報告 1 広色域ディスプレーの色域包含率計算基準 正岡顕一郎 Gamut Coverage Metric for Wide-gamut Displays Kenichiro MASAOKA 要 約 超 高精細度テレビジョン (UHDTV:Ultra-high Definition Television) では, スペクトル軌跡上に三原色の色度が位置する広色域表色系がITU-R 勧告 BT.22(Rec. 22) に規定されている 現在,UHDTVディスプレーが再現できる色の範囲はさまざまであり, ディスプレーの色域サイズを表す何らかの計算基準が必要となっている 現在, 実践的には,CIE(International Commission on Illumination: 国際照明委員会 )1931 xy 色度図とCIE 1976 u v 色度図において, ディスプレーのRGB 三原色の色度を結んだ三角形の面積比あるいは面積包含率で色域サイズが表されているが, その2つの色度図で算出される値が異なるという問題がある 一方, 色彩科学の分野では, 色域は2 次元の色度図でなく知覚的に均等な3 次元の色空間で立体的に定義されるが, ディスプレーの色域の形状は複雑で体積の算出は容易ではない 本稿では,xy 色度図におけるRec. 22 面積包含率が3 次元色空間における Rec. 22 と非常に高い相関を持ち, 広色域ディスプレーの色域サイズを示す計算基準として妥当であることを示す ABSTRACT For ultra-high definition television, a wide-gamut system colorimetry is specified in the International Telecommunication Union - Radiocommunication Sector (ITU-R) Recommendation BT.22 (Rec. 22). Presently, UHDTV displays recognize the Rec. 22 color representation, but their inherent gamut sizes vary, which necessitates a proper gamut size metric. A practical metric used in the display industry involves comparing the area-size ratio or area-coverage ratio of the triangle formed by connecting the RGB primaries of a display to that of a standard color space in the International Commission on Illumination (CIE) 1931 xy chromaticity diagram or CIE 1976 u v chromaticity diagram. Based on color science, however, the color gamut is defined as a solid volume in a perceptually uniform three-dimensional color appearance space, rather than planimetric in a chromaticity diagram, although the calculation of the gamut shape and size is very complex. This report reveals high correlations between the Rec. 22 area-coverage ratios in the xy diagram and the Rec. 22 volume-coverage ratios in color appearance spaces. It is herein proposed to measure display gamut sizes by employing the Rec. 22 area-coverage ratio in the xy diagram. 12 NHK 技研 R&D No.162 217. 3
報告 1 1. まえがき 超高精細度テレビジョン ( 以下,UHDTV) では, スペクトル軌跡上に三原色の色度が位置する広色域表色系が ITU-R(International Telecommunication Union - Radiocommunication Sector) 勧告 BT.22( 以下,Rec. 22) 1) に規定されている 一方,HDTV ではCRT(Cathode Ray Tube) の蛍光体の特性に基づいて設計された表色系がITU-R 勧告 BT.79( 以下,Rec. 79) 2) に規定されている xy 色度図とu v 色度図における UHDTVとHDTVの三原色の色度 *1 を1 図に示す 1 図から,UHDTVの広色域表色系は,HDTVでは再現できない高彩度の物体色も再現できることが分かる 3) しかし, 現在のUHDTVディスプレーが再現できる色の範囲はさまざまであり, 色域サイズを表す何らかの計算基準が必要になる 実践的には, 色域サイズは, 色度図において目標となる標準的な色域とディスプレーの色域との面積比で表される 一方, 色彩科学の分野では,2 図に示すように知覚的に均等な *2 3 次元色空間としてよく用いられているCIE L*a*b* ( C I E L A B ) 色空間 *3 における色立体で色域を表す しかし, その形状や体積の算出は複雑で, また, 色立体の概念の難しさから, 体積に基づいた計算基準は市場では受け入れられていない 一方, 面積に基づいた計算基準にも問題がある 規格の赤 (R), 緑 (G), 青 (B) の三原色色度点をある色度図上で結んだ三角形 (RGB 三角形と呼ぶ ) の面積をA std, ディスプレーの三原色色度点をある色度図上で結んだ三角形の面積をA disp, それぞれの三角形が重なり合う多角形部分の面積をA disp A stdとしたとき, ディスプレーの相対色域サイズが面積包含率 (A disp A std)/ A stdで表される場合と, 面積比 A disp / A stdで表される場合がある さらに, これらの面積包含率や面積比を算出する際に,xy 色度図を用いる場合とu v 色度図を用いる場合が混在する Rec. 22で規定された広色域表色系は, ほぼすべての物体色を包含するように設計されている したがって,Rec. 22に対応したディスプレーの設計においては,Rec. 22 の信号で表現される物体色を正確に再現できる指標を用いることが望ましい この点で, ディスプレーが物体色を正確に再現できているかを表す指標としては, ディスプレーの相対色域サイズは, 面積比でなく,A dispがa stdにどれだけ包含されているかを示す面積包含率で表すことが妥当である そして, 色域包含率を面積包含率として計算する場合の 2 次元空間として, 実践的には xy 色度図かu v 色度図のどちらかを選択することになる 本稿では,A stdの基になる規格が Rec. 22である場合, (A disp A std) / A std を Rec. 22 面積包含率 と呼び, xy 色度図と u v 色度図の 2 つの色度図における Rec. 22 面積包含率と, 色彩科学的に正しい 3 次元色空間における Rec. 22 をシミュレーションにより比較し, 色度図を用いた広色域ディスプレーの色域サイズを示す計算基準の妥当性を検証する 2. シミュレーション まず,3 図のu v 色度図上に赤 緑 青の点で示すように, さまざまな広色域ディスプレーの RGB 三原色をサンプリングする 3 図では, どのRGB 三原色の組み合わせでもRec. 79 色域を包含することで広色域ディスプレーの条件を満たすものとしている 4 図は, サンプリングしたすべての RGB 三原色の組み合わせについて,xy 色度図とu v 色度図において算出した Rec. 22 面積包含率を比較した結果である 両色度図における Rec. 22 面積包含率は最大で18% 程度の差があり, 色度図を区別しない計算基準には問題があることが分かる 5 図は,xy 色度図とu v 色度図において算出したRec. 22 面積包含率と,CIE L*a*b*(CIELAB),CIE L*u*v* (CIELUV) *4,CIECAM2 Jacbc *5 において算出した Rec. 22 4) との関係を示す このシミュレーション結果から, 色彩科学的に正しい Rec. 22 は, xy 色度図における Rec. 22 面積包含率と高い相関を有していることが分かる したがって, 広色域ディスプレーの相対色域サイズは,xy 色度図におけるRec. 22 面積包含率で表すことが妥当であると考えられる 面積包含率の計算に用いるxy 色度図の妥当性は, 目標色域がAdobe RGB( 写真やグラフィックアートの色空間の標準 ) やDCI-P3( デジタルシネマの基準プロジェクターの色域 ) の場合でも示されている 5) 面積包含率の計算方法の詳細については, 文献 6) を参照していただきたい *1 色の色相と彩度を表す数値を色度と呼ぶ 明るさは表さない 国際照明委員会 ( C I E ) が定める色度図には xy 色度図と u v 色度図がある 明るさが一定の場合には,u v 色度図の方が xy 色度図よりも知覚的な色の差がより均等に図示される *2 色の明度, 色相, 彩度を表す 3 次元色空間において, 距離と色の差が比例していることを 知覚的に均等 と呼ぶ *3 明度を L*, 色相と彩度を示す色度を a*,b* で表す 3 次元色空間 *4 CIELAB と CIELUV は, ともに国際照明委員会 (CIE) において 1976 年に規格化された色空間モデル CIELUV はかつてテレビジョンの分野でよく用いられていたが, 現在は主に CIEL AB が用いられている *5 主に学術用途で標準化された色空間モデル 現在も改良が試みられている NHK 技研 R&D No.162 217. 3 13
Rec. 22 Rec. 79 y v Rec. 22.1.1.1 x a x y 色度図 1図 Rec. 79.1 8 6 6 L 8 L 1 u b u v 色度図 Rec. 79とRec. 22の色度 1 4 4 1 2 1 b 1 a 1 1 b 1 a a Rec. 79の色域 2図 1 2 1 b Rec. 22の色域 3次元色空間におけるRec. 79とRec. 22の色域 3 標準化 包含率だけでなく 色相別の色域包含率も推奨されている 6図に示すように Rec. 22のRGB三角形において 白色 前章のシミュレーション結果を基に 超高精細度テレ W の色度点からR, G, Bの色度点へそれぞれ直線を引い ビジョン番組制作用ディスプレーの色域包含率計 算法と てシアン A C マゼンタ A M イエロー A Y の3つの領 して x y 色 度 図 上で のRec. 22面 積 包 含 率 をARIB 域に分割し それぞれの領域の面積包含率 A disp A C / Association of Radio Industries and Businesses 電波 A C A disp A M / A M A disp A Y / A Yを求め 色相別 産業会 に提案し 215年に技術資料TR-B36 7 が策定さ のRec. 22色域包含率としている 算出した色域包含率 れた TR-B36では Rec. 22 のRGB三角形全体の面積 は Rec. 22のRGB三角形全体 C領域 M領域 Y領 14 NHK技研 R&D No.162 217. 3
報告 1 1 v スペクトル軌跡 Rec. 79 RGB 三角形 純紫軌跡 9 8 7.1 6.1 u 5 5 6 7 8 9 1 u v 面積包含率 3 図広色域ディスプレーの RGB 三原色のサンプリング 4 図 x y 色度図と u v 色度図における Rec. 22 面積包含率の比較 1 9 1 1 r =.99 r =.985 r =.969 9 9 L*a*b* 8 7 6 L*u*v* 8 7 6 Jacbc 8 7 6 5 5 5 4 5 6 7 8 9 1 4 5 6 7 8 9 1 4 5 6 7 8 9 1 ( a )xy 色度図と L*a*b* 色空間 ( b )xy 色度図と L*u*v* 色空間 ( c )xy 色度図と Jacbc 色空間 1 9 1 1 r =8 r =49 r =5 9 9 L*a*b* 8 7 6 L*u*v* 8 7 6 Jacbc 8 7 6 5 5 5 4 5 6 7 8 9 1 4 5 6 7 8 9 1 4 5 6 7 8 9 1 u v 面積包含率 u v 面積包含率 u v 面積包含率 ( d )u v 色度図とL*a*b* 色空間 ( e )u v 色度図とL*u*v* 色空間 ( f )u v 色度図とJacbc 色度図 5 図 Rec. 22 面積包含率と Rec. 22 の比較 ( 図中の r は相関係数を表す ) 15
G y A C W A Y R y AC Adisp AY Adisp A M AM Adisp.1 B.1 x (a)rec. 22シアン, マゼンタ, イエローの3 領域.1.1 x ( b ) あるディスプレーのRGB 三角形との重なり 6 図 Rec. 22 色域の分割 域のそれぞれの面積包含率を, 小数点第 1 桁まで四捨五入して記述する 例えば,Rec. 79 色域 (Rec. 79のRGB 三角形 ) のRec. 22 色域包含率は, 以下のように記述される Rec. 22 色域包含率 :52.9%(C:27.5%, M:68.7%, Y:6.1%) このように色相別に3 領域の色域包含率を示すことにより, 全体の色域包含率のみを示す場合よりも, 色相間の色域サイズのバランスをある程度把握することができる 4. あとがき 本稿では, 色度図におけるRec. 22 面積包含率と3 次元色空間におけるRec. 22 をシミュレーション により比較し, 広色域ディスプレーの色域サイズを示す計算基準として,CIE 1931 xy 色度図における Rec. 22 面積包含率が妥当であることを示した この計算基準は, 超高精細度テレビジョン番組制作用ディスプレーの色域包含率計算法として,ARIBの技術資料 TR-B36に規定された 今後は, 広色域ディスプレーの開発において, 首尾一貫した計算基準により色域サイズを評価できるようになると期待される 本稿は,Optics Express 誌に掲載された以下の論文を元に加筆 修正したものである K. Masaoka and Y. Nishida: Metric of Color-space Coverage for Wide-gamut Displays, Opt. Express, Vol.23,No.6,pp.782-788 (215) 16
報告 1 参考文献 1) Rec. ITU-R BT.22-2, Parameter Values for Ultra-high Definition Television Systems for Production and International Programme Exchange (215) 2) Rec. ITU-R BT.79-6, Parameter Values for the HDTV Standards for Production and International Programme Exchange (215) 3) K. Masaoka, Y. Nishida, M. Sugawara and E. Nakasu: Design of Primaries for a Widegamut Television Colorimetry, IEEE Trans. Broadcast.,Vol.56,No.4,pp.452-457 (21) 4) K. Masaoka and Y. Nishida: Metric of Color-space Coverage for Wide-gamut Displays, Opt. Express,Vol.23,No.6,pp.782-788 (215) 5) K. Masaoka: Single Display Gamut Size Metric, J. Soc. Info. Disp.,Vol.24,No.7, pp.419-423 (216) 6) K. Masaoka: Display Gamut Metrology Using Chromaticity Diagram, IEEE Access, Vol.4,pp.3878-3886 (216) 7) ARIB TR-B36, Metric of Color-space Coverage of UHDTV Displays for Program Production (215) まさおかけんいちろう 正岡顕一郎 1996 年入局 放送技術研究所, 放送技術局を経て,22 年から放送技術研究所において, 超高精細映像システムの研究と映像方式の標準化活動に従事 現在, 放送技術研究所テレビ方式研究部主任研究員 博士 ( 工学 ) NHK 技研 R&D No.162 217. 3 17