: 207 211 第 9 回 日本小児耳鼻咽喉科学会 シンポジウム 1 小児胃食道逆流症をめぐって 小児の胃食道逆流症に対する診断 治療方針と治療経験 漆原直人 1), 矢野正幸 2) 1) 静岡県立こども病院小児外科 2) 静岡県立こども病院元放射線科技師長 小児の胃食道逆流症の当科での診断手順, 治療方針と外科的治療経験などについて報告した 当科では外科治療として腹腔鏡下の Toupet 法による噴門形成術を標準術式としており 2000 2013 年までに Toupet 噴門形成術が151 例 ( 腹腔鏡 122 例, 開腹 29 例 ) に施行された 脳性麻痺など神経筋疾患に伴うものが121 例と最も多く, 食道閉鎖や横隔膜ヘルニアなどの術後 10 例, 食道裂孔ヘルニア10 例で, 合併疾患のない正常児は 5 例であった 合併疾患のない 5 例は, 高度食道炎と食道狭窄 4 例と反復性中耳炎 咽喉頭炎 1 例であった 最近, 胃食道逆流症が難治性中耳炎, 咽喉頭炎などの原因になるとの報告がみられるようになった しかし中耳炎, 咽喉頭炎など耳鼻科領域の疾患と GER の関係については, 症例も少なく, また小児外科医への認知度も低いことから, 今後の検討が必要と思われる キーワード 胃食道逆流現象, 胃食道逆流症,Toupet 噴門形成, 中耳炎,Sandifer 症候群 はじめに胃食道逆流 (GER) は, 胃内容が食道へ逆流する現象で健常人でもある程度は生理的に認められる GER により何らかの合併症や症状をともなった場合は胃食道逆流症 (GERD) と呼ばれ治療の対象となる 合併症としては食道炎, 食道狭窄, 反復する肺炎などがよく知られており, 口腔, 耳鼻咽喉科領域では, 齲歯, 中耳炎, 咽喉頭炎などの原因になるとも考えられている GERD の診断 治療に関して本邦では, 成人では 胃食道逆流症診療ガイドライン 1), 小児では 小児胃食道逆流症診断治療 指針 2) が作成されている GER における当科での診断手順, 治療方針と治療経験などについて報告する また最近, 難治性中耳炎と GER の関係が報告 3 7) されており, 我々の経験を報告する. 小児の GERD 1. 症状生理的に下部食道括約筋機能が未熟な新生児, 乳児では溢乳や吐乳としてよくみられるが 1 歳ころまでにはそのほとんどが治療の必要がなく治癒する 頻回の嘔吐, 胸やけ, 呼吸器症状, 栄養 成長障害, 食道炎をともなう場合は 静岡県立こども病院小児外科 ( 420 8660 静岡市葵区漆山 860) 37 (207 )
漆原直人, 他 1 名 表 GERD の症状嘔吐発育障害胸やけ咳嗽, 喘息, 肺炎 ALTE (apparent life-threatening event),sids 逆流性食道炎 Z 吐血, 下血食道狭窄 Sandifer 症候群齲歯, 咽喉頭炎, 中耳炎表 検査 図 食道胃シンチグラフィー任意の関心領域設定して逆流や食道でのミルクの停滞を評価できる 超音波上部消化管造影食道 24 時間 ph モニタリング内視鏡シンチグラフィー内圧検査臨床症状と各種検査を組み合わせて総合的に判断 治療の対象となる 食道炎, 食道潰瘍により吐血や繰り返すことで食道狭窄に発展することもある 喘鳴, 咳嗽, 肺炎などの呼吸器症状から Apparent life-threatening event (ALTE) など乳児突然死症候群 (sudden infant death syndrome) の一因にもなる また体を捻じ曲げたり首を横にして苦しそうにする Sandifer 症候群をみることもある 口腔, 耳鼻咽喉科領域では, 齲歯, 中耳炎, 咽喉頭炎などの原因になるとの報告 3 6) もある ( 表 1) 2. 検査検査には超音波, 上部消化管造影, 食道 24 時間 ph モニタリング, 内視鏡, 消化管シンチグラフィー, 食道内圧検査がある ( 表 2) GER が疑れるとまず超音波, 上部消化管造影を行い, 食道裂孔ヘルニアなど解剖学的異常がないか確認する さらなる精査が必要と判断される場合は, 食道 24 時間 ph モニター, 内視鏡, 消化管シンチで評価を行う 食道内圧検査は小児では手間もかかり正確な測定がなかなかできない事から, 食道狭窄があるなどよほどのことがない限り現在は施行していない 診断はこれらの検査を組み合わせて行うが, 治療と並行して進めていくことになる 図 GER による誤嚥の SPECT CT による評価 当院での食道胃シンチグラフィー 当科の特徴として食道胃シンチグラフィーがある 核医学の特徴は機能情報であり, 他のモダリティで検出されなかった病巣や病態をも捉える可能性がある また, 被曝線量低減の観点からも, エックス線を使う他の検査法と異なり, 一回の薬剤投与で被曝線量を増やす事無く繰り返しの情報取得が可能である さらに SPECT CT により, 詳細な解剖学的位置情報を有する機能画像の取得が可能である とくに GER および誤嚥の評価に対する有用性は高く, 当院では30 年以上にわたって有力な診断ツールとして利用し続けている GER の検査では, 極微量の 99m Tc DTPA をミルク或いは検査食に混和し, 胃または口腔内へ投与した後の動きを体外から観測するだけの安全な検査法で, 高感度に GER あるいは誤嚥の検出が可能である ( 図 1, 2) 3. 治療方針小児の GERD の診断 治療に関しては本邦では 小児胃食道逆流症診断治療指針 2) が作 (208 ) 38
小児の胃食道逆流症 表 胃食道逆流症の治療 ( 文献 2 から引用 ) 表 外科治療の適応 phase 1 家族への説明および生活指導 ( 家庭での体位療法を含む ) 疾患の概念 治療法および予後の説明 ( 家族の不安を取り除く ) 授乳後のおくびの励行 便秘に対する治療 便通を整える 食事直後に臥位をとらない 肥満児での減量 刺激物 ( カフェイン, 香辛料 ) 除去 phase 2 授乳少量, 頻回授乳治療乳 いずれも 1~2 週間試験的に投与し, 効果を判定 増粘ミルク 現時点 (2003 年 7 月 ) で本邦では未販 コーンスターチや市販の増粘物質 ( トロミアップ, トロメリン, スルーソフト ) などを添加 アレルギー疾患用ミルク ( 加水分解乳 エピトレス, ペプディエット, ニュー MA 1) ミルクアレルギーの疑われる例 phase 3 薬物療法 H 2 受容体拮抗剤 シメチジン ( タガメット )(40 mg/kg/ 日 成人量 800~1200 mg/ 日 分 3~4) ラニチジン ( ザンタック )(5~10 mg/ kg/ 日 成人量 300 mg/ 日 分 2~3) ファモチジン ( ガスター )(1mg/kg/ 日 成人量 20 mg/ 日 分 2) プロトンポンプ阻害剤 オメプラゾール ( オメプラール )( 成人量 20 mg/ 日 分 1~2) ランソプラゾール ( タケプロン )( 成人量 15~30 mg/ 日 分 1) phase 4 入院, 保存療法での体位療法 仰臥位での頭挙上 ( 椅子による60 度頭位挙上 ), 坐位の保持 腹臥位の30 度頭位挙上は乳幼児突然死症候群との関係が示唆され勧められない phase 5 外科治療成されている ( 表 3) 乳児では溢乳としてよくみられるが 1 歳ころまでにはそのほとんどが治療の必要がなく治癒する また軽度の症例では生活指導 ( 体位, 食事など ) を行う 一方, 頻回の嘔吐, 食道炎, 呼吸器症状をともなう場 内科的治療で良くならない 高度の食道炎を繰り返す 瘢痕性食道狭窄 繰り返す誤嚥性肺炎 高度逆流のため胃への経管栄養ができない図 Toupet 噴門形成術合は治療の対象となる まずは制酸剤など内科的治療が優先されるが, 食道裂孔ヘルニアなど解剖学的異常があったり, 高度の食道炎を繰り返したり食道狭窄合併例, 繰り返す誤嚥性肺炎や難治例では外科的治療の対象となる とくに重症心身障害児の GER は難治性で外科的治療の対象となることが多い ( 表 4). 当科での外科治療噴門形成術には, 大きく胃で食道全周をラップするNissen 法と食道の一部をラップする Toupet 法に代表される術式らがあり, 最近では開腹ではなく腹腔鏡下に施行されている 当科では術後の食道狭窄が少ない Toupet 法を標準術式としている ( 図 3) 2000 2013 年までに Toupet 噴門形成術が151 例 ( 腹腔鏡 122 例, 開腹 29 例 ) に施行された 脳性麻痺など神経筋疾患に伴うものが121 例と最も多く, 食道閉鎖や横隔膜ヘルニアなどの術後 10 例, 食道裂孔ヘルニア10 例で, 合併疾患のない正常児は 39 (209 )
漆原直人, 他 1 名 図 当科での噴門形成術 151 例 わずか5 例であった 合併疾患のない5 例は, 高度食道炎と食道狭窄 4 例と反復性中耳炎 咽喉頭炎 1 例であった ( 図 4). 症例 合併疾患のない正常児で噴門形成術を施行した症例を紹介する 症例 1 13 歳男児 胸痛, 嚥下障害 数年前より胸痛がありタケプロン内服など内科的治療を受けていたが, 症状がひどくなり食事が毎回つかえるようになってきた 食道造影で下部食道に狭窄を認め, 内視鏡では高度の食道炎を認めた ( 図 5 ) 13 歳時に腹腔鏡下 Toupet 噴門形成術を施行し食道狭窄も消失し経過良好である 症例 2 6 歳男児 嘔吐, 体重増加不良, Sandifer 症候群 1 歳 6 カ月より嘔吐が多く, 睡眠時にも嘔吐があり, 風邪でもないのに咳と鼻水がみられた 体重増加も悪く, 吐物に血が混じりHb 7.9 と貧血を認めた またしゃがみ込んだり, 体を捻じ曲げたり首を横にして苦しそうにする Sandifer 症候群もみられた 内視鏡で高度の食道炎を認め,6 歳時に腹腔鏡下 Toupet 噴門形成術を施行し経過良好である 症例 3 3 歳 11カ月男児 難治性中耳炎, 嘔吐 2 カ月より滲出性中耳炎で 4 カ月時に両側滲 図 13 歳男児 食道下部の狭窄と高度の食道炎を認める 出性中耳炎に対して鼓膜切開, チューブ留置が施行されたが治療抵抗性であった 免疫不全も疑われたが否定された 8 カ月時に造影検査で鼻咽腔に達する高度 GER を認め GER の関与が指摘された その後も咳嗽と喘鳴があり, ほとんど毎日数回嘔吐があり就寝中も逆流を疑わせる咳き込みや嘔吐を認め, 睡眠障害もみられるようになった 3 歳 7 カ月に扁桃腺摘出術を受けるが, 術後から嘔吐, 喘鳴が増悪し咽喉頭炎もひどく紹介となった 食道 24 時間 ph モニタリングで頻回の逆流がみられ, 内科的治療に抵抗性と判断し,3 歳 11 カ月に腹腔鏡下 Toupet 噴門形成術を行い以後再発はない ( 図 6) (210 ) 40
小児の胃食道逆流症. 耳鼻科領域の疾患と GER 最近, 耳鼻咽喉科領域で,GER が難治性中耳炎, 咽喉頭炎などの原因になるとの報告 3 7) があり, 当科にも難治性中耳炎の原因として年間数例の患者が GER を疑われて精査目的で紹介される これまで4 例の患者に明らかな GER を認めた 4 例は内科的治療が行われたが, 症例提示した 1 例では頻回の逆流があり, 中耳炎と咽喉頭炎を繰り返し内科的治療で軽快せず 3 歳時に腹腔鏡下噴門形成術を施行した 中耳炎, 咽喉頭炎など耳鼻科領域の疾患と GER の関係については, 症例も少なく, また小児外科医への認知度も低いことから, 今後の検討が必要と思われる 文 献 1) 日本消化器病学会 胃食道逆流症の診療ガイドラ 図 3 歳男児 嘔吐, 難治性中耳炎 イン 日本消化器病学会編, 南江堂 2009. 2) 鈴木則夫, 大浜用克, 川原央好, 他 ワーキンググループレポート 小児胃食道逆流症診断治療指針 小児外科 2005; 37: 479 490. 3) Tasker A, Dettmar PW, Panetti M, et al.: Is gastric re ux a cause of otitis media with ešusion in children? Laryngoscope 2002; 112: 1930 1934. 4) Lieu J EC, Muthappan PG, Uppaluri R.: Association of re ux with otitis media in children. Otolaryngology- Head and Neck Surgery 2005; 133: 357 361. 5) Sone M, Yamamuro Y, Hayashi H, et al.: Otitis media in adults as a symptom of gastroesophageal re ux. Otolaryngology-Head and Neck Surgery 2007; 136: 19 22. 6) 上出洋介 極めて難治な反復性中耳炎に認められた胃食道逆流症の 4 症例 小児耳鼻咽喉科 2009; 30 (3): 286 292. 7) 上出洋介 小児中耳炎の中耳貯留液 ph とペプシノゲン 1 の検討 小児耳鼻咽喉科 2011; 32(1):47 52. 別刷請求先 420 8660 静岡市葵区漆山 860 静岡県立こども病院小児外科漆原直人 Issues concerning acid reflux in children. Diagnosis and treatment of gastroesophageal re ux in children Naoto Urushihara, Masayuki Yano 1) Shizuoka Children's Hospital, Pediatric Surgery 2) Shizuoka Children's Hospital, Radiological technologist Key words: gastroesophageal re ux, fundoplication, otitis media, Sandifer syndrome 41 (211 )