メアリ シェリー フランケンシュタイン アクチュアリ テ ィ の 多 義 性 と 今 日 的 意 義 柴 田 庄 一 はじめに 俗 に 世 間 で 怖 いとされるものの 代 表 的 事 例 を 言 い 表 わすことばのひとつに 地 震 雷 火 事 親 父 というもの 尽 くしがある その 序 列 の 当 否 はさて 措 くとすれば 前 二 者 は 自 然 現 象 であれば 言 わずもがな 後 のふたつも なにが しか ひとが 介 在 した 具 体 的 人 事 という 相 違 はあるというものの どちらの 場 合 も 容 易 には 人 の 手 に 負 えない 始 末 に 困 った 存 在 であるというところにそ の 共 通 性 を 見 て 取 ることができる それらは いずれも 尋 常 の 範 囲 を 超 脱 し た 不 可 抗 力 を 具 えており これらを 首 尾 よく 制 御 するには 人 知 を 超 えた 膂 力 を 必 要 とし ひとたび 遭 遇 するともなれば たちまち 立 往 生 を 余 儀 なくされる か ただただ 茫 然 自 失 するしか 他 に 術 がないという 実 に 困 り 果 てた 存 在 事 象 に 他 ならないのである そうだとすれば 上 のようなもの 言 いからは これ らの 恐 怖 にどう 対 処 すればよいかといった 合 理 的 な 生 活 の 知 恵 を 伝 授 しよう とする 気 配 を 嗅 ぎ 取 ることすら 無 理 な 相 談 というものであろう ここには む しゅったい しろ そうした 事 態 の 出 来 は 日 常 茶 飯 のことであり それゆえに これらが 暴 ふる 威 を 揮 った 暁 には ひたすらその 後 始 末 を 心 掛 けることこそ 得 策 であるという 近 代 以 前 の 日 本 人 に 特 有 の 諦 念 の 想 いを 読 み 取 っておくべきなのかも 知 れ ない では それにひきかえ 近 代 以 降 においてはどうなのであろうか 自 然 事 象
48 柴 田 庄 一 をも 含 め あわよくば ものみなすべてを 人 間 精 神 の 支 配 の 下 に 置 こうとしな いではいられない 近 代 人 にとって 森 羅 万 象 のことごとくを 人 為 的 に 造 り 出 せ ると 思 いなしたとしても 決 して 不 自 然 な 成 り 行 きというものではなかったで あろう ところが 翻 ってよくよく 考 えてみるならば 人 類 社 会 がその 倨 傲 に たやす よって 自 ら 生 み 出 しておきながら 人 間 の 力 をもってしては 容 易 く 制 すること ができないもの それこそが 実 は もっとも 怖 いものなのかも 知 れないので ある 1) すでに 近 代 の 科 学 革 命 に 先 立 つ 19 世 紀 初 頭 ともすれば さかしらに 奔 り 驕 慢 にも 流 れかねない 近 代 科 学 者 の 心 性 に 一 石 を 投 じた 文 芸 作 品 がある フラ ンス 革 命 とナポレオン 戦 争 の 記 憶 がいまだ 生 々しい 時 代 状 況 にあって ありっ たけの 空 想 の 翼 を 羽 ばたかせ 大 胆 な 想 像 力 の 飛 翔 に 身 を 任 せて 紡 ぎ 出 された フランケンシュタイン あるいは 現 代 のプロメテウス ( 現 行 第 3 版 は 1831 年 刊 行 初 出 は 1818 年 )がそれである この 作 品 は 当 時 親 交 のあったロマン 派 の 詩 人 バイロンやシェリーに 触 発 された 弱 冠 19 才 の 女 性 メアリ シェリーの 手 に なる 後 期 ゴシックロマンの 代 表 作 のひとつとされるものであるが ここでは その 原 典 を 読 み 解 きながら 同 時 に フランケンシュタインの 怪 物 像 が 描 き 出 す 意 外 にも 広 範 な その 射 程 距 離 をも 見 定 める 考 察 を 試 みたい 2) 1. フランケンシュタインの 怪 物 とそのイメージ ヴァルター ベンヤミンの 慧 眼 を 俟 つまでもなく まず 第 一 に 複 製 技 術 の 時 代 であったとも 称 すべき 20 世 紀 を 生 きた 人 間 にとって(-それはまた 21 世 紀 の 前 半 を 生 きる 人 たちにおいてもさほど 事 情 は 変 わらない 筈 であるが -) 動 画 やスチール 写 真 の 及 ぼす 強 大 な 影 響 力 を 度 外 視 して 済 ませることは 難 しい それゆえ たとえ 原 作 本 を 繙 いたことはおろか その 存 在 をすら 知 ら ないような 人 たちでさえ フランケンシュタイン という 固 有 名 を 一 度 として 耳 にしたことのない 者 は ほとんど 皆 無 に 等 しいのではないかと 思 われる じ じつ フランケンシュタイン は 原 典 の 初 出 以 来 幾 度 となく 芝 居 や 映 画 と しても 上 演 されてきており 各 種 媒 体 での 翻 案 やパロディーをも 含 めると ほ とんど 枚 挙 に 暇 のない 膨 大 な 数 に 上 っている 3) (- 因 みに 一 般 によく 知 ら れた 映 画 版 を 指 折 り 数 えてみるだけでも たちまち 十 指 に 余 る 盛 況 ぶりである -) なかでも 扁 平 で 大 きく 際 立 つ 額 落 ち 窪 んだ 眼 窩 身 の 丈 8 フィート にもおよぶ 巨 漢 にして 容 貌 魁 偉 蒼 白 な 顔 面 の 縫 合 痕 も 生 々しい モンスターの 怪 物 記 号 イ
49 メージは 1931 年 度 製 作 の 映 像 作 品 フランケンシュタイン によって 定 着 し たものと 言 っていい(-このハリウッド 映 画 は 現 在 廉 価 版 のDVDによっ ても 容 易 に 視 聴 することが 可 能 である-) とりわけ ボリス カーロフ 扮 す あまね るモンスターの 形 姿 は 様 々なメディアを 通 じて 世 界 的 に 喧 伝 され 普 く 人 口 に 膾 炙 したので 単 にスチール 写 真 を 覗 き 見 ただけの 人 であっても その 独 特 のイメージの 呪 縛 力 から 脱 しうる 可 能 性 は むしろ 少 ないのではないかと 考 え られる その 結 果 おそらくは 重 々しい 名 前 の 響 きと 忘 れがたい 容 貌 とが 不 思 議 にマッチしてのことであろうが 怪 物 の 名 前 こそフランケンシュタインだ と 誤 解 している 向 きもまた 決 して 少 なしとはしないようである とはいえ そ れは 半 知 半 解 の 錯 覚 という 以 上 のものではない(-もっとも それもまた 後 に 見 るような 理 由 で 必 ずしも 不 当 であるとばかりは 言 えないにしても-) 実 は そいつ (It)と 呼 ばれる 人 造 人 間 には 一 切 名 前 が 与 えられていな いのが 実 情 であって モンスターを 怪 物 人 工 的 に 作 り 出 したとされる 張 本 人 こそ ヴィク ター フランケンシュタイン 自 身 に 他 ならないのである 2. ヴィクター フランケンシュタインの 生 い 立 ちと 生 命 科 学 者 への 道 程 しかしながら 何 よりもまず 確 認 しておくべきは (-とかく 錯 覚 されかね ないものであるとはいえ-)フランケンシュタインが 初 手 からいかにも 怪 しげな 死 神 博 士 として 登 場 しているわけではないという 一 点 であろう むしろ ジュネーヴの 裕 福 な 良 家 の 子 弟 として 生 まれ 何 不 自 由 の 一 つとしてない 幼 少 年 時 代 を 過 ごした 後 17 歳 から インゴールシュタット( 現 南 ドイツ バイ エルン 州 ) 大 学 で 自 然 科 学 の 研 究 に 勤 しむ 少 壮 学 徒 のひとりであるヴィクター は 決 して 特 異 な 生 い 立 ちに 祟 られた 人 物 ではない それゆえに 時 には 激 し い 狂 熱 や 逆 らいがたい 欲 望 に 駆 られるところがあったにしても そのことを その 前 歴 において 辛 酸 を 舐 め 尽 くしてきたせいなどに 帰 することはできない それどころか 彼 は 自 然 の 隠 れた 法 則 を 知 りたがる 真 面 目 な 研 究 心 (48) を いだ 懐 いて 錬 金 術 や 神 秘 学 者 の 著 作 に 取 り 組 み これまで 神 秘 とされてきた 生 命 の 根 源 を 探 るかたわら さまざまな 契 機 や 偶 然 を 通 して いつしか 神 の 領 域 を も 侵 さんとするマッド サイエンティストになってゆくのである(-したが ととの って こうした 事 態 は 仮 に 条 件 さえ 調 うなら 他 の 誰 にでも 容 易 に 起 こりう るものであることを 示 唆 している-) ヴィクターは ひたすら 化 学 に 打 ちこむ 二 年 間 を 経 て すでに 教 授 たちの
50 柴 田 庄 一 教 えから 学 びうるだけの 理 論 も 実 技 も 身 につけてしまった (66) とされるこ ろ さらに 生 理 学 の 分 野 にも 首 を 突 っ 込 み 昼 も 夜 も 信 じられぬような 苦 心 と 疲 労 をかさねたすえ 発 生 と 生 命 の 原 因 を 解 き 明 かすことに 成 功 した いえ それどころか この 手 で 無 生 物 に 生 命 を 吹 きこむこともできるようになった (68) のだという かくして 十 一 月 のあるわびしい 夜 のこと (74) 夜 な 夜 な 微 熱 になやまされ 神 経 過 敏 でひどい 苦 痛 を 覚 え (73) ながらも 納 骨 堂 か ら 骨 を 集 め 解 剖 室 と 屠 殺 場 から 材 料 を 得 て ついに 人 造 人 間 の 製 作 を 成 し 遂 げるに 至 るのだ もとより 作 中 には (- 往 々にしてこの 種 の 場 面 に 通 有 の ことであるが-)まさに 人 間 を 造 り 出 すその 瞬 間 すなわち 生 と 死 の 境 界 を どう 跨 ぎ 越 したかといった 臨 界 に 関 する 克 明 な 描 写 は 見 当 たらない なぜな ら ヴィクターは その 刹 那 狂 乱 にも 近 い 衝 動 (71) に 衝 き 動 かされ ま るで 熱 病 にでもうなされたような 状 態 に 陥 っていたとされるのだからである (-その 直 後 彼 は 自 らの 分 身 を 産 み 落 とした 出 産 の 疲 れと 労 苦 を 暗 示 し たものででもあろうか 何 と 数 ヶ 月 もの 間 病 床 に 着 くことを 余 儀 なくされる 4) -) いずれにせよ ここで 敢 行 されているのは 前 近 代 の 錬 金 術 師 たちが 秘 めて いたであろう 野 望 だけはそのままに 同 時 に 近 代 的 自 然 観 とを 巧 みに 接 ぎ 木 し ようとする 一 種 の 離 れ 技 に 他 なるまい だが それは 天 然 自 然 の 諸 力 に 相 対 し 調 和 や 循 環 を 第 一 義 に これらを 十 全 に 生 かそうとしていることを 意 味 す るものではない そうしたこととはむしろ 逆 に 天 地 山 川 の 潜 在 力 をあくまで も 操 作 対 象 として 客 体 視 し (-たとえ 人 類 に 貢 献 するのだという 善 意 に 発 してではあるにしても-) 任 意 に 蹂 躙 して 憚 らない 考 え 方 が ヴィクタ ーの 行 為 を 通 じて 単 に 表 明 されるばかりか また 実 践 されようともしている 点 が 見 落 されてはなるまい ここには 明 らかに 自 然 力 を 単 なる 用 材 とし て 人 間 支 配 のもとに 置 こうとする 操 作 的 自 然 観 が 大 きく 前 面 に 押 し 出 されて いるのである 5) 3. 人 造 人 間 による 惨 劇 とその 犠 牲 者 ならびに 隠 喩 としての モンスター 怪 物 無 生 物 に 生 命 を 吹 き 込 むこと しかのみならず 新 たな 人 間 生 命 を 人 工 的 に 造 り 出 すこと それは 日 進 月 歩 の 科 学 技 術 をもってすれば いずれの 日 にか やがて 可 能 となるものとすべきかも 知 れない とはいえ ひとは ただこの 世
51 に 生 れ 落 ちたというだけで ただちに 人 間 として 認 められる 要 件 を 具 えている というわけではない 社 会 的 動 物 たる 人 間 の 成 長 には 手 塩 にかけて 慈 しむ 愛 プロセス の 手 数 が 求 められるし しかるべき 社 会 化 の 過 程 もまた 必 要 不 可 欠 なものだか らである では ヴィクター フランケンシュタインは いったいそのことに どう 対 処 しようとしたのだろうか 何 ごとか 物 問 いたげな 我 が 子 を 一 瞥 しただけで 彼 は ダンテですら 思 いお よばぬほどの 怪 物 (76) のおぞましい 姿 に 仰 天 し ひたすら 息 も 止 まる 恐 怖 と 嫌 悪 (75) に 恐 れをなして 退 散 する それは 同 時 に 被 造 物 の 醜 怪 さにたじ ろぐあまり 最 小 限 の 養 育 義 務 さえかなぐり 捨 て 造 物 主 たる 者 の 責 任 を 一 向 に 引 き 受 けようとはしないことを 意 味 している かくして 生 み 出 された 人 造 人 すてご 間 は 棄 児 としての 運 命 を 甘 受 しつつ フランケンシュタインの 手 にも 負 えな い モンスターとなって 怪 物 次 々と 戦 慄 すべき 惨 劇 を 惹 き 起 こす それはまた 生 みの 親 をして とどのつまり 身 の 破 滅 と 免 れえぬ 不 幸 (69) へと 導 いてゆく 因 果 応 報 の 起 動 因 ともなりうるものなのである しかしながら そのあまりに 恐 ろしい 酷 薄 さに 震 撼 された 人 間 は ひとりヴ ィクターのみにはとどまらなかった おそらくは 人 造 人 間 の 創 造 を 神 の 領 域 への 挑 戦 と 受 け 止 めたであろう 当 時 の 読 者 たちもまた ほとんど 同 じような 心 境 に 囚 われたのではないかと 思 われる それかあらぬか 彼 らの 多 くは フ ランケンシュタインの 怪 物 を 作 品 に 描 き 出 された 姿 のままで 受 け 取 ることに は 飽 き 足 らず その 表 象 のなかに むしろ 何 らかの 寓 意 を 見 出 そうとしないで はいられないのだ 先 に 挙 げた 翻 案 の 類 いも その 種 の 代 表 例 に 属 するもので レベル あるといえようが 仮 に 類 似 性 の 一 点 をのみ 手 掛 かりに 次 元 の 異 なるもの なぞら にまで 擬 えて いわば 隠 喩 として 捉 えようとするなら むろん 様 々な 解 答 例 を 数 え 上 げることができよう じじつ モンスターに フランス 革 命 と 革 命 群 集 ( 今 村 仁 司 群 集 -モンスターの 誕 生 ちくま 新 書 146)とを 重 ねて 読 み 取 ろ うとする 試 みを 始 めとし すでにして およそ 考 えられる 限 りありとあらゆる 読 解 の 可 能 性 が 提 唱 されていると 言 っていい( 詳 しくは 廣 野 由 美 子 批 評 理 論 入 門 フランケンシュタイン 解 剖 講 義 中 公 新 書 ならびに 最 新 刊 の 久 守 和 子 / 中 川 僚 子 編 フ ランケンシュタイン ミネルヴァ 書 房 を 参 照 のこと) さらに 加 えて 今 しばらく 敷 衍 することが 許 されるなら 人 間 精 神 が 手 ずから 考 案 しておきながら 自 在 にコ ントロールし 得 ないものの 比 喩 表 現 として 考 えるとき その 対 象 となる 範 囲 は 何 も 公 害 や 原 水 爆 といった 具 体 的 な 人 工 物 にだけ 限 定 するいわれはないであろ
52 柴 田 庄 一 う 法 体 系 や 社 会 制 度 は 言 うまでもないとして それぞれの 時 代 時 代 に 特 有 の 自 然 観 やら 時 間 観 念 といった パラダイム (トーマス クーン)もまた 否 応 なく 人 々の 生 き 方 を 規 制 して 止 まないものであってみれば そもそもフェテ ィッシュな 存 在 様 態 から 遁 れることのできない 人 間 精 神 の 特 性 に 起 因 する ほ ファントム とんど 類 似 の 妖 怪 として 捉 えることができるように 思 われる とはいえ 妖 怪 や 化 け 物 は 怖 くて 醜 いものであるというイメージに 幻 惑 され 無 暗 に 想 像 を 逞 しくしてみることがここでの 喫 緊 の 課 題 ではない む しろ 野 放 図 な 妄 想 はひとまず 慎 んで いま 一 度 メアリ シェリーが 描 き 出 つ す 具 体 的 な 叙 述 そのものに 即 くことこそ かえって 至 当 というべきであろう ぎょうそう そうしてみるなら その 身 に 纏 った 形 相 とは 裏 腹 に フランケンシュタインの も 被 造 物 は 実 は モンスター のものとは 怪 物 思 われない 属 性 をも 有 つという 意 外 な 事 実 が 判 明 する 先 にも 触 れたように 怪 物 の 恐 ろしさは まずもって 身 の 毛 のよだつその 異 様 な 外 貌 に 顕 著 だとされた しかも 彼 の 手 になる 惨 劇 のひとつひとつが いずれも 残 虐 な 殺 戮 行 為 を 主 体 としたものである 以 上 行 く 先 々で 蛇 蝎 のごと くに 嫌 われたとしても なるほど 致 し 方 のないこととすべきかも 知 れない し かしながら その 犯 行 が 決 して 誰 彼 の 見 境 もなく 無 暗 矢 鱈 と 無 差 別 殺 人 を 繰 り 返 して 憚 らない 体 のものでない 点 には 充 分 な 留 意 が 必 要 である すなわ と し ち 年 齢 の 離 れたヴィクターの 末 弟 ウィリアムを 皮 切 りに 相 次 いで 毒 牙 に 倒 れる 犠 牲 者 たち たとえば ウィリアム 殺 害 の 濡 れ 衣 を 着 せられて 処 刑 される 家 政 婦 のジュスティーヌであれ 怪 物 の 逆 鱗 に 触 れて 命 を 落 とす 親 友 のヘンリ ー クラーヴァルや 最 愛 の 妻 エリザベス そしてまた もっとも 近 しい 者 たち ショック の 度 重 なる 変 死 に 衝 撃 を 受 けて 憔 悴 死 にいたる 父 親 であるにせよ そのターゲ ットは もっぱらヴィクターの 親 族 か これと 深 い 関 わりをもった 人 たちだけ に 限 られており 決 して 第 三 者 からなる 人 類 一 般 などではない むしろ 怪 物 ゆかり の 意 図 は 縁 も 由 縁 もない 無 辜 の 人 々にまで 危 害 を 加 えることに 向 けられてい るのではなく どうやらヴィクター 一 個 人 に 対 する 復 讐 行 為 にこそあることを 推 測 させるものなのである(-そうであれば ひとたび 復 讐 が 遂 げられた 暁 には 怪 物 の 手 によって 今 後 ともこの 種 の 蛮 行 が 繰 り 返 されることはあるま いものと 考 えられよう-) それにしても それは 一 体 どうしてなのだろう か そのことを 知 るためには むろんのこと 怪 物 の 言 い 分 にもまた 耳 を 傾 け てみなければならない
53 4. 三 層 から 成 る 語 り の 構 造 と モンスター の 怪 物 言 い 分 一 定 の 客 観 的 情 報 を 伝 達 することにのみ 専 心 するのではない 文 学 作 品 を 読 み 解 くには 単 に 何 が 描 かれているか(ストーリー)に 留 意 するだけでなく どのように 叙 述 されているかについても 注 目 を 怠 るわけにはいかないであろう そのような 眼 で 眺 めてみれば この 作 品 のプロットは 作 品 外 の 語 り 手 からす るベタで 一 意 的 な 語 り によって 運 ばれているのではないことが 明 らかとな る まず 第 一 に 物 語 を 説 き 起 こし 語 りの 外 枠 を 構 成 するのが 海 洋 探 検 家 ロバート ウォルトンの 姉 に 宛 てた 何 通 かの 手 紙 であるとすれば その 中 に 挟 まれて 登 場 するのがヴィクター フランケンシュタインの 回 顧 談 である 彼 の 告 白 には なるほど 父 親 や のちに 妻 となるエリザベス 自 身 の 書 簡 なども 挿 いきさつ 入 されてはいるが その 中 心 をなすのが 怪 物 創 造 の 経 緯 と 回 想 であり さら にその 中 で 語 られる モンスターの 怪 物 言 説 であることには 何 らの 疑 いをも 差 し 挟 めまい 殊 に フランケンシュタインの 怪 物 は 亡 命 一 家 ド ラセー 家 の 離 れ 家 に 潜 伏 し (- 親 しいコミュニケーションを 介 してではないにせよ-) 家 族 の 動 静 を 窺 いながら 言 語 を 習 得 したというだけでなく あまつさえ ヴォルネーの 諸 帝 国 の 没 落 の 朗 読 を 聞 き その 後 プルタークの 英 雄 伝 やゲーテの 若 きヴェルテルの 悩 み までをも 一 読 したとされるので 自 らの 思 いの 丈 を 述 べ 立 てながら ヴィクターに 相 対 し しっかりと 論 戦 を 挑 むことができるという 次 第 なのである かくして 小 説 フランケンシュタイン は 少 なくともロ バート ヴィクター モンスターのそれぞれの 語 りが いわば 入 れ 子 式 に 配 置 された 三 層 構 造 をなしており 特 定 の 一 義 的 な 価 値 観 に 収 斂 されることを 許 さ ない その 結 果 三 者 の 異 なる 声 は 叙 述 される 出 来 事 やその 背 景 につき あ るいは 呼 応 し あるいは 補 完 しつつも 他 方 ではまた 相 互 に 対 立 しあいもす るという 交 響 楽 的 な ポリフォニー (バフチン)を 構 成 する とりわけ ヴィ かたき クターとモンスターの 両 者 は 親 子 の 間 柄 とは 言 いながら いわば 敵 役 同 士 で もあるだけに ひときわ 異 質 な 声 を 響 かせ 合 い 特 徴 的 な 対 立 関 係 を 現 出 して ポリフォニック しつら 止 まないのだ このように 多 声 楽 的 な 語 りの 枠 組 みが 設 えられることによっ てはじめて 怪 物 にもまた 自 らの 想 いを 自 身 の 声 として 響 かせることのでき る 前 提 条 件 が 整 ったことになる ところで モンスターの 語 るところを 信 じるとすれば 興 味 深 いことに 彼
54 柴 田 庄 一 の 人 間 化 過 程 は ほとんど 系 統 発 生 的 な 人 類 の 進 化 の 経 過 を 辿 り 直 しているこ とがわかる すなわち 生 得 的 な 知 覚 能 力 の 自 覚 に 始 まり 火 の 発 見 と 道 具 の 使 用 とを 経 て 次 第 次 第 に 言 語 の 獲 得 へと 進 んでゆくのである ところが そ のことにのみとどまらず さらに 情 愛 や 感 情 移 入 の 機 微 にも 目 覚 めるというこ とになると それはまた 怪 物 にとって 諸 刃 の 剣 ともなりかねないものであろ う 何 となれば 彼 が せっかく 習 い 覚 えた 言 語 表 現 を 駆 使 するにもせよ 首 尾 よく 心 を 通 わせることができるのは 盲 目 の 老 人 ただひとりだけであるし ひとたび 誰 かに 姿 を 見 られでもしようものなら たちどころに 追 い 立 てられ 爪 弾 きされてしまうという 悲 しい 運 命 を 甘 受 せざるを 得 ないのだからである フランケンシュタインの 怪 物 は 最 終 章 において 自 分 が 人 とわけあいたか ったのは 徳 への 愛 自 分 の 全 存 在 に 満 ちあふれる 幸 福 と 愛 の 思 いだった (294) と その 衷 情 を 披 瀝 しては おれは 愛 と 友 情 をいつも 望 み いつもおれははね つけられた これが 不 当 なことじゃないと 言 うのか? (295) と 詰 問 する こ のように 誕 生 の 瞬 間 においてですらやさしく 抱 きとめてもらえなかったモン スターは 創 造 主 から 見 捨 てられ こよなく 愛 と 尊 敬 の 念 (144) を 懐 いて いたド ラセー 一 家 からも 迫 害 されて 孤 独 と 絶 望 の 淵 へと 追 いやられる そ のしかるべき 因 果 関 係 の 果 てに 今 初 めて 復 讐 と 憎 悪 の 念 が 激 しい 怒 りが (181) こみ 上 げてきたのだと 表 白 している ひたすら 拘 泥 するのは 外 見 のみで 内 面 のくさぐさに 関 しては 一 顧 だに 払 お うともしない 人 間 社 会 に 受 け 容 れられず 荒 れ 果 てた 山 と 寂 しい 氷 河 や 氷 すみか の 洞 窟 (134) だけを 住 処 とし いわば 流 謫 の 身 の 上 となって 世 界 中 をさ 迷 い 歩 かねばならない 怪 物 は 森 の 山 径 で 拾 ったミルトンの 失 楽 園 を 通 読 する ことを 契 機 に アダムたるわが 身 にも 伴 侶 となるべきイヴを 作 ってくれるよ う 創 造 主 に 所 望 する そうした 要 求 は 共 感 を 分 かちあえる 家 族 と 友 人 を 乞 い 願 う 怪 物 にとって いわば 当 然 の 権 利 (190) というべきものであった ヴ ィクターは いったんはこれを 請 け 合 い 新 たな 人 造 人 間 の 製 作 に 取 り 掛 かる が ついに 最 終 局 面 に 至 って 翻 意 し やがて 生 まれてくるはずの 生 き 物 を ずたずたにひきさいてしまう 伴 侶 の 誕 生 にこそ おのれの 幸 福 を 賭 けていた 怪 物 は 未 来 の 花 嫁 を 殺 害 され 悪 魔 じみた 絶 望 と 復 讐 の 叫 びをあげて (218) ひとまずは 退 散 するというものの こうした 出 来 事 が 親 友 クラーヴァルの そしてまた 新 婚 旅 行 先 でのエリザベスの 惨 殺 へと 繋 がるのは あまりにも 明 らかなことと 言 うべきであろう かくして フランケンシュタインの 怪 物 は
55 巨 魁 で 恐 ろしいとされるそのイメージとは 裏 腹 に 人 間 的 な 苦 悩 に 苛 まれ い たるところで 愛 と 哀 れみを 乞 い 求 め いじらしいほどの 努 力 をなそうともして いるのだ だからこそ 彼 は 単 に 向 こう 見 ずで 軽 はずみな 親 の 犠 牲 者 であっ たというだけでなく もう 一 方 ではさらに 氷 原 に 雄 叫 ぶ 心 優 しき 求 愛 者 とし ての 側 面 をも 覗 かせていることが 決 して 忘 れられてはならない お ら 5. ロバート ウォルトンの 私 信 を 読 む 姉 マーガレットと モデル 読 者 小 説 作 品 フランケンシュタイン の 語 りが 少 なくとも 三 層 からなる 入 れ 子 構 造 であることについては 先 述 した では その 一 番 の 外 枠 を 構 成 する ロバート ウォルトンのそれが ロンドンにいる 姉 宛 の 私 信 であることには 何 かしら 積 極 的 な 意 義 を 見 出 すことができるのだろうか 忖 度 するところ ど うやらまだ 独 身 である 28 歳 のロバートは もっとも 身 近 な 存 在 で また 高 い 教 養 人 でもあるらしい 姉 をターゲットに ひとり 遠 く 離 れた 故 国 への 郷 愁 を 慰 め るとともに 北 極 探 険 という 自 らの 壮 図 に 関 しても 深 い 理 解 を 求 めないでは いられないのだ やがて 北 極 海 に 乗 り 出 したウォルトン 一 行 の 探 険 船 は 厚 い 氷 の 山 塊 に 閉 じ 込 められ 行 く 手 を 遮 られて 立 往 生 を 余 儀 なくされる 折 し も 犬 橇 に 乗 って 怪 物 を 追 跡 する 道 すがら 危 うく 遭 難 しかけたヴィクターを 助 け 上 げたロバートは 瀕 死 の 状 態 に 陥 った 賓 客 を 介 抱 しつつ その 身 の 上 話 に 耳 を 傾 ける どうやら 肝 胆 相 照 らす 同 類 であることをすばやく 感 じ 取 ったウ ォルトンは 時 ならぬ 珍 客 を 兄 弟 のように 愛 しはじめ (35) 客 人 に 寄 せる ぼくの 愛 情 は 日 ましに 強 くなってゆきます (36) という 思 いを 深 めずにはいら れない その 結 果 これ 以 降 の 顛 末 を 伝 える 四 通 目 からの 書 簡 群 は にわかに その 分 量 と 頻 度 を 増 大 させることとなる ほぼ 一 週 間 にわたって 聞 き 届 けたヴィクターの 語 りを ロバートは できる だけ 本 人 の 言 葉 そのままに 書 きとめることに 決 めました そして この 原 稿 は 姉 さんにもとても 面 白 く 読 んでいただけること 間 違 いなしです (40) と 書 き 送 っている それにしても 姉 への 私 信 が そのまま 読 者 にも 開 かれている という 物 語 の 構 成 から 察 するとき これらの 手 紙 は 実 は 私 信 を 装 った 公 開 書 簡 とでも 呼 ぶべきものではないのだろうか 果 たせるかな 第 四 信 をも 含 め 作 品 世 界 を 締 めくくる 最 後 の 便 にいたるまで フランケンシュタインとその 怪 物 に 言 及 した 書 信 のことごとくが それまでのものとは 異 なり 親 しく 差 出 人 の 署 名 をもっては 閉 じられていない 事 実 も ひょっとすると そのひとつの 傍
56 柴 田 庄 一 証 になると 言 えるかも 知 れない だとすれば 弟 の 私 信 に 目 を 通 す 姉 マーガレ ットの 延 長 線 上 に 同 じく 共 感 をもって 読 み 進 んでくれるような 読 者 像 すな わち モデル 読 者 が 想 定 されているものと 考 えることができよう では モデル 読 者 とは いったいどのような 存 在 なのか それは 必 ずし も 誰 彼 という 具 体 的 で 経 験 的 な 読 み 手 のことを 指 して 言 うのではない(-そ もそも 実 在 の 読 者 は 当 然 のことであるとはいえ 通 常 各 々がまったく 手 前 勝 手 な 読 み 方 をするものなのだから-) そうではなくて テクストを 十 全 に 成 立 させるべく 作 者 との 生 産 的 な 共 同 作 業 へと 誘 われる 理 想 的 な 読 者 像 い うならば あらまほしき 読 者 のことを 意 味 している 6) それでは メアリ シェリーの フランケンシュタイン において より 具 体 的 には いかなるモ デル 読 者 が 期 待 されていると 言 えるのだろうか そのことを 探 るためには さ したた らに 今 一 歩 踏 み 込 んで ロバート ウォルトンが 認 める 言 説 のゆくえをも 見 届 けてみなければならない 6. ロバートとヴィクター-その 言 動 に 見 られる 同 質 性 と 差 異 ところで もっぱら 犠 牲 者 に 擬 せられた 怪 物 の 語 りを 別 格 とすれば ヴ ィクターとロバートとの 間 には 幾 多 の 面 において 同 心 円 的 な 相 同 性 と 重 なり とを 見 出 すことができる それはすでに 両 者 の 言 説 に 明 らかであると 言 えよ うが むろん そのことばかりに 限 定 されるものではない ヴィクターが 人 造 人 間 の 製 作 という 創 造 行 為 に 熱 く 駆 り 立 られていたように ロバートも また ロシア 領 アルハンゲルスクから 北 極 圏 へと 通 じる まったく 新 たな 航 路 の 発 見 を 目 指 した 船 旅 の 途 上 にある た ち ぼくは 実 行 にはやりすぎ 困 難 をじっと 辛 抱 することができない 性 質 です (25) と 自 認 するロバートは 不 可 思 議 なものを 愛 する 心 不 可 思 議 なものを 信 ずる 気 持 が ぼくのすることなすことすべてについてまわって 世 の 人 並 み の 道 から これから 探 険 しようとする 荒 海 や 訪 れる 人 もない 地 域 へとぼくを 駆 りたてるのです (28) と 自 己 分 析 して 見 せている そのような 気 質 と 性 格 は さらにロバートに 対 する 次 のような 態 度 にも そのまま 反 映 して 現 われている と 言 っていい ぼくは 思 わず 真 情 をぶちまけ 魂 を 焦 がす 熱 い 思 いを 語 りまし た そしてこの 身 を 駆 りたてる 情 熱 のありったけをこめて 言 ったのです この 企 ての 推 進 のためなら 財 産 も 生 命 も あらゆる 希 望 も 投 げうつことをいと わない 人 ひとりの 生 死 など それでぼくの 求 める 知 識 が 手 に 入 るなら 安 いも
57 のだ それで 人 類 の 敵 たる 自 然 の 諸 力 を 支 配 する 力 をこの 手 におさめ 後 代 に 残 すことができるとあれば と (36) 血 気 にはやるふたりの 若 者 は かくの 通 り たとえ 初 対 面 ではあるにしても ほとんど 同 種 の 野 望 と 情 熱 に 取 り 憑 か れているがゆえに 早 晩 肝 胆 相 照 らす 仲 にもなりうるという 好 一 対 の 人 物 と して 設 定 されているのである よしみ いわば 同 病 の 誼 で そのことを 敏 感 に 察 知 したヴィクターは 不 幸 な 人 だ! わたしの 狂 気 が あなたにもとりついているのか?あなたもあの 美 酒 に 酔 って いると? (37) と 嘆 きの 声 を 上 げつつウォルトンをたしなめ 平 穏 のなか に 幸 せを 求 め 野 心 をお 避 けなさい たとえ 科 学 や 発 見 で 名 をあげるという 一 見 罪 のないものにすぎなくとも だが なぜわたしがこんなことを 言 うのか? わたし 自 身 はそれを 望 んで 身 を 滅 ぼしたが ほかの 人 はやりとげるかもしれな いのだ (289-290) と 耳 の 痛 い 諫 言 をも 厭 わない 果 たして 長 々と 物 語 られた 身 の 上 話 にほだされたのでもあったろうか すで に 何 人 もの 犠 牲 者 を 出 し このまま 探 険 行 を 続 行 すべきか 退 くべきかの 岐 路 に 立 たされていたロバートは しばしの 思 案 をしたあげく 乗 組 員 たちの 要 望 を そうだ 容 れ ふたたび 操 舵 が 可 能 になるや ただちに 祖 国 イギリスへと 取 って 返 すこ とを 約 束 する(-こうして 今 や モデル 読 者 へのメッセージが 奈 辺 に 存 するのかは 明 白 になったと 言 うべきであろう-) ところが そのような 決 断 に 対 しても この 期 に 及 んで (-それはまた いまわの 際 に 臨 んでという ことでもあるのだが-)なおも 異 議 を 申 し 立 てて 憚 らない 人 物 が たったひ とりだけ 存 在 するのである それこそは 誰 あろう ヴィクター フランケン シュタインその 人 に 他 ならない 奇 妙 なことに 彼 は 懺 悔 と 自 責 の 念 を 述 べ 立 てる 一 方 で 今 なお 怪 物 に 対 する 復 讐 の 妄 念 に 囚 われたがごとく 高 邁 な 意 志 とヒロイズムに 満 ちたまなざしで (285) 次 のように 隊 員 たちをけしかけて 止 まないのだ どういうことだ?きみたちの 隊 長 に 何 を 要 求 しているのだ? 諸 君 はそれで は そんなにあっけなくもくろみを 捨 ててしまうのか 諸 君 はこれを 輝 かしい 遠 征 と 呼 んでいたのじゃなかったのか そして 輝 かしいのはなにゆえだ? 南 の みち 海 のように 平 坦 で 穏 やかな 途 を 行 くからじゃない 危 険 と 恐 怖 だらけの 途 だか ら 新 たな 出 来 事 にぶつかるたびに 諸 君 の 忍 耐 を 呼 びおこし 勇 気 を 示 さなく てはならないからだ 危 険 と 死 とにかこまれて ものともせずに 乗 り 越 えてゆ かねばならないからだ だからこそ 輝 かしいと 言 えるんだ だからこそ 誉 れあ
58 柴 田 庄 一 る 企 てなのだ 諸 君 はこののち 人 類 の 恩 人 としてたたえられる 諸 君 の 名 は 名 誉 と 人 類 の 利 益 のために 死 に 立 ちむかった 勇 者 の 名 として 崇 められること だろう それがどうだ 見 ろ 初 めて 危 険 を 想 像 してみて と 言 って 悪 けりゃ 勇 気 をためす 初 の 恐 るべき 大 試 練 をむかえてみて きみらはおじけづき 寒 さ と 危 難 に 耐 えるだけの 力 がなかった 連 中 として 名 を 残 すことに 満 足 するのか 寒 い 寒 いと あったかい 炉 端 に 帰 ってゆく 哀 れなもんだ そんなことなら 何 もこんな 準 備 はいりやしない 自 分 たちが 意 気 地 なしだと 証 明 してみせるのに はるばる 出 てきて きみらの 隊 長 を 敗 北 の 恥 辱 にひきずりこむことはなかった んだ 諸 君! 男 になりたまえ いや 男 以 上 のものになれ ぐらつかず 岩 の ように 断 固 として 目 的 に 向 かいたまえ 氷 はきみたちの 心 のようなものではで きていない うつろいやすく 諸 君 が 邪 魔 するなと 言 えばさからうことはでき ないのだ 家 族 のもとへ 帰 るなら 額 に 不 名 誉 の 烙 印 を 押 されて 帰 るな 戦 い 勝 った 者 として 敵 にうしろを 見 せることを 知 らない 英 雄 として 帰 りたまえ (285) くちぶり 明 らかに 前 後 で 相 矛 盾 したこのような 口 吻 を もはや 自 ら 望 まぬ 道 化 と 化 こ け したヴィクターの 虚 仮 の 一 念 として 一 蹴 することができるだろうか 7) 仮 にも そうでないとするなら そうした 妄 言 の 裏 には もしかして 一 義 的 で 平 板 な 読 解 を 撹 乱 せんとする 作 者 の 狡 知 がひそかに 仕 組 まれているのかも 知 れないの である あるいは ここに フランケンシュタインの 物 語 が 決 して 特 異 な 例 外 にとどまるものではないという 可 能 性 が しっかりと 見 据 えられているのだ と 言 い 換 えることもできよう すでに 触 れたように ヴィクターは 生 まれつ き 神 の 領 域 をも 侵 犯 せんとする 妄 執 に 取 り 憑 かれていたわけでは 決 してない そうではなくて 環 境 と 教 育 を 通 じ あくまでも 後 天 的 に 育 まれていったに 過 ぎないのだ だとすれば 遺 伝 子 操 作 やクローン 人 間 の 可 能 性 が 喋 々されてす でに 久 しい 今 日 狂 信 的 な 科 学 者 予 備 軍 は 今 後 とも なお 陸 続 として 立 ち 現 われてくることが 予 測 される (そのような 意 味 では モンスター 以 上 に 怪 物 たる 属 性 を 具 えているヴィクターを フランケンシュタインの 怪 物 そのも のと 取 り 違 える 錯 認 もまた あながち 的 外 れではないとすべきかも 知 れない ) いずれにしても フランケンシュタイン 一 巻 は 初 出 から 200 年 近 くも 経 っ アクチュアリ テ ィ た 21 世 紀 においてこそ ますますその 今 日 的 意 義 を 高 めつつあるのだと 見 るこ とができよう 8)
59 註 1) 試 みに 民 俗 学 の 知 見 を 参 照 してみるとするなら たとえば 宮 田 登 は ハレとケ とケガレという 三 者 の 相 互 関 係 に 着 目 し ケガレは 一 見 ハレと 対 立 するように 見 え るが 深 層 部 分 ではハレとケガレは 共 存 している ケガレを 排 除 することによって ハレが 成 立 するという 理 解 が 成 り 立 つ ( 怖 さはどこからくるのか 筑 摩 書 房 4 1ページ 以 下 頁 数 のみ 記 すこととする)とした 上 で 人 間 の 生 命 力 の 総 体 とい け が うべき 気 (51) が 持 続 しえなくなった 状 態 すなわち 気 離 れ を 除 去 する 操 作 が ハラエ の 行 為 となる (108) と 述 べている つまり ケ ケガレ ケガレ つつが ハレという 循 環 を 恙 無 く 司 り 祓 いによって 一 つの 境 界 領 域 (51) を 克 服 するこ と つまりは 衰 退 したケの 回 復 の 中 にこそ 民 俗 的 な 儀 礼 のもつ 重 大 な 意 義 を 見 出 していることが 分 かる 2) 作 中 主 人 公 が 師 事 することになるインゴールシュタット 大 学 の 化 学 の 教 授 ヴァ ルトマンが 奇 しくも 次 のように 語 る 一 幕 は 当 時 の 先 端 的 な 科 学 観 を 窺 うに 足 る 代 表 的 な 一 節 というべきであろう - 現 代 の 科 学 者 は- 自 然 の 深 奥 を 看 破 し 自 然 の 隠 れ 家 における 営 みを 明 らかにする 彼 らは 天 にも 昇 ってゆく 血 液 の 循 環 が われわれの 呼 吸 する 空 気 の 性 質 が すでに 明 るみに 出 されております 科 学 者 の 得 た 力 は 新 しく ほとんど 無 限 と 言 ってもよい 天 のいかずちを 支 配 するこ とも 地 震 を 真 似 ることも 不 可 視 の 世 界 に 本 物 そっくりの 影 を 造 ってみせることさ えも できるのであります 云 々( 森 下 弓 子 訳 創 元 推 理 文 庫 62-63) 3) 周 知 のように 反 復 と 移 調 こそが おかしみ の 基 底 をなすものであると ベ ルクソン( 笑 い )は 説 いている フランケンシュタイン もまた ご 多 聞 に 洩 れず 繰 り 返 し 翻 案 されることを 通 してパロディーにもなり やがて 喜 劇 やお 茶 らけへと 変 質 した 場 合 も 皆 無 ではなかったが 恐 怖 の 原 像 のひとつを 作 り 上 げたこ とには 疑 いの 余 地 がない それはとりもなおさず 日 本 映 画 のお 家 芸 であったゴジ ラやその 他 様 々なシリアス 怪 獣 などとほとんど 同 じ 軌 跡 を 辿 ったということでも ある 4) 怪 物 は アルプス 山 中 で 出 くわしたヴィクターに 向 かって 呪 われた 創 り 主 よ!おまえまでがむかついて 顔 をそむける そんなおぞましい 怪 物 を なにゆえ に 創 りだしたのだ? 神 は 哀 れんで 人 をみずからの 姿 に 似 せ 美 しく 魅 惑 的 に 創 りた もうた だがこの 身 はおまえの 汚 い 似 姿 で 似 ているからこそいっそう 身 の 毛 もよ だつのだ サタンには 仲 間 の 悪 魔 どもがいて 崇 め 勇 気 をあたえてくれた だの におれは 孤 独 な 嫌 われ 者 なのだ (171) と 慨 嘆 しつつ 告 発 する 仮 に この 通 り であるとするなら ヴィクターは モンスターの 製 作 を 通 して まさしく 自 らの 似
60 柴 田 庄 一 姿 としての 分 身 を 作 り 出 したということになろう 5) メアリ シェリーの 生 きた 時 代 は いまだ 生 命 科 学 の 黎 明 期 に 当 たっていた し かし そうであるがゆえにかえって 新 たに 胎 動 してくる 時 代 の 問 題 性 が 一 層 く きやかに 際 立 つものとして 捉 えられたのだと 見 ることもできよう 因 みに 度 重 な る 悲 劇 を 体 験 し 尽 くした 後 のヴィクターの 述 懐 においては たとえば 次 のような 反 省 の 弁 も 語 られている もしあなたのなさる 研 究 に 愛 情 を 弱 め どんな 不 純 物 も まじりえない 素 朴 な 楽 しみを 味 わう 力 をそこなうきらいがあるようなら それは その 研 究 が 不 法 なもの つまり 人 間 の 精 神 に 不 相 応 なものと 見 て 間 違 いない (72) 6) モデル 読 者 という 概 念 については ウンベルト エーコによる 物 語 におけ る 読 者 ( 篠 原 資 明 訳 青 土 社 )が 明 快 である エーコは 作 者 の 考 えていたと おりに テクストの 顕 在 化 (87) に 協 力 すべく 誘 われるような 読 者 のことを モ デル 読 者 と 呼 び モデル 読 者 とは ひとつのテクストがその 潜 在 的 内 容 を 十 全 に 顕 在 化 されるために 充 たされるべき 幸 福 の 条 件 それもテクスト 的 に 確 立 され た 条 件 の 集 合 のことなのだ (97-98) と 定 義 している 7) 死 の 直 前 にいたるまで あいつが 生 きのびて 悪 の 手 先 となることだけが 気 がか りです (289) と 懸 念 しつつも ヴィクター フランケンシュタインは 酷 寒 のあ まり 衰 弱 し ついに 探 険 船 上 でこと 切 れる 一 方 作 品 の 終 幕 にいたって あらた めてウォルトンの 眼 前 に 出 現 した 怪 物 は 彼 と 差 しの 会 話 を 交 わしながら さまざ まに 言 葉 を 継 いで その 断 腸 の 想 いを 叫 ばずにはいられない これもまたわが 犠 牲! 彼 を 殺 しておれの 罪 は 完 成 された このみじめな 生 もやっと 終 わりにたど りついたのだ! (291) この 先 おれが 悪 事 を 働 くだろうなどとは 心 配 するな わ がおこないの 成 就 はまぢか この 生 涯 をまっとうし なすべきことを 仕 上 げるには おまえの 死 もほかの 人 間 の 死 も 必 要 ない ただ 自 分 が 死 ねばそれですむ (295) 地 とむら 球 の 最 北 の 果 てへ 行 く 弔 いの 薪 を 積 みあげ このみじめなからだを 燃 やして 灰 に してやろう その 残 骸 が 詮 索 好 きの 不 浄 のやからに 光 をあたえ 自 分 のようなもの がまた 創 られることのないように おれは 死 ぬ (296) 今 は 死 がたったひとつの 慰 めだ 罪 に 穢 れ にがい 悔 恨 にひき 裂 かれて 死 以 外 のどこに 安 らぎがある? しょうよう (296) 等 々 このように 絶 望 のどん 底 で 打 ちひしがれ 従 容 として 死 に 赴 く 怪 物 の 意 志 を もはや 誰 にも 疑 ういわれなどないのだと 見 るべきであろう 8) なるほど 脳 科 学 や 生 命 工 学 がさかんにもてはやされるようになった 今 日 におい てでさえ 操 縦 器 によって 外 から 操 る 鉄 人 28 号 レベルのロボットならいざ 知 らず 自 らの 意 志 をもって 行 動 する 鉄 腕 アトム タイプの 製 作 は どうやらまだ 当 分 のあいだ 成 功 する 見 込 みはなさそうである とはいっても 大 衆 的 な 好 奇 のま なざしと 射 幸 心 が 科 学 者 の 恣 意 や 野 心 を 煽 りたて マッド サイエンティストの そうせい 叢 生 を 可 能 ならしめるのだとするならば フランケンシュタイン に 見 られる 悲
61 劇 の 可 能 性 は 今 後 とも なお 完 全 に 排 除 することはできないものと 受 け 止 めなけ ればなるまい