PRESS RELEASE 2015 年 2 月 19 日 理 化 学 研 究 所 住 友 化 学 ヒト ES 細 胞 から 毛 様 体 縁 を 含 む 立 体 網 膜 を 形 成 - 立 体 網 膜 の 安 定 生 産 に 向 け 分 化 誘 導 技 術 を 確 立 - 要 旨 理 化 学 研 究 所 ( 理 研 ) 多 細 胞 システム 形 成 研 究 センター 器 官 発 生 研 究 チームの 桑 原 篤 客 員 研 究 員 立 体 組 織 形 成 研 究 ユニットの 永 樂 元 次 ユニットリーダーらと 住 友 化 学 生 物 環 境 科 学 研 究 所 の 共 同 研 究 グループ は ヒト ES 細 胞 ( 胚 性 幹 細 胞 ) [1] [2] から 毛 様 体 縁 幹 細 胞 ニッチ [3] を 含 む 立 体 網 膜 ( 複 合 網 膜 組 織 ) [4] を 作 製 すること に 成 功 しました 毛 様 体 縁 は 胎 児 の 網 膜 の 端 に 存 在 する 領 域 で これまでに 魚 類 や 鳥 類 などで 幹 細 胞 を 維 持 する 特 殊 な 構 造 (ニッチ)として 働 いていることが 報 告 されていました しかし ヒトの 毛 様 体 縁 の 網 膜 発 生 における 役 割 はほとんど 明 らかにされていませ んでした これを 解 明 するには ヒト 毛 様 体 縁 を 含 む 立 体 的 な 網 膜 を 安 定 的 に 作 製 する 新 たな 技 術 が 有 用 です これまで 理 研 の 笹 井 芳 樹 博 士 を 中 心 とした 研 究 チームは SFEBq 法 ( 無 血 清 凝 [5] 集 浮 遊 培 養 法 ) という 分 化 誘 導 法 を 開 発 し ES 細 胞 や ips 細 胞 ( 人 工 多 能 性 幹 細 胞 ) [1] から 複 雑 な 神 経 組 織 を 作 製 してきました 網 膜 についても マウス ES 細 胞 やヒト ES 細 胞 から 立 体 網 膜 を 作 製 しています 今 回 共 同 研 究 グループは SFEBq 法 をさらに 改 良 して 新 しい 網 膜 分 化 誘 導 法 の 開 発 に 挑 みました その 結 果 胎 児 型 網 膜 とよく 似 た 毛 様 体 縁 を 含 む 立 体 網 膜 を 作 製 することに 成 功 しました そして 作 製 した 立 体 網 膜 を 詳 しく 解 析 したところ ヒト 毛 様 体 縁 には 幹 細 胞 が 存 在 し この 幹 細 胞 が 増 殖 する 機 能 を 発 揮 することで 網 膜 を 試 験 管 内 で 成 長 させる ことが 分 かりました 新 しい 分 化 誘 導 技 術 には 立 体 網 膜 を 効 率 よく 安 定 的 に 生 産 できる 長 所 がありま す 現 在 理 研 を 中 心 としたグループは この 分 化 誘 導 技 術 を 用 いて 生 産 した 立 体 [6] 網 膜 を 網 膜 色 素 変 性 を 対 象 とした 再 生 医 療 に 応 用 するための 研 究 を 進 めていま す 本 研 究 は 文 部 科 学 省 の 再 生 医 療 実 現 拠 点 ネットワークプログラム の 一 環 と して 行 い 成 果 は 英 国 のオンライン 科 学 雑 誌 Nature Communications (2 月 19 日 付 け: 日 本 時 間 2 月 19 日 )に 掲 載 されます 共 同 研 究 グループ 理 化 学 研 究 所 多 細 胞 システム 形 成 研 究 センター 器 官 発 生 研 究 チーム 客 員 研 究 員 桑 原 篤 *, (くわはら あつし) リサーチ アソシエイト 大 曽 根 親 文 (おおぞね ちかふみ) 客 員 研 究 員 中 野 徳 重 * (なかの とくしげ) 1
* 住 友 化 学 生 物 環 境 科 学 研 究 所 細 胞 科 学 グループ ( 兼 任 ) 現 所 属 : 大 日 本 住 友 製 薬 再 生 細 胞 医 薬 事 業 推 進 室 住 友 化 学 生 物 環 境 科 学 研 究 所 細 胞 科 学 グループ グループマネージャー 斎 藤 幸 一 (さいとう こういち) 理 化 学 研 究 所 多 細 胞 システム 形 成 研 究 センター 立 体 組 織 形 成 研 究 ユニット ユニットリーダー 永 樂 元 次 (えいらく もとつぐ) 理 化 学 研 究 所 発 生 再 生 科 学 総 合 研 究 センター 器 官 発 生 研 究 グループ グループディレクター 笹 井 芳 樹 (ささい よしき) 1. 背 景 ES 細 胞 ( 胚 性 幹 細 胞 )や ips 細 胞 ( 人 工 多 能 性 幹 細 胞 )などの 多 能 性 幹 細 胞 [1] は すべての 種 類 の 体 細 胞 に 分 化 する 能 力 ( 多 能 性 )を 持 ち 試 験 管 内 で 医 学 的 産 業 的 に 有 用 な 細 胞 や 組 織 を 産 生 するための 供 給 源 として 注 目 されています ES 細 胞 や ips 細 胞 を 目 的 とする 細 胞 へと 分 化 させる 分 化 誘 導 法 の 開 発 は 激 しい 国 際 競 争 のなかで 進 められています これまで 理 研 の 笹 井 芳 樹 博 士 を 中 心 とした 研 究 チーム は 多 能 性 幹 細 胞 を 効 率 よく 分 化 できる SFEBq 法 ( 無 血 清 凝 集 浮 遊 培 養 法 ) [5] を 開 発 し マウスやヒトの ES 細 胞 や ips 細 胞 から 大 脳 視 床 下 部 下 垂 体 小 脳 や 網 膜 などの 複 雑 な 神 経 組 織 を 試 験 管 内 で 形 成 させることに 成 功 してきました SFEBq 法 の 特 徴 は 細 胞 集 団 が 自 発 的 に 秩 序 立 った 構 造 を 作 り 上 げる 現 象 ( 自 己 組 織 化 )を 利 用 して 試 験 管 内 で 個 体 発 生 のプロセスを 再 現 させ 細 胞 が 整 然 と 並 んだ 三 次 元 組 織 を 安 定 的 かつ 再 現 性 よく 作 り 出 せる 点 にあります ES 細 胞 や ips 細 胞 から 作 製 される 網 膜 細 胞 は 医 薬 品 など 化 学 物 質 の 薬 効 や 安 全 性 評 価 さらに 再 生 医 療 への 応 用 が 期 待 され 注 目 を 集 めています 共 同 研 究 グル ープは 網 膜 の 作 製 法 として これまでマウス ES 細 胞 からの 立 体 網 膜 の 形 成 注 1) ヒト ES 細 胞 からの 立 体 網 膜 の 形 成 注 2) を 報 告 してきました 本 研 究 では この 立 体 網 膜 の 作 製 法 を 改 良 する 目 的 で 以 下 の 3 つの 課 題 に 取 り 組 みました 1) 選 択 的 な 網 膜 分 化 誘 導 法 の 開 発 2) 毛 様 体 縁 を 持 つ 網 膜 組 織 の 作 製 法 の 開 発 3) 毛 様 体 縁 を 持 つ 網 膜 組 織 における 細 胞 の 動 態 評 価 注 1)2011 年 4 月 7 日 のプレスリリース ES 細 胞 から 人 工 網 膜 組 織 の 3 次 元 形 成 に 世 界 で 初 めて 成 功 http://www.riken.jp/pr/press/2011/20110407/ 注 2) 2012 年 6 月 14 日 のプレスリリース ヒト ES 細 胞 から 立 体 網 膜 の 形 成 に 世 界 で 初 めて 成 功 http://www.riken.jp/pr/press/2012/20120614/ 2. 研 究 手 法 と 成 果 1) 選 択 的 な 網 膜 分 化 誘 導 法 の 開 発 従 来 の SFEBq 法 で 網 膜 を 作 製 する 場 合 は 分 化 を 促 進 するために 培 養 液 中 に 動 物 由 来 の 基 底 膜 抽 出 物 を 添 加 していました この 基 底 膜 抽 出 物 は マウス 肉 腫 由 来 細 胞 の 抽 出 物 であり さまざまな 成 分 を 含 んでいるため 品 質 保 証 が 難 しく 安 定 的 に 高 い 分 化 効 率 が 求 められる 再 生 医 療 用 途 には 不 向 きです この 点 が 網 膜 組 織 を 2
生 産 する 上 での 課 題 の 1 つになっていました 共 同 研 究 グループは 基 底 膜 抽 出 物 を 使 わずに 効 率 よく 網 膜 へと 分 化 させること を 目 指 して SFEBq 法 の 培 養 条 件 に 新 たに 検 討 を 加 えました その 結 果 分 化 培 養 の 初 期 に BMP( 骨 形 成 因 子 )と 呼 ばれるシグナル 作 用 物 質 を 添 加 することで ヒト [7] ES 細 胞 から 効 率 よく 網 膜 組 織 へと 分 化 誘 導 できることを 発 見 し これを BMP 法 と 名 付 けました( 図 1 図 2) BMP 法 は 基 底 膜 抽 出 物 を 使 った 従 来 法 と 比 べ 分 化 誘 導 効 率 が 80% 程 度 と 高 く( 従 来 法 では 最 高 でも 70% 程 度 Nakano et al., Cell Stem Cell 2012) 選 択 的 に 網 膜 へと 分 化 誘 導 できることが 分 かりました さらに 従 来 法 では 分 化 誘 導 効 率 が 不 安 定 でしたが BMP 法 の 分 化 誘 導 効 率 は 常 に 80% 程 度 と 安 定 していました 図 1 胎 児 期 の 網 膜 における 毛 様 体 縁 緑 : 神 経 網 膜 ( 網 膜 ) 灰 : 網 膜 色 素 上 皮 (RPE) 青 : 毛 様 体 縁 毛 様 体 縁 は 神 経 網 膜 と RPE の 境 界 領 域 に 存 在 する ヒトの 毛 様 体 縁 の 役 割 は ほ とんど 分 かっていなかった 図 2 開 発 した 選 択 的 な 網 膜 分 化 誘 導 法 (BMP 法 ) 上 段 :BMP 法 による 網 膜 分 化 の 概 略 図 下 段 : 対 照 群 (BMP 非 存 在 下 左 ) BMP 存 在 下 ( 右 )で 培 養 した 細 胞 凝 集 体 それぞれの 画 像 は 網 膜 マー カー(Rx)の 蛍 光 像 ( 緑 色 )と 明 視 野 像 ( 白 黒 )を 重 ねてある ヒト ES 細 胞 を 培 養 皿 から 剥 がして SFEBq 法 により 細 胞 凝 集 体 を 形 成 させた 後 培 養 液 中 に BMP-4 を 添 加 すると 18 日 後 から 24 日 後 に 胎 児 型 の 網 膜 組 織 が 形 成 された(スケールバー: 500μm) 3
2) 毛 様 体 縁 を 持 つ 網 膜 組 織 の 作 製 法 の 開 発 毛 様 体 縁 は 胎 児 期 の 網 膜 の 端 に 存 在 する 領 域 ( 図 1)で その 役 割 は 動 物 間 で 差 があります 魚 類 や 両 生 類 鳥 類 などを 用 いた 研 究 では 毛 様 体 縁 は 幹 細 胞 を 長 期 的 に 維 持 する 特 殊 な 構 造 ( 幹 細 胞 ニッチ)であり 網 膜 の 成 長 や 再 生 に 貢 献 する ことが 知 られていました 一 方 ほ 乳 類 の 実 験 モデルとしてよく 使 われるマウスで は 胎 児 期 の 毛 様 体 縁 の 役 割 は 明 確 には 分 かっておらず 幹 細 胞 が 存 在 するかしな いかについては 発 生 生 物 学 者 の 間 でも 意 見 が 分 かれていました さらに ヒトの 毛 様 体 縁 は 実 験 に 使 用 できるヒト 組 織 の 入 手 が 困 難 であるため 網 膜 発 生 における 役 割 がほとんど 明 らかになっていませんでした 毛 様 体 縁 の 特 性 特 に 幹 細 胞 が 存 在 するか 否 かを 解 明 できれば それぞれの 動 物 の 眼 の 形 や 大 きさがどのように 決 ま っているかの 理 解 につながる 可 能 性 があります そこで 共 同 研 究 グループは ヒ ト ES 細 胞 を 毛 様 体 縁 を 持 つ 立 体 網 膜 へと 分 化 誘 導 することを 目 指 しました 毛 様 体 縁 は 胎 児 期 の 網 膜 ( 神 経 網 膜 )と 網 膜 色 素 上 皮 (RPE)の 境 界 領 域 に 形 成 されます( 図 1) そこで まず 神 経 網 膜 と RPE が 共 存 する 複 合 網 膜 組 織 の 作 製 法 を 検 討 しました これまでの 研 究 により 神 経 網 膜 の 分 化 維 持 には FGF シグナル が また RPE の 分 化 維 持 には Wnt シグナルが 重 要 な 役 割 をしていることが 分 か っていました 共 同 研 究 グループは ヒト ES 細 胞 から BMP 法 で 作 製 した 網 膜 組 織 を まず FGF シグナルの 阻 害 薬 と Wnt シグナルの 作 動 薬 を 含 む 培 養 液 で 培 養 して RPE へと 分 化 させ その 後 再 び 神 経 網 膜 を 誘 導 する 条 件 で 培 養 することにより 神 経 網 膜 へと 戻 すことで 神 経 網 膜 と RPE が 共 存 した 複 合 網 膜 組 織 の 形 成 に 成 功 しま した この 方 法 は いったん RPE に 運 命 転 換 [8] した 細 胞 を 再 び 神 経 網 膜 へと 運 命 転 換 させることから 揺 り 戻 し 法 [8] と 名 付 けました( 図 3) これまでの 方 法 では 神 経 網 膜 のみ または RPE のみを 作 ることはできていま した しかし 神 経 網 膜 と RPE が 共 存 する 複 合 網 膜 組 織 を 効 率 よく 安 定 的 に 作 る のは 困 難 でした 本 研 究 で 開 発 した 揺 り 戻 し 法 では 神 経 網 膜 と RPE の 間 を 行 った り 来 たりさせ 細 胞 集 団 の 運 命 を 揺 さぶることで 複 合 網 膜 組 織 を 安 定 して 40% 程 度 の 効 率 で 作 製 できるようになりました 図 3 神 経 網 膜 と RPE が 共 存 する 凝 集 体 の 製 造 法 ( 揺 り 戻 し 法 ) ヒト ES 細 胞 から BMP 法 で 作 製 した 網 膜 組 織 を いったん RPE へと 分 化 させた 後 に(RPE 誘 導 ) 再 び 神 経 網 膜 へと 運 命 転 換 させることで( 網 膜 誘 導 ) 神 経 網 膜 と RPE が 共 存 した 複 合 網 膜 組 織 を 形 成 できた この 方 法 は 網 膜 組 織 を RPE と 神 経 網 膜 の 間 で 行 ったり 来 たりさせ 細 胞 集 団 の 運 命 を 揺 さぶることを 特 徴 とし 揺 り 戻 し 法 と 呼 ぶ ( 写 真 : 緑 が 神 経 網 膜 [Rx:GFP] 黒 が RPE スケールバー: 500μm) 4
揺 り 戻 し 法 により 作 製 した 複 合 網 膜 組 織 は 60 日 目 まで 培 養 を 続 けると 神 経 網 膜 と RPE がそれぞれ 成 長 し 野 菜 のカブとよく 似 た 形 態 になりました(カブラ 型 網 膜 とも 呼 ぶ) この 複 合 網 膜 組 織 を 解 析 したところ 神 経 網 膜 と RPE の 境 界 領 域 に 胎 児 の 毛 様 体 縁 によく 似 た 特 徴 を 持 つ 組 織 が 形 成 されました( 図 4) このことは ヒト ES 細 胞 から 神 経 網 膜 と RPE を 同 時 に 誘 導 することで 自 己 組 織 化 により 両 者 の 境 界 領 域 に 毛 様 体 縁 が 形 成 されることを 示 唆 しています この 毛 様 体 縁 を 含 む 複 合 網 膜 組 織 は 90 日 目 まで 培 養 を 続 けると 幼 若 な 視 細 胞 前 駆 細 胞 を 豊 富 に 含 むことが 確 認 されました( 図 5) さらに 150 日 目 まで 培 養 を 続 けると 分 化 の 進 んだ 視 細 胞 が 産 生 されました また この 複 合 網 膜 組 織 では 従 来 法 に 比 べ 胎 児 網 膜 とよく 似 た 規 則 的 な 立 体 構 造 ( 連 続 上 皮 構 造 )が 高 い 頻 度 で 含 まれることが 分 かりました 図 4 揺 り 戻 し 法 で 作 製 した 複 合 網 膜 組 織 の 毛 様 体 縁 揺 り 戻 し 法 により 作 製 した 複 合 網 膜 組 織 は 蕪 (かぶら)によく 似 た 特 徴 的 な 外 見 をもち( 左 分 化 60 日 目 ) 自 己 組 織 化 により 神 経 網 膜 と RPE の 境 界 領 域 に 毛 様 体 縁 が 形 成 されることが 分 かった( 中 右 分 化 63 日 目 ) 図 5 複 合 網 膜 組 織 に 含 まれる 視 細 胞 左 は 毛 様 体 縁 を 含 む 複 合 網 膜 組 織 を 90 日 間 培 養 した 画 像 視 細 胞 前 駆 細 胞 ( 赤 Blimp1)を 豊 富 に 含 んでいる 右 は 150 日 間 培 養 した 画 像 で より 成 熟 した 視 細 胞 ( 紫 Recoverin)へと 分 化 している この 複 合 網 膜 組 織 に は 従 来 法 に 比 べ 胎 児 網 膜 とよく 似 た 規 則 的 な 立 体 構 造 ( 連 続 上 皮 構 造 )が 高 い 頻 度 で 含 まれる 5
3) 毛 様 体 縁 を 持 つ 網 膜 組 織 における 細 胞 の 動 態 次 に 毛 様 体 縁 を 含 む 立 体 網 膜 の 性 質 を 詳 細 に 検 討 しました まず 網 膜 幹 細 胞 の 数 を 調 べたところ 毛 様 体 縁 に 幹 細 胞 が 豊 富 に 含 まれることが 分 かりました( 図 6) また 毛 様 体 縁 に 含 まれる 幹 細 胞 は 光 を 受 ける 視 細 胞 や 脳 に 視 覚 情 報 を 伝 える 神 経 節 細 胞 への 分 化 能 を 持 つことも 確 認 しました さらに 細 胞 を 核 酸 アナロ グでラベルして 動 態 を 解 析 した 結 果 毛 様 体 縁 の 細 胞 は 活 発 に 増 殖 し 毛 様 体 縁 の 近 くで 立 体 網 膜 を 成 長 させる 細 胞 が 供 給 されることを 発 見 しました これらの 結 果 から 毛 様 体 縁 が 幹 細 胞 ニッチとして 機 能 することが 立 体 網 膜 が 試 験 管 内 で 成 長 する 上 で 重 要 であることが 分 かりました( 図 7) 図 6 毛 様 体 縁 に 存 在 する 幹 細 胞 毛 様 体 縁 に 幹 細 胞 が 含 まれるか 否 かを ニューロスフェア 法 により 調 べた すると 毛 様 体 縁 からは 効 率 よく ニューロスフェア( 球 状 の 細 胞 塊 )が 形 成 された すなわち 毛 様 体 縁 には 神 経 網 膜 と 比 べて 幹 細 胞 が 豊 富 に 含 まれることが 示 唆 された 図 7 研 究 成 果 のまとめ 本 研 究 では BMP 法 という ヒト ES 細 胞 から 網 膜 組 織 への 安 定 的 な 分 化 誘 導 法 を 開 発 した 次 に 揺 り 戻 し 法 という 網 膜 組 織 を 出 発 材 料 として 神 経 網 膜 と RPE を 共 存 させた 複 合 網 膜 組 織 を 形 成 させる 手 法 を 確 立 し た この 複 合 網 膜 組 織 では 自 己 組 織 化 により 毛 様 体 縁 が 形 成 されることを 見 いだした 形 成 された 複 合 網 膜 組 織 では 毛 様 体 縁 が 幹 細 胞 ニッチとして 機 能 して 網 膜 の 成 長 に 貢 献 することが 分 かった 6
3. 今 後 の 期 待 本 研 究 では 選 択 的 で 安 定 性 の 高 い 網 膜 分 化 誘 導 法 を 確 立 しました また 揺 り 戻 し 法 により 毛 様 体 縁 を 含 む 複 合 網 膜 組 織 の 作 製 に 成 功 しました さらに 毛 様 体 縁 が 幹 細 胞 ニッチとして 機 能 することで 立 体 網 膜 が 試 験 管 内 で 大 きく 成 長 する ことが 分 かりました( 図 7) これまで ヒトの 網 膜 がどのようにして 成 長 するかは 大 きな 謎 でしたが 本 研 究 により 網 膜 の 端 に 存 在 する 毛 様 体 縁 が 幹 細 胞 ニッチ として 機 能 することにより ヒトの 網 膜 を 試 験 管 内 で 成 長 させるのに 貢 献 すること が 明 らかになりました 幹 細 胞 ニッチ 形 成 のメカニズムは よく 分 かっていませんでしたが 今 回 新 た に 試 験 管 内 で 幹 細 胞 ニッチを 形 成 する 培 養 系 が 確 立 できました 今 後 この 培 養 系 を 用 いることで 幹 細 胞 性 すなわち 幹 細 胞 を 幹 細 胞 たらしめる 分 子 機 構 の 解 明 に 迫 れるのではないかと 考 えています ヒト 立 体 網 膜 を 用 いた 再 生 医 療 を 広 く 普 及 させるための 大 きな 課 題 の 1 つとして 安 定 生 産 が 難 しいという 課 題 がありましたが 本 研 究 により 安 定 生 産 に 適 した 分 化 誘 導 技 術 を 確 立 できました この 技 術 の 長 所 は (1) 分 化 誘 導 効 率 が 安 定 的 に 高 い 点 (2) 複 合 網 膜 組 織 は 品 質 のバラツキが 小 さい 点 ( 網 膜 の 形 状 神 経 網 膜 と RPE の 比 率 ) (3) 複 合 網 膜 組 織 の 毛 様 体 縁 付 近 は 胎 児 網 膜 と 良 く 似 た 規 則 的 な 立 体 構 造 ( 連 続 上 皮 構 造 )をとる 点 が 挙 げられます こうした 特 性 を 持 つ 複 合 網 膜 組 織 は 研 究 開 発 用 途 で 有 用 です 現 在 再 生 医 療 応 用 に 向 け 理 研 多 細 胞 システム 形 成 研 究 センター 網 膜 再 生 医 療 研 究 開 発 プロジェクトの 高 橋 政 代 プロジェクトリーダーらは 住 友 化 学 のグループ 会 社 である 大 日 本 住 友 製 薬 との 共 同 で 本 研 究 成 果 をヒト ips 細 胞 に 適 用 して 網 膜 色 素 変 性 を 対 象 とした 再 生 医 療 の 実 現 に 向 けた 研 究 開 発 を 進 めています 4. 論 文 情 報 <タイトル> Generation of a ciliary margin-like stem cell niche from self-organizing human retinal tissue < 著 者 名 > Atsushi Kuwahara *, Chikafumi Ozone *, Tokushige Nakano *, Koichi Saito, Mototsugu Eiraku & Yoshiki Sasai *Contributed equally < 雑 誌 > Nature Communications <DOI> doi: 10.1038/ncomms7286 5. 補 足 説 明 [1] ES 細 胞 ( 胚 性 幹 細 胞 ) ips 細 胞 ( 人 工 多 能 性 幹 細 胞 ) 多 能 性 幹 細 胞 脊 椎 動 物 の 初 期 胚 が 持 つ 全 ての 種 類 の 体 細 胞 へ 分 化 する 能 力 を 多 能 性 という 多 能 性 7
を 持 ち 試 験 管 内 で 培 養 して 無 限 に 増 やすことができる 細 胞 を 多 能 性 幹 細 胞 という ES 細 胞 は 哺 乳 類 の 着 床 前 胚 ( 胚 盤 胞 )に 存 在 する 内 部 細 胞 塊 から 作 製 された 多 能 性 幹 細 胞 ips 細 胞 は 体 細 胞 を 初 期 化 することで 樹 立 された 多 能 性 幹 細 胞 を 指 す ES 細 胞 や ips 細 胞 は 多 能 性 を 有 しているため 体 のさまざまな 細 胞 に 分 化 する 能 力 があり 再 生 医 療 の 材 料 や 医 薬 品 など 化 学 物 質 の 薬 効 安 全 性 評 価 への 利 用 が 期 待 されている [2] 毛 様 体 縁 胎 児 期 の 網 膜 と 網 膜 色 素 上 皮 の 境 界 に 存 在 する 構 造 体 毛 様 体 縁 の 役 割 には 動 物 間 での 種 差 があることが 報 告 されており ヒトの 毛 様 体 縁 の 網 膜 発 生 における 役 割 については ほとんど 明 らかにされていない [3] 幹 細 胞 ニッチ 幹 細 胞 を 長 期 間 ( 例 えば 一 生 涯 ) 維 持 できる 特 別 な 微 小 環 境 のこと 骨 髄 に 存 在 する 造 血 幹 細 胞 ニッチ 毛 包 に 存 在 する 毛 包 幹 細 胞 ニッチ 腸 管 上 皮 陰 窩 に 存 在 する 腸 上 皮 幹 細 胞 ニッチなどが 知 られている [4] 立 体 網 膜 複 合 網 膜 組 織 網 膜 組 織 は 光 を 受 容 して 電 気 シグナルに 変 換 し さらに 情 報 処 理 後 に 脳 の 視 覚 中 枢 へ 軸 索 を 介 して 情 報 を 伝 える 重 要 な 感 覚 組 織 大 きく 内 外 2 つの 上 皮 組 織 が 重 なってできて いる 内 側 は 光 を 受 容 し 情 報 処 理 を 行 なう 神 経 網 膜 ( 本 稿 では 網 膜 とも 呼 ぶ)で 視 細 胞 などの 複 数 種 類 の 細 胞 を 含 む 外 側 は 視 細 胞 の 生 存 と 機 能 をサポートする 1 層 の 細 胞 シートである 網 膜 色 素 上 皮 (RPE)からなる 立 体 網 膜 とは 試 験 管 内 で 作 製 した 胎 児 網 膜 とよく 似 た 層 構 造 を 持 つ 網 膜 組 織 のこと 複 合 網 膜 組 織 とは 神 経 網 膜 と RPE が 共 存 する 立 体 網 膜 のこと [5] SFEBq 法 ( 無 血 清 凝 集 浮 遊 培 養 法 ) 分 化 誘 導 法 多 能 性 幹 細 胞 から 特 定 の 細 胞 を 作 る 方 法 のことを 分 化 誘 導 法 という 試 験 管 内 で 適 切 な 刺 激 を 加 えることで 細 胞 に 備 わる 分 化 プログラムが 働 き 特 定 の 細 胞 種 ( 神 経 細 胞 肝 細 胞 心 筋 細 胞 網 膜 細 胞 など)へと 分 化 させることができる 理 研 の 笹 井 芳 樹 博 士 を 中 心 とした 研 究 チームは 2008 年 SFEBq 法 ( 無 血 清 凝 集 浮 遊 培 養 法 )という 分 化 誘 導 法 を 開 発 した SFEBq 法 では 血 清 や 転 写 因 子 などの 神 経 分 化 阻 害 効 果 のある 成 分 を 一 切 含 まない 特 殊 な 培 養 液 に 多 能 性 幹 細 胞 を 浮 遊 させて 数 日 培 養 する この 方 法 によ り 90% 以 上 の 細 胞 を 中 枢 神 経 系 の 細 胞 に 分 化 させることができる SFEBq 法 の 特 徴 は 細 胞 集 団 が 自 発 的 に 秩 序 だった 構 造 を 作 り 上 げる 現 象 ( 自 己 組 織 化 )を 利 用 することに より 試 験 管 内 で 個 体 発 生 のプロセスを 再 現 させ 細 胞 が 整 然 と 並 んだ 三 次 元 組 織 を 安 定 的 に 再 現 性 よく 作 り 出 せる 点 にある [6] 網 膜 色 素 変 性 網 膜 変 性 は 網 膜 組 織 を 構 成 する 特 定 の 種 類 の 細 胞 が 加 齢 や 遺 伝 的 原 因 などで 変 性 し て 起 こる 疾 患 で 強 度 の 視 力 障 害 に 至 る 重 篤 なものである 代 表 的 なものの1つに 遺 伝 子 の 異 常 が 原 因 で 視 細 胞 が 変 性 して 起 こる 網 膜 色 素 変 性 がある 視 細 胞 の 変 性 脱 落 は 数 十 年 以 上 かけてゆっくり 起 こることが 多 いが 暗 いところで 光 を 感 知 する 桿 体 (かんたい) 細 胞 が 優 先 的 に 変 性 する 初 期 には 夜 盲 症 ( 夜 に 物 が 見 えない)で 始 ま る 次 第 に 見 える 視 野 が 狭 まってゆき やがて 失 明 に 至 ることも 多 い 網 膜 色 素 変 性 を 起 こす 遺 伝 子 異 常 は 複 数 発 見 されており 遺 伝 子 診 断 も 一 部 可 能 だが 治 療 法 や 予 防 8
法 は 現 在 存 在 していない [7] BMP 法 基 底 膜 抽 出 物 を 使 わずに 効 率 よく 網 膜 分 化 させるため SFEBq 法 の 培 養 条 件 に 新 たに 検 討 を 加 えた その 結 果 分 化 培 養 の 初 期 に BMP( 骨 形 成 因 子 )シグナル 作 用 物 質 を 添 加 することで ヒト ES 細 胞 から 効 率 よく 網 膜 組 織 を 作 製 できることが 分 かった(BMP 法 ) しかし そのメカニズムは 分 かっていない この SFEBq 法 の 培 養 系 では BMP を 添 加 し ない 条 件 では 大 脳 ( 終 脳 )へと 選 択 的 に 分 化 する 発 生 生 物 学 の 研 究 から BMP シグナル には 大 脳 分 化 を 抑 制 する 活 性 があることが 示 唆 されているため BMP 法 では BMP が 大 脳 分 化 を 抑 制 した 結 果 網 膜 になっているのではないかと 考 えている [8] 運 命 転 換 揺 り 戻 し 法 運 命 転 換 とは 異 なる 分 化 系 譜 の 細 胞 へと 分 化 状 態 を 転 換 すること 最 終 分 化 した 細 胞 の 運 命 転 換 のことを 特 に 分 化 転 換 という 場 合 がある 例 えば 繊 維 芽 細 胞 は MyoD 遺 伝 子 を 導 入 するだけで 筋 肉 の 細 胞 へと 運 命 転 換 することが 知 られている また 細 胞 のリプログラミングも 運 命 転 換 の 一 種 と 考 えることもできる 胎 児 期 の 網 膜 は これ までの 研 究 から 網 膜 ( 神 経 網 膜 )と 網 膜 色 素 上 皮 (RPE)の 間 で 互 いに 運 命 転 換 しやす い 性 質 を 持 つことが 報 告 されていた 遺 伝 子 の 導 入 などの 操 作 により 網 膜 から RPE へ の 運 命 転 換 や 逆 に RPE から 網 膜 への 運 命 転 換 が 起 きることが 分 かっていた このよう な 発 生 生 物 学 の 知 見 を 活 かし 本 研 究 では 試 験 管 内 で 網 膜 から RPE への 運 命 転 換 と 続 いて RPE から 網 膜 への 運 命 転 換 を 起 こすことで 網 膜 と RPE が 共 存 する 新 型 網 膜 を 安 定 的 に 作 ることに 成 功 した 共 同 研 究 グループはこの 分 化 誘 導 法 を 揺 り 戻 し 法 と 名 付 けた 揺 り 戻 し 法 は 組 織 と 組 織 の 境 界 に 存 在 する 中 間 領 域 を 高 効 率 で 分 化 誘 導 す る 方 法 として 一 般 化 できる 可 能 性 がある 6. 発 表 者 機 関 窓 口 < 発 表 者 > 理 化 学 研 究 所 多 細 胞 システム 形 成 研 究 センター 器 官 発 生 研 究 チーム 客 員 研 究 員 桑 原 篤 (くわはら あつし) ( 住 友 化 学 株 式 会 社 主 任 研 究 員 ) ( 現 所 属 : 大 日 本 住 友 製 薬 株 式 会 社 再 生 細 胞 医 薬 事 業 推 進 室 ) 立 体 組 織 形 成 研 究 ユニット ユニットリーダー 永 樂 元 次 (えいらく もとつぐ) < 取 材 申 し 込 み 先 > 理 化 学 研 究 所 多 細 胞 システム 形 成 研 究 推 進 室 広 報 担 当 TEL:078-306-3092 FAX:078-306-3090 E-mail:cdb-pr@cdb.riken.jp < 機 関 窓 口 > 理 化 学 研 究 所 広 報 室 報 道 担 当 9
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715 E-mail:ex-press@riken.jp 住 友 化 学 株 式 会 社 コーポレートコミュニケーション 室 ( 広 報 ) TEL:03-5543-5102 FAX:03-5543-5901 E-mail:sumika-kouhou@ya.sumitomo-chem.co.jp 10