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2 ( 2) また, 艾尓肯 山下 (2003) は食塩に Pb と Mn を加えて蒸発, 乾固することにより蛍光性の食塩を教材用に合成した. しかし, これらの教材は励起用光源として紫外線を用いたものである. もし可視光光源が使えるのであれば, 紫外線等の照射光源に対して, 安価で入手しやすい利点があるのみならず, 後述するような注意が必須ではあるが紫外線光源に比べてはるかに取り扱いやすいという利点があり, 上で述べた今後の教材開発に大きく資するはずである. 可視光による蛍光発光を用いた教材として, 筆者らが知る限り例は少ないが, すでにいくつか提案されている. 生物分野では, 出口ほか (2012) がクラゲにある緑色蛍光タンパク質 (GFP) に青色光を照射し蛍光を観察する授業を実践している. 一方, 地学分野では, 最近, 河野 中野 (2011) が紫色レーザー光による蛍光を用いた方解石による複屈折現象についての教材活用方法を新しく開発した. さらに, 河野ほか (2013) は, 色教材として顕著な複屈折を示す方解石の活用を試みた. 方解石を通して紙に書かれた点や文字を観察すると二重に見える. この複屈折の現象は, 高等学校では偏光顕微鏡の原理を理解するための導入教材として用いられてきた ( 地学団体研究会,1982). この複屈折の観察から, 鉱物の中に入った光が速度 ( あるいは屈折率 ) の違う二つの光に分かれて進むことを生徒たちに理解させるのは, 困難を伴う. しかし, 方解石を通すと二重に見える複屈折の現象は生徒たちの興味 関心をひくものである ( 岡本,2003). 今回の研究では筆者らは, 河野 中野 (2011) において残されていた 方解石に入射する前の光路と透過後の光路を可視化する という課題の解決のために, それらを可視化する蛍光材料 ( 物質 ) の開発を有機物質と無機物質の双方において行うことができたので報告する. 加えて, これらの新たに開発した蛍光発光による有機物質と無機物質中の光路について, 生徒の理解の様子を確かめた. 中学校において学習済みの内容ではあるが, 複屈折現象での光路の理解に必要である基本的な 光の性質 の演示実験を行い, 生徒の認識を検討した. その結果, 生徒の理解から蛍光発光による光路の有効性が明らかになったので併せて報告する. 2. 光路は間接的に目視が可能である. 光路を目視でき ると光そのものの性質だけでなく, 光を通す物質の性質, 例えば鉱物の性質を説明するための教材として発展させることができる. 光路を間接的に目視する方法としては, 従来, 煙やコロイド溶液などを利用したレーザー光によるチンダル現象を用いることが多かった. ただ, チンダル現象を用いた場合, 光路が煙やコロイドの密度に左右され連続的な直線として追跡しにくい欠点もあった. しかし, 本研究においてこの欠点をなくし, より連続的で明瞭な光路を目視するために, レーザー光励起により蛍光を発する液体および固体物質の使用を検討したので以下にその結果を述べる. 可視光の励起用光源としては, 紫色レーザーポインター (405 nm, ZK Electric Works 社製 ) を用いた ( 河野 中野,2011). このレーザーポインターはクラス 2, 最大出力 1 mw 未満で,PSC マーク ( 消費生活用製品安全法で定められた, 消費者の生命や身体の安全を守ることを目的とした国による安全規制を満たしていることを示すマーク ) 付きのものである. レーザーポインターを購入するにあたっては,2001 年以降, JISC6802 によって安全基準が示され, 基準を満たさない製品の製造販売や輸入販売は上記法律で禁止されているので注意を要する. また, レーザーポインターを直視すると失明の恐れがあるので, 観察にあたって安全に十分な事前準備と注意が必要である. 1 特定の種類の植物を水に浸けた浸出液は紫外線や可視光の照射で蛍光を発することが以前から知られている. Brenii (2007) によると,16 世紀に Nicolas Monardes は,Lignum nephriticum ( 癒腎木 ) からの浸出液が紫外線照射時に特有の青い色を呈することを見いだしたとしている. また,18 世紀にはビャクダンや苦木 ( ニガキ ), トチの木の樹皮をアルコールに浸けた浸出液や石油において蛍光現象が見いだされているとしている. 溶存有機物 ( 腐食物質等 ) が蛍光を発することはよく知られており, 近年湖水中等での物質循環の解明にも利用されている ( 吉岡 Mostofa, 2010; 杉山, 2011). また, 塩湖産石膏の蛍光の発光要因として植物由来の有機物質の可能性が指摘されている ( 河野ほか,2010;Taga et al., 2011). そこで, 水中への適当な有機物質を添加することで蛍光発光を観察することができるのではないかと考え, いくつかの種類の木の小枝を水中につけて有機物質の浸出を試みた. その結果, コナラ ( ブナ科コナラ属 ) の浸出液が発

(3) 3 する蛍光は筆者たちが意図する目的にかなう適液体として使用できることを見いだした. すなわち, コナラの小枝を水道水が入ったポリバケツに数時間つけ, この浸出液を用いた ( 以下, コナラ水と命名する ). このコナラ水に可視光領域の紫色レーザー光 (405 nm) を照射すると青白色の蛍光を発する. コナラ水を用いることの長所は, 可視光で蛍光を発すること, 一度に多量に準備できること, 皮膚についても安全であること, 無色透明な液体であること, 常温で長期の保管ができること, 安価であることなどである. 浸出液に紫色レーザー光を照射すると明るい部屋でも蛍光を目視でき, またこの浸出液を加熱して 2~3 倍に濃縮することでより蛍光強度を増すことができる. コナラ水をアクリル製容器に入れ, 紫色レーザーポインターを照射すると, 光の通路に位置するコナラ水が青白色蛍光を発する. この直線的な蛍光を目視することで光の直進性を確認できる ( 図 1). この際, レーザーポインターの光を遮断する布でアクリル製容器の反対側を覆い, レーザー光を直視しないための安全対策を十分に行う必要がある. なお, 植物による浸出液の蛍光現象の原因物質として, 筆者らが知る限りでは, 嶋田 (1938, 1940, 1952a, 1952b) はモクセイ科トネリコ属 ( 例えばトネリコ, アオダモ ) などの樹皮に存在するクマリン誘導体であるエスクレチン (Aesculetin) やフラキシン (Fraxin) としている. しかし, 可視光で蛍光を発するかどうかについては触れていない. コナラ水中の蛍光の原因物質については現在不明であり今後の検討を要する. 2 光路を可視化できる固体物質が利用できれば, より有効な複屈折教材が開発可能と考えられるので, これまで筆者たちはそのための適当な材料を探してきた. 現在もさらに検討中であるが, その 1 段階として予察的にウランガラスの使用を検討した. 今回用いたウランガラスは岡山県にある妖精の森ガラス美術館により製作されたものである. このウランガラスは一般のガラス原料に重ウラン酸アンモニウム (( NH 4 ) 2 U 2 O 7 H 2 O) を 0.1 wt% となるように添加した原料で作られており, ウラニルイオン (UO 2+ 2 ) の含有量は 0.1 wt% 以下である. このウランガラスは紫色レーザーポインターの光 (405 nm) で極めて明瞭に黄緑色の蛍光を発し, 光の直進性を確認できる. 教材としては生徒の安全性の確保が必須であるので, ウランガラスから出る放射線量について検討し た. 今回用いたウランガラスのウラニルイオン濃度は 0.1 wt% 以下であるが, 米国の原子力規制委員会 (Schneider et al., 2001) によると, ウランガラスのウラン含有量は多くの場合 0.24 wt% を下回るが, 5 wt%,10 wt% 含む製品について見積もると, 最大の場合でも年間 40 µsv/y である. 今回用いている妖精の森ガラスのウランガラスのウラン含有量は 0.1 wt% なので, 放射線量はこれを下回る.2008 年の原子放射線に関する国連科学委員会報告では 1 年間に自然から受ける放射線量の世界平均値は 2.4 msv/y である (UNSCEAR, 2010). 日本の平均値は 2.1 msv/y であるが ( 生活環境放射線編集委員会,2011), 花崗岩地帯は相対的に高いことが知られている ( 舘野,2001; 中津川鉱物博物館,1999). 医療診断を含む人工線源による放射線量の世界平均値は 0.6 msv/y である (UNSCEAR, 2010) が, 日本においては 2.3 msv/y と高い ( 西尾,2012). また 2007 年の国際放射線防護委員会勧告によると 1 年間の公衆被爆限度 ( 平常時 ) は 1.0 msv/y である ( 日本アイソトープ協会,2009). 米国の原子力規制委員会によるウランガラスの放射線量 40 µsv/y(0.04 msv/y) はこれより小さい. しかし, 以上の記述にかかわらず, 絶対安全な被ばく量は存在しない. すなわちいくら低い被曝でも人体への影響は確率的に存在するという考え ( 確率的影響 : 西尾 (2012) 参照 ) が現在重要視されつつあり, またそのように考えるのが教育現場では重要である. なお, 上記した自然放射線による被曝は確率的影響であり, しきい値 を超えて現れる確定的影響とは区別されている ( 西尾,2012). 以下に, この安全性の問題に言及した筆者らが知る限りの諸説を紹介しておきたい.Brenii(2007) はウランガラスの危険性について触れ, 約 30 個の工芸品の測定結果によると約 1 cm では 4 mrem/h(350 msv/y) となるが, 約 60 cm 離れると全く放射線が検出されないとしている. さらに, ウランガラスの通常使用では放射線にさらされる量が非常に低く, 自然から受ける放射線量のオーダーであり, 危険ではなく特別な取り扱いは必要ないとしている. ただし,Brenii (2007) は体内被ばくを避けるため, ウランガラスの食器で食料を保存したり食事用に使用しない方がよいとし, ウランガラス加工時には手袋やマスクを使用し粉末を吸わない注意が必要であるとしている. また, Lopes et al. (2008) は複数のウランガラスを使用する場合, 放射線量を最大限低くするため個々のウラン

4 ( 4) 1 写真の横幅は約 10 cm である. 4 レーザー光の複屈折を示すウランガラスおよび方解石中の蛍光の輝線方解石への入射光, 出射光がウランガラス中で観察できる. 写真の横幅は約 15 cm, ウランガラスの長辺は約 5 cm, 短辺は約 3 cm である. 2 ウランガラス中で蛍光励起を起こして透過する紫色レーザー光ウランガラス中ではレーザー光の反射光や, また, ウランガラスの角の面取りで反射した, 線状の輝線も観察できる. 写真の横幅は約 11 cm, ウランガラスの長辺は約 5 cm, 短辺は約 3 cm である. 5 レーザー光の反射を示す蛍光の輝線矢印の間がアクリル製の鏡を示す. 矢印の横の縦線は容器が発した蛍光である. 写真の横幅は約 5 cm である. 3 レーザー光の複屈折を示すコナラ水および方解石中の蛍光の輝線写真の横幅は約 12 cm で, 方解石の長辺は約 3 cm, 短辺は約 2.5 cm である. ガラスを離して取り扱うのが良いとしている. 問題の性質上以上の文献上の検討にとどまらず, 今回筆者らは二つの放射線測定器 (RADEX RD1503 (QURTA-RAD 社製, ロシア ) と MKS-05 TERRA-P 6 レーザー光の屈折を示す蛍光の輝線写真の横幅は約 14 cm, ウランガラスの長辺は約 5 cm, 短辺は約 3 cm である.

(5) 5 (Sparing-Vist Center 社製, ウクライナ )) を用いて実際に使用したウランガラスの放射線を測定した. 測定は授業実践を行った教室 ( 滋賀県大津市 ) で二つの測定器を同時に使用して 2 回行い, 平均した. 二つの測定器はほぼ同じ値を示し, 値の差は最大約 0.02 µsv/h(0.18 msv/y) であった. その結果, 教室内での自然放射線量は 0.15 µsv/h (1.3 msv/y), ウランガラス表面上では 0.14 µsv/h (1.2 msv/y) であった. 放射線量は距離の 2 乗に反比例するため, ウランガラスの表面上で測定した. この測定レベルではウランガラスからの放射線の影響は測定者の位置における自然放射線量の数値に変動を及ぼさないことを確認した. しかし, 教育現場では, 放射線についての科学的知識を徹底し, 安全の配慮を怠らないことが不可欠である. 今回のウランガラスによる紫色レーザー光 ( 光路 ) の可視化の実際を, 図 2 に示す. また, ウランガラスの使用の歴史については付録に示す. 3 1 河野 中野 (2011) は, 方解石が可視光で励起し蛍光を発する性質を利用して, 方解石中の光路を目視する方法を示した. しかし, 第 1 章で言及したような課題が残されていた. なお, 複屈折に適する方解石は, 透明であることと可視光励起による蛍光を発する性質が必要である. この課題を解決するために, 今回蛍光を発する方解石とコナラ水を組み合わせることによって, 入射光, 方解石中の 2 本の偏光, 出射光のそれぞれを同時に目視する方法を考案した ( 図 3). 図 3 では, 紫色レーザー光で赤色を発する透明な方解石 (3 cm 2.5 cm 1.5 cm) を用いた. 図 3 ではコナラ水中を直進する紫色レーザー光の行路が, 蛍光により 1 本の青白色の直線として目視できる. さらに方解石中に入射したレーザー光は,2 本の偏光に分かれて進むことが,2 本の赤色の直線で目視できる. 出射後の 2 本の偏光は互いに平行に進むことが青白色蛍光で目視できる. なお, 出射後の偏光は 2 本に分かれたまま進むので, 入射光に比べて暗くなる. この 2 本の偏光は互いに垂直に振動しており, 偏光板を偏光に垂直あてて回転させると 90 度ごとに交互に消えることで確認できる. 2 前述第 3 章の 1 でのコナラ水の代わりに, ウランガラスを用いて方解石に入射する前の光路と透過後の光路の可視化を行い, 方解石の複屈折現象を目視する教材を考案した. 直方体のウランガラス (5 cm 3 cm 3 cm)2 個で方解石を挟むように配置し, 紫色レーザー光を照射した ( 図 4). ウランガラス中ではレーザー光の減衰が大きい. そこで, ウランガラスを通る距離を短くするため入射光用のウランガラスを光路に垂直となるよう縦長に配置して減衰を少なくした. 方解石を透過後の平行な 2 本の出射光がウランガラス中で黄緑色の蛍光を発し, 明瞭に観察できるのが特徴である. しかしながら, 今回の場合, ウランガラス中の蛍光光度が方解石中のそれより大きく, 方解石中の蛍光が暗く見える. ウランガラス中のウラン含有量を少なくして蛍光光度を小さくするとより観察しやすくなると思われる. 4. 今回考案した複屈折現象の教材で用いられるコナラ水やウランガラス中でのレーザー光の行路について, 生徒がどのように理解するかを検討した. ここでは複屈折現象の教材の理解に必要とされる基本的な 光の性質 である, 光の直進性, 反射, 屈折の演示実験を行い光路についての生徒の理解を検討した. 以下に実施した演示実験を示す. 1 1 この内容については, すでに第 2 章の (1), (2) で述べた ( 図 1, 図 2). 2 2 コナラ水中に鏡を立て, あるいはウランガラスの側面に鏡をあて, それに向けて紫色レーザー光を照射する. 鏡で反射するレーザー光励起による蛍光を目視することで, 反射の法則を確認することができる ( 図 5). ここでは反射板としてアクリル板をベースとしたアルミ蒸着鏡 ( 市販 ) を用いた. 観察ではレーザー光の鏡への入射角を変え, 反射角が変化する様子も観察させた. 今回はアクリルにアルミを真空蒸着した鏡を用いたが, 鏡面仕上げの金属板も表面で反射するので観察に適することも確認した. なお, ガラスに銀メッキをした鏡を用いると, 光がメッキ面に到達するまでにガラスの層を透過するが, 水とガラスの境界で

6 ( 6) 光が屈折するので少しずれた位置から反射光がでてくる可能性がある. 3 3 ある種のガラス製品やアクリル製品は, 紫色レーザー光で励起され蛍光を発する. 今回は, 直方体のウランガラス (5 cm 3 cm 3 cm) を用いて, コナラ水と組み合わせることで光の屈折を理解させるための教材を工夫した. レーザー光を照射すると, コナラ水からウランガラスに入射する蛍光の行路と入射したウランガラス中の光路が目視でき, コナラ水とウランガラスとの境界での屈折が観察できる ( 図 6). また, 同様にウランガラスからコナラ水中へ射出する蛍光の行路が屈折することが確認できる. る. 学習指導要領での位置づけとしては, 高等学校学習指導要領 ( 文部省,1999) の第 5 節理科 地学 Ⅰ での (1) 地球の構成 ( イ地球の内部,( ア ) 地球内部構造と構成物質 ) における単元 鉱物とその性質 の中で行った. 単元の内容は表 1 のとおりである. 本時は方解石の複屈折現象の学習の事前授業として平成 1 単元の内容 5. 高等学校 3 年生地学 Ⅰの選択授業 (28 名 ) で前述の第 4 章の ( 1) 光の直進性 ( 観察 1), ( 2) 光の反射 ( 観察 2) および (3) 光の屈折 ( 観察 3) の観察を行った. 該当校の教育課程では地学 Ⅰは 3 学年での文系クラスにおける生物 Ⅰとの選択科目であ 7 授業で用いた生徒用のプリント

(7) 7 2 本時の評価基準 24 年 1 月に実施された. 教卓で演示実験として行い 2 班に分かれて順に観察させた. また, コナラ水と同時に鉄さびを含む水 ( 鉄さび水 と呼ぶ.) に赤色レーザーポインター (650 nm) を照射して, チンダル現象による光路も比較し観察させた. その後, 蛍光発光の仕組みを学習した. チンダル現象については, 化学 Ⅰ(2 年次の履修 ) で学習済みである. 光については小学校 3 年生で光の進み方や反射についてすでに学習している ( 文部省,1998a). 中学校では光の反射や屈折, 凸レンズを学習している ( 文部省,1998b). したがって, 今回の演示実験では蛍光の仕組みを学習すると同時に, すでに生徒が理解している光の性質の確認を行う中で, 蛍光の行路の有効性を検討した. 用いたプリントを図 7 に, 本時の評価基準を表 2 に, 目標と展開を表 3 に, それぞれの観察における生徒の感想を表 4 に示す. 1 観察 1 の前に行った 光の進み方の予想 では, 28 名全員が 直進する と予想しており, 光の直進性をすでに理解していた. 観察 1 では直進性については予想どおりであった (3 名 ) とする生徒がいる一方, 普通は見えないはずの光が見えてびっくりしました. という生徒や 初めて光の道筋を見た. というように実際に直進する光を見て驚く生徒がいた (15 名 ). 2 色が変わったことに驚いた! や 紫が青になるのは不思議. というように紫色レーザー光励起による蛍光の色がレーザーの色と異なることに驚いたり, 蛍光発光を不思議に感じる生徒もいた. 3 鉄さび水に赤色レーザーポインターを照射すると綺麗に見えるが, きらきらと光って光の進み方は見にくい. という生徒(1 名 ) もいる一方, 紫のレーザー光線は, 青に色が変わって水の中でもはっきりとした線でした. というように, 紫色レーザー光励起の蛍光を用いることにより明瞭な はっきりとした線 と 記述した生徒もいた (2 名 ). 4 発光の仕組みについて 理由は赤 ( さび水 ) ちりにあたるから.( コナラ水では ) 紫 蛍光が起こるから. というように, 両者の発光の仕組みの違いはチンダル現象と蛍光発光によることを区別して認識している生徒もいた (6 名 ). この仕組みの違いについては授業の最後のまとめで全員に説明を行った. 5 観察 2 では, 鏡の反射は中学の時にしたので, 知っていた. というように観察 1 と同様に予想通りであったとする生徒 (6 名 ) がいる一方, キレイに真っ直ぐ反射していて, すごかったです. 角度を変えても, 光は絶対に直線で, 対称的に反射していました. というように反射する光路の様子に驚いたり, 反射の角度の正確さを記述していた生徒もいた (8 名 ). また, はさみ というたとえで反射する光の入射角を変化させる様子を表現する生徒がいた (2 名 ). さらに, 水の中でも反射することを新たな発見として記述した生徒もいた (1 名 ). 6 観察 3 はコナラ水中のウランガラスでの光の屈折を観察させるものであるが, ウランガラス中で はっきりと線に見えているのがわかった. のようにウランガラス中の直線的な光路について (1 名 ) や 宝石みたいに光った. ガラス内でも反射していた. のようにウランガラス内での反射についての感想もあった (4 人 ). 光った!! ウランガラスが紫色を吸収して蛍光を発した. というように, 蛍光による発光に言及する生徒もいた (3 名 ). 6. 今回, レーザーポインターの紫色レーザー光によって発した蛍光を用いて, 光路を示した. コナラ水とウランガラスや方解石を組み合わせて, 紫色レーザー光励起による蛍光のみを用いて光路を示したのが本教材の特徴である. 比較のために赤色レーザーポインター

8 ( 8) 3 本時の目標と展開 を鉄さび水に照射したチンダル現象を用いて光路を示したが, 観察 1 の生徒の感想にチンダル現象による光路は見にくいという生徒がいるのに対して紫色レーザー光励起による蛍光は はっきりとした線 であるという生徒の記述にあるように, チンダル現象と比較してより明瞭な光路として示すことができた. このように本教材での光路は明瞭であり, 生徒にとってより認識しやすいことが挙げられる. チンダル現象として は空気中での線香の煙や牛乳を加えた水を用いることができる. これらでもコナラ水の代用とすることが可能であるが, 観察条件としては光路がより連続性に富み, 明瞭であることや, 方解石中の蛍光の行路を観察するためには可能な限り透明であることが必要な条件であることを勘案すると, 流体としてはコナラ水のほうがより適するといえる. また, 前述の生徒の感想の 色が変わったことに驚

(9) 9 4 光の性質に関する生徒の代表的な感想

10 ( 10) いた! や 紫が緑に変わるのは不思議. というように, 紫色レーザー光の励起による蛍光が紫色と異なることに驚いたり, 蛍光発光の仕組み自体を不思議に感じるなど, 蛍光発光による行路の観察のほうが感動を持って観察できたようであった. 生徒は実践授業での観察前で光の直進性をすでに理解していたが, 本教材で実際に直進する光路を観察する中で, 光路の明瞭さや蛍光への驚きや不思議さからくる感動を持つ中で改めて光の直進性, さらには反射や屈折を再確認したものと思われる. 高校生にとって光の直進性, 反射, 屈折という光の性質についてはすでに知っている概念である. 今回は新しい知見によってこの概念が変化したわけではない. しかし, 生徒の感想から今回の観察では蛍光発光により光の直進性, 反射, 屈折を見る中で, 感動や驚きとともに光路の明瞭さを認識していたと推測される. このように, コナラ水の蛍光現象は見た目にも明瞭で認識しやすく感動や驚きも伴うため, 生徒の興味関心を引き立てる効果は大きいものと考えられる. 観察 1 ではコナラ水とウランガラスの蛍光で光路を示したが, コナラ水は安価であるのに対して, ウランガラスは高価でありコナラ水のほうが教材として用いやすい. 今回のウランガラスの蛍光強度が大きく, やや明るすぎる点やガラス内で反射したり, ウランガラス全体が蛍光発光する点がやや難点であった. しかしながら, 実際にはガラス内でも反射をする光があることがウランガラスを用いると理解でき, ガラス内の反射を示す観察として活用できる. 7. 今回, 複屈折現象の教材のさらなる展開として方解石とコナラ水やウランガラスを組み合わせた教材を提案した. これにより, 可視光である紫色レーザー光で発する蛍光を利用して, 方解石中の光路のみならず, 入射光や出射光の行路を連続して観察することが可能となった. これまでも地学分野で活用されてきた方解石の特質を基本にして今回新しく提示した教材開発は, 鉱物に代表される大地の構成物を幅広い教材として浸透させための一例となりうる. 蛍光を用いた光路を見せる授業での生徒の反応は光路がよくわかるというものであり, 光路を確認させるのに有効な方法であることが明らかになった. この教材は, 光路を明快に追跡し観察できると同時に, 蛍光の直進性や発光する色により生徒に感動も与えること ができる. このような感動とともに鉱物の性質について科学的な理解を形成できるという点で観察用教材としては有用であろう. 今後は複屈折現象の観察授業の実践から, 生徒の理解や教材の有効性の検証を行いたい. 本研究は日本地学教育学会広島大会における発表 ( 多賀ほか,2011) をまとめたものである. 科学研究費 ( 奨励研究, 研究課題番号 24909033) の一部を本研究に使用させていただいた. 岡山大学名誉教授の山下信彦先生にはさまざまなご助言をいただいた. また, 妖精の森ガラス美術館の奥博之氏にはウランガラスの製造 加工にさまざまなご助言をいただいた. ここに厚く御礼申し上げます. 斯迪克艾尓肯 山下信彦 (2003): 蛍光を発する食塩の合成. 物理教育,51, 1 5. Brenni, P.(2007): Uranium Glass and Its Scientific Uses. B. Sci. Instrum. Soc., no. 92, 34 39. 地学団体研究会編 (1982): 自然を調べる地学シリーズ 3 土と岩石. 東海大学出版会,200p. 出口竜作 小野寺麻由 並河洋 (2012): タマクラゲの GFP 様物質 : 発現の時期 部位の調査と教材化に向けた取り組み. 宮城教育大学紀要,47, 95 100. 河野俊夫 中野聰志 (2011): レーザーポインターを用いた方解石の複屈折の観察. 地質学雑誌,117, 472 475. 河野俊夫 多賀優 山下信彦 (2010): 中国 ( 内モンゴル自治区 ) 吉蘭泰塩湖産透石膏の蛍光について. 地球科学,64, 235 240. 河野俊夫 財津千穂 中野聰志 山下信彦 (2013): 方解石を用いた複屈折による像の色変化の観察. 地球科学,67, 215 220. Lopes, F., Ruivo, A., Muralha, V. S. F., Lima, A., Duarte, P., Paiva, I., Trindade, R. and Pires de Matos, A.(2008): Uranium glass in museum collections. J. Cult. Herit., no. 9, e64 e68. 文部省 (1998a): 小学校学習指導要領平成 10 年 12 月告示. 大蔵省印刷局,97 p. 文部省 (1998b): 中学校学習指導要領平成 10 年 12 月告示. 大蔵省印刷局,104 p. 文部省 (1999): 高等学校学習指導要領平成 11 年 3 月告示. 大蔵省印刷局,388 p. 中津川鉱物博物館 (1999): 常設展示解説書. 中津川鉱物博物館,45p. 日本アイソトープ協会 (2009): 国際放射線防護委員会の 2007 年勧告. 丸善出版,281 p. 西尾正道 (2012): 放射線健康障害の真実. 旬報社, 95p. 岡本弥彦 (2003): 方解石の教材化に関する実践的研究. 地学教育,56, 191 201.

(11) 11 Schneider, S., Kocher, D.C., Kerr, G.D., Scofield, P.A., OʼDonnell, F.R., Mattsen, C.R., NRC, Cotter, S.J., Bogard, J.S., Bland, J.S. and Wiblin, C.(2001): Glassware, Chap. 3.13, In Systematic radiological assessment of exemptions for source and byproduct materials. U.S. Nuclear Regulatory Commission Office of Nuclear Regulatory Research, 3 217 3 229. 生活環境放射線編集委員会 (2011): 新版生活環境放射線 ( 国民線量の算定 ). 原子力安全研究協会,166 p. 嶋田玄彌 (1938): コバネトネリコの一成分, 薬学雑誌, 58, 636 638. 嶋田玄彌 (1940): トネリコ属植物樹皮の成分. 薬学雑誌,60, 508 510. 嶋田玄彌 (1952a): トネリコ属植物樹皮の成分の研究 ( 第 3 報 ). 薬学雑誌,72, 63 65. 嶋田玄彌 (1952b): トネリコ属植物樹皮の成分の研究 ( 第 6 報 ). 薬学雑誌,72, 498 500. 杉山裕子 (2011): 琵琶湖に溶存する難分解性溶存有機物の蛍光スペクトル解析および超高分解能質量分析による特性把握と起源の推定. 平成 23 年度水質保全研究助成成果報告書, 公益財団法人琵琶湖 淀川水質保全機構 HP http://www.byq.or.jp/josei/h23/h23_ seikahoukoku.html, 1 9. 多賀優 河野俊夫 中野聰志 山下信彦 (2011): レーザー光による教材化. 平成 23 年度全国地学教育研究大会 日本地学教育学会第 65 回全国大会 広島大会講演予稿集,34 35. Taga, M., Kono, T. and Yamashita, N.(2011): Photoluminescence properties of gypsum. J. Miner. Petrol. Sci., 106, 169 174. 舘野之男 (2001): 放射線と健康. 岩波新書,237p. 遠山岳史 浅井朋彦 (2011): 炭酸カルシウム系蛍光体の合成実験と発光スペクトルの観察. 化学と教育,59, 148 151. Trifonov, D.N. and Trifonov, V. D.(1994): Chemical Elements. 化学元素発見のみち ( 阪上正信 日吉芳朗訳,1994), 内田老鶴圃, 東京,267 p. UNSCEAR(2010): Sources and Effects of Ionizing Radiation. UNSCEAR 2008 Report: Volume I, UNSCEAR, 472 p. 山下信彦 斯迪克艾尓肯 中川智之 (2001): 市販教材 ブラックライト と 蛍光体サンプルの検証. 物理教育,49, 532 536. 吉岡崇仁 Mostofa, K.M.G.(2010): 琵琶湖およびバイカル湖とその集水域における溶存有機物の動態. Humic Subst. Res., 7, 5 14. 68 1 1 12, 2015 蛍光, レーザーポインター, 方解石, ウランガラス, コナラ, 教材 紫色レーザーポインターからの光線(405 nm) を照射することによって蛍光を発するコナラの枝を浸した水 ( コナラ水と呼ぶ ) やウランガラスプリズムをそれぞれ方解石と組み合わせて方解石の複屈折現象を教材化した. 本教材では, 方解石への入射光路, 方解石中の光路, 方解石からの出射光路のすべてを紫色レーザー光励起による蛍光の輝線として連続して観察できる. 開発したコナラ水やウランガラスプリズムを用いて, 高校で光の性質 ( 直進, 反射, 屈折 ) を示す演示実験を行った. その結果, 光の性質についての認識が深まった. Masaru TAGA, Toshio KOHNO and Satoshi NAKANO: Teaching Tools of Calcite Birefringence with Use of Luminescence under Purple Laser Light Excitation. Journal of Education of Earth Science, 68 (1), 1 12, 2015

12 ( 12) [ ウランガラスの使用の歴史 ] Brenii(2007) によると,18 世紀末にウラン鉱物 (UO 2 ) を発見した Klaproth がウランガラスに言及し, 19 世紀後半にはウランガラスを使ったガラス製品が多く作られ, とくに 1920 年代 ~1930 年代にはアール デコとしてもて囃された.1840 年代の中頃には Brewster がウランガラスからの蛍光について触れており, 黄色を帯びたボヘミアンガラスが明るい緑色蛍光を示すとした.1852 年に初めて fluorescence という造語を使い, いわゆる Stokes の法則 を提唱した Stokes は,1862 年に紫外線に富む電灯を利用してウランガラスからの蛍光のスペクトルを観察している. その後さまざまなウランガラスの蛍光研究が行われ,19 世紀後半 ~20 世紀初めには蛍光現象を演示するためのウランガラスのブロックや板, プリズムが作られ,20 世紀末には顕微鏡の原理を説明するため, ウランガラスのブロックで照明の光束の経路を示した教材といえるべきものもあるとしている. なお, 以上述べたようにウランやウランガラスは近代化学の発展の初期から知られ利用されてきた元素や物質であるが, 現在問題になる放射線との関係で研究が進められ始めたのは, 周知のように 19 世紀末のベクレルの放射能の発見やキュリー夫妻の放射性元素の発見以降である (Trifonov and Trifonov, 1994). すなわち,20 世紀に入って以降, 本文中にあるようなウラン元素およびその化合物の安全性が問題とされてきた.