のはなし

[ 無知のヴェイル ] 18 John Rawls (1921-2002) A Theory of Justice 理論的な虚構としての無知のベール 原初状態の想定 社会の中での自分の境遇を知らないだけでなく 生まれつきの能力などの一切の個人的な情報を知らない と仮定 ( 原初状態 ). そのとき, 自分がその一員となる新しい公平な社会について契約を結ぶという場合を考える. この場合, 自己の利得を織り込んでルールを偏らせる誘因を持たない正義の原理 (principle of justice) が選ばれる 公平としての正義 原初状態における保険契約の実現としての所得再分配. 社会の中でどのような境遇に置かれるか, どのような能力を持って生まれるか というリスクに対する保険契約の実現として, 所得再分配を解釈できる とくに福祉や生活保護について. Harsanyiらは功利主義 (utilitarianism) が選ばれると主張 この論争自体は経済学というよりは道徳哲学の問題

[ 社会保険 ] とはなにか 19 政府が行う [ 強制加入 ] の保険事業 保険原理のみに基づくとは限らない 政府が 政策 として行うため 扶助原理 が含まれる 単なる 政府が行なう保険事業 ではない 多かれ少なかれ, しばしば暗黙に [ 所得再分配 ] を行う 例 : 低所得者層への保険料免除, 高所得者層への保険金切り下げ [ 保険 ] 原理に従わず, 保険数理的に公平 ではないが, そのこと自体が問題になるわけではない 暗黙のうちに [ 所得再分配 ] が行われるため, わかりにくい [ 保険 ] 原理と [ 扶助 ] 原理が混在しているため, 政策の意義が混乱しがち

公的年金の存在意義 20 公的年金 保険 がシェアしているリスクとは? [ 長生き ] によるリスク. とりわけ, 働けなくなって所得がなくなってしまうリスク. 一律の年金保険を提供して [ 取引費用 ] を抑える 強制加入により [ 逆選択 ] を防止する [ モラルハザード ] により成立しなくなる保険を政府が提供する 貯蓄不足を防止するため [ 価値財 ] として提供する [ インフレ ] に応じて給付水準をスライドさせることにより給付額の [ 実質価値 ] を維持する 政府が直接提供すべきか, その規模はどれほどか?

公的年金の存在意義 ( つづき ) 21 要するに, 引退後の生活の保障 私的年金( 貯蓄 ) と 生活保護 の組合せでは? [Stigma] の問題, 捕捉率 パターナリズム ミーンズテスト ( 資産調査 ) と行政費用 福祉国家 の歴史的経緯 要するに説得力の問題か?

公的年金にまつわる論点 22 保険そのもの, また所得再分配の規模 世代間 / 世代内の [ 公平 ] 性 基礎的給付と [ 所得比例 ] 給付の組合せ 給付と負担の水準の見直し :5 年に一度 財源は [ 社会保険料 ] か [ 税金 ] か [ 賦課 ] 方式か [ 積立 ] 方式か 職域別の年金制度にするか 効率性からの評価 労働供給 : 高齢者の就業,[ 引退促進 ] 効果 [ 貯蓄抑制 ] 効果 : マクロの資本蓄積

公的年金にまつわる論点 23 関連する他の制度との関係 企業年金 個人年金との役割分担 [ 生活保護 ] 最低保障水準との関係 運営上の問題 公的年金積立金の運用成績 [ 未納者 ] 未加入者 無年金者の存在 徴収方法 : 国税庁と社会保険庁

財政方式 24 [ 賦課 ] 方式 (pay-as-you-go) 現役世代が支払う保険料をそのまま引退世代の保険金として支払う 政府は [ 積立金 ] を持たないので,[ 運用 ] リスクを負わない 制度導入時の引退世代は, 保険料を支払わないまま保険金を受け取る [ 積立 ] 方式 (fully funded) 現役世代が支払う保険料を政府が運用し, 引退後に支払う 政府は [ 積立金 ] を持つので, [ 運用 ] リスクを負う 制度導入時の引退世代は, 制度があるのに保険金を受け取らない

財政方式 25 [ 修正積立 ] 方式 (partially funded) 現役世代が支払う保険料の一部を政府が持つ [ 積立金 ] を若干だけ持つ ほとんどの先進国は [ 賦課 ] 方式 日本は [ 修正積立 ] 方式 [ 保険料 ] が大きく変動するのを防ぐ

(共済年金)ラリーマン厚生年金部分酬比例基礎年金国庫負担(税金)礎年引退世代報金現役世代 勘定自営業者国民年金財政の仕組みサ26 基

財政方式 ( つづき ) 27 賦課方式 現役時代 引退時代 [ 年金給付 ] 政府 [ 保険料拠出 ] 現役時代 引退時代 積立方式 現役時代 引退時代 政府 運用 [ 保険料拠出 ] [ 年金給付 ] 現役時代 引退時代

給付方式 28 [ 確定 ] 給付 (defined benefit) [ 保険金受取 ( 給付額 )] が決まっていて, 運用予測に応じて支払う [ 保険料 ] が決まる. 加入者は [ 運用 ] リスクを負わないが, 一般に利回りは低い 確定拠出に比べて保険料が [ 割高 ] になる傾向 [ 確定 ] 拠出 (defined contribution) [ 保険料支払い ( 拠出額 )] が決まっていて,[ 給付 ] 額は運用成績によって変化する [ 運用 ] リスク ([ インフレ ] リスクを含む ) は, 加入者が負う ほとんどの公的年金はなんらかの意味で [ 確定 ] 給付

財政方式と給付方式 29 賦課方式と [ 確定給付 ] 現役世代から徴収した保険料を引退世代に渡せばよい [ 人口変動 ] リスクを次世代に回すことができる 現役世代は [ 人口変動 ] リスクを負う 積立方式と [ 確定拠出 ] 現役時代に積み立てた保険料を運用して受け取ればよい [ 人口変動 ] リスクを負わない 引退世代は [ 運用 ] リスクを負う

個人年金厚生年金国金基金公的年金制度の体系 ( 受取時 ) 30 民年企業年金 厚生年金基金 職域部分 共済年金 国民年金 ( 基礎年金 ) サラリーマンの被扶養配偶者 自営業者など被用者 ( サラリーマン )

私的年金 401(k) との関係 31 4 階建ての年金制度 1 階 : 基礎年金 2 階 : 厚生年金 3 階 : 企業年金 4 階 : 個人年金注意点 被用者だったばあい 受け取るときに 1 階と 2 階は区別されにくい 厚生年金基金では 2 階と 3 階が一体的に運用されている 401(k) と呼ばれるのは企業年金で 3 階部分 企業年金にも確定給付部分と確定拠出部分があり 401(k) は確定拠出部分 企業にとっては 確定拠出のほうが運用がラク 生命保険会社が販売している個人年金は 4 階部分

公的年金における所得再分配 32 世代内の所得再分配 基礎年金部分の存在 職域別の年金制度 長生きのリスクに応じた保険料設定になっていない 国庫負担 ( 税金 ) が投入されている 世代間の所得再分配 実質的には賦課方式のため 引退世代が現役世代よりも多い場合には現役世代の負担は重くなる ( 引退世代の一人当たり年金額を減らせば 逆が成り立つ ) 賦課方式を導入した時点の引退世代は受け取るだけで保険料拠出がない

世代間の 不公平 とは?: 設定 賦課方式の年金制度を想定 2000 年 2050 年 2100 年 高齢者 1 人に対して 現役世代は 4 人 2 人 4 人 高齢者 1 人に対して 保険料は 保険料は 保険料は 20 万円払うとすると 20 4 = 5 万円 20 2 = 10 万円 20 4 = 5 万円 現役世代が 1 人で 年金の受取は 年金の受取は 年金の受取は 5 万円払うとすると 5 4 = 20 万円 5 2 = 10 万円 5 4 = 20 万円 4 つの世代を考える Ⅰ:2000 年に引退している世代 Ⅱ:2000 年に現役で 2050 年に引退している世代 Ⅲ:2050 年に現役で 2100 年に引退している世代 Ⅳ:2100 年に現役の世代 33

世代間の 不公平 とは? 拠出一定のケース 現役時代 引退時代 利回り Ⅰ ( 1950 年に5 万円 ) 2000 年に20 万円 20 5 = 4 倍 Ⅱ 2000 年に5 万円 2050 年に10 万円 10 5 = 2 倍 Ⅲ 2050 年に5 万円 2100 年に20 万円 20 5 = 4 倍 Ⅳ 2100 年に5 万円 ( 2150 年に20 万円 ) 20 5 = 4 倍 世代 Ⅱ だけが 利回り が低い 損をしている 34

世代間の 不公平 とは? 給付一定のケース 現役時代 引退時代 利回り Ⅰ ( 1950 年に5 万円 ) 2000 年に20 万円 20 5 = 4 倍 Ⅱ 2000 年に5 万円 2050 年に20 万円 20 5 = 4 倍 Ⅲ 2050 年に10 万円 2100 年に20 万円 20 10 = 2 倍 Ⅳ 2100 年に5 万円 ( 2150 年に20 万円 ) 20 5 = 4 倍 世代 Ⅲ だけが 利回り が低い 損をしている 35

世代間の 不公平 とは? 経済成長のあるケース 2000 年 2050 年 2100 年 現役世代 / 高齢者 4 人 2 人 4 人 高齢者 1 人に対して 20 万円払うとすると 保険料は 20 4 = 5 万円 保険料は 20 2 = 10 万円 保険料は 20 4 = 5 万円 現役世代が1 人で 5 万円払うとすると 年金の受取は 5 4 = 20 万円 年金の受取は 5 2 = 10 万円 年金の受取は 5 4 = 20 万円 賃金率 ( 仮想 ) 30 万円 60 万円 120 万円 賃金総額 30 x 4 = 120 60 x 2 = 120 120 x 4 = 480 高齢者 1 人に対して 20 万円払うとすると 保険料率は 5 30 = 16.67% 保険料率は 10 60 = 16.67% 保険料率は 5 120 = 4.17% 現役世代が 16.6% 払うとすると 年金の受取は 30 * 1/6 *4 = 20 年金の受取は 60 * 1/6 * 2 = 20 年金の受取は 120 * 1/6 * 4 = 80 保険料は 30 * 1/6 = 5 保険料は 60 * 1/6 = 10 保険料は 36 120 * 1/6 = 20

世代間の 不公平 とは? 保険料一定で経済成長があるケース 現役時代 引退時代 利回り Ⅰ ( 1950 年に2.5 万円 ) 2000 年に20 万円 20 2.5 = 8 倍 Ⅱ 2000 年に5 万円 2050 年に20 万円 20 5 = 4 倍 Ⅲ 2050 年に10 万円 2100 年に80 万円 80 10 = 8 倍 Ⅳ 2100 年に20 万円 ( 2150 年に160 万円 ) 160 5 = 8 倍 世代 Ⅱだけが 利回り が低い 損をしている? 世代 Ⅱは人口の少ない世代 Ⅲの親世代 年金は現役世代の賃金の1/3( 所得代替率 ) 年金を受け取る2050 年は経済成長が鈍化している しかし 利回り は 経済成長があるぶんだけ大きい 所得代替率を一定とすれば 世代 Ⅲ が 損をする ( 確認してみよう ) 37

世代間の 不公平 とは? 38 数値例のまとめ よく言われている 世代間の不公平 とは? 拠出した公的年金保険料に対して 受け取る公的年金額が世代間によって異なること ただし どの世代が 損 をするかは制度設計に依存 拠出が一定の場合には世代 Ⅱ 給付が一定の場合には世代 Ⅲ 世代間の不公平 の原因はなにか? [ 少子化 ] の進展 ( 世代 Ⅲの人口が少ない ) ここの数値例では 高齢化 は扱っていないことに注意 マクロの [ 経済成長 ( 賃金総額 )] 少子化を補うほどの経済成長があれば 世代間の不公平 は発生しないかもしれない 考えてみよう! すくなくとも 今の日本のような社会問題にはならないかも

世代間の不公平 は問題か? 39 世代間の不公平 の根拠 公的年金制度の負担 ( 保険料拠出 ) と受益 ( 保険金給付 ) のバランスが世代によって大きく異なるとの試算 推計 さきほどの数値例のもっと現実的で複雑なもの なぜ問題か? 医療や福祉等と違って現金給付が行われるから どの世代が平均的に移転を受け どの世代が平均的には損をしているかということは数量的に明確にしやすい 公平性 は定義されているか? 世代間の公平性は人々の価値判断と関連しており どのような状態が 公平 であるかを客観的に示すことは困難 そもそも 公的年金制度の負担と受益が世代によって異なることは そんなに問題なのか?

世代間の不公平 は問題か? ( つづき ) 40 世代間の不公平 のその他の規定要因 移転される所得 マクロ経済的な技術進歩 さきほどの数値例で 各世代の手取り所得を計算してみよう 民間資本ストックの蓄積 社会的インフラストラクチャーの規模 所得 に現れない社会資本などのこと 公的年金とは反対の方向で行われる私的な所得移転 遺産 生前贈与 お年玉 教育投資 社会保障制度のリスクシェア機能 いつまで生きるかというリスク どの世代に属するか分からないというリスク 保険においては, 事後 の所得再分配は契約の一部

[ 二重の負担 ] 41 公的年金の 世代間の不公平 は制度変更によって解決されるか? 積立方式への移行と 二重の負担 問題 賦課方式で運営されている公的年金を積立方式に移行するときには 移行するときの現役世代が二重の負担を負う ひとつは 自分の引退期のための保険料 ひとつは 前の世代に約束された年金のための保険料 二重の負担 の 解決 移行期の引退世代に年金を諦めてもらう 移行期の現役世代はとりあえず公債を発行するなどして 一部分を次の世代に先送りする いずれにしても どこかの世代がなんらかの形で負担する必要

二重の負担 ( つづき ) 42 現役時代 引退時代 賦課世代 現役時代 引退時代 移行世代 現役時代 引退時代 積立世代

世代間の不公平 と財政方式 43 世代間の不公平 と財政方式 経済で生産された付加価値をどう分配するかの問題. 賦課方式なら政府経由, 積立方式なら金融市場経由. 二重の負担 は [ 移行期の老年層 ] が要求する給付 二重の負担 を永遠に先送りすれば 実質的に賦課方式 その意味で 賦課方式は 公営のねずみ講 だが あとの世代のほうが経済成長の果実を受け取るから 豊かな世代から貧しい世代への所得移転 は正当化されるのでは? 国費 の投入で賄うことは 国費 はそのときの現役世代の税によって調達されるから たとえ公的年金での世代間の公平性を確保できたとしても本質的な解決にならない. むしろ, 現下の問題は 世代間での同意 どの世代に属するか分からないというリスクをどうシェアするか きわめて政治的な問題だが 将来世代 は 現在 の意思決定に参加できない なんにしても 程度問題 むしろ 世代間の不公平 以外にも課題

公的年金と公平性 44 公的年金制度が所得再分配をともなう以上 公平 にまつわる問題は多い 長生きのリスクシェアだけなら 保険数理的公平でありさえすればよい 扶助原理の面も含むから問題が複雑化 結局は 説得力 の問題であっても その経済的帰結は軽視できない どのような状態を 公平 とみなすのか は価値観と想像力の問題 世代間の不公平 の解決の着地点 現状の世代間所得移転は容認されにくいが 積立方式移行は不可能 現在の公的年金の規模の縮小と私的年金の奨励 世代内の不公平 の問題も深刻 高齢者のほうが資産格差 所得格差が大きい 公的年金は 高齢者間の経済格差を是正するように設計できる 未納者 未加入者 無年金者の存在 信頼の回復とセーフティネットとしての役割の明確化