2008 年 7 月 28 日に神戸市付近で発生した局地的大雨の観測システムシミュレーション実験 * 前島康光 ( 理研 計算科学研究機構 / JST CREST) 国井勝 ( 気象研究所 / 理研 計算科学研究機構 ) 瀬古弘 ( 気象研究所 ) 前田亮太 ( 明星電気株式会社 ) 佐藤香枝 (

Similar documents
Microsoft PowerPoint _HARU_Keisoku_LETKF.ppt [互換モード]

実験 M10240L2000 については, 計算機資源節約のため, 実験 M10240L の 1 月 24 日 00 時の第一推定値を初期値とする 1 週間の実験を行った 4. 結果実験 M10240 L は,10240 メンバーによりサンプリング誤差を小さく抑えることに成功し, 局所化なしにもかか

予報時間を39時間に延長したMSMの初期時刻別統計検証

風力発電インデックスの算出方法について 1. 風力発電インデックスについて風力発電インデックスは 気象庁 GPV(RSM) 1 局地気象モデル 2 (ANEMOS:LAWEPS-1 次領域モデル ) マスコンモデル 3 により 1km メッシュの地上高 70m における 24 時間の毎時風速を予測し


Microsoft PowerPoint nakagawa.ppt [互換モード]

An ensemble downscaling prediction experiment of summertime cool weather caused by Yamase

2016 年 5 月 17 日第 9 回気象庁数値モデル研究会 第 45 回メソ気象研究会第 2 回観測システム 予測可能性研究連絡会 気象庁週間アンサンブル予報 システムの現状と展望 気象庁予報部数値予報課 太田洋一郎 1

Microsoft Word - 0_0_表紙.doc

.. 9 (NAPS9) NAPS km, km, 3 km, 8 (GSM) 64 : / 64 : / 64 : / (UTC) (UTC) (, UTC) 3 : 3 / 3 : 3 / 3 : / (, 6, 8UTC) (, 6, 8UTC) (6, 8UTC) 4 km,

気象庁の現業数値予報システム一覧 数値予報システム ( 略称 ) 局地モデル (LFM) メソモデル (MSM) 全球モデル (GSM) 全球アンサンブル予報システム 全球アンサンブル予報システム 季節アンサンブル予報システム 水平分解能 2km 5km 約 20km 約 40km 約 40km(1

WTENK8-4_65289.pdf

図 1 COBE-SST のオリジナル格子から JCDAS の格子に変換を行う際に用いられている海陸マスク 緑色は陸域 青色は海域 赤色は内海を表す 内海では気候値 (COBE-SST 作成時に用いられている 1951~2 年の平均値 ) が利用されている (a) (b) SST (K) SST a

WTENK4-1_982.pdf

WTENK8-6_30027.pdf

鳥取県にかけて東西に分布している. また, ほぼ同じ領域で CONV が正 ( 収束域 ) となっており,dLFC と EL よりもシャープな線状の分布をしている.21 時には, 上記の dlfc EL CONV の領域が南下しており, 東側の一部が岡山県にかかっている.19 日 18 時と 21

講演の内容 概要部内試験運用中のメソアンサンブル予報システムの概要及び予測事例 検証結果を紹介するとともに今後の開発について紹介する 内容 1. メソアンサンブル予報システムの概要 2. アンサンブルメンバーの予測特性 3. 検証 4. まとめと今後の開発 参考文献 数値予報課報告 別冊第 62 号

専門.indd

スライド 1

<4D F736F F D20312D D D8F8A95F15F8B438FDB92A18BC7926E975C95F B B835E5F8BF896D896EC82EA82A282DF82A29

Microsoft PowerPoint メソ気象研究会2017年春

技術資料 JARI Research Journal OpenFOAM を用いた沿道大気質モデルの開発 Development of a Roadside Air Quality Model with OpenFOAM 木村真 *1 Shin KIMURA 伊藤晃佳 *2 Akiy

kouenyoushi_kyoshida

Microsoft Word - 2.4_メソ予報GSM境界事例_成田_PDF01).doc

WTENK5-6_26265.pdf

WTEN11-2_32799.pdf

されており 日本国内の低気圧に伴う降雪を扱った本研究でも整合的な結果が 得られました 3 月 27 日の大雪においても閉塞段階の南岸低気圧とその西側で発達した低気圧が関東の南東海上を通過しており これら二つの低気圧に伴う雲が一体化し 閉塞段階の低気圧の特徴を持つ雲システムが那須に大雪をもたらしていま

Microsoft Word - yougo_sakujo.doc

内湾流動に及ぼす大気の影響 名古屋大学村上智一

データ同化 観測データ 解析値 数値モデル オーストラリア気象局より 気象庁 HP より 数値シミュレーションに観測データを取り組む - 陸上 船舶 航空機 衛星などによる観測 - 気圧 気温 湿度など観測情報 再解析データによる現象の再現性を向上させる -JRA-55(JMA),ERA-Inter

再生可能エネルギーとは 国際エネルギー機関 (IEA) 再生可能エネルギーは 絶えず補充される自然のプロセス由来のエネルギーであり 太陽 風力 バイオマス 地熱 水力 海洋資源から生成されるエネルギー 再生可能起源の水素が含まれる と規定されています エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利

平成14年4月 日

数値予報とは 2

密集市街地における換気・通風性能簡易評価ツールの開発 (その2 流体計算部分の開発)」

プレスリリース 2018 年 10 月 31 日 報道関係者各位 慶應義塾大学 台風の急激な構造変化のメカニズムを解明 - 台風の強度予報の精度を飛躍的に向上できる可能性 - 慶應義塾大学の宮本佳明環境情報学部専任講師 杉本憲彦法学部准教授らの研究チームは 長年の謎であった台風の構造が急激に変化する

橡Ⅰ.企業の天候リスクマネジメントと中長期気象情

WTENK1-3_62242.pdf

スライド 1

平成 2 7 年度第 1 回気象予報士試験 ( 実技 1 ) 2 XX 年 5 月 15 日から 17 日にかけての日本付近における気象の解析と予想に関する以下の問いに答えよ 予想図の初期時刻は図 12 を除き, いずれも 5 月 15 日 9 時 (00UTC) である 問 1 図 1 は地上天気

背景 ヤマセと海洋の関係 図 1: 親潮の流れ ( 気象庁 HP より ) 図 2:02 年 7 月上旬の深さ 100m の水温図 ( )( 気象庁 HP より ) 黒潮続流域 親潮の貫入 ヤマセは混合域の影響を強く受ける現象 ヤマセの気温や鉛直構造に沿岸の海面水温 (SST) や親潮フロントの影響

<4D F736F F D BF382CC82B582A882E D58E9E8D E DC58F4994C5816A>

Microsoft PowerPoint ppt [互換モード]

2017 年 3 月 27 日の那須雪崩をもたらした低気圧の予測可能性 Predictability of an Extratropical Cyclone Causing Snow Avalanche at Nasu on 27th March ), 2) 吉田聡 A. Kuwano-

局地的大雨と集中豪雨

梅雨 秋雨の対比とそのモデル再現性 将来変化 西井和晃, 中村尚 ( 東大先端研 ) 1. はじめに Sampe and Xie (2010) は, 梅雨降水帯に沿って存在する, 対流圏中層の水平暖気移流の梅雨に対する重要性を指摘した. すなわち,(i) 初夏に形成されるチベット高現上の高温な空気塊

<4D F736F F D20375F D835F834E836782C6947A904D B838B2E646F63>

平成23年度 環境科学院 修士論文内容の要旨

委 44-4 TRMM の最近の成果と これからの展望について 第 44 回宇宙開発委員会平成 14 年 11 月 20 日 ( 水 ) 宇宙開発事業団独立行政法人通信総合研究所

JMA Numerical Analysis Systems

結果を用いて首都圏での雪雲の動態を解析することができました ( 詳しい解説 は別添 ) こうした観測事例を蓄積し 首都圏降雪現象の理解を進め 将来的に は予測の改善に繋げていきたいと考えています 今回の研究成果は 科学的に興味深く 新しい観測研究のあり方を提案するものとして 日本雪氷学会の科学誌 雪

水工学論文集

気象庁数値予報の現状と展望 再生可能エネルギー発電導入のための気象データ活用 ワークショップ 2014 年 3 月 25 日 気象庁予報部数値予報課数値予報モデル開発推進官多田英夫 1

れる これらの式を加重平均した式 (f) により統合指標値 G が算出される 続いて 図 - に示す 3 つのしきい値から 危険度ランク 3 危険性なしを判定する.398x 3. 8 f (a).8x f (b) 8.99x. 3 f (c) (3) Web による表示局

している政令指定都市等に ゲリラ豪雨対策として整備され現在は 7 基体制で運用している ドップラー機能により 風を観測 図 - X バンド MP レーダの特徴 ( 範囲 対象および目的 a 範囲大阪 神戸 京都 堺の重点監視地域を含み 図 - のとおり 台 ( 六甲 葛城 田口 鷲峰山 鈴鹿 の X

No < 本号の目次 > CAVOK 通信とは ( 発刊にあたってご挨拶 ) 1 業務紹介 ( 福岡航空地方気象台の業務概要 ) 2 悪天事例報告 ( 福岡空港のマイクロバーストアラート事例の報告 ) 用語集 3-6 CAVOK 通信とは 福岡航空地方気象台では 航空機

報道発表資料

PowerPoint プレゼンテーション

Wx Files Vol 年2月14日~15日の南岸低気圧による大雪

第 1 章新しい数値予報モデル構成とプロダクト 1.1 モデル構成 1 数値予報課では 2006 年 3 月のスーパーコンピュータシステムの更新時に メソ数値予報モデルの解像度を水平格子間隔 10km から 5km に また 鉛直層数を 40 から 50 に向上させ また 週間アンサンブル予報モデル


目次 1 降雨時に土砂災害の危険性を知りたい 土砂災害危険度メッシュ図を見る 5 スネークライン図を見る 6 土砂災害危険度判定図を見る 7 雨量解析値を見る 8 土砂災害警戒情報の発表状況を見る 9 2 土砂災害のおそれが高い地域 ( 土砂災害危険箇所 ) を調べたい 土砂災害危険箇所情報を見る

( 第 1 章 はじめに ) などの総称 ) の信頼性自体は現在気候の再現性を評価することで確認できるが 将来気候における 数年から数十年周期の自然変動の影響に伴う不確実性は定量的に評価することができなかった こ の不確実性は 降水量の将来変化において特に顕著である ( 詳細は 1.4 節を参照 )


(1) 継続的な観測 監視 研究調査の推進及び情報や知見の集積〇気候変動の進行状況の継続的な監視体制 気象庁では WMO の枠組みの中で 気象要素と各種大気質の観測を行っている 1 現場で観測をしっかりと行っている 2 データの標準化をしっかりと行っている 3 データは公開 提供している 気象庁気象

Wx Files Vol 年4月4日にさいたま市で発生した突風について

布 ) の提供を開始するとともに 国民に対し分かりやすい説明を行い普及に努めること 図った 複数地震の同時発生時においても緊急地震速報の精度を維持するための手法を導入するとともに 緊急地震速報の迅速化を進める 特に 日本海溝沿いで発生する地震については 緊急地震速報 ( 予報 ) の第 1 報を発表

図 1: 抽出事例での時間最大雨量の頻度分布. 横軸は時間最大雨量 (mm/h), 縦軸は頻度 (%). のと考えられる. メソ現象の環境場の解析においてメソ客観解析値を使った研究には, 宮崎県における台風時の竜巻環境場を調べた Sakurai and Mukougawa (2009) や関東平野で

<4D F736F F D20826D C C835895B681698DC58F4994C5816A89FC322E646F63>

(c) (d) (e) 図 及び付表地域別の平均気温の変化 ( 将来気候の現在気候との差 ) 棒グラフが現在気候との差 縦棒は年々変動の標準偏差 ( 左 : 現在気候 右 : 将来気候 ) を示す : 年間 : 春 (3~5 月 ) (c): 夏 (6~8 月 ) (d): 秋 (9~1


Microsoft PowerPoint - 02.pptx

経済論集 46‐2(よこ)(P)☆/2.三崎

Microsoft PowerPoint _H30_ALISお知らせ【Java】++

Microsoft Word - スパコン表紙.doc

福島第1原子力発電所事故に伴う 131 Iと 137 Csの大気放出量に関する試算(II)

<4D F736F F D DB782B591D682A6816A388C8E C8E82CC8D8B894A82CC8A C982C282A282C481404A57418FBC89AA81408F4390B32E646

Microsoft Word - dpriAnnualsTachikawa.doc

1

スライド 1

台風解析の技術 平成 21 年 10 月 29 日気象庁予報部


PowerPoint プレゼンテーション

Microsoft Word - 01.doc

Freak wave estimation by WAVEWATCH III and HOSM

論文 河川技術論文集, 第 19 巻,2013 年 6 月 アンサンブルカルマンフィルターを用いた 2011 年台風 12 号 15 号の降雨流出予測実験 ENSEMBLE PREDICTION OF RAINFALL AND STREAMFLOW IN TYPHOON AND 201

Microsoft PowerPoint - d4PDF予稿集原稿_V7.pptx

天気予報 防災情報への機械学習 の利 ( 概要 ) 2

Microsoft PowerPoint - VisConf18_ (Satoh)_woAnime.pptx

あおぞら彩時記 2017 第 5 号今号の話題 トリオ : 地方勤務の先輩記者からの質問です 気象庁は今年度 (H 29 年度 )7 月 4 日から これまで発表していた土砂災害警戒判定メッシュ情報に加え 浸水害や洪水害の危険度の高まりが一目で分かる 危険度分布 の提供を開始したというのは本当ですか

Microsoft Word - cap5-2013torikumi

Microsoft Word - 正誤表_yoshi.doc

雨雲を地図と重ねて3次元表示するソフトウェア「DioVISTA/Storm」を発売

3 大気の安定度 (1) 3.1 乾燥大気の安定度 大気中を空気塊が上昇すると 周囲の気圧が低下する このとき 空気塊は 高断熱膨張 (adiabatic expansion) するので 周りの空気に対して仕事をした分だ け熱エネルギーが減少し 空気塊の温度は低下する 逆に 空気塊が下降する 高と断

<4D F736F F D C A838A815B A D815B B A B894A B A>

プレス発表資料 平成 27 年 3 月 10 日独立行政法人防災科学技術研究所 インドネシア フィリピン チリにおけるリアルタイム 津波予測システムを公開 独立行政法人防災科学技術研究所 ( 理事長 : 岡田義光 以下 防災科研 ) は インドネシア フィリピン チリにおけるリアルタイム地震パラメー

Microsoft PowerPoint - 発表II-3原稿r02.ppt [互換モード]

4

マルチRCMによる日本域における 力学的ダウンスケーリング

<4D F736F F D2091E6358FCD31328B438FDB A5182F08ADC82DE816A2E646F6378>

平成 29 年度 融雪期の積雪分布推定と流入量予測の精度向上に向けた検討について 札幌開発建設部豊平川ダム統合管理事務所管理課 高橋和政窪田政浩宮原雅幸 融雪期のダム管理では 気象予報と積雪水量から流入量予測を行うことで融雪出水に備えているが 現状用いるデータは広範囲な気象予報と一部の地点での積雪観

Transcription:

2008 年 7 月 28 日に神戸市付近で発生した局地的大雨の観測システムシミュレーション実験 * 前島康光 ( 理研 計算科学研究機構 / JST CREST) 国井勝 ( 気象研究所 / 理研 計算科学研究機構 ) 瀬古弘 ( 気象研究所 ) 前田亮太 ( 明星電気株式会社 ) 佐藤香枝 ( 明星電気株式会社 ) 三好建正 ( 理研 計算科学研究機構 / JST CREST) 1. はじめに 2008 年 7 月 28 日, 神戸市付近で発生した局地的な豪雨によって, 神戸市灘区の都賀川の水位が約 10 分間のうちに 1m30cm 以上も上昇し,5 名の尊い命が奪われる水難事故があった. 突発的に発生する局地的豪雨は, その強い非線形性により一般的に予測が困難とされている. そのため, 時間 空間的に高密度な観測データを活用した新しい予測システムが求められる. 本研究では, この都賀川周辺の豪雨事例を対象とし, 気象庁非静力学モデル (JMA-NHM) を用いた高解像度予測実験, 及び理化学研究所と気象研究所が共同で開発を進めている局所アンサンブル変換カルマンフィルタ (NHM-LETKF) を用いた観測システムシミュレーション実験 (OSSE) を行う.OSSE で用いる観測データとして, 大阪大学吹田キャンパスに設置されている 30 秒毎に 100m 解像度で観測が可能なフェーズドアレイ気象レーダー (PAWR) を想定した. 現在, 理化学研究所は明星電気 ( 株 ) と共同で, 神戸市内の小学校 7 校と理化学研究所計算科学研究機構の合計 8 か所に, 簡易型地上気象観測装置 POTEKA Ⅱ を独自に展開し,30 秒毎に観測データを取得している. 本研究では PAWR による観測に加え, 神戸市内の小学校全てに POTEKAⅡを展開した場合を想定した OSSE も行い, 高密度な地上観測網 が局地的豪雨の予測に与えるインパクトについても調べた. 本要旨は現在執筆中の論文 (Maejima et al.,2015) の内容を日本語化したものである 2. 高解像度予測実験 2.1. 予測実験の主な設定内容 Seko et al.(2009) が行った 5km 解像度のアンサンブル予報の結果を初期値 境界値として 4 重にネストし, 最終的に都賀川とその周辺について水平解像度 100m にまでダウンスケーリングした予測計算を実行した ( 図 1, 表 1). 雲物理過程は氷晶 3 カテゴリーのシングルモーメント ( 雲氷のみダブルモーメント ) とし,5km 解像度のみ Kain-Fritsch スキームを併用した. 乱流混合過程は 5km,1km は Meller and Yamada Level 3, 他は Deardorff スキームを用いた. 鉛直層数は 100m のみ 60 層, 他は 50 層とした.100m 解像度の予測実験結果を, のちに行う OSSE の Nature run とした. 表 1: JMA-NHM の設定概要 水平解像度 初期時刻 積分時間 格子点数 5km 00:00Z 6 時間 201 201 1km 01:00Z 5 時間 301 301 300m 01:30Z 3 時間 641 641 24

100m 02:00Z 2 時間 1201 1201 図 1: 予測実験のモデル領域, および PAWR, 都賀川の位置. 図全体が水平解像度 1km, の領域, 中側が 300m, 内側が 100m の領域をそれぞれ示す. 2.2. 予測実験の結果 水平解像度 100m での予測実験で再現した 7 月 28 日 03UTC における地上降水強度, 高度補 正した気温と地上風速を図 2 に示す. 実際と同様に, 降水帯が東西にのび, 最大で 100mm/h 以上の降水強度を持つ降水セルの様 子がみられる. また, 六甲山の北側から北西方向 に冷気塊と発散場が存在しており, 瀬戸内海か ら吹き込む湿った南西風と収束帯を形成して いた. 強い降水帯はこの降水帯に沿って維持さ れており, 時間とともに降水帯が南東方向に移 動していた. これらは草開ほか (2011) が指摘し た特徴と整合的であり, その様子が本予測実験 においても明瞭に再現された. 図 2: 2008 年 7 月 28 日 03:00Z における予測実 験の結果.(a) 地上降水強度 [mm/h], (b) シェードは 高度補正した気温 [ ], ベクトルは地上風速 [m/s] を示す.(Maejima et al.,2015 より引用 ) 3. PAWR データを同化した OSSE 3.1. OSSE の概要 NHM-LETKF を用いて, 大阪大学に設置さ れている PAWR による観測を想定した OSSE を行った. 100m 解像度の Nature run の結果よ り,PAWR の反射強度と動径風に相当する量 を作成し, 水平解像度を 1km に間引いて, これ を観測データとした. 反射強度は ±10%( ただ し 20dBZ 未満では一律 2dBZ), 動径風では ± 3m/s の観測誤差をそれぞれ持つものとした. ローカリゼーションスケールは水平 2km, 鉛 直 1km, アンサンブルメンバー数は 20 とし た. 数値モデル (NHM) の水平解像度は 1km と し, モデルの設定は 1km 解像度の Nature run に準じた. 初期時刻を 2008 年 7 月 28 日 00:00Z として 2 時間 30 分間積分し,02:30Z から 1 時 間 30 分間,1 分毎に PAWR データを同化する 実験を行った. 3.2. PAWR データ同化のインパクト 第 1 同化サイクル後における z*=2km の水 蒸気混合比を図 3 に示す.PAWR データを同 化することによって, 大阪府北部から六甲山 の北側にかけての水蒸気混合比が改善され ている様子がうかがえる. 図 4 は z*=2km における水蒸気混合比の 2 乗平均平方根誤差 (RMSE) とアンサンブルス プレッドである.1 分毎の同化によっ て,RMSE の値は順調に低下し,30 回同化サイ クルを繰り返すことによって,RMSE はほぼ 一定の値を示すようになった. これらの結果 により,PWAR データによる NHM-LETKF が 正しく動作しているとともに,PAWR データ の同化によって, 予測精度が確実に改善され 25

ていることが確認された. (a) データ同化なし (b) PAWR データ同化あり run を比較すると,z*<1000m の大気下層, 特に地表面付近での水蒸気混合比が過小評価されていることがわかっており, 降水量が少なく予測された原因の一つとして考えられる. 地上観測データを同化すると, この点が改善され, 降水強度に良い影響を与えることが期 待される. (a) データ同化なし (b) PAWR データ同化あり 図 3: 第 1 データ同化サイクル後における水蒸気混合比 [g/kg] の比較. 高度は z*=2km のモデル面. (a) データ同化なし, (b)pawr データを同化あり,(c)Nature run の結果をそれぞれ示している. 図中の白い円は PAWR の射程範囲を示す. (Maejima et al.,2015 より引用 ) 図 5: 7 月 28 日 03:30Z における前 1 時間降水量 [mm/h]. (a) データ同化なし, (b)pawr データを同化あり,(c)Nature run の結果をそれぞれ示している. (Maejima et al.,2015 より引用 ) 図 4: z*=2km における水蒸気混合比の RMSE およびアンサンブルスプレッドの時系列. (Maejima et al.,2015 より引用 ) 続いて,60 同化サイクル後における 1 時間降水量を図 5 に示す. 同化を行わない場合では, 降水域, 量ともに大きく Nature run から外れる結果であったが,PAWR を同化することによって, 降水域は大幅に改善し, ほぼ Nature run と同じ結果が得られた. 降水量も明らかな改善が見られるが, 量的に比較すると, もっとも降水が強い場所における 1 時間降水量が約 1/3 程度にとどまった. 解析値と Nature 4. 地上観測データ同化が局地的豪雨の予測に与えるインパクト簡易型地上観測測器 POTEKAⅡ を神戸市内の全小学校および理研 計算科学研究機構に展開したときを想定した OSSE を行い, 地上観測データが局地的豪雨の予測にどのような影響を与えるか調べた. 同化した観測データは水平風, 気温, 気圧, 相対湿度である. 観測誤差は POTEKAⅡのスペックを考慮し, それぞれ 50%( 最小 2m/s), 1K, 1hPa, 10% を与えた. 地上観測点の位置を図 6 に示した. 26

証的研究 の補助を受けて行われた. 20 同化サイクル後の z*=20m( モデル最下層 面 ) における水蒸気混合比を図 7 に示す. 地上図 6: 地上観測点の位置 (Maejima et al.2015 より引用 ) 観測データを同化することによって, 特に観測点が密に存在している神戸市の海岸沿いから六甲山付近にかけて ( 図 7 の円内 ), 予測背戸が明瞭に改善した. 地上降水強度への影響として,03:20Z における z*=20m の雨水混合比 [g/kg] を調べた ( 図 8). この時刻では都賀川周辺 ( 図 8 の楕円内 ) で非常に強い降水があった時間帯に相当する.PAWR のみの同化で は, 上記場所において周囲よりやや強い降水は起きているものの,Nature run と比較すると 30% 以下の量にとどまっていた. しかし, 地上観測データを同化することで量的に大幅な改善がみられ, 神戸市中心部付近では Nature run に近い値となった. 以上の結果から, 地上観測データの同化によって, 局地的な大雨をもたらす対流現象, そして地上降水強度の予測精度を改善がもたらされる可能性があることが本実験から明らかになった. (a) 地上データ同化なし (b) 地上データ同化あり 図 7: 20 データ同化サイクル後における水蒸気混合比 [g/kg] の比較. 高度は z*=20m( モデル最下層 ). (Maejima et al.,2015 より引用 ) (a) 地上データ同化なし (b) 地上データ同化あり 5. まとめ本研究によって PAWR の高頻度 高解像度データの同化が局地的豪雨の予測改善に寄与し, 地上観測データを同化することによって, 水蒸気量や地上降水強度のさらなる改善が見られることが明らかになった. 簡易的な地上観測網であっても高頻度 高密度な観測データを取得し, 同化ことによって局地的豪雨の予測が改善し得ることが示された. 謝辞本研究は JST-CREST ゲリラ豪雨予測を可能にする次世代ビッグデータ同化アプリケーションの EBD コアデザイン および ビッグデータ同化によるゲリラ豪雨予測の実 図 8: 03:20Z における雨水混合比 [g/kg] の比較. 高度は z*=20m( モデル最下層 ). (Maejima et al.,2015 より引用 ) 参考文献 [1] 草開浩, 小山芳太, 金森恒雄, 瀬古弘, 2011 : 2008 年 7 月 28 日近畿地方を南西進した線状降水帯と都賀川での大雨について. 天気, 58, pp395-412. [2] Seko, H., Y. Shoji, M. Kunii and Y. Aoyama, 2009: Impact of the CHAMP occultation data on the rainfall forecast, Data Assimilation for Atmospheric, Oceanic and Hydrologic Applications, Eds. S.K. Park 27

and L. Xu, Springer- Verlag Berlin Heidelberg, pp197-218. 28