小児耳 2014; 35(3): 第 9 回 日本小児耳鼻咽喉科学会 シンポジウム 1 小児胃食道逆流症をめぐって 小児の胃食道逆流症に対する診断 治療方針と治療経験 漆原直人 1), 矢野正幸 2) 1) 静岡県立こども病院小児外科 2) 静岡県立こども病院元放射線科技師長 小児の

Similar documents
通常の市中肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌に加えて 誤嚥を考慮して口腔内連鎖球菌 嫌気性菌や腸管内のグラム陰性桿菌を考慮する必要があります また 緑膿菌や MRSA などの耐性菌も高齢者肺炎の患者ではしばしば検出されるため これらの菌をカバーするために広域の抗菌薬による治療が選択されるこ

医療連携ガイドライン改

もちろん単独では診断も除外も難しいが それ以外の所見はさらに感度も特異度も落ちる 所見では鼓膜の混濁 (adjusted LR, 34; 95% confidence interval [CI], 28-42) や明らかな発赤 (adjusted LR, 8.4; 95% CI, ) が

D961H は AstraZeneca R&D Mӧlndal( スウェーデン ) において開発された オメプラゾールの一方の光学異性体 (S- 体 ) のみを含有するプロトンポンプ阻害剤である ネキシウム (D961H の日本における販売名 ) 錠 20 mg 及び 40 mg は を対象として

スライド 1

頭頚部がん1部[ ].indd

saisyuu2-1

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

小児外科学 (-Pediatric Surgery-) Ⅰ 教育の基本方針小児外科は 子供 (16 歳未満 ) の一般外科と消化器外科を扱う科です 消化器 一般外科学並びに小児外科学に対する基礎医学から臨床にわたる幅広い知識をあらゆる診断 治療技術を習得し 高い技術力と探究心及び倫理観を兼ね備えた小

研究成果報告書

330 先天性気管狭窄症 / 先天性声門下狭窄症 概要 1. 概要気道は上気道 ( 鼻咽頭腔から喉頭 ) と下気道 ( 気管 気管支 ) に大別される 指定難病の対象となるものは声門下腔や気管に先天的な狭窄や閉塞症状を来す疾患で その中でも先天性気管狭窄症や先天性声門下狭窄症が代表的な疾病である 多

患者 ID: 氏名 : ピロリ菌外来説明文書 1. ピロリ菌はいつ誰によって発見されたのでしょうかピロリ菌はオーストラリアのウォレンとマーシャルによって 1983 年ヒトの胃の中から発見されました その後 ピロリ菌がヒトの胃に与える様々な影響が解明

ROCKY NOTE 食物アレルギー ( ) 症例目を追加記載 食物アレルギー関連の 2 例をもとに考察 1 例目 30 代男性 アレルギーについて調べてほしいというこ

< A815B B83578D E9197BF5F906697C38B40945C F92F18B9F91CC90A72E786C73>

(別添様式1)

減量・コース投与期間短縮の基準

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 庄司仁孝 論文審査担当者 主査深山治久副査倉林亨, 鈴木哲也 論文題目 The prognosis of dysphagia patients over 100 years old ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 日本人の平均寿命は世界で最も高い水準であり

2009年8月17日

本文/開催および演題募集のお知らせ


平成 29 年度九段坂病院病院指標 年齢階級別退院患者数 年代 10 代未満 10 代 20 代 30 代 40 代 50 代 60 代 70 代 80 代 90 代以上 総計 平成 29 年度 ,034 平成 28 年度 -

未承認薬 適応外薬の要望に対する企業見解 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 会社名要望された医薬品要望内容 CSL ベーリング株式会社要望番号 Ⅱ-175 成分名 (10%) 人免疫グロブリン G ( 一般名 ) プリビジェン (Privigen) 販売名 未承認薬 適応 外薬の分類

(別添様式)

h29c04

untitled

ROCKY NOTE 急性中耳炎に対する鼓膜切開 (101029) 患者から聞いた鼓膜切開に関するエピソード 詳しいことは分からないが あらすじはこんな感じ 風邪の後に耳痛を訴えたため ある耳鼻科のクリニックに

5. 乳がん 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専門 乳房切除 乳房温存 乳房再建 冷凍凝固摘出術 1 乳腺 内分泌外科 ( 外科 ) 形成外科 2 2 あり あり なし あり なし なし あり なし なし あり なし なし 6. 脳腫瘍 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専


日本消化器外科学会教育集会

「             」  説明および同意書

2008年10月2日

資料 3 1 医療上の必要性に係る基準 への該当性に関する専門作業班 (WG) の評価 < 代謝 その他 WG> 目次 <その他分野 ( 消化器官用薬 解毒剤 その他 )> 小児分野 医療上の必要性の基準に該当すると考えられた品目 との関係本邦における適応外薬ミコフェノール酸モフェチル ( 要望番号

330 先天性気管狭窄症 概要 1. 概要気道は上気道 ( 鼻咽頭腔から声門 ) と狭義の気道 ( 声門下腔 気管 気管支 ) に大別される 呼吸障害を来し外科的治療の対象となるものは主に狭窄や閉塞症状を来す疾患で その中でも気管狭窄症が代表的であり 多くが緊急の診断 処置 治療を要する 外科治療を

Vol 夏号 最先端の腹腔鏡下手術を本格導入 東海中央病院では 平成25年1月から 胃癌 大腸癌に対する腹腔鏡下手術を本格導入しており 術後の合併症もなく 早期の退院が可能となっています 4月からは 内視鏡外科技術認定資格を有する 日比健志消化器外科部長が赴任し 通常の腹腔 鏡下手術に

症例報告書の記入における注意点 1 必須ではない項目 データ 斜線を引くこと 未取得 / 未測定の項目 2 血圧平均値 小数点以下は切り捨てとする 3 治験薬服薬状況 前回来院 今回来院までの服薬状況を記載する服薬無しの場合は 1 日投与量を 0 錠 とし 0 錠となった日付を特定すること < 演習

‘ÇŠáŁñ“’-„FŒì’æ’¶.ec9

日本内科学会雑誌第98巻第12号

<4D F736F F D2082A8926D82E782B995B68F E834E838D838A E3132>

PowerPoint プレゼンテーション

Taro-01 胃がん内視鏡検診手引き

27 年度調査結果 ( 入院部門 ) 表 1 入院されている診療科についてお教えください 度数パーセント有効パーセント累積パーセント 有効 内科 循環器内科 神経内科 緩和ケア内科

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

未承認の医薬品又は適応の承認要望に関する意見募集について

病気のはなし46_1版7刷.indd

TOHOKU UNIVERSITY HOSPITAL 今回はすこし長文です このミニコラムを読んでいただいているみなさんにとって 救命救急センターは 文字どおり 命 を救うところ という印象が強いことと思います もちろん われわれ救急医と看護師は 患者さんの救命を第一に考え どんな絶望の状況でも 他

スイッチ OTC 医薬品の候補となる成分についての要望 に対する見解 1. 要望内容に関連する事項 組織名日本消化器病学会 要望番号 H28-11 H28-12 H28-16 成分名 ( 一般名 ) オメプラゾール ランソプラゾール ラベプラゾールオメプラゾール : 胸やけ ( 胃酸の逆流 ) 胃痛

課題名

外来在宅化学療法の実際

「手術看護を知り術前・術後の看護につなげる」

P01-16

要望番号 ;Ⅱ-183 未承認薬 適応外薬の要望 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 要望者学会 ( 該当する ( 学会名 ; 日本感染症学会 ) ものにチェックする ) 患者団体 ( 患者団体名 ; ) 個人 ( 氏名 ; ) 優先順位 1 位 ( 全 8 要望中 ) 要望する医薬品

抗ヒスタミン薬の比較では 抗ヒスタミン薬は どれが優れているのでしょう? あるいはどの薬が良く効くのでしょうか? 我が国で市販されている主たる第二世代の抗ヒスタミン薬の臨床治験成績に基づき 慢性蕁麻疹に対する投与 2 週間後の効果を比較検討すると いずれの薬剤も高い効果を示し 中でもエピナスチンなら

5_使用上の注意(37薬効)Web作業用.indd

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

学会名 : 日本免疫不全症研究会 アンケート 1 1. アンケート 2 に回答する疾患名 (1) X 連鎖無 γ グロブリン血症 (2) 慢性肉芽腫症 2. 移行期医療に取り組むしくみあり :1 年に1 回の幹事会で 毎年 discussion している また 地区ごとの地方会で 内科の先生方にいか

33 NCCN Guidelines Version NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines ) (NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン ) 非ホジキンリンパ腫 2015 年第 2 版 NCCN.or

<4D F736F F D2082A8926D82E782B995B68F C D815B838B43505F4F E31302E646F63>

4 月 20 日 2 胃癌の内視鏡診断と治療 GIO: 胃癌の内視鏡診断と内視鏡治療について理解する SBO: 1. 胃癌の肉眼的分類を列記できる 2. 胃癌の内視鏡的診断を説明できる 3. 内視鏡治療の適応基準とその根拠を理解する 4. 内視鏡治療の方法 合併症を理解する 4 月 27 日 1 胃

第三問 : 次の基礎知識について正しいものには を 間違っているものには を ( 入してください ) 内に記 1( ) 胃液は胃酸 ( 塩酸 ) を含んでいるため 強い酸性を示す 2( ) ペプシンは胃粘膜を保護する働きがあるペプシンは攻撃因子の一つです 3( ) 十二指腸は胃の上にある長さ 25c

DRAFT#9 2011

腹腔鏡下前立腺全摘除術について

300 日小外会誌第 42 巻 2 号 2006 年 4 月 GER と臨床症状との関連付け,GERD に対する治療効果の判定や他疾患の除外に有用である, ただし, ある一 つの検査からは限られた情報しか得られないので, 複数 の検査法を組み合わせて GERD 要である の診断をすることが必 A ヒ

患者さんへの説明書

1508目次.indd

Drug Infomation

使用上の注意 1. 慎重投与 ( 次の患者には慎重に投与すること ) 1 2X X 重要な基本的注意 1TNF 2TNF TNF 3 X - CT X 4TNFB HBsHBcHBs B B B B 5 6TNF 7 8dsDNA d

094.原発性硬化性胆管炎[診断基準]

Microsoft PowerPoint - 薬物療法専門薬剤師制度_症例サマリー例_HP掲載用.pptx

日本内科学会雑誌第103巻第8号

スライド 1

10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

<955C8E862E657073>

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

用法・用量DB

<4D F736F F D2089BB8A7797C C B B835888E790AC8C7689E6>

プリント

婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

PDF_Œ{Ł¶PDF.pdf

Microsoft Word - JAID_JSC 2014 正誤表_ 原稿

2017 年 2 月 1 日放送 ウイルス性肺炎の現状と治療戦略 国立病院機構沖縄病院統括診療部長比嘉太はじめに肺炎は実地臨床でよく遭遇するコモンディジーズの一つであると同時に 死亡率も高い重要な疾患です 肺炎の原因となる病原体は数多くあり 極めて多様な病態を呈します ウイルス感染症の診断法の進歩に

臨床No208-cs4作成_.indd

健康な生活を送るために(高校生用)第2章 喫煙、飲酒と健康 その2

2.7.3(5 群 ) 呼吸器感染症臨床的有効性グレースビット 錠 細粒 表 (5 群 )-3 疾患別陰性化率 疾患名 陰性化被験者数 / 陰性化率 (%) (95%CI)(%) a) 肺炎 全体 91/ (89.0, 98.6) 細菌性肺炎 73/ (86

体外受精についての同意書 ( 保管用 ) 卵管性 男性 免疫性 原因不明不妊のため 体外受精を施行します 体外受精の具体的な治療法については マニュアルをご参照ください 当施設での体外受精の妊娠率については別刷りの表をご参照ください 1) 現時点では体外受精により出生した児とそれ以外の児との先天異常

<4D F736F F D208FC189BB8AED93E089C85F B CF8AB E646F63>

5. 死亡 (1) 死因順位の推移 ( 人口 10 万対 ) 順位年次 佐世保市長崎県全国 死因率死因率死因率 24 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物 位 26 悪性新生物 350

例えば行為の際に使用する ツール について 行為との関連性をわかりやすくするために イベントの p/o である行為の p/o として記述した 咀嚼する 時に使用するツールである 義歯 は 咀嚼する の p/o でありツールロールを担う として記述する オントロジーに記述する概念は 極力看護プロファイ

で言われています このような 副鼻腔炎と喘息の合併のことを 同一の気道で起こるので One airway one disease と呼ばれ久しくなっています それぐらいに 上気道と下気道の関連が密接であることが 広く認識されています また 副鼻腔炎に下気道の慢性炎症を合併する疾患としては 副鼻腔気管

SpO2と血液ガス

「手術看護を知り術前・術後の看護につなげる」

医科_第20次(追加)審査情報提供(広報用)

は関連する学会 専門医制度と連携しており, 今後さらに拡大していきます. 日本外科学会 ( 外科専門医 ) 日本消化器外科学会 ( 消化器外科専門医 ) 消化器外科領域については, 以下の学会が 消化器外科データベース関連学会協議会 を組織して,NCD と連携する : 日本消化器外科学会, 日本肝胆

章 a 図 b 口蓋垂軟口蓋咽頭形成術 uvulopalatopharyngoplasty UPPP a 術前 b 術後 睡眠障害 睡眠呼吸障害クリニックの つではないかと思われる 当初多かった不眠症にかわって 睡眠呼吸障害が漸増し 耳鼻咽喉科などと連携し 病因の解明や治療法に向けた研究がスタートし

3) 適切な薬物療法ができる 4) 支持的関係を確立し 個人精神療法を適切に用い 集団精神療法を学ぶ 5) 心理社会的療法 精神科リハビリテーションを行い 早期に地域に復帰させる方法を学ぶ 10. 気分障害 : 2) 病歴を聴取し 精神症状を把握し 病型の把握 診断 鑑別診断ができる 3) 人格特徴

<4D F736F F F696E74202D2088F38DFC B2D6E FA8ECB90FC8EA197C C93E0292E B8CDD8AB B83685D>

<30358CC48B7A8AED C838B834D815B8145E4508CB E089C88A772E786477>

適応病名とレセプト病名とのリンクDB

乳がん術後連携パス

医師のためのTUE申請ガイドブック2013_本文.indd

Transcription:

: 207 211 第 9 回 日本小児耳鼻咽喉科学会 シンポジウム 1 小児胃食道逆流症をめぐって 小児の胃食道逆流症に対する診断 治療方針と治療経験 漆原直人 1), 矢野正幸 2) 1) 静岡県立こども病院小児外科 2) 静岡県立こども病院元放射線科技師長 小児の胃食道逆流症の当科での診断手順, 治療方針と外科的治療経験などについて報告した 当科では外科治療として腹腔鏡下の Toupet 法による噴門形成術を標準術式としており 2000 2013 年までに Toupet 噴門形成術が151 例 ( 腹腔鏡 122 例, 開腹 29 例 ) に施行された 脳性麻痺など神経筋疾患に伴うものが121 例と最も多く, 食道閉鎖や横隔膜ヘルニアなどの術後 10 例, 食道裂孔ヘルニア10 例で, 合併疾患のない正常児は 5 例であった 合併疾患のない 5 例は, 高度食道炎と食道狭窄 4 例と反復性中耳炎 咽喉頭炎 1 例であった 最近, 胃食道逆流症が難治性中耳炎, 咽喉頭炎などの原因になるとの報告がみられるようになった しかし中耳炎, 咽喉頭炎など耳鼻科領域の疾患と GER の関係については, 症例も少なく, また小児外科医への認知度も低いことから, 今後の検討が必要と思われる キーワード 胃食道逆流現象, 胃食道逆流症,Toupet 噴門形成, 中耳炎,Sandifer 症候群 はじめに胃食道逆流 (GER) は, 胃内容が食道へ逆流する現象で健常人でもある程度は生理的に認められる GER により何らかの合併症や症状をともなった場合は胃食道逆流症 (GERD) と呼ばれ治療の対象となる 合併症としては食道炎, 食道狭窄, 反復する肺炎などがよく知られており, 口腔, 耳鼻咽喉科領域では, 齲歯, 中耳炎, 咽喉頭炎などの原因になるとも考えられている GERD の診断 治療に関して本邦では, 成人では 胃食道逆流症診療ガイドライン 1), 小児では 小児胃食道逆流症診断治療 指針 2) が作成されている GER における当科での診断手順, 治療方針と治療経験などについて報告する また最近, 難治性中耳炎と GER の関係が報告 3 7) されており, 我々の経験を報告する. 小児の GERD 1. 症状生理的に下部食道括約筋機能が未熟な新生児, 乳児では溢乳や吐乳としてよくみられるが 1 歳ころまでにはそのほとんどが治療の必要がなく治癒する 頻回の嘔吐, 胸やけ, 呼吸器症状, 栄養 成長障害, 食道炎をともなう場合は 静岡県立こども病院小児外科 ( 420 8660 静岡市葵区漆山 860) 37 (207 )

漆原直人, 他 1 名 表 GERD の症状嘔吐発育障害胸やけ咳嗽, 喘息, 肺炎 ALTE (apparent life-threatening event),sids 逆流性食道炎 Z 吐血, 下血食道狭窄 Sandifer 症候群齲歯, 咽喉頭炎, 中耳炎表 検査 図 食道胃シンチグラフィー任意の関心領域設定して逆流や食道でのミルクの停滞を評価できる 超音波上部消化管造影食道 24 時間 ph モニタリング内視鏡シンチグラフィー内圧検査臨床症状と各種検査を組み合わせて総合的に判断 治療の対象となる 食道炎, 食道潰瘍により吐血や繰り返すことで食道狭窄に発展することもある 喘鳴, 咳嗽, 肺炎などの呼吸器症状から Apparent life-threatening event (ALTE) など乳児突然死症候群 (sudden infant death syndrome) の一因にもなる また体を捻じ曲げたり首を横にして苦しそうにする Sandifer 症候群をみることもある 口腔, 耳鼻咽喉科領域では, 齲歯, 中耳炎, 咽喉頭炎などの原因になるとの報告 3 6) もある ( 表 1) 2. 検査検査には超音波, 上部消化管造影, 食道 24 時間 ph モニタリング, 内視鏡, 消化管シンチグラフィー, 食道内圧検査がある ( 表 2) GER が疑れるとまず超音波, 上部消化管造影を行い, 食道裂孔ヘルニアなど解剖学的異常がないか確認する さらなる精査が必要と判断される場合は, 食道 24 時間 ph モニター, 内視鏡, 消化管シンチで評価を行う 食道内圧検査は小児では手間もかかり正確な測定がなかなかできない事から, 食道狭窄があるなどよほどのことがない限り現在は施行していない 診断はこれらの検査を組み合わせて行うが, 治療と並行して進めていくことになる 図 GER による誤嚥の SPECT CT による評価 当院での食道胃シンチグラフィー 当科の特徴として食道胃シンチグラフィーがある 核医学の特徴は機能情報であり, 他のモダリティで検出されなかった病巣や病態をも捉える可能性がある また, 被曝線量低減の観点からも, エックス線を使う他の検査法と異なり, 一回の薬剤投与で被曝線量を増やす事無く繰り返しの情報取得が可能である さらに SPECT CT により, 詳細な解剖学的位置情報を有する機能画像の取得が可能である とくに GER および誤嚥の評価に対する有用性は高く, 当院では30 年以上にわたって有力な診断ツールとして利用し続けている GER の検査では, 極微量の 99m Tc DTPA をミルク或いは検査食に混和し, 胃または口腔内へ投与した後の動きを体外から観測するだけの安全な検査法で, 高感度に GER あるいは誤嚥の検出が可能である ( 図 1, 2) 3. 治療方針小児の GERD の診断 治療に関しては本邦では 小児胃食道逆流症診断治療指針 2) が作 (208 ) 38

小児の胃食道逆流症 表 胃食道逆流症の治療 ( 文献 2 から引用 ) 表 外科治療の適応 phase 1 家族への説明および生活指導 ( 家庭での体位療法を含む ) 疾患の概念 治療法および予後の説明 ( 家族の不安を取り除く ) 授乳後のおくびの励行 便秘に対する治療 便通を整える 食事直後に臥位をとらない 肥満児での減量 刺激物 ( カフェイン, 香辛料 ) 除去 phase 2 授乳少量, 頻回授乳治療乳 いずれも 1~2 週間試験的に投与し, 効果を判定 増粘ミルク 現時点 (2003 年 7 月 ) で本邦では未販 コーンスターチや市販の増粘物質 ( トロミアップ, トロメリン, スルーソフト ) などを添加 アレルギー疾患用ミルク ( 加水分解乳 エピトレス, ペプディエット, ニュー MA 1) ミルクアレルギーの疑われる例 phase 3 薬物療法 H 2 受容体拮抗剤 シメチジン ( タガメット )(40 mg/kg/ 日 成人量 800~1200 mg/ 日 分 3~4) ラニチジン ( ザンタック )(5~10 mg/ kg/ 日 成人量 300 mg/ 日 分 2~3) ファモチジン ( ガスター )(1mg/kg/ 日 成人量 20 mg/ 日 分 2) プロトンポンプ阻害剤 オメプラゾール ( オメプラール )( 成人量 20 mg/ 日 分 1~2) ランソプラゾール ( タケプロン )( 成人量 15~30 mg/ 日 分 1) phase 4 入院, 保存療法での体位療法 仰臥位での頭挙上 ( 椅子による60 度頭位挙上 ), 坐位の保持 腹臥位の30 度頭位挙上は乳幼児突然死症候群との関係が示唆され勧められない phase 5 外科治療成されている ( 表 3) 乳児では溢乳としてよくみられるが 1 歳ころまでにはそのほとんどが治療の必要がなく治癒する また軽度の症例では生活指導 ( 体位, 食事など ) を行う 一方, 頻回の嘔吐, 食道炎, 呼吸器症状をともなう場 内科的治療で良くならない 高度の食道炎を繰り返す 瘢痕性食道狭窄 繰り返す誤嚥性肺炎 高度逆流のため胃への経管栄養ができない図 Toupet 噴門形成術合は治療の対象となる まずは制酸剤など内科的治療が優先されるが, 食道裂孔ヘルニアなど解剖学的異常があったり, 高度の食道炎を繰り返したり食道狭窄合併例, 繰り返す誤嚥性肺炎や難治例では外科的治療の対象となる とくに重症心身障害児の GER は難治性で外科的治療の対象となることが多い ( 表 4). 当科での外科治療噴門形成術には, 大きく胃で食道全周をラップするNissen 法と食道の一部をラップする Toupet 法に代表される術式らがあり, 最近では開腹ではなく腹腔鏡下に施行されている 当科では術後の食道狭窄が少ない Toupet 法を標準術式としている ( 図 3) 2000 2013 年までに Toupet 噴門形成術が151 例 ( 腹腔鏡 122 例, 開腹 29 例 ) に施行された 脳性麻痺など神経筋疾患に伴うものが121 例と最も多く, 食道閉鎖や横隔膜ヘルニアなどの術後 10 例, 食道裂孔ヘルニア10 例で, 合併疾患のない正常児は 39 (209 )

漆原直人, 他 1 名 図 当科での噴門形成術 151 例 わずか5 例であった 合併疾患のない5 例は, 高度食道炎と食道狭窄 4 例と反復性中耳炎 咽喉頭炎 1 例であった ( 図 4). 症例 合併疾患のない正常児で噴門形成術を施行した症例を紹介する 症例 1 13 歳男児 胸痛, 嚥下障害 数年前より胸痛がありタケプロン内服など内科的治療を受けていたが, 症状がひどくなり食事が毎回つかえるようになってきた 食道造影で下部食道に狭窄を認め, 内視鏡では高度の食道炎を認めた ( 図 5 ) 13 歳時に腹腔鏡下 Toupet 噴門形成術を施行し食道狭窄も消失し経過良好である 症例 2 6 歳男児 嘔吐, 体重増加不良, Sandifer 症候群 1 歳 6 カ月より嘔吐が多く, 睡眠時にも嘔吐があり, 風邪でもないのに咳と鼻水がみられた 体重増加も悪く, 吐物に血が混じりHb 7.9 と貧血を認めた またしゃがみ込んだり, 体を捻じ曲げたり首を横にして苦しそうにする Sandifer 症候群もみられた 内視鏡で高度の食道炎を認め,6 歳時に腹腔鏡下 Toupet 噴門形成術を施行し経過良好である 症例 3 3 歳 11カ月男児 難治性中耳炎, 嘔吐 2 カ月より滲出性中耳炎で 4 カ月時に両側滲 図 13 歳男児 食道下部の狭窄と高度の食道炎を認める 出性中耳炎に対して鼓膜切開, チューブ留置が施行されたが治療抵抗性であった 免疫不全も疑われたが否定された 8 カ月時に造影検査で鼻咽腔に達する高度 GER を認め GER の関与が指摘された その後も咳嗽と喘鳴があり, ほとんど毎日数回嘔吐があり就寝中も逆流を疑わせる咳き込みや嘔吐を認め, 睡眠障害もみられるようになった 3 歳 7 カ月に扁桃腺摘出術を受けるが, 術後から嘔吐, 喘鳴が増悪し咽喉頭炎もひどく紹介となった 食道 24 時間 ph モニタリングで頻回の逆流がみられ, 内科的治療に抵抗性と判断し,3 歳 11 カ月に腹腔鏡下 Toupet 噴門形成術を行い以後再発はない ( 図 6) (210 ) 40

小児の胃食道逆流症. 耳鼻科領域の疾患と GER 最近, 耳鼻咽喉科領域で,GER が難治性中耳炎, 咽喉頭炎などの原因になるとの報告 3 7) があり, 当科にも難治性中耳炎の原因として年間数例の患者が GER を疑われて精査目的で紹介される これまで4 例の患者に明らかな GER を認めた 4 例は内科的治療が行われたが, 症例提示した 1 例では頻回の逆流があり, 中耳炎と咽喉頭炎を繰り返し内科的治療で軽快せず 3 歳時に腹腔鏡下噴門形成術を施行した 中耳炎, 咽喉頭炎など耳鼻科領域の疾患と GER の関係については, 症例も少なく, また小児外科医への認知度も低いことから, 今後の検討が必要と思われる 文 献 1) 日本消化器病学会 胃食道逆流症の診療ガイドラ 図 3 歳男児 嘔吐, 難治性中耳炎 イン 日本消化器病学会編, 南江堂 2009. 2) 鈴木則夫, 大浜用克, 川原央好, 他 ワーキンググループレポート 小児胃食道逆流症診断治療指針 小児外科 2005; 37: 479 490. 3) Tasker A, Dettmar PW, Panetti M, et al.: Is gastric re ux a cause of otitis media with ešusion in children? Laryngoscope 2002; 112: 1930 1934. 4) Lieu J EC, Muthappan PG, Uppaluri R.: Association of re ux with otitis media in children. Otolaryngology- Head and Neck Surgery 2005; 133: 357 361. 5) Sone M, Yamamuro Y, Hayashi H, et al.: Otitis media in adults as a symptom of gastroesophageal re ux. Otolaryngology-Head and Neck Surgery 2007; 136: 19 22. 6) 上出洋介 極めて難治な反復性中耳炎に認められた胃食道逆流症の 4 症例 小児耳鼻咽喉科 2009; 30 (3): 286 292. 7) 上出洋介 小児中耳炎の中耳貯留液 ph とペプシノゲン 1 の検討 小児耳鼻咽喉科 2011; 32(1):47 52. 別刷請求先 420 8660 静岡市葵区漆山 860 静岡県立こども病院小児外科漆原直人 Issues concerning acid reflux in children. Diagnosis and treatment of gastroesophageal re ux in children Naoto Urushihara, Masayuki Yano 1) Shizuoka Children's Hospital, Pediatric Surgery 2) Shizuoka Children's Hospital, Radiological technologist Key words: gastroesophageal re ux, fundoplication, otitis media, Sandifer syndrome 41 (211 )