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2 津 田 塾 大 学 国 際 関 係 研 究 所 報 第 48 号 伝 って ロシア( 旧 ソ 連 )そのものの 多 民 族 性 特 に テュルク 系 やモンゴル 系 少 数 民 族 や ムスリム チベット 仏 教 徒 の 存 在 に 関 心 が 集 まるようになった 民 族 政 策 や 少 数 民 族 が 置 かれていた 状 況 内 実 に 迫 る 研 究 が 長 足 の 進 歩 を 遂 げる 一 方 人 文 学 から 発 信 され たポストコロニアル 批 評 の 影 響 を 受 け 特 に 欧 米 の 学 界 では サイードの 議 論 と 結 び 付 く かたちで このテーマの 研 究 は 進 んできた 嚆 矢 としてしばしば 言 及 されるのは 文 学 研 究 におけるスーザン レイトンの 研 究 3 で あろう 19 世 紀 ロシア 文 学 における 植 民 地 表 象 を ポストコロニアル 的 視 点 から 再 評 価 し た 研 究 として 今 でもしばしば 参 照 され 続 け ていることからも その 影 響 力 の 大 きさが 推 察 される 歴 史 思 想 研 究 におけるパイオニ アとして 北 方 の 少 数 民 族 とロシア 人 の 関 係 を 描 く 中 で 異 族 人 (инородец) 概 念 の 起 源 にも 迫 ったユーリー スレズキン 4 19 世 紀 半 ばのロシアの 極 東 地 域 に 対 する 政 策 ( 特 に アムール 川 流 域 併 合 )とそれを 支 えたイデオ ロギー イメージを 検 証 したマーク バッシ ン 5 帝 政 後 期 のカザンを 舞 台 として 多 民 族 性 とロシア 人 の 自 己 認 識 形 成 の 関 係 に 切 り 込 んだロベルト ジェラシ 6 加 えて ロシアの 東 洋 学 に 関 する 新 たな 研 究 潮 流 の 先 駆 け 的 な 存 在 であるダニエル ブラワーらの 論 文 集 7 も 挙 げておく 価 値 があるだろう これらは サ イードの 議 論 を 意 識 しつつ ロシア 帝 国 がそ の 内 なる オリエント アジア をどのよう に 認 識 し 扱 ってきたのか(あるいはその 逆 ) という 問 題 に イメージや 心 象 地 理 のみなら ず 政 策 や 学 問 研 究 の 関 わりからも 切 り 込 ん だ 研 究 であり 後 進 に 大 いに 刺 激 を 与 えた ただ こうした 研 究 の 結 果 サイードの 主 張 を 補 強 するような 事 例 がどれだけ 拾 えたか というと これが 問 題 で それと 同 じくらい の あるいはそれを 上 回 る 程 の 反 証 が 同 時 に 出 てきたのである 8 結 論 から 言 えば オク シデント と オリエント の 混 じり 合 うロ シアにおいて 両 者 は 明 瞭 な 対 立 関 係 にある わけではないし ロシアの 知 識 人 や 東 洋 学 者 たちの 中 には サイードが 東 洋 学 者 に 欠 如 し ていると 断 じた 心 からの 共 感 や 自 己 同 一 視 を 様 々に 体 現 する 者 たちが 少 なからず 存 在 したのである そもそも 自 らの 中 に オリ エント の 要 素 を 認 め 実 際 にタタール ペ ルシア バシキール ブリヤートなどの オ リエント に 出 自 を 持 つ 場 合 も 少 なくなかっ たロシアの 東 洋 学 者 や 文 化 人 たちに 首 尾 一 貫 した 外 在 性 など 求 められようか ロシアに とって オリエント は 完 全 な 他 者 ではあ り 得 ない サイード 自 身 が 率 直 に 認 めているように ドイツ イタリア ロシアその 他 でも 疑 問 の 余 地 なく 決 定 的 に 重 要 な 意 味 をもつ 研 究 が ないわけではなかったが イギリス 人 フラ... ンス 人 アメリカ 人 の 著 作 の 質 と 一 貫 性 と 量 は それを 断 然 凌 駕 しているのである 傍 点 筆 者 9 質 に 関 しては 反 論 の 余 地 があろ うが その 一 貫 性 においては 確 かに ロ シアの 東 洋 学 者 や 作 家 たちははるかに 曖 昧 で サイードの 明 示 するような 図 式 にはあてはま らないだろう 今 となっては ロシア 人 が 一 様 に オリエント の 諸 民 族 を 差 別 し 抑 圧 していたと 糾 弾 するカルパナ サーヘニーの 著 書 10 などは 学 術 研 究 としてはあまりに 一 面 的 で イデオロギー 色 が 強 く 時 代 遅 れの 感 が 否 めない このように 近 年 の 研 究 の 多 くは 主 にサ イードから 派 生 した オクシデント/オリエ ント 自 己 / 他 者 支 配 / 被 支 配 の 固 定 的 な 構 図 に 批 判 的 である 11 おそらく 先 述 のポストコロニアル 批 評 とは 別 に この 流 れを 後 押 ししたものは 歴 史 研 究 や 政 治 研 究 における 一 連 の 帝 国 論 であっただろう ポスト 冷 戦 期 の 新 しい 国 際 秩 序 を 模 索 する 動 きの 中 で 西 欧 を 先 行 モデルとする 国 民 国 家 とは 異 なる 国 家 の 在 り 方 を 再 評 価 する 動 きと して あるいは 先 にも 述 べた 史 料 公 開 の 下 にあって 大 陸 的 な 多 民 族 帝 国 として 独 特 の 支 配 形 態 を 有 していたロシア 帝 国 の 実 態 を あぶり 出 そうとする 試 みとして または 新 たに 独 立 国 となった15の 旧 ソ 連 構 成 国 それぞ れの ナショナル ヒストリー 構 築 の 中 か ら 生 まれた 再 解 釈 として ロシア 帝 国 論 は 数

津 田 塾 大 学 国 際 関 係 研 究 所 所 報 49 号 3 々の 成 果 を 生 み 出 してきた 12 そこに ロシ ア 帝 国 をあたかもロシア 人 の 国 民 国 家 のごと く 描 出 してきた 旧 来 の 研 究 への 反 省 があった ことは 疑 いがない 同 時 に ロシア 史 を ロ シア 人 対 非 ロシア 人 ( 異 族 人 ) の 対 立 構 図 として 描 くことの 限 界 が 明 確 に 意 識 されるよ うになったことも オリエンタリズム 的 図 式 をロシア 史 に 当 てはめることに 懐 疑 的 な 研 究 姿 勢 を 強 める 要 因 となった こうした 背 景 から その 後 も 注 目 すべき 研 究 が 続 々と 現 れる ロシアにおける( オリエ ント とも 部 分 的 に 重 なる)ステップの 植 民 地 化 プロセスとそのイメージの 変 遷 を 描 写 し やがてロシア 帝 国 ではそれが 不 可 欠 な 要 素 と なったことを 指 摘 したウィラード サンダー ランド 13 新 史 料 に 依 拠 して ロシア 帝 国 と ムスリム 臣 民 との 興 味 深 い 共 存 関 係 を 描 き 出 したロバート クルーズ 14 分 析 の 時 期 的 な 射 程 をソ 連 時 代 へと 伸 ばしたマイケル ケン パーらの 論 文 集 15 などは いずれもその 流 れ の 中 に 位 置 づけられる なかでも 特 筆 すべきは 文 学 音 楽 絵 画 や 建 築 といった 表 象 文 化 から 東 洋 学 に 至 るま で そこに 見 出 される 様 々なアジア(オリエ ント) イメージを 大 局 的 な 歴 史 の 流 れの 中 に 位 置 づけつつ 総 論 的 に 論 じたデイヴィド シンメルペンニンク=ファン=デル=オイェの 研 究 16 と ロシア 帝 国 の 東 洋 学 者 と 非 ロシア 系 民 族 の 知 識 人 との 交 流 から ロシアの 東 / 西 を 再 考 したヴェラ トルツの 研 究 17 であ ろう 特 に 前 者 は 個 々の 研 究 の 専 門 性 が 高 くなる 傾 向 の 中 にあって 全 体 の 見 取 り 図 を 示 す 概 説 書 としても 非 常 に 大 きな 意 味 を 持 つ いずれも ロシアにおける オクシデン ト/オリエント 概 念 が サイード 的 な 構 図 に 比 べてずっと 曖 昧 であり そもそもロシア とは そのように 明 確 な 東 西 区 別 など 存 在 し ない むしろ 両 者 が 混 交 する 独 特 な 空 間 なの ではないかという 問 題 を 実 証 的 かつ 説 得 的 に 提 起 している ロシアにおける 研 究 動 向 興 味 深 いのは これらが 主 に 欧 米 の 学 界 の 傾 向 であって ロシアの 研 究 動 向 はこれとは また 異 なる 様 相 を 呈 していることである ロ シアの 学 界 では サイードの 議 論 が 欧 米 に おける 程 の 影 響 力 を 持 たなかった その 理 由 としては 以 下 の4つの 可 能 性 が 考 えられる 第 一 に そもそも オリエンタリズム が ロシアで 翻 訳 されたのは ようやく2006 年 に なってのことで 学 界 おけるサイードの 修 正 が 進 んだ 後 だったこと 第 二 に サイードの 行 った 帝 国 主 義 列 強 による 文 化 的 支 配 構 造 の 告 発 が 欧 米 の 学 界 では 衝 撃 的 な 程 に 新 鮮 であったとしても ロ シア( 旧 ソ 連 )では 必 ずしもそうではなく むしろ 古 色 蒼 然 としたものとして 映 った 可 能 性 さえあるということである ヴェラ ト ルツが 指 摘 したように 東 洋 学 や 植 民 地 文 学 を 帝 国 主 義 の 手 先 とみなすソ 連 時 代 のア プローチは サイードを 先 取 りするものであ った 18 つまり サイードの オリエンタリ ズム は 視 点 としてはソ 連 時 代 から 既 に 馴 染 のあるもので ロシア 人 研 究 者 にとっては 逆 輸 入 に 過 ぎず 特 に 新 味 が 感 じられな かったか あるいは 比 較 的 若 い 世 代 からは ある 種 の ソ 連 アレルギー から 敬 遠 された 可 能 性 がある 第 三 に 一 部 の 研 究 者 の 中 には 自 らを オ リエント の 側 に 位 置 付 け オリエンタリズ ム を 欧 米 批 判 の 書 として 受 け 止 める 向 きが あったということである これは ロシア 語 版 の オリエンタリズム に 付 された あと がき にも 如 実 に 表 れている あとがき の 筆 者 は 全 非 ヨーロッパ 世 界 を アジア 東 方 オリエント と 等 置 し た 上 で 東 方 (восток) が オリエント と 同 じく 否 定 的 ニュアンスをもって 用 いられる ことを 指 摘 している 19 そして ヨーロッパ の 境 界 にあり 東 方 であると 感 じられ オ リエント 化 された 地 域 として 正 教 徒 とム スリムが 住 み オスマン 帝 国 の 支 配 下 にあっ た 歴 史 を 持 つバルカン 東 方 の 影 響 下 にあっ た 経 験 を 持 つ 南 欧 の 一 部 そして 広 大 で 恐 ろしいヨーロッパの 東 方 すなわち 我 々 としてロシアを 挙 げている 20 つまり こう

4 津 田 塾 大 学 国 際 関 係 研 究 所 報 第 48 号 した 見 方 をした 人 々は ロシアを 差 別 され 抑 圧 される オリエント 側 に 同 定 して 読 ん でいたので 欧 米 の 研 究 動 向 とは 対 照 的 に オ リエンタリズム のプリズムを 通 して 自 らの 歴 史 を 批 判 的 に 眺 めてみようとする 意 識 が 希 薄 だったということでもある ただ 同 時 に ここには ヨーロッパから 見 れば 東 に 属 し アジアにおいては 西 として 認 識 され る というロシアのアイデンティティの 揺 ら ぎが 今 日 にも 依 然 として 生 きていることが 確 かめられる ともいえるだろう そして 最 後 の 理 由 は サイードという 知 識 人 の 政 治 的 立 場 にある 同 上 の あとがき は 2003 年 9 月 にサイードが 亡 くなった 時 に 書 かれたアメリカ 各 紙 の 追 悼 記 事 が 彼 の 研 究 者 としての 功 績 と 共 に あるいはそれ 以 上 に パレスチナ 問 題 におけるサイードの 政 治 的 ス タンスに 対 してコメントしていることを 紹 介 する それは 例 えば 過 去 50 年 でもっとも 卓 越 した 知 識 人 という 評 価 から ウサマ ビ ン ラディンの 大 隊 よりも すぐれてジハー ドに 奉 仕 した 鋭 い 批 判 者 で 憎 悪 の 伝 道 者 といったものまで 危 険 な 知 性 の 死 に 際 し てなお 論 戦 が 止 まなかったと 述 べている 21 そしてさらに 全 体 の3 分 の2 近 くを 費 やして パレスチナ 問 題 についてと アラブ イスラ エル 問 題 に 対 するサイードの 立 場 その 戦 い を 論 じるのである この 扱 い 方 が 示 すの は 要 するに ロシアの 学 界 言 論 界 では パレスチナ 寄 りの 論 客 研 究 を 通 じて 政 治 的 発 言 力 を 行 使 する 知 識 人 としてのサイード 認 識 が 人 文 学 者 としての 彼 の 評 価 に 先 立 って いたことを 表 しているといえよう 22 穿 った 見 方 を 付 け 加 えるならば 知 と 権 力 の 関 係 を 論 じるサイード 自 身 が パレスチナ 問 題 にお いては 政 治 に 限 りなく 接 近 していたわけで インテリゲンツィア に 醒 めた 視 線 を 送 る ポストソ 連 時 代 の 研 究 者 には やや 警 戒 され がちであったとも 考 えられないだろうか 23 もちろん オリエンタリズム の 紹 介 が 遅 れ 受 容 が 進 まなかったとしても 史 料 公 開 の 波 に 洗 われて 帝 政 時 代 の 東 洋 学 について の 研 究 はロシアでも 進 展 をみせている 例 と してワシーリー V バルトリドを 始 めとする 東 洋 学 者 たちの 著 作 集 やアンソロジーが 次 々 と 編 集 され 再 版 出 版 されている 24 東 洋 学 自 体 は 1970 年 代 のソ 連 では 既 に 重 要 な 研 究 対 象 として 認 められていたが 近 年 の 再 版 の 動 きには 今 日 的 視 点 からの 再 評 価 が 伴 っ ているといえる 25 先 のバルトリドを 取 り 上 げるならば 昨 今 の 政 治 的 文 脈 から 脅 威 とみなされがちなイスラムに 対 する 当 時 のア プローチが いかに 冷 静 かつ 客 観 的 で 時 に 対 象 に 寄 り 添 ったものであったか そして 20 世 紀 初 頭 のロシア(ソ 連 )におけるイスラム 研 究 や 少 数 民 族 研 究 が 現 段 階 から 見 ても 評 価 に 耐 えうる 豊 かさをどれ 程 備 えていたかを 再 確 認 しているようである そこではさすが に オリエンタリズム への 言 及 こそ 散 見 さ れるものの 影 響 はそこまで 深 く 及 んではい ないようである あえて オリエンタリズム を 介 せずに ロシアの 東 洋 学 を 再 評 価 する 方 向 に 進 んでいるといえるかも 知 れない 他 方 文 化 表 象 に 関 する 研 究 は 少 しずつ 出 始 めているようであるが 26 やや 出 遅 れ 気 味 の 感 が 否 めない オリエンタリズム という 用 語 も サイード 以 前 の 意 味 で 使 われている ものも 多 く 欧 米 の 研 究 動 向 とは 実 に 対 照 的 である オリエンタリズム の 限 界 と 貢 献 このようにして 見 ると サイードの オリ エンタリズム が 引 き 起 こした 反 応 は 各 地 域 の 研 究 動 向 のみならず それぞれの 自 己 / 他 者 認 識 をも 写 し 出 す 鏡 であったともいえる それはさらに 研 究 者 と 政 治 的 現 実 との 関 係 に 対 する 自 覚 認 識 を 試 しさえもする ここで オリエンタリズム に 対 して 寄 せ られた 批 判 と 論 点 とを 主 にロシアの 文 脈 に 引 き 寄 せて 今 一 度 整 理 してみよう やはり 最 大 の 論 点 の 一 つは オリエント 概 念 の 曖 昧 さにある 帝 国 主 義 時 代 のイギリ スやフランスにとっての オリエント は 近 東 や 北 アフリカのアラブ イスラム 世 界 で あったかも 知 れないが ロシアにとってのそ

津 田 塾 大 学 国 際 関 係 研 究 所 所 報 49 号 5 れは 国 境 の 外 のオスマン 帝 国 ペルシアか ら 中 国 日 本 のような 国 々であることもあ れば ロシア 帝 国 内 のステップの 遊 牧 民 やカ フカスの 山 岳 民 テュルク 系 民 族 やモンゴル 系 民 族 であることもあった 当 然 時 代 や 社 会 階 層 によって イギリスやフランスにとっ ての 想 像 上 の オリエント と 重 なりもす れば ずれもした しかし そもそも 西 も 東 も オ クシデント も オリエント も 何 ら 中 立 的 で 固 定 的 な 概 念 ではない それぞれが 指 す 地 理 的 範 囲 も 含 まれる 意 味 も 地 域 や 時 代 といった 特 定 の 条 件 下 で 変 わり 得 る つまり 流 動 的 な 西 東 という 概 念 自 体 が 歴 史 的 考 察 対 象 なのであって オリエンタリズム が 投 げかけてきた 問 題 の 一 つこそが それで はなかったか サイードの 扱 う オリエント が(ひいては オクシデント も) あまりに も 狭 いという 指 摘 はともかく オリエント の 範 囲 が 一 致 しない 確 定 できないという 批 判 は その 意 味 では 的 を 射 てはいないのだ ろう むしろ 主 体 によって オリエント の 意 味 するところは 異 なり 自 己 と 他 者 の 境 界 線 は 可 変 的 で 透 過 性 を 持 つ このことを 前 提 に 解 明 されるべきは いかなる 条 件 下 で どのような 含 意 を 持 ってその 概 念 が 用 い られ 時 に 政 治 的 文 脈 に 即 して 変 容 するのか という 点 であろう そう 考 えるならば ロシ アの 事 例 は オリエント のイメージ 研 究 の 厚 みを 増 すための 重 要 な 貢 献 をしてきたとい える もう 一 つの 争 点 は オリエンタリズム が 異 文 化 間 の 豊 かな 交 流 の 側 面 を 削 ぎ 落 し 対 立 の 再 生 産 を 促 しているという 批 判 にある ロシア 語 版 の あとがき で 紹 介 されていた 憎 悪 の 伝 道 者 というアメリカの 紙 上 のサ イード 評 は その 表 れである 27 これに 対 して オリエンタリズム の 二 項 対 立 図 式 に 批 判 的 な 研 究 者 たちは 植 民 地 主 義 下 の 非 対 称 的 な 関 係 の 下 にあってもなお 文 化 の 接 触 や 混 交 が 生 み 出 す( 逆 説 的 でさえ ある) 豊 かな 創 造 創 作 が すぐさま 支 配 と 従 属 を 正 当 化 するイデオロギーに 転 化 すると は 限 らないと 実 証 を 積 み 重 ね 論 じてきた 28 近 年 の コンタクト ゾーン 29 や ミドル グラウンド 30 の 議 論 は 管 見 の 限 り ロシ ア 研 究 者 にはまだ 積 極 的 に 採 り 入 れられてい ないように 見 えるが サイード 的 世 界 観 に 対 する 一 つの 批 判 的 反 応 としての 意 味 を 持 っているといえるだろう サイードの オリエンタリズム それ 自 体 の 知 的 貢 献 度 は 疑 いないものであったが 同 時 に それに 対 する 地 域 研 究 者 や 歴 史 家 たち の 反 論 もまた 豊 かな 研 究 成 果 を 生 み 出 し 続 けているのである むすびにかえて こうした オリエンタリズム 批 判 に 立 脚 した 研 究 潮 流 は 学 問 研 究 としてのみならず 著 者 たちにその 意 図 があるかどうかは 別 として 31 実 は 政 治 的 なメッセージを 発 していると 筆 者 は 受 け 取 っている 近 年 しばしば 耳 にするイスラム 脅 威 論 や 国 際 政 治 上 の 競 争 を 反 映 させた 文 明 論 に は 本 当 は 政 治 的 な 性 格 の 問 題 を 本 質 論 にす り 替 え 競 争 相 手 を 分 かり 合 うことなど 不 可 能 な 異 質 な 他 者 と 断 じてしまう 危 険 性 が 潜 む 過 度 に 単 純 化 された 本 質 論 の 罠 に 対 して 上 記 のような 研 究 が 描 き 出 してきた 歴 史 は それを 回 避 する 手 がかりを 与 えているように も 思 われる オリエンタリズム 批 判 が 示 し てきたことは 現 実 が 自 己 / 他 者 敵 / 味 方 征 服 / 従 属 といった 明 確 な 線 引 きの された 対 立 構 図 に 回 収 されるものばかりでは ないということ そして 権 力 の 想 像 や 知 に 対 する 掌 握 力 32 は 絶 対 的 なものではないと いう 事 実 であった 特 に ロシア 帝 国 の 知 識 人 たちの 事 例 が 見 せてくれるのは 混 沌 としながら 自 己 と 他 者 が 交 じり 合 う まさに コンタクト ゾーン の 様 相 であり そこでは 差 異 が 必 ずしも 排 除 の 論 理 に 直 結 するわけではなかったというこ とである もちろん 知 と 権 力 は 危 うい 関 係 の 上 に 成 り 立 っているわけだが 両 者 が 常 に 共 謀 関 係 にあったわけでもなければ 知 識 人 たちの 想 像 力 がいつも 帝 国 主 義 に 支 配 されて

6 津 田 塾 大 学 国 際 関 係 研 究 所 報 第 48 号 いたわけでもない ロシアの オリエンタリ ズム は 用 意 された 単 純 な 対 立 図 式 に 乗 っ てしまう 知 的 怠 惰 と しばしば 自 分 を 正 義 の 味 方 の 側 に 据 えたくなる 誘 惑 と 無 自 覚 に 対 しても 警 告 を 発 しているのかも 知 れない * 本 稿 の 一 部 は 浜 由 樹 子 訳 者 あとがき デイ ヴィド シンメルペンニンク=ファン=デル=オイェ ロシアのオリエンタリズム ロシアのアジア イメージ ピョートル 大 帝 から 亡 命 者 まで 成 文 社 2013 年 285 293ページ と 重 複 している 再 掲 載 をご 許 可 いただいた 成 文 社 に 記 して 感 謝 申 し 上 げる なお 本 稿 は 科 学 研 究 費 助 成 事 業 若 手 研 究 B( 課 題 番 号 23720042)ならびに 基 盤 研 究 B( 課 題 番 号 243 30055)の 助 成 を 受 けた 成 果 の 一 部 である 注 1 Edward W. Said, Orientalism, New York: Georges Borchardt, 1978.(エドワード W サイード 板 垣 雄 三 杉 田 英 明 監 修 今 沢 紀 子 訳 オリエンタ リズム 上 下 平 凡 社 1993 年 本 稿 での 引 用 は この 日 本 語 版 からのものである ) 2 Robert Irwin, For Lust of Knowing: The Orientalists and their Enemies, London: Allen Lane, 2006; Robert Irwin, Dangerous Knowledge: Orientalism and its Discontents, Woodstock: The Overlook Press, 2008. 3 Susan Layton, Russian Literature and Empire: Conquest of the Caucasus from Pushkin to Tolstoy, Cambridge: Cambridge University Press, 1994. 4 Yuri Slezkine, Arctic Mirrors: Russia and the Small Peoples of the North, Ithaca: Cornell University Press, 1994. 5 Mark Bassin, Imperial Vision: Nationalist Imagination and Geographical Expansion in the Russian Far East, 1840-1865, Cambridge: Cambridge University Press, 1999. 6 Robert P. Geraci, Window on the East: National and Imperial Identities in Late Tsarist Russia, Ithaca: Cornell University Press, 2001. 7 Daniel R. Brower and Edward J. Lazzerini eds., Russia s Orient: Imperial Borderlands and Peoples, 1700-1917, Bloomington: Indiana University Press, 1997. 8 このテーマをめぐる 誌 上 での 論 争 の 成 果 として Michael David-Fox et. al. eds., Orientalism and Empire in Russia, Bloomington: Slavica. 2006, 特 に 第 1 部 と 第 2 部 を 参 照 9 サイード オリエンタリズム 上 51 ページ 10 カルパナ サーヘニー 松 井 秀 和 訳 ロシアのオ リエンタリズム 民 族 迫 害 の 思 想 と 歴 史 柏 書 房 2000 年 サーヘニーに 対 する 批 判 としては 木 村 崇 による 書 評 ロシア 語 ロシア 文 学 研 究 ( 日 本 ロシア 文 学 会 )33 号 2001 年 を 参 照 11 とはいえ 依 然 としてサイードの 概 念 設 定 をほぼ そのまま 受 容 した 研 究 は 発 表 され 続 けている 最 近 の 例 として Alexander Etkind, Internal Colonization: Russia s Imperial Experience, Cambridge: Polity Press, 2011. ちなみに 日 本 における 研 究 動 向 は 少 なからず 欧 米 の 影 響 を 受 けているといえるが オリエンタ リズム への 拘 りはそこまで 強 くはない そもそ もこうした 議 論 の 枠 組 そのものに 対 する 批 判 的 観 点 を 持 って 書 かれた 日 本 人 研 究 者 の 研 究 として 乗 松 亨 平 リアリズムの 条 件 ロシア 近 代 文 学 の 成 立 と 植 民 地 表 象 水 声 社 2009 年 12 最 初 期 の 成 果 として 例 えば Andreas Kappeler, Russian Empire: A Multiethnic History, Harlow: Pearson Education, 2001.(オリジナルであるドイツ 語 版 は 1992 年 刊 行 ) 13 Willard Sunderland, Taming the Wild Field: Colonization and Empire on the Russian Steppe, Ithaca: Cornell University Press, 2004. 14 Robert D. Crews, For Prophet and Tsar: Islam and Empire in Russian and Central Asia, Cambridge: Harvard University Press, 2006. 15 Michael Kemper and Stephan Conermann eds., The Heritage of Soviet Oriental Studies, London: Routledge, 2011. 16 David Schimmelpenninck van der Oye, Russian Orientalism: Asia in the Russian Mind from Peter the Great to the Emigration, New Haven: Yale University Press, 2010. (デイヴィド シンメルペンニンク= ファン=デル=オイェ 浜 由 樹 子 訳 ロシアのオリ エンタリズム ロシアのアジア イメージ ピョ ートル 大 帝 から 亡 命 者 まで 成 文 社 2013 年 ) 17 Vera Tolz, Russia s Own Orient: The Politics of Identity and Oriental Studies in the Late Imperial and Early Soviet Period, New York: Oxford University Press, 2011.

津 田 塾 大 学 国 際 関 係 研 究 所 所 報 49 号 7 18 Tolz, Russia s Own Orient, pp.100-101. トルツは サイードが オリエンタリズム 執 筆 に 際 して エジプトの 社 会 学 者 アヌワル アブデル=マレ クに 多 くを 負 っていたこと そして そのアブデ ル=マレクは ロシアの 東 洋 学 者 セルゲイ F オ リデンブルクの 記 述 を 基 にした 1951 年 の ソヴ ィエト 大 百 科 事 典 から ヨーロッパの 東 洋 学 に 対 する 批 判 的 議 論 を 導 き 出 していること つまり サイードは 間 接 的 にソ 連 の 議 論 から 影 響 を 受 けて いたことを 発 見 した 19 Крылов К. Итоги Саида: жизнь и книга // Эдвард Саид. Ориэнтализм. СПб., 2006. С.626-627. 20 Там же, С.634. 21 Там же. С.598-599. 22 中 東 研 究 者 の 酒 井 啓 子 は 北 米 中 東 学 会 の 年 次 大 会 でのサイードとバーナード ルイスの 伝 説 の 論 戦 を 紹 介 しているが これは 人 文 学 者 と 地 域 研 究 者 の 論 争 ならびに 学 問 と 政 治 との 関 係 に 関 する 論 争 が パレスチナ 擁 護 者 対 シオニ スト という 政 治 的 立 場 の 対 立 に 回 収 されかねな い 可 能 性 を 反 映 したエピソードだともいえよう ロシアにおけるサイードの 受 容 の 仕 方 は まさに この 問 題 性 を 映 し 出 している 日 本 国 際 政 治 学 会 Newsletter No.134 2012 年 12 月 1 ページ 23 ただし この 傾 向 は 必 ずしもロシアのみに 観 察 されるわけではない サイードが オリエンタ リズム 刊 行 後 に 始 まる 新 冷 戦 と 呼 ばれた 緊 張 下 のアメリカにおいて パレスチナのため 第 三 世 界 のために 発 言 を 続 けていたことの 意 味 は 今 日 の 地 域 研 究 者 に 学 問 と 政 治 的 現 実 客 観 性 と 無 関 心 の 関 係 について 改 めて 自 省 を 迫 って いる 気 がしてならない 24 例 えば Бартольд В. В. Работы по истории и филологии тюркских и монгольских народов. М., 2002; Бартольд В. В. Работы по истории ислама и aрабского халифата. М., 2002; Бартольд В. В. Ислам: культура мусльманства, мусльманский мир. М., 2011. 25 История отчественного востоковедения. Т.1-2. M., 1997; Классическое востоковедение и классический ориентализм. М., 2003. 26 例 えば Восток в русской литературе XVIII начала XX века: знакомство, переводы, восприяние. M., 2004. 27 Крылов, Итоги Саида. C.599. 28 この 流 れを 形 成 するにあたって 決 定 的 な 影 響 力 を 持 った 研 究 として Homi Bhabha, The Location of Culture, London: Routledge, 1994. 29 Mary Louise Pratt, Imperial Eyes: Travel Writing and Transculturation, 2 nd ed., London: Routledge, 2008 (1 st ed., 1992). 30 Richard White, The Middle Ground: Indians, Empires, and Republics in the Great Lakes Region, 1650-1815, Cambridge: Cambridge University Press, 1991. 31 メアリー ルイーズ プラットは 著 書 の 第 2 版 の まえがき に 2003 年 にブッシュ 政 権 が 人 民 の 解 放 を 掲 げてイラクに 派 兵 したことを 1917 年 のイギリスのバグダード 占 領 と 並 置 して 帝 国 的 思 考 が 今 でも 刷 新 され 続 けていること 世 代 を 超 えて 対 立 が 継 承 再 生 産 されていることに 対 す る 危 機 感 を 表 している これをもって 彼 女 が 自 身 の 本 が 持 つ 政 治 的 メッセージに 自 覚 的 であっ たと 解 釈 することもできるだろう Pratt, Preface to the Second Edition, Imperial Eyes, 2 nd ed., p.xiii. 32 Ibid.