政策研究レポート 2009.10.10(No.30) 1 連載 市民と職員のための 自治基本条例読本 その 11 2 コラム 自治体の不正経理問題 3 コーヒーブレイク 墨つぼ 大原麗子さんの死 自治体総合政策研究所
連載 市民と職員のための 自治基本条例読本 その 11 自治体総合政策研究所 石井秀一 2 自治基本条例の歴史的系譜 前節の どういう条例にするのか の中で触れましたが 自治体 ( 地方政府 ) を創っ たのは主権者である住民であるということを基本視座において自治基本条例をとらえな くてはならないと説明しました また 二元代表制というのは あくまでも主権者であ る住民の代行機構 ( 首長 議会) であり この代行機構に委託して事務の処理をさせているに過ぎないという点から 議会を含めた総合型の自治基本条例の制定が不可欠であることも述べました そして 住民自治 の内実を強化し 深めていくために 市民が目指すべき条例は 具体的な制度 ( 手続 ) 型の自治基本条例であると述べたところです そこで もう少し理解を深めるという観点から この総合型 制度型の自治基本条例の歴史的系譜を 神原勝北海道大学大学院教授の研究を参考に 整理し 見ていくことにします 川崎市都市憲章原案 今から 40 年ほど前に 川崎市で自治基本条例の前史的で 先駆的な試みがなされました 川崎市は 小林直樹東京大学教授 ( 憲法学 ) をはじめとする 9 名の学者からなる 川崎市都市憲章起草委員会 を設置しました ここでいう 都市憲章 とは シティー チャーターの訳語です 米国の地方自治体にあたるカウンティ ( 郡 ) やシティ ( 市 ) では 行政組織を住民が選べるなど自治に関して 独自のチャーター ( 自治憲章 ) を定めることができるようになっています ( ホーム ルール チャーターとほぼ同義と考えてよいでしょう ) 上記委員会は アメリカ全国都市連盟が作成した モデル都市憲章 ( 本項末尾に掲載 ) を参考にしながら 市として独自の都市憲章原案を作成しました その都市憲章原案の - 2 -
構成は 前文 第 1 編平和 市民主権 自治 ( 都市存立の基礎要件 ) 第 2 編 人間都市 川崎の創造( 都市づくりの基本構想 ) 第 3 編最高性 改正 からなっています ( 憲章原案は 60 か条の大部な条例となっていますので 第 1 編と第 3 編のみを 参考のために本項の末尾に掲載しました ) 第 1 編は 市民の知る権利や参加する権利等を定めるなど 公開と参加 による自治体運営のための具体的な制度創設を企図しています 第 2 編は 都市づくりの基本構想 という副題から分かるように 生活 環境 福祉 文化 都市計画などの多分野にわたって 市の基本的な政策ビジョンを規定したものです アメリカの モデル都市憲章 を参考にしながらも ここに川崎市の都市憲章原案の特色が出ています つまり 政策を中心にした条例案 ( 憲章原案 ) だということです それには 時代背景があるのです 1970 年代は 急激な都市型社会への移行期であり 様々な都市問題が噴出した時代でもありました そのため 自治体においては 都市政策の確立が急務となっていたわけです そういった意味で 川崎市の都市憲章原案は 都市 ( まち ) づくり綱領 的性格を有していました それ故に 都市憲章原案は 都市政策ビジョンを中心に組み立てられているわけです この点が 現在の自治基本条例と大きく異なっているところです つまり 今日の自 治基本条例は Ⅰ もっぱら自治体運営の健全な仕組み 枠組みを整備し Ⅱ 政策 の基本構想や具体の政策はそうした仕組み 枠組みを通してアウトプットされるもの ( 神原勝 自治基本条例の理論と方法 13 頁 傍点 下線は筆者 ) だからであり 政策条例 ではないからです ただ この都市憲章原案の第 1 編と第 3 編は 今日の自治基本条例の規定に通ずる普遍性を持っており その意味では 自治基本条例の原型として位置づけられるものです ところで 川崎市の都市憲章原案の第 1 編にわずかな条文しかないのは何故でしょうか それは 地方自治法が 自治体の基幹的な制度を画一的に先占 ( せんせん ) しているからです 序章でも説明しましたが 地方自治法は 321 の条文をもつ大部な法律です しかし その条文構成を見ると 団体自治 に関するものがほとんどであり それらは画一的 詳細に規定されています それに比して 住民自治 に関するものは わずか 9か条しかないのです ( 詳細は 2009 年 1 月号 3 自治基本条例とは何か 4) を参照のこと ) つまり 住民自治 に関しては 規定の密度が極めて薄く 法律の空白地帯を生んでいました 40 年前の時代では 川崎市としては精一杯の規定だったわけです しかし 現在は これら川崎市をはじめとした先進自治体の努力によって この空白地帯に植えられた 住民自治 制度の種が立派に育ち 今日の制度に至らしめているわけです 情報公開 市民参加 総合計画 政策評価などはまさしくその例です これらの制度開発を前提に 自治体は 今日 それらの制度を総合化 体系化する自治基本条例を制定することができるようになったというわけです - 3 -
アメリカ全国都市連盟作成のモデル都市憲章 ( 見出しのみ ) 第 1 章市の権限第 1 条市の権限第 2 条権限規定の解釈第 3 条市の権限第 2 章市議会第 1 条市議会の構成 市議会議員の資格要件 選挙および任期第 2 条市議会議員の報酬および実費弁償第 3 条市長第 4 条一般的な権限および任務第 5 条市議会議員に関する禁止事項第 6 条市議会議員の欠員 失職および欠員の補充第 7 条市議会議員の資格要件の判定第 8 条市書記第 9 条市議会の調査権第 10 条市議会の自主監査権第 11 条市議会の運営手続第 12 条条例の形式をとる必要のある議決第 13 条一般条例第 14 条緊急条例第 15 条技術的細則のコード第 16 条確認および記録 分類コード 印刷第 3 章市支配人第 1 条市支配人の任命 資格要件および給与第 2 条市支配人の解任第 3 条市支配人代理第 4 条市支配人の権限と職務第 4 章行政部局第 1 条一般的規定第 2 条人事制度第 3 条法務主任官第 5 章財政手続第 1 条会計年度第 2 条予算および予算教書の提出第 3 条予算教書 - 4 -
第 4 条予算第 5 条市本計画第 6 条予算に関する市議会の措置第 7 条資本計画に関する市議会の措置第 8 条公式の記録第 9 条予算採択後における補正第 10 条予算の失効第 11 条予算の執行第 6 章計画第 1 条計画主任官第 2 条都市計画委員会第 3 条総合計画第 4 条総合計画の実施第 5 条調停委員会第 7 章指名および選挙第 1 条市の選挙第 2 条指名第 3 条市議会議員選挙の投票第 4 条選挙立会人および異議申立人第 5 条選挙結果の判定第 6 条条例および憲章改正のための投票第 7 条投票機械第 8 条投票権者名簿の提供第 9 条市議会議員の選挙区およびその調整第 8 章市民の発案権および住民投票第 1 条一般的権利第 2 条手続きの開始 請求人委員会および口供書第 3 条市民の発案および住民投票に関する請求第 4 条請求書提出後の手続第 5 条住民投票に関する請求書および条例の効力の停止第 6 条請求書に関する措置第 7 条住民投票の結果第 9 章一般的規定第 1 条財政に関する個人的利害関係第 2 条禁止事項 - 5 -
第 3 条憲章の改正第 4 条課句規定の分離第 10 章経過規定第 1 条行政職員および一般職員第 2 条行政部局および機関第 3 条進行中の事務第 4 条州および市の法令第 5 条移行のスケジュール 川崎市都市憲章原案抜粋 前文 < 略 > 第 1 編平和 市民主権 自治 ( 都市存立の基礎要件 ) 第 1 章都市の平和 ( 平和権 ) 第 1 条わたくしたち市民は 正義と秩序を基調とする国際平和を希求し 平和のうちに生存する権利を有することを確認する ( 平和都市の建設 ) 第 2 条わたくしたち市民は あらゆる機会を通じて平和都市の創造と建設につとめる 戦争を目的とする施設 平和に反する施策は認めない ( 国際都市提携 ) 第 3 条わたくしたち市民は 平和を愛するすべての国の都市および市民との相互交流と提携をはかり 平和に寄与するようつとめる 第 2 章市民主権自治 ( 市民主権 ) 第 4 条わたくしたち市民は 川崎市の主権者であり 都市づくりの主体である 2 わたくしたちは この原則に基づき つねに市民としての意識の高揚に心がけ 市政に対し積極的な関心をはらい これに参加するようつとめる ( 自治権 ) 第 5 条わたくしたち市民の自治権は わたくしたちの基本的人権であり かつ都市の自治権は 地方自治の本旨に基づく固有権である 2 市民および市は 自治権を不当に侵害する行為に対して抵抗する権利を有する ( 自治権の確立 拡充 ) - 6 -
第 6 条わたくしたち市民は 自治権の確立 拡充につとめ 川崎市を名実ともに民主的な自治都市とする 2 市民および市は 自治権の確立 拡充のため つねに一体となって かつ他の都市等と連携して 最大限の努力をはらわなければならない ( 主権者としての市民の権利 ) 第 7 条わたくしたち市民は 次にかかげる権利 その他主権者としての権利を有することを確認する 1 選挙権および被選挙権 2 直接請求権 3 住民投票権 4 住民監査請求権および住民訴訟権 5 市の提供するサービスをひとしくうける権利 6 市の施設をひとしく利用する権利 7 市の財政状況を知る権利 8 請願権 9 陳情権 ( 知る権利 ) 第 8 条わたくしたち市民は 川崎市の主権者として つねに市政の実情を知る権利を有する 2 市長 市議会議員その他市の公務員 ( 以下 市長等 という ) は つねに市民に対し 具体的な手段方法により 市政の実情を知らせなければならない 3 市議会の会議 議事は 公開が原則である 市長は 市民にあらかじめその日時 議案等について知らせなければならない 4 市長および市議会は 市の条例 規則集 予算書 決算書 議会の会議録 財政状況の報告書 公報 市勢概要 統計書 都市計画図書その他市政に関する資料について 公共の場所で市民が自由に閲覧できるようにするなど 最大限の便宜をはからなければならない ( 参加する権利 ) 第 9 条わたくしたち市民は 川崎市の主権者として 市政に参加する権利を有する 2 市長および市議会は 法令に定める審議会等のほか公聴会その他各種集会を開催するなど 市民が最大限に市政に参加できるよう配慮しなければならない 3 市民主権と参加の原則に基づき 市政に関する調査 研究 審議等を行なう市民の会議を設置することができる 4 市民は 有権者総数の 3 分の1 以上の者の連署をもって市政上の問題につき 市長に 住民投票を行なうよう要求することができる ( 市民の義務 ) - 7 -
第 10 条わたくしたち市民は 普通教育の義務 勤労の義務 納税の義務および市から提供をうけるサービスに対して負担する義務等を 市民としての自覚のもとに 誠実に履行しなければならない ( 市民の責務 ) 第 11 条わたくしたち市民は 市民に保障された自由と権利の乱用をいましめ 権利の行使にあたっては つねに市民全体の福祉を配慮しなければならない 2 わたくしたち市民は 近隣相互 地域社会および全市の市民の利益を配慮しあいながら 快適な市民生活を営める都市づくりをすすめるようつとめなければならない 3 わたくしたち市民は 共同生活の規律を守り 公共の場所または施設等を全市民の共用の財産として清潔に保持し 大切にあつかわなければならない 4 わたくしたち市民は 相互の人格を尊重し よき市民としての栄誉と誇りをもって行動するようつとめなければならない 5 わたくしたち市民は 世界に窓をひらく川崎市の一員として 広い視野と良識をもって 国際的連帯の推進につとめなければならない ( 事業者の社会的責任 ) 第 12 条すべての事業者は その事業活動により市民の健康 生活その他の良好な都市環境をおかすことのないよう みずからの責任と負担において必要な措置を講じるとともに 市の施策および都市づくりに積極的に協力しなければならない ( 市外からの通勤 通学者等 ) 第 13 条川崎市外に居住し 市内に土地 建築物等を所有する者 市内に通勤 通学する者および市の公共の場所または施設を利用する者等は 法令に定める例外を除き この憲章の適用をうける 第 2 編 < 略 > 第 3 編最高性 改正第 10 章改正 ( 憲章の改正 ) 第 59 条市長は この憲章の改正について 有権者総数の 3 分の1 以上の者の連署をもって住民投票を行なうよう要求があった場合は 市民の意見をきくため住民投票を行なう 第 11 章最高条例 ( 憲章の最高性 ) 第 60 条この憲章は 川崎市の最高条例であって 市長等および事業者等は 市民とともにこの憲章を尊重し擁護する義務を負う - 8 -
政策条例型と運営条例型 こうした川崎市の都市憲章の試みは 大変意義あるものでしたが それが直接自治基本条例に繋がったというわけではありません 川崎市の都市憲章原案は 政策条例としての側面が中心でしたが 同時に運営条例としての側面も一部有していました 1990 年代に入ると 政策条例は独自の領域を形作るようになりました これは国の政策と連関しているわけですが 自治体の政策現場では 環境基本条例など 環境 福祉 文化 産業など各分野ごとの いわゆる分野別政策 ( 基本 ) 条例が多数制定されるようになりました 一方 同じく 1990 年代に入ると 地方分権改革が進行し 自治体の自己決定 自己責任の原則が強く言われるようになりました ( その原則は 新地方自治法 (2000 年施行 ) によって 明確化された ) 自治体が 地方政府として 自己決定 自己責任を果たしていく上で 主権者である住民の合意形成に関する制度や 質の高い政策を創り出す制度などの創設とそれらを運営していく制度 すなわち 自治体運営 のための制度の創設が求められてきたのです このような流れの中で 次第に 政策 と 運営 は区分されるようになりました そして 前述したように 情報公開 市民参加 総合計画 政策評価などの自治体運営のための個別制度の条例化によって これらの制度を総合化 体系化する自治基本条例という構想が生まれることになったわけです 授権型と自治型 そして行政型と総合型へ 地方自治基本法 の構想( 詳細は 2009 年 1 月号 3 自治基本条例とは何か 2)2を参照のこと ) については 既に説明しました そこで 詳細な説明を省きます 端的に言って この構想は 現行の地方自治法が 自治体運営について画一的ないし制約的な規定をしているため それぞれの自治体の自由で 多様な市民自治による運営の制度を保障するものになっていないという現状認識から 地方自治法の上に位置する 地方自治基本法 を制定し この法律によって 自治体に授権という形をとって 自治体が独自に自治基本条例を制定するという構想です 現在 この方法は採用されていませんが 今後 自治基本条例が成熟していく上で 必要な法整備の形ではないかと思います ( もちろん 地方自治法の改正という方式もあります ) こうした自治基本条例の型を 授権型 とすると 現在 自治体で進められている自治基本条例の型を 自治型 と区分することができます これは 法律によることなく 憲法 94 条の条例制定権に基づいて 自治体が制定する条例であるということなのです この 自治型 の自治基本条例は さらに 行政型 と 総合型 に区分されます 行政型 とは 前節で説明したとおり 議会に関する規定が含まれていない自治基本条例 すなわち 行政基本条例 のことです - 9 -
当初 ニセコ町の まちづくり基本条例 は この 行政基本条例 に分類されるものでした しかし 2005 年 12 月 議会の条項が追加され 議会に関する条項も含まれている 総合型 の自治基本条例となりました 以上 自治基本条例の系譜について述べてきましたが これらを図式化すると以下のとおりです ( 神原勝 前掲 9 頁の図引用 ) 自治基本条例の系譜 A 憲章型 ( 自治体政策 + 自治体運営 ) 政策型 運営型 B 授権型 C 自治型 D 行政型 E 総合型 ( 行政基本条例 ) ( 自治基本条例 ) 川崎市の試みから 40 年間 様々な時代をくぐって 様々な社会状況を経て そして 市民自治に関わる制度開発を経て ようやく総合型の自治基本条例に到達したわけです ところで ニセコ町の まちづくり基本条例 が制定されてから ほぼ 10 年が経過しようとする中で 各自治体の自治基本条例においては ほとんど 総合型 の自治基本条例が制定されてきています 近年 行政型 のものにはお目にかかってはいません それで あまり 行政型 というものには関心を持っていませんでしたが 余りに議会側の認識不足による抵抗がひどい場合は 行政型 という形式もあってもよいかもしれません 神原教授は この点について 次のように述べています 最初から 議員 議会についても具体的な規定を入れた総合型の自治基本条例が制定できればよいのですが 現実は 議員 議会の側にその条件が整っていない場合が多いようです 中略 そこで このような一般的な状況を勘案すれば これから自治基本条例を制定しようとする自治体は やはり 制定に至る道のりを戦略的に構想する必要があります ( 神原 - 10 -
勝 前掲 25~26 頁 ) として 次の三段階を示しています Ⅰ 個別の制度改革を先行させて自治基本条例に組み込まれる制度の水準を高める Ⅱ Ⅰの個別制度の改革が相当程度進んだ段階で 具体性のある自治基本条例を制定する 1 行政に比べて議会改革の進行が進まない場合は行政基本条例を先行制定する 2 行政 議会の改革がともに進んだ段階で自治基本条例を制定する 結局 自治基本条例が 行政型 になってしまうのは 議会改革の進んでいない自治体であるとの証左を受けることとなり 議会側としては いささか沽券に関わることではないでしょうか 前にも述べましたが 抵抗している議員の話を聞くと まったくの的外れか 認識不足による誤解がほとんどです 正しく認識すれば 議会自ら自治基本条例制定を推進する立場にあることが明確になります 条例制定のイニシアチブをとる首長 ( 行政 ) 側が 議会側に正しい認識がなされるよう勉強会 研修会 資料の提供などを活用して 事前の準備に十分な時間をかけることは大切なことでしょう それでも 議員の半数以上が反対で 議会の条項を入れられないようであれば 行政型 をまずはお薦めしたい しかし そういう自治体は 近年 稀有 な状態になりつつあります それは何よりも 地方分権改革の進展に伴い 地方議会改革は焦眉の急である との認識が 議員の皆さんに共有されつつあるからではないでしょうか ( つづく ) - 11 -
コラム 自治体の不正経理問題 調査自治体すべてで不正経理 会計検査院が今年度調査した 28 自治体 すべてにおいて不正経理が指摘され その額は 20 数億円に上った 結局 昨年と今年に検査を受けた 40 自治体すべてで不正経理が発覚したことになった 前号でも紹介したが 千葉県では 国土交通省と農林水産省の補助金に絞った調査で約 11 億円が発覚したところであるが その後 県の内部調査で総額約 30 億円の不正経理があったことが公表されている 出納部門を経由しない会計処理 会計検査院は 調査自治体のうち最も不正額が少なかった秋田県と千葉県を比較し 両県の内部統制のあり方も調査している その結果 両県には物品の発注過程におけるチェックシステムに大きな差があったとした 検査院は 昨年の 12 道府県の調査の中で 私的流用の温床になるとして問題視した いわゆる 預け ( 物品を架空発注して代金を業者に保管させる ) が多額だった県を調査 分析した その結果 出納部門を通さず 各部署で直接調達することが可能な会計システムであったことが分かった 預け の大部分は こうした部署発注の中で見つかっていると分析した 問題の千葉県でも 同様に 事務用品の発注などは原則として出納部門を通さなくても 各部署で調達することができることになっている しかも 大半の部署で担当職員が1 人で処理し 出納部門など別の部署が 発注内容と納入物品のチェックをする仕組みにはなっていなかった 必ず出納部門を経由する方式 秋田県では 95 年に飲食費や旅費など約 9 億円の不正経理が発覚し 知事が辞任した この反省から 同県では新しい体制づくりと再発防止に取り組んできた 秋田県では 発注は各部署とも出納部局を通さないとできないシステムになっている 納入時も発注者とは別の担当者が物品を確認することになっている これまで どの自治体も少額の物品購入等については 各部署で会計処理をしていた あまりに少額なものまで すべて出納部門で対応することは 事務が煩雑となり 出納部門の事務量が大幅に増加すると考えられてきた また 各部署には出納責任者が置かれ 毎年職員研修が行われるなどして 不正経理等がないよう適正な会計処理が行われるため - 12 -
の訓育を行ってきた しかし ここに至っては 個人的な犯罪行為は論外として 部署ぐるみで何らかの裏金を作るという行政文化は 徹底的に解消されなくてはならない そのためのシステムの開発をしなくてはならない これは全自治体の喫緊の課題だといっても過言ではない 不正経理解消のために 1 懲戒処分と刑事犯としての告発首長は 幹部職員を集め もう一度不正経理がないか職員に問い 申し出がない場合は 以後 不正経理事案が発覚した場合 内部的な処分 ( 懲戒処分 ) はもとより 公金横領罪 詐欺罪 公文書 私文書偽造罪等で告発する旨 表明すべきであろう 2 不正経理防止システムの構築まずは組織内での不正経理防止システムをどのように構築するかであろう 第三者委員会を立ち上げ 提案をもらう方式であっても良いだろう その際 秋田県方式のように 必ず出納部門を経由させるなど 不正の温床となった担当部署内での経理処理が完結する事を阻止するシステムの構築が必要であろう 3 外部監査方式の導入県には監査委員会という一応 独立組織があるが その形骸化が指摘されている そのために一時的であってもよいから 外部監査組織 ( 第三者委員会なども含む ) の導入を試みる必要がある コストがかかるというが 何億 何十億と公金の不正支出をしている事を考慮すれば 微々たるものではないだろうか 4 内部告発制度の創設近時 スーパーの食品偽装などで 従業員からの内部告発で 不正が発覚することが多々ある 日本文化的には 身内を告発するのはと抵抗感があるようであるが 行われている不正行為は たとえ少額であっても犯罪行為に該当するおそれの強いものである また 内部告発制度は 不正経理のみならず 他の行政の執行等に関し 不正を正し 健全な行政運営に資するものであるので これらを早急に導入する必要がある 5 予算システムの改善裏金づくりを助長している背景としての 予算使いきり の問題である 予算は使い切らないと翌年度減らされる 余った補助金は返すより使った方が手間がかからない などという考えが 裏金作りを助長している 余す ことにアドバンテージ ( 有利的評価 ) を与えるなどの仕組みを構築する必要がある 6 職員の意識改革公金は自分たちの金でなく 納税者から託されたものであるという当たり前のことであるが 繰り返し 職員研修を通じて意識改革をしていく必要がある 地方分権における財源移譲を進めて行く上で この不正経理問題の解消は避けては通れ ない問題である すべての自治体は 腰を据えて早急に取り組んでもらいたい - 13 -
コーヒー ブレイク 墨つぼ 小学生の頃 父が持っている道具箱が気になって仕方がなかった 道具箱の中には 鋸 ( のこぎり ) 鉋 ( かんな ) 鑿 ( のみ ) 錐 ( きり ) 玄能 金槌 曲尺 罫引 ( けびき ) 墨つぼなど 幾種類もの道具がぎっしりと詰まっていた 私は 父の道具箱の中で 罫引 ( けびき ) や墨つぼに その形ゆえに大変興味を持っていた とくに墨つぼというものには強い興味があった あの糸車のような輪っかは何のためにあるのか そして ため池のような穴の中にある黒い綿のようなものは何なのか 墨つぼのフォルム ( 形 ) は 船のようにも見えて 大工道具としては 一風変わっているところが興味を掻き立てるのだ ある時 初めてそれを使っているところを見た 父は 滑車から引っ張り出した糸をぴんと張って それをひょいとつまみ 素早く放した それは 真直ぐな一本の黒い航跡を板肌に残した 瞬間 私はこの道具が大変好きになった 幸田文さんの随筆集 季節のかたみ の中に 墨つぼ という作品がある その中に ものさしは理であり かりにも間違ってはいけないもの でも その理にはあくまでもしたがいながら すみなわには若干の情感があってもいいときく という文章がある ものさしは 理であり 正確無比を旨とし 情 というものは差し挟まないものである しかし 墨縄は 木は縄をもって直にす という諺のように 曲がった丸い木など ふつうの定規では引けない線を引くことができる それは 硬い定規のようなものではなく やわらかい縄という特殊な能力をもった素材によるからである したがって そこには 他のものさしと違った 若干の情感 というものの入り込む余地があるのかもしれない 幸田さんは 所有している墨つぼを実際には使うことはなかったが 大事に仕舞われていた それは 若干の情感 という言葉に強く惹かれて 手放せなかったという話である しかし この墨縄の 情感 の解釈は 歳の重ね方によって 思うところが違うかもしれない 子どもの時には気づかなかったが 日本には 趣のある良い道具 があるなぁとしみじみ思った - 14 -
大原麗子さんの死 今年の 8 月 女優の大原麗子 (62 歳 ) さんが自宅で病死したと報道された 大原麗子と言えば すこし愛して なが ~く愛して のサントリーのCMが懐かしい サントリーの大原麗子のシリーズの基調は けなげで いじらしく かわいらしい妻のシリーズなのである 男ってのは 帰ってくるために 出かけていくんですよね と身勝手な男のセリフ それでも ときどき隣りに おいといて とは けなげな言葉 もちろん これはウィスキーのキャッチコピーなのだ しかし 夫婦間の微妙な関係を表現している このシリーズは 突然のゴルフや釣りなど 夫の身勝手な約束の変更や 気まぐれに対して 妻は かわいらしい嫉妬や反抗をするのである しかし それでも夫の帰宅を待ちわびている妻 いじらしく かわいいのである そして 妻は常に和服なのである ラグビー編では いまから帰る と電話がある 続けて 20 人ほど連れて 帰る と そんな無体な指示 妻は テーブルや椅子を用意し 料理も作って 準備万端 しかし 待てど暮らせど帰って来ない そして やっと玄関のチャイムが鳴る 今の奥様だったら 家に連れてくるなんてNG だろうし 20 人も入る家も稀有なことだろう また 何よりも他人を連れて家に帰るなんて人も極めて少なくなったのではないだろうか 私が若かった頃は 上司の家に数人で上がって ご馳走になったりしたものだ そして 遅くなったときは 迷惑なことにも上司宅に泊まったりしたものだった その時の奥様は まさに大原麗子が演じる妻そのものだったのだろう 大原麗子のCMは 1977 年からスタートして 1990 年代前半の頃まで続いた まさにバブルの時代と重なっている 日本が右肩上がりに勢いづいていた頃だ 男は外で働き 女は家を守る そんな意識がまだまだ強かった時代の頃である CM どおり 身勝手な亭主族をいじらしく支える妻という構図の時代であった 戦後の数十年は 妻というより白い割烹着のお母さんだった たくましい日本のお母さんだった それが やがて妻となった そして 男女同権意識の向上に伴い 今は妻というより パートナーという感じだろうか タイトルは忘れたが 壷井栄の短編にお母さんについて書いたものがあった お母さんは いつも食事が最後で 食べるものは みんなの食べ残しや魚の骨に残った身やら それにお湯をかけて出すスープだったりした お母さんは家庭の中心であり 家の柱のよう - 15 -
に そこに骨を埋めていた そんな存在であったと書かれていた 国が豊かになるにつれて お母さん は 妻 となり パートナー となった 家族や家庭というものの考え方も それに応じて変容して来ているように思う ただ 数理的な平等よりも ハートフルな思いやりが大切ではないかと思う 大原麗子が演じる妻は 昭和 が隆盛の頃のひとつの象徴だったのかもしれない また 昭和がひとつ消えていくような感覚に襲われた そして それは 二度と取り戻すことのできない何かの 喪失 なのかもしれない 昭和 の一時代を画した女優の死は 多くの人に様々な 喪失 感を与えたのではないだろうか そして その 昭和 の女優の死は 孤独死 という新しい時代の象徴でもあった - 16 -