シリーズ 第 6 回 /2012 年 4 月 30 日 放 送 日 常 診 療 で 遭 遇 するうつ 病 -その 診 断 と 治 療 - 藤 田 保 健 衛 生 大 学 精 神 神 経 科 学 教 授 内 藤 宏 かかりつけ 医 が 遭 遇 する 軽 症 うつ 病 一 般 的 に うつ 病 というと 自 殺 のリスクが 高 い 重 症 例 をイメージされることが 多 いと 思 いま すが 今 回 は かかりつけ 医 の 先 生 方 が 日 常 診 療 で 遭 遇 する 軽 症 のうつ 病 を 中 心 にお 話 し ます うつ 病 に 限 らず 精 神 疾 患 というのは 患 者 さん 自 身 が こころの 病 気 だと 気 づいていない 場 合 が 多 いことが 知 られています しかし 身 体 面 や 行 動 面 には 症 状 が 出 ているため 身 体 症 状 を 主 訴 にかかりつけ 医 の 受 診 を 経 て 精 神 科 を 紹 介 されるケースが 多 いようです 行 動 面 としては 最 近 どうも 態 度 が 変 だとか 怒 りっぽいとか 仕 事 のミスが 多 い 学 生 では 急 に 成 績 が 落 ちる などの 症 状 から 職 場 や 学 校 のメンタルヘルス 活 動 によって 精 神 科 を 紹 介 され るケースが 増 えてきています どんな 病 気 でもそうですが うつ 病 こそ 早 期 発 見 が 必 要 な 病 気 です うつの 発 症 で 家 庭 や 職 場 での 人 間 関 係 がギスギスし その 結 果 患 者 さんの 状 況 を 悪 化 させてしまう そして 予 後 がさらに 悪 くなることがあります たとえば うつ 病 のために 情 緒 不 安 定 になったり 被 害 的 に 考 えたり 失 敗 が 増 えたりと そしてこういうことをきっかけに 離 婚 や 失 職 留 年 につながる こともあります ですからできるだけ 早 い 時 期 に 発 見 して 治 療 してあげる 方 が 立 ち 治 りやす い 疾 患 といえます では うつの 患 者 さんがかかりつけ 医 を 受 診 する 際 どのような 症 状 を 訴 えられることが 多 いかというと やはり 自 律 神 経 症 状 です 代 表 的 な 自 律 神 経 症 状 は 不 眠 食 欲 低 下 性 欲 減 退 などですが かかりつけ 医 の 先 生 方 が 遭 遇 するのはむしろ 不 定 愁 訴 すなわち 頭 痛 め まい 倦 怠 感 咽 喉 頭 異 常 感 微 熱 寒 気 動 悸 胃 部 不 快 感 などであります そして うつ 以 外 の 精 神 疾 患 でも こういった 症 状 から 始 まるケースは 非 常 に 多 いです
ですから 日 常 で 診 療 している いつもの 患 者 さん の 中 に 実 はうつも 沢 山 隠 れています そういう 意 味 で みなさんの 持 つうつ 病 のイメージを 刷 新 していただきたいたいと 思 います では 自 律 神 経 症 状 を 呈 する 精 神 疾 患 には 他 に 何 があるかというと うつ 病 を 含 む 気 分 障 害 だけではなく 不 安 障 害 統 合 失 調 症 あるいは 妄 想 性 障 害 といった 精 神 病 圏 の 患 者 さんも 自 律 神 経 症 状 を 訴 えることがあります また 薬 物 の 離 脱 症 状 一 般 的 に 多 いのはアルコー ルの 離 脱 症 状 ですが 脈 が 速 かったり 発 汗 があったり 毎 朝 体 調 が 悪 いというので 調 べて みると 薬 物 の 離 脱 症 状 で それに 伴 って 不 安 やうつ 状 態 が 出 ている 方 もいらっしゃいます さ らに 症 状 はあるけれど それを 説 明 す るような 疾 患 や 薬 物 の 影 響 他 の 精 神 疾 患 が 認 められない 原 因 不 明 の 場 合 を 広 く 身 体 表 現 性 障 害 と 言 っています 次 に うつ 状 態 の 患 者 さんが 初 診 に 受 診 した 診 療 科 を 調 べたデータでは 内 科 が 64.7%ともっとも 多 く 次 いで 婦 人 科 9.5% 脳 外 科 8.4% 精 神 科 5.6% 心 療 内 科 3.8% 耳 鼻 科 3.8% 整 形 外 科 2.8% その 他 1.4%という 結 果 でした こ こで 注 目 していただきたいのは 約 90% の 方 が 精 神 科 や 心 療 内 科 以 外 を 受 診 し ているという 点 です すなわち かかりつ け 医 を 経 てから 精 神 科 などを 受 診 するケ ースが 圧 倒 的 に 多 いということです もう 一 つ うつの 患 者 さんに 痛 み があ るかを 調 査 した 結 果 65%が 痛 みがあ る と 回 答 しています 頭 痛 が 圧 倒 的 に 多 いですが 背 部 痛 とか 腰 痛 などもあり ます そういった 症 状 から 内 科 受 診 につ ながっているのかもしれません 頭 痛 も 含 めて 特 に 頭 頸 部 首 から 上 の 部 分 とい うのは 非 常 に 不 定 愁 訴 が 多 いです 非 常 に 繊 細 な 感 覚 器 目 や 耳 や 鼻 や 口 と そういう 感 覚 器 があり 敏 感 なのでいろい ろな 症 状 がでやすい 頭 痛 に 限 らず 耳 鳴 りやめまい 口 腔 異 常 感 や 舌 の 痛 み 味 覚 障 害 咽 喉 頭 異 常 感 こういった 症 状 で 受 診 する 患 者 さんも 少 なくないようです
これらの 体 の 症 状 特 に 原 因 不 明 の 不 定 愁 訴 の 場 合 は うつ 病 や 不 安 障 害 という 疾 患 を 思 い 浮 かべていただくとよいと 思 います うつ 病 の 概 念 と 診 断 方 法 近 年 うつ 病 の 概 念 は 拡 大 しています かつての 概 念 では 希 死 念 慮 や 精 神 病 性 の 特 徴 を 伴 うような 中 等 症 から 重 症 の 症 例 をうつ 病 としていましたが 近 年 では 広 く 軽 症 例 まで 含 まれており うつ 病 概 念 の 裾 野 が 拡 大 されています そのため かつてはうつ 病 の 患 者 さんは 0.9% 以 下 といわれていましたが 現 在 では 16%が 生 涯 でうつ 病 を 経 験 するといわれていま す 診 断 方 法 についても かつては 伝 統 的 診 断 といわれる 患 者 さんの 症 状 に 併 せて 性 格 や 生 育 歴 家 族 背 景 遺 伝 背 景 などから 多 角 的 に 診 断 する 方 法 がとられていました 現 在 では 操 作 的 診 断 といって DSM-Ⅳや ICD-10 などを 用 い 診 断 基 準 を 明 確 にした 方 法 がとられてい ます これにより 何 項 目 以 上 の 症 状 を 満 たせば うつ 病 と 診 断 され 判 断 の 基 準 がハッキリ しました DSM-Ⅳについて 少 しご 説 明 しますと 大 うつ 病 のエピソードとして 1.いつも 憂 うつで 心 細 い という 抑 うつ 気 分 2. 以 前 のように 仕 事 や 趣 味 に 取 り 組 めないという 興 味 ないし 喜 びの 著 しい 減 退 3. 食 事 が 美 味 しくないという 食 欲 の 変 化 4.ぐっすり 眠 れないという 睡 眠 障 害 5. 精 神 運 動 性 の 焦 燥 もしくは 抑 制 すなわち 落 ち 着 きのなさ 元 気 のなさ 6. 疲 労 感 あるいは 気 力 の 減 退 7. 無 価 値 観 あるいは 自 責 感 8. 仕 事 や 勉 強 等 への 集 中 困 難 あるいは 決 断 困 難 9. 自 殺 念 慮 があります この 9 項 目 のうち 1 番 と 2 番 のどちらか 1 つは 必 須 となっています 逆 に 言 うと 1 番 2 番 がなければ この 基 準 にあては める 必 要 がないわけですが かかりつけ 医 を 受 診 される 患 者 さんたちは あまり 憂 鬱 な 気 分 というのは 訴 えられません 最 近 気 分 が 沈 むことはないですか? 以 前 と 同 じように 仕 事 に 取 り 組 めてます か? と 聞 いてみると 実 は と 切 り 出 される 場 合 が 多 いようです 1 番 と 2 番 の どちらか 1 つと その 他 の 項 目 を 含 めて 5 項 目 以 上 に 該 当 し その 症 状 が 2 週 間 以
上 続 くようであれば 大 うつ 病 エピソードとなります さらに この 1 番 2 番 の 2 項 目 だけを 質 問 する 二 質 問 法 というものがあります これは 是 非 かかりつけ 医 の 先 生 方 にスクリーニング 試 験 として 採 用 いただきたいものですけども 1 2 の 必 須 項 目 を 2 週 間 ではなく 1 ヵ 月 として 聞 きとる 方 法 です この 1 ヵ 月 間 というのがミソなん です この 1 ヵ 月 間 気 分 が 沈 んだり 憂 うつな 気 持 ちになったりすることがよくありました か? あるいは この 1 ヵ 月 間 どうも 物 事 に 対 して 興 味 がわかない あるいは 心 か ら 楽 し め な い 感 じ が よ く あ り ま し た か? と 聞 き どちらか 1 つでも 当 てはま ると 先 ほどの 診 断 基 準 を 適 応 するのです が 2 項 目 両 方 とも 当 てはまった 場 合 は 88%がうつ 病 か 双 極 性 障 害 の 可 能 性 が あるということになりますので たったこ れだけでも 精 度 は 高 い 試 験 だと 思 いま す もう 1 つ 問 診 の 仕 方 で 患 者 さんの 返 答 が 変 わってくるということも 補 足 いたします かかりつけ 医 の 先 生 方 も 食 欲 や 睡 眠 などについて 患 者 さんに 聞 かれることも 多 いと 思 いま すが 食 事 はとれていますか? と 聞 くと 体 のことを 考 えて 食 べています 睡 眠 は? と 聞 くと うーん 体 に 害 がないくらいは 寝 ています となり 紹 介 状 をみると 食 欲 睡 眠 OK とな っているのですが 私 の 方 で ご 飯 は 以 前 のように おいしく 食 べられていますか? 以 前 の ように ぐっすり 眠 れていますか? と 聞 くと 食 欲 はないのですが 無 理 して 食 べています と か ぐっすりとは 眠 れていません 途 中 で 何 度 も 目 が 覚 めます とか 聞 き 方 で 患 者 さんの 返 答 が 変 わってくるんです そこで 仕 事 や 勉 強 の 効 率 は?と 聞 けば 全 然 集 中 でき ていません とか 転 職 を 考 えています という 話 が 出 てくることがあります おい しい ぐっすり 仕 事 や 勉 強 などのキー ワードを 問 診 に 取 り 入 れてもらえるといい のではないかと 思 います 患 者 さんとし ても こんなことにも 先 生 が 関 心 を 向 け てくれるのだ と 感 じられ 医 師 患 者 関 係 もより 強 化 されるようです
うつ 病 の 治 療 うつの 治 療 は なんといっても 休 養 が 一 番 です 休 養 だけでも 患 者 さんの 約 4 割 は 自 然 に 回 復 します 休 養 といっても 会 社 を 休 むというだけではなくて うつ 病 についての 正 しい 理 解 を 得 る 脳 の 機 能 障 害 すなわち 体 の 病 気 として 受 け 止 めてもらう すなわち こうした 疾 病 教 育 を 受 けるだけでも 休 養 といえますし うつ 病 の 教 育 用 パンフレットを 提 供 するだけでも 休 養 の 促 進 に 貢 献 すると 思 います 一 方 気 晴 らしは 逆 効 果 なので とにかく 安 静 を 心 がけるように 脳 体 の 病 気 ということを 前 提 にお 話 しいただければといいと 思 います 次 に 抗 うつ 薬 による 治 療 についてですが だいたい 7 割 の 症 例 で 有 効 です しかし 効 果 の 発 現 には 服 用 開 始 後 1 2 週 間 は 必 要 ですので そのことをあらかじめ 患 者 さ んに 説 明 していただく 必 要 があります そ して 症 状 がよくなったら 薬 を 減 らしてい いですか?などの 質 問 もでてきますが 症 状 改 善 後 も 6 ヵ 月 間 は 減 量 せず 治 療 用 量 を 継 続 していただくとよいと 思 います 中 止 するときには 中 断 後 症 状 を 避 ける ためにも 徐 々に 減 らしていくということも 患 者 さんが 少 し 回 復 されたころに 伝 えて いただくとよいでしょう 抗 うつ 薬 の 種 類 としては 三 環 系 抗 うつ 薬 四 環 系 抗 うつ 薬 SSRI や SNRI などがあります 中 でも SSRI や SNRI は 副 作 用 も 比 較 的 少 ないので かかりつけ 医 の 先 生 方 も 処 方 しやすい 薬 剤 と 思 われます SNRI はセロトニン に 加 えてノルアドレナ リンまで 再 取 り 込 み を 抑 制 する 車 でいう と 四 輪 駆 動 のような ものでしょうか サイ ンバルタ 一 般 名 デ ュロキセチンもこの SNRI になります 国 内 第 Ⅲ 相 臨 床 試 験 の 比 較 試 験 において デュロキセチンは 投 与 2 週 目 から 継 続 し
て 抗 うつ 効 果 を 発 揮 することが 示 されました ここで 少 し 補 足 しておきたいのは プラセボにつ いてです うつ 病 治 療 においては プラセボ 効 果 は 非 常 に 大 きく 軽 症 例 では 心 理 教 育 や 休 養 だけでもどんどんよくなっていきます もちろん 抗 うつ 薬 はよくなるのを 補 っているわけです が 患 者 さんにお 薬 をだすときに 効 くか 効 かないかわからないけども 試 してみましょう とい う 言 い 方 ではなく このお 薬 はあなたの 症 状 に 合 うと 思 います 症 状 の 改 善 が 期 待 できるの で 試 してみましょう というような 言 い 方 をしていただくと 信 頼 している 先 生 がおっしゃるのだ からと より 効 果 も 上 がるのではないかと 思 います 精 神 科 専 門 医 へ 紹 介 が 必 要 な 場 合 心 気 妄 想 貧 困 妄 想 罪 業 妄 想 などの 現 実 離 れした 心 配 で 他 人 の 説 得 がきか ない 場 合 や 深 刻 な 自 殺 念 慮 自 殺 企 図 強 い 不 眠 を 伴 った 躁 状 態 や 家 族 が 途 方 に 暮 れている 2 ヶ 月 間 治 療 しても 効 果 がもう 一 つ このような 場 合 には 精 神 科 専 門 医 に 紹 介 をお 願 いします 紹 介 する 際 の 留 意 点 としては 精 神 科 専 門 医 の 先 生 はよく 話 を 聞 いてくれます よ などとは 言 わないでください おどろ かれるかもしれませんが かかりつけ 医 の 先 生 方 の 方 が 長 く 話 を 聞 いておられたり する 場 合 があるわけです そうすると 苦 労 して 紹 介 いただいたのに 先 生 の 方 がや さしかったと 戻 ってしまうことがあります また 見 捨 てられ 不 安 を 抱 かないよう に 配 慮 し 併 診 という 形 をとる 方 がいいと 思 います 信 頼 している 良 い 先 生 がい るから 一 度 意 見 を 聞 いてきてください という 形 が 理 想 的 です そして 身 体 科 的 診 療 検 査 の 結 果 も 申 し 添 えていただ けると われわれ 専 門 医 は 安 心 して 診 療 に 取 り 組 めます しかし かかりつけ 医 と 精 神 科 専 門 医 の 間 にはいくつか 壁 があります 1 つは かかりつけ 医 の 先 生 方 が 心 の 問 題 を 扱 うという 心 の 診 療 に 対 する 恐 れ 2 つ 目 は 患 者 さんが 持 つ 精 神
科 への 偏 見 3 つ 目 は 紹 介 先 の 選 択 や 依 頼 のタイミングの 見 極 め 4 つ 目 はか なり 深 刻 なのですが 精 神 科 外 来 の 予 約 を 直 ぐに 取 ることが 難 しいという 壁 があり ます ですが これらの 壁 もかかりつけ 医 と 専 門 医 の 上 手 な 連 携 でのりきっていた だきたいと 考 えます かかりつけ 医 で 対 応 可 能 なうつ 病 も 少 なくはありませんので いざというときに は 精 神 科 専 門 医 と 患 者 さんについて 気 軽 に 相 談 できるような 連 携 を 確 保 しておくとよいと 思 います 今 後 は かかりつけ 医 の 先 生 方 に 身 体 疾 患 の 診 療 だけでなく 患 者 さんのメンタルヘルス についてもゲートキーパーとしての 役 割 を 担 っていただきたいと 思 っております