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哲学 思想の基礎 配布資料 3 3 正義を考えるその 3 リベラリズムの立場 (3) ロールズのリベラリズム カント的なリベラリズムを現代的に再解釈したものとして ジョン ロールズ (John Rawls) のリベラリズムを取り上げる サンデルは それをカント的見解の好意的な再定式化 (sympathetic reformation) と呼んでいる ( サンデル リベラリズムと正義の限界 15 頁 ; p.13.) ロールズは 正義論 (1971 年 ) を構想するにあたって ロック ルソー カントに代表される社会契約の伝統的理論を一般化し 抽象化の程度を高めることを試みた と述べている 彼の正義論は 有力で支配的な伝統をなしてきた功利主義より優れた 正義に関する体系的な説明の代替案を提示しているとされる ( ロールズ 改訂版正義論 xxi 頁 ; p.xviii; 16 頁 ;p.10 ) その際 ロールズは 平等に近い意味での 公正 という要素と 自由 とを両立させる形で 正義論 を構想した 3.1 正義 原初状態 無知のヴェール 正義 (justice) は社会の諸制度がまずもって発揮すべき効能 (the first virtue) である どれだけ効率的でうまく編成されている法や制度であろうとも もしそれらが正義に反するのであれば 改革し撤廃せねばならない すべての人びとは正義に基づいた不可侵なるものを所持しており 社会全体の福祉 の実現という口実 を持ち出したとしても これを蹂躙することはできない ( ロールズ 改訂版正義論 6 頁 ; p.3) ロールズによれば 公正としての正義の構想は カント的に解釈することが可能であり 平等な自由の原理もその解釈から導き出される その解釈はカントの自律の観念を基礎としている ( ロールズ 改訂版正義論 338 頁 ; p.221) 公正としての正義 (justice as fairness) において 伝統的な社会契約説における自然状態に対応するものが 平等な 原初状態 (original position) である この原初状態は 実際の歴史上の事態とか ましてや文化の原始的な状態として考案されたものではない それは正義の構想にたどり着くべく特徴づけられた 純粋に仮説的な状況だと了承されている この状況の本質的特徴のひとつに 誰も社会における自分の境遇 階級上の地位や社会的身分について知らないばかりでなく もって生まれた資産や能力 知性 体力その他の分配 分布においてどれほどの運 不運をこうむっているかについても知っていないというものがある さらに 契約当事者たちは各人の善の構想やおのおのに特有の心理的性向も知らない という前提も加えられる 正義の諸原理は 無知のヴェール (veil of ignorance) に覆われた状態のままで選択される 諸原理を選択するにあたって 自然本性的な偶然性や社会情況による偶発性の違いが結果的にある人を有利にしたり不利にしたりすることがなくなる という条件がこれによって確保される 全員が同じような状況に置かれており 特定個人の状態を優遇する諸原理を誰も特定できないがゆえに 正義の諸原理が公正な合意もしくは交渉の結果もたらされる 原初状態とは適切な契約の出発点をなす現状であって そこで到達された基本的な合意は公正なものとなる こうして公正な初期状態において合意されるものが 正義の諸原理である ( ロールズ 改訂版正義論 18-19 頁参照 ; Cf. p.11) 3.2 原初状態と正当化 反照的均衡 原初状態で正義の諸原理が合意されることは どのように正当化されるであろうか ロールズはこの手続き 方法を 反照的均衡 (reflective equilibrium) と呼ぶ 原初状態とは適切な契約の出発点をなす現状 (initial status quo) であって そこで達成される基本的合意 - 1 -

が公正であることを保証してくれる ロールズは 初期状態におかれた合理的な人びとが正義の役割に関する複数の諸原理の中から選択を行うと仮定する そのとき ある正義の構想が別のものより理にかなっている (reasonable) もしくは筋が通っている という判断が成り立つ こうして契約を取り結ぶ状態が与えられたとして どの諸原理を採用するのかが合理的であるのかが問題となる ( ロールズ 改訂版正義論 25 頁参照 ; Cf. p.15-16) 正義の諸原理が一定の諸条件のもとで選択されるはずのものだという点に関して 広範な合意が成立する 諸原理を選択することにおいて どんな人も生まれの巡り合わせ (natural fortune) や社会的な情況のよしあしによって当人の有利 不利が左右されてはならない とする条件が理にかない かつ一般的に受け入れられるものとなる 各人固有の情況に合わせて諸原理を仕立てることを不可能とするとの条件も広く合意される ( ロールズ 改訂版正義論 26-27 頁参照 ; Cf. p.16) そこで望ましい制約条件を描き出すために 金持ちであるとか貧乏であるといった情報を奪われている状態を想像してみる そうすると 人びとを衝突させ各自の偏見に操られるのを許容する 種々の偶有性に関する知識が閉め出される このようにして 自然な仕方で 無知のヴェールにたどり着く ( ロールズ 改訂版正義論 27 頁参照 ; Cf. p.17) 原初状態の当事者たちは 平等 対等 (equal) であると仮定される こうした条件の目的は 道徳的人格 ( おのれの善の構想を抱き 正義の感覚を発揮することのできる被造物 ) としての人間存在がすべて平等であることを示すことである ( ロールズ 改訂版正義論 27 頁 ; p.17) 以上のような条件と無知のヴェールとが相まって おのれの利益の増進を気づかう合理的な人びとが対等な者どうしとして 社会的 自然本性的な偶有性によってどれほど有利 不利となるかが 誰にも知られていないという条件のもとで 同意すると考えられる 正義の諸原理が確定される ( ロールズ 改訂版正義論 27-28 頁 ; p.17) 原初状態の特定の記述を正当化する作業にはもう一つの側面がある それは 原初状態で選択される諸原理が正義に関わるわれわれのしっかりした ( 熟考された ) 確信 (our considered convictions of justice) と合致するかどうか あるいはそれらの確信を無理なく拡張したものであるかどうかを調べる ということである ( ロールズ 改訂版正義論 28 頁 ; p.17) 初期状態のもっとも推奨される記述を探り当てるにあたって 原理と確信という両端から取り組みが開始される その状態が一般的に共有でき なるべく弱い条件を表すように記述するところからはじめる それから こうした条件が有効な原理の組み合わせを生み出すほど十分に強力なものであるかどうかを確かめる 十分でなかった場合 同様に理にかなっているさらなる前提 条件 を探す こうしたプロセスにおいて 原理と確信との間に食い違いが生じる その場合 われわれはひとつの選択を行う 初期状態の説明のほうを修正するか それとも現在の判断のほうを見直すかのどちらかである ある場合は契約の情況に関する条件を変更し 別の場合はわれわれの判断を取り下げてそれらを諸原理に従わせるといったような仕方で 行ったり来たりを繰り返すことを通じて ついに初期状態の記述のひとつ 理にかなった条件を表すとともに 十分簡潔にされ訂正されたわれわれのしっかりした判断と合致する原理を生み出してくれるもの を見出す この事態をロールズは 反照的均衡 と呼ぶ 最終的にわれわれの原理と判断とが適合し合うから均衡なのであり どのような原理に判断を従わせるか および原理を導き出す前提が何かという判断 原理 前提の相互の照らし合わせの仮定を知っているから 反照的と名づけられる ( ロールズ 改訂版正義論 28-29 頁参照 ; Cf. p.18) 3.3 無知のヴェール についてのサンデルの解説 サンデルによれば ロールズが 無知のヴェール や 初期状況における仮説的同意 - 2 -

を持ち出すのは 契約というものがそもそも道徳的限界をもっているからである 実際の契約が道徳的な圧力を有するのは 自律と互恵性 (autonomy and reciprocity) という二つの理想が実現されている場合だけである 契約を自発的に結んだということは それが当事者による自発的な行動であることを意味する そのような契約からは拘束力のある義務が生じる それは当事者自身が自分に課したもの みずから望んで引き受けたものだからである 契約は当事者双方が利益を得るための手段であり 互恵性を前提としている つまり契約を履行する義務は 相手から得た利益に報いる義務から生じる しかし現実には これらの理想 ( 自律と互恵性 ) はなかなか実現しない ( サンデル これからの 正義 の話をしよう いまを生き延びるための哲学 188-189 頁参照 ; Cf. p.144-145) もし交渉相手が私よりも有利な立場にいるなら 私の同意は完全に自発的なものとは言えない 私は圧力を受けるか 極端な場合は強制される形で同意することになるからだ 現実には 人びとはさまざまな立場で交渉に臨む 交渉力や知識はつねに同じとは限らない 仮に 交渉力も知識もまったく同じ二人が契約を結んだとしよう 二人はあらゆる点で対等な立場にあり 不公平な条件はいっさいない この二人が共同体の生活を律する原理 つまり市民としての権利と義務を定める契約を結ぶ 二人の交渉には強制や嘘といった 契約を不公平にする要素はいっさい入らない このようにして結ばれた契約なら どんな条項も公正なものとなるはずだ これこそ ロールズが考えた平等の初期状況における仮説的同意である 無知のヴェールがかかっている状態では 原初状態の前提とする力と知識の平等が実現される 無知のヴェールは すべての当事者を自分の社会的位置 長所と短所 価値と目的を知りえない状態に置くことで 彼らが自分の優位性をたとえ無意識にでも利用できないようにする ( サンデル これからの 正義 の話をしよう いまを生き延びるための哲学 195-196 頁参照 ; Cf. p.149-150) 無知のヴェールや初期状況における仮説的同意は一つの 思考実験 である 共同体の生活を律する原理を選ぶために つまり社会契約を定めるために 人びとが集まったとする ここで問題となることは彼らはどのような原理を選ぶかである 人びとは原理原則を選ぶために集まったが 自分が社会のどの位置にいるのかはわからない 全員が 無知のヴェール をかぶった状態で原則を選ぶと想像するのだ 無知のヴェールをかぶると 一時的に自分は何者かがまったくわからなくなる 自分が属する階級も 性格も 人種も 民族も 政治的意見も 宗教上の信念もわからない もし全員がこうした情報をもっていないなら 実質的には誰もが 平等の原初状態 (original position of equality) で選択を行うことになる 交渉力に差がない以上 人びとが同意する原則は 公正なもの (just) となるはずだ これがロールズの考える社会契約 すなわち平等の原初状態における仮説的な同意である もし自分がこのような状態に置かれたら あなたは合理的で 利己的な個人として どのような原則を選ぶだろうかとロールズは問いかける ロールズはまず 功利主義的な原理が選ばれることはないと推論する 無知のヴェールをかぶっている人はみな 自分は抑圧された少数派かもしれない と考えている したがって 最大多数の幸福のために犠牲にされることを望まないであろう また 徹底した自由競争やリバタリアニズムを選ぶ人もいない このような原理は 市場経済で得た利益を独占する権利を一部の人びとに与えるが 彼らはこう考えるからだ もしかしたらビル ゲイツになるかもしれない でもホームレスになる可能性もある ならば底辺層を切り捨てるシステムは避けたほうが無難だ ( サンデル これからの 正義 の話をしよう いまを生き延びるための哲学 184-185, 196-197 頁参照 ; Cf. p.141-142, 151) 3.4 正義の二原理 - 3 -

原初状態で合意されるのが 正義の原理である ロールズは 原初状態で合意されると思われる正義の二原理をまず次のように呈示する < 第一原理 > 各人は 平等な基本的諸自由の最も広範な = 手広い生活領域をカバーでき 種類も豊富な 制度的枠組みに対する平等な権利を保持すべきである ただし 最も広範な枠組みといっても 無制限なものではなく 他の人びとの諸自由の同様 に広範 な制度の枠組みと両立可能なものでなければならない < 第二原理 > 社会的 経済的不平等は 次の二条件を充たすように編成されなければならない (a) そうした不平等が各人の利益になると無理なく予期しうること かつ (b) 全員に開かれている地位や職務に付帯する ものだけに不平等をとどめるべき こと ( ロールズ 改訂版正義論 84 頁 ; p.53) 仮説的契約から 二種類の正義の原理が導き出される 第一原理は 言論の自由や信教の自由といった基本的自由をすべての人に平等に与えるものである この原理は 社会的効用や全体の幸福よりも優先される 第二原理は 社会的 経済的平等にかかわっている この原理は所得と富の平等な分配を求めるものの 社会のもっとも不遇な立場にある人びとの利益になるような社会的 経済的不平等のみを認める ( サンデル これからの 正義 の話をしよう いまを生き延びるための哲学 185 頁参照 ;Cf. p.142) ロールズによれば これらの原理は 社会の基本構造に対して 第一義的に適用され 権利と義務の割り当てを律し 社会的 経済的諸利益の分配を統制する 社会構造は二つに区別しうる部分を有しており それぞれの区分が第一原理と第二原理の適用対象と見なされる つまり 1 平等で基本的な諸自由を規定し確保する社会システムの諸側面と 2 社会的 経済的不平等 の許容範囲 を指定し固める (specify and establish) 諸側面が区別される ( ロールズ 改訂版正義論 84 頁 ; p.53) 第一原理は 基本的な権利と義務を平等に割り当てることを要求する 第二原理は 社会的 経済的な不平等 ( たとえば富や職務権限の不平等 ) が正義にかなうのは それらの不平等が結果として全員の便益 ( そして とりわけ社会で最も不遇な = 相対的利益の取り分が最も少ない 人びとの便益 ) を補正する場合に限られる ( ロールズ 改訂版正義論 21-22 頁 ; p.13) 第一原理は 政治的な自由 ( 投票権や公職就任権 ) と 言論および集会の自由 良心の自由 と 思想の自由 心理的抑圧および身体への暴行 損傷からの自由 ( 人身の不可侵性 ) を含む 人身の自由 個人的財産 = 動産を保有する権利 と法の支配の概念が規定する 恣意的な逮捕 押収からの自由 などの諸自由が平等に分かち合われるべきだとする ( ロールズ 改訂版正義論 85 頁 ; p.53) 第二原理は 1 所得と富の分配および 2 職権 (authority) と責任の格差 (differences) を活用した諸組織の設計という両面に適用される 富と所得の分配は平等にする必要はないにせよ 各人の利益となるものでなければならず そして同時に職権と責任を伴う地位は全員がアクセス 利用 入手 可能なものでなければならない 第二原理の適用は種々の地位 (positions) の開放性を保持するところから着手され 次いでその制約のもとで 各人の便益 (benefits) となるように社会的 経済的不平等の調整を図ることになる ( ロールズ 改訂版正義論 85 頁 ; p.53) これら二つの原理は 第一原理が第二原理に先行するという逐次的順序に従って配列されねばならない この順序づけは 第一原理が保護する平等な基本的諸自由の侵害は 社会的 経済的利益の増大によって正当化されえないことを示している これらの自由には中枢をなす適用範囲があり その範囲内では他の基本的な自由と対立する場合にのみ 自 - 4 -

由が制限され 削減されうる 自由が相互に衝突するときには制限を受け入れるのであるから 基本的諸自由のどれひとつとして絶対的なものではない とはいえ 相互調整の結果 複数の自由がひとつのシステムをどのようにして形成するにいたったとしても そのシステムはすべての全員にとって同じものとならねばならない 第二原理に関して 富と所得の分配および職権と責任を伴う地位は 基本的な自由および機会均等の双方と不整合を来たすものであってはならない ( ロールズ 改訂版正義論 85-86 頁 ; p.53-54) ロールズによれば これら二原理は すべての社会的な諸価値 自由と機会 所得と富 自尊の社会的諸基礎 は これらの一部または全部の不平等な分配が各人の利益になるのでない限り 平等に分配されるべきである という 比較的一般的な正義の構想の特別なケースに該当する ( ロールズ 改訂版正義論 86 頁 ; p.54) 3.5 格差原理第二原理には曖昧な点があったため 最終的には次のように書き直された < 第二原理 > 社会的 経済的不平等は 次の二条件を充たすように編成されなければならない (a) そうした不平等が 正義にかなった貯蓄原理 *) と首尾一貫しつつ 最も不遇な人びとの最大の便益に資するように (b) 公平な機会均等の諸条件のもとで 全員に開かれている職務と地位に付帯する ものだけに不平等がとどまる ように ( ロールズ 改訂版正義論 403 頁 ; p.266) (a) は格差原理と呼ばれ b) は機会均等の原理と呼ばれる *) 貯蓄原理 (saving principle) は 社会の進展の水準ごとにそれぞれ適切な貯蓄率 ( あるいは貯蓄率の幅 ) を割り当てるためのルールである 社会の進展の段階が異なるのに応じて 異なる貯蓄率が割り当てられる 人びとが貧しくて貯蓄が困難なときには 低めの貯蓄率が要求されねばならない 他方 比較的に富裕な社会においては実質的な貯蓄負担は重くないため より多額の貯蓄を期待しても理にかなう 正義にかなった貯蓄原理は 正義の重要問題のひとつとして社会が貯蓄すべきものごと 次世代に残しておくべきものごと に適用される ( ロールズ 改訂版正義論 387 頁 ; p.255) 正義にかなった貯蓄原理は 正義にかなった社会を実現し保持するという負担を公正に分かち合うことに関する 世代間の了解事項 (understanding between generations) としてみることができる ( ロールズ 改訂版正義論 389 頁 ; p.257) 社会的 経済的不平等を管理するために人びとが選ぶ原理が格差原理である これは もっとも不遇な人びとの利益に資するような 社会的 経済的不平等をだけを許容するという考え方である アメリカのような社会では マイケル ジョーダンやビル ゲイツのような巨額の富をもつ者がいる ロールズの格差原理は あれこれの個人の給料の公平性をうんぬんするためのものではない それは社会の基本構造と 権利と義務 所得と富 力と機会の分配方法を論じるためのものである ロールズにとって考える価値のある問題とは ゲイツの富は もっとも不遇な人びとの利益に資するような仕組みから生まれたものかどうかである ( サンデル これからの 正義 の話をしよう いまを生き延びるための哲学 197-198 頁参照 ; Cf. p.151-152) 格差原理は 生まれつきの才能の分配 分布をいくつかの点で共通の資産 (common asset) と見なし この分配 分布の相互補完性によって可能となる多大な社会的 経済的諸便益を分かち合おうとする ひとつの合意を実質的に表している 生まれつき恵まれた立場におかれた人びとは誰であれ 運悪く力負けした人びとの状況を改善するという条件に基づ - 5 -

いてのみ 自分たちの幸運から利得を得ることが許される 有利な立場に生まれ落ちた人びとは たんに生来の才能がより優れていたというだけで 利益を得ることがあってはならない 利益を得ることができるのは 自分たちの訓練 教育にかかる費用を支払うためだけであり またより不運な人びとを分け隔てなく支援するかたちで自分の資質を使用するためだけである より卓越した生来の能力を持つに値する者はひとりもいないし より恵まれた社会生活のスタート地点を占めるに値する者もいない ( ロールズ 改訂版正義論 136-137 頁 ; p.87) 格差原理において重要なことは ロールズが一律に平等な社会を目指しているわけではないということである 格差原理は 才能ある人間にハンディキャップを課すことなしに 才能や資質の不平等な分配を是正する そのやり方はこうである 天賦の才の持ち主には その才能を訓練して伸ばすよう促すとともに その才能が市場で生み出した報酬は共同体全体のものであることを理解してもらうというものである 足の速い者がいるなら ハンディキャップを課するのではなく 自由に走り ベストを尽くせるようにする ただし勝利は自分だけのものではなく そのような才能を持たない人びととも分かち合う必要があることを前もって確認しておく ( サンデル これからの 正義 の話をしよう いまを生き延びるための哲学 203 頁参照 ; Cf. p.156) - 6 -