細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

長期/島本1

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

生物時計の安定性の秘密を解明

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

PowerPoint プレゼンテーション

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

Microsoft Word - 【変更済】プレスリリース要旨_飯島・関谷H29_R6.docx

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

いることが推測されました そこで東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美 准教授と千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは 胃がんの発 症に深く関与しているピロリ菌の感染現象に着目し その過程で重要な役割を果たす mirna を同定し その機能を解明しました スナ

平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

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報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

Microsoft Word CREST中山(確定版)

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

STAP現象の検証の実施について

1. 背景生殖細胞は 哺乳類の体を構成する細胞の中で 次世代へと受け継がれ 新たな個体をつくり出すことが可能な唯一の細胞です 生殖細胞系列の分化過程や 生殖細胞に特徴的なDNAのメチル化を含むエピゲノム情報 8 の再構成注メカニズムを解明することは 不妊の原因究明や世代を経たエピゲノム情報の伝達メカ

< 研究の背景 > 肉腫は骨や筋肉などの組織から発生するがんで 患者数が少ない稀少がんの代表格です その一方で 若い患者にしばしば発生すること 悪性度が高く難治性の症例が少なくないこと 早期発見が難しいことなど多くの問題を含んでいます ユーイング肉腫も小児や若年者に多く 発見が遅れると全身に転移する

Microsoft Word - tohokuuniv-press _02.docx

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

Microsoft Word - 【最終】Sirt7 プレス原稿

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

平成 30 年 2 月 5 日 若年性骨髄単球性白血病の新たな発症メカニズムとその治療法を発見! 今後の新規治療法開発への期待 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 門松健治 ) 小児科学の高橋義行 ( たかはしよしゆき ) 教授 村松秀城 ( むらまつひでき ) 助教 村上典寛 ( むらかみ

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東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

平成18年3月17日

背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

植物が花粉管の誘引を停止するメカニズムを発見

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

論文の内容の要旨

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

Microsoft Word - 最終:【広報課】Dectin-2発表資料0519.doc

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1. 背景ヒトの染色体は 父親と母親由来の染色体が対になっており 通常 両方の染色体の遺伝子が発現して機能しています しかし ある特定の遺伝子では 父親由来あるいは母親由来の遺伝子だけが機能し もう片方が不活化した 遺伝子刷り込み (genomic imprinting) 6 が起きています 例えば

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

Microsoft Word - 熊本大学プレスリリース_final

背景 人工 DNA 切断酵素である TALEN や CRISPR-Cas9 を用いたゲノム編集技術により 遺 伝性疾患でみられる一塩基多型を導入または修復する手法は 疾患のモデリングや治療のた めに必須となる技術です しかしながら一塩基置換のみを導入した細胞は薬剤選抜を適用で きないため 正確に目的

クワガタムシの大顎を形作る遺伝子を特定 名古屋大学大学院生命農学研究科 ( 研究科長 : 川北一人 ) の後藤寛貴 ( ごとうひろき ) 特任助教 ( 名古屋大学高等研究院兼任 ) らの研究グループは 北海道大学 ワシントン州立大学 モンタナ大学との共同研究で クワガタムシの発達した大顎の形態形成に

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この研究成果は 日本時間の 2018 年 5 月 15 日午後 4 時 ( 英国時間 5 月 15 月午前 8 時 ) に英国オンライン科学雑誌 elife に掲載される予定です 本成果につきまして 下記のとおり記者説明会を開催し ご説明いたします ご多忙とは存じますが 是非ご参加いただきたく ご案

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

細胞膜由来活性酸素による寿命延長メカニズムを世界で初めて発見 - 新規食品素材 PQQ がもたらす寿命延長のしくみを解明 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 杉山直 ) 附属ニューロサイエンス研究セ ンターセンター長の森郁恵 ( もりいくえ ) 教授 笹倉寛之 ( ささくらひろゆき ) 研

2014年

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

概要 名古屋大学環境医学研究所の渡邊征爾助教 山中宏二教授 医学系研究科の玉田宏美研究員 木山博資教授らの国際共同研究グループは 神経細胞の維持に重要な役割を担う小胞体とミトコンドリアの接触部 (MAM) が崩壊することが神経難病 ALS( 筋萎縮性側索硬化症 ) の発症に重要であることを発見しまし

発症する X 連鎖 α サラセミア / 精神遅滞症候群のアミノレブリン酸による治療法の開発 ( 研究開発代表者 : 和田敬仁 ) 及び文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行わ れました 研究概要図 1. 背景注 ATR-X 症候群 (X 連鎖 α サラセミア知的障がい症候群 ) 1 は X 染

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

急性骨髄性白血病の新しい転写因子調節メカニズムを解明 従来とは逆にがん抑制遺伝子をターゲットにした治療戦略を提唱 概要従来 <がん抑制因子 >と考えられてきた転写因子 :Runt-related transcription factor 1 (RUNX1) は RUNX ファミリー因子 (RUNX1

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研究成果報告書

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

細胞外情報を集積 統合し 適切な転写応答へと変換する 細胞内 ロジックボード 分子の発見 1. 発表者 : 畠山昌則 ( 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻微生物学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 多細胞生物の個体発生および維持に必須の役割を担う多彩な形態形成シグナルを細胞内で集積 統

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平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹

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研究最前線 HAL QCD Collaboration ダイオメガから始まる新粒子を予言する時代 Qantm Chromodynamics QCD 1970 QCD Keiko Mrano QCD QCD QCD 3 2

報道関係各位 日本人の肺腺がん約 300 例の全エクソン解析から 間質性肺炎を合併した肺腺がんに特徴的な遺伝子変異を発見 新たな発がんメカニズムの解明やバイオマーカーとしての応用に期待 2018 年 8 月 21 日国立研究開発法人国立がん研究センター国立大学法人東京医科歯科大学学校法人関西医科大学

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細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺伝子変異を全身に持つキメラマウス ( 注 2) の作製に成功した CCS-iPSCs から作製したキメラマウスでは皮下組織で腫瘍が発生したが 他の組織では遺伝子変異が存在するにもかかわらず細胞老化 ( 注 3) により腫瘍の形成が抑制されていた 細胞老化による発がん抑制メカニズムを明らかにするとともに その分子基盤を標的とする新たながん治療法開発の可能性を見出した 2. 概要 : 岐阜大学医学部整形外科 ( 研究当時 : 京都大学 ips 細胞研究所 ) の河村真吾助教 東京大学医 科学研究所の伊藤謙治特任研究員 山田泰広教授らの研究グループは 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS) のマウスモデルに形成された腫瘍の細胞株から ips 細胞を樹立し この ips 細胞をマウスの胚盤胞 ( 注 4) に移植することで CCS と同じ遺伝子変異を持つキメラマウス を作製しました これまで 発がんには遺伝子変異が重要であることがわかっていましたが 遺伝子変異以外の他の要因の重要性は十分にわかっていませんでした 本研究では 作製し たキメラマウスの組織を詳細に調べることで 遺伝子変異が存在しても多くの組織では腫瘍 は形成されないことを示しました また このキメラマウスでの腫瘍抑制には細胞老化が関 与していることを明らかにしました さらに この分子基盤を明らかにすることで がん細 胞に細胞老化を誘導し がん細胞の増殖を抑制できることを示しました 本研究成果は 発 がんには遺伝子変異だけでなく 細胞 組織ごとに異なるエピゲノム ( 注 5) も重要であることを個体 レベルで明らかにするとともに がん細胞のエピゲノムを標的として人為的に細胞老化を誘導するこ とで発がんを抑制するという 新たながん治療法開発の可能性を提示しました 3. 研究内容 : ( 研究背景 ) 遺伝子変異 (DNA の配列異常 ) は発がんの原因の一つと考えられています 一方で 細胞 組織ご とに異なるエピゲノム ( 遺伝子配列の使い方 ) も発がんにおいて重要であることが示唆されています ま た近年 個体の老化に関与している細胞老化が 発がんの抑制機構として働いていることがわかって きました 本研究では 若者に発生するが高齢者では少ない CCS に着目し 発がんにおけるエピ ゲノム制御の重要性と細胞老化の役割を個体レベルで解明することを目指して研究を行いました ( 研究結果 ) 1. 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS) 由来の ips 細胞 (CCS-iPSCs) からキメラマウスの作 製に成功 ( 図 1) 我々の研究グループは CCS のマウスモデルに形成される腫瘍から CCS の細胞株を樹立していました (Yamada et al., JCI 2013) 今回の研究では このがん細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を樹立 して研究に用いました CCS-iPSCs をマウスの胚盤胞に移植することで CCS の遺伝子変異 (DNA の 配列異常 ) を持ち かつ薬剤依存的に CCS のドライバーとなる融合遺伝子 (EWS/ATF1 融合遺伝子 ) を発現誘導することが可能な細胞を全身に持つキメラマウスの作製に成功しました このキメラマウスに

薬剤を飲ませて EWS/ATF1 融合遺伝子の発現を再誘導したところ 全身のさまざまな組織で EWS/ATF1 を発現しているにもかかわらず 皮下組織でしか腫瘍は形成されないことを明らかにしまし た このことから 発がんには遺伝子変異だけでなく 細胞 組織ごとに異なるエピゲノム ( 遺伝子配列の使い方 ) も重要であることが示されました 2. CCS-iPSCs を用いて作製したキメラマウスにおいて 腫瘍の形成が認められなかった多くの組織では細胞老化が起きることを発見 ( 図 2) 続いて CCS-iPSCs を用いて作製したキメラマウスでの発がん過程を詳細に解析しました 近年の研究により 細胞老化ががん抑制機構として働いている可能性が提示されていることから 細胞老化を示すマーカーとして知られている遺伝子群 (p21, p53) の発現に着目しました その結果 腫瘍が形成されなかった多くの組織では これらの細胞老化に関連する遺伝子群が発現しており さらに細胞増殖も停止していることから 細胞老化が起きていることがわかりました 一方で 腫瘍が形成された皮下組織では細胞老化の回避が起こり 速やかに活発な細胞増殖が誘導されることを示しました 3. 細胞老化により腫瘍が抑制される分子基盤を解明 ( 図 3) がん細胞と同じ遺伝子変異をもつにもかかわらず 細胞老化が誘導され細胞増殖が停止するメカニ ズムを明らかにするために CCS と同じ遺伝子変異をもつキメラマウス胎児由来の線維芽細胞 ( 注 6) を用いて大規模なエピゲノム解析を行いました その結果 線維芽細胞では遺伝子発現に重要な役 割をもつエンハンサー領域 ( 注 7) が元々のがん細胞である CCS とは大きく異なることがわかりました さらに この知見を踏まえ CCS の細胞株において認められる特定のエンハンサー領域を人為的に変 化させることによりがん細胞である CCS に細胞老化が誘導され 細胞増殖が抑制できることがわかりま した これらの結果から がん細胞のエピゲノム状態を制御して細胞老化を誘導することで新たながん 治療法を開発出来る可能性を提示しました ( まとめと展望 ) 本研究では 発がんの抑制における細胞老化の重要性を個体レベルで明らかにしました また 細 胞 組織ごとに異なるエピゲノム 特にエンハンサー領域の違いが 細胞老化誘導の違い さらには腫瘍形成の違いの原因となっていることを明らかにしました また がん細胞で認められるエンハンサー 領域を人為的に変化させることで がん細胞に細胞老化を誘導し 細胞増殖を抑制することを示しまし た 以上の結果から がん細胞のエピゲノムを標的とすることで細胞老化の仕組みを利用したがんの 制御法の開発に貢献できる可能性が示されました 本研究への支援 本研究は 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) の革新的先端研究開発支援事業 (AMED-CREST) 全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明 研究開発領域における 研究開発課題 時空間老化制御マウスを用いた細胞老化が及ぼす個体生命機能の理解 ( 研究開発 代表者 : 山田泰広 ) 次世代がん医療創生研究事業 (P-CREATE) における研究開発課題 異分野先 端技術融合による薬剤抵抗性を標的とした革新的複合治療戦略の開発 ( 研究開発代表者 : 山田泰 広 ) および日本学術振興会 ( 科研費基盤 A) リプログラミング技術を応用したがん研究 ( 研究代表者 : 山田泰広 ) の一環で行われました

4. 発表雑誌 : 雑誌名 : Nature communications 論文タイトル : Cell-type dependent enhancer binding of the EWS/ATF1 fusion gene in clear cell sarcomas 著者 : Shingo Komura, Kenji Ito, Sho Ohta, Tomoyo Ukai, Mio Kabata, Fumiaki Itakura, Katsunori Semi, Yutaka Matsuda, Kyoichi Hashimoto, Hirofumi Shibata, Masamitsu Sone, Norihide Jo, Kazuya Sekiguchi, Takatoshi Ohno, Haruhiko Akiyama, Katsuji Shimizu, Knut Woltjen, Manabu Ozawa, Junya Toguchida, Takuya Yamamoto, Yasuhiro Yamada* 5. 注意事項 : 日本時間 9 月 5 日 ( 木 ) 午後 6 時 ( 米国東部夏時間 :5 日 ( 木 ) 午前 5 時 ) 以前の公表は禁じられてい ます 6. 用語解説 : ( 注 1) 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS) 皮下組織や筋肉などの軟部組織から発生する悪性腫瘍を軟部肉腫といい その中でも皮膚や四肢 ( 特に下肢 ) などの軟部組織によくできる腫瘍 20 歳から 30 歳代の若者によく発症することが知られる EWS 遺伝子と ATF1 遺伝子が融合した遺伝子 (EWS/ATF1 融合遺伝子 ) がドライバー遺伝子として知 られている ( 注 2) キメラマウス 2 種類以上の異なる系統のマウスの細胞と発生初期の胚を融合させることにより 人工的に作られるマ ウス 全身が移植した細胞と胚の遺伝的に異なる細胞から成る ( 注 3) 細胞老化 細胞が分裂を停止し 増殖できない状態が引き起こされる現象 細胞の分裂寿命の他 がん遺伝子の 活性化や酸化ストレス DNA 損傷などによって誘導されることがわかっている 細胞老化は個体の老化の原因となっていることが考えられている一方で 発がんの抑制機構として働くことが知られている ( 注 4) 胚盤胞 哺乳類の受精卵で 卵割期の終わった時期にある胚のこと ( 注 5) エピゲノム DNA の塩基配列を変えることなく 遺伝子のはたらきを決めるしくみをエピジェネティクスとよび その情報の集まりをエピゲノムという 主に DNA のメチル化やヒドロキシメチル化 ヒストンタンパク質の修飾 ( メチル化 アセチル化 リン酸化など ) やクロマチン (DNA とヒストンタンパク質の複合体 ) 構造の変換などが知られている ( 注 6) 線維芽細胞皮膚などの結合組織を構成する主要な細胞 コラーゲン ( 膠原線維 ) などの成分を作り出す

( 注 7) エンハンサー領域 遺伝子の発現量を増加させる作用をもつ DNA 領域のことをいう 通常 エンハンサー領域のクロマチ ン構造はオープンになっており 遺伝子発現に関わるさまざまなタンパク質が結合出来るようになっている 7. 添付資料 : 図 1: CCS-iPSCs からキメラマウスの作製に成功 CCS 細胞株から樹立した ips 細胞 (CCS-iPSCs) は がん細胞である CCS 細胞株と同じ遺伝子配列情 報をもっていた ( 上図 ) CCS-iPSCs から作製したキメラマウスでは 速やかに皮下組織に腫瘍の形成 が認められた ( 下図 矢印 ) 図 2: 作製したキメラマウスにおいて 腫瘍の形成が認められなかった多くの組織では細胞老化が起こ っていた ここに示す全ての組織 ( 肝臓 腎臓 胃 毛包 ) では細胞老化に関与する p53 や p21 遺伝子の発現が確認され 細胞老化が起こっていることがわかった

図 3: 細胞老化の誘導による新たながん治療法開発の可能性 同じ遺伝子変異をもつにもかかわらず 細胞老化を回避できる細胞は末梢神経の細胞のみであった 細胞老化の誘導 / 回避にはエンハンサー領域の違いが重要であることを明らかにした CCS 細胞株のエンハンサー領域を変化させると CCS 細胞の老化細胞の割合が増加し 細胞増殖が抑制されることがわかった