アルテス リベラレス ( 岩 手 大 学 人 文 社 会 科 学 部 紀 要 ) 第 88 号 2011 年 6 月 19 頁 30 頁 ADHD 児 の 自 己 評 価 とその 原 因 帰 属 に 関 する 検 討 佐 藤 正 恵 菅 原 由 香 * Ⅰ.はじめに 注 意 欠 陥 多 動 性 障 害 をもつ 子 ども( 以 下 ADHD 児 )は 幼 少 期 からの 失 敗 体 験 や 叱 責 の 積 み 重 ねにより 自 己 評 価 が 低 下 し,それが 後 の 情 緒 的 問 題 など 二 次 障 害 につながることが 繰 り 返 し 指 摘 されている しかし,そのほとんどは 経 験 的 な 言 及 に 留 まり, 実 証 的 な 検 討 は 十 分 であると は 言 えない ADHD 児 の 長 期 的 な 予 後 を 見 通 した 心 理 的 支 援 を 行 っていく 上 で, 彼 らが 自 分 自 身 をどう 評 価 しながら 成 長 していくのか 理 解 しておくことは 極 めて 重 要 である ところで, 従 来 心 理 学 においては 自 己 に 対 する 認 知 的, 情 動 的 側 面 を 含 む 比 較 的 包 括 的 な 構 成 概 念 として 自 己 概 念 (self-concept) という 用 語 が 用 いられており, 自 己 への 評 価 的 側 面 で ある 自 尊 感 情 (self-esteem) や 自 己 評 価 (self-evaluation) はその 重 要 な 要 素 とされている ( 榎 本 1998) 子 どもに 関 しては,Harter(1985)が 自 己 への 全 体 的 評 価 を 自 尊 感 情 とし,それ は 学 業 や 行 動 など 個 別 領 域 の 自 己 評 価 によって 形 成 されると 指 摘 している そして, 尺 度 とし て 学 業 能 力 (Scholastic Competence), 運 動 能 力 (Athletic Competence), 外 見 (Physical Appearance), 社 会 的 受 容 (Social Acceptance), 行 動 (Behavioral Conduct) の5つの 個 別 領 域 からなる 自 己 評 価 (Domain-Specific Judgment)に, 全 体 的 自 己 価 値 (Global Self-Worth) を 加 えた Self-Perception Profile for Children( 以 下 SPPC)を 作 成 した(Hater 1986 訳 は 桜 井 1983, 前 田 上 田 1996などの 先 行 研 究 に 従 った) ここでいう 社 会 的 受 容 とは 子 どもにとっ て 重 要 な 他 者 である 友 人 や 仲 間 からの 受 容 を 意 味 し, 行 動 とは 自 分 の 振 る 舞 いが 規 範 に 則 っ たものであるかどうかという 道 徳 性 に 焦 点 が 置 かれている また, 全 体 的 自 己 価 値 とは 自 尊 感 情 のことであり, 今 の 自 分 に 満 足 しているか, 今 の 自 分 をちょうどいいと 思 っているかどう かを 意 味 している わが 国 でもこの 前 身 の 尺 度 が 桜 井 (1983)によって 標 準 化 され,その 後 各 領 域 6 問, 計 36 問 か らなる 日 本 語 版 SPPC を 用 いた 健 常 児 の 研 究 が 行 われてきた( 堤 ら1990, 前 田 上 田 1996, 前 田 1997, 眞 榮 城 2000) これらのうち 前 田 (1997)は, 小 学 3 6 年 の 児 童 を 対 象 に 自 己 評 価 得 点 の 性 差 を 検 討 した 結 果, 運 動 能 力 と 外 見 では 男 子 が, 行 動 では 女 子 の 方 が 高 かっ たとしている また, 眞 榮 城 (2000)は 各 領 域 の 自 己 評 価 と 自 尊 感 情 との 関 係 について, 小 学 生 では 運 動 能 力, 学 業 能 力, 外 見, 社 会 的 受 容 など 比 較 的 多 くの 領 域 の 自 己 評 価 が 自 尊 感 情 と 関 連 していることを 明 らかにしている * 秋 田 少 年 鑑 別 所
20 Artes Liberales No. 88, 2011 他 方,SPPCを 用 いたADHD 児 の 研 究 にはHozaら(1993)やKaidar(2004), 田 中 ら(2005, 2006), 中 山 田 中 (2008)などがある 中 山 田 中 (2008)は,SPPCをもとに 作 成 した 計 26 問 からなる 日 本 語 版 自 己 認 識 尺 度 (Tanaka,Wada, &Kojima 2005)によって 小 学 4 6 年 の ADHD 児 45 人 と 同 学 年 の 健 常 児 198 人 を 比 較 した その 結 果,ADHD 児 は 振 る 舞 い (SPPCの 行 動 にあたる)と 社 会 性 ( 社 会 的 受 容 )で 自 己 評 価 が 低 かった また,Hozaら(1993) は 行 為 障 害 や 反 抗 挑 戦 性 障 害 を 合 併 する23 人 を 含 む8 歳 から13 歳 まで25 人 のADHD 男 児 を 対 象 とし, 行 動 のみに 自 己 評 価 の 低 下 を 認 めている 他 方,9 14 歳 のADHD 児 を 対 象 にした Kaidar(2004)は, 学 業 能 力, 行 動, 社 会 的 受 容 の 自 己 評 価 と 全 体 的 自 己 価 値 が 健 常 児 より 低 かったとし, 先 の 二 者 より 多 くの 領 域 の 低 下 を 報 告 している また 先 のHozaら(1993)は,ADHD 児 の 社 会 的 受 容 における 成 功 や 失 敗 の 理 由 を 自 己 や 他 者 など 何 に 求 めるかという 原 因 帰 属 と 抑 うつ 感 情 も 調 べた その 結 果,ADHD 児 は 健 常 児 に 比 べ 抑 うつ 感 情 が 高 いにも 関 わらず 自 尊 感 情 は 低 くなく,また 健 常 児 と 異 なり 友 人 関 係 におけ る 成 功 体 験 の 原 因 を 自 己 に, 失 敗 体 験 の 原 因 を 自 己 以 外 に 帰 属 する 割 合 が 高 かった このこと から,ADHD 児 は 友 人 との 否 定 的 な 体 験 で 自 己 の 内 面 が 傷 つかないよう 自 尊 感 情 を 高 く 保 持 し ようとしたり, 失 敗 を 自 己 ではなく 他 者 に 帰 属 させるなどして 一 種 の 防 衛 機 制 を 働 かせている のではないかと 考 察 している 一 方,わが 国 では 田 中 ら(2005)が, 小 学 1 年 から 中 学 2 年 まで 28 人 のADHD 児 を 対 象 に 学 習, 運 動, 友 達, 行 動 の4 領 域 の 自 己 評 価 とその 原 因 帰 属 について 調 べた 結 果, 先 のHozaらとは 異 なり, 特 に 否 定 的 評 価 ではその 原 因 を 全 体 として 自 己 に 帰 属 する 者 が 多 かった このことから,ADHD 児 は 障 害 特 性 からもたらされる 多 くの 失 敗 や それに 対 する 叱 責 非 難 体 験 によって 必 要 以 上 に 自 責 の 念 に 駆 り 立 てられているのではないか と 述 べている 以 上 のように,ADHD 児 の 自 己 評 価 については 同 じ 尺 度 を 用 いても 統 一 的 な 見 解 が 得 られて いない その 要 因 として, 対 象 に 行 動 化 や 攻 撃 性 の 激 しい 反 抗 挑 戦 性 障 害 や 行 為 障 害 の 併 存 児 を 含 んでいるか 否 かや, 対 象 児 の 年 齢 幅 が 小 学 校 低 学 年 より 中 学 生 まで 広 いものから 小 学 校 高 学 年 のみと 狭 いものまで 異 なることが 考 えられる このうち 後 者 と 関 連 する 自 己 評 価 の 年 齢 的 変 化 については, 外 山 桜 井 (2000)が, 小 学 4 年 生 頃 になると 他 者 との 社 会 的 比 較 においてよ り 客 観 的 な 評 価 が 可 能 になるため, 子 どもの 自 己 への 見 方 が 厳 しくなり 自 己 評 価 が 低 下 するこ と, 中 山 田 中 (2007)が 小 学 校 高 学 年 の 間 は 自 己 評 価 および 自 尊 感 情 に 変 化 がないこと, 堤 ら(1990)が 運 動 能 力 以 外 の 自 己 評 価 は 小 学 生 より 中 学 生 で 有 意 に 低 いことを 報 告 している これらから, 児 童 の 自 己 評 価 には 大 きく 小 学 校 低 学 年, 高 学 年, 中 学 生 という 発 達 的 な 変 化 が あるのではないかと 推 測 される そして,これらの 中 でも 自 己 を 客 観 的 に 捉 えられるようにな る 小 学 校 高 学 年 は, 発 達 障 害 をもつ 子 どもが 二 次 的 な 情 緒 障 害 や 不 登 校 など 不 適 応 行 動 を 増 大 させる 時 期 である( 上 村 ら1988, 隠 岐 ら1989, 佐 藤 2006) 従 って,この 時 期 の 自 己 評 価 につい て 検 討 することは 臨 床 的 にも 重 要 な 意 義 がある また, 自 己 評 価 のみでなく,そう 評 価 する 理 由 を 子 どもがどう 考 えているのか 理 解 すること は, 特 にADHD 児 の 心 理 的 支 援 を 考 える 上 で 重 要 な 手 がかりとなる その 際, 自 己 評 価 の 原 因 帰 属 は, 運 動 や 友 人 関 係 など 領 域 ごとに 異 なる 可 能 性 があり, 個 別 的 な 検 討 が 必 要 と 思 われる しかし, 今 のところ 社 会 的 受 容 に 限 ったHozaら(1993)の 研 究 や, 帰 属 の 全 体 的 傾 向 を 示 した 田 中 ら(2005)の 研 究 しかない そこで, 本 研 究 では 小 学 校 高 学 年 のADHD 児 における 各 領 域 の 自 己 評 価 とその 原 因 帰 属 について, 非 ADHD 児 との 比 較 のもとに 検 討 したい なお 反 抗 挑 戦 性 障 害 や 行 為 障 害 については, 特 に 米 国 では 合 併 率 の 高 さが 報 告 されている(APA: DSM-Ⅳ-TR 2000)ものの, 我 が 国 ではこうした 障 害 をもつ 子 どもは 医 療 よりも 司 法 領 域 で 対
ADHD 児 の 自 己 評 価 とその 原 因 帰 属 に 関 する 検 討 21 応 されていることが 多 いと 推 測 され( 上 林 1999),その 実 態 は 十 分 明 らかになっていない 従 っ て, 今 回 はまずこうした 併 存 障 害 を 持 たないADHD 児 を 対 象 とする Ⅱ. 方 法 1. 対 象 (1)ADHD 群 東 北 地 方 A 市 にあるB 公 立 病 院 でADHDと 診 断 され,2008 年 1 月 から2009 年 12 月 までに 心 理 検 査 を 受 けた 者 のうち,WISC-Ⅲ 知 能 検 査 の 全 検 査 IQが80 以 上 ( 知 能 水 準 分 類 で 平 均 の 下 以 上 )の 小 学 4 6 年 生 の 児 童 とその 保 護 者 に, 研 究 の 主 旨 と 研 究 発 表 上 の 倫 理 的 配 慮 について 説 明 した 上 で 質 問 紙 調 査 への 協 力 を 依 頼 した その 結 果,22 人 の 協 力 が 得 られた しかし, 女 子 については2 人 と 少 なく, 統 計 的 分 析 が 困 難 と 判 断 されたため, 今 回 は 男 子 のみ20 人 (4 年 生 6 人, 5 年 生 7 人,6 年 生 7 人 )を 分 析 対 象 とした ADHDのサブタイプは, 多 動 - 衝 動 優 勢 型 2 人, 不 注 意 優 勢 型 10 人, 混 合 型 8 人 であり, 診 断 後 平 均 2.1 年 (0.5 5.0 年 )を 経 ていた 合 併 症 につい ては 極 端 に 不 器 用 とされる 発 達 性 協 調 運 動 障 害 および 特 定 の 領 域 の 学 習 が 困 難 とされる 学 習 障 害 を 併 せ 持 つ 者 が4 人, 学 習 障 害 のみ 合 併 する 者 が2 人 いた 調 査 時 20 人 中 18 人 が,ADHD 症 状 の 軽 減 を 目 的 に 塩 酸 メチルフェニデート( 中 枢 神 経 刺 激 剤 )もしくはアトモキセチン( 選 択 的 ノルアドレナリン 再 取 り 込 み 阻 害 剤 )による 薬 物 治 療 を 受 けていた (2) 非 ADHD 群 東 北 地 方 A 市 のC 公 立 小 学 校 4 6 年 生 男 子 のうち, 発 達 障 害 の 診 断 を 受 けていた 児 童 を 除 く 96 人 である( 各 学 年 32 人 ) 調 査 は2006 年 7 月 に 行 なった 2. 質 問 紙 の 構 成 集 中 力 低 下 をきたしやすいADHD 児 が15 分 程 度 で 回 答 可 能 な 質 問 数 を 考 慮 し, 前 田 (1997) による SPPC 日 本 語 版 を 短 縮 し, 学 業 能 力, 運 動 能 力, 外 見, 行 動, 社 会 的 受 容, 全 体 的 自 己 価 値 ( 自 尊 感 情 )の6 領 域, 各 6 問 より3 問 ずつ 計 18 問 選 んだ( 表 1) 評 価 につい ては 前 田 と 同 様,まず 肯 定 (うまくいっている)か 否 定 (うまくいっていない)かを 答 えても 表 1 各 領 域 の 質 問 項 目 と 原 因 帰 属
22 Artes Liberales No. 88, 2011 らい, 次 にそれぞれにおいて とてもそう 思 う か 少 しそう 思 う か 評 定 してもらった 肯 定 で とてもそう 思 う の 場 合 4 点, 少 しそう 思 う 3 点, 否 定 で 少 しそう 思 う 2 点, とても そう 思 う 1 点 の4 段 階 で 得 点 化 し, 自 己 評 価 得 点 とした 次 に, 田 中 ら(2005)を 参 考 にそう 評 定 した 理 由,すなわち 原 因 帰 属 について, 自 己 ( 例 もともと 自 分 がよくできるから や 自 分 が 頑 張 っているから ), 他 者 ( 例 友 だちがよくしてくれるから ), 運 ( たまたま )の3 次 元 から1つ 選 んでもらった また,ADHD 群 の 母 親 のみ 養 育 態 度 に 関 する 質 問 紙 と, 母 親 から 見 た 教 師 の 子 どもに 対 する 態 度 に 関 する 質 問 紙, 小 学 校 入 学 後 のネガティブな 体 験 (いじめや 不 登 校 等 )の 自 由 記 述 に 答 えてもらった 養 育 態 度 に 関 する 質 問 紙 は, 田 研 式 親 子 関 係 診 断 検 査 を 参 考 に 保 護 的 態 度 4 項 目 ( 少 しの 怪 我 や 病 気 でも 非 常 に 心 配 し, 手 当 をしてあげますか, 子 どもが 頼 めば 大 変 なこ とでも 喜 んでしてあげますか, 子 どもと 一 緒 に 外 出 したり, 遊 んだり 話 し 合 ったりしますか, 子 どものよい 面 を 見 つけたら 褒 めるようにしていますか ), 拒 否 的 態 度 4 項 目 ( 子 どもに 話 し かけられても 忙 しいから といって 相 手 になってあげないことがありますか, あまり 子 ど もに 相 談 せずにいろいろなことを 決 めてしまいますか, 子 どもの 頼 みや 約 束 をよく 忘 れたり, 聞 いてあげなかったりしますか, 子 どもの 行 動 についカッとして 怒 鳴 ることがありますか ) を 設 定 した はい,いつも, はい, 時 々, いいえ の3 件 法 で, 得 点 が 高 いとその 態 度 が 強 いことを 示 す 教 師 態 度 に 関 する 質 問 は, 現 在 の 担 任 の 子 どもに 対 する 態 度 3 項 目 からなる ( 先 生 に 叱 られることが 多 いようだ( 逆 転 項 目 ), 先 生 に 褒 められることが 多 いようだ, 子 どものことはきちんと 理 解 してもらえていると 思 う ) そう 思 う から そう 思 わない まで の4 件 法 で, 得 点 が 高 いと 肯 定 的 な 態 度 を 示 す ADHD 群 は 病 院 で 心 理 検 査 を 終 えた 後, 筆 者 らが 個 別 に, 非 ADHD 群 は 小 学 校 でクラス 一 斉 に 実 施 した その 際, 質 問 を 正 確 に 理 解 できるよう 前 田 (1997)が 用 いたものと 類 似 の 絵 画 を 提 示 し, 筆 者 らが 質 問 を 順 次 読 み 上 げながら 回 答 用 紙 に 記 入 してもらった Ⅲ. 結 果 1.ADHD 群 と 非 ADHD 群 の 比 較 まず, 非 ADHD 群 において 各 領 域 の 自 己 評 価 の 信 頼 性 係 数 (Cronbachα 係 数 )を 求 めた そ の 結 果, 学 習 0.71, 運 動 能 力 0.9, 外 見 0.83, 行 動 0.67, 社 会 的 受 容 0.85, 全 体 的 自 己 価 値 0.82と 概 ね 高 い 数 値 が 得 られたため, 尺 度 しての 内 的 整 合 性 に 問 題 はないと 判 断 し,ADHD 群 を 含 む 以 下 の 分 析 を 進 めた (1) 自 己 評 価 得 点 各 領 域 の 自 己 評 価 について 両 群 間 でt 検 定 ( 対 応 なし 両 側 )を 行 った その 結 果, 表 2に 示 したように 学 業 能 力 (t(111)=2.36,p<.05), 運 動 能 力 (t(110)=3.0,p<.01), 社 会 的 受 容 (t(23.31)=3.29,p<.01), 行 動 (t(108)=3.71,p<.001), 全 体 的 自 己 価 値 (t(109) =3.89,p<.001)で 有 意 差 が, 外 見 (t(104)=1.95,p<.1)で 有 意 傾 向 があり,いずれもADHD 群 の 方 が 低 かった (2) 全 体 的 自 己 価 値 と 他 の 領 域 の 自 己 評 価 との 相 関 全 体 的 自 己 価 値 と 他 の 領 域 の 自 己 評 価 との 間 に 関 連 があるかどうか 検 討 するため, 相 関 分 析 (Pearson, 両 側 以 下 同 じ)を 実 施 した その 結 果, 表 3に 示 したように 非 ADHD 群 では 全 体 的 自 己 価 値 は 外 見 や 行 動 と 高 い 相 関 が,また 学 業 能 力 や 運 動 能 力, 社
ADHD 児 の 自 己 評 価 とその 原 因 帰 属 に 関 する 検 討 23 表 2 自 己 評 価 得 点 の 平 均 値 と t 検 定 の 結 果 表 3 全 体 的 自 己 価 値 と 他 の 領 域 の 自 己 評 価 との 相 関 会 的 受 容 と 中 程 度 の 相 関 が 認 められた 一 方,ADHD 群 では 外 見 と 高 い 相 関 が, 運 動 能 力 や 行 動 と 中 程 度 の 相 関 が 認 められた しかし, 学 業 能 力 や 社 会 的 受 容 との 相 関 は 示 されなかった (3) 肯 定 的 評 価 と 否 定 的 評 価 の 割 合 各 領 域 の 肯 定 的 評 価 および 否 定 的 評 価 の 度 数 を 集 計 し, 群 間 で 同 等 性 の 検 定 (χ² 検 定 )を 実 施 した その 結 果, 運 動 能 力 (χ²(1)=15.03,p<.001), 外 見 (χ²(1)=4.59,p<.05), 社 会 的 受 容 (χ²(1)=22.13,p<.001), 行 動 (χ²(1)=19.93,p<.001), 全 体 的 自 己 価 値 (χ²(1) =26.15,p<.001)で 有 意 差 が,また 学 業 能 力 で 有 意 傾 向 (χ²(1)=2.17,p<.1)があった いず れもADHD 群 の 方 が 非 ADHD 群 より 否 定 的 評 価 が 多 かった (4) 原 因 帰 属 各 領 域 ごとに 肯 定 的 評 価, 否 定 的 評 価 における 自 己 他 者 運 への 帰 属 の 度 数 を 集 計 し,そ の 後 これら3 次 元 に 均 等 に 帰 属 すると 仮 定 した 場 合 との 同 等 性 の 検 定 (χ² 検 定 )を 実 施 した 結 果 は 非 ADHD 群 については 表 4に,ADHD 群 については 表 5に 示 した またこれらに 基 づ き, 表 6に 調 整 済 み 残 差 が 有 意 であった( 絶 対 値 2 以 上 ) 次 元 を 抽 出 した 非 ADHD 群 では, 上 手 くいっているもしくは 満 足 しているという 肯 定 的 評 価 においては 学 業 能 力 と 社 会 的 受 容 で 他 者 への 帰 属,すなわち 先 生 や 友 だちのお 蔭 であるとした 者 が 多 かった 一 方, 運 動 能 力 と 全 体 的 自 己 価 値 は 自 己,つまり 自 分 の 能 力 や 頑 張 りに 帰 した 者 が 多 かった また, 外 見 では 自 己 と 運 に 均 等 に 帰 属 し, 他 者 は 少 なかった 逆 に, 上 手 く いっていないもしくは 満 足 していないという 否 定 的 評 価 においては, 運 動 能 力 で 自 己 への 帰 属 が 多 かった また, 運 動 能 力 と 外 見 では 他 者 への 帰 属 が 少 なく, 学 業 能 力 と 外 見 では 自 分 でも 他 者 でもない 運 (たまたま)への 帰 属 が 多 かった ADHD 群 では, 肯 定 的 評 価 では 非 ADHD 群 と 同 様 外 見 で 他 者 への 帰 属 が 少 なかったが, それ 以 外 に 非 ADHD 群 と 同 じ 特 徴 は 見 られなかった 否 定 的 評 価 では, 非 ADHD 群 と 同 様 運 動 能 力 で 自 己 への 帰 属 が 多 く, 運 動 能 力 と 外 見 で 他 者 への 帰 属 が 少 なかった しかし, 非 ADHD 群 で 運 への 帰 属 が 多 かった 学 業 能 力 や 外 見, 全 体 的 自 己 価 値 でも 自 己 への 帰 属 が 多 かった
24 Artes Liberales No. 88, 2011 表 4 表 5 帰 属 度 数 と3 次 元 に 均 等 に 帰 属 すると 仮 定 した 場 合 とのχ² 検 定 の 結 果 : 非 ADHD 群 帰 属 度 数 と3 次 元 に 均 等 に 帰 属 すると 仮 定 した 場 合 とのχ² 検 定 の 結 果 :ADHD 群 2.ADHD 群 のその 他 の 結 果 (1) 母 親 の 養 育 態 度, 教 師 態 度 とADHD 児 の 自 己 評 価 との 相 関 表 7に 示 したように, 母 親 の 保 護 的 態 度 はADHD 児 の 外 見, 行 動 及 び 全 体 的 自 己 価 値 と 正 の 相 関 があり, 拒 否 的 態 度 は 社 会 的 受 容 と 負 の 相 関 があった また, 教 師 の 肯 定 的 態 度 は 学 業 能 力, 社 会 的 受 容, 行 動 と 正 の 相 関 があった (2) 母 親 による 子 どものネガティブな 体 験 に 関 する 自 由 記 述 ネガティブな 体 験 の 記 述 がなかった 者 は5 人 で,それ 以 外 の15 人 には 以 下 のような 指 摘 が
ADHD 児 の 自 己 評 価 とその 原 因 帰 属 に 関 する 検 討 25 表 6 各 領 域 における 調 整 済 み 残 差 が 有 意 であった 帰 属 次 元 表 7 親 の 養 育 態 度 および 教 師 態 度 とADHD 児 の 自 己 評 価 の 相 関 あった( 複 数 回 答 による 重 複 あり) ADHDと 診 断 される 前 に 家 庭 でも 学 校 でも 叱 責 されるこ とが 多 かった;7 人, 叱 責 体 験 の 積 み 重 ねにより 自 信 がないあるいは 自 己 卑 下 的 な 言 動 ( どう せ 僕 なんて 何 でも 全 部 自 分 が 悪 い など)が 多 い;4 人,うまく 鼻 がかめない, 運 動 が 苦 手, 着 替 えに 時 間 がかかるなど 主 に 運 動 面 を 理 由 に 周 囲 からからかわれた;4 人,クラスの 友 人 や 上 級 生 から 身 体 的 もしくは 心 理 的 ないじめを 受 けた;9 人, 幼 少 期 からの 友 人 トラブルにより 被 害 感 情 や 他 者 への 攻 撃 性 が 強 い;1 人, 過 去 に 不 登 校 (1 年 に30 日 以 上 )を 経 験 した( 現 在 は 改 善 );1 人, 過 去 に 医 療 機 関 や 福 祉 機 関 に 相 談 するほどの 登 校 渋 りを 示 した( 現 在 は 改 善 );2 人, 現 在 登 校 渋 りを 示 している;2 人 Ⅳ. 考 察 1. 自 己 評 価 について 本 研 究 では,SPPC 尺 度 の 全 領 域 でADHD 群 の 方 が 非 ADHD 群 より 自 己 評 価 得 点 が 低 かった これは,Hozaら(1993)の 行 動, 中 山 田 中 (2008)の 振 る 舞 い, 社 会 性,Kaider(2004) の 行 動, 社 会 的 受 容, 学 業 能 力, 全 体 的 自 己 価 値 よりも 多 くの 領 域 における 自 己 評 価 の 低 下 を 示 すものであった その 要 因 として, 今 回 の 子 どもたちのADHD 症 状 及 びそれに 派 生 する 問 題 の 重 篤 さが 考 えら れる 今 回, 多 動 や 衝 動 性, 不 注 意 などADHD 症 状 の 他 に, 読 み 書 き 等 に 問 題 をもつ 学 習 障 害 (LD)の 合 併 が20 人 中 8 人 に,また 一 般 的 に 極 端 な 不 器 用 とされる 発 達 性 協 調 運 動 障 害 の 合 併 が4 人 に 見 られた 勉 強 や 運 動 は 学 校 の 中 で 多 くの 時 間 を 占 める 活 動 であり,これらがうまく できないことは 教 師 や 友 人 から 肯 定 的 な 評 価 を 得 られないばかりか, 逆 に 叱 責 や 否 定 的 評 価 を
26 Artes Liberales No. 88, 2011 受 ける 機 会 が 多 いことを 意 味 する こうした 経 験 が 積 み 重 なると 自 己 評 価 の 低 下 に 影 響 するこ とが 考 えられる さらに, 保 護 者 の 自 由 記 述 から9 人 がいじめ 被 害 を 経 験 していることがわかっ たが,これは 彼 らが 友 人 関 係 の 構 築 や 維 持 に 苦 労 していることを 窺 わせる 登 校 渋 りや 不 登 校 など 二 次 的 問 題 を 示 した5 人 も, 友 人 関 係 や 学 業 など 学 校 生 活 における 葛 藤 を 抱 えていたと 推 測 される また, 今 回 は20 人 中 18 人 が 薬 物 治 療 を 継 続 していたが, 薬 物 治 療 は 一 般 的 に 環 境 調 整 による 問 題 の 改 善 が 困 難 な 場 合 に 適 用 されることが 多 い( 市 川 2008, 斉 藤 2008) 医 療 機 関 を 訪 れた 段 階 で, 子 どもは 自 分 の 行 動 が 周 囲 に 歓 迎 されていないことを 認 識 し, 自 己 不 全 感 や 自 己 否 定 感 を 抱 いている 場 合 も 少 なくない( 吉 田 内 山 2006) 今 回 の 対 象 児 に 対 し, 医 師 はいずれにもそ の 子 のポジティブな 特 性 を 認 め, 薬 物 の 効 果 についてもわかりやすい 説 明 をするよう 心 がけて いた しかし, 全 児 にただちに 十 分 な 理 解 が 得 られるとは 限 らず, 薬 を 飲 むのは 頭 が 悪 いから などネガティブな 自 己 認 知 をしている 子 どももいた 以 上 のようなことを 考 え 合 せると, 今 回 の 対 象 児 はADHD 児 の 中 でもより 大 きな,またはより 広 い 範 囲 で 困 難 を 抱 えていた 子 どもたち であったと 考 えられ, 自 己 評 価 の 低 下 が 顕 著 に 示 された 可 能 性 がある 先 行 研 究 では 二 次 障 害 や 薬 物 治 療 の 有 無 に 関 する 情 報 が 不 明 であるため,こうした 観 点 から 比 較 することは 難 しいが, 非 ADHD 児 の 中 でも 多 動 傾 向 が 強 い 児 童 は 自 尊 感 情 が 低 いという 報 告 ( 松 本 山 崎 2006)や, 抑 うつなどの 合 併 症 を 抱 えるADHD 児 の 場 合, 自 己 評 価 が 低 い(Owens & Hoza 2003; Hoza, Gendersら2004)という 知 見 もあることから, 同 じADHD 児 といっても,そ の 症 状 や 抱 える 困 難 によって 自 己 評 価 に 差 が 生 じることは 十 分 考 えられる なお,この 検 証 に は 今 後, 薬 物 治 療 の 有 無 等 を 考 慮 した 比 較 研 究 が 必 要 なことは 言 うまでもない また, 自 尊 感 情 にあたる 全 体 的 自 己 価 値 と 他 の 領 域 との 関 連 については, 非 ADHD 群 では 眞 榮 城 (2000)とほぼ 同 様, 全 体 的 自 己 価 値 は 他 の 領 域 の 自 己 評 価 全 てと 相 関 があった 他 方, ADHD 群 では 運 動 と 外 見, 行 動 としか 関 連 がなかった このことは 中 山 田 中 (2008)が 指 摘 しているように, 非 ADHD 児 では 自 身 の 能 力 や 適 性 といったものが 多 様 な 側 面 から 自 尊 感 情 に 影 響 を 与 えているのに 対 し,ADHD 児 ではそれが 一 部 の 側 面 に 限 られていることを 示 唆 してい る さらに, 今 回 関 連 があったのは 主 に 外 的 な 領 域 で, 学 習 や 友 人 関 係 などより 内 的 な 側 面 と の 関 連 は 示 されなかった 学 習 や 友 人 関 係 はADHD 児 にとって 苦 手 な 領 域 であり, 自 己 評 価 は 低 くなりがちであるが, 他 方 でHater(1998)やHozaら(1993,2004)が 指 摘 するように, 自 己 の 内 面 的 な 傷 つきを 抑 えるため, 敢 えて 低 く 評 価 しない 子 どもも 中 にはいた 可 能 性 がある こう したばらつきが, 今 回 の 関 連 のなさの 背 景 となっているとも 推 測 される 2. 自 己 評 価 の 原 因 帰 属 について 非 ADHD 群 では, 勉 強 がよくできるのは 先 生 のお 蔭, 友 人 関 係 がうまくいっているのは 友 だ ちのお 蔭 と 考 える 者 が 多 く,すでにこの 時 期 にこうした 領 域 の 成 功 を 他 者 との 関 係 性 において 捉 えていることが 理 解 できる またこれは, 子 どもが 自 分 の 価 値 を 意 図 的 に 下 げることによっ て, 他 者 の 評 価 を 得 ようとするいわゆる 謙 譲 の 美 徳 を 習 得 していることを 示 すものと 考 えられ る 逆 に, 運 動 では 肯 定, 否 定 いずれの 評 価 とも 自 分 に 原 因 を 帰 す 者 が 多 かった この 年 齢 では, 中 学 生 や 高 校 生 のように 部 活 動 などを 通 して 誰 かに 熱 心 に 指 導 を 受 けている 者 はまだ 少 ないと 思 われ,うまくいっている 場 合 もそうでない 場 合 もともに,その 原 因 は 自 分 にあると 考 えやす いのかもしれない 他 方, 勉 強 と 外 見 における 否 定 的 評 価 については,その 原 因 をたまたまと 考 えている 者 が 多 かった 子 どもたちは 勉 強 においては 問 題 が 難 しすぎた, 外 見 においては 神
ADHD 児 の 自 己 評 価 とその 原 因 帰 属 に 関 する 検 討 27 様 から 与 えられたなど 偶 然 性 を 理 由 にし, 誰 のせいでもないと 楽 観 的 にとらえているものと 思 われた しかし,ADHD 群 においては 肯 定 的 評 価 が 少 ない 上, 非 ADHD 群 と 異 なる 以 下 の3つの 特 徴 が 認 められた 1つ 目 は, 勉 強 や 友 人 関 係 がうまくいっていても,それを 先 生 や 友 だちのお 蔭 とは 考 えにくいことである これは, 周 囲 の 叱 責 やからかい,いじめなどによって 他 者 に 対 す る 信 頼 感 が 乏 しく,それまでの 人 間 関 係 が 希 薄 であったことが 要 因 と 推 測 される 2つ 目 は 勉 強 や 外 見, 全 体 的 自 己 など 多 くの 領 域 で,うまくいっていないもしくは 満 足 でき ないのは 自 分 のせいであると 考 えていること,3つ 目 は 運 動 や 全 体 的 自 己 の 在 りようを 肯 定 的 に 評 価 していても,それを 自 分 自 身 の 能 力 や 努 力 によるとは 考 えていない 場 合 が 多 いことであ る Seligman & Csikszentmihalyi(2000)は, 原 因 の 説 明 スタイルとして 楽 観 的 帰 属 様 式 と 悲 観 的 帰 属 様 式 があるとし,このうち 悲 観 的 帰 属 様 式 をもつ 者 は 自 分 にとって 望 ましく ない 出 来 事 が 起 きたとき,その 出 来 事 を 内 的 ( 自 分 自 身 に 関 係 がある)で, 永 続 的 (これから も 長 く 続 く), 全 体 的 (あらゆる 場 合 に 作 用 する)にとらえ, 逆 に 望 ましい 出 来 事 が 起 きたとき は 外 的 ( 自 分 には 関 係 ない)で, 一 時 的 ( 長 くは 続 かない), 特 異 的 ( 特 定 の 状 況 のみに 作 用 す る)にとらえがちであると 指 摘 している 桜 井 (1989)も, 絶 望 感 の 強 い 児 童 は,いわゆる 努 力 万 能 主 義 の 影 響 の 下 に 失 敗 を 自 己 の 努 力 不 足 に 帰 す 傾 向 が 強 いことを 明 らかにしている こ れらからすると,ADHD 群 に 見 られた 上 記 2つの 特 徴 は, 対 象 児 の 多 くがより 悲 観 的 な 心 的 状 態 にあることを 窺 わせるものである ADHD 児 は 基 本 的 に 知 的 能 力 の 低 下 がないため, 普 通 にできることも 少 なくない 従 って, 勉 強 や 望 ましい 行 動 も やればできる と 思 われたり, 言 われたりすることが 多 く, 本 人 もで きないのはあくまで 自 分 の 努 力 が 足 りないせいだと 自 分 を 責 め 続 けているものと 推 測 される いくつかの 領 域 でこのような 自 責 が 高 じると, 正 確 な 自 己 認 知, 自 己 評 価 ができなくなり, 全 体 として 悲 観 的 な 態 度 が 蔓 延 化 していくのかもしれない ADHD 群 では 外 見 がよくないのも 自 分 のせいであるとした 者 が 多 かったが,これに 加 え 母 親 が 記 した 天 気 が 悪 いのも 何 もかも, 全 部 僕 が 悪 いんでしょ, どうせ 自 分 なんてだめ 褒 められても 絶 対 信 じない 後 で 必 ず 落 と されるから という 発 言 なども,こうした 心 理 プロセスによっている 可 能 性 がある 3.ADHD 児 の 自 己 評 価 と 親 や 教 師 の 態 度 との 関 連 について 今 回 の 調 査 では, 母 親 の 保 護 的 態 度 とADHD 児 の 行 動 および 全 体 的 自 己 価 値 に 正 の 相 関 が あった これは, 親 が 子 どもの 要 求 をひとまず 受 け 入 れたり, 行 動 を 褒 めたりすることによっ て,たとえ 勉 強 や 友 人 関 係 など 個 々の 領 域 で 不 全 感 を 持 っていたとしても, 自 己 の 全 体 的 なあ りようや 行 動 面 の 評 価 を 低 下 させないですむ 可 能 性 があることを 示 している また, 逆 に 母 親 の 拒 否 的 態 度 は, 友 人 関 係 と 負 の 相 関 があった これらのことから, 保 護 者 の 保 護 的 で 受 容 的 な 態 度 は, 自 尊 心 の 維 持 のみならず 家 族 以 外 の 者 との 社 会 関 係 の 構 築 や 社 会 的 スキルの 習 得 な どにも 望 ましい 影 響 を 及 ぼすことが 示 唆 される 保 護 者 の 養 育 態 度 がADHD 児 の 情 緒 的 問 題 に 与 える 影 響 に 関 しては, 田 中 (2008)による 医 療 現 場 での 調 査 があり,33 例 中 23 例 (70%)に 感 情 的, 暴 力 的, 過 度 に 厳 格 など 親 の 不 適 切 な 態 度 が 見 られ,その 養 育 下 では 子 どもに96%(22 例 )の 高 率 で 過 度 の 甘 え, 易 努 的, 感 情 表 現 に 乏 しいなど 情 緒 的 問 題 が 認 められたとされている しかし 一 方 で, 発 達 障 害 児 をもつ 母 親 に 関 し ては, 健 常 児 をもつ 母 親 より 育 児 ストレス, 育 児 不 安 が 有 意 に 高 い( 刀 根 2002, 根 来 ら2004, 庄 司 2007)ことや, 母 親 の 養 育 態 度 は 子 どもの 特 性 や 夫, 周 囲 の 社 会 的 サポートなどによって も 影 響 を 受 けることが 知 られている( 小 島 田 中 2007, 荒 牧 無 藤 2008) これらのことから 考
28 Artes Liberales No. 88, 2011 えると, 安 易 に 親 を 責 めるのではなく, 親 に 課 せられた 難 しい 子 育 てを 労 いながら 育 児 能 力 の 向 上 を 援 助 したり, 発 達 段 階 に 即 した 子 育 て 情 報 を 提 供 するなど 保 護 者 に 向 けた 継 続 的 なサ ポートを 行 うことが 極 めて 重 要 と 言 えよう また, 教 師 の 肯 定 的 態 度 と 勉 強 や 友 人 関 係, 行 動 の 自 己 評 価 には 正 の 相 関 があった このこ とから, 教 師 による 障 害 理 解 や 励 まし, 称 賛 等 がこの 時 期 の 子 どもの 多 領 域 の 自 己 評 価 を 高 め, 維 持 する 上 で 重 要 であることが 改 めて 確 認 できる 学 校 で 思 うように 集 中 できない, いく ら 頑 張 っても 覚 えられない, 気 をつけていても 忘 れてしまう, つい 口 を 出 してしまう こ となどに 困 っているADHD 児 の 心 情 を 察 知 し, 具 体 的 なアドバイスを 行 ったり, 子 どもの 努 力 に 対 する 労 いのことばをかけたりすることが 求 められているものと 考 えられる 4. 今 後 の 課 題 今 回 は 対 象 としたADHD 児 が20 人 と 少 ない 上, 男 児 に 限 られていた 健 常 児 の 先 行 研 究 では 自 尊 感 情 は 女 子 の 方 が 男 子 より 低 い( 松 岡 押 澤 2001, 都 筑 2005)こと,またADHDに 関 する 先 行 研 究 では 女 子 は 児 童 期, 成 人 期 を 通 して 抑 うつや 不 安 を 生 じやすい(Brown ら 1991, Biederman 1998)ことなど 男 女 差 があることが 指 摘 されている 今 後 は, 今 回 得 られた 知 見 を 女 子 においても 検 証 し,この 時 期 の 女 子 ADHD 児 の 特 徴 についても 明 らかにする 必 要 がある < 付 記 > 本 研 究 は, 平 成 18 年 度 岩 手 大 学 大 学 院 人 文 社 会 科 学 研 究 科 ( 人 間 科 学 専 攻 臨 床 心 理 学 領 域 ) の 修 士 論 文 の 一 部 として 菅 原 由 香 が 収 集 した 非 ADHD 群 のデータと,その 後, 佐 藤 正 恵 が 収 集 したADHD 群 のデータを 集 計, 再 分 析 し 直 したものである 多 大 なご 協 力 をいただいたADHDをもつお 子 様 と 保 護 者 の 皆 様, 非 ADHD 群 の 小 学 校 の 皆 様 に 心 より 感 謝 申 し 上 げます 引 用 文 献 American Psychiatric Association(2000):Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Fourth Edition Text Revision.( 高 橋 三 郎 大 野 裕 他 訳 (2002)DSM-Ⅳ-TR 精 神 疾 患 の 診 断 統 計 マニュアル. 医 学 書 院 ) 荒 牧 美 佐 子 無 藤 隆 (2008): 育 児 への 負 担 感 不 安 感 肯 定 感 とその 関 連 要 因 の 違 い. 発 達 心 理 学 研 究,19 (2),87-97. Biederman,J.(1998):New data on ADD and girls. Attention,4,38-40. Brown,R.T.,Madan-Swain,A. &Baldwin,K.(1991):Gender differences in a clinic-referred sample of attention-deficit-disordered children. Child Psychology and Human Development,22,111-128. 榎 本 博 明 (1998): 自 己 の 心 理 学 自 分 探 しへの 誘 い.サイエンス 社 Harter,S.(1985):Manual for the Self-Perception Profile for Children. Denver, University of Denver. Harter,S.(1986):Processes underlying the construction,maintenance,and enhancement of the selfconcept in children. In J.Suls & A.G.Greenwald (Eds.),Psychological perspectives on the self. Vol.3. Lawrence Erlbaum.pp.137-181. Harter,S. (1998):The development of self-representation. In Damon,W. & Eisenberg,N. (Ed.): Handbook of Child Psychology (Fifth Edition).Volume 3: Social,Emotional,and Personality Development. John Wiley,New York, pp.553-617. Hoza,B., Pelham,W.E.,Milich,R.,et al.(1993):the self-perceptions and attributions of attention deficit
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