交流分析アプローチによる住民間のコミュニケーション パターンと社会関係資本形成意向の関係構造分析 Study on relational structure between communication pattern and psychological attitude for social capital using a Transactional Analysis 高知大学大槻知史名古屋外国語大学城月雅大名古屋産業大学石橋健一 1. 研究の概要高齢化社会の進展や災害リスクの顕在化などを踏まえ 企業セクター 行政セクターによる対応ができない領域 対象を支援するためのセーフティネットとしての社会関係資本 (SC) に注目が集まって久しい 一方で都市部はもとより 中山間地域においても過疎化による人口減少 高齢化や公共交通の縮小に伴う移動困難者の増大により 住民間の SC が必ずしも担保されない現状が生まれつつある このような状況の中で SC を地域経営の資源として活用するためには 住民間の SC 形成支援を地域経営戦略の一部として組み込むことが重要である そのためには基礎的知見として地域社会における SC 形成の機序を解明し 促進条件を明らかにする必要がある しかし 現状の SC 研究の到達点は SC の構造と機能の静的な記述に留まっているため SC 形成政策は現場担当者の経験則を通じて政策設計が試みられているに過ぎない 筆者らは 2009 年より 住民間の地域課題解決型コミュニケーションの場における SC 形成意向の形成プロセスの再現と SC 形成意向の促進要件を探索的に明らかにするためのロールプレイングゲーム型のシミュレーション実験を設計し 学生を対象とする試行を行っている (2009, 大槻 石橋 豊田 )(2010, 大槻 石橋 ) これを踏まえ 本研究では過去の研究蓄積からの改善点を踏まえた上で 一般住民を対象としたシミュレーション実験を試行し 実際の市民生活において 1 対 1 の課題解決型コミュニケーションが住民同士の SC 形成過程に与える影響を推定するとともに 一般住民を対象としたより大規模なシミュレーション実験の実施に向けた改善点の同定を行うことを目的とする なお 本研究における SC の定義は 社会老年学の分野で研究が蓄積されている社会的ネットワーク理論 ( 野口 1991 等 ) の概念を援用し 住民個人間の ネットワーク 及び そのネットワーク上でやり取りされる 信頼 や 互酬性の規範 と定義した上で 住民ベースの地域課題解決を促進する 協働による課題解決意向 を広い意味での SC として加えたものである 2. シミュレーションに実装する SC 形成過程探索モデルの設計 (1)Transactional Analysis を基にしたコミュニケーション傾向の類型化 Transactional Analysis ( 以下 TA) は Eric Berne(1961) によって提唱された心理学理論であり 個人が内在するコミュニケーション態度を Nurturing Parent( 寛容 受容 保護 ) Critical Parent( 批判 圧力的 ) Adult( 合理的 冷静 客観的 ) Free Child( 自由 自己中心 本能的 ) Adapted Child( 従順 我慢 依存 ) の 5 つに分類 (Structure Analysis) した上で 他者に対するコミュニケーション傾向を上記分類の組み合わせにより類型化して説明するものである (Transactional Pattern Analysis) 近年では TA は臨床心理の現場だけでなく 地域社会での合意形成プロセスにおけるコミュニケーションの分析 ( 矢作 梶 2004) 感情付与型の人工知能ソフトウェアの設計( 西山 馬場他 2004) など 個人間 集団内でのコミュニケーション様式を分析する技法として 多様な分野で援用されている
本研究では TA のコミュニケーション態度をもとに Adult Child 軸 NP CP 軸を設定し この組み合わせにより被験者のコミュニケーション タイプを下記 4 群に分類する この上で 被験者間で地域課題の改善に向けた議論のロールプレイングゲームを行い 被験者間でのコミュニケーション傾向の組み合わせにより 議論のプロセスを通じて SC の形成がどのように行われるかを検証する NP Adult 優等生型 批評家型 受動型 直情型 Child CP 図 1:Transaction Analysis のコミュニケーション傾向を用いた被験者のコミュニケーション タイプの4 類型 3. シミュレーションの設計と実施表 1は 本研究におけるシミュレーションの基本的な仕様を表したものである 表 1: シミュレーション実験の仕様 項目 内容 日時 2013 年 9 月 21 日 場所 長久手市文化の家 長久手市南部地区住民 10 名 ( 男性 3 名 女性 7 名 ) 実験協力者 ( ロールプレイヤー ) 俳優 4 名 ( 女性 2 名 男性 2 名 ) 再現する状況 実験サンプル 地域内の防災課題についての話し合いの場 ( 住民 1 対 1 での議論時を想定 ) 31 件 (10 名 4 タイプ 但し 1 名は実験不適合のため除外 データの関係で 1 名は 2 タイプのみ 1 名は 1 タイプのみ分析を実施 ) 実験課題 防災課題 ( 地域防災訓練への参加 ) 被験者に参加拒否のロールを与え 実験協力者が説得する設定でコミュニケーションを実施 被験者の確保に当たっては 長久手市南部 5 地区を対象とした SC 質問紙調査時 (2013 年 2-3 月 ) において 市民から実験参加希望者を募集した ( 実験詳細は説明せず ) その上で 実験参加希望者 14 名に被験者を依頼し 1 実験の開始 2ロールプレイングに基づくフリディスカッション 3 被験者による実験協力者との相手への共感コミュニケーションの評価相手に対して行いたいストローク ( 振る舞い ) 相手との SC 形成意向 ( 信頼 ネットワーク 互酬性 了解を得た 10 名を被験者として実験を実施した 本実験のプレ実験に当たる大槻他 (2010) では学生を実験協力者とした上で 1) 被験者 2) 実験協力者の 2 群に分類した上で両者による避難訓練への参加についての議論のシミュレーション実験を行った 具体的には 実験協力者が上記 4 群のコミュニケーション特性に基づく振る舞いをロールプレイした上で ロールの存在を知らされていない被験者学生が 議論を通じて被験者に対してどのような心理的態度を獲得したかを評価した 本研究ではこのシミュレーション方式を踏襲した上で ロールプレイの質を担保するために テレビ 舞台等に出演する俳優 4 名を実験協力者とした 図 2 は シミュレーション実験の手順をあらわしたものである まず実験協 4 被験者へのデブリーフィン グ 図 2: シミュレーション実験
力者と被験者がロールプレイングに基づく 10 分間のフリーディスカッションを行う 被験者は 避難訓練に参加しない意思表明をする というロールのみを与えられており後は自由に議論を行う 一方で実験参加者は図 1 で説明した 4 パターンのコミュニケーション タイプをロールとして演じつつ被験者に 避難訓練に参加するべきだ との説得を行う フリーディスカッション終了後 被験者は別室にて 録画されたディスカッションの様子を視聴し 各時点の心理的状況を追体験しながらコミュニケーションの評価を行う 評価項目は 1) 相手への共感 ( 情緒的共感 / 論理的理解 )2) 相手に対して行いたいストローク ( 振る舞い ) ( 協調 無視 賞賛 批判 依存 支配 ) 3) 相手との SC 形成意向 ( 信頼 ネットワーク 互酬性規範 + 協働による課題解決意向 ) の 3 次元 12 項目である なお 評価の方法は ポールとリングを用いて ビデオを視聴しながら 各評価項目に該当すると感じたときに その強度にあわせてリングをポールに積み上げる リングは最大 10 個まで積み上げ可能であり 評価者は各評価項目に対して 0-10 点の間で評価を行うこととなる 評価の終了後 被験者はシミュレーション実験のデブリーフィングを受け 実験内容及び研究目的を諒解した上で 実験終了となる 図 3: フリーディスカッショ 図 4: 被験者によるコミュニ 4.SC 形成意向の関係構造分析 (1) 構造方程式モデルの検証本研究では 初期モデルとして図 5のような構造方程式モデルを仮定した しかし 1) サンプル数が過少でありモデルの安定性に疑義があること 2) 肯定的心理態度 の観測変数である 賞賛 協調 の 2 変数間の符号が正負の相関関係になったこと i ( モデルとしては正 正の相関関係を想定 ) 3) 支配的心理態度 における両変数の寄与率が低かったこと の三点から 最終的には 観測変数のみを用いた重回帰分析の繰り返しによるパス解析により 課題解決型コミュニケーションにおける SC 形成意向の関係構造分析を試行した なお 分析に際しては 得点が少なくサンプル間で得点の差異が小さい 無視 依存 の 2 変数を除外した
共感 情緒的共感 論理的理解 相手に行いたいストローク ( 振る舞い ) 批判 無視 協調 賞賛 肯定的心理態度 否定的心理態度 依存 - 支配心理態度 支配 依存 SC 形成意向 協働意向 信頼ネットワーク互酬性の規範 協働による課題解決意向 図 5:SC 形成意向の構造方程式モデル ( 初期モデル ) 共感 情緒的共感.72*** 論理的理解 相手に行いたいストローク ( 振る舞い ).52** (R 2 =.23) 賞賛 協調 批判.31*** (R 2 =.46) 支配.23** (R 2 =.79) SC 形成意向 -.42** (R 2 =.17).46** (R 2 =.28).55** (R 2 =.79) 信頼ネットワーク互酬性の規範.71*** (R 2 =.46) 協働による課題解決意向 P 0.1*, 0.05**, 0.01***.57** (R 2 =.17) 図 6:SC 形成意向の構造方程式モデル ( 最終モデル ) 最終モデルでは次のパスが統計上有意に確認できた 1) 情緒的信頼 は 協調 に正の影響を与える 2) 協調 は 互酬性 の 規範 と 協働による課題解決意向 に正の影響を与える 3) 批判 は 信頼 に負の影響を与える 4) 論理的理解 は 信頼 ネットワーク に正の影響を与える サンプル数が僅少であり 分析の妥当性に課題は残るものの これらの結果からは SC が未形成な個人間での課題解決型コミュニケーションの過程で 以下の知見が成り立つ可能性が示唆されよう (1) 情緒的共感 は 協調 の心理的態度を励起し 互酬性の規範 協働による課題解決 意向を高める (2) 論理的理解 は 相手への 信頼 や ネットワーク 形成の意向を高める (3) 相手を 支配 したいという心理的態度も ネットワーク形成 や 協働による課題解決 意向を高める (4) 直情型 のコミュニケーションは 相手の 批判 的な心理的態度を形成される可能性がある 批判 的な心理的態度は 信頼 の形成にマイナスの影響を与える
(2) コミュニケーション タイプによる評価の差異表 2は 実験協力者が演じた 4 つのコミュニケーション タイプによる被験者評価の差異を一元配置の分散分析による分析したものである 結果 手に行いたいストローク ( 振る舞い ) のうち 批判 について 統計上有意な差がみられた 具体的には 直情型 は 受動型 優等生型 と比較して 批判 の得点が統計上有意に高かった 表 2: コミュニケーション タイプによる被験者評価の差異 情緒的共感 共感 論理的理解 相手に行いたいストローク ( 振る舞い ) 協調 賞賛 批判 ** 支配 信頼 ネット ワーク SC 形成意向 互酬性規範 協働による問題解決意向 直情型 (n=7) 受動型 (n=8) 批評家型 (n=8) 優等生型 (n=8) 2.29 2.29 1.29 0.71 1 0.71 1.71 1.29 1.57 2 ** 2.38 2 2.13 0.25 0 0 2.75 2 1 1.75 ** 2.75 3.38 1.88 0.5 0.63 0.75 2.25 1.25 0.38 3.13 2.25 2.13 2.13 0.38 0 0 1.38 1 1.25 2.13 P 0.1*, 0.05**, 0.01*** 5. シミュレーション実施における改善点 表 3: シミュレーション実施における改善点 領域 課題 改善策 被験者のロール設定 防災訓練に対する自身の意見に影響され 事前に意見を把握し 実験協力者が反対の意 反対 のロールを演じきれない 見を演じる 被験者による評価 コミュニケーション後のビデオ評価が困難 項目ごとに評価のタイミングを再検討 実験協力者のロール熟練 実験協力者のロール設定直情型以外の3 者の演じ分けが困難 コミュニケーションタイプの再検討 Transaction pattern analysisを援用した 各コ ミュニケーション時におけるパターン分析の活用 本実験を通じた シミュレーション実施における改善点は以下の通りである 一つめは被験者のロール設定である 今回は被験者側に 防災訓練に反対する ロールを設定したが 実験後の 被験者ヒアリングからは防災訓練に対する自身の意見に影響されロールを演じきれないという意見が出た これを踏まえ 今後は被験者のロールをなくした上で 事前に被験者の意見を把握し 被験者にあわせて常に 反対の意見を述べることを実験協力者の新たなロールとして設定することが必要であろう 二つめは被験者によるコミュニケーション評価の方法である 本シミュレーション実験では被験者が実験協力 者とのコミュニケーションに集中できるようにコミュニケーションと評価の場面を切り分けた しかし 被験者 への事後ヒアリングでは一部の被験者から 事後評価では相手に対する心理的態度を忘れてしまうという意見が 寄せられた 一方でビデオの導入により評価がしやすかっ 表 4: マニピュレーション たとの意見もあ り 今後の実験ではこれらの意見を踏まえ 評価項 目ごとに評価の タイミングの再検討が必要である マニピュレーション チェックコミュニケーション タイプ適合率 直情型 83.3%(5/6) 三つめは実験協力者のロール設定である 表 4は シミュレーショ 受動型 66.6%(2/3) ン実施時のマニピュレーション チェック ( 実験協 力者がロール通 優等生型 66.6%(2/3) りに振舞えたかについての被験者による事後チェッ ク ) の結果であ 批評家型 40.0%(2/5) る ii 直情型 については 83.3% と高い適合率を示した一方で 残る 受動型 優等生型 批評家型 の三類 型については 適合率が低調にとどまった
これを踏まえ 今後は 1) 事前訓練を通じた実験協力者のロール徹底 2) ロールとして利用するコミュニケーション タイプの再分類などが検討されよう また 今後 コミュニケーション タイプの 4 類型に加えて transaction pattern analyses iii を援用して 実験サンプル内での被験者 住民間のコミュニケーションの実相をより詳細に分析することにより 1 対 1 コミュニケーションにおけるコミュニケーションのパターンと SC 形成意向 の関係がより精緻に分析可能であると考えられる 6. 終わりに代えて 本研究からの考察 本研究では 一般住民を対象とした 1 対 1 の課題解決型コミュニケーションを通じた SC 形成過程のシミュレーション実験について 被験者のロール設定 被験者による評価方法 実験協力者のロール設定の三点についての改善点を明らかにした また暫定知見として 課題解決型コミュニケーションにいて 情緒的共感 論理的理解 という次元の異なる 2 つの共感がそれぞれ別個の SC 形成意向に影響を与えていること 相手に対する 批判 は 信頼 の形成の明確なマイナス要因であり 直情型 のコミュニケーションは 批判 的な心理的態度の要因となること また 相手を 支配 する手段として ネットワーク や 協働による課題解決意向 といった SC 形成意向が選択される可能性があることが明らかとなった 上記を踏まえると行政や NPO 等の地域支援主体が 地域の SC を形成し 地域課題解決のためのコミュニケーション場をデザインするには 1) コミュニケーションの枠組みのデザイン ( ワークショップ ) 2) ファシリテーター ファシリテーションスキルの導入 3) コミュニケーションが SC 形成に与える影響に関する気づきの提供を通じた a) 住民間の 情緒的共感 論理的理解 の形成支援 b) 批判 的な心理的態度による住民間の 信頼 の減衰を抑制するための 直情型 コミュニケーションへの介入 c) ネットワーク 協働による課題解決 が 支配 の手段に置き換わらないための配慮が必要であると考えられる これらの知見は防災や町おこしなどの課題解決型コミュニケーションの現場で散見され 暗黙知として経験的に理解されていることではあるが 暫定的ではあるものの定量分析の結果として明示されたことは人口減少社会の地域経営を考える視点の提供として意義があろう 今後は 本研究で明らかとなったシミュレーション実施上の改善点を修正の上 住民を対象としたより大規模なシミュレーション実験を通じて 本研究で得られた知見をより精緻で頑強性の高いものにすることが求められよう i 大槻他 2010 では両変数とも正の相関関係であった ii 時間の制約上 マニピュレーション チェックを実施した実験サンプルは 16/31 例に留まっており チェック結果は全サンプルの状況を反映したものではないことに留意が必要である iii transaction pattern とは交流分析理論によるコミュニケーションモデル 人間の内面に Nurturing Parent( 寛容 受容 保護 ) Critical Parent( 批判 圧力的 ) Adult( 合理的 冷静 客観的 ) Free Child( 自由 自己中心 本能的 ) Adapted Child( 従順 我慢 依存 ) の 5 タイプの人格を仮定し 内在するどの人格間でコミュニケーションが行われるかの説明から コミュニケーションのパターンを分類する ( 大槻他 2009) を参照 参考文献 : 大槻知史 石橋健一 豊田祐輔 (2009), コンパクトシティ政策実現に向けた社会関係資本醸成モデルの試作, 日本地域学会 2009 年度桔梗集大槻知史 石橋健一 (2010), コンパクトシティ政策実現に向けた社会関係資本醸成モデルの活用方策, 日本地域学会 201- 年度桔梗集野口祐二 (1991), 高齢者のソーシャルサポート : その概念と測定, 老年社会学 34,pp37-48