石油 ガス産業に対する風当たりが強まるアルゼンチン ~シェールオイル シェールガスの開発は進むのか?~ 更新日 :2012/3/16 石油調査部 : 舩木弥和子 (International Oil Daily Business News Americas Business Moniter International 他 ) 2010 年末以降 Neuquén Basin の Vaca Muerta シェールでシェールガス シェールオイルが相次いで確認されたことで メジャーを始めとする多くの企業が探鉱 開発に参入し 今後 投資額が増加し 石油 ガスの生産量や埋蔵量も増加すると期待されていたアルゼンチンで 2011 年 10 月末以降 石油 ガス産業に対して厳しい政策がとられるようになっている 特に元国営石油会社である YPF に対しては 強硬な姿勢がとられている YPF は 連邦政府だけでなく州政府からも圧力を受けており 3 月中旬には Chubut 州や Santa Cruz 州の 5 鉱区のコンセッションを破棄されることとなった このように石油 ガス産業に対する風当たりが強まった背景には 政府がこれまでの同国の石油 ガスの生産量 埋蔵量の減少は 石油会社による投資不足が原因と考えていることや 2011 年は経済成長が著しく エネルギー需要が増加し エネルギー輸入額が急増したことがあると考えられる また Neuquén Basin でシェールオイルやシェールガスが確認されたことで 多少 契約条件を厳しくしてもアルゼンチンの上流部門に対する投資は減少しないと政府が考えていることも一因と思われる さらに 政府が YPF の再国有化を検討しているとの噂も広まっており 政府は YPF の再国有化に備え 同社の株価を徐々に引き下げようと YPF に対し強硬な姿勢をとっているのではないかとの見方もある YPF は 2011 年の同社のアルゼンチンへの投資額は過去最高水準に達し 生産量が少なかったのは労働争議の影響であると説明している YPF が投資義務と生産目標を履行していないとの Chubut 州政府の発言については これを否定し 同州内で最も多く活動している YPF のみが投資計画を提出させられるのは不公平 不平等と主張した また コンセッションを破棄されたことについては Chubut 州政府を相手取り 法的な手段を取るとしている 2008 年に開始され 年々量を増やしていた LNG 輸入についても 英国との間でフォークランド諸島をめぐる緊張が高まっていることから アルゼンチンが英国の供給者やタンカーによる LNG の受入を遅らせたり 拒否したりする可能性が出てきており あわせて これまで以上に石油 ガスの生産量や埋蔵量の減少を引き起こしたり ガス不足を招いたりするのではないかと懸念される アルゼンチンでは 2001 年以降 石油や天然ガスの価格が低く抑えられる一方で 十分な探鉱 開発促 進策がとられず そのため上流部門の活動が停滞し 政府は生産量や埋蔵量の減少に苦慮してきた しかし 2010 年末以降 Neuquén Basin の Vaca Muerta シェールでシェールガス シェールオイルが相 1
次いで確認されたことで ExxonMobil やShell 等メジャーを始めとする多くの企業がアルゼンチンでの探鉱 開発に参入し 今後 投資額が増加し 生産量 埋蔵量も増加すると期待されるようになった 2012 年 2 月には YPFが Neuquén Basin Vaca Muertaシェールの非在来型石油 ガスのポテンシャルは未発見資源量 (gross prospective reserve) が211.67 億 boe 既発見未開発資源量(gross contingent reserve) が15.25 億 boe 合計で 228 億 boeであると発表した そして ベストケースシナリオでは 年間 250 億ドルの投資を行いVaca Muerta シェール全体の開発を行うことで 10 年以内にアルゼンチンの石油 ガス生産量を倍増させることができるとした その後も Madalena VenturesがNeuquén BasinのCoirón Amargo 鉱区で CAS X-1 井の生産テストを実施し API 比重 32-33 度の原油 314b/dを出油 Americas PetrogasとExxonMobilがNeuquén BasinのLos Toldos II 鉱区でLTE.x-1 井を掘削し 出油に成功する等 Vaca Muerta シェールでの出油が相次いでいる しかし 2011 年 10 月以降 以下の通り 政府の石油 ガス産業に対する厳しい姿勢が硬化の一途を辿っている 1 2011 年 10 月 26 日 連邦政府は石油 天然ガス及び鉱物資源の輸出外貨をアルゼンチン国内でペソに両替することを義務化 2 11 月 エネルギー部門への補助金は 2007 年には GDP の 2% だったが 2011 年は GDP の 3.9% となる見通しで このような状況を改善するため 連邦政府はエネルギー 水 輸送部門への補助金を見直し削減するための特別委員会を設置すると発表 3 2012 年 2 月 3 日 2008 年 11 月に導入された新規発見や非在来型の石油については国が設定した価格を上回る価格で販売することを認めるとする Petrol Plus program を 大企業に対して適用することを中止すると連邦政府が発表 4 2 月 24 日 産油州 10 州は石油会社に対し 2 年以内に石油 ガス生産量を少なくとも 15% 引き上げるよう要求 増産できない場合にはコンセッションを取り消すと通達 5 3 月 連邦政府は航空会社に販売している JP1 ジェット燃料の価格を引き下げるよう YPF Royal Dutch Shell Esso に要求 JP1 ジェット燃料の価格は空港に最も近い SS で販売されているスーパーガソリンの価格を 2.7% 以上上回ってはいけないとした YPF の JP1 ジェット燃料の市場シェアは 80% で 現在 JP1 ジェット燃料の価格はスーパーガソリンより 47% 高い 2
政府は アルゼンチンの石油生産量の 1/3 ガス生産量の 1/4 を生産する YPF に対しては 以下の通り特に強硬な姿勢を取っている 1 2 月 連邦徴税局 AFIP は 税金未払いを理由に 天然ガス輸出税 800 万ドルを納税するまで YPF が輸出入を行うことを禁止 2 2 月 連邦政府は YPF が運送会社に対しディーゼル等の価格を過剰請求していると非難 3 3 月 1 日 Chubut 州の Martin Buzzi 知事は YPFに1 週間以内に投資計画を提出するよう求め 提出しない場合には YPF のコンセッションを取り消すと通告 (decree 271) 3 月 14 日 Chubut 州は YPF が十分な投資を行っていないとし El Trébol-Escalante 鉱区と Campamento Central-Bella Vista-Cañadón Perdido (CCBVCP) 鉱区のコンセッションを破棄すると発表 (2 鉱区は合計で YPF のアルゼンチンの生産量の 7% にあたる 13,600b/d を生産しており 契約期間は当初 2017 年までとされていた ) 4 3 月 Santa Cruz 州は YPF に 5 日以内に同州内の 20 以上の油 ガス田の投資不足について説明するよう要求 3 月 14 日 Santa Cruz 州は YPF が十分な投資を行わないとし Los Monos 鉱区 Cerro Piedra 鉱区 Guadal Norte 鉱区のコンセッションを取り消すと発表 5 3 月 Mendoza 州は YPF に1カ月以内に YPF がオペレーターを務める 2 つの鉱区 (Ceferino Cerro Mollar Norte) について契約に基づいて投資を行うよう求め 投資が実行されない場合にはコンセッションを破棄する可能性があると通達 Mendoza 州は さらに La Ventana 鉱区と Barrancas 鉱区の環境責務に関して YPF に不満を伝え YPF が権益を保有する同州内の鉱区の環境責務について報告書を提出するよう要求 6 3 月 連邦政府は YPF に 2010 年と 2011 年の配当を取りやめ 探鉱 開発投資に充てるよう要求 アルゼンチンでこのように石油 ガス産業に対する風当たりが強まったのは 2011 年 10 月 23 日に大統領選挙が実施され 中道左派の Cristina Fernandez de Kirchner 大統領が再選された直後からだ アルゼンチンの大統領は任期が 4 年 連続再選は 1 回に限り可能で 次回の大統領選挙に出馬することができないことから Fernandez 大統領は石油会社に対し厳しい政策をとるようになったのではないかとの見方もある 2011 年は経済成長が著しく エネルギー需要が増加 エネルギー輸入額が 2010 年より 110% 増加し 90 億ドルとなったことで さらに風当たりが強まっている 3
政府は これまでの同国の石油 ガスの生産量 埋蔵量の減少は 石油会社による投資不足が原因としている そして Neuquén Basin でシェールオイル シェールガスが確認されたことで 多少 契約条件を厳しく変更してもアルゼンチンの上流部門に対する投資は減少しないと考えていると見られている 2012 年 1 月 29 日付け Pagina 12 紙が 政府 議会 業界関係者が YPF の再国有化について協議していると報じたことから 政府が YPF の再国有化を検討しているとの噂も広まっている 政府は YPF の再国有化に備え 同社の株価を徐々に引き下げようと YPF に対し強硬な姿勢をとっているのではないかとの見方もある この件に関し 3 月 1 日に Fernandez 大統領が国会で YPF に何らかの介入を行う あるいは YPF の再国有化を行うといった発表をするのではないかとの観測があったが 発言はなかった しかし YPF に対する政府からの圧力は今後も続くのではないかとの見方がなされていた矢先に 上記のとおり アルゼンチンの原油生産量の 37% を生産する Chubut 州 20% を生産する Santa Cruz 州 15% を生産する Mendoza 州が 次々に YPF に投資するよう求め コンセッションを破棄 連邦政府が YPF に配当を探鉱 開発投資に充てるよう求めた 3 月初めには YPF の株式の 57.7% を保有する RepsolYPF の Antonio Brufau 会長がアルゼンチンを訪問し 各州をめぐって投資必要額を確認した そして 同社の 2011 年のアルゼンチンへの投資額は前年比 50% 増の 133 億ペソ ( 約 30 億ドル ) と過去最高水準に達し 生産量が少なかったのは労働争議の影響であると説明している また Neuquén Basin でシェールオイルの開発を計画していることを強調し シェール開発を含む中核事業に集中するため 少なくとも 37 の非戦略的鉱区を返還することを決定した YPF が投資義務と生産目標を履行していないとの Chubut 州政府の発言については これを否定し YPF は 2009 年以降 Chubut 州への投資を増やしており 2011 年は同州の上流に 3.5 億ドルを投じ 同州の埋蔵量を 2007 年から 2011 年の間に 24% 増やしたとしている そして 同州内で最も多く活動している YPF のみが投資計画を提出させられるのは不公平 不平等と主張した さらに コンセッションを破棄されたことについて YPF は同社の権利を守るため Chubut 州政府を相手取り 法的な手段を取るとしている 一方 3 鉱区のコンセッションを破棄するとした Santa Cruz 州に対して YPF は同州を提訴するか否かを検討中であるとしている 最も多く活動している YPF のみが投資計画を提出させられるのは不公平 不平等とする YPF の抗議を 4
受けてか 3 月中旬 Neuquén 州政府は同州内で操業する Apache Petrobras カナダ企業等に投資計画を提出するよう求めた Jorge Sapag 知事によれば Neuquén basin の 12 の鉱区に権益を保有する企業が対象とされた また Mendoza 州も GeoPark と Argenta のコンセッションを見直すと発表した しかし YPF 以外の企業は YPF 以外の企業がコンセッションを破棄されることはないと楽観的な見方をしている なお YPF は 90 日以内に Chubut 州に El Trébol-Escalante 鉱区と Campamento Central-Bella Vista-Cañadón Perdido (CCBVCP) 鉱区を返還することとなっているが 州政府にはこれらの鉱区で生産を続ける技術がなく その後どうやって生産量を維持 増加させていくのかは明らかにされていない アルゼンチンは ガスの安定供給を目指し 2008 年に LNG 輸入を開始 2008 年に 6 カーゴ (32 万 t) 2009 年に 12 カーゴ (70 万 t) 2010 年に 23 カーゴ (130 万 t) 2011 年には 50~55 カーゴと輸入量を増加させている Enarsa は 2012 年には 80~90 カーゴ ( 約 500 万 t) を受け入れる計画としており 価格は高いものの 短 中期的なガス不足についての懸念が払拭されつつあるように思われていた ところが アルゼンチンと英国のフォークランド諸島をめぐる緊張の高まりから Fernandez 大統領が Mercosur 加盟国 ( ブラジル パラグアイ ウルグアイ ベネズエラ アルゼンチン ) に働きかけ 2011 年 12 月 20 日 Mercosur 各国はフォークランド船の入港を禁じることとなった そして 2012 年 2 月末には BP がトリニダード トバゴからの 138,000m3 のカーゴ ( 英船 British Ruby) を Bahia Blanca に荷揚げできない状況となり 今後もアルゼンチンが英国の供給者やタンカーによる LNG の受入を遅らせたり 拒否したりする可能性が出てきた シェールオイル シェールガスの探鉱 開発を進め増産を図るとともに LNG 輸入によりガス不足を解消していくと見られていたアルゼンチンであったが 2011 年末からのこのような政策変更により これまで以上に石油 ガスの生産量や埋蔵量の減少を引き起こしたり ガス不足を招いたりするのではないかと懸念される 5
Neuquén Basin 主要鉱区図 ( 各種資料より作成 ) 6