3 章 まとめと 考 察 一 部 ではあるが 益 田 川 に 関 する 地 域 の 民 話 について 取 材 考 察 を 行 ってきた 紹 介 し た 民 話 の 内 容 構 成 について また 民 話 の 舞 台 となる 河 川 について 考 察 した 点 をまとめ てみる 文 中 に 表 示 している 番 号 は 2 章 で 紹 介 している 民 話 の 番 号 に 対 応 している 1 民 話 の 構 成 について (1) 人 間 と 異 形 との 出 会 い 奇 跡 の 体 験 水 資 源 を 確 保 するために 先 人 たちが 益 田 川 流 域 で 生 活 を 営 み その 中 からさまざまな 民 話 が 生 まれてきた 川 に 関 する 多 くの 民 話 の 特 徴 として 人 間 と 人 間 との 物 語 よりも 人 間 と 異 形 の 者 たちとが 出 会 う 話 あるいは 日 常 では 考 えられない 特 殊 な 出 来 事 が 起 き る 話 が 多 い 今 回 調 査 した 民 話 をまとめた 次 頁 の[ 表 ]を 見 ると 人 間 に 化 けた 蛇 (1-1)やイワ ナ(5-1 8-2) 蜘 蛛 に 化 けた 蛇 (2-1) 生 き 物 の 姿 をした 神 や 仏 (6-1 7-2)といった 異 形 の 者 たちや カッパ(1-2)や 鬼 (4-1)といった 想 像 上 の 生 き 物 が 登 場 する また 山 や 滝 や 淵 (3-2 4-2 6-2)に 祈 願 をすることで 雨 が 降 ったり 必 要 な 椀 や 膳 が 準 備 されるといった 奇 跡 が 実 現 する 物 語 の 中 で 龍 や 蛇 が 登 場 するのは 川 の 形 が 洪 水 のたびに 変 わり 蛇 や 龍 が 動 くようで あるため そのような 生 き 物 を 登 場 させたのではないだろうか 魚 ではイワナの 登 場 頻 度 が 高 い(1-1 5-1 7-1) 柳 田 國 男 の 魚 王 行 乞 譚 では イワナが 僧 になるという 話 は 御 嶽 山 麓 に 同 じような 話 がみられ 美 濃 信 州 にも あるという イワナは 川 の 大 いなるもの または 強 力 なるもの と 考 えられていた 挙 動 の 猛 烈 さ 殊 に 老 魚 の 眼 の 光 の 凄 さを 認 められてゐた よくよくの 場 合 でない とさういふ 偉 大 なものの 目 に 触 れることはないために これも 常 には 深 い 淵 の 底 に 一 種 の 龍 宮 を 構 えてゐるものと 考 えたのであろう と 記 している (2) 季 節 について イワナの 話 (5-1)に 初 午 団 子 が 登 場 するが これが 一 年 でもっとも 早 い 季 節 であ り 温 かくなるに 従 い 民 話 の 数 は 増 えていく 現 在 は 最 も 寒 い 季 節 だが かつて 初 午 は 旧 暦 の 二 月 だったので 春 先 の 行 事 であった つまり 益 田 川 の 民 話 は 春 から 秋 にかけ て 生 き 物 ( 異 形 の 者 たちを 含 む)が 水 浴 びをしたり(1-2) 飛 び 込 んだり(8-1)できる 季 節 の 話 が 多 い 冬 期 間 の 民 話 は 極 めて 少 なく 久 々 野 で 女 淵 という 話 を 確 認 しただけだった (3) 話 の 類 似 性 について 今 回 の 研 究 を 通 して それぞれの 地 域 独 自 の 物 語 と 思 われていたものが 異 なる 地 域 で も 伝 えられていることを 確 認 した 孝 池 水 (6-3)が 特 徴 的 だが 自 分 たちの 地 域 の 似 たような 地 形 に 置 き 換 えて 話 が 創 作 されている(どの 話 がオリジナルかは 不 明 である) 商 人 や 歩 荷 などによって 面 白 い 話 が 口 伝 され 語 り 継 がれてきたのだろうか 50
ちんまが 池 (1-1)の 話 のように 遠 く 離 れた 地 域 と 同 じ 話 もある ちんまが 池 の 話 は イワナを 食 べた 小 三 郎 が のどが 渇 き 水 を 飲 み 続 け 大 蛇 に 変 身 する この 話 は 秋 田 県 の 八 郎 潟 の 話 に 似 ている 点 があることを 確 認 した 視 点 を 広 げると 近 隣 地 域 だけ でなく 遠 く 離 れた 地 域 にも 類 似 した 話 があることがわかるが このような 話 は 地 域 の 商 人 や 歩 荷 がもたらしたとは 考 えにくい 旅 人 や 修 行 者 あるいは 芸 能 者 が 伝 えたのだろか [ 表 ] 今 回 調 査 した 益 田 川 関 係 民 話 の 分 布 と 概 要 ( ) 内 は 関 連 する 話 地 域 番 号 物 語 地 域 登 場 人 物 登 場 する 異 形 こと 1-1 ちんまが 池 高 根 おちん 小 三 郎 原 助 大 蛇 [おちん] 1-2 吉 助 淵 高 根 水 浴 びする 人 カッパ かわっぱ 高 根 水 浴 びする 人 カッパ (カッパに 会 わないまじない) ( 朝 日 ) 水 浴 びする 人 カッパ (たか 橋 のがあらんべ) ( 金 山 ) 馬 方 村 人 カッパ (ガーランベ) ( 馬 瀬 ) 水 浴 びする 人 カッパ 2-1 蜘 蛛 だ 淵 朝 日 歩 荷 [ぼっか] 蛇 [ 蜘 蛛 ] ( 蒲 田 の 力 持 ち 石 ) ( 朝 日 ) 力 持 ちの 男 足 跡 や 一 文 銭 の 跡 2-2 龍 宮 淵 朝 日 乙 姫 ( 龍 宮 が 淵 ) ( 門 和 佐 ) ある 人 乙 姫 3-1 曲 取 岩 久 々 野 反 保 の 百 姓 と 橋 場 の 百 姓 力 持 ち 庄 助 (お 手 玉 石 ) ( 久 々 野 ) 村 人 力 持 ち 庄 助 ( 牛 岩 ) ( 久 々 野 ) 村 人 力 持 ち 庄 助 3-2 釜 淵 久 々 野 村 人 椀 膳 4-1 鬼 退 治 地 蔵 小 坂 村 人 旅 僧 鬼 地 蔵 4-2 釜 ヶ 淵 小 坂 姉 弟 釜 ( 滝 上 の 雨 乞 い) ( 小 坂 ) 村 人 観 音 様 のお 札 ( 観 音 滝 ) ( 小 坂 ) 村 人 観 音 様 ( 権 現 山 ) ( 萩 原 ) 地 域 の 人 たち 権 現 様 [ 山 の 神 ] 4-3 朝 六 橋 小 坂 大 坂 の 金 持 ち 番 頭 善 兵 衛 輝 く 玉 4-4 力 持 ち 小 太 郎 小 坂 小 太 郎 仁 王 様 4-5 がたがた 橋 小 坂 金 右 衛 門 亡 霊 5-1 ダンゴ 淵 とイワナ 萩 原 村 人 イワナ[ 坊 さん] ( 池 谷 の 青 どん 淵 ) ( 久 々 野 ) 与 作 夫 婦 イワナ[ 坊 さん] (イワナの 怪 異 ) ( 小 坂 ) 庄 右 衛 門 イワナ[ 坊 さん] (よのなか 岩 ) ( 萩 原 ) 地 域 の 人 たち よのなか 岩 5-2 水 よぶ 鯉 萩 原 村 人 和 田 様 鯉 の 彫 り 物 矢 の 彫 り 物 6-1 しらさぎ 伝 説 下 呂 村 人 しらさぎ 薬 師 如 来 6-2 椀 貸 せ 淵 下 呂 里 の 人 椀 膳 龍 6-3 孝 池 水 下 呂 左 近 母 琵 琶 湖 の 水 ( 醒 ヶ 井 の 水 ) ( 馬 瀬 ) 左 近 母 醒 ヶ 井 の 水 ( 醒 ヶ 井 の 水 ) ( 金 山 ) 右 近 父 醒 ヶ 井 の 水 7-1 波 切 不 動 金 山 中 切 区 の 某 不 動 像 ( 西 上 田 の 地 蔵 ) ( 萩 原 ) 上 田 村 地 蔵 7-2 鶏 鳴 滝 金 山 姫 村 人 鶏 8-1 八 百 比 丘 尼 馬 瀬 吉 兵 衛 龍 宮 8-2 かいだん 淵 馬 瀬 住 職 イワナ[ 母 子 ] 51
2 民 話 の 舞 台 としての 川 について (1) 外 部 世 界 との 境 界 としての 益 田 川 倫 理 教 科 書 ( 数 研 出 版 )の 日 本 の 風 土 と 社 会 には 村 落 共 同 体 の 景 観 について 近 くの 平 地 は 日 常 生 活 の 場 ( 生 活 世 界 )であり 身 近 な 日 常 の 世 界 である かなたの 海 原 や 奥 山 は 非 日 常 的 な 場 であり 見 知 らぬ 外 部 の 世 界 である 外 部 の 世 界 は 神 々の 住 むところ とされ 神 はそこから 内 部 の 世 界 に 来 訪 し 祟 りや 豊 穣 をもたらすと 考 えられた とあり ( 低 山 海 辺 や 島 ) 川 道 は 日 常 生 活 の 場 ( 内 部 の 世 界 )と 見 知 らぬ 外 部 の 世 界 との 接 点 であり 二 つの 世 界 を 橋 渡 しする 辺 境 世 界 である と 記 述 されている 例 えば 川 上 から 流 れてきた 桃 太 郎 は 外 部 世 界 から 内 部 世 界 にあらわれたものである とされる この 考 えから 益 田 川 を 考 察 してみると 三 つの 外 部 世 界 があるのではないかと 推 論 する 一 つは 上 記 のように 最 上 流 域 である 山 の 中 にあって 日 常 生 活 が 及 ばない 場 所 である 3000mを 超 える 乗 鞍 岳 御 嶽 山 をはじめ 多 くの 山 々や 滝 は 信 仰 の 対 象 になっている この ことは 地 域 の 行 事 からも 確 認 することができる(4-2 7-2) 人 間 の 生 活 圏 でない 地 域 は 民 話 の 舞 台 となるのではなく 信 仰 対 象 としてあがめられてきた 久 々 野 町 から 見 る 乗 鞍 岳 (9 月 5 日 ) 鈴 蘭 高 原 から 見 る 御 嶽 山 (9 月 5 日 ) 御 嶽 山 濁 河 登 山 口 の 御 嶽 神 社 (8 月 9 日 ) 御 嶽 山 飛 騨 頂 上 のさまざまな 石 像 (2012 年 10 月 6 日 ) 52
二 つ 目 の 外 部 世 界 は 他 の 集 落 である 益 田 川 沿 いにある 集 落 は 河 岸 段 丘 面 が 広 がった 比 較 的 安 全 な 地 域 に 形 成 されてきた 広 い 段 丘 面 がなく 河 川 の 氾 濫 が 大 きい 地 域 には 集 落 は 成 立 しない 集 落 と 集 落 は 河 川 と 道 路 を 通 じてつながっているが 交 通 路 や 交 通 手 段 が 現 代 のように 発 達 していなかった 時 代 日 常 生 活 は 自 分 たちの 集 落 で 完 結 しており 物 資 は 自 給 自 足 ならびに 商 人 や 運 送 業 物 によってもたらされるものだけだった ハレの 日 の 行 事 も 集 落 ごとに 行 われた 例 えば 祭 礼 の 日 に 演 じられた 歌 舞 伎 の 舞 台 は 各 集 落 に 存 在 していた 飛 騨 地 方 のような 山 間 部 にあっては 少 し 離 れた 集 落 への 移 動 は 困 難 であるため 他 の 集 落 もまた 外 部 世 界 といえるのではないか 民 話 の 例 を 挙 げると 小 太 郎 に 救 われた 仁 王 様 (4-4)は 隣 の 集 落 から 流 れてきたが 集 落 の 交 流 は 民 話 の 中 に 描 かれず 仁 王 様 は 小 坂 に 安 置 される 境 界 としての 河 川 の 向 こうは 見 知 らぬ 世 界 であり 村 から 郷 郷 から 郡 となるにつれて 人 々が 交 流 する 機 会 は 極 めて 少 なかったと 言 えるのではないだろか 三 つ 目 の 外 部 世 界 は 内 部 世 界 を 流 れる 益 田 川 にあって 人 間 がたどり 着 けない 場 所 例 えば 川 の 底 深 くにあったと 考 える 各 所 に 残 る 龍 宮 の 話 (2-2 6-2 8-1)は 外 部 世 界 の 深 い 淵 の 中 に 異 形 の 者 たちが 存 在 していると 考 えられていたからである ま た 温 泉 や 清 らかな 水 が 湧 き 続 ける 奇 跡 的 な 話 (6-1 6-3)は その 水 源 が 外 部 の 世 界 であり 川 を 通 してつながっていると 考 えたからではないだろうか 覗 き 見 ることが できない 世 界 が 境 界 である 川 を 通 して 民 話 として 生 まれてきたのではないだろうか (2) 橋 に 関 する 民 話 について 淵 とともに 橋 に 関 する 民 話 も 多 いことを 確 認 した 橋 は 道 をつなぐ 重 要 な 交 通 路 であ り 橋 に 関 する 話 は 益 田 川 流 域 全 体 にありそうだが 地 域 差 がみられる 高 根 地 域 から 小 坂 地 域 まで 益 田 川 上 流 地 域 の 民 話 の 舞 台 では 朝 六 橋 (4-3)や がたがた 橋 (4-5)のように 橋 そのもの あるいは 龍 宮 橋 近 くの 龍 宮 淵 (2-2)のように 橋 の 近 く が 舞 台 になっている 話 が 多 くみられるが 萩 原 以 南 では 橋 に 関 する 話 が 極 端 に 少 なくなる これは 益 田 川 の 川 幅 が 広 くなり 橋 よりも 渡 し 舟 を 使 った 移 動 の 方 が 一 般 的 であり 橋 の 数 も 少 なかったからと 考 えられる 橋 を 架 ける 技 術 が 未 発 達 であり また 洪 水 によっ て 橋 が 流 されてしまうリスクを 考 えると 川 を 渡 るのに 船 を 使 ったほうが 効 率 的 だったの だろう 萩 原 町 村 の 渡 し 図 ( 斐 太 後 風 土 記 萩 原 町 村 ) 53 塚 田 の 渡 し 跡 (8 月 11 日 下 呂 市 森 )
(3) 現 代 の 河 川 と 民 話 益 田 川 は 典 型 的 な 河 岸 段 丘 を 形 成 しており 古 い 集 落 は 段 丘 面 に 形 成 されてきた ダム 建 設 や 河 川 の 改 修 による 水 量 の 管 理 によって 水 害 が 抑 えられるようになると 護 岸 工 事 や 土 地 改 良 によって 川 岸 に 近 いところに 農 業 地 域 や 工 業 地 域 が 形 成 され 川 の 両 岸 をつな ぐ 橋 がほぼ 等 間 隔 に 建 設 されてきた 現 代 の 益 田 川 は 人 間 の 管 理 下 に 置 かれ これまでの 河 川 の 役 割 をさらに 向 上 させ 快 適 な 生 活 を 作 り 出 している 今 後 干 ばつや 洪 水 といった 民 話 のような 出 来 事 が 起 こることは 想 像 できないが 地 域 で 何 が 起 きていたのかを 民 話 を 通 して 確 認 することで 地 域 の 地 理 や 歴 史 を 明 らかにする ことができる このことは 私 たちの 暮 らしの 原 点 を 確 認 することにつながるだろう 河 岸 段 丘 上 にある 羽 根 集 落 (4 月 30 日 下 呂 市 萩 原 町 ) 明 治 期 に 益 田 川 の 西 岸 に 開 発 された 羽 根 新 田 (4 月 30 日 ) 農 業 用 水 を 確 保 するための 羽 根 地 区 の 取 水 口 (5 月 7 日 下 呂 市 萩 原 町 ) 取 水 口 から 引 いた 水 路 から 羽 根 新 田 の 水 を 引 く(5 月 7 日 下 呂 市 萩 原 町 ) 東 上 田 ダム(8 月 15 日 下 呂 市 小 坂 町 ) 54 下 原 ダム(8 月 30 日 下 呂 市 金 山 町 )