論文の内容の要旨 日本人サンプルを用いた 15 番染色体長腕領域における 自閉症感性候補遺伝子の検討 指導教員 笠井清登教授 東京大学大学院医学系研究科 平成 13 年 4 月入学 医学博士課程 脳神経医学専攻 加藤千枝子 はじめに 自閉症は (1 ) 社会的な相互交渉の質的な障害 (2 ) コミュ

Similar documents
化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

Untitled

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

untitled

平成17年度研究報告

SNPs( スニップス ) について 個人差に関係があると考えられている SNPs 遺伝子に保存されている情報は A( アデニン ) T( チミン ) C( シトシン ) G( グアニン ) という 4 つの物質の並びによってつくられています この並びは人類でほとんど同じですが 個人で異なる部分もあ

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

計画研究 年度 定量的一塩基多型解析技術の開発と医療への応用 田平 知子 1) 久木田 洋児 2) 堀内 孝彦 3) 1) 九州大学生体防御医学研究所 林 健志 1) 2) 大阪府立成人病センター研究所 研究の目的と進め方 3) 九州大学病院 研究期間の成果 ポストシークエンシン

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

Microsoft Word - tohokuuniv-press _02.docx

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

<4D F736F F D204E AB38ED2976C90E096BE A8C9F8DB88A B7982D1928D88D38E968D >

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

すことが分かりました また 協調運動にも障害があり てんかん発作を起こす薬剤への感受性が高いなど 自閉症の合併症状も見られました 次に このような自閉症様行動がどのような分子機序で起こるのか解析しました 細胞の表面で働くタンパク質 ( 受容体や細胞接着分子など ) は 細胞内で合成された後 ダイニン

論文の内容の要旨

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

<4D F736F F D E616C5F F938C91E F838A838A815B835895B68F B8905F905F8C6F89C8816A2E646F63>

染色体微小重複による精神遅滞・自閉症症例

平成14年度研究報告

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

<4D F736F F D A8DC58F4994C C A838A815B C91E5817B90E E5817B414D A2E646F63>

NPシンポジウム

4氏 すずき 名鈴木理恵 り 学位の種類博士 ( 医学 ) 学位授与年月日平成 24 年 3 月 27 日学位授与の条件学位規則第 4 条第 1 項研究科専攻東北大学大学院医学系研究科 ( 博士課程 ) 医科学専攻 学位論文題目 esterase 染色および myxovirus A 免疫組織化学染色

共同研究報告書

( 図 ) 自閉症患者に見られた異常な CADPS2 の局所的 BDNF 分泌への影響

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 P EDTA-2Na( 薄紫 ) 血液 7 ml RNA 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 外 N60 氷 MINテイリョウ. 採取容器について 0

表紙.indd

1. 背景 NAFLD は非飲酒者 ( エタノール換算で男性一日 30g 女性で 20g 以下 ) で肝炎ウイルス感染など他の要因がなく 肝臓に脂肪が蓄積する病気の総称であり 国内に約 1,000~1,500 万人の患者が存在すると推定されています NAFLD には良性の経過をたどる単純性脂肪肝と

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

<4D F736F F D F4390B388C4817A C A838A815B8358>

[ 別紙 1] 論文の内容の要旨 論文題目 NK 細胞受容体 NKG2 の発現解析および KIR (Killer cell Immunoglobulin-like receptor) の遺伝的多型解析より導き出せる 脱落膜 NK 細胞による母児免疫寛容機構の考察 指導教官 武谷雄二教授 東京大学大学

研究成果報告書

血液 尿を用いたライソゾーム病のスクリーニング検査法の検討 に関する説明書 一般財団法人脳神経疾患研究所先端医療研究センター 所属長衞藤義勝 この説明書は 血液 尿を用いたライソゾーム病のスクリーニング検査法の検討 の内容について説明したものです この研究についてご理解 ご賛同いただける場合は, 被

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

Slide 1

神経発達障害診療ノート

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

学位論文の要約

<4D F736F F D20819B8CA48B868C7689E68F D A8CA9967B5F E646F63>

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

PowerPoint プレゼンテーション

U50068.indd

助成研究演題 - 平成 23 年度国内共同研究 (39 歳以下 ) 重症心不全の集学的治療確立のための QOL 研究 東京大学医学系研究科重症心不全治療開発講座客員研究員 ( 助成時 : 東京大学医学部附属病院循環器内科日本学術振興会特別研究員 PD) 加藤尚子 私は 重症心不全の集学的治療確立のた

汎発性膿庖性乾癬の解明

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

Microsoft Word _前立腺がん統計解析資料.docx

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

<4D F736F F F696E74202D FAC8E998E9589C88A7789EF837C E815B FAC90CE2E707074>

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

第 20 講遺伝 3 伴性遺伝遺伝子がX 染色体上にあるときの遺伝のこと 次代 ( 子供 ) の雄 雌の表現型の比が異なるとき その遺伝子はX 染色体上にあると判断できる (Y 染色体上にあるとき その形質は雄にしか現れないため これを限性遺伝という ) このとき X 染色体に存在する遺伝子を右肩に

jphc_outcome_d_014.indd

博士学位論文審査報告書

Microsoft Word _肺がん統計解析資料.docx

博士の学位論文審査結果の要旨

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

4. 発表内容 : [ 研究の背景 ] 1 型糖尿病 ( 注 1) は 主に 免疫系の細胞 (T 細胞 ) が膵臓の β 細胞 ( インスリンを産生する細胞 ) に対して免疫応答を起こすことによって発症します 特定の HLA 遺伝子型を持つと 1 型糖尿病の発症率が高くなることが 日本人 欧米人 ア

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

家政_08紀要48号_人文&社会 横組

遺伝子はどのように病気として現れるか メンデル型遺伝病 : 一つの遺伝子が原因. 遺伝子のタイプと病気のタイプが一対一で対応している.

様式 3 論文内容の要旨 氏名 ( 神﨑光子 ) 論文題名 周産期における家族機能が母親の抑うつ 育児自己効力感 育児関連のストレス反応に及ぼす影響 論文内容の要旨 緒言 女性にとって周産期は 妊娠 分娩 産褥各期の身体的変化だけでなく 心理的 社会的にも変化が著しいため うつ病を中心とした気分障害

妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

1. 研究の名称 : 芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍の分子病理学的研究 2. 研究組織 : 研究責任者 : 埼玉医科大学総合医療センター病理部 准教授 百瀬修二 研究実施者 : 埼玉医科大学総合医療センター病理部 教授 田丸淳一 埼玉医科大学総合医療センター血液内科 助教 田中佑加 基盤施設研究責任者

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 5 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 椎間板ヘルニアの新たな原因遺伝子 THBS2 と MMP9 を発見 - 腰痛 坐骨神経痛の病因解明に向けての新たな一歩 - 骨 関節の疾患の中で最も発症頻度が高く 生涯罹患率が 80% にも達する 椎間板ヘルニア

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

nagasaki_GMT2015_key09

Untitled

生物時計の安定性の秘密を解明

統合失調症に関連する遺伝子変異を 22q11.2 欠失領域の RTN4R 遺伝子に世界で初めて同定 ポイント 統合失調症発症の最大のリスクである 22q11.2 欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子 RTN4R に存在する稀な一塩基変異が 統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました

論文内容の要旨

1. 背景ヒトの染色体は 父親と母親由来の染色体が対になっており 通常 両方の染色体の遺伝子が発現して機能しています しかし ある特定の遺伝子では 父親由来あるいは母親由来の遺伝子だけが機能し もう片方が不活化した 遺伝子刷り込み (genomic imprinting) 6 が起きています 例えば

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

の遺伝子の変異が JME 患者家系で報告されていますが ( 表 1) これらは現在のところ 変異の報告が一家系に留まり多くの JME 家系では変異が見られない もしくは遺伝学的な示唆のみで実際の変異は見つかっていないなど JME の原因遺伝子とはまだ確定しがたいものばかりです 一方 JME の主要な

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

( 様式甲 5) 氏 名 忌部 尚 ( ふりがな ) ( いんべひさし ) 学 位 の 種 類 博士 ( 医学 ) 学位授与番号 甲第 号 学位審査年月日 平成 29 年 1 月 11 日 学位授与の要件 学位規則第 4 条第 1 項該当 Benifuuki green tea, containin

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

Microsoft Word - 1 color Normalization Document _Agilent version_ .doc

Microsoft Word - Ⅲ-11. VE-1 修正後 3.14.doc

<4D F736F F D C A838A815B83588BA493AF89EF8CA C668DDA8DCF816A2E646F63>

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

機能分類や左室駆出率, 脳性ナトリウム利尿ペプチド (Brain Natriuretic peptide, BNP) などの心不全重症度とは独立した死亡や入院の予測因子であることが多くの研究で示されているものの, このような関連が示されなかったものもある. これらは, 抑うつと心不全重症度との密接な

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

Microsoft Word - cjs63B9_ docx

KM_C454e

Transcription:

論文の内容の要旨 日本人サンプルを用いた 15 番染色体長腕領域における 自閉症感性候補遺伝子の検討 指導教員 笠井清登教授 東京大学大学院医学系研究科 平成 13 年 4 月入学 医学博士課程 脳神経医学専攻 加藤千枝子 はじめに 自閉症は (1 ) 社会的な相互交渉の質的な障害 (2 ) コミュニケーション機 能の質的な障害 (3 ) 活動と興味の範囲の著しい限局性の 3 つを主な特徴 とする脳の発達障害である 広義に捉えると児童 100 人に約 1 人が該当する 男女比は 4:1 で男児に多い 自閉症発症のメカニズムはまだ不明であるが 遺伝要因が関与することは遺伝疫学的検討から明らかである 罹患一致率 が一卵性双生児で 60~ 90% 二卵性双生児で 0 ~ 24% というのが多くの研 究の見解であり このような知見をもとに連鎖研究や関連研究などの手法によ り自閉症の原因遺伝子の探索が数多く行われてきている しかし 明らかな 1

原因遺伝子の同定には至っていない その理由の一つとして 自閉症が複 数の遺伝子が関与する複雑疾患であることが考えられる つまり 複数の疾 患感受性遺伝子の変異が小さな寄与をすることにより質的形質としての罹病 性が規定され これに環境要因が加わって発症するというモデルである 民族 により感受性遺伝子が異なる可能性もある為 海外で行われた研究結果を 単純に日本人に当てはめることが必ずしも正しいとは限らないが 日本人にお ける大規模なゲノム解析が行われるだけの対象を得ることは容易ではなく 海 外での報告を参考に本研究を行った 本研究では 自閉症との関連が示唆されているいくつかの候補領域の中 から染色体変異を示す症例が最も多く報告されており さらに自閉症様症状 を現す Angelman syndrome ( AS) における染色体異常の領域でもある 15 番染色体長腕領域 (15q11-q13) に着目した 15q11-q13 領域には父性発 現遺伝子のある large proximal domain (~2Mb) と母性発現遺伝子のある maternal expression domain ( MED; ~ 500kb) とどちらの親由来でも発現 する遺伝子のある domain (~2Mb) がある 前者 2 つの領域にあるインプリン ティング遺伝子の発現は SNRPN (small nuclear ribonucleoprotein polypeptide N) プロモーター領域にある imprinting center (IC) によって制 御されている MED には 2 つのインプリンティング遺伝子 (UBE3A と ATP10C) が位置しており どちらの親由来でも発現する遺伝子として GABA 受容体遺 伝子 GABRB3 GABRA5 GABRG3 がある UBE3A は ubiquitin-protein 2

ligase E3A をコードしており AS の発症に関与している ATP10C 遺伝子産 物はアミノリン酸脂質を輸送する ATP 分解酵素で 細胞膜の整合性の維持 に関与しており 中枢神経系における細胞シグナリングに重要な役割を持つ GABRB3 GABRA5 GABRG3 は自閉症者の海馬で GABA 受容体の密度の 減少がみられることや自閉症者で GABA 作動性の抑制反応の低下がみられ ることから自閉症研究において注目されている そこで 本研究では MED と IC にある 41 SNPs についてと GABA 受容体遺伝子領域にある 11 SNPs に ついて解析し これらと自閉症との関連を検討した 対象と方法 対象は疾患群 133 人 ( 男性 115 人 女性 18 人 ) と健常群 191 人 ( 男性 66 人 女性 125 人 ) である 自閉症の診断は 2 人の児童精神科医が診察し 両親からのインタビューを元に DSM-Ⅳ の診断基準に基づいて行った 健常 群は面接と問診 性格 生活習慣に関しての質問紙による調査を行い 自 閉症スペクトラム障害や主要な精神疾患および身体疾患に罹患していないこ とを確認した なお 研究実施に当たって 東京大学大学院医学系研究科 医学部ヒト ゲノム 遺伝子解析研究倫理審査委員会の承認を受け 被験者 ( 必要時 は保護者 ) に研究内容についての口頭 文書による説明と書面による同意を 得た 3

DNA は被験者の末梢血リンパ球からフェノールクロロホルム法により抽出 した ABI PRISM 7900HT で解析可能な Assay-on-Demand TM の SNPs から MED と IC を含む領域にある 41 SNPs と GABA 受容体領域にある 11SNPs について ABI PRISM 7900HT Sequence Detection System (Applied Biosystems CA) で解析した これらのうち多型が認められなかった 10SNPs については続く統計解析からは除外し 残りの SNPs について SNP 解析ソフト HaploView を使って各 SNPs の対立遺伝子頻度を比較した 連鎖不平衡 度は D で計算し ハプロタイプブロックを調べその頻度を比較した また 統 計解析ソフト Statcel を使って各 SNPs の遺伝子型頻度を χ 2 検定で比較し た さらに MED 領域にある SNPs については TDT 解析を HaploView を使っ て行った 結果と考察 (1)MED 領域 対象全体で対立遺伝子頻度に有意な差はみられなかった SNP8 (rs7164989) の遺伝子型分布に有意差を認めた (p=0.0235) 5 つのハプロタ イプブロックが認められたがどのハプロタイプブロックも有意差はなかった 対象 を男性に限定すると対立遺伝子頻度には有意な差は認められず 遺伝子型 頻度については SNP15 (rs1549477) と SNP16 (rs1549478) についてそれぞれ p=0.0460 p=0.0323 の有意差を示した 4 つのハプロタイプブロックを認めた 4

がどのハプロタイプブロックも有意差はなかった 個々の検定で認められた有 意差は多重検定の特異性を考慮するとすべて消失した 対象全体における TDT 解析により SNP5 (rs4474655) と SNP3 (rs28687287) について有意差が認められた (permutation test p=0.00330 0.0420) 対象を男性に限定すると SNP5 SNP3 SNP25 (rs4906629) SNP28 (rs17637170) の 4SNPs で有意差が認められた (permutation test p=0.000300 0.00160 0.0113 0.0326) これらについても同様に多重検定 の特異性を考慮すると有意差は消失した SNP3 5 8 は SNRPN と SNRPN upstream reading frame( SNURF) の intron region にあり SNRPN はその下流が UBE3A とアンチセンスでオーバー ラップしている SNRPN は父親由来染色体から転写されるインプリンティング 遺伝子であり 母親由来染色体からのみ発現する UBE3A の発現を調節して いる 本研究では UBE3A にある SNPs と自閉症に関連は認めなかったが SNRPN にある SNPs では関連がある傾向を示した SNRPN による発現調節を 介して UBE3A が自閉症の発症に直接的に関与している可能性がわずかだ が示唆される SNP25 と SNP28 は ATP10C の intron region にある ATP10C は aminophopholipid-transporting ATPases のサブファミリーで二重膜をはさん だアミノリン脂質の輸送に関わっており AS の原因遺伝子であることがわかっ ている AS が自閉症様症状を示すことからこれらの SNPs が自閉症に関係し 5

ている可能性がある (2)GABA 受容体領域 対象全体でも男性限定でも対立遺伝子頻度や遺伝子型頻度 ハプロタイ プブロックについて有意な差が認められた SNP やハプロタイプブロックはなかっ た 本研究では GABRB3 GABRA5 GABRG3 と自閉症は関連がないことがわ かった 本研究にはいくつかの問題点がある 研究全体において健常対照群は疾 患群と年齢 性別が一致していない しかし 双生児研究や家族研究 なら びに自閉症の発症年齢が極めて低いことから考えて自閉症の診断確定への 出生後の環境要因の寄与は主たるものとは考えられないので年齢の差は大 きな問題とはならないと考えられる 男女比については 自閉症が女性より男 性に多いことから対象を男性に限定をして解析を行ったが 全体での結果と ほぼ同じ結果が得られた なお 自閉症の診断方法については 本研究では その日本語版がなかったことから Autism Diagnostic Observation Schedule ( ADOS) や Autism Diagnostic Intaview-Revised( ADI-R) を用いていない が 最初の診断から 6 ヶ月のフォローを行っており - 診断の信頼性は十分高い と考えている 6

考察 本研究では 自閉症感受性領域と考えられている 15 番染色体長腕領域 ( 15q11-q13) と自閉症との関連について 日本人を対象に検討した まず 15q11-q13 領域で母親由来染色体の重複が繰り返し確認されている MED とその上流にある IC 領域を検討した MED にある UBE3A と自閉症の関連は 認めなかったが UBE3A の発現を調節している SNRPN の SNPs では関連が ある傾向を認め SNRPN による発現調節を介して UBE3A が自閉症発症に 間接的に関与していることが示唆される また 15q11-q13 領域にあり 海外で自閉症感受性遺伝子として報告され ている GABRB3 GABRA5 GABRG3 について日本人を対象に検討したが 本研究では関連は認められなかった これらの所見はまだ予備的なものであり 今後更なる検討が必要である 7