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Transcription:

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違 和 と 彫 刻 ~デカルコマニーに 見 る 対 称 性 と 浮 遊 するイメージ~ 目 次 はじめに 第 一 章 対 称 性 1 身 体 2 三 角 形 の 構 図 3 増 殖 第 二 章 視 覚 の 操 作 ( 可 視 的 違 和 ) 1 デカルコマニーの 偶 然 性 2 意 図 的 な 絵 画 3 モノ 化 する 人 体 第 三 章 不 確 かな 存 在 ( 不 可 視 的 違 和 ) 1 アンゼルム キーファーと 内 因 性 2 断 片 の 気 配 3 死 の 予 感 第 四 章 違 和 と 彫 刻 - 私 の 作 品 を 辿 る 1 不 可 視 の 存 在 の 彫 刻 化 (1) 庭 - 喪 失 (2007 年 ) (2) ナマヌルイミズノナカ (2007 年 ) (3) 風 の 音 (2008 年 ) (4) 浮 雲 (2010 年 )

2 視 覚 操 作 の 彫 刻 化 (1) 深 呼 吸 (2011 年 ) (2) GIRLS ( 2011 年 ) (3) ALICE ( 2012 年 ) (3) SWAN ( 2012 年 ) 3 浮 遊 するイメージの 再 構 成 (1) LILY ( 2013 年 ) 第 五 章 大 理 石 の 量 塊 1 ミロのヴィーナスとマーク クイン 2 ルイーズ ブルジョワとボーボリの 奴 隷 (ミケランジェロ) 結 び 文 献 一 覧

はじめに ものを 見 る これは 美 術 作 品 を 制 作 する 際 もっとも 大 きな 要 素 だと 考 えられる この ものを 見 る こと さらに 言 うと ものの 見 え 方 というのは 私 たちは 物 心 ついてか ら もしかすると 生 まれた 瞬 間 から 無 意 識 に 見 てきたものまで 含 め その 見 る という 行 為 の 積 み 重 ねで 独 自 の 視 点 視 線 が 形 成 されているのだと 考 えられる 筆 者 の 場 合 その 視 線 の 先 に 違 和 感 を 伴 うことが 多 い そして 違 和 感 のあるものほ ど 記 憶 に 残 る なぜなら 気 になるからである それはつまり 違 和 感 は 見 えないもの であり 不 確 かな 存 在 である 直 感 的 な 非 現 実 的 なものなのである これら 不 確 か な 存 在 は 現 実 逃 避 したいから 見 ていると 同 時 に 現 実 逃 避 しないと 見 ていられないも のなのである 現 実 感 のないものに 対 しては そこに 何 かを 期 待 する 余 地 があるのだ 自 然 における 美 ははかないが 芸 術 における 美 は 破 壊 されない 規 範 的 に 精 神 的 高 揚 感 をもたらす 種 類 の 美 は 持 続 する 作 家 がすべきことは 人 を 自 由 に 放 つこと 揺 さぶることだ 1 - スーザン ソンタグ このスーザン ソンタグの 言 葉 について 筆 者 は 作 家 がすべきこととは 固 定 観 念 から の 解 放 と 固 定 観 念 を 揺 さぶることであると 解 釈 する 固 定 観 念 が 揺 さぶられたとき 美 が 生 まれる その 固 定 観 念 を 揺 さぶるものが 筆 者 にとって 違 和 感 なのである ではそ の 曖 昧 な 違 和 感 という 不 確 かな 存 在 はいったいどこから 来 るのだろうか 違 和 とは 自 身 が 認 識 していた 事 柄 信 じていた 事 柄 と 実 際 のそれとの 間 に ズレ が 生 じ た 時 に 感 じるものである 違 和 感 と 言 われれば 本 来 どちらかというと 腑 に 落 ちない 事 情 を 思 い 浮 かべる しかし 美 術 においてそれは 魅 力 になりうるのではないだろうか 違 和 感 は 感 性 を 刺 激 し そこに 執 着 心 をももたらす 腑 に 落 ちない 違 和 感 は 魅 力 という 可 能 性 を 秘 めているのである 何 かを 見 た 時 なんだかわからないけれど なんとなく 良 い とか なんとなく 気 に なる ということがある それは 誰 もが 何 かの 存 在 を 感 じている 瞬 間 なのである 例 え ば 人 体 が 部 分 的 に 失 われた 姿 になると 異 質 なものに 見 えてくる それは それらが モ ノ となる 瞬 間 であり そのものを 強 調 する そしてそこには 見 過 ごしてはならない 大 事 なものがある それは 曖 昧 なものであるが 確 実 に 何 かが 存 在 しているのである 1 スーザン ソンタグ 同 じときの 中 で 木 幡 和 江 訳 NTT 出 版 2009 年 p25 p224 4

筆 者 は 大 理 石 を 彫 刻 の 素 材 として 好 んで 扱 っているが その 理 由 としてはやはり 大 理 石 の そこに 在 る 存 在 感 である しかしそれだけではなく 見 えない 存 在 感 つまり 不 確 かな 存 在 があり 何 か 期 待 できそうな 内 から 発 する 力 を 感 じられるところも 魅 力 で ある 本 論 文 では 見 方 により 様 々な 像 が 見 えてくる デカルコマニー2を 中 心 に 違 和 につい て 論 じてゆく 自 身 の 生 まれや 育 ってきた 環 境 興 味 を 抱 いてきた 事 象 などをまじえ 視 覚 的 要 素 を 介 して 美 術 と 自 身 の 距 離 感 見 える 存 在 見 えない 存 在 への 期 待 と 違 和 の 可 能 性 について 考 察 する 第 一 章 では 対 称 性 について 考 察 する 身 近 にある 左 右 対 称 の 構 造 を 持 つものは 身 体 で ある 内 臓 は 完 全 な 左 右 対 称 でないが 基 本 的 に 右 目 左 目 右 手 左 手 のように 左 右 対 称 に あるものであり 頭 部 や 胃 など 一 つのものは 人 体 のほぼ 中 心 線 上 にある また 一 枚 の 紙 を 半 分 に 折 り 転 写 するデカルコマニーでも ほぼ 左 右 対 称 の 像 が 出 来 る さらに 正 月 に 飾 られる 門 松 や 南 大 門 の 金 剛 力 士 像 メディチ 家 礼 拝 堂 のジュリアーノ の 墓 に 見 られる 昼 と 夜 の 像 なども 正 面 から 見 て 対 に 配 置 される 完 全 な 左 右 対 称 ではな いが それら 対 称 性 のある 構 図 には 正 面 性 が 現 れる 正 面 性 から 対 称 性 の 効 果 を 探 る さ らに 対 称 性 増 殖 性 が 現 れる 鏡 という 素 材 を 使 った 美 術 作 品 を 例 に その 効 果 を 解 明 して いく 第 二 章 では 視 覚 の 操 作 に 関 した 表 現 の 事 象 を 取 り 上 げる 対 称 性 を 持 つデカルコマニ ーには その 偶 然 現 れる 像 から 何 かが 見 えてくるというような 偶 然 性 もある デカルコ マニーの 偶 然 性 と 意 図 的 に 何 かを 見 せるだまし 絵 や 絵 本 を 絡 め 実 験 的 な 視 覚 的 操 作 に ついて 取 り 上 げる 視 覚 的 に 本 来 のスケールではない 人 体 にリアルを 追 及 するアーティス トもいる それらの 表 現 は 違 和 の 中 にある 日 常 にある 可 視 的 な 違 和 をただ 何 となく 気 に なるものとして 感 じているだけでは 美 術 とは 何 の 関 係 も 生 まれない ところが そこに 執 着 しているうちに そこに 美 が 生 まれたりするのである そのとき 見 る 人 は 驚 異 的 な 表 現 力 を 見 せつけられることになる 偶 然 の 視 覚 効 果 と 意 図 的 な 視 覚 操 作 との 美 術 表 現 におけるその 効 果 について 考 察 する 第 三 章 では 不 確 かな 存 在 について 述 べる 目 に 見 えないものは なんだかわから ないもの として 人 々の 想 像 力 を 駆 り 立 てる また なんだかわからないもの は 何 だか わからないから 魅 力 的 なのであると 考 えられる 何 かを 仄 めかすような 表 現 をするアンゼ ルム キーファーの 作 品 さらに 建 築 装 飾 の 部 分 などを 収 集 したジョン ソーンズ 博 物 館 2 デカルコマニー decalcomanie フランス ( 転 写 法 の 意 ) 乾 いていない 絵 具 に 紙 を 押 し 付 けて 得 られる 偶 然 的 な 絵 肌 形 を 利 用 した 絵 画 技 法 シュールレアリストが 用 いた ー 岩 波 書 店 広 辞 苑 第 六 版 5

を 例 に 挙 げ 実 体 あるものの 傍 に 存 在 する 見 えない 神 秘 性 と 実 体 するもののその 先 に 在 る 見 えない 死 などについても 述 べながら なんだかわからないもの 不 可 視 的 違 和 の 魅 力 について 考 える 第 四 章 では 過 去 から 現 在 に 至 るまでの 自 身 の 作 品 を 辿 りながら 違 和 の 表 現 について 言 及 する 見 えない 存 在 を 意 識 した 作 品 連 続 した 形 左 右 対 称 の 形 へと 自 身 の 作 品 の 変 遷 を 辿 り その 変 化 とそこに 付 随 する 思 いや 考 えについて 整 理 する 第 五 章 では 筆 者 がここまで 取 り 扱 ってきた 素 材 である 大 理 石 の 作 品 について 触 れる 大 理 石 の 魅 力 は その 塊 の 存 在 感 である 部 分 を 失 ったミロのヴィーナスとマーク クイ ンの 大 理 石 の 作 品 を 比 べ その 魅 力 と 存 在 感 について 述 べる また ルイーズ ブルジョ ワの 作 品 と 未 完 成 とされるミケランジェロの ボーボリの 奴 隷 の 共 通 点 と その 彫 り 残 された 量 塊 の 魅 力 について 考 察 する 最 後 に 自 身 の 美 術 との 付 き 合 い 方 違 和 と 制 作 の 関 わりについて 述 べ 本 論 文 の 結 び とする 6

第 一 章 対 称 性 1 身 体 身 体 には 対 称 性 がある まずは 身 体 の 考 察 から 始 めることにしたい 少 々グロテスクなもの 解 剖 図 標 本 水 分 のある 生 々しい 臓 器 植 物 の 維 管 束 や 人 の 毛 細 血 管 のような 密 集 しているも の 程 良 い 気 持 ち 悪 さと 密 集 した 窮 屈 な 束 縛 感 が 妙 に 心 地 よい おそらくこれ らは 筆 者 の 日 常 の 中 に 見 慣 れないもの であるがゆえに 異 様 で 興 味 が 湧 くので ある 異 様 なもの つまり 違 和 は 日 常 に 馴 染 んでいた 体 の 調 和 を 破 るのである その 破 裂 が 心 地 よい 気 持 ち 悪 さなのであ る 高 校 生 の 頃 牛 の 目 の 解 剖 をしたが 物 足 りず できれば 臓 器 の 解 剖 がしたか ったと 意 気 消 沈 していた かといって 適 当 にそこら 辺 のカエルを 拾 ってきて 切 図 1-1 ルボシュ プルニー 家 族 2007 年 インク スタンプ 紙 84 59 cm り 裂 くでもなく ただ 羨 望 の 眼 差 しで テレビドラマの 手 術 シーンを 見 ていた ところが 漠 然 と 心 地 よい 気 持 ち 悪 さを 眺 めていただけの 筆 者 と 違 い 世 の 中 には 臓 器 や 血 管 の 様 子 に 執 着 し それが 線 の 集 積 となり 複 雑 に 絡 み 合 う 美 しい 芸 術 を 生 み 出 して いる 人 々がいたのである 例 えば アウトサイダー アーティスト 3 のみっちりと 詳 細 に 描 かれた 作 品 からは 執 着 心 が 見 て 取 れるし 塩 田 千 春 4の 毛 糸 が 密 集 する 作 品 は 線 が 絡 み 合 う 様 子 から 焦 燥 や 束 縛 不 安 が 感 じられる これらは 本 人 にはまぎれもなく 自 身 の 内 に 在 るリアルな 姿 なのである 自 身 の 中 で 引 っかかるものを 追 っているうちにリアリティー に 迫 っていたのである 筆 者 は 近 年 デカルコマニーの 中 に 自 身 の 嗜 好 と 絡 むリアリティーを 見 つけつつあり 彫 刻 を 通 し 自 己 表 現 に 展 開 させることを 試 みている それまでは 日 常 の 違 和 を ただ 何 と なく 気 になるものとして 感 じてはいたけれど それはどこか 腑 に 落 ちないものとしてやり 3 社 会 の 既 成 の 枠 組 からはずれて 独 自 の 思 想 を 持 って 行 動 する 人 岩 波 書 店 広 辞 苑 第 六 版 アウトサイダー アートとは 一 般 的 に 特 に 芸 術 の 訓 練 を 受 けず 既 成 の 芸 術 の 流 派 や 傾 向 にとらわれることなく 趣 く ままに 表 現 した 作 品 のことであるといわれる 主 に フェルナンデル シュバルの 理 想 宮 や ヘンリー ダーガー 日 本 ならば 山 下 清 もそれに 属 する 4 塩 田 千 春 (1972-)1977 年 から 99 年 までブラウンシュバイク 美 術 大 学 にて マリーナ アブラモヴィッチに 師 事 7

過 ごしてしまい その 先 に 在 る 魅 力 を 見 逃 していたのである ルボシュ プルニー5は 5 歳 にして 生 物 の 形 態 学 的 解 剖 学 的 な 細 部 のデッサンを 描 き 死 んだ 動 物 を 解 剖 することを 愛 していたという もっとも 過 去 にさかのぼればレオナル ド ダ ヴィンチが 人 体 を 解 剖 し 解 剖 図 を 描 いていることは 有 名 である しかし 両 者 の 視 点 は 異 なる レオナルド ダ ヴィンチが 臓 器 の 形 を 正 しく 把 握 しようと 実 物 をくま なく 観 察 し そのものを 忠 実 に 素 描 したのに 対 し ルボシュ プルニーは 作 家 本 人 の 主 観 を 交 え 再 構 築 している レオナルド ダ ヴィンチは 人 体 を 人 体 としてとらえたが ルボ シュ プルニーは 人 体 のそれぞれを 断 片 的 にとらえ かつ それを 重 ね 合 わせ 終 結 させて いる 筆 者 が 見 るところによると それは 人 体 を 自 分 の 嗜 好 と 調 和 させ 再 構 築 している ように 見 える 塩 田 千 春 も 線 の 集 積 主 に 毛 糸 を 使 い 空 間 的 に 構 成 し 自 己 表 現 をする 燃 えたピアノ が 毛 糸 の 巣 の 中 に 在 る 作 品 や ベッドが 毛 糸 の 中 にさなぎのように 幾 つも 在 る 光 景 は 音 にならない 声 にならない 感 情 に 押 しつぶされるようであり 図 1-3 DNA からの 手 紙 の 赤 い 線 の 集 積 は 血 管 のように 見 えるし その 血 管 ( 体 の 内 部 を 張 り 巡 らすもの)が 靴 に 結 びつき 行 く 手 を 阻 む 様 子 は 自 己 の 内 部 の 何 かの 感 情 おそらく 恐 れや 不 安 のよう な 自 身 を 窮 屈 にさせるような 感 情 に 苛 まれている 図 1-2 塩 田 千 春 DNA からの 対 話 2004 年 靴 毛 糸 5 ルボシュ プルニー(Lubos Plny : 1961-)チェコ 北 部 チェスカー リーパ 出 身 電 気 技 師 見 習 鉄 道 員 など 職 を 転 々とし チェコ 芸 術 大 学 でモデルとして 働 く 作 品 にはインクの 他 血 液 毛 髪 皮 膚 なども 用 いる 8

臓 器 や 植 物 には 対 称 性 がある 植 物 の 葉 は 光 合 成 を 最 大 限 にできるよう 互 い 違 いに 伸 びているとか 臓 器 に ついては 心 臓 や 肝 臓 の 位 置 は 左 右 対 称 とはいかないが 心 臓 内 部 は 右 心 室 左 心 室 があり 脳 も 右 脳 左 脳 のように 対 称 にあり 腎 臓 や 肺 も 左 右 対 称 にある このように 人 体 の 内 部 構 造 はほぼ 左 右 対 称 の 構 造 で 成 り 立 っている さらに 外 部 構 造 は 右 手 左 手 右 目 左 目 など 背 骨 を 軸 にほぼ 左 右 対 称 に 配 置 されている そして 人 間 には 一 つの 卵 から 生 まれる 一 卵 性 双 生 児 がいる 一 卵 性 双 生 児 には 不 思 議 な 対 称 性 がある 一 卵 性 双 生 児 の 何 パーセントかは 右 利 きと 左 利 きであった り つむじが 対 称 的 であったり 指 紋 が 鏡 に 映 したよう に 真 逆 のことがあるらしい 双 子 は 遺 伝 性 もあるようだが 偶 然 の 産 物 である 同 じ 顔 を 持 つ 一 卵 性 の 双 子 に 対 し 人 々は それ 以 上 の 一 致 ( 例 えば 一 方 が 怪 我 をしたらもう 一 方 も 同 じような ところが 痛 くなる) さらに 言 えば そこに 神 秘 性 ( 例 え ば テレパシーのようなもの)を 期 待 したりする 一 卵 性 双 生 児 である 筆 者 は その 素 性 を 明 かすと テレパシ ーみたいな 不 思 議 な 力 があるのかと 度 々 聞 かれるので ある アンリアレイジ 2013-2014 秋 冬 コレクションのショ ーでは ほぼ 同 じ 髪 型 ほぼ 同 じ 服 装 のモデルを 登 場 さ せ 双 子 のように 見 せて 不 思 議 な 雰 囲 気 の 演 出 をしてい る 回 転 し 二 人 が 重 なると 一 人 に 見 える 角 度 があり 回 転 が 進 むとまた 二 人 へと 戻 るという 場 面 があり 双 子 が 分 身 のような 様 子 がうかがえる 途 中 から 二 人 が 三 人 へ と 人 数 を 増 やし 同 じように 回 転 する 場 面 もあり さら に 神 秘 的 な 違 和 感 を 醸 し 出 している ショーのコンセプ トは COLOR であり 双 子 に 見 立 てられたモデルの 服 の 色 が 白 から 次 第 に 変 化 しそれぞれ 違 う 色 になっていく 同 じであるかのような 二 人 が 違 う 二 人 になっていく 双 子 の 不 思 議 な 違 和 感 を 重 ね 合 わせた 演 出 のように 見 える 図 1-3 ANREALAGE 2013-2014 A/W COLLECTION 9

鏡 を 見 ることで 見 ることが 出 来 る 自 分 自 身 の 顔 両 目 は 顔 の 正 面 にあるがゆえに 自 分 で 自 分 の 顔 実 物 そのものをみることはできない どうしても 鏡 なりガラスなり 一 枚 隔 ててしか 見 ることができない そのせいか 鏡 の 中 の 自 分 を 見 たとき それは 自 分 である のに 自 分 ではないような 妙 な 気 分 になったりすることは 誰 でも 一 度 はあるに 違 いない 一 卵 性 双 生 児 は 目 の 前 に 同 じような 顔 を 何 の 隔 たりもなく 見 ることが 出 来 る 双 子 で ない 者 からすると 自 分 と 同 じ 生 身 の 顔 が 鏡 を 通 さずに 目 の 前 に 実 在 するということが その 状 況 がどんなものかと 興 味 があるのかもしれない しかし 当 然 のことながら 双 子 はそれぞれ 個 人 であり 目 の 前 に 同 じ 様 な 顔 があってもそれは 自 分 を 見 ているようだとは 思 わない 自 分 ではなく 他 者 であると 無 意 識 に 認 識 している 普 通 の 兄 弟 姉 妹 より 多 少 顔 が 似 ているかもしれないが 特 別 なものは 特 にない 双 子 が 似 ているのは 当 たり 前 である むしろ ただの 姉 妹 なのに 私 たち 双 子 よりも 双 子 かと 思 うくらい 似 ている 姉 妹 の 方 が 筆 者 にとっては 不 思 議 であった ともあれ 双 子 が 二 人 そろって 現 れると つい 見 比 べてしま うというほど 異 様 な 存 在 感 を 放 つ 双 子 は 他 人 から 見 れば 同 じ 顔 が 目 の 前 にいることが 不 思 議 で 少 し 異 様 かもしれない 大 抵 の 人 が 双 子 に 対 してなんとなく 感 じる 少 し 異 様 というのは 似 ているからであろ うか それとも 似 ているのに 実 は 違 うからであろうか おそらく 双 子 は 似 ているはず なのにどこか 違 う その 違 和 感 が 双 子 へ 向 けられる 興 味 なのではないだろうか 実 際 二 人 で 現 れると 必 ず 間 違 い 探 しをされるのである そして あ ほくろの 位 置 が 違 うね 目 の 形 も 少 し 違 うかな? というように 話 し 相 手 は 違 いを 一 つ 一 つ 解 明 して 自 分 の 中 の 違 和 感 を 解 消 しているように 筆 者 には 感 じられるのである 無 論 筆 者 もそうである 双 子 の 友 達 がおり そのもう 一 人 に 合 った 時 思 わず 間 違 い 探 しをしていたのである 余 談 であるが 双 子 は 顔 もだいたいは 似 ているが 実 は 声 や 話 し 方 が 似 ている 10

2 三 角 形 の 構 図 図 1-4 東 大 寺 南 大 門 と 金 剛 力 士 像 ( 阿 吽 像 ) 対 称 的 な 形 をとるものと 言 えば 左 右 に 配 置 される 正 月 の 門 松 や 神 社 の 入 り 口 の 狛 犬 東 大 寺 南 大 門 の 金 剛 力 士 像 6などがある しかしこれらは 単 なる 対 称 ではないのである このように 入 口 に 左 右 の 配 置 を 取 るも のは 多 い なぜなら 左 右 に 配 置 することで 正 面 性 が 強 くなるのだ おそらくそこに 三 角 形 を 見 出 すのである 何 かものを 落 とすことのないように 飛 行 場 の 整 備 士 が 倒 れない 三 輪 車 を 使 うとおり 三 点 には 安 定 感 がある 入 口 の 左 右 に 何 かを 配 置 することで 正 面 から みたその 間 に 遠 近 法 の 要 領 で 消 失 点 を 作 るのである 消 失 点 がさすところに 目 を 惹 きつ ける 効 果 もある 神 社 ならそこに 神 座 がある 筆 者 が 近 年 制 作 に 取 り 入 れているデカルコマニーにも そこから 現 れる 左 右 対 称 のイメ ージは 折 り 合 わせた 紙 の 折 り 線 が 中 心 となり 三 点 で 安 定 した 構 図 となり 正 面 性 が 現 6 門 の 向 かって 右 に 口 を 閉 じた 吽 形 左 に 口 をあけた 阿 形 が 安 置 されている 11

れることがある 確 かに 正 面 性 のある 絵 画 に 於 いて 視 覚 的 に 安 定 させるため 三 点 の 構 造 を 利 用 している 例 がある 図 1-5 レオナルド ダ ヴィンチ 聖 アンナと 聖 母 子 1508 年 頃 ポプラ 板 に 油 彩 168 112 cm ルーブル 美 術 館 蔵 レオナルド ダ ヴィンチの 聖 アンナと 聖 母 子 奥 に 聖 アンナ( 聖 マリアの 母 ) 手 前 に 聖 マリアと 羊 をつかむキリストが 描 かれている この 三 人 が 三 角 形 の 中 に 納 まる 構 図 を 取 っており 視 覚 的 におさまりが 良 いように 見 える さらに レオナルド ダ ヴィンチの 受 胎 告 知 を 見 てみると 聖 胎 したことを 告 げ る 大 天 使 ガブリエルと それを 受 ける 聖 母 マリアが 描 かれている その 二 人 を 画 面 左 右 に 配 し それを 二 点 としてそこから 中 心 に 視 点 を 移 すと 奥 にうっすらと 山 がそびえているの が 見 える 高 い 山 が 主 イエスの 象 徴 であるとの 解 釈 がある 視 覚 的 に 安 定 感 がある 一 方 で 何 か 不 思 議 な 構 図 のようにも 見 える 奥 にうっすらと 見 える 山 がイエスの 象 徴 であるとの 解 釈 があるように 絵 画 に 秘 密 めいたものが 隠 されているのである 事 実 キリスト 教 に おける 三 角 形 は 三 位 一 体 を 表 し 神 聖 母 マリア 幼 児 キリストを 表 すとされている 3 または 三 角 形 は 神 聖 化 された 数 であることから 三 角 形 の 構 図 は 神 秘 性 を 必 要 とする 表 現 には 欠 かせない 要 素 なのかもしれない 東 大 寺 の 南 大 門 や 神 社 の 狛 犬 も 左 右 に 配 置 する 12

ことでその 間 に 神 の 道 あるいはその 先 に 居 る 神 の 存 在 を 仄 めかしているのだとしたら 三 点 の 構 図 は 神 聖 な 効 果 を 持 つ 構 図 といえる 図 1-6 レオナルド ダ ヴィンチ 受 胎 告 知 1472 年 1473 年 頃 98 217 cm 油 彩 板 ウフィツィ 美 術 館 蔵 立 体 に 於 いても 教 会 の 正 面 に 配 されるミケランジェロの ピエタ(サン ピエトロ 寺 院 ) やジュリアーノの 墓 などにも 左 右 の 配 置 の 間 に 主 役 を 配 す るように 三 角 の 構 図 がうかが える 三 角 の 構 図 はルネサンス 美 術 では 典 型 的 な 形 だ ジュリ アーノの 墓 は 昼 と 夜 の 男 女 の 像 を 左 右 に 配 し 主 役 であるジ ュリアーノ 像 を 三 角 形 の 頂 点 としている 礼 拝 堂 らしい 正 面 性 と 神 聖 さを 兼 ね 備 えてい る 図 1-7 ミケランジェロ ブオナローティ メディチ 家 ジュリアーノの 墓 夜 ( 女 ) 昼 ( 男 ) 13

図 1-8 ミケランジェロ ブオナローティ ピエタ (サン ピエトロ 大 聖 堂 ) ものを 視 覚 がとらえた 時 脳 で 無 意 識 に 確 信 している 情 報 で 具 体 的 な 画 像 にしている という 説 がある その 情 報 が 不 足 しているところ または 曖 昧 なところなどは 想 像 でイ メージを 作 り 出 している これは 人 間 としての 自 然 な 衝 動 であり つまり みる という ことは 信 じるということ そして 想 像 すること あるいは 想 像 し それを 信 じること なのだ 筆 者 には みて 想 像 して も それを 信 じられない 時 がある その 原 因 に 違 和 感 の 存 在 がある しかしその 違 和 感 は 消 極 的 な 意 味 の 不 信 感 ではなく 見 ているもの 以 上 のものがそこにあるはずだという 期 待 を 込 めての 不 信 感 である 14

しかし ここで 一 言 付 け 加 えておくが 筆 者 はデカルコマニーにおいて 構 図 を 重 要 視 し ているわけではない あくまでデカルコマニーは 偶 然 現 れる 像 を 生 み 出 す 装 置 であり 筆 者 にとってはそこから 何 かが 偶 然 か 必 然 か 見 えてくるという 面 白 さが 重 要 なのである ところが 二 つに 折 った 紙 の 折 り 目 を 境 に 像 が 浮 かび 上 がるデカルコマニーにも 左 右 対 称 の 像 が 現 れる これも 折 り 線 を 中 心 とし ほぼ 三 角 に 収 まるような 構 図 になるこ とがある そのため ここで 構 図 について 考 察 を 少 し 付 け 加 えたのである ルネサンス 期 の 絵 画 のような 神 秘 性 が デカルコマニーから 生 まれる 像 にも 期 待 できるかもしれない 図 1-9 双 子 に 見 えたデカルコマニー ( 筆 者 作 ) その 左 右 対 称 のデカルコマニーから 人 間 が 見 えてきたとき その 左 右 相 称 の 二 人 から 連 想 されるもの それは 双 子 または 自 分 自 身 と 鏡 に 映 る 自 分 である 15

3 増 殖 草 間 彌 生 は 鏡 の 性 質 を 生 かした いくつか 作 品 を 制 作 している 天 国 への 椅 子 2000 年 水 上 の 蛍 2000 年 魂 の 灯 2008 年 などだ 鏡 に 梯 子 を 映 し その 梯 子 がどこまでも 下 方 へ 伸 び ているように 見 える 天 国 への 梯 子 を 見 た 時 それ が 鏡 であり 見 せかけであると 分 かっていても 思 わ ず 鏡 の 中 の 世 界 に 落 ちないように おそるおそる 覗 き 込 んだ 草 間 弥 生 は 鏡 について 素 材 としてこの 上 なく 素 晴 らしい 自 分 の 姿 を 映 すことができて もう 一 人 の 自 分 に 出 会 える 7 と 語 る 鏡 を 通 して ある 断 片 が 多 少 のゆがみを 含 みながら 広 がる 現 実 とのズレとなるそ 図 1-10 草 間 彌 生 水 上 の 蛍 2000 年 れは 不 確 かさと 不 安 定 をもたらし 自 己 を 分 裂 させる 水 上 の 蛍 の 中 に 足 を 踏 み 入 れてみると 初 めこそ 無 数 の 光 の 空 間 の 美 しさに 見 と れるのだが しばらく 佇 んでいると 不 安 感 が 沸 き 起 こる 無 限 に 広 がる 光 の 中 で 自 分 が 消 えてしまう 感 覚 とでも 言 うのだろうか うわぁ 綺 麗 ~ という 気 持 ちは いつの 間 にか 恐 怖 に 変 わっていた 草 間 彌 生 が 自 身 の 愛 はとこしえ という 作 品 について かつ て 私 が 具 体 的 に 実 感 した 魂 の 引 き 込 まれていく 生 と 死 の 境 目 を 彷 徨 う 恍 惚 の 極 地 を 実 現 したのだ 8 と 言 っている まさにそのような 感 じであった 愛 はとこしえ も 水 上 の 蛍 のように 鏡 で 空 間 を 埋 め 尽 くした 作 品 である 図 1-11 草 間 彌 生 愛 はとこしえ 1966 年 鏡 の 中 の 自 分 が 自 分 でないように 感 じるのはおそらく 鏡 に 映 る 自 分 が 反 転 する 虚 像 であるからである 他 人 の 目 こ そ 数 十 秒 も 見 つめ 続 けることなどほと んどないから 自 分 と 自 分 が 数 十 秒 見 つ めあうこと 自 体 にも 違 和 感 があるのだ ろうけれども この 虚 像 という 視 覚 的 な ズレが 自 分 が 自 分 でないように 感 じら れるのである このように 鏡 一 枚 でも 自 己 消 失 のような 感 覚 を 引 き 起 こすの 7 ペン 編 集 部 PEN BOOKS やっぱり 好 きだ! 草 間 彌 生 We Love Yayoi Kusama 阪 急 コミュニケーションズ 2011 年 p73 8 ペン 編 集 部 PEN BOOKS やっぱり 好 きだ! 草 間 彌 生 We Love Yayoi Kusama 阪 急 コミュニケーションズ 2011 年 p72 16

だから 鏡 に 囲 まれた 空 間 は 異 空 間 である 鏡 によって 像 の 反 復 増 殖 集 積 が 違 和 感 をもたらす その 時 起 こる 像 の 変 容 は ズ レ をもたらし 何 らかの 気 配 を 生 み 出 す 水 上 の 蛍 の 中 で 感 じた 不 安 の 原 因 は 無 限 に 広 がる 異 空 間 で 自 己 を 消 失 し 死 の 気 配 を 引 き 起 こしたことによると 考 えられる 祖 母 の 部 屋 にあった 三 面 鏡 は 不 気 味 だった 自 分 の 正 面 の 顔 は 誰 もが 毎 日 朝 の 一 度 くらいは 鏡 で 見 ている しかし 自 分 の 横 顔 や 後 頭 部 は 普 段 あまり 見 ない そこに 映 る 後 頭 部 を 見 て これは 自 分 であると 確 認 できるのだけれど 見 慣 れないものであるがゆえに 自 分 であると 認 識 しながらも 認 識 しきれないような 妙 な 気 分 になった 水 上 の 蛍 と 違 い 自 分 はそこにはっきり 写 りこむのであるが それがむしろ 不 安 になるのである 合 わ せて 閉 じられた 鏡 を 開 くと 見 慣 れた 顔 と 目 があい 見 慣 れない 自 分 の 横 顔 を 見 ることが できる 鏡 の 角 度 を 変 えれば 自 分 の 顔 がいくつも 同 時 に 現 れる その 中 には 左 右 対 称 の 自 分 と 左 右 の 入 れ 替 わっていない 自 分 もいる 鏡 に 映 る 大 勢 の 自 分 は 他 人 のようであ ったし そこにいる 別 の 自 分 に 魂 を 吸 い 取 られそうな 気 分 だった シュルレアリストたちは 画 の 中 に 遠 近 法 を 用 いる 際 奇 妙 なゆがみをはらんでいたり 消 失 点 が 複 数 あるように 見 せたりした また シュルレアリスムの 写 真 は 反 復 やずらし や 歪 みなどを 使 って 現 実 のイメージを 得 体 のしれない 力 の 痕 跡 のインデックスとして 書 き 換 える イメージはそれが 現 実 の 像 であることを 主 張 し 同 時 にそこに 加 えられた 変 形 によって 外 部 の 力 を 指 し 示 すという 引 き 裂 かれ た 性 格 を 持 たされることに なる 9 この 引 き 裂 かれ の 効 果 が 三 面 鏡 や 草 間 彌 生 の 作 品 から 感 じることができるであろう 鏡 に 映 る 自 分 の 顔 それは 現 実 そのものの 顔 だけでは 必 ずしもなく 単 純 に 鏡 面 のズレや 歪 みも 含 んだ 顔 が 映 る それらの 歪 みや 変 形 が 不 安 を 引 き 寄 せ 分 裂 しそうな 自 己 の 安 定 を 取 り 戻 そうとする こ のような 鏡 の 特 性 を 利 用 した 草 間 彌 生 の 作 品 で は 光 を 無 数 に 増 殖 させることで 見 る 者 体 験 した 者 の 安 定 性 を 揺 るがし 不 安 をもたらすこと となる つまり 不 安 定 になることで 起 こる 自 己 消 失 により 生 と 死 の 狭 間 で 自 己 が 引 き 裂 かれ 揺 れ 動 き 自 己 の 複 数 化 が 起 こる それ 図 1-12 草 間 彌 生 天 国 への 梯 子 2000 年 ~ 9 鈴 木 雅 雄 林 道 郎 シュルレアリスム 美 術 を 語 るために 水 声 社 2011 年 p38,39,106 参 照 17

が 死 の 予 感 までも 引 き 起 こすのだ これが まるでシュルレアリスムのように 現 実 であることの 主 張 を 強 調 する 鏡 の ズレ の 効 果 である 鏡 に 見 られる 対 称 性 複 数 性 増 殖 性 は ズレ を 生 み 出 し 異 様 な 状 況 を 作 り 出 す そこには 神 秘 性 を 通 り 越 して 不 気 味 な 雰 囲 気 さえも 現 れる それは 不 安 をもたらし 自 己 分 裂 のような 感 覚 さえ 引 き 起 こしてしまう しかしそのことは 安 定 性 を 崩 し 不 安 定 である が 故 の 神 秘 性 をも 生 み 出 す 死 という 現 実 には 分 かり 得 ないものの 神 秘 性 と 不 安 感 の 共 存 は 違 和 感 を 誘 発 し さらに 不 可 解 なものへと 誘 導 する どこかで 安 定 を 求 めてしまう 人 間 にとって 現 実 をずらされることは 気 持 ちの 悪 いものである 結 果 として その 気 持 ち 悪 さが 刺 激 となり 新 鮮 さを 失 っていく 感 情 や 思 い 込 みがリセットされる 効 果 があるの かもしれない 18

第 二 章 視 覚 の 操 作 ( 可 視 的 違 和 ) 1 デカルコマニーの 偶 然 性 デカルコマニーは 対 称 性 の 他 にもう 一 つの 特 性 がある それは イメージが 偶 然 の 中 から 現 れてくる というものである 図 2-1 うさぎ( 左 )と 魚 ( 右 ) 現 在 筆 者 が 試 みているのが デカルコマニーにより 見 ることを 意 識 して 視 点 を 操 作 す ることである いわば エッシャーやだまし 絵 による 視 覚 的 トリックのようなものである きっかけは 教 育 実 習 の 課 題 を 考 えている 際 試 したデカルコマニーである ぱっと 見 てう さぎが 見 えたが 向 きを 変 えたら 今 度 は 魚 に 見 えたのである ( 図 2-1) これを 授 業 に 取 り 入 れれば 絵 が 苦 手 な 生 徒 でも 楽 しめるのではないかと 思 った 事 実 筆 者 も 何 も 考 えずに 絵 具 をのせ 出 てきた 画 から うさぎが 勝 手 に 見 えてきて しかもそ のあと 魚 も 見 えてくるというのは 面 白 かった うまく 描 く 必 要 はないのである ふいに 見 えたものをなぞり 最 後 にタイトルをつけさせることで 絵 画 として 成 立 させてみた デカルコマニーは 考 えるよりもひらめきの 力 で 見 ることを 促 す まだ 何 もわからない 子 供 の 様 な 素 直 な 感 覚 は 大 人 になるにつれ 枯 渇 する デカルコマニーによる 偶 発 的 な 暗 示 的 なイメージから 何 かを 想 像 することは 柔 軟 性 のなくなった 感 覚 に 刺 激 を 与 える 19

デカルコマニーとは スイスの 精 神 病 理 学 者 ハーマン ロールシャッハ(1884-1922) が 1917 年 頃 に 精 神 病 診 断 の 補 助 手 段 として 用 い 始 めたもので インクのしみを 紙 の 上 に 滴 らせ 中 央 でその 紙 を 折 り 重 ね 左 右 相 称 の 不 定 形 なイメジをえる また これと は 別 に シュルレアリストのオスカー ドミンゲス(1906-58)は 1936 年 頃 に 同 じ 方 法 を 発 見 した 10 とある デカルコマニーの 方 法 は 主 に 二 通 りで 一 つはオスカー ドミンゲスのやり 方 である ガラスなど 絵 具 を 吸 収 しにくいものの 上 に 絵 具 をのせ そこに 一 枚 の 紙 を 合 わせて 転 写 す る 方 法 (1)と もう 一 つは 精 神 病 理 学 者 のハーマン ロールシャッハの 用 いた 方 法 で ある 一 枚 の 紙 に 絵 具 をのせ それを 真 ん 中 で 半 分 に 折 って 転 写 する 方 法 (2)がある 図 2-2 1 左 がガラス 右 は 画 用 紙 に 写 し 取 ったもの 2 画 用 紙 を 中 心 で 折 り 転 写 して 開 いたもの 筆 者 は ガラスの 上 で 転 写 する 方 法 より 手 軽 な 二 つに 折 って 転 写 する 方 でいくつか 試 してみた この 方 法 で 行 うと 絵 具 のかすれ 具 合 により 若 干 左 右 で 違 いはあるものの ほ ぼ 左 右 相 称 の 画 が 出 来 上 がる 次 に 挙 げるのは 多 義 性 のあるデカルコマニーの 例 である 紙 の 上 に 絵 具 をのせ 半 分 に 折 って 開 くと 模 様 ができている そこに 何 かを 見 出 し さらにそのデカルコマニーを 上 下 逆 さにすると また 更 に 違 うイメージを 見 出 すことができるのである 10 椎 名 節 編 集 みづゑ2 シュルレアリスムの 精 神 第 899 号 美 術 出 版 社 c 1980 年 p110 20

図 2-3-1 同 じデカルコマニーから 上 下 反 転 させて 見 えてくるイメージ 二 人 の 少 女 と 鳥 21

図 2-3-2 同 じデカルコマニーから 上 下 反 転 させて 見 えてくるイメージ 三 羽 のうさぎ 22

図 2-4-1 同 じデカルコマニーから 上 下 反 転 させて 見 えてくるイメージ 水 草 に 群 がる 金 魚 23

図 2-4-2 同 じデカルコマニーから 上 下 反 転 させて 見 えてくるイメージ 雛 鳥 と 餌 を 与 えに 巣 に 戻 る 親 鳥 24

デカルコマニーを 自 身 の 彫 刻 制 作 に 取 り 入 れることにしたのは デカルコマニーから 何 かが 見 えてくることが 面 白 く さらに 色 彩 により 様 々なモノが 重 なるように 見 える そ れを 立 体 にしてみたくなったからである 早 速 制 作 のアイディアスケッチとして ドロー イングにこのデカルコマニーの 技 法 を 用 いた 何 の 絵 を 描 くと 決 めて 描 くのではなく 無 意 識 に 紙 の 上 に 乗 せた 絵 具 のシミからできる 不 思 議 な 絵 を 見 て 形 を 探 すのである デカルコマニーで 偶 発 的 に 不 定 型 な 形 状 を 浮 かび 上 がらせ そこから 筆 者 独 自 のイメー ジを 創 出 し それを 立 体 にしていくのであるが やはり 平 面 から 立 体 にしようとするこ とで 必 ず ズレ が 生 じる 物 質 的 に 施 しうることに 限 界 が 生 じたり 石 の 質 や 状 態 に 合 わせて 最 初 に 想 像 していた 通 りにはならず 形 を 変 えていく 必 要 が 出 てくるからであ る そして デカルコマニーから 様 々なモノが 見 えてくるように 石 からも 何 か 見 えてく ることがある ともあれ 筆 者 の 彫 刻 は この ズレ による 違 和 感 をきっかけに 彫 り 進 めていく そ もそもデカルコマニーが 不 定 形 の 形 状 であるため 様 々な 解 釈 または 解 釈 の 連 鎖 が 起 こる それはカオスの 表 層 であり 変 容 的 モチーフと 言 って 良 い 変 容 的 であれば 想 像 力 は 固 定 されることなく 常 に ズレ が 生 じる そしてそのズレは 何 か に 気 付 かせ てくれる それは 形 が 良 くなるきっかけでもあり そこまでの 形 があまり 良 くないとい う 気 付 きであったりもする 佐 々 木 健 一 は 著 書 の 中 で 想 像 力 がずらしにある と 述 べている 記 憶 の 襞 に 染 みつ いているなじみの 像 を 別 の 文 脈 へと 移 し 替 えることである 11 と デカルコマニーによる 左 右 対 称 の 像 は 双 子 と 同 様 に 二 つの 事 物 が 完 全 には 同 じで はないものの かなり 似 通 っている 類 似 性 を 持 っている そのシンメトリーな 像 は シン メトリーであって シンメトリーでない もし デカルコマニーのシンメトリーが 完 全 で あるなら 確 かに 想 像 力 は 駆 り 立 てられないかもしれない ある 事 物 が 完 全 な 対 称 も しくは 完 全 に 同 一 であるものであったとして それを 認 識 しているとする その 場 合 そ の 両 者 をわざわざ 見 比 べないであろう 双 子 は 似 ているが 実 は 違 うから 見 比 べるのであ る 遺 伝 子 は 同 じなのにどこかが 違 う その 違 和 感 の 原 因 を 探 すのである 双 子 が 遺 伝 子 どころか 外 見 までも 全 く 同 じものだとしたら 人 々はどれだけ 興 味 を 示 すだろうか 興 味 の 矛 先 が 別 のところへ 向 かうかもしれないが 少 なくとも 両 者 が 似 ている 似 ていな い どこかが 違 うなどという 点 においては 興 味 を 示 さないような 気 がする それが 完 全 に 同 じものだと 認 識 していれば 似 ている 似 ていないもないのである 完 全 に 同 じでない ところが 魅 力 なのではないか 11 佐 々 木 健 一 日 本 的 感 性 : 触 覚 とずらしの 構 造 ( 中 公 新 書 2072) 中 央 公 論 新 社 2010 年 p225 25

2 意 図 的 な 絵 画 思 い 起 こせば 幼 少 期 から 絵 の 中 に 違 和 を 見 つけては 楽 しんでいたように 思 う 幼 稚 園 に 通 っている 頃 だっただろうか 本 棚 で 見 たエッシ ャー12 の 画 集 は ミケランジェロなど 筋 骨 隆 々 な 裸 の 男 よりゲーム 感 覚 で 面 白 く 間 違 いさが しのように 良 く 眺 めていた 上 ったはずなのに 下 がっている 上 昇 と 下 降 ( 図 2-5)や メビ ウスの 輪 などがある マウリッツ エッシャ ーの 絵 はどちらかというと 数 学 的 で 計 算 され た 線 で 描 かれている 図 のようであり その 整 っ た 線 の 雰 囲 気 も 好 きだった 何 故 階 段 が 上 がってもまた 上 がるように 見 図 2-5 マウリッツ エッシャー 上 昇 と 下 降 えるのか この 辺 にへんな 違 和 感 があるから 怪 しいとか どこかが ズレ ているようだ けれど おかしな 箇 所 が 見 つからないとか そのわずらわしさが 筆 者 を 惹 きつけた トリ ックを 解 明 しようとひたすら 指 でなぞっていた 視 覚 トリックを 利 用 した 絵 本 もある 一 つは ウォーリーをさがせ シリーズ 13 である 夢 中 になった 人 も 多 いであろう 風 景 に 溶 け 込 む 赤 と 白 のしましまの 服 を 着 たウォーリ ーをさがす 本 である 無 数 の 人 々の 中 にウォーリーを 見 つけるため 睨 みつけるように 見 ていた ( 図 2-6)もう 一 つは もりのかくれ んぼう 14 という 絵 本 である 森 の 中 にかくれ る 動 物 と 女 の 子 の かくれんぼのお 話 である 複 雑 な 絵 ではないが 見 事 に 動 物 が 風 景 に 溶 け 込 んでいた ( 図 2-7) もりのかくれんぼう は 読 者 が 本 の 中 の 主 人 公 と 一 緒 に 森 に 棲 む 森 の 精 と 動 物 たちを 探 していく 動 物 たちは 挿 絵 の 中 に 上 手 に 身 を 隠 している 案 外 簡 単 に 見 つけられず 見 つけ 図 2-6 ウォーリーのふしぎなたび 挿 絵 の 一 部 られると 達 成 感 があった その 後 久 しぶりに 衝 撃 を 受 けたのは 国 語 12 図 マウリッツ エッシャー(Maurits 2-3 ウォーリーのふしぎなたび Cornelis Escher:1898-1972)オランダの 画 家 ( 版 画 家 ) 13 マーティン ハンドフォード 作 写 真 は ウォーリーのふしぎなたび 唐 沢 則 幸 訳 株 式 会 社 フレーベル 館 1989 年 14 末 吉 暁 子 作 林 明 子 絵 もりのかくれんぼう 偕 成 社 1978 初 版 図 2-7 は 絵 本 の 一 部 この 中 には キツネとリスが 隠 れている 26

の 教 科 書 でだまし 絵 を 見 た 時 である 国 語 の 教 科 書 で 見 たものは 一 見 ただ の 絵 画 なのである エッシャーのよう に 分 かりやすく 異 空 間 を 描 いた 画 で も 見 つけてもらうための 動 物 やウォ ーリーを 隠 している 絵 本 でもなく た だ 若 い 女 の 人 が 向 こうを 向 いている 普 通 の 絵 画 にみえたのである 確 かに 言 われてみれば 向 こうを 向 いている 女 の 人 以 外 に 何 かが 居 そうな 気 配 が ある それがおばあさんだと 言 われて もなかなか 見 えてこなかった ところ 図 2-7 もりのかくれんぼう 挿 絵 の 一 部 が 次 の 瞬 間 そこにおばあさんが 見 えた 時 見 えた 驚 きと まさかの 魔 女 のような 顔 に 驚 いたのである それまで 見 えていた おそらく 美 しいであろう 若 い 女 の 人 が 一 瞬 にして 消 えてしまい どう 見 ても 白 雪 姫 に 出 てくる 毒 りんごを 勧 めてくるおばあさんにしか 見 えな くなるほどの 衝 撃 であった 一 つの 絵 が 見 方 によって 違 うものに 見 えるだまし 絵 違 うも のに 見 えた 時 の 驚 きと 違 うものが 同 時 に 描 かれているというその 仕 掛 けが 面 白 い 何 故 エッシャーの 絵 やだまし 絵 にハマっていたのかといえば やはりそこに 何 か が 隠 れているということだったのだと 思 う 見 えているもの 以 外 に 何 か 在 りそうだとい う 予 感 が 私 を 惹 きつけたのである 一 瞬 見 るだけでは 見 つけられない そのもどかしさが 執 着 心 を 煽 る ところが 絵 本 やだまし 絵 は どこに 隠 れているか 何 が 隠 れているか 見 つけてしま うと 当 然 のことながら ワクワク 感 がなくなってき てしまうのである ワクワク 感 を 持 続 させるのは 難 しい 興 味 を 持 続 させるには いつでもそこに 新 鮮 さが 必 要 である 図 2-8 教 科 書 で 見 ただまし 絵 同 じように 視 覚 操 作 がなされる 絵 本 やだまし 絵 そしてデカルコマニーであるが そこには 大 きな 違 いがある だまし 絵 は まずあるひとつの 像 が 見 え 視 点 を 変 えるとさらに 別 の 像 にも 見 えてくるとい う 視 覚 操 作 をあらかじめ 狙 った 可 視 イメージであ るのに 対 し デカルコマニーの 像 は 偶 然 目 の 前 に 提 示 される 可 視 イメージである しかもそこから 見 えてくるものは 自 己 の 内 の 部 分 である ロールシャ 27

ッハテスト 15 にも 用 いられるように 精 神 的 な 不 可 視 イメージと 提 示 された 可 視 イメージ が 無 意 識 に 呼 応 しているのである エッシャーや 絵 本 だまし 絵 は 意 図 的 に 何 か を 隠 蔽 しているが デカルコマニーに 於 いては 意 図 的 に 何 か を 隠 蔽 しているのではなく そこに 偶 然 何 か を 見 つけるの である 誰 が 見 てもそこにウォーリーが 居 るのではなく 図 2-1 を 例 に 挙 げれば それを 筆 者 以 外 の 誰 かが 見 れば うさぎでも 魚 でもない 別 の 何 かが 見 えてくる 可 能 性 がある つまり イメージはいくつも 誘 発 され 答 えは 一 つではない それゆえ 絵 本 よりもワクワ ク 感 が 持 続 し 新 鮮 さを 保 つことができる 15 スイスの 精 神 科 医 ロールシャッハ(Hermann R. 1884~1922)の 考 案 した 性 格 診 断 法 無 意 味 な 左 右 相 称 のインク のしみが 何 に 見 えるかを 答 えさせ それを 分 析 して 性 格 や 心 の 深 層 心 理 を 診 断 する 検 査 インクブロット テスト 岩 波 書 店 広 辞 苑 第 六 版 28

3 モノ 化 する 人 体 図 2-9 は お 揃 いの 服 を 着 せられた 二 人 が 写 っている 生 れ とは 本 人 にとって は それが 普 通 であるが 筆 者 の 場 合 自 分 でも 少 し 特 別 に 思 える 生 い 立 ち それは 双 子 16として 生 まれたことである 写 真 を 見 ると 高 校 生 の 頃 生 物 の 授 業 で ふたごはクローン 17 だ と 先 生 が 言 ってい たのを 思 い 出 す 思 いがけずその 言 葉 が 飛 び 込 んできたとき 自 分 がアンドロイドのよう な モノ にされた 感 じがし 不 快 であった 図 2-9 筆 者 ( 推 定 )3 歳 の 頃 近 所 の 水 田 にて しかし 双 子 を 客 観 的 に 見 たことがあると 双 子 をクローンと 言 ってしまう 気 持 ちもわか る 気 がした ふたごはクローンだ と 言 い 切 ってしまうのは 無 性 生 殖 有 性 生 殖 の 観 点 から 間 違 いであるのだが どちらかがコピーのような もしくは 両 者 とも 作 り 物 のように 似 ている という 点 に 於 いては 認 めざるを 得 ない この 写 真 に 写 る 二 人 もどちらか 一 方 もしくはお 互 いが 分 身 のようである 双 子 は 同 じように 育 てられているうちはそっくりでも 顔 には 内 面 や 経 験 それによ る 感 情 や 生 成 された 性 格 が 出 るため 親 の 元 を 離 れ 年 を 重 ねると 幼 い 頃 より 二 人 の 顔 は 違 ってくるらしい そのため 生 活 にズレの 生 じない 幼 い 時 期 くらいまでが ふたごはク ローンだ といってもかろうじて 許 される 範 囲 ではないだろうか 実 際 筆 者 の 物 心 つく 前 の 写 真 は どちらがどちらか 自 分 でも 判 別 がつかない 幼 稚 園 くらいでも 写 真 によっ てはどちらがどちらか 判 らないものがある しかし 小 学 生 くらいになると 大 分 顔 つきが 違 っていて どちらが 自 分 か 認 識 できるのである ところがクローン 人 間 も 無 性 生 殖 であろうと 生 み 出 せば 感 情 を 持 つようであるし と いうことはおそらく 全 く 同 じ 環 境 で 育 てなければ 双 子 のようにある 程 度 の 差 異 が 出 て くるはずである クローン 人 間 と 正 当 な 双 子 とでは 生 れが 無 性 生 殖 か 有 性 生 殖 かの 違 い だけとなる そんなことを 考 えているとますます 双 子 は 異 様 に 思 えてきてしまう 異 様 なのはクローン 人 間 の 方 であるはずなのだが 勿 論 普 段 目 の 前 で 話 をする 双 子 の その 顔 を 見 て 相 手 がコピーやクローンのようだ 16 双 生 児 : 同 じ 母 から 1 回 の 分 娩 で 二 人 生 まれた 子 一 卵 性 と 二 卵 性 とがあり 後 者 は 同 性 のことも 異 性 のこともあ るが 前 者 は 必 ず 同 性 岩 波 書 店 広 辞 苑 第 六 版 とはいえ 一 卵 性 でも 生 まれてしまえばそれぞれ 他 者 である 人 の 感 覚 としては 普 通 の 兄 弟 姉 妹 と 同 じである 17 クローン:( 元 ギリシア 語 で 小 枝 の 意 )1 個 の 細 胞 または 生 物 から 無 性 生 殖 的 に 増 殖 した 生 物 の 一 群 また 遺 伝 子 組 成 が 完 全 に 等 しい 遺 伝 子 細 胞 または 生 物 の 集 団 栄 養 系 分 枝 系 クロン 岩 波 書 店 広 辞 苑 第 六 版 29

とは 思 わない それはその 時 見 ているのは 相 手 の 顔 その 一 体 だけだからである その 一 体 は 街 を 歩 いている 多 くの 人 間 と 同 じ 人 間 であり やはり 目 の 前 に 類 似 した 二 体 が 並 んでいないと 双 子 が コピーのようだとは 思 えないのである 同 じ 服 ま で 着 せられていると 余 計 に 二 人 いるというよ り 二 体 あるといった 感 じをうける 自 分 でさえ 客 観 的 に 見 ると 双 子 がクローン 人 間 のような 人 形 のような モノ として 見 えてきてしまう この モノ に 見 える 感 覚 は 筆 者 にとって 見 過 ごし てはならない 大 事 なものへの 気 づきのサインであ る ロン ミュエック 18 の IN BED という 作 品 が ある その 作 品 を 初 めて 見 たのは 何 かの 本 に 載 っていた 写 真 である 肌 の 色 や 柔 らかさなど ま るで 本 物 の 人 間 のようで そのリアルさに 驚 いた 図 2-10 ロン ミュエック IN BED 2005-2006 年 ミクストメディア 162 650 395 cm 実 際 に 美 術 館 へ 見 に 行 くと その 巨 大 さに 驚 いた 実 際 見 ていても 肌 の 感 じなどはリアルなのだが やはり 本 物 の 人 間 と 間 違 えることはない 異 常 な 大 きさであった それは 巨 大 な 人 間 らしい 色 や 形 をした モノ なのである と ころがリアルに 作 られていることでやはり モノ とは 言 い 切 れないような その 錯 覚 に 負 けそうになったのである 近 づいてみると そのモノの 表 情 には 感 情 があり 一 瞬 自 分 が 異 様 に 小 さいのではないかとさえ 錯 覚 してしまう 図 2-10 を 見 ればそれがわかるはず である 隣 にちょこんと 座 る 女 性 が 小 さな 人 形 のようであり 面 白 い 制 作 のプロセスに は 意 識 も 無 意 識 も 含 まれると 語 るロン ミュエックにとって その 大 きさは わざとそ うしたのではなく 最 終 的 に 適 切 と 思 われたスケールなのである また これとは 逆 に TWO WOMEN という 作 品 では 老 婆 を 人 形 のように 小 さくして いる それでもやはり 肌 の 質 感 やの 質 感 まで 本 物 のように 造 形 されている インタビューの 中 でロン ミュエックは アニメーションや 操 り 人 形 に 特 別 な 魅 力 を 感 じますし 説 得 力 のあるリアリティーを 生 み 出 すフィルムや 小 説 つまり 生 とリアリティ ーの 幻 想 にも 魅 力 を 感 じる と 語 っている 19 それらはインスピレーションの 一 部 なのであ る その 巨 大 な 大 きさが 狙 った 大 きさではないにしても 操 り 人 形 に 魅 力 を 感 じるとい うあたりが 人 間 と 人 形 のスケールの 違 いに 何 かを 感 じていたのではないだろうか 筆 者 18 ロン ミュエック(Ron Mueck:1958-)メルボルン(オーストラリア) 生 まれ ロンドン 在 住 19 ロン ミュエック 船 越 桂 クレイグ レイン 村 田 大 輔 ロン ミュエック フォイル 2008 年 30

が 細 胞 のツブツブに 気 を 取 られていたように きっとそこに 心 地 よい 気 持 ち 悪 さのような ものがあったのではないだろうか その 魅 力 の 先 に 非 常 なスケールの 美 術 表 現 が 生 まれ たのではないだろうか 図 2-11 ロン ミュエック TWO WOMEN 2005 年 ミクストメディア 85 48 38 cm 31

われわれは 生 という 体 の 一 部 という 作 品 についてエルネスト ネト 20 は 細 胞 をモチ ーフにしている この 作 品 における 壁 の 膜 を スキン とし 螺 旋 状 のかぎ 編 みの 接 続 部 分 を 細 胞 本 体 の 通 路 は 魚 の 細 胞 と 表 現 している エスパス ルイ ヴィトン 東 京 にこの 作 品 を 見 に 行 ったとき 運 良 く 訪 問 者 は 筆 者 一 人 だったので ゆっくりこの 細 胞 の 中 を 歩 き しがみついて 立 ち 止 まり 話 し 声 もなく ス キン の 軋 む 音 だけを 聞 きながらぼんやりしてきたのである この 他 にも 以 前 どこかで いくつか 作 品 を 見 たことがある ストッキングのような 薄 い 布 地 (ライクラ)が 上 からい くつも 垂 れ 下 がり 粘 りのある 液 体 が 垂 れる 滴 ような 形 のその 先 端 には たしか 何 かの 香 辛 料 が 入 っていて そのほのかな 香 りに 触 れることができた 他 にも 薄 い 布 地 は 薄 い 乳 白 色 のピンクで 綺 麗 な 腸 のような 作 品 もあった 胎 内 の 記 憶 など 勿 論 ないが そこはま るで 胎 内 であった エルネスト ネトの 作 品 と ロン ミュエックの 作 品 は どちらも 人 間 をその 肥 大 化 さ れたスケールの 中 に 巻 き 込 むものである ロン ミュエックの 作 品 は 視 覚 的 にリアルで あってリアルではなく エルネスト ネトの 作 品 は 視 覚 的 なリアルさはないが 癒 しの 図 2-12 エルネスト ネト われわれは 生 という 体 の 一 部 2012 年 図 2-13 エルネスト ネト Monster body emotional ポリプロピレンおよびポリエステルのひも densities,for alive temple プラスチックボール 780 786 1486 cm time bady son 2007 年 (サンディエゴ 現 代 美 術 館 ダウンタウン 新 館 での 展 示 風 景 ) 20 エルネスト ネト(Ernesto Neto:1964-)リオデジャネイロ 在 住 32

空 間 であった 特 にエルネスト ネトの 作 品 には 筆 者 が 写 真 や 映 像 で 見 ていた 維 管 束 や 毛 細 血 管 に 感 じた 心 地 よさがあった シュルレアリスムにおける フィギュア の 効 果 を 人 形 的 = 図 的 なものを 発 生 させ 増 殖 させることで 人 間 = 表 象 的 なるものの 安 定 性 を 揺 るがし 人 形 的 = 図 的 なるものと して 複 数 化 するとしている シュルレアリスムとは シュルレアリストの 作 品 を 見 て 分 か るように 現 実 を 超 越 し もはや 現 実 ではありえないような 不 自 然 なものとなる しか しそれを 超 現 実 と 呼 ぶ 超 不 自 然 ではなく 現 実 はリアルで 自 然 なもののはずで ある 超 不 自 然 ではなく 超 現 実 と 言 ったあたり シュルレアリストたちにとってやはり それは 不 自 然 ではなく 現 実 以 上 に 現 実 であるということなのであろう ヤン シュヴァンクマイエル のドローイングに 人 や 動 物 を 断 片 化 し それを 組 み 合 わ せたドローイングや 左 右 が 対 称 的 なドローイングがある これらのドローイングについ て 著 書 の 中 で 空 想 的 な 代 替 世 界 の 百 科 事 典 である という 臆 病 で 不 安 に 駆 られる 子 供 時 代 が 影 響 して 現 実 よりも 良 い もう 一 つの 幻 想 的 な 世 界 を 考 え 出 していたのだとい う 現 実 逃 避 から 生 まれた 世 界 である これらはそのほとんどが 骨 や 筋 肉 がモチーフと なり その 組 み 合 わせで 構 成 されている シュヴァンク=マイヤー 百 科 事 典 シリーズの 中 の 動 物 学 のドローイングに 人 の 耳 が 組 み 込 まれており 地 図 学 のなかにも 目 や 腎 臓 が 登 場 している それらは 筆 者 が 昔 中 学 校 の 資 料 集 で 見 ていた カエルの 解 剖 図 を 想 起 させた まるで 解 剖 され 腹 部 を 開 かれた 死 骸 のようである 図 2-14 シュヴァンク=マイヤー 百 科 事 典 シリーズの 図 版 1972-73 年 手 彩 色 エッチング 33

予 備 校 の 裏 の 道 を 通 りがかると 人 だかりの 先 に 全 裸 でうつぶせの 人 らしきものが 目 に 入 った 右 腕 は 肩 から 先 がない ちょうど ミロのヴィーナスの 左 腕 の 様 である なぜかほとん ど 出 血 がない 死 んでから 何 時 間 か 経 ったあと ここに 投 げ 出 されたのか 左 腕 は 向 こう 側 で ここからはよく 見 えない 警 察 や 救 急 車 もまだ 居 らず それがその 後 どうなったの か 最 後 まで 見 られなかったので そもそも 死 体 だったのかも 今 となっては 確 信 がない もしかしたらよくできた 人 形 だったか 何 かのパフォーマンスだったのかもしれないとも 思 える うつぶせだから 顔 も 見 えなかったし すでに 死 んでいて 魂 が 抜 けていたというこ となのだろうか いずれにしても 生 々しいといえば 生 々しいが 人 である 感 じはなく どちらかというと モノ という 感 じであったように 思 う 人 が 死 んでいる というその 感 じがしなかったのだ 人 のようなものが 投 げ 出 されて 転 がっている という 感 じだった のである そのぼてっとした 感 じは 例 えるなら マルセル デュシャン 21 の (1) 落 ちる 水 (2) 照 明 用 ガラス が 与 えられたとせよ の 様 であった 図 2-15 マルセル デュシャン (1) 落 ちる 水 (2) 照 明 ガラス が 与 えられたとせよ 1946-66 年 筆 者 は 実 際 の 作 品 を 見 たことはないが (1) 落 ちる 水 (2) 照 明 ガラス が 与 えられたとせよ は まず 閉 ざされた 扉 があり その 扉 の 穴 から 中 を 覗 くと 草 の 上 に 肢 体 を 投 げ 出 された 21 マルセル デュシャン(Marcel Duchamp 1887-1968) 便 器 にサインを 書 いただけの 作 品 泉 (1917 年 )がレディ ーメイドを 用 いた 美 術 作 品 として 有 名 34

ような 格 好 で 人 の 裸 体 が 晒 されている 不 意 を 突 かれる 光 景 が 広 がっているのである お そらく 見 た 人 は 衝 撃 を 受 けたことであろう 死 体 のように 脱 力 しているが 手 にはランプを 持 っている その 人 体 は 顔 や 足 の 先 が 見 えない 非 日 常 的 な 物 は それだけで 異 様 な 存 在 感 を 放 つ 死 体 であったか なかったか いず れにせよ 人 体 が 部 分 的 に 失 われた または 断 片 的 な 姿 になると 異 質 なものに 見 え てくる 人 体 が 異 質 なモノに 見 える 瞬 間 その 違 和 感 や 謎 が 存 在 感 を 強 くする もしか すると そこに 違 和 感 があるからこそ 人 が モノ 化 する ということに 気 づいた のかもしれない それは それらが モノ となる 瞬 間 でもあり そこには 見 過 ごしては ならない 大 事 なものがあるような 気 がするのである その 大 事 なものとは 曖 昧 なものでは あるが 確 実 にそこに 何 かが 存 在 している ということではないだろうか 直 感 的 に 感 じ 取 る あいまいなもの 不 確 かな 存 在 は 非 現 実 的 で なんだかわから ないものだからこそ そこに 何 かを 期 待 する 余 地 がある 35

第 三 章 不 確 かな 存 在 ( 不 可 視 的 違 和 ) 1 アンゼルム キーファーと 内 因 性 すべての 物 には 二 つの 側 面 がある 例 えば 占 い 師 は 水 晶 の 表 面 を 凝 視 することで 内 なる 視 覚 と 詩 的 感 性 が 刺 激 され 見 えないモノが 見 えてくる 22 つまり 二 つの 側 面 とは 目 を 開 いて 見 える 側 面 と 閉 じた 目 で 見 る 側 面 である 見 ることの 出 来 る 実 体 と 幽 霊 のような 実 体 はなくとも ごくたまに 感 じる 存 在 精 神 的 実 体 が 存 在 するということを 言 っているのである 占 い 師 とか 幽 霊 とか 言 ってしまうと 少 々 胡 散 臭 くなるが ところがこれ は 制 作 においては 共 感 できることである 図 3-1 食 糧 ビルの 中 庭 1993 年 東 京 江 東 区 に 当 時 あった 食 糧 ビル 23 ( 佐 賀 町 エキジビット スペース)で ア ンゼルム キーファー24 の 展 示 を 見 た 東 京 に 来 た 嬉 さもあり 当 時 美 術 より 建 築 の 方 に 興 味 のあった 筆 者 にとって 食 糧 ビルの 佇 まいが 格 好 良 く ワクワクしていた 中 庭 に 立 つと 日 本 ではない 感 じ というと 大 げさかもしれないがそんな 気 がしたのである アンゼルム キーファーの 作 品 は 暗 く 枯 れている 感 じがした 暗 いといっても ロダ ンの 鋳 造 作 品 のような 彫 刻 と 比 べると その 暗 さは 違 うような 気 がする どこかカラッと しているのである 素 材 感 の 違 いもあるだろうが ロダンの 作 品 がずんっと 地 に 足 をつい て 沈 黙 しているのに 対 し キーファーの 作 品 は 乾 燥 しているような 雰 囲 気 がある どこか カサカサしていて ひそひそ 話 が 聞 こえてきそうな 沈 黙 である グレーのスチールベッド の 線 や そのベッドのくぼみにたまる 水 の 静 かな 緊 張 感 とその 存 在 感 が 異 様 であった 当 時 の 筆 者 は 漠 然 と 実 際 の 形 に 忠 実 に 作 り 上 げられた 油 絵 や 大 理 石 像 のようなものが 芸 術 であるという 崇 高 なイメージを 持 っていたため ボロボロになって 今 にも 朽 ちて しまいそうな アンゼルム キーファーの 作 品 を 目 の 当 たりにし 魅 力 的 に 映 った Women of the Revolution( 革 命 の 女 性 ) の 意 図 が 何 かなどと 当 時 の 筆 者 は 考 えもし なかったが そこには 何 かの 気 配 が 感 じられ 何 かの 痕 跡 のようだと 受 け 取 られたのであ る 簡 素 な 造 りのベッドは 映 画 か 何 かで 見 た 戦 場 のベッドの 様 にみえ ベッドのくぼみ 22 チャールズ シミック コーネルの 箱 柴 田 元 幸 訳 文 芸 春 秋 2003 年 p64 23 1986 年 ( 明 治 19 年 )に 正 米 市 場 として 開 場 その 後 東 京 米 穀 取 引 所 と 改 名 戦 時 中 は 廃 止 され 1972 年 ( 昭 和 2 年 )に 建 てられたのが 食 糧 ビルである 1980 年 代 はアートスペースなどが 開 かれていたがマンション 建 設 のため 2002 年 に 取 り 壊 された 24 アンゼルム キーファー(Anselm Kiefer:1945ー) 作 品 タイトルの Revolution( 革 命 ) はフランス 革 命 を 指 して いる 36

は 人 の 重 さが 感 じられた そこにたまる 水 は いつからか 何 年 も 人 が 横 たわることがなか った 時 間 の 経 過 を 思 わせる かつては 人 が 居 たような 気 配 がする しかしそれは 単 に 霊 的 な 存 在 というのではなく あくまで 見 えないもの であり なんだかわから ないもの なのである 何 とも 言 えないがそこに 居 そうな 何 かの 気 配 は 浮 遊 してい る 存 在 として 不 可 視 の 存 在 として 見 えてくるのである 図 3-2 アンゼルム キーファー Women of the Revolution 1992 年 アンゼルム キーファーの 別 の 作 品 を 見 てみると Women of the Revolution で 気 配 や 浮 遊 する 存 在 を 滲 むように 感 じた 原 因 が なんとなく 分 かってくる The High Priestess は ガラスと 銅 線 を 織 り 交 ぜた 巨 大 な 鉄 製 の 本 棚 と 鉛 でできた200ほど の 本 で 構 成 された 作 品 である 本 の 中 の 一 部 のページには 茶 褐 色 の 背 景 に 灰 色 の 飛 行 機 がぼんやり 描 かれている それは 焼 け 野 原 と 戦 闘 機 を 思 わせるが この 他 の 作 品 にも 飛 行 機 や 廃 墟 と 化 した 風 景 がはっきりとではなく なんとなく 描 かれているものがある ア ンゼルム キーファーのどの 作 品 もそれをはっきり 見 せつけるというより 鬱 々とした 雰 囲 気 を 仄 めかしているのである 鉛 製 の 本 は その 大 きさと 重 さで 実 際 手 にとっては 読 む ことはできない 大 きすぎて 見 ることのできない 本 にしておいて それでもその 中 の 何 ペ ージにもわたってイメージを 描 いている 多 木 浩 二 が 著 書 表 面 の 多 面 体 の 中 で アンゼルム キーファーの 七 つの 塔 の 作 品 天 の 王 宮 について この 危 うく 建 っている 七 つの 塔 は たしかにその 危 うさの 中 に 視 覚 的 な 秘 密 の 言 葉 をもっている 25 と 述 べるように The High Priestess の 本 の 中 に 描 かれているものを あえて 見 せないような 細 工 は アンゼルム キーファーの 作 品 に 共 通 25 多 木 浩 二 表 面 の 多 面 体 青 土 社 2009 年 p40 37

する 秘 密 のひとつなのかもしれない そしてあからさまに 見 せず 少 し 覗 かせ 仄 めかす ことは かえってその 雰 囲 気 を 際 立 たせる なぜならそのはっきりしない 存 在 を 感 じるこ とで 実 存 性 を 求 めてしまうのである 図 3-3 アンぜルム キーファー The High Priestess 1985-89 年 500 800 100 cm 38

第 一 章 で 取 り 上 げた 塩 田 千 春 は 使 い 古 された 靴 や 衣 服 は 人 々の 記 憶 を 思 い 出 させるも のであり 彼 らの 実 存 性 を 認 識 できるのです これらの 材 料 はすべて 人 間 の 行 為 の 現 れで す これらこそが 私 の 心 を 奪 って 話 さない 事 柄 なのです と 語 る 26 靴 や 衣 服 は 日 常 的 なも のであるが それを 再 構 成 して 見 せることで 非 日 常 的 にもなる さらに 実 存 性 を 認 識 できる というのは 制 作 の 過 程 で 自 己 の 内 部 を つまり 精 神 的 な 実 体 のないものを 見 つめているからこそ 出 てくる 言 葉 のような 気 がする 実 体 のない 不 安 感 が 制 作 の 大 部 分 を 占 めるがゆえに 一 方 で 実 存 性 を 求 めているのである 結 果 として 内 因 性 と 外 因 性 その 両 者 が 呼 応 し 作 品 が 生 み 出 される 図 3-4 アンぜルム キーファー The High Priestess 1985-89 年 の 一 部 革 命 の 女 性 は フランス 革 命 の 政 治 と 社 会 の 体 制 によって 犠 牲 となった 女 性 たちの 鎮 魂 と 聖 別 を 意 図 している アンゼルム キーファーは 鉛 という 素 材 に 対 し 鉛 は 柔 軟 な 金 属 で 素 材 として 好 都 合 だ 毒 性 はあるがⅩ 線 を 防 ぐのには 効 果 的 である 星 になぞれば 土 星 である つまり メランコリーを 意 味 し カバラに 登 場 する 錬 金 術 師 は 鉛 を 金 や 銀 に 変 換 することを 思 惟 する 大 変 に 神 秘 的 な 金 属 だと 思 う と 述 べている 27 アンゼルム キーファーは 自 国 のアイデンティティーとしての 文 化 を 取 り 戻 そうとする 意 思 のもと 社 会 的 犠 牲 者 への 非 哀 感 をメランコリックな 鉛 という 素 材 を 用 いた 美 術 作 品 を 通 して 表 現 し ているのである アンゼルム キーファーの 作 品 には 独 自 の 精 神 的 哲 学 があり 内 因 的 である 作 品 の 背 景 に 不 確 かな 存 在 を 仄 めかすような あえて 見 せつけない 細 工 により 非 哀 感 を 漂 わす 26 松 村 円 塩 田 千 春 私 たちの 行 方 カタログ 丸 亀 市 猪 熊 弦 一 郎 現 代 美 術 館 公 益 財 団 法 人 ミモカ 美 術 振 興 財 団 会 期 2012 年 3 月 18 日 ( 日 )~7 月 1 日 ( 日 ) 27 瀧 脇 千 恵 子 対 話 集 創 造 のつぶやき 2004 年 求 龍 堂 p176 177 参 照 39

2 断 片 の 気 配 ロンドンの 中 心 地 にあるジョン ソーンズ 博 物 館 28 は アンゼルム キーファーの 作 品 の ように 何 かの 気 配 を 感 じる 空 間 である 外 観 は 普 通 の 家 のようで 特 に 何 がありそう でもなく 無 料 だからと 入 ってみたのだが 中 に 入 るとすぐに 圧 倒 された 彫 刻 や 建 築 関 係 の 断 片 が 所 せましと 飾 られ 足 を 踏 み 入 れた 瞬 間 から キーファーの 時 に 感 じたものと 同 じようなソワソワしたものがあったのである 膨 大 な 数 の 建 築 の 柱 の 破 片 や 断 片 の 一 つ 一 つが 沈 黙 しながらもざわめいているような 雰 囲 気 があり そこには 魂 のようなものさ え 感 じられた まるで 建 築 装 飾 の 祭 壇 のような 空 間 である その 時 の 衝 撃 は 有 名 な 大 きな 美 術 館 を 訪 れた 時 よりも 大 きく 筆 者 にとってはこの 断 片 たちの 存 在 が その 時 の 旅 の 中 で 最 も 五 感 に 響 いた 展 示 物 にぶつからないよう 狭 い 通 路 を 進 み 言 葉 を 失 いながら 天 井 の 高 い 部 屋 でぼうっとあたりを 見 渡 すと 差 し 込 む 日 の 光 と 共 に 一 斉 にそれら 断 片 が 押 し 寄 せてくるような 心 地 よい 閉 所 感 に 満 ちる 朽 ちた 廃 墟 の 一 部 のような 建 築 装 飾 の 断 片 か らは その 装 飾 がもともとあった 建 造 物 の 残 影 が 醸 し 出 されるようで 実 体 のある 存 在 ( 断 片 )と 不 可 視 の 存 在 ( 気 配 )が 見 られた 気 がした 谷 川 渥 は 著 書 の 中 でこう 述 べている 廃 墟 への 関 心 断 片 への 嗜 好 は つまると ころ 死 との 戯 れを 含 意 しているのだろうか コ レクトする 行 為 自 体 が すでにナルシシズムと もオブセッションともいうべき 心 理 に 関 係 す るといえようが そこには 多 少 とも 死 への 傾 動 を 思 わせるものが 含 まれているにちがいない 29 これはジョン ソーンズ 博 物 館 またはジョ ン ソーンについて 述 べているものである そ れによると ソーンは アレゴリー という 寓 意 言 葉 を 使 っていた とも 記 述 されている この 建 物 は 死 の アレゴリーにほかならなかったのかもしれ 寓 意 ない と 谷 川 渥 は 推 測 している 前 述 のアンゼルム キーファーの 革 命 の 女 性 について その 革 命 が フランス 革 命 図 3-5 ジョン ソーンズ 博 物 館 の 内 部 ドームの 間 Richard Bryant/Arcaid 28 ロンドン 中 心 部 カムデン 区 ホルボーンにある 博 物 館 建 物 内 部 撮 影 禁 止 29 谷 川 渥 廃 墟 の 美 学 集 英 社 2003 年 p139 図 3-5 は p121 より 40

を 指 すことから アンゼルム キーファーの 作 品 には やはり 啓 蒙 主 義 や ドイツの 歴 史 的 背 景 が 暗 示 されていると 推 測 されるが 実 際 に 革 命 の 女 性 を 見 たところ そこには かつて 人 が 横 たわっていたような 気 配 を 醸 し 出 し The High Priestess は 戦 争 の 焼 け 野 原 のようなイメージを 隠 蔽 している どちらもその 後 ろに 死 を 仄 めかしているよ うに 感 じられた ジョン ソーンズ 博 物 館 で 筆 者 が 感 じた 装 飾 の 祭 壇 のような 空 間 も 死 の 寓 意 とすれば アンゼルム キーファーの 朽 ちたような 作 風 との 間 に 気 配 死 という 共 通 項 が 浮 かんでくる 死 の 寓 意 といえばクリスチャン ボルタンスキー30 もそうであろう 子 供 の 肖 像 写 真 を 用 いた モニュメント シリーズの 一 つ シャス 高 校 の 祭 壇 を 見 ると 教 会 の 祭 壇 のように 配 置 された 写 真 の 周 りに 光 をともし 誰 が 見 ても 死 者 への 儀 式 慰 霊 の 意 がうか がえる 各 々の 一 番 近 くにある 見 えないもの つまり 死 の 気 配 を 視 覚 化 し 死 は 誰 の 目 の 前 にもあることを 認 識 させられる 美 術 の 世 界 で 見 えない 何 かを 視 覚 化 しようとする ことは おそらく 珍 しくない 霊 のような 見 えない 存 在 を 実 際 には 見 たことが 無 くても そのようなものが 存 在 するようであるということは 誰 もが 認 識 している 認 識 してはい るが 普 段 生 活 する 中 で 死 についてはほとんど 考 えない いつの 間 にか 人 々は 死 に 対 して 距 離 を 置 いている 生 きている 以 上 死 はいつの 日 か 迎 えるものであり それは 怖 い ような 不 安 をかき 立 てられるものである 詰 まる 所 生 きている 時 には 経 験 しえないこ とで 一 生 わからない しかし その 不 確 か な 存 在 はすぐそこに 在 るのである この 作 品 は 死 んだ 子 供 たちへの 慰 霊 であると 同 時 に 生 きているものへのメッセージでもある 見 過 ごしている あるいは 見 ないようにしてい る 人 間 の 儚 さにふと 気 付 かされる 作 品 である 図 3-6 クリスチャン ボルタンスキー シャス 高 校 の 祭 壇 1987 年 風 の 又 三 郎 の 映 画 31の 中 で どっどど ど どうど どどうど どどう あぁまいりんご も 吹 き 飛 ばせ すっぱいりんごも 吹 き 飛 ばせ という 歌 とともに 風 が 通 り 過 ぎていくオープ ニングは 印 象 的 である この 風 がおそらく 風 の 又 三 郎 そのものを 表 しており これは 死 の 30 クリスチャン ボルタンスキー(Christian Boltanski:1944-) 31 宮 沢 賢 治 作 風 の 又 三 郎 を 伊 藤 俊 也 監 督 によって 1989 年 風 の 又 三 郎 ガラスのマント として 映 画 化 41

寓 意 というわけではないが まさに 見 えない 存 在 感 ( 気 配 )であった 当 時 映 画 館 の 大 スクリーンで 見 た 時 風 の 音 と 不 思 議 な 歌 に 巻 き 込 まれ 自 身 も 風 の 中 にいる 感 じがした のを 覚 えている 風 なのにヒューヒューとか ビュンビュンではなく どっどど どど うど という 表 現 に 強 い 印 象 が 残 った 見 えない 何 か が 迫 り 来 る 気 配 にドキドキした 作 品 であった 3 死 の 予 感 人 々の 最 も 身 近 にある 不 可 視 的 な 存 在 は 死 の 存 在 である 筆 者 は 死 の 存 在 は 目 に 現 れるような 気 がしている 死 という 未 知 の 存 在 は 美 術 作 品 以 外 でも 取 り 上 げられ 印 象 深 く 記 憶 に 残 る 山 田 詠 美 の 晩 年 の 子 供 という 小 説 の 中 に ひよこの 眼 という 話 がある ある 日 主 人 公 である 私 のクラスに 幹 生 が 転 校 して 来 る 担 任 の 教 師 が 自 分 を 紹 介 する 間 彼 は 愛 想 笑 いをするでもなく 妙 に 超 然 とした 雰 囲 気 で 立 っていた そん な 幹 生 を 見 た 時 せつない 感 情 が 霧 のように 胸 を 覆 ったので 私 は 驚 く どこか 懐 かしいような どこかで 見 たことあるような 目 をしている その 目 が 気 になって 授 業 中 も 思 わず 見 つめてしまう と 物 語 の 最 初 は 私 が 幹 生 に なんだかわからな い 不 思 議 な 感 情 を 抱 き そこから 恋 に 変 化 していくというストーリである しかし ある 日 死 なせてしまったひよこの 目 を 思 い 出 し 私 は はっ とするのである 幹 生 の 目 とひ よこの 目 が 同 じだったのだ その 目 は 両 方 とも 死 を 予 感 していたのである ひよこと 共 に 一 気 に 死 へ 向 かう 最 後 の 展 開 が 印 象 的 だった 筆 者 が 以 前 飼 っていたうさぎの 目 も おそらく ひよこや 幹 生 と 同 じだった 最 期 の 時 苦 しそうに 息 をしながら 見 開 いた 目 は 黒 く 潤 んでいた しかし 生 気 を 失 うにつれ 輝 き が 吸 い 込 まれていった それはオニキスのような 深 い 黒 色 となっていった 幹 生 の 目 も オニキスのようだったのだと 思 う オニキスのような 目 とはどんな 目 か 死 を 間 近 にした 目 を 見 たことのない 人 もいるかも しれない 筆 者 が 見 てきたオニキスのような 目 は 映 画 銀 河 鉄 道 の 夜 32 の 中 に 出 てくる ジョバンニの 目 にかなり 近 い 銀 河 鉄 道 の 夜 は ジョバンニの 友 人 カムパネルラの 死 に 向 かってストーリーが 集 約 される 小 説 を 読 んでみると 古 い 文 体 で 理 解 が 難 しくもあ ったが どこか 地 に 足 がつかないような 不 思 議 な 雰 囲 気 の 文 章 であっ 者 は 感 じている 映 画 化 にあたり 猫 の 擬 人 化 が 物 議 を 醸 しだしたようだが 筆 者 にはむしろ 人 間 ではな く その 擬 人 化 こそがこの 小 説 のゆらゆらとした 世 界 観 に 合 っていると 思 われた しかも 32 杉 井 ギザブロー 監 督 銀 河 鉄 道 の 夜 宮 沢 賢 治 作 1985 年 42

ジョバンニの 目 が 球 体 としての 輝 きはあるものの 目 の 奥 が 光 っていないような 目 をし ており 死 んでしまったうさぎの 目 に 似 ている 映 画 の 製 作 者 は 死 を 予 感 している 目 を 見 たことがあるのではないかと 思 える この 場 合 死 を 迎 える 本 人 (カムパネラ)の 目 では なく 友 人 の 死 を 迎 える 者 (ジョバンニ)の 目 ではあるが 左 右 の 目 の 焦 点 が 合 っていな いような 目 の 前 を 見 ていないような 不 思 議 な 視 線 が 印 象 的 である 図 3-7 映 画 銀 河 鉄 道 の 夜 の 一 部 死 の 予 感 は 第 六 感 ともいえるが 生 き 物 に 備 わる 言 いようのない 感 性 は 敏 感 で 高 度 な ものである 目 に 見 えないモノはこの 高 度 な 感 性 で 受 け 取 るしかない むしろ 目 で 見 るの とは 違 い 見 えないモノの 訴 えかける 力 のほうが 深 い 所 へ 届 くのである 存 在 感 が 感 じられる 作 品 を 作 ることは 難 しい 狙 ってできるものではないはずだからで ある 存 在 感 特 に 浮 遊 する 存 在 は 向 こうからこちらの 五 感 第 六 感 に 訴 えかけてく るものである 目 には 見 えないものであり つまり 個 人 の 内 的 体 験 の 深 さによっては 感 じ 方 も 様 々である 言 い 換 えれば その 事 柄 と 自 身 との 距 離 でもある 見 えるものと 自 身 の 感 性 や 概 念 との ズレ が 違 和 感 であり その 違 和 感 が 浮 遊 する 存 在 に 気 付 かせてくれる 筆 者 は それをつかみたくて 彫 刻 を 作 っている 生 きている 人 間 と 死 との 距 離 感 は 筆 者 と 筆 者 の 制 作 または 作 品 との 距 離 感 に 似 ている 近 すぎても 見 えにくく 遠 すぎても 見 えない そ の 正 体 は 追 いかけていれば 感 じることはできても はっきりとはわからないものなのかも しれない 43

第 四 章 彫 刻 - 私 の 作 品 を 辿 る 1 不 可 視 の 存 在 の 彫 刻 化 (1) 庭 - 喪 失 (2007 年 ) 石 膏 スタッフ 380 470 H500 mm この 作 品 は 庭 というテーマを 与 えられて 制 作 したものである 私 が 庭 と 聞 いて 思 い 浮 かべたものは 記 憶 であった 子 供 の 頃 は 庭 でよく 遊 んでいた うさぎや 猫 を 飼 って いたので 動 物 と 戯 れたり 怒 られて 夜 の 真 っ 暗 な 庭 に 出 されたことを 覚 えている しか し 漠 然 と あの 頃 は 良 かったなという 印 象 が 残 っている 時 間 が 沢 山 あり 気 持 ちも 豊 かであったようなあの 頃 を 思 い 出 すと 今 の 自 分 がなんだ か 空 っぽな 気 分 になったのである 薄 れていく 記 憶 と 共 に 子 供 の 頃 の 大 事 な 何 かを 失 っ たようでいて 大 人 にもなりきれていない 中 途 半 端 な 部 分 である アンゼルム キーファ ーの 革 命 の 女 性 のような 何 かが 朽 ちたような 雰 囲 気 を 醸 し 出 したかったのである 石 膏 の 強 化 材 として 使 われるスタッフという 繊 維 を 表 面 にあらわにし 脆 そうな 雰 囲 気 を 表 現 した それは 自 身 の 抜 け 殻 のような 存 在 となった 44

子 供 の 頃 の 話 である ある 時 雨 でも 降 っていたのか 外 で 遊 べない 事 情 があったのだろうか 家 の 中 をスケート リンクにすべく 足 に 新 聞 紙 をまいて 即 席 スケート 靴 を 作 った 見 た 目 はせつないが 滑 りが 良 く 一 番 広 い 和 室 で 滑 って 遊 んでいた 畳 の 上 は 靴 下 では 滑 りが 悪 く 新 聞 紙 が 最 適 だった この 新 聞 の 靴 芸 術 品 とはとてもおこがま しくて 言 えないが アートという 言 葉 が 散 乱 している 今 アートと 言 ってしまえばそう 言 えなくもないものである 人 生 最 初 のアート 作 品 である 勿 論 当 時 芸 術 やアートな んかに 興 味 のなかった 筆 者 が 自 分 でそんなことは 思 いも しなかった ここでこれを 作 品 と 言 ってしまうには 裏 話 が 存 在 する 図 4-1 幼 少 期 に 新 聞 紙 で 作 った 和 室 専 用 のスケート 靴 ( 再 現 ) 遊 び 疲 れて 脱 ぎ 捨 てたそのスケート 靴 を 父 が 知 らないうちに 回 収 し 保 管 していたので ある 父 は 美 術 におぼれている そんな 父 に これ なんでとっといてんの? と 尋 ねる と これは 芸 術 だ と 確 かそんなことを 言 われた 当 時 の 私 には はぁ!? という 出 来 事 ではあったが 割 と 長 いことその 私 の 足 の 抜 け 殻 は 父 のコレクション 棚 に 鎮 座 さ せられていた しかし 確 かに 妙 な 存 在 感 を 放 ちながらそこに 在 った 光 景 をかすかに 覚 え ている 当 時 の 筆 者 にはその 存 在 感 を 理 解 しようという 気 すらなかったのだが 少 し 経 て 父 の 収 集 物 の 一 つである 美 術 雑 誌 の 山 の 中 を 時 々 漁 って 見 るようになった すると なんとそこにはごみを 集 めたような 作 品 があり なるほど こんなものでも 雑 誌 に 載 っているなら あれは 作 品 と 言 って 良 いんだ と 思 ってしまったのである 今 それを 美 術 品 としてコンセプトのようなものを 付 け 加 えるならば 新 聞 とはその 時 その 時 代 の 出 来 事 を 文 字 化 し 視 覚 化 大 衆 化 しているものである そんな 素 材 を 靴 にして 履 き つぶす まさに 時 代 を 踏 みにじっているかのような 反 抗 心 が 感 じられる どこにでもあり そうな 単 純 なコンセプトであるが それでも 一 応 完 全 にコンセプチュアル アートであ る 当 時 の 本 人 にその 気 が 全 く 無 くとも 見 た 人 がそれに 意 味 を 見 出 せば それはそうい うものなのである アートとは 案 外 そんなものだとも 思 える しかし 図 4-1 のように 今 になって 再 現 してみると やはりあの 時 の 新 聞 の 靴 とは 何 か 違 うのである 美 術 作 品 としての 狙 いがなく 制 作 されたあの 時 の 新 聞 の 靴 より 今 にな って 再 現 した 靴 は つまらないものなのである 和 室 で 滑 ってぐちゃぐちゃに 履 きつぶさ れていないからかもしれない 足 のサイズが 子 供 のサイズであるべきなのかもしれない おそらく その 時 のその 感 じはやはりその 時 にしか 出 せず 純 粋 に 遊 ぶだけのために 作 ら れ 遊 びつくしたあの 靴 でなくてはならないものがあったのかもしれない さらに 当 時 の 父 は 筆 者 の 履 きつぶしたその 新 聞 の 靴 の 片 方 だけを 収 集 した それは 45

偶 然 だったかもしれないが 左 右 あったはずの 靴 の 片 方 だけを 残 し 一 足 だけ 飾 っていた のである うっすら 残 る 記 憶 を 辿 れば 一 足 だけ 残 されていたという 事 がまた 変 な 存 在 感 の 原 因 であったかもしれない 再 現 で 作 った 綺 麗 に 並 ぶ 二 足 には 記 憶 に 残 るあの 時 の 新 聞 の 靴 のような 存 在 感 はない 左 右 揃 っている 完 全 体 に 対 し 一 足 では 不 安 定 なのかもし れない その 不 安 定 さが 滲 み 出 る 存 在 感 につながるのかもしれない 到 底 キーファーのクオリティには 及 ばないが 幼 いころ 遊 ぶ 道 具 としてだけに 制 作 し 脱 ぎ 捨 てられたあの 新 聞 の 靴 は 当 時 の 筆 者 の 足 の 抜 け 殻 であり 足 型 の 痕 跡 として の 作 品 であるとも 言 える グレーの 色 合 い しわの 感 じ 何 かを 経 てその 姿 に 辿 りつき そこに 存 在 するボロボロの 沈 黙 ある 事 象 を 隠 蔽 し 暗 さを 滲 ませたようなアンゼルム キーファーの 作 品 のような 雰 囲 気 を 醸 し 出 していた 気 がするのである (2) ナマヌルイミズノナカ (2007 年 ) 大 理 石 1000 700 H450mm 静 岡 県 立 美 術 館 に ロダン 館 が 併 設 されている 筆 者 は 有 名 な 考 える 人 のような 鋳 造 の 作 品 にはあまり 魅 かれなかった ロダンといえば 考 える 人 や カレーの 市 民 地 獄 の 門 のように 暗 い 重 いという 印 象 があり 何 が 良 いのか 解 らなくて 興 味 が 持 てなかったのである しかしロダン 館 で 白 くて 滑 らかな 大 理 石 の 作 品 を 見 て ロダンの 印 象 が 変 わった 作 品 のテーマによって 素 材 を 変 え その 特 徴 を 生 かしているともいえる 46

のだろうが 鋳 造 作 品 はテーマのほとんどが 苦 しみ でその 重 みは 鋳 造 の 表 面 の 黒 さや 冷 たさ あるいは 熱 さが 生 かされている 一 方 大 理 石 の 作 品 はもっと 開 放 的 であるように 見 えた 形 の 柔 らかさがきれいで ゆったりしているように 感 じたのである 肌 のやわら かさ なまめかしさが 表 現 されており 美 しさ や 色 気 を 大 理 石 の 透 き 通 る 輝 きや 白 さから 感 じられる 大 理 石 を 削 ることは まるで 骨 を 扱 っているかのよ うな 雰 囲 気 が 味 わえる 骨 っぽいというのは 大 理 石 を 彫 り 始 めてすぐ 感 じたことではあるが 骨 を 彫 ったこ とはないので なんとなく 骨 っぽいな と 思 って いるだけである ぽそぽそした 質 感 に 白 い 色 焼 かれて 出 てきた 祖 父 や 祖 母 の 骨 の 感 じと どことなく 似 ている 人 体 に 限 らず 魚 の 骨 もそうである また サンゴの 死 骸 は 骨 ではないが 白 く 乾 いた 表 面 は 骨 に 似 ている 大 理 図 4-2 海 で 拾 った 骨 ( 上 )と 珊 瑚 のかけら( 下 ) 石 にいちばん 近 いのは サンゴの 死 骸 であるかもしれない 大 理 石 は 死 骸 の 結 晶 なのであ る 大 理 石 というのは 硬 いながらも 柔 らかさがあり 33 冷 たいようで 生 ぬるくもあり 湿 気 もある そしてもちろん 結 晶 としての 輝 きを 持 っている これは 長 い 年 月 をかけて 砂 や 生 物 の 死 骸 を 取 り 込 んで 蓄 積 されているものであり それゆえ 何 かあるのではないか という 期 待 感 を 筆 者 には 抱 かせる また 大 理 石 は 物 質 的 限 界 があり 厄 介 である 石 によっては 欠 けやすいものがあり ひびが 入 っているものがある いずれにせよ この 様 々 な 物 質 の 集 合 密 集 体 は 脆 くも 固 くもあり 掴 みどころのない 深 みを 醸 し 出 している 気 が する 素 材 としてはどこか 脆 い 雰 囲 気 を 持 った 質 感 が 筆 者 は 好 きなのである 石 を 素 材 として 制 作 し 始 めた 頃 参 考 にしていたのは ルイーズ ブルジョアとロダン である ナマヌルイミズノナカ は どういう 形 を 作 るかということよりも ブルジョア やロダンの 大 理 石 の 作 品 のような なまめかしさや じわっと 滲 むような 雰 囲 気 を 作 りたかった それこそ 見 えない 何 か( 不 可 視 の 浮 遊 する 存 在 )を 掘 り 起 こそうと 必 死 に なった 作 品 である 33 大 理 石 は 墓 石 などに 使 用 する 御 影 石 より 柔 らかい 47

(3) 風 の 音 (2008 年 ) 大 理 石 1000 900 H1100mm 風 の 音 は 何 もない 広 い 砂 漠 で 一 人 神 に 向 かってなのか 太 陽 に 向 かってなのか 頭 を 地 面 につけて 祈 る 人 の 写 真 を 目 にしたとき その 着 ている 布 の 襞 の 流 れるようなシル エットがきれいだと 思 った そこで この 神 聖 な 雰 囲 気 を 出 してみようと 試 みた 作 品 であ る 実 体 としては 見 えない 神 聖 さを 表 現 したいという 事 は 見 えないモノを 信 じて 制 作 することになり どんな 形 を 目 指 すでもなく 分 からないまま 彫 っていった そのため 素 材 の 持 つ 元 々の 存 在 感 を 頼 りに 彫 りすぎてそれが 失 われないように 気 を 付 けて 制 作 していた 恐 る 恐 る 手 さぐりではあったが 石 の 持 つ 存 在 感 を 丁 寧 に 扱 えた 作 品 ではない だろうか 制 作 中 は 気 付 くと 無 になり 自 己 を 内 側 に 押 し 込 んでいたような 気 がする 特 に 磨 きの 作 業 は サンドペーパーでこするだけの 作 業 であり 磨 かれていくうちに 形 に 張 りが 出 て その 時 押 し 込 んでいた 思 いや 感 情 が 自 然 と 石 の 中 に 詰 め 込 まれた( 溜 まったよ うな) 作 品 となった 技 術 的 にも 彫 刻 に 対 する 考 えも 未 熟 であったために 雑 念 がなく むしろ 妙 な 存 在 感 が 現 れたように 思 う 良 くも 悪 くも 目 に 見 える 形 の 面 白 さより 自 己 の 内 に 向 かって 彫 った だけの 作 品 である 48

(4) 浮 雲 (2010 年 ) 大 理 石 600 500 H850mm この 作 品 は 子 供 のぷくぷくと 丸 い 足 の 写 真 を 見 て そのやわらかさと 純 粋 さに 魅 かれ て 制 作 し 始 めた しかし 誰 かのとった 写 真 をそのまま 形 にしたのでは 自 分 の 作 品 とは 言 い 辛 い 足 を 二 つ 作 ったところで 案 の 定 この 後 何 を 彫 ればよいのだろうかと 悩 んでしま った そこで 丸 みを 帯 びた 子 供 の 足 をたくさん 彫 ってみた 作 品 である とにかく 自 身 の オリジナリティーが 何 なのか 悩 んでいた 時 期 である 自 分 らしい 作 品 がどんなものなの か どうしたらそのようなものが 作 れるのか すべてが 分 からなかった 何 か 表 現 に 物 足 りなさも 感 じていた 混 沌 として ただ 繰 り 返 す その 足 は 地 に 足 がついていないようで 不 安 定 である しかし 連 続 したぷくぷくとした 無 垢 な 足 は 雲 のように 見 え 浮 雲 と 名 付 けた しかし 解 剖 図 のような 断 片 的 なジョン ソーンズ 博 物 館 で 見 たような 建 築 装 飾 の 断 片 の 集 合 その 嗜 好 から 自 然 とこのような 複 数 の 増 殖 していくような 形 になったのかもしれ ない 49

2 視 覚 操 作 の 彫 刻 化 (1) 深 呼 吸 (2011 年 ) 大 理 石 2200 700 H850mm 深 呼 吸 :デカルコマニーによるドローイング 50

深 呼 吸 :ドローイングによる 構 想 デカルコマニーは 先 に 説 明 したとおり ロールシャッハテストに 用 いられるため その 時 見 えてきたものはその 時 の 自 身 の 内 面 が 反 映 されることは 確 かである 自 ら 思 い 描 いた 絵 ではなく 適 当 に 絵 の 具 を 載 せて 重 ねただけで 偶 然 出 来 上 がる 画 なの で なんだかわからないもの なんでもないもののはずであるが そこにはっきりとした 形 が 浮 かぶ 鳥 にも 見 えるが 視 点 を 変 えると 金 魚 に 見 えたり うさぎに 見 えたり 尾 骶 骨 にも 見 えたりするのだ なんでもないドローイングから 視 点 を 変 えていくつかのもの が 見 えたとき 発 見 したことによる 驚 きが 刺 激 となる そしてその 刺 激 は ワクワク ソ ワソワを 引 き 起 こし 立 体 にしてみたいという 制 作 意 欲 にもつながった デカルコマニーで 初 めて 制 作 した 作 品 が 深 呼 吸 である デカルコマニーを 利 用 した ドローイングを 見 ていると ふいにオウムが 見 えた ぼんやり 見 ていると 木 にとまる 二 匹 のオウムがはっきり 見 えてきた オウムは 当 時 有 名 ブランドの 広 告 で 見 かけて 気 にな っていた 存 在 であった さらにオウムがとまる 木 の 形 は 肺 のようにも 見 えた 幾 度 かデカルコマニーでドローイングしてみたが 見 えてくるものは 動 物 や 人 間 が 多 い また 筆 者 の 場 合 臓 器 や 骨 の 様 子 が 好 きなこともあり それらに 見 えることも 多 い 混 ざり 合 うインクのうねりは 毛 細 血 管 のように 入 り 組 む やはり 普 段 好 んで 見 ているもの が ドローイングからも 想 起 されやすい デカルコマニーにより 現 れる 対 称 性 複 数 性 何 かが 見 えそうなワクワク 感 様 々なモ ノに 見 えてくるという 増 殖 性 自 身 の 中 に 在 る 嗜 好 に 合 い シュルレアリスムのような 不 自 然 さ もしくは 超 現 実 的 かつ 視 覚 的 刺 激 による 面 白 さが それまでの 物 足 りなさを 解 消 したような 気 がした これまで 制 作 していた 時 と 違 い 制 作 中 の 息 苦 しさがなくなった 制 作 中 に 何 を 作 ったら 良 いのか 分 からないということがなく ドローイングで 何 か 画 を 見 51

つけると その 勢 いで 立 体 に 彫 りおこすことができた 深 呼 吸 を 制 作 中 は 何 の 迷 いもな かった この 作 品 は 後 から 徐 々に 疑 問 が 湧 いてきた ただサイズが 大 きいから ある 程 度 の 存 在 感 はあるが じわっと 来 る 存 在 感 が 無 いように 思 えたのである 制 作 中 に 悩 まな かっただけあり 妙 に 引 っかかる 違 和 を 感 じることはなかった そのおかげで 気 分 は 楽 だったし そこにはいつもの 苦 しみはなかった 形 もこれまでの 作 品 のように 重 心 が 内 にこもるものとは 違 い 開 放 的 で 外 へ 発 散 しているような 形 となった 軽 やかな 雰 囲 気 のものも それはそれで 良 いかもしれないと 思 う 反 面 今 になって 重 々 しさが 気 になりだした ロダンの 重 々しい 彫 刻 に 興 味 が 持 てなかったが 彫 刻 には 重 さ が 必 要 なのではないだろうか 勿 論 それは 単 なる 重 量 のことではなく 重 み のある 雰 囲 気 という 意 味 である (2) GIRLS (2011 年 ) 大 理 石 250 150 H250mm 52

GIRLS:デカルコマニーによるドローイング GIRLS:ドローイングによる 構 想 53

ALICE (2012 年 ) 54 大 理 石 400 140 H320mm

ALICE:デカルコマニーによるドローイング SWAN (2012 年 ) 大 理 石 300 200 H200mm 55

SWAN:デカルコマニーによるドローイング 深 呼 吸 以 来 デカルコマニーによるドローイング( 平 面 )から 立 体 にすることを 試 みている GIRLS ALICE SWAN もデカルコマニーから 立 体 にしたものである これらの 作 品 は デカルコマニーによるドローイングからの 作 品 という 事 もあり 視 覚 的 効 果 ( 可 視 イメージ)が 強 い ドローイングから 見 えてくる 何 の 脈 絡 もない 様 々な 像 の 発 見 に 面 白 さを 見 出 し 制 作 してきた しかし 一 方 で 深 呼 吸 で 感 じたとおり この 三 点 については 作 品 自 体 のサイズが 小 さいせいもあるが 石 の 持 つ 存 在 感 量 感 という 点 では 弱 い という 感 覚 が 大 きくなっていた このあたりからこのデカルコマニーを 利 用 した 視 覚 的 刺 激 による 制 作 に 疑 念 を 抱 き 始 めていた 見 えるものに 気 を 取 られて 深 みあるい 56

は 重 みが 全 くないように 思 えてきたのである それはデカルコマニーから 見 えてくるもの が 型 にはまってきて 新 鮮 さを 失 ってきたことが 大 きな 原 因 であるかもしれない レオナルド ダ ヴィンチがボッティチェリを 批 判 したという 話 がある ボッティチェ リが 海 綿 に 絵 具 を 染 み 込 ませて 壁 に 投 げつければ そこにできた 染 みのなかに 立 派 な 風 景 が 見 いだせると 語 ったのに 対 し レオナルド ダ ヴィンチは そういうことがあるのは 確 かであるが それは 構 造 を 持 った 造 形 とは 呼 べないものだと それを 認 めてしまっては 修 練 というものが 意 味 を 失 くしてしまうからである 34 デカルコマニーで 視 覚 錯 覚 遊 びをしているうちに 見 えない 存 在 ( 不 可 視 イメージ) に 辿 りつけなくなっているように 感 じた 見 えない 存 在 はやはり レオナルド ダ ヴィ ンチのように 修 練 の 先 にあるのではないだろうか デカルコマニーを 取 り 入 れつつ 石 の 量 感 をすり 減 らすことなく 見 えない 存 在 気 配 をも 感 じられる 作 品 をつくりたい 深 呼 吸 は 勢 いで 制 作 したので デカルコマニ ーをもとに もう 一 度 大 きな 作 品 をしっかり 作 ってみたいと 考 えた そこで 次 の 作 品 LILY に 取 り 掛 かる 34 椹 木 野 衣 反 アート 入 門 幻 冬 舎 2010 年 第 一 刷 p266 57

3 浮 遊 するイメージの 再 構 成 芸 術 は 見 えるモノを 再 現 するのではない ( 見 えないものを) 見 えるようにするのである 35 - パウル クレー (1) LILY (2013 年 ) LILY: 構 想 初 期 のドローイング 35 港 千 尋 考 える 皮 膚 触 覚 文 化 論 青 土 社 2010 年 p205 58

LILY: 構 想 の 最 終 段 階 のドローイング 筆 者 の 作 りたいものは 見 える 存 在 でなく 見 えない 存 在 である しかも 作 るというより それを 醸 し 出 したいのだ そこで 制 作 したのが LILY である GIRLS ALICE SWAN と 違 い サイズの 大 きな 作 品 という 事 もあり じっく り 向 き 合 い 深 みを 出 したいと 思 い 制 作 を 始 めた ところが 物 質 的 理 由 などからドロー イングを 変 更 したせいか 最 初 のドローイングのイメージを 引 きずってしまい 最 終 的 に 決 定 したドローイングから 見 えてきたモノを そのまま 素 直 に 彫 ることができず 少 し 彫 っては 何 かに 迷 い また 少 し 彫 ってみても 何 かに 迷 い 半 年 ほど 全 く 彫 り 進 めることがで きなかった デカルコマニーのドローイングだけではなく 目 の 前 の 石 と 向 き 合 ってみても 形 が 決 まるまでかなり 時 間 がかかってしまったのである 59

無 駄 に 見 える 存 在 見 えない 存 在 などと 考 えすぎて ドローイングのイメージにも 石 そのものの 存 在 感 にも 負 けてしまっていたのかもしれない デカルコマニーによる 制 作 は 絵 本 やだまし 絵 と 同 じで 視 覚 遊 びにすぎなかったのかもしれない あれこれ 考 えて はみたものの 為 すすべもなく もう 一 度 新 しいドローイングをしてみたり 基 にしたデ カルコマニーを 見 直 し 別 の 形 を 探 したりした その 度 石 の 形 を 動 かし かといってこ れといった 形 が 見 えてくるわけでもなく 悩 みぬいた 揚 句 に デカルコマニーを 手 放 して みた 形 が 広 がらず もやっとしている 目 の 前 の 彫 りかけの 石 を 眺 め 何 か 足 りない 部 分 に 何 か 見 えてこないかと 石 の 方 から 見 えてくる 形 に 最 後 の 望 みを 託 した 平 面 上 のデカ ルコマニーではなく 立 体 の 上 でデカルコマニーのような 効 果 を 期 待 してみたのである 60 LILY: 制 作 過 程 制 程

ドローイングで 平 面 の 模 様 や 線 を 見 るのとは 違 い 制 作 中 は 大 理 石 の 陰 影 をみて 形 が 浮 かび 上 がるのを 待 つ デカルコマニーを 制 作 の 構 想 に 取 り 入 れてから 左 右 対 称 や 見 えてきたモノの 無 関 係 な 形 の 重 なりが シュルレアリスムの 様 であり 作 品 の 中 に 要 素 が 増 えた しかし 自 身 の 作 品 を 振 り 返 ると 初 期 の 方 が 不 可 視 のイメージを 見 つめていたように 思 う インパク トのある 形 を 作 り そこに 安 心 しようとしていたのかもしれない 派 手 さを 狙 って 面 白 く 作 ろうとか 格 好 良 く 作 ろうとか 見 た 目 に 気 を 取 られてしまっていた おそらくその 面 白 さも 悪 くはないのである それでも 一 見 面 白 い 形 を 作 っても 筆 者 にとって 見 飽 き てしまう 形 には 確 実 に 何 か 足 りないようにも 感 じられてしまう デカルコマニーから 見 えてくる 像 がマンネリ 化 してしまったために 立 体 にする 形 も 似 てきてしまった LILY はそれを 避 けようと デカルコマニーからくるイメージを 素 直 に 作 れず 常 にイメージが 揺 らぎ 形 が 定 まらなかった 制 作 から 逃 げ 出 したくなるほど ほとんどの 時 間 形 が 不 安 定 であった 焦 りからは 何 も 生 まれないことを 思 い 出 し 少 し の 間 制 作 を 止 めた 久 しぶりに 途 中 で 投 げ 出 した 石 を 見 ると こんな 感 じだっただろうか というように 少 し 新 鮮 に 映 ったりするのである 初 めにデカルコマニーから 思 い 描 いた 形 とは 違 っていくけれど デカルコマニーから 得 た 形 の 上 に 石 から 醸 し 出 される 形 を 重 ねてみることにした 石 そのものから 陰 影 を 辿 り 形 を 探 すことで 少 しずつ 形 が 見 えて くるはずであると 信 じて 彫 り 進 めるほかないのである 何 か 物 足 りない ではなく 何 かある と 感 じさせる 作 品 を 作 りたい しかし 今 は 何 か 足 りない でもよいのかもしれない その 足 りない 何 か が 分 からないために 試 行 錯 誤 し 私 の 彫 刻 はそれを 追 い 求 めていくことで 変 化 していく 制 作 における 起 爆 剤 の 一 つは デカルコマニーを 用 いる 以 前 から 何 かを 見 て 何 か 気 になったものを 作 る という 視 覚 的 刺 激 であるが 視 覚 的 刺 激 には 見 ているものから 直 接 見 えるもの と 見 ているものの 周 りからじんわり 見 えてくるようなもの が 存 在 する 私 の 制 作 において 無 くてはならないものは 特 に 後 者 の 存 在 であり それが 訪 れた 時 の ワクワク ソワソワ 感 である 少 し 石 から 目 をそらすように 考 えすぎないようにしてみると 迫 る 時 間 のせいもあり 何 とか 形 になっていた 最 終 的 に この LILY に 見 えない 存 在 感 が 浮 遊 しているような 雰 囲 気 が 出 せたのか まだわからないが やはり 目 に 見 えない 存 在 感 は 狙 って 出 せるものではないという 事 な のかもしれない 61

LILY (2013 年 ) 大 理 石 1800 1200 H900mm 62

LILY は 作 品 の 背 面 側 にフクロウを 彫 っている これは 制 作 時 間 の 中 で 終 わりに 差 し 掛 かる 時 期 に 思 いつきで 彫 ったものであり デカルコマニーのドローイングの 中 には 無 かったものである あくまでも その 時 の 唐 突 な 思 いつきであり 意 図 はなかったのだが 彫 ったそのフクロウの 存 在 を 見 た 時 正 面 側 にいる 少 女 の 分 身 の 様 だと 思 えた 意 味 のな いものを 詰 め 込 むことは それまでのリズムを 崩 し 新 たな 発 見 を 生 み 出 すようである 気 ままに 彫 ったこのフクロウによって この 作 品 を 制 作 中 はじめて 何 かが 腑 に 落 ちた 感 じがした デカルコマニーは 偶 然 性 が 強 く そこから 見 えてくるものにはその 人 の 持 つ 感 覚 や 深 層 心 理 が 混 じる そもそも 制 作 にデカルコマニーを 取 り 入 れるきっかけとなった 教 育 実 習 で は 中 学 一 年 生 の 生 徒 がデカルコマニーの 中 に 見 たものは やはりそれぞれが 興 味 を 持 っ ている 事 象 だったのである 例 えば 恋 愛 に 興 味 がある 生 徒 は 可 愛 い 男 女 をデカルコマ ニーの 上 に 描 き 理 系 の 生 徒 は デカルコマニーの 模 様 が 顕 微 鏡 を 覗 いたとき 見 えたもの だと 言 い 男 子 生 徒 は 怪 獣 や 魚 を 描 いていた 最 初 は このように デカルコマニーの 中 に 不 意 に 何 かが 見 えてくることが 面 白 いとい うだけのものであったが 今 では 筆 者 がデカルコマニーを 用 いる 時 は 最 終 的 に 立 体 に 置 き 換 える 目 的 がある そのために 色 彩 の 重 なりがはっきり 見 えるほうが 立 体 的 な 構 想 がしやすいことがあり 反 対 色 をのせたり はっきりした 色 をのせてそれを 折 り 色 彩 を 重 ね 混 ぜている デカルコマニーの 偶 然 性 に 面 白 さを 見 出 したにもかかわらず 少 し 意 図 的 な 細 工 をしてしまっているのである デカルコマニーから 生 まれた 完 成 図 を 大 理 石 に 写 し 取 る 過 程 で 今 後 色 を 塗 ることは 選 択 肢 としてはあるが 筆 者 は 現 時 点 では 大 理 石 に 色 彩 の 必 要 性 を 感 じないし もっと 言 えば 正 直 なところ 大 理 石 に 色 を 塗 ろうなどとは 他 者 から 指 摘 されるまで 考 えもしなか った デカルコマニーはカラフルであるが 筆 者 は その 色 彩 を 無 視 して 単 色 の 大 理 石 に 置 き 換 えている 何 故 着 色 しないのか 考 えてみると 彫 刻 にしたときその 色 彩 を 用 いると どこかポップになってしまいそうで それは 筆 者 の 目 指 すものではない アンゼルム キ ーファーの 作 品 のように 淡 色 の 雰 囲 気 に 魅 力 を 感 じることも 理 由 かもしれない ポップに することがどうしても 嫌 だというわけではないが 今 のところそうしたいとも 思 わないし 必 要 性 も 感 じていなかった 為 着 色 することを 考 えなかったのかもしれない ましてや 彫 刻 に 色 彩 を 施 そうとすると おそらくきれいな 色 を 選 択 し 始 めるような 気 がする それ は 偶 然 が 面 白 いはずのデカルコマニーから ますます 偶 然 性 が 薄 れていく 恐 れもあるの ではないだろうか なにより 筆 者 にとって 石 の 表 面 を 絵 具 で 覆 ってしまうことは 石 の 呼 吸 を 止 めてしまうようなものであり 石 の 魅 力 を 潰 してしまうように 思 えてならないの である 筆 者 は 偶 然 や 唐 突 な 思 いつきで 制 作 することで 新 鮮 な 発 見 が 生 み 出 せると 考 えてい 63