心 理 社 会 的 因 子 の 生 活 習 慣 病 リスクに 影 響 する 尿 中 バイオマーカーの 疫 学 的 検 討 佐 賀 大 学 医 学 部 社 会 医 学 講 座 予 防 医 学 分 野 助 教 島 ノ 江 千 里 ( 共 同 研 究 者 ) 佐 賀 大 学 医 学 部 社 会 医 学 講 座 環 境 医 学 分 野 講 師 松 本 明 子 佐 賀 大 学 医 学 部 社 会 医 学 講 座 予 防 医 学 分 野 講 師 原 めぐみ 佐 賀 大 学 医 学 部 社 会 医 学 講 座 予 防 医 学 分 野 講 師 西 田 裕 一 郎 佐 賀 大 学 医 学 部 社 会 医 学 講 座 予 防 医 学 分 野 教 授 田 中 恵 太 郎 1. はじめに 心 理 社 会 的 ストレスは これまで 主 に 精 神 的 健 康 との 関 連 が 検 討 されてきたが 循 環 器 疾 患 などの 生 活 習 慣 病 との 関 連 についても 報 告 されている 1,2) このメカニズムとして 心 理 ス トレスによる 健 康 行 動 ( 喫 煙 食 事 飲 酒 など)への 影 響 が 考 えられるが 生 物 学 的 なメカ ニズムについては 不 明 なままである 近 年 心 理 社 会 的 ストレスとテロメアDNAの 短 縮 との 関 連 が 報 告 されており 3) このメカ ニズムとして 酸 化 ストレスによるDNA 損 傷 が 考 えられている 4) さらに 酸 化 ストレスは 循 環 器 疾 患 やがんなどとの 関 連 も 示 されていることから 5-7) 心 理 社 会 的 ストレスと 生 活 習 慣 病 との 関 連 メカニズムとして 酸 化 ストレスが 関 与 している 可 能 性 が 考 えられる 8-hydroxy-deoxyguanosine(8OHdG)は 酸 化 ストレスによるDNA 損 傷 に 対 する 修 復 酵 素 の 作 用 により 尿 中 に 排 出 されるDNA 酸 化 損 傷 マーカーである( 図 1) ラットにおいて 心 理 社 会 的 ストレス( 隔 離 ) の 暴 露 期 間 は 視 床 下 部 の 8OHdGの 増 加 と 関 連 して いたが 8) ヒトでの 検 討 は 不 十 分 である 本 研 究 の 目 的 は 心 理 社 会 的 ス トレスと 尿 中 の 8OHdGと の 関 連 を 日 本 人 の 一 般 住 民 で 疫 学 的 に 検 討 するこ とである 図 1. DNA 損 傷 と 8-hydroxydeoxyguanosine (8OHdG) 111
2. 方 法 2-1. 調 査 方 法 日 本 多 施 設 コホート 研 究 (J-MICC Study)の 佐 賀 地 区 でのベースライン 調 査 と 第 二 次 調 査 (5 年 後 調 査 )に 参 加 した 一 般 住 民 8,454 名 (40 ~ 69 歳 )を 対 象 とした 同 じ 質 問 票 を 用 いた 対 面 調 査 により ベースライン 調 査 (2005 ~ 2007 年 )と5 年 後 調 査 (2010 ~ 2012 年 )を 実 施 した 2-2. 測 定 項 目 と 測 定 方 法 心 理 社 会 的 因 子 : 心 理 社 会 的 因 子 については 2 時 点 の 調 査 の 合 計 スコアを 算 出 した 自 覚 ストレス : 最 近 1 年 間 にストレスを 感 じた 頻 度 (4 段 階 評 価 ) ストレス 対 処 行 動 : 問 題 や 出 来 事 に 対 して 感 情 表 出 支 援 希 求 肯 定 的 解 釈 積 極 的 問 題 解 決 なりゆきまかせにする 頻 度 (5 項 目 ごとに4 段 階 評 価 ) 社 会 的 支 援 : 家 族 友 達 などの 身 近 な 人 からの 情 動 的 な 支 援 を 受 ける 頻 度 世 話 をし てくれる 励 ましてくれる 相 談 にのってくれる 仕 事 や 家 事 を 助 けてくれる ( 各 項 目 4 段 階 評 価 の 合 計 スコア Cronbach'sα=0.81)) 尿 中 8OHdG 値 とクレアチニン 値 :5 年 後 調 査 において 起 床 時 尿 を 採 取 し HPLC-ECD 法 により 測 定 した(OHG Institute Co., Ltd.) 9) その 他 :5 年 後 調 査 時 に 評 価 および 測 定 した 抑 うつ: Self-rating Depression Scale(SDS)を 用 いた 対 面 調 査 がん 糖 尿 病 の 罹 患 および 治 療 歴 : 質 問 紙 による 対 面 調 査 ビタミン 剤 の 摂 取 高 脂 血 症 剤 の 服 用 : 質 問 紙 による 対 面 調 査 現 在 の 喫 煙 状 況 と 過 去 の 喫 煙 歴 : 質 問 紙 による 対 面 調 査 Body mass index: 身 長 と 体 重 を 測 定 して 算 出 2-3. 統 計 解 析 これまでに 糖 尿 病 がんなどの 既 往 がある 者 ベースライン 調 査 時 にうつ 病 に 罹 患 してい た 者 心 理 社 会 的 因 子 と 8OHdGの 値 に 欠 損 がある 者 を 除 外 した 6,974 名 について 解 析 した 心 理 社 会 的 因 子 ( 自 覚 ストレス ストレス 対 処 行 動 社 会 的 支 援 ) および 抑 うつのスコア と8OHdG 値 (クレアチニン 補 正 後 )の 相 関 については スピアマンの 順 位 相 関 係 数 を 求 めた さらに 自 覚 ストレスと8OHdGとの 関 連 を 検 討 するために 自 覚 ストレスのスコアを4 群 (Q1 = 5 点 未 満 Q2 = 5 点 以 上 6 点 未 満 Q3=6 点 以 上 7 点 未 満 Q4=7 点 以 上 )に 分 類 し クレア チニン 値 で 補 正 した8OHdG 値 を 対 数 変 換 して( 連 続 変 数 ) 共 分 散 分 析 を 行 った 自 覚 ストレ スの 各 群 について 8OHdGの 調 整 幾 何 平 均 値 を 推 定 し 重 回 帰 分 析 を 用 いて 傾 向 性 の 検 定 を 行 った この 関 連 に 影 響 する 可 能 性 がある 因 子 として 性 年 齢 生 活 習 慣 因 子 ( 喫 煙 状 況 Body Mass Index ビタミン 剤 高 脂 血 症 剤 などの 抗 酸 化 物 質 の 摂 取 状 況 ) 心 理 社 会 的 因 子 (ス トレス 対 処 行 動 社 会 的 支 援 ) および 抑 うつを 補 正 した 解 析 を 行 った 112
3. 結 果 3-1. 対 象 者 の 基 本 特 性 本 研 究 の 解 析 対 象 者 6,974 名 の 特 性 は 表 1に 示 すとおりである 男 性 2,733 名 (39%) 平 均 年 齢 は60.8±8.1 歳 クレアチニン 補 正 した 尿 中 8OHdGの 平 均 値 は4.4±2.1 ng/mgであった 表 1. 対 象 者 の 基 本 特 性 n % 6974 100 2733 39 4241 61 5 60.6 8.1 61.1 8.0 60.3 8.2 8-OHdG / creatinine ng/mg 4.4 2.1 4.1 1.9 4.6 2.3 6.0 1.4 5.7 1.4 6.2 1.3 Body mass index kg/m2 22.8 3.1 23.7 2.9 22.2 3.1 n,% 4545 65 760 28 3785 89 1559 22 1312 48 247 6 868 13 661 24 207 5 n, % 2238 32 720 26 1518 36 n, % 1121 16 375 14 746 18 4.1 1.1 4.1 1.1 4.1 1.1 3.8 1.4 3.1 1.1 4.2 1.4 5.1 1.3 4.9 1.3 5.2 1.3 5.1 1.3 5.2 1.3 5.0 1.3 4.6 1.3 4.3 1.3 4.7 1.3 18.8 5.0 18.8 5.0 18.7 5.0 SDS 39.7 7.8 38.6 7.5 40.4 7.9 n,% 3439 81 注 ) 数 値 は 平 均 値 (SD) あるいは 人 数 (%)を 示 した SDS;Self-rating depression scale 3-2. 8OHdGと 自 覚 ストレス および 変 数 間 の 相 関 表 2 に 変 数 間 の 相 関 を 示 した クレアチニン 補 正 した 尿 中 8OHdG 値 は 女 性 高 齢 者 で 有 意 に 高 かった 一 方 自 覚 ストレスは 女 性 若 年 者 で 高 く 自 覚 ストレスが 高 いと4つの ストレス 対 処 行 動 ( 感 情 表 出 支 援 希 求 積 極 的 問 題 解 決 なりゆきまかせ)の 使 用 頻 度 は 高 かった また 抑 うつのスコアと 自 覚 ストレスに 強 い 正 の 相 関 が 見 られた(r = 0.328, P < 0.05) 113
表 2. 8OHdGと 自 覚 ストレス および 変 数 間 の 相 関 8OHdG 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1. -0.009 2. 0.134 0.170 3. 0.194-0.299-0.050 4. -0.002 0.177 0.004-0.106 5. 0.008 0.252 0.369-0.235 0.206 6. 0.008 0.022 0.085-0.068 0.024 0.210 7. -0.029 0.139-0.054-0.118 0.090 0.195 0.455 8. 0.006 0.042 0.128-0.108 0.044 0.055 0.057-0.185 9. -0.006 0.005-0.010-0.073 0.121 0.348 0.215 0.241-0.013 10. -0.009 0.328 0.082-0.115 0.094 0.037-0.170-0.088 0.035-0.139 注 ) 数 値 はスピアマン 順 位 相 関 係 数 を 示 した 太 字 :P < 0.05 3-3. 自 覚 ストレスと 尿 中 8OHdGとの 関 連 性 年 齢 を 補 正 した 関 連 の 検 討 では 自 覚 ストレスの 高 さと8OHdG 値 に 有 意 な 正 の 関 連 が みられた( 表 3:Model 1:P trend = 0.011) つぎに この 関 連 に 影 響 する 可 能 性 がある 生 活 習 慣 因 子 心 理 社 会 的 因 子 抑 うつを 順 次 補 正 した その 結 果 自 覚 ストレスと8OHdGの 関 連 は 生 活 習 慣 (Body mass index 喫 煙 ビタミン 剤 の 摂 取 高 脂 血 症 剤 の 服 用 )を 補 正 すると 関 連 は 弱 まる 傾 向 が 見 られたが( 表 3:Model 2:P trend = 0.026) ストレス 対 処 行 動 や 社 会 的 支 援 抑 うつで 補 正 した 後 も 関 連 は 有 意 なままであった( 表 3:Model 3:P trend = 0.009) 表 3. 自 覚 ストレスと 尿 中 8OHdGとの 関 連 Model Q1 Q2 Q3 Q4 P trend n 1055 1209 2260 2450 Model 1 a 3.80 3.92 3.92 4.00 0.011 95% CI 3.69-3.92 3.81-4.03 3.85-4.00 3.92-4.08 Model 2 3.81 3.93 3.92 3.99 0.026 95% CI 3.70-3.93 3.83-4.04 3.85-4.00 3.91-4.06 Model 3 3.79 3.92 3.92 4.00 0.009 95% CI 3.68-3.91 3.81-4.02 3.84-4.00 3.92-4.08 注 ) 平 均 値 ;8OHdG/creatinine 調 整 幾 何 平 均 値 (ng/mg) 95%CI;95% Confidential Intervals Model1: 性 年 齢 補 正 Model2:Model1 + Body Mass Index 喫 煙 ビタミン 剤 の 摂 取 高 脂 血 症 薬 の 服 用 Model3:Model2+ 5つのストレス 対 処 行 動 社 会 的 支 援 抑 うつ(SDS) 114
考 察 自 覚 ストレスと 尿 中 の 8OHdG 値 には 有 意 な 正 の 関 連 がみられ この 関 連 は これまで 酸 化 ストレスとの 関 連 が 報 告 されている 喫 煙 やBMI 10) 抑 うつ 11) からも 独 立 した 関 連 だった( 表 3: Model 3) この 結 果 は 心 理 社 会 的 ストレスを 感 じる 頻 度 の 高 さがDNA 酸 化 損 傷 と 関 連 して いることを 示 唆 する 先 行 研 究 において 8OHdGとがんや 循 環 器 疾 患 などの 生 活 習 慣 病 との 関 連 が 報 告 されていることから 6,7) 今 後 心 理 社 会 的 ストレスと 生 活 習 慣 病 の 関 連 におけ る8OHdGのバイオマーカーとしての 意 義 をコホート 研 究 によって 明 らかしていきたい 要 約 自 覚 ストレスとDNA 酸 化 損 傷 マーカーである 8OHdGとの 関 連 について 大 規 模 な 疫 学 的 検 討 を 行 った 約 7,000 名 の 対 象 者 において 5 年 ごとの 2 時 点 で 評 価 した 自 覚 ストレスの 高 さと 8OHdG 値 は 生 活 習 慣 抗 酸 化 物 質 の 摂 取 抑 うつの 影 響 を 補 正 しても 有 意 な 正 の 関 連 を 示 した 本 研 究 の 結 果 は 尿 中 の 8OHdG 値 は 心 理 社 会 的 ストレスと 生 活 習 慣 病 の 関 連 を 説 明 するバイオマーカーとなる 可 能 性 を 示 唆 するが さらに 疾 患 発 症 との 関 連 やDNA 酸 化 損 傷 に 関 与 する 遺 伝 的 要 因 などについての 検 討 が 必 要 である 謝 辞 本 研 究 において 8OHdGを 測 定 していただきました 産 業 医 科 大 学 職 業 性 腫 瘍 学 葛 西 宏 先 生 河 井 一 明 先 生 Yun-Shan Li 先 生 に 心 より 御 礼 申 し 上 げます 文 献 1. Rosengren A, Hawken S, Ounpuu S, et al. Association of psychosocial risk factors with risk of acute myocardial infarction in 11119 cases and 13648 controls from 52 countries the INTERHEART study : case-control study. Lancet. 2004;364 9438 :953-962. 2. Iso H, Date C, Yamamoto A, et al. Perceived mental stress and mortality from cardiovascular disease among Japanese men and women: the Japan Collaborative Cohort Study for Evaluation of Cancer Risk Sponsored by Monbusho JACC Study. Circulation. 2002;106 10 :1229-1236. 3. Epel ES, Blackburn EH, Lin J, et al. Accelerated telomere shortening in response to life stress. Proc Natl Acad Sci U S A. 2004;101 49 :17312-17315. 4. Houben JM, Moonen HJ, van Schooten FJ, et al. Telomere length assessment: biomarker of chronic oxidative stress? Free Radic Biol Med. 2008;44 3 :235-246. 5. Amati M, Tomasetti M, Scartozzi M, et al. Profiling tumor-associated markers for early detection of malignant mesothelioma: an epidemiologic study. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2008;17 1 :163-170. 115
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