タイにおける 防 災 政 策 と 仏 暦 2550 年 防 災 及 び 減 災 法 海 外 立 法 情 報 課 大 友 有 目 次 はじめに Ⅰ 防 災 管 理 の 法 的 枠 組 みと 防 災 管 理 体 制 1 仏 暦 2550 年 防 災 及 び 減 災 法 2 防 災 計 画 の 決 定 3 内 務 省 防 災 及 び 減 災 局 の 権 限 4 早 期 警 報 システム Ⅱ 2011 年 洪 水 災 害 への 対 応 1 2011 年 洪 水 の 被 害 2 タイ 政 府 の 対 応 おわりに はじめに インドシナ 半 島 の 中 央 部 に 位 置 するタイは 毎 年 暴 風 干 ばつ 洪 水 津 波 といった 自 然 災 害 人 や 動 植 物 の 伝 染 病 人 為 的 な 災 害 や 事 故 などに 見 舞 われている タイにおいて 最 も 頻 繁 な 災 害 は 洪 水 干 ばつ そして 地 滑 りといっ た 水 に 起 因 する 災 害 である ⑴ これはタイの 地 理 的 条 件 と 気 候 条 件 から 起 こるものである ミャンマーと 国 境 を 接 する 西 部 及 びラオスと 国 境 を 接 する 北 部 は 山 間 部 で これらの 山 間 部 を 源 流 とするピン 川 ムン 川 ヨム 川 ナーン 川 と 4 本 の 川 が 中 央 部 のデルタ 地 帯 に 流 れ 込 み チャオプラヤー 河 となり 首 都 バンコクを 流 れ タイ 湾 に 注 いでいる 5 月 から 10 月 の 間 の 雨 季 になると 上 流 の 山 間 部 で 降 った 雨 が 4 本 の 川 を 増 水 させ 中 央 部 デルタ 地 帯 に 大 量 の 水 を 一 気 に 運 んでくることから 中 央 部 デルタ 地 帯 では 毎 年 洪 水 が 発 生 している 2011 年 に 発 生 した 大 洪 水 は 洪 水 の 被 害 としては 数 十 年 ぶ りに 大 規 模 な 災 害 となり 死 者 744 名 行 方 不 ⑵ 明 者 3 名 被 災 者 は 400 万 人 を 超 えると 報 告 されている 中 央 部 デルタ 地 帯 は 有 数 の 稲 作 地 帯 であると 同 時 に いくつもの 工 業 団 地 を 擁 しており 2011 年 の 大 洪 水 により 工 業 団 地 で 生 産 活 動 をしていた 多 くの 日 系 企 業 にも 甚 大 な 経 済 的 損 失 があったことは 報 道 等 でも 周 知 のこ とである また 2004 年 12 月 に 発 生 したスマトラ 島 西 方 沖 地 震 による 津 波 がタイの 沿 岸 部 を 襲 いタイ 南 部 が 壊 滅 的 被 害 を 受 けたことも 記 憶 に 新 し い この 津 波 は タイ 南 部 のみならず スリラ ンカなど 多 くの 海 に 面 する 国 々に 津 波 の 被 害 を もたらし タイにおける 津 波 防 災 への 意 識 を 高 めるきっかけとなった 本 稿 では タイにおける 防 災 管 理 の 法 的 枠 組 みと 防 災 管 理 体 制 を 概 観 する また あわせて 2011 年 の 大 洪 水 におけるタイ 政 府 の 対 応 につ いて 触 れる Ⅰ 防 災 管 理 の 法 的 枠 組 みと 防 災 管 理 体 制 1 仏 暦 2550 年 防 災 及 び 減 災 法 タイでは 2007 年 に 仏 暦 2550 年 防 災 及 び 減 災 法 ( ) ⑶ (2007 年 11 月 6 日 施 行 )( 以 下 2007 年 防 災 法 ) が 制 定 され 現 在 の 防 災 法 制 の 枠 組 みを 規 定 し ⑴ Amornthip Paksuchon, Thailand Profiles on Disaster Risk Reduction 2011 (アジア 防 災 センターによるカ ントリーレポート), p.3. http://www.adrc.asia/countryreport/tha/2010/thailand_cr2010b.pdf 以 下 インターネット 情 報 は 2012 年 2 月 15 日 現 在 である ⑵ 2011 年 12 月 20 日 付 け 24/7 Emergency Operation Center for Flood, Storms and Landslide による 報 告 http://www.adrc.asia/documents/disaster_info/2011/12/eoc_report_20_dec-eng.pdf 国 立 国 会 図 書 館 調 査 及 び 立 法 考 査 局 外 国 の 立 法 251(2012. 3) 239
特 集 大 規 模 災 害 対 策 法 制 て い る 2007 年 防 災 法 は 1979 年 の 仏 暦 2522 年 市 民 防 衛 法 及 び 1999 年 の 仏 暦 2542 年 火 災 防 衛 法 を 廃 止 しこれに 替 わり 制 定 され たもので 防 災 政 策 の 立 案 決 定 機 関 及 び 実 施 機 関 とその 権 限 地 方 防 災 における 地 方 行 政 機 関 の 責 任 等 について 規 定 している 2007 年 防 災 法 では 火 災 台 風 暴 風 洪 水 干 ばつ 人 の 伝 染 病 陸 上 及 び 水 中 動 物 の 伝 染 病 植 物 の 伝 染 病 等 の 自 然 災 害 人 為 的 災 害 の ほか 国 民 の 生 命 身 体 及 び 財 産 に 影 響 を 及 ぼ すすべての 事 象 を 対 象 としており 空 襲 やテロ 行 為 もここに 含 まれる( 第 4 条 ) また 同 法 は これらの 災 害 を1 人 為 的 災 害 及 び 自 然 災 害 2 戦 時 における 空 襲 に 起 因 する 災 害 そして3 破 壊 活 動 又 はテロリストによる 攻 撃 の 3 つの カテゴリーに 分 類 している 2007 年 防 災 法 は 6 章 全 58 条 で 構 成 され 全 体 は 前 文 第 1 章 総 則 ( 第 6 条 ~ 第 20 条 ) 第 2 章 防 災 及 び 減 災 ( 第 21 条 ~ 第 31 条 ) 第 3 章 バンコク 都 における 防 災 及 び 減 災 ( 第 32 条 ~ 第 38 条 ) 第 4 章 職 員 及 びボランティア( 第 39 条 ~ 第 42 条 ) 第 5 章 雑 則 ( 第 43 条 ~ 第 48 条 ) 第 6 章 罰 則 ( 第 49 条 ~ 第 55 条 ) 特 則 ( 第 56 条 ~ 第 58 条 )となっている 2 防 災 計 画 の 決 定 2007 年 防 災 法 は 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 の 立 案 機 関 決 定 機 関 承 認 機 関 をそれぞれ 定 めている 2007 年 防 災 法 は 防 災 計 画 の 決 定 を 国 家 県 バンコク 都 の 3 つのレベルの 行 政 機 関 で 行 うこ ととし ⑷ 国 家 防 災 の 最 高 責 任 者 を 首 相 又 は 指 名 された 副 首 相 としている 防 災 政 策 の 基 本 と なる 防 災 計 画 も 国 家 レベル 県 レベル バン コク 都 の 3 つのレベルにおいて 立 案 決 定 され る 防 災 計 画 の 決 定 機 関 は 国 家 レベルにおい ては 国 家 防 災 及 び 減 災 委 員 会 (National Disaster Prevention and Mitigation Committee 以 下 NDPMC ⑸ ) 県 レベルにおいては 県 防 災 及 び 減 災 委 員 会 そしてバンコク 都 レベル においては バンコク 都 防 災 及 び 減 災 委 員 会 が 設 置 されることが 規 定 され その 責 任 者 は そ れぞれ 首 相 又 は 指 名 された 副 首 相 県 知 事 バンコク 都 知 事 である 国 家 レベルの 防 災 政 策 の 決 定 機 関 である NDPMC は 防 災 減 災 復 興 に 関 する 防 災 計 画 の 決 定 を 担 っており 内 務 省 の 防 災 及 び 減 災 局 長 が NDPMC の 事 務 局 長 の 役 割 を 担 うこ とになっている NDPMC は 委 員 長 として 首 相 又 は 指 名 さ れた 副 首 相 第 一 副 委 員 長 として 内 務 大 臣 第 二 副 委 員 長 として 内 務 省 次 官 防 衛 省 次 官 社 会 開 発 人 間 の 安 全 保 障 省 次 官 農 業 協 同 組 合 省 次 官 運 輸 省 次 官 天 然 資 源 環 境 省 次 官 情 報 技 術 通 信 省 次 官 公 共 保 健 省 次 官 首 相 府 予 算 局 長 国 家 警 察 庁 長 官 国 軍 最 高 司 令 官 陸 軍 司 令 官 海 軍 司 令 官 空 軍 司 令 官 のほか 国 家 安 全 保 障 評 議 会 事 務 局 及 び 都 市 計 画 防 災 及 び 減 災 の 専 門 家 のなかから 内 閣 によって 任 命 される 5 名 を 超 えない 専 門 家 によって 構 成 され る( 第 6 条 第 1 項 ) NDPMC の 権 限 は 第 7 条 第 1 項 において 規 定 されている すなわち 1 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 を 決 定 すること 2 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 を 内 閣 に 提 出 する 前 に 第 11 条 第 1 項 (1)に 基 づき 計 画 を 精 査 すること 3 防 災 及 び 減 災 制 度 の 向 上 を 国 家 機 関 地 方 行 政 機 関 及 び 関 連 する 民 間 部 門 の 間 で 効 率 的 に 統 合 すること 4 ⑶ ราชก จจาน เบกษา เล ม ๑๒๔ ตอนท ๕๒ ก ๗ ก นยายน ๒๕๕๐.( 仏 暦 2550 年 9 月 7 日 付 官 報 Vol.124, Part 52 Kor.) ⑷ Amornthip, op.cit. ⑴, pp.7-9. ⑸ タイ 語 では กปภ.ช. (Ko Po Pho. Cho.)と 略 す 防 災 管 理 体 制 の 仕 組 みについては Amornthip, op.cit, ⑴, pp.9-11 に 詳 しい 240 外 国 の 立 法 251(2012. 3)
タイにおける 防 災 政 策 と 仏 暦 2550 年 防 災 及 び 減 災 法 図 防 災 管 理 体 制 ( 出 典 )Amornthip Paksuchon, Thailand Profiles on Disaster Risk Reduction 2011, p.11 に 掲 載 されている 図 を 基 に 筆 者 作 成 防 災 及 び 減 災 に 係 る 活 動 に 対 し 助 言 し 支 援 し 及 び 促 進 すること 5 財 務 省 の 同 意 に 基 づ き 防 災 及 び 減 災 に 係 る 活 動 における 報 酬 賠 償 金 及 び 必 要 経 費 についての 規 則 を 定 めるこ と そして6この 法 律 及 びその 他 の 法 律 又 は 内 閣 の 指 示 に 基 づき 活 動 すること である 3 内 務 省 防 災 及 び 減 災 局 の 権 限 ⑴ 国 家 防 災 減 災 計 画 の 立 案 2007 年 防 災 法 は 国 家 レベルの 防 災 政 策 を 立 案 実 施 する 機 関 を 内 務 省 防 災 及 び 減 災 局 (Department of Disaster Prevention and Mitigation 以 下 DDPM ) であると 明 記 し 地 方 の 防 災 政 策 実 施 については 県 がその 責 務 を 負 うこととしている 外 国 の 立 法 251(2012. 3) 241
特 集 大 規 模 災 害 対 策 法 制 かつて タイにおける 防 災 減 災 政 策 の 立 案 実 施 機 関 は 内 務 省 地 方 自 治 局 市 民 防 衛 部 と 首 相 府 国 家 安 全 評 議 会 の 二 つの 組 織 が 担 っていた が タクシン 政 権 の 行 政 改 革 により 2002 年 省 庁 再 編 法 が 施 行 されたことにより 内 務 省 の 下 に 設 置 された DDPM に 一 元 化 された DDPM が 立 案 した 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 案 は NDPMC においてその 内 容 が 精 査 され その 後 内 閣 により 正 式 に 国 家 防 災 減 災 計 画 として 承 認 される DDPM には 国 家 防 災 減 災 計 画 の 立 案 において 国 家 レベル 地 方 レ ベル バンコク 都 レベル そして 民 間 部 門 との 間 における 防 災 に 関 する 効 果 的 な 協 力 関 係 を 構 築 することも 期 待 されている ⑹ 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 は 関 連 諸 機 関 地 方 行 政 機 関 バンコク 都 さらには 民 間 部 門 における 防 災 及 び 減 災 計 画 立 案 の 基 礎 となる もので 3 年 ごとに 見 直 される 同 計 画 は 1 防 災 減 災 の 原 則 2 災 害 時 における 基 本 的 な 実 施 手 続 3 国 家 安 全 保 障 問 題 に 関 する 防 災 減 災 そして4 市 民 防 衛 の 4 章 により 構 成 され ており 想 定 しうる 災 害 とそれらの 災 害 に 対 す る 関 係 諸 機 関 による 対 応 方 針 が 挙 げられてい る 各 県 の 防 災 及 び 減 災 委 員 会 及 びバンコク 都 防 災 及 び 減 災 委 員 会 は 各 県 及 びバンコク 都 そ れぞれにおける 防 災 関 連 機 関 の 代 表 ⑺ により 構 成 され 国 家 レベルの 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 に 合 わせ それぞれの 防 災 計 画 を 立 案 すること をその 任 務 としている 2007 年 防 災 法 第 12 条 によれば 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 には 1 防 災 及 び 減 災 の 活 動 が 制 度 に 則 り 継 続 的 に 実 施 されるために 必 要 なガイ ドライン 手 段 及 び 予 算 2 短 期 及 び 長 期 に 発 生 する 災 害 による 被 害 に 対 する 支 援 及 び 減 災 ( 被 災 者 政 府 機 関 及 び 地 方 行 政 機 関 の 避 難 被 災 者 の 救 済 公 衆 衛 生 の 監 督 並 びに 交 通 手 段 及 び 公 共 設 備 の 問 題 の 解 決 を 含 む) 3 活 動 計 画 の 実 施 に 責 任 を 有 する 政 府 機 関 及 び 地 方 行 政 機 関 並 びに 活 動 計 画 の 実 施 に 必 要 な 予 算 の 獲 得 手 段 4 人 材 育 成 及 び 国 民 の 訓 練 を 含 む 防 災 及 び 減 災 の 実 施 に 必 要 な 人 材 資 材 及 び 機 材 の 準 備 に 係 るガイドライン 5 災 害 後 の 修 復 復 旧 復 興 及 び 国 民 に 対 する 支 援 といった 内 容 が 含 まれると 規 定 されている ⑵ 防 災 政 策 の 実 施 DDPM は 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 の 立 案 のほ か 防 災 関 係 諸 機 関 の 間 の 調 整 などを 含 む 防 災 政 策 の 実 施 において 重 要 な 役 割 を 果 たしてい る さらに 減 災 の 面 においては 気 象 局 情 報 技 術 通 信 省 国 家 灌 漑 局 農 業 協 同 組 合 省 水 資 源 局 天 然 資 源 環 境 省 と 協 力 して 政 策 実 施 にあたっている DDPM は 18 の 地 域 オペレーションセン ター 75 か 所 の 県 事 務 所 6 つの 防 災 減 災 ア カデミー⑻を 設 置 しており 防 災 減 災 アカデ ミーでは DDPM のスタッフ 関 連 政 府 機 関 民 間 部 門 の 職 員 らの 訓 練 を 実 施 している ⑼ DDPM の 職 務 は 平 常 時 における 防 災 活 動 ⑹ 防 災 及 び 減 災 計 画 に お け る 国 地 方 バ ン コ ク の そ れ ぞ れ の 段 階 に お け る 計 画 内 容 等 に つ い て は Amornthip, op. cit. ⑴, pp.11-14 に 詳 しい ⑺ 関 係 の 行 政 機 関 のみならず 大 学 研 究 者 やそれぞれの 地 域 で 活 動 する 民 間 の 慈 善 団 体 の 代 表 も 含 まれる タ では 防 災 分 野 における 民 間 の 慈 善 団 体 の 活 動 が 重 要 となっている ⑻ プラチンブリー 県 ソンクラー 県 チェンマイ 県 コーンケーン 県 プーケット 県 ピサヌローク 県 の 6 つ の 県 にアカデミーを 設 置 している ⑼ DDPM の 組 織 や 権 限 予 算 具 体 的 な 活 動 内 容 等 については Amornthip, op. cit. ⑴, pp.14-20 に 詳 しい 242 外 国 の 立 法 251(2012. 3)
タイにおける 防 災 政 策 と 仏 暦 2550 年 防 災 及 び 減 災 法 災 害 発 生 時 における 防 災 減 災 活 動 そして 復 興 活 動 の 3 つの 段 階 に 分 けられる 平 常 時 の 防 災 活 動 として DDPM は 各 県 の 防 災 活 動 の 支 援 を 実 施 している これには 防 災 計 画 の 立 案 職 員 及 び 市 民 防 衛 ボランティア の 育 成 及 び 教 育 防 災 関 連 機 材 の 調 達 等 が 含 ま れている 災 害 発 生 時 における DDPM の 職 務 は 早 期 警 告 NDPMC が 設 置 するオペレーションセ ンターの 運 営 被 災 者 の 救 出 活 動 関 連 機 関 と の 連 携 被 災 地 における 電 話 網 の 確 保 災 害 情 報 の 発 信 であり 災 害 発 生 時 には 行 政 側 の 要 としての 役 割 を 果 たす 復 興 の 段 階 においては 金 銭 補 償 を 含 む 被 災 者 の 救 済 被 災 地 の 処 理 のための 機 材 管 理 そ して 長 期 的 視 野 に 立 ち 復 旧 復 興 に 携 わる 関 係 諸 機 関 の 調 整 を 担 うこととなっている また DDPM は 兵 庫 行 動 枠 組 (Hyogo Framework for Action: HFA) ⑽ のタイにおける 実 施 機 関 でもある HFA の 5 つの 優 先 課 題 すなわち 1 防 災 のための 統 治 力 (ガバナンス)2 災 害 リ スクの 特 定 評 価 観 測 早 期 警 戒 3 災 害 知 識 の 普 及 防 災 教 育 4 災 害 リスク 要 因 の 軽 減 5 効 果 的 な 応 急 復 興 への 備 えを 実 現 するため に 継 続 的 な 活 動 を 実 施 している 2007 年 防 災 法 が 第 11 条 において 規 定 する DDPM の 権 限 は 1 国 家 防 災 及 び 減 災 計 画 案 を 作 成 し NDPMC に 提 出 すること 2 防 災 及 び 減 災 に 係 る 効 率 的 な 方 法 を 探 るための 調 査 研 究 活 動 を 計 画 すること 3 防 災 及 び 減 災 に 関 し 政 府 機 関 地 方 行 政 機 関 及 び 民 間 部 門 に 対 し 支 援 及 び 援 助 を 実 施 すること また 被 災 者 に 対 し 初 期 救 済 を 実 施 すること 4 政 府 機 関 地 方 行 政 機 関 及 び 民 間 部 門 に 対 し 防 災 及 び 減 災 に 係 る 相 談 及 び 訓 練 を 紹 介 すること 5 防 災 及 び 減 災 計 画 に 基 づく 各 段 階 における 活 動 の 効 果 を 追 跡 調 査 し 審 査 及 び 算 定 すること 6この 法 律 若 しくはその 他 の 法 令 又 は 司 令 官 首 相 NDPMC 若 しくは 内 閣 の 指 示 に 基 づき その 他 の 義 務 を 遂 行 すること である 4 早 期 警 報 システム DDPM とならび もう 1 つ 国 家 レベルの 防 災 政 策 の 実 施 機 関 として 挙 げられるのが 情 報 技 術 通 信 省 の 傘 下 におかれている 国 家 災 害 警 報 センター(National Disaster Warning Center: NDWC) である NDWC は 地 震 や 津 波 から タイ 国 民 とタイに 居 住 する 人 々の 生 命 と 財 産 を 守 ることを 目 的 に 設 置 された 機 関 で あり 地 震 津 波 に 関 する 情 報 収 集 にあたって いる NDWC が 収 集 する 情 報 は 気 象 局 から の 情 報 のほか タイ 海 軍 タイ 電 力 公 社 国 家 灌 漑 局 また ハワイにある 米 国 の 太 平 洋 津 波 警 報 センター 日 本 気 象 協 会 との 連 携 により 収 集 されている NDWC は 早 期 警 告 システム の 開 発 と 機 能 の 向 上 に 努 め 電 話 ファクシミ リ E メール 等 電 気 通 信 ネットワークシステ ムを 利 用 し 災 害 情 報 を 政 府 関 係 諸 機 関 のほか 消 防 署 病 院 学 校 警 察 等 へ 即 座 に 伝 達 する システムを 構 築 している 早 期 警 報 システムは 各 県 の 警 報 システムと も 連 動 しており すでに アンダマン 海 に 面 し た 津 波 の 危 険 のある 6 県 に 74 基 の 警 報 タワー が 設 置 されている さらに タイ 湾 沿 いの 地 域 等 に 48 基 の 警 報 タワーの 設 置 を 予 定 している また 津 波 の 危 険 とは 異 なる 洪 水 や 地 滑 りと ⑽ 阪 神 淡 路 大 震 災 から 10 年 が 経 過 した 2005 年 兵 庫 県 神 戸 市 において 168 ヶ 国 が 参 加 した 国 連 防 災 世 界 会 議 (The United Nations World Conference on Disaster Reduction)が 開 催 された 同 会 議 において 今 後 10 年 間 の 防 災 指 針 として 災 害 に 強 い 国 コミュニティの 構 築 を 目 標 に 兵 庫 行 動 枠 組 2005 ~ 2015 年 (HFA) が 採 択 された http://www.bousai.go.jp/wcdr/ 外 国 の 立 法 251(2012. 3) 243
特 集 大 規 模 災 害 対 策 法 制 いった 災 害 の 警 報 情 報 を 流 すために 津 波 以 外 の 災 害 の 危 険 地 域 ⑾ にさらに 144 基 の 警 報 タ ワーの 設 置 が 計 画 されている Ⅱ 2011 年 洪 水 災 害 への 対 応 1 2011 年 洪 水 の 被 害 2011 年 の 大 洪 水 は 雨 季 の 中 ごろにあたる 7 月 からタイ 北 部 で 始 まった 時 間 の 経 過 ととも に 洪 水 が 中 央 部 デルタ 地 帯 に 拡 大 するとその 被 害 は 深 刻 な 事 態 となった 日 本 の 企 業 が 多 く 進 出 している 中 央 部 デルタ 地 帯 にある 複 数 の 工 業 団 地 が 浸 水 被 害 を 受 けた 11 月 から 12 月 の 時 ⑿ 点 におけるタイ 中 央 部 での 被 災 県 は 1 都 8 県 に 及 び 全 国 の 被 災 世 帯 は 400 万 世 帯 以 上 に 上 った ⒀ タイ 中 央 銀 行 が 2011 年 の GDP の 伸 び 率 を 1% と 発 表 ⒁ していることからも 2011 年 の 洪 水 災 害 の 経 済 面 への 影 響 の 甚 大 さをうか がい 知 ることができる 2 タイ 政 府 の 対 応 2011 年 10 月 21 日 インラック 政 権 は 2007 年 防 災 法 第 31 条 ⒂ に 基 づき 地 方 における 洪 水 対 応 を 含 むすべての 権 限 を 首 相 に 集 中 させる ことを 宣 言 し 洪 水 災 害 の 対 応 にあたった 当 時 洪 水 被 害 は バンコク 都 近 郊 にまで 達 し 洪 水 の 被 害 からバンコクの 中 心 部 をいかに 守 る かが 大 きな 課 題 となっていた この 宣 言 により バンコク 都 の 洪 水 対 応 についても 政 府 が 命 令 権 限 を 有 することとなった また 内 務 省 以 外 の 関 係 諸 機 関 も 救 助 や 復 旧 などの 対 応 にあたった 例 えば マンパワーや 重 機 が 必 要 な 被 災 者 の 救 助 や 洪 水 後 の 復 旧 作 業 には 国 軍 陸 軍 海 軍 空 軍 が 対 応 した ま た 増 水 した 川 の 排 水 作 業 には 海 軍 が 協 力 し ている さらに 飲 料 水 の 配 布 や 溜 まった 水 の 浄 化 作 業 に 必 要 な 薬 品 ⒃ の 配 布 については 天 然 資 源 環 境 省 が 担 当 し バンコク 周 辺 と 近 県 での 配 布 がなされた また 公 共 保 健 省 は 洪 水 後 に 流 行 が 予 想 される 感 染 症 の 予 防 に 対 応 し その 結 果 深 刻 な 感 染 症 の 流 行 は 報 告 され ていない DDPM は 被 災 者 への 補 償 金 の 支 払 いを 担 当 している 2011 年 11 月 19 日 付 け 閣 議 決 定 において 補 償 される 被 災 世 帯 数 が 決 定 さ れ バンコク 都 においては 621,355 世 帯 に 対 し 1 世 帯 あたり 5,000 バーツ(1 バーツ = 約 2.5 円 ) ⑾ DDPM は 洪 水 や 地 滑 りの 危 険 地 域 に 鉄 砲 水 地 滑 り 警 報 プログラム を 実 施 同 プログラムにより 県 地 方 自 治 体 気 象 局 国 立 公 園 植 物 保 護 局 そして 国 家 災 害 警 報 センターと 協 力 し Mr. Disaster Warning 訓 練 コースを 設 置 している ⑿ アントーン 県 プラナコンシーアユタヤー 県 ロッブリー 県 スパンブリー 県 ナコンパトム 県 パトゥム タニ 県 ノンタブリー 県 サムットサーコン 県 バンコク 都 ⒀ แถลงข าว แผนแม บทการบร หารจ ดการทร พยากรน า ๒๐ มกราคม ๒๕๕๕.(2012 年 1 月 20 日 付 け 治 水 行 政 基 本 計 画 に ついての 政 府 発 表 ) ⒁ Bank of Thailand, BOT Press Release No. 9/2012, Inflation Report January 2012, February 3, 2012. http://www.bot.or.th/thai/pressandspeeches/press/news2555/n0955e.pdf 過 去 5 年 間 のタイの 実 質 的 経 済 成 長 率 を 見 ると 2006 年 5.1% 2007 年 5.0% 2008 年 2.5% 2009 年 -2.3% 2010 年 7.8% と リーマンショック 後 の 2009 年 に -2.3% を 記 録 した 以 外 は 安 定 した 成 長 を 続 けてきた http://www.jetro.go.jp/world/asia/th/stat_01/ ⒂ 2007 年 防 災 法 第 31 条 第 1 項 では 災 害 が 深 刻 な 状 態 となったとき 首 相 又 は 指 名 された 副 首 相 は 最 高 司 令 官 長 官 政 府 機 関 及 び 防 災 及 び 減 災 に 係 る 地 方 行 政 機 関 に 対 し 被 災 地 における 被 災 者 の 救 済 を 含 む 防 災 及 び 減 災 のためのあらゆる 行 動 について 命 令 を 下 す 権 限 を 有 する と 規 定 する ⒃ DASTA Ball と 呼 ばれる 薬 品 が 配 布 された http://www.dasta.or.th/th/news/detail_news.php?subject=%a2%e8%d2%c7%a1%d2%c3%b4%d3%e0%b 9%D4%B9%A7%D2%B9&Key=datanews&ID=1231 244 外 国 の 立 法 251(2012. 3)
タイにおける 防 災 政 策 と 仏 暦 2550 年 防 災 及 び 減 災 法 の 補 償 が 支 払 われることとなり 2011 年 12 月 20 日 現 在 すでに 19,737 世 帯 が 支 払 いを 受 けてい る 他 の 62 の 県 では 2,289,562 世 帯 が 補 償 の 対 象 となり 2011 年 12 月 17 日 現 在 55.82% が 支 払 いを 受 けている ⒄ 内 務 省 傘 下 には 洪 水 救 援 センター(Flood Relief Operation Center) ⒅ が 設 置 され 同 センターの ウェブサイト 上 で 国 民 に 対 し 洪 水 に 関 する 情 報 が 提 供 された 同 ウェブサイトには 水 位 の 変 化 などの 洪 水 情 報 のほか 高 台 に 車 を 避 難 させたい 人 たちに 向 けた 駐 車 場 情 報 営 業 中 の ガソリンスタンド 情 報 感 染 症 の 蔓 延 に 対 する 注 意 の 呼 びかけ 等 国 民 の 生 活 に 必 要 な 情 報 か ら 洪 水 に 起 因 する 二 次 的 災 害 への 注 意 喚 起 など の 情 報 提 供 が 行 われた 大 規 模 な 被 害 をもたらした 洪 水 に 対 し イン ラック 政 権 が 非 常 事 態 宣 言 ではなく 2007 年 防 災 法 に 基 づき 首 相 に 権 限 を 集 中 させる 形 で 災 害 の 対 応 にあたった 背 景 には インラック 政 権 と 反 タクシン 派 である 軍 部 との 対 立 があると の 指 摘 ⒆ もなされている また これにより 国 の 対 応 と 地 方 特 にバンコク 都 の 対 応 との 間 に 齟 齬 が 見 られるなどの 問 題 が 生 じる 結 果 とも なった ⒇ 政 治 的 な 思 惑 が 災 害 救 助 や 復 興 復 旧 作 業 に 影 響 を 及 ぼしたことに 対 し 国 民 から 批 判 を 受 けた おわりに 毎 年 洪 水 災 害 に 見 舞 われるタイだが 2011 年 の 洪 水 災 害 はその 規 模 が 非 常 に 大 きく タイ の 人 々の 生 活 のみならずタイ 経 済 にも 大 きな 損 失 を 残 した バンコク 都 中 心 部 の 被 災 は 免 れた ものの そのために 住 民 が 多 く 住 む 郊 外 地 域 で の 浸 水 被 害 が 甚 大 になったことは バンコク 都 周 辺 住 民 に 少 なからず 不 満 をもたらし なかに は 洪 水 対 策 のためにつくった 堤 防 を 破 壊 する 者 まで 出 るという 事 態 も 起 きた また 災 害 が 発 生 している 緊 急 の 段 階 で 対 策 に 混 乱 が 生 じる など 災 害 対 応 システムの 運 用 面 での 問 題 が 浮 き 彫 りとなった また 今 回 のような 大 規 模 な 洪 水 災 害 が 起 きた 場 合 浸 水 し 操 業 ができな くなった 工 場 の 労 働 者 の 雇 用 の 問 題 など 洪 水 に 起 因 する 二 次 的 な 問 題 も 発 生 し 洪 水 の 影 響 が 様 々な 面 に 及 ぶことも 明 らかとなった タクシン 政 権 崩 壊 以 降 の 政 治 的 な 混 乱 により 遅 々として 進 まなかった 全 国 規 模 の 治 水 対 策 の 基 本 計 画 が 2012 年 1 月 20 日 発 表 された 基 本 計 画 には 短 期 計 画 として 警 報 システム の 構 築 や 排 水 ポンプの 整 備 等 また 長 期 計 画 として 北 部 から 中 央 部 デルタ 地 帯 に 流 れ 込 む 大 量 の 水 をタイ 湾 に 流 すための 大 規 模 な 排 水 シ ステムと 貯 水 ダムの 建 設 等 が 含 まれている さ ⒄ 24/7 Emergency Operation Center for Flood, Storms and Landslide, op.cit. ⑵. ⒅ タイ 語 では ⒆ PM steps up control, THE NATION, 2011.10.22. http://www.nationmultimedia.com/national/pm-steps-up-control-30168286.html Bangkokians must do their part, now, THE NATION, 2011.10.22. http://www.nationmultimedia.com/national/bangkokians-must-do-their-part-now-30168289.html ⒇ バンコク 都 知 事 は 反 タクシン 派 の 最 大 野 党 民 主 党 所 属 のスクムパン 知 事 バンコク 中 心 部 への 水 の 流 入 を 防 ぐための 水 門 の 開 閉 について 政 府 側 と 異 なる 対 応 をするなどしたため 混 乱 が 生 じた ドゥシット ポールにより 2011 年 10 月 19 日 から 22 日 にかけてバンコク 及 びその 周 辺 の 住 民 1,036 人 を 対 象 に 実 施 された 世 論 調 査 では 政 府 による 洪 水 対 策 に 政 治 的 要 素 が 含 まれた とする 者 が 76.52% に また そ のことが 洪 水 対 策 に 悪 影 響 を 及 ぼした とする 者 が 70.02% に 上 っている 前 掲 注 ⒀. 外 国 の 立 法 251(2012. 3) 245
特 集 大 規 模 災 害 対 策 法 制 らに インラック 内 閣 は 2012 年 2 月 7 日 水 資 源 管 理 と 洪 水 災 害 の 防 止 を 目 的 とする 新 た な 組 織 を 設 置 することを 決 定 するなど 治 水 政 策 に 本 格 的 に 取 り 組 む 姿 勢 を 見 せている 毎 年 何 らかの 自 然 災 害 に 見 舞 われるタイが 今 後 治 水 防 災 減 災 政 策 をどのように 充 実 さ せ 実 際 の 災 害 発 生 時 において 各 関 係 機 関 の 連 携 の 上 にいかに 災 害 から 国 民 の 命 と 生 活 を 守 ることができるのか タイ 政 府 の 取 り 組 みが 注 目 される (おおとも なお) Govt establishes single anti-flood command, THE NATION, 2012.2.8. http://www.nationmultimedia.com/national/govt-establishes-single-anti-flood-command-30175406.html 246 外 国 の 立 法 251(2012. 3)