気象レーダーを用いた 気象観測の最新事情 前坂剛国立研究開発法人防災科学技術研究所 1
レーダーとは? RADAR: Radio Detection and Ranging 電波を使って検出し, 距離を測るもの 電波の往復時間から距離が分かる! 音波 光 ( 近赤外線 ) 2 http://www.nosa.noaa.gov/etl_sodar_photo.html SODAR: Sonic Detection and Ranging LIDAR: Light Detection and Ranging
電波とは? 日本の法律では? 電波 とは 三百万メガヘルツ以下の周波数の電磁波をいう 電波法 ( 昭和二十五年五月二日法律第百三十一号 ) 第二条一 電磁波 : 電場と磁場が互いに影響し合いながら空間を伝わる波 電波 可視光線 ( マイクロ波 ) 赤外線紫外線エックス線ガンマ線 電場 波長 磁場 伝搬方向 3
気象レーダーとは? 軍用レーダーにとって雨は邪魔物 ( ノイズ ) だった. 電波を使って気象 ( 雨や風 ) を検出する観測装置. 電波の送受信には, 通常パラボラアンテナを使用. 気象の観測には電波の直進性と透過性が必要. 主にS C X バンドの電波が用いられる. レーダーで用いられる周波数帯 バンド名周波数波長バンド名の意味観測対象実装例直進性 VHF 30 300 MHz 10 1 m Very High Freq. Refractivity Turbulence MST/ST Radar, MU Radar UHF 300 1000 MHz 1 0.3 m Ultra High Freq. Refractivity Turbulence ST Radar, Wind Profiler L-band 1 2 GHz 30 15 cm Long Refractivity Turbulence Wind Profiler S-band 2 4 GHz 15 8 cm Short Precipitation Weather Radar C-band 4 8 GHz 8 4 cm Compromise Between S and X Precipitation Weather Radar X-band 8 12 GHz 4 2.5 cm??? Precipitation Weather Radar Ku-band 12 18 GHz 2.5 1.7 cm Kurz-under Precipitation Weather Radar K-band 18 27 GHz 1.7 1.2 cm German Kurz (short) Ka-band 27 45 GHz 1.2 0.75 mm Kurz-above Cloud/Precipitation Cloud Research 防災科研 X バンド MP レーダー ( 木更津 ) 透過性 ( 減衰しない ) V-band 45 75 GHz 7.5 mm 4 mm 4 W-band 75 110 GHz 4 2.7 mm Cloud/Precipitation Cloud Research
なぜ気象レーダーが必要なのか? 気象災害 水害 土砂災害は発達した積乱雲によりもたらされる! ゲリラ豪雨竜巻降雹落雷水害土砂災害 5 これらの被害の軽減 防止には 積乱雲の発達メカニズムの解明と早期予測技術開発が必須. 積乱雲の観測には気象レーダーが最適.
今日のお話 気象レーダーの壮大な歴史と原理を振り返りながら, 最新事情までを 30 分程度のかけ足で説明するあまりにも意欲的で無謀なお話 6
在来型気象レーダー 受信される電力はレーダー反射因子 ( 雨滴の粒径の 6 乗に比例 ) に比例する! でも, 本当の気象学的な興味は, レーダー反射因子ではなく雨水量 M や降水強度 R! しかし, レーダー観測のみでは粒径分布 N(D) や落下速度 V fall (D) を知ることができないので, 一般的にMやRは Zの関数として記述することはできな R い.(NやVの関数形によっては可能) (Precipitation Intensity) 7
Z-R 関係式 単位体積当たりの粒子の数 降水強度 R はレーダー反射因子 Z の関数として解析的に記述できないので, 経験的な関係 (Z R 関係 ) を求めて, その関係により降水強度 R を推定する レーダー反射因子は粒径分布 ( 数濃度 ) に大きく依存する. Z R 関係式は雨のタイプ ( 粒径分布 ) によって大きく変動する ( 誤差要因 ) 粒径分布の例 Z=200R 1.6 Z=150R 1.5 Variety of Z R Relationships Empirical relationship (Z R Relationship) Marshall and Palmer, 1955, Stratiform rain Kodaira, 1972, Summer, Maebashi Z=205R 1.48 Fujiwara, 1965, Continuous rain, Miami Z=300R1.35 Sekhon and Srivastava, 1971, Thunderstorm, by vertical Doppler radar Z=300R 1.37 Fujiwara, 1965, rainshowers, Miami Z=300R 1.5 Joss and Waldvogel, 1970, 47 days in 1947 粒子の直径 Z=310R 1.56 Gunn and East, 1954, for =3.21 cm Z=400R 1.4 Laws and Parsons 8 (Marshall and Palmar, 1948) Z=450R 1.46 Fujiwara, 1965, thunderstorms, Miami
雨量計による降水強度の補正 Z R 関係により推定された降水強度を, 地上雨量計の観測結果を用いて補正することにより高精度化を図る.( 気象庁で現在行われている方式 ) 雨量計による降水強度の観測には時間がかかるため, リアルタイム補正は難しい. 雨量計ネットワークに引っかからない局所的な降水は補正できない. 9 ( 気象庁ウェブページ )
ドップラーレーダー 電波は波なので, 音波と同じようにドップラー効果がある ( 救急車のサイレン音のように ). 送信した周波数と受信した周波数の差 ( ドップラー周波数 ) を求めれば, 雨粒の移動速度 ( ドップラー速度 ) が分かる. 雨粒は水平方向には風と一緒に移動しているので, 風速を求めることができる. 送信周波数 f t 雨粒 送信電波 -v 受信電波 f r 受信周波数 f r 雨粒は水平方向に風と一緒に移動する. 10 注意! 雨粒の実際の移動速度のうち, レーダーの観測方向の成分 ( 遠ざかるか, 近づくか ) しか観測できない!!
メソサイクロンの検出 (2013 年越谷竜巻 ) 降雨強度 降雨強度 フックエコー 上空の強い上昇流により, 降水が落下してこない領域と, その周りの渦状の気流により形成. スーパーセル : メソサイクロン ( 数キロメートルの水平スケールを持つ ) を伴う積乱雲. 竜巻の親雲となることが多い. ドップラー速度 ( 海老名 ) レーダーから遠ざかる風成分 渦が存在する ドップラー速度の正 負の値が隣り合って観測される! レーダーに近づく風成分 ドップラー速度の観測から, 正 負のペアを探すことでメソサイクロンを検出! 11 mm/hour 近づく風 m/s 遠ざかる風
風向 風速の導出 (2013 年越谷竜巻 ) 複数台のレーダーのドップラー速度を合成することにより, 風向 風速を求めることが可能. mm/hour 12 矢羽根の短棒 :1 m/s, 長棒 :2 m/s, 旗 :10 m/s ( 高度 1 km の水平風 )
マルチパラメータ (MP) レーダー これまでのレーダーは, 単一の偏波 ( 水平偏波 ) を使用. 偏波 : 電磁波における電場の振動面 MP レーダー : 水平 垂直の二つの偏波を用いて, より多くのパラメータを取得するレーダー 13 E: 電場, H: 磁場
落下する雨粒の形 How is the shape of falling rain drops? 落下する雨粒は空気抵抗により扁平につぶれる. 粒径が大きいほど, つぶれ具合は大きくなり, アンパンの様な形状になる. MP レーダーは, つぶれた雨粒を水平 垂直の偏波で観測. 14
偏波パラメータの例 Z H : レーダー反射因子 ( 水平偏波 )[dbz] DP : 偏波間位相差 [ ] Propagation 昔ながらのパラメータ Z DR : 反射因子差 [db] 水平と垂直の遅れの差 K DP : 単位距離あたりの Φ DP [ /km] Φ DP の距離微分から求める. 降雨強度を精度良く求められる! 15 水平と垂直のレーダー反射因子の比
K DP -R 関係式による降雨強度推定 Z R 関係式を用いた降雨強度推定は, 粒径分布のばらつきや降雨減衰の影響を受け, それらが精度低下の原因となっていた. K DP R 関係式は, 粒径分布のばらつきによる影響が小さい,Z R 関係式よりも高精度に降雨強度推定が可能. Z R Relationship K DP R Relationship DSD Z R DSD K DP R (X バンド ) (X バンド ) DSD R DSD R K DP は波長が短いほど観測しやすい.( 弱い雨でもK DP が求められる ) 16 Sバンドでは30 mm hour 1 から,Xバンドでは数 mm hour 1 から算出可能.
降雨強度 (2008 年 8 月 雑司が谷 ) C バンド在来型気象レーダー ( 雨量計による補正あり ) 防災科研 X バンド MP レーダー ZOSHIGAYA ZOSHIGAYA 17 Horizontal resolution: 1 km Updated every 10 min. Horizontal resolution: 500 m Updated every 5 min.
1 時間積算雨量 (2008 年 8 月 雑司が谷 ) C バンド在来型気象レーダー ( 雨量計による補正あり ) 防災科研 X バンド MP レーダー ZOSHIGAYA ZOSHIGAYA 150mm/h 5 km 18
国土交通省XRAIN 防災科研におけるXバン ドMPレーダを用いた降雨 量推定の成果を受けて 2008年度から国土交通 省ではXバンドMPレーダ ネットワークの整備を全 国で開始した 東京 名古屋 近畿など の大都市をや地方主要 都市を中心に39台のレー ダが導入された 現時点で人口カバー率は 92 % 前坂調べ XRAIN Xバンド MPレーダ 配置図 2019年9月 石狩 北広島 鷹巣 盛岡 涌谷 京ヶ瀬 岩沼 伊達 田村 中之口 能美 水橋 牛尾山 古月山 風師山 菅岳 野貝原 九千部 山鹿 宇城 熊山 六甲 田口 鈴鹿 常山 鷲峰山 葛城 八斗島 関東 尾西 富士宮 静岡北 安城 浜松 氏家 船橋 新横浜 香貫山 水平格子解像度約250 m 1分更新の降雨強度 XRAIN: 19 桜島 防災科研は降雨強度推定および領域合成データを1分毎に 作成するための現業用データ処理システムを開発し 国土交 通省の合成処理局に実装した X band Polarimetric Radar Information Network Live E! シンポジウム2020 2021年2月14日
国土交通省 C バンドレーダーの MP 化 国土交通省 C バンドレーダー雨雪量計の MP 化が順次行われ,XRAIN の降雨強度データに C バンドレーダーによる降雨強度も合成されるようになった. もはや XRAIN ではない... 新しい名前が必要. 20 XRAIN: Extended Radar Information Network
九州地方の降雨強度 積算雨量 (7 月 3 日 ~8 日 ) YouTube 防災科研チャンネル九州地方の降雨強度 積算雨量 (7 月 3 日 09 時 ~8 日 09 時 ) https://www.youtube.com/watch?v=4qkggcoiwh8 または 九州地方の降雨強度 で YouTube 検索 21
より 早く... より 速く... 在来型レーダー 1969-1998? (NIED) 雨の分布を知りたい! より速く三次元観測したい! 従来のレーダーではパラボラアンテナの仰角を少しずつ変えながら三次元観測 ( 時間がかかる ). フェーズドアレイレーダーでは, 同時に複数の仰角を観測できるので, アンテナを一回転させれば三次元観測が可能 ( 速い ). ドップラーレーダー 1988-2007 (NIED) 風を知りたい! マルチパラメータフェーズドアレイ気象レーダー MP レーダー 22 より早くから積乱雲を観測したい! 従来のレーダーでは雨粒は観測できても, より小さな雲粒は観測できない.( レーダーで観測された時は, すでに雨が降っている状態 ) 雲レーダーではより短い波長の電波を使うことで, 雲粒が観測可能.( 雨が降る前の雲を観測可能 ) 雲レーダー 2000- (NIED) 雨の強さを高精度で!
積乱雲の一生 これからの研究対象 積雲 これまでの気象レーダーで観測可能 積乱雲 雲の中で微小な水滴 ( 雲粒 ) が衝突を繰り返し, 大きな水滴 ( 雨粒 ) へと成長. これまでの気象レーダーは雨粒は観測できるが, 雲粒は検出できなかった. 気象レーダーで検出された時には既に雨が降っている!! 23 雨が降り始める前の雲を観測し その観測結果を用いてより早い時間から降水予測を行うことが必要!!
雲レーダー 雨粒よりも遙かに小さい雲粒が観測できる特殊な気象レーダー. レーダーの受信電力は粒径の6 乗に比例するので, 雨粒の大きさが10 分の1になると, 受信電力は10 6 (100 万 ) 分の1になってしまう. 一方, レーダーの受信電力は電波の周波数 ( 波長 ) の4 乗に比例 ( 反比例 ) するの. 雲レーダーは従来の気象レーダーよりも短い波長の電波を使用することで, 雲粒も観測できるよう感度を改善 ( 従来の気象レーダーでは 5 cm~3 cm, 雲レーダーでは約 8.5 mm) 長所 : 感度が高い! 短所 : 雨が降ると電波が雨で遮られ, その後ろ側の観測ができなくなる. 24
雲レーダーで観測された積雲 藤色雲レーダーで観測された雲の分布 カラー XRAIN で観測された雨の分布 雲レーダーで検出された発達した積雲 雲レーダーで検出された雨が降り出しそうな積雲積雲が積乱雲へと発達する様子が観測できる. 25 埼玉県ふじみ野市付近を拡大
降水の三次元観測 雨は上空で発生して地上へ落下してくる. 上空の雨や雪を観測できれば, 数分後に地上に届く雨を検知することができる. 積乱雲は時間変化が早いので, その動態を捉えるには1 分以内での三次元観測が必要. パラボラアンテナを用いたレーダーでは三次元観測に5 分 ~10 分程度の時間がかかる. MP-PAWRは30 秒から1 分で三次元の観測が可能! MP-PAWR による観測結果レーダー反射因子の三次元分布 鉛直積算雨水量 (VIL) 地上の降雨強度 26
マルチパラメータフェーズドアレイ気象レーダー (MP-PAWR) フェーズドアレイ (Phased Array) 技術複数の送信 受信素子を用い, 素子毎に電波の送信 受信タイミング ( 位相 ) をずらすことにより, 電波の送信 受信方向を変える技術. 素子自体は動かさない. デジタルビームフォーミング (DBF) 技術複数の素子で受信した信号をデジタル処理することにより, 広い方向から到来した電波の角度分解能を上げる技術. ビーム幅の広い電波 (10 くらい ) を送信しても,1 程度の分解能で受信することが可能になる. フェーズドアレイ技術の概念図 MP PAWR: Multi Parameter Phased Array Weather Radar デジタルビームフォーミング技術の概念図 27 https://commons.wikimedia.org/wiki/file:phased_array_animation_with_arrow_10frames_371x400px_100ms.gif https://commons.wikimedia.org/wiki/file:phasearray.gif
MP-PAWR でスーパーセルに突入してみた YouTube 防災科研研究者成果発表動画 2020-7 MP-PAWRでスーパーセルに突入してみた前坂剛 ( 水 土砂防災研究部門 ) https://www.youtube.com/watch?v=wzjviuuvpto または YouTube で MP PAWR で検索! 28
まとめ 様々なニーズに対応するために気象レーダーは進化してきた 降水の分布を知りたい 風の分布を知りたい より高精度に雨の分布を知りたい より早く雲の分布を知りたい より速く三次元観測をしたい 29
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