エアバス 英国フィルトン工場 エアバス機の開発 生産拠点はヨーロッパ各地に展開しており フランス トゥールーズ本部が手がけるのは 全工程の4% に過ぎない 開発 生産工程のうち 翼 燃料供給システム 着陸装置の開発とテストを手がけているのは 英国南西部にあるエアバスのフィルトン工場だ 貿易港として栄えたブリストルに近接した町フィルトンに立地する同工場では 4,000 人以上のスタッフが 全エアバス機の翼の技術開発 デザイン サポートに活躍している A380 および A350 XWB の着陸装置テスト施設 最新軍用輸送機 A400 M の主翼組立工場 風洞試験施設 燃料供給システム試験施設を取材させてもらった 英国におけるエアバス エアバスは英国内で 10,000 人以上を雇用しており 2,000 社以上の協力企業との取り引きを通じ 13 万 5,000 人以上の雇用に貢献している フィルトンを含む南西イングランドは 英国の航空宇宙産業トップ 12 社のうち9 社が立地し 同国の航空宇宙防衛産業の GDP の3 分の1を生み出す イギリス最大の航空宇宙産業クラスターとなっている フィルトン工場はまた 英国における CFRP( 炭素繊維複合材 ) の研究開発の中核となっている 航空宇宙だけでなく あらゆる産業分野で用いられる CFRP の研究を手がけており 年間 1,200 万ポンド ( 約 17 億円 ) の予算を投じている 以上のように 英国の製造業の中核企業のひとつとなっているエアバスだが 近年では高度な教育を受けた中国やインドの人材が次々と送り込まれて活躍している反面 英国を含むヨーロッパの学生は金融などのサービス産業を志向する傾向が強く 英国における次世代の技術競争力の維持に危機感を抱いている そこでエアバスは 英国の教育制度における中等教育修了者および大学受験資格者のうち 理数系教科および英語で所定の成績を達成している学生を対象に 同社で働きながらエンジニアとしての訓練を受けられる教育プログラムに乗り出している Apprentice( 徒弟 ) スキームと名づけられた同プログラムは 3 年制の教育システムで 生徒は最初の1 年間は同社の協力大学で基礎を身につけ 2 年目と3 年目は 各自の希望 能力に応じて フィルトン工場または北ウェールズのブロウトン工場で 実際の仕事を経験しながらトレーニングを受けていく 生徒は6カ月ごとに異なる部署に異動し 個々の仕事だけではなく 全体的な視点で取り組む能力も養われる 現在 同スキームの参加生徒は英国全体で約 600 人にのぼっており 2009 年には新たに
94 人の生徒が参加した 着陸装置テスト施設 この施設では 総 2 階建ての巨大旅客機 A380 および開発中の最新機種 A350 XWB の着陸装置のテストをおこなっている 技術の進歩に伴い 新しい機種には技術者たちの新しい着想が盛り込まれるが 着陸装置に関する新アイディアは この施設でテストされる A380 の着陸装置のテスト設備 実物と同じ部品で造られたフルスケール モデルを用い 稼働状況 制御ソフトやコックピット操作との連動性などを確認する まずは着陸装置の動作を制御するソフトウェアと コックピットから着陸装置に指示を伝える電子システムの稼動テストをおこなう ソフトウェアの誤作動で 着陸装置やテス
ト設備が破損することを避けるためだ 問題が解決すると 次は実際に着陸装置を動かす実地テストに移る 離陸時 着陸時 巡航時など 状況に応じて着陸装置が正常にスイングするか否か ソフトウェアとの連動性を含めて確認する また ステアリングやブレーキ 緊急停止 耐久試験なども実施する 現在は A350 XWB のテスト装置の準備中で 2011 年 8 月に初期テストに入ると 約 30 人のフルタイム従業員が張りつくことになる A350 XWB のテスト装置は A350-800 および A350-900 用が1 機と A350-1000 用が1 機の 計 2 機を新設する 09 年から建設に入っており 設備投資額は約 640 万ユーロ ( 約 7 億円 ) A400 M 主翼組み立て工場 エアバス英フィルトン工場では 最新の大型軍事輸送機 A400 M の主翼の組み立てもおこなっている A400 M は CFRP( 炭素繊維複合材 ) 製の主翼を用いた史上初の大型航空機であり その意味でエアバスは同工場を 開発 製造両面におけるベンチマーク施設とも位置づけている エアバスでは新機種の開発のたびに よりコンパクトかつシンプルな工場レイアウトを追及しており 最新工場のひとつであるフィルトンの A400 M 主翼組み立て工場も例外ではない 同工場での作業は 組み立て 塗装 油圧系などの艤装 の3つの工程に大別されるが 各工程のレイアウトは 実際の生産に取りかかる2 年以上前から計画を練ってきた 3つの工程は それぞれ明確に作業スペースが区分されており 各作業スペースはいずれも工場の出入り口と面しているので 部品 工具 スタッフが直接 作業現場にアプローチできる 軍用施設とあって写真撮影はできなかったが 床に引かれたラインに沿って整然と配置された作業スペースと 隅々まで見通しの利くすっきりしたレイアウトには感銘を受けた 製造設備では 新しく導入したコンピュータ制御の高さ7メートルの全自動ドリル マシンで CFRP の主翼カバーと骨組みに 6,000 カ所の穴あけとボルト締めをおこなっている また 燃料タンクのテストには 潜在的な問題点をより正確に見つけ出すため 燃油ではなく水素によるチェックをおこなっている 主翼の機体への装着は スペインのセヴィリアでおこなわれるが 必要な装備品は全て セヴィリアへの輸送の前にフィルトンで艤装される 油圧システム 火災検知器 自己防衛と探知に用いるワイア ハーネスと光ファイバー ケーブルなどだ また 装備品の装着に先立って約 1,800 のブラケットが取り付けられるが これらもコンピュータ制御とレーザーにより 誤差 0.25mm 以内の正確さで位置決めがおこなわれる
風洞 航空機は空気を切り裂いて飛行する 航空機の模型に風を当てることで飛行中の状況を再現し 航空機が受ける空気の影響を調べる施設を風洞という エアバスのフィルトン工場にある風洞施設は 離着陸時の性能テストをおこなう低速風洞であり A300 から A350 XWB に至るまで 全てのエアバス機の開発に重要な役割を果たしてきた 同工場では 紫外線の反射を利用した空気の流れの計測や 小さな羊毛の束を添付することによる気流の可視化などの方法で 風洞試験をおこなっている また 風洞内の微粒子にレーザーを反射させ空気の動きを読み取る方法や わずかな気圧の変化に反応して色の変わる塗料を模型航空機に塗る方法 空気の動きが生む震動を計測する方法など 新しい技術の開発も進めている 風洞は航空機の開発時だけでなく 実際に航空機が運航現場で経験した想定外の状況のテストも含め ライフサイクルの全ての局面にかかわりを持っている 燃料システム試験施設 屋内の試験施設 写真は A350 XWB のテスト用模型 (4 分の 1 スケール ) 飛行時と同じ ように翼にたわみなどを発生させ 燃料タンク内の液体の振る舞いをチェックする この実験では 燃油の代わりに水を用いている
燃料システムの開発と供給は エアバス英国拠点の最も重要な役割のひとつであり フィルトン工場における主翼開発の中核業務のひとつでもある フィルトン工場の燃料システム試験施設は この種の施設では世界最先端のものとして 2006 年にオープンした 現在は A400 M A350 XWB の2 機種に加え A380 のテストも継続しておこなっている 面積約 5,000 m2のテスト施設は 屋内にあるアヴィオニクス試験施設やコントロール室と 燃料供給用のパイプやポンプを大型模型でテストできる屋外施設から構成されており 燃料システムの稼動コントロール性や 翼の傾きやたわみにより燃料が受ける影響を調べることができる 同施設では 550 人乗り巨大旅客機 A380 の燃料搭載能力の4 分の1に相当する 78,000 リットルの燃料を収容でき 航空機の地上待機中から運航時まで 想定されるあらゆる環境で 燃料が受ける影響をシミュレーション試験する能力を備えている 具体的には 燃料の流量は毎分 6,000 リットルまで 気圧は 16 バール ( 約 16 気圧 ) まで 気温はセ氏マイナス 50 度からプラス 60 度まで 高度換算で 50,000 フィート ( 約 15,000 メートル ) までの条件に対応している また この施設はエアバスのフィルトン工場が立地するブリストル フィルトン空港の滑走路に隣接しており 試験飛行機への燃料供給もおこなうことができる 屋外のテスト施設 飛行中の翼の状況を再現しながら 実際の燃料を用いて試験をおこなう 施設の敷地面積は 50 メートル 50 メートル 安全のため 前掲の屋内試験棟とは 20 メートルの距離を置いて設置されており 防火水槽も併設されている
世界最大の民間旅客機エアバス A380( パリ シャルル ド ゴール空港にて ) 文責 : 石原達也 ( ビジネス航空ジャーナリスト ) ビジネス航空推進プロジェクト http://business-aviation.jimdo.com/ 略歴元中部経済新聞記者 在職中にビジネス航空と出会い その産業の重要性を認識 NBAA( 全米ビジネス航空協会 ) の 07 年および 08 年大会をはじめ 欧米のビジネスジェット産業の取材を 個人の立場でも進めてきた 日本にビジネス航空を広める情報発信活動に専念するため退職し 08 年 12 月より フリーのジャーナリストとして活動を開始 ヨーロッパの MRO クラスターの取材を機に C-ASTEC とも協力関係が始まる