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離 散 選 択 モデルに 関 する 研 究 ノート 上 智 大 学 経 済 学 部 経 済 学 科 竹 内 ゼミ 藤 田 光 明

要 旨 この 研 究 ノートでは, 伝 統 的 な 需 要 関 数 の 推 定 の 問 題 点 と,その 問 題 点 を 解 消 し うる 離 散 選 択 モデルの 理 論 的 背 景 やその 実 証 分 析 の 例 をまとめたものである.また, その 分 析 において 起 こった 問 題 に 関 しては, 今 後 の 課 題 として, 解 決 策 のヒントと ともにまとめている. 目 次 1 はじめに 2 二 項 ロジットモデル 2.1 二 項 ロジットモデルとは 2.2 回 帰 の 例 : 所 得 と 自 動 車 の 保 有 割 合 3 複 数 (3 つ 以 上 )の 選 択 肢 がある 離 散 選 択 モデル 4 多 項 ロジットモデル 4.1 多 項 ロジットモデルとは 4.2 操 作 変 数 の 導 入 4.3 回 帰 の 例 :シリアル 市 場 5 今 後 の 課 題 5.1 操 作 変 数 の 選 択 5.2 IIA 特 性 の 解 消 6 参 考 文 献

1 はじめに 産 業 組 織 論 (Industrial Organization :IO)の 理 論 研 究 において, 最 も 注 視 されるトピ ックは 企 業 がいかに 行 動 するかである.しかし,その 実 証 研 究 では, 企 業 の 行 動 を 決 める 重 要 な 要 因 の 一 つである 費 用 関 数 を 実 際 に 観 察 / 推 定 できないことが 問 題 と なる.そこで, 新 しい 実 証 IO では, 実 際 の 購 買 活 動 から 観 察 可 能 な 消 費 者 の 行 動 に 注 目 して 需 要 関 数 を 推 定 し,そのあとで 間 接 的 に 費 用 関 数 を 求 めようとしている. 需 要 関 数 の 推 定 にあたって, 伝 統 的 なアプローチは, 例 えば 二 財 モデルなどで 消 費 者 の 効 用 最 大 化 問 題 を 解 き, 需 要 関 数 を 求 めるというものである.しかしこれは 以 下 の 二 点 の 理 由 で, 実 証 分 析 において 便 利 でない. 一 点 目 は, 実 際 の 分 析 対 象 の 市 場 では,たくさんの 代 替 財 が 存 在 するため, 推 定 するパラメータが 膨 大 になり, 計 算 が 煩 雑 になること. 二 点 目 は, 人 々の 選 択 は, 複 数 のものの 中 から, 一 つを 選 ぶ ( 離 散 選 択 )ことが 多 いこと. 例 えば,ラーメンを 食 べるとき, 二 郎, 大 勝 軒, 中 本, 日 高 屋 などから 一 つ 行 く 店 を 決 めるだろう. 離 散 選 択 における 問 題 点 は, 離 散 的 な 選 択 肢 があると 微 分 ができないので, 需 要 関 数 を 効 用 最 大 化 問 題 の 一 階 の 条 件 から 導 出 することが 不 可 能 になるということである. 以 上 の 二 点 の 問 題 を 解 決 す るために, 実 証 IO では, 離 散 選 択 モデルの 推 定 に 関 する 研 究 を 進 めてきた. 2 二 項 ロジットモデル 2.1 二 項 ロジットモデルとは 二 項 ロジットモデル(Binomial Logit :BL)とは, 離 散 選 択 モデルの 中 で 特 に, 結 婚 するかどうか や 自 動 車 を 保 有 するかどうか のような 二 者 択 一 の 問 題 を 扱 う モデルである.BL においては, 例 えば 結 婚 する を Y = 1, 結 婚 しない を Y = 0 として, 説 明 変 数 に 回 帰 するという 手 法 がとられる.ここで, 潜 在 変 数 と 呼 ばれる Y*を 考 える.Y*は,Y*の 値 が 臨 界 値 ( 通 常 は 0)を 越 えれば Y=1, 超 えな ければ Y=0 になるというような 変 数 で,Y* = α + βx + εと 説 明 変 数 X につい ての 線 形 の 関 数 として 表 すことを 仮 定 している.また, 誤 差 項 の 累 積 密 度 関 数 はロ ジスティクス 分 布 を 使 う.ここでP i = E(Y i = 1 X i )とすると, log ( P i 1 P i ) = α + βx i (1) と 表 せる. 左 辺 の 対 数 オッズ(これをロジットと 呼 ぶ)を X に 回 帰 するとパラメー タ(α, β)が 得 られる. 2.2 回 帰 の 例 : 所 得 と 自 動 車 の 保 有 割 合

BL 回 帰 の 一 例 を 挙 げる. 以 下 の 分 析 では 統 計 ソフト R を 用 いた. 表 1 は 所 得 と 自 動 車 の 保 有 割 合 を 表 している 擬 似 データで, 例 えば 一 行 目 は, 所 得 200 万 の 人 は 50 人 いて,その 中 で 20 人 が 自 動 車 を 保 有 している というように 読 む.X を 所 得,P を 自 動 車 の 保 有 確 率 として,これを BL 回 帰 した 結 果 は 表 2 のようになる. 表 1 所 得 と 自 動 車 の 保 有 割 合 所 得 表 本 数 保 有 者 所 得 の 単 位 は 万 200 50 20 400 100 40 600 200 70 800 300 150 1000 200 140 1200 120 100 1400 80 60 1600 40 37 引 用 : 浅 野 中 村 (2009) 表 2 回 帰 結 果 説 明 変 数 係 数 有 意 性 定 数 -1.519 *** 所 得 0.002125 *** R^2 0.794 Adj R^2 0.725 F 値 11.56 サンプルサイズ 1090 *** 1% 有 意. ** 5% 有 意, * 10% 有 意 これを 見 ると, 所 得 の 係 数 は 有 意 にプラスであることが 言 える.また, 図 1 に, 所 得 の 変 化 に 応 じた 保 有 比 率 の 予 測 値 を 示 す. 図 1 からも, 所 得 が 上 昇 するにつれ, 保 有 確 率 も 上 昇 することがわかる. 図 1 所 得 の 変 化 に 応 じた 保 有 比 率 の 予 測 値

線 が 予 測 値, 点 が 実 現 値 を 表 す 3 複 数 (3 つ 以 上 )の 選 択 肢 がある 離 散 選 択 モデル 前 章 の 二 項 ロジットモデルでは 二 者 択 一 の 問 題 を 扱 っていた.しかし, 冒 頭 の 1 章 でもラーメンの 選 択 の 例 を 述 べたように, 現 実 では 複 数 の 選 択 肢 から 一 つを 選 ぶ 場 合 が 多 い.それらを BL で 記 述 するのは 不 可 能 であるので, 新 たにランダム 効 用 と 呼 ばれるフレームワークを 導 入 する. Berry(1994)では 以 下 のようにランダム 効 用 を 定 式 化 した. U ij = X j β + αp j + ξ j + ε ij (2) δ j X j β + αp j + ξ j (3) i は 市 場 に 参 加 している 消 費 者 で i = 1,., N,j は 市 場 にある 製 品 の 種 類 を 表 し,j = 0, 1,, J とする.ここで j = 0 は 外 部 財 (j=1, 2,., J 以 外 の 財 )としている.X j は 分 析 者 にとって 観 察 可 能 である 製 品 j の 品 質,P j は 製 品 j の 価 格 であり,(2) 式 は 製 品 の 品 質 と 価 格 の 線 形 和 でランダム 効 用 を 表 している.ξは 誤 差 項 εの P と 相 関 す る 部 分 を 取 り 出 したもので, 観 察 不 可 能 な 品 質 と 解 釈 することができる.(3) 式 は,mean utility と 呼 ばれ, 製 品 jから 得 られる 消 費 者 共 通 の 効 用 である.また 一 般 的 に, 価 格 と 製 品 の 品 質 には 正 の 相 関 があるので, 観 察 不 可 能 な 品 質 はモデルの

内 生 性 の 問 題 を 生 むことになる. 消 費 者 i が 製 品 j を 買 う 確 率 を 以 下 のように 記 述 する. D ij = Prob{ ε i0,., ε ij : U ij > U ij for j j } (4) 誤 差 項 ベクトルが i.i.d.(independent identically distributed)なら, D ij は 全 体 のマーケッ トシェアにもなりうる. 4. 多 項 ロジットモデル 4.1 多 項 ロジットモデルとは (4) 式 の 誤 差 項 ベクトルが i.i.d.でガンベル 分 布 に 従 うと 仮 定 すると,それは 多 項 ロ ジットモデル(Multinomial Logit : MNL)となり, 以 下 のように 全 体 のマーケットシェ アを 記 述 できる. S ~ j = exp(δ j) 1 + exp(δj ) (5) これにより,S ~ (: predicted share)が 導 出 できる.ここで,Berry(1994)では,S ~ がデー タとしてある S (: observed share)とマッチングするようにパラメータを 決 めるとい う 手 法 をとっている.これによって, が 得 られる. logs j logs 0 = X j β + αp j + ξ j (6) 4.2 操 作 変 数 の 導 入 Berry(1994)では 価 格 の 内 生 性 の 問 題 に 対 処 するために 操 作 変 数 を 導 入 した.これ によって, 二 段 階 最 小 二 乗 法 ( Two-stage Least Squares: 2SLS)で,(6) 式 を 推 定 するこ とができるようになった. 具 体 的 には,まず 価 格 と 相 関 するが, 誤 差 項 ( 需 要 ショ ック)と 相 関 しない Z を 操 作 変 数 とする. 一 段 階 目 で 価 格 を Z に 回 帰 して, 価 格 の 推 定 値 P (Z)を 作 る.そして 二 段 階 目 で,(6)の 左 辺 を X とP (Z)に 回 帰 する.そうす ることで,(6) 式 のパラメータを 推 定 することが 可 能 になる.

4.3 回 帰 の 例 :シリアル 市 場 MNL 回 帰 の 一 例 を 挙 げる. 表 3 は 1992 年 のアメリカでの,50 種 類 のシリアルと その 他 のシリアル(= 外 部 財 )それぞれについて, 市 場 シェア, 広 告 費,カロリー, 価 格 などのデータをまとめたものである.ここで, 離 散 選 択 モデルの 条 件 として, 選 択 肢 が 網 羅 的 である というのがあるが,ここでは 全 ての( 対 象 マーケット 内 の) 人 が,1 年 の 間 に 何 らかのシリアルを 買 っていることを 仮 定 している. 実 際,97.1% の 人 が 買 っているので, 現 実 味 のない 仮 定 ではない. これをまず 通 常 の OLS で 回 帰 してみる.(6) 式 において, P を transaction price, X = [ 広 告 費 カロリー 脂 質 砂 糖 ]として, 左 辺 を X と P に 回 帰 すると 表 4 の 結 果 が 得 られる.

ここで,モデルの 内 生 性,つまり 価 格 と 残 差 の 相 関 をチェックしてみる.P と 残 差 をプロットしたものが 図 2 である.

図 2 価 格 (P)と 残 差 (.resid)のプロット 図 2 から 明 らかな 正 の 相 関 がわかる. 相 関 係 数 はおよそ 0.48 となっている. そこで,Shelf price を 操 作 変 数 として 2SLS で 回 帰 をする. 操 作 変 数 の 選 択 に 際 して,Chintangunta, Dude and Singh(2003)では 取 引 費 用 の 操 作 変 数 として 卸 売 価 格 を 利 用 していた.これは 製 品 の 販 売 店 の 市 場 支 配 力 が 取 引 費 用 には 反 映 しているが, 卸 売 価 格 には 反 映 されていないため, 誤 差 項 である 需 要 ショックと 卸 売 価 格 が 無 相 関 だと 考 えられるためである.これにならって,shelf price を transaction price の 操 作 変 数 として 推 定 する.しかし,shelf price と 残 差 の 相 関 係 数 はおよそ 0.47 で transaction price と 残 差 の 相 関 係 数 とほとんど 変 わらない.この 原 因 は shelf price も transaction price と 同 様 に 市 場 支 配 力 が 反 映 されているためだと 考 えられる.したが って,shelf price は 操 作 変 数 として 不 十 分 であるが,shelf price と 残 差 の 相 関 係 数 は transaction price のそれよりわずかに 小 さいので,ここではエクササイズ 的 に,shelf price を 操 作 変 数 として 2SLS を 行 う. 推 定 結 果 は 表 5 である.

表 4 の 結 果 と 比 較 すると, 価 格 の 係 数 の 絶 対 値 が 少 し 大 きくなっていることがわか る.これを 解 釈 するために, 回 帰 係 数 の 確 率 極 限 の 話 を 紹 介 する. 回 帰 係 数 b の 確 率 極 限 は plim(b) = β + Cov(X, ε) / Var(X) と 書 くことができる.つまり, 回 帰 係 数 と 誤 差 項 に 正 の 相 関 がある 今 回 の 場 合 は, 通 常 の OLS だと 回 帰 係 数 の 絶 対 値 を 過 小 評 価 してしまう.2SLS では, 価 格 の 回 帰 係 数 の 絶 対 値 は 大 きくなっている ので, 内 生 性 の 問 題 はわずかながら 軽 減 されていることがわかる. 5. 今 後 の 課 題 5.1 操 作 変 数 の 選 択 4 章 の MNL の 2SLS において,transaction price の 操 作 変 数 として shelf price を 使 うことは 適 切 でないことがわかった.したがって, 別 の 操 作 変 数 を 考 える 必 要 があ る. 操 作 変 数 の 例 として,Genesove and Mullin (1998)では 米 国 の 製 糖 市 場 の 需 要 関 数 の 推 定 にキューバからの 原 材 料 の 輸 入 費 を 用 いたり,Hausman and Leonard (2002) では, 地 理 的 に 異 なる 他 の 市 場 に 投 入 されている 同 一 商 品 の 価 格 を 用 いたりしてい る.また, Berry, Levinsohn and Pakes (1995)では 特 性 値 と 呼 ばれる, 財 の 特 性 を 表 す 変 数 を 操 作 変 数 として 推 定 している.

5.2 IIA 特 性 の 解 消 MNL で, 任 意 の 2 つの 選 択 肢 の 選 択 確 率 を 現 した 時 に,それがその 選 択 肢 の mean utility のみから 決 定 されている,つまり 選 択 肢 集 合 に 含 まれるほかの 選 択 肢 の 影 響 を 受 けなくなる. D j D = exp(δ j) j exp(δ j ) (7) これが IIA(Independence of Irrelevant Alternative) 特 性 と 呼 ばれるもので, 邦 訳 する と 無 関 係 な 選 択 肢 からの 独 立 となる.IIA 特 性 の 問 題 点 は 以 下 で 説 明 する, 赤 バス/ 青 バス 問 題 のような 事 態 を 引 き 起 こす 点 である. 赤 バス/ 青 バス 問 題 とは, 例 えばある 市 に 2 つの 交 通 手 段 : 歩 く(W), 赤 いバスに 乗 る(RB)があるとする.そのシェアは W:50% RB:50%でその 比 :W/RB = 1 と 表 す ことできる.ここで 新 たに 3 つめの 選 択 肢 として 青 いバス(BB)が 参 入 してきたとす る.IIA 特 性 は 以 前 と 同 様 に W/RB = 1 を 示 す.しかし 青 いバスは 赤 いバスと 完 全 代 替 財 なので, 実 際 には W:50% RB:25% BB:25%, W/RB = 2 となるはずである. この IIA 特 性 を 解 消 するために,Berry, Levinsohn and Pakes (1995)はランダム 係 数 と 呼 ばれる,それぞれの 消 費 者 固 有 の 係 数 を 導 入 した.これによってマーケットシ ェアにおいて,IIA 特 性 が 解 消 された. 6. 参 考 文 献 浅 野 中 村 (2009): 計 量 経 済 学 有 斐 閣. Berry, S. (1994): Estimating Discrete Choice Models of Product Differentiation, RAND Journal of Economics, 25, 242 262. Berry, S., Levinsohn, J., and Pakes, A. (1995): Automobile Prices in Market Equilibrium, Econometrica, 63, 841 890. Chintagunta, P., Dube, J., and Singh, V. (2003): Balancing Profitability and Customer Welfare in a Supermarket Chain, Quantitative Marketing and Economics, 1, 111-147. Hausman, J. and Leonard, G. (2002): The competitive effects of a new product introduction: A case study, Journal of Industrial Economics, 50, 237 263. Genesove, D. and Mullin, P. (1998): Testing Static Oligopoly Models: Conduct and Cost in the Sugar Industry, 1890-1914, RAND Journal of Economics, 29, 355-377. Matthew Shum のレクチャーノート, < http://people.hss.caltech.edu/~mshum/gradio/ioclass.html>.